シナリオ詳細
<月だけが見ている>余が忠義は月の女王の御為に
オープニング
●命を賭して、イレギュラーズ達を阻まん
紅血晶の事件に端を発した月の王国によるラサ制圧は、失敗に終わりつつあった。
市場に回った紅血晶は残らず回収され、イレギュラーズ達は遂にこの月の王宮にまで攻め寄せている。
「かくのごとく、なってしまったか……」
全身が紅血晶で出来ているかのような、騎士鎧の貴族風の男が口惜しげにぼそりとつぶやいた。
男の名は、シオン=ロートシルト。月の女王リリスティーネに忠誠を誓う、吸血鬼である。
シオンは、イレギュラーズ達を月の王国にとって最大の脅威であると見ていた。故に、月の王国が動き出した初期、グラオ・クローネの夜に、晶竜ルージュ・アンジュを使役してローレットのラサ支部を攻撃させた。イレギュラーズ達の活動拠点たるラサ支部を壊滅させれば、月の王国の侵略は邪魔されなくなるだろうとの目論見があってのことだ。
だが、ルージュ・アンジュはラサ支部に確かに損害を与えはしたものの、壊滅させ機能不全に陥れるまでには至らなかった。その後、イレギュラーズ達は古宮カーマルーマの転移陣を次々と奪取し、そこから月の王国の領土を侵略し、遂には月の王宮にまで至った。
あの時、油断して高みの見物をせず、ルージュ・アンジュと共に戦っていれば。そうしていれば、このようなことにはならなかったのではないか。……その悔恨はシオンを苛むが、如何にシオンが多様な能力を持っていようとも、過去を改変することは出来ない。
(女王リリスティーネ陛下……貴女は、余が命に換えても護ってみせる!)
今の己に成し得る最善を為すべくそう決意した瞬間、シオンは闖入者の気配を察知した。
「来たか……」
シオンの視線の先には、シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)ら八人のイレギュラーズ達がいた。
「まだ、烙印は進んでおらぬか。もう少し進んでいれば、女王陛下の良き手駒となっていたであろうにのう」
「勝手なことを……!」
まだシオンの同朋、吸血鬼と化していないシキの姿を見て、シオンは残念そうに漏らした。シキは、苛立ちを交えてシオンに返す。
シオンに吸血され、烙印を刻まれたシキは、それ以来襲い来る吸血衝動に苛まれていた。酷く喉が渇き、自分が自分でなくなるかのように血を求めてしまう。
だが、シキがシオンに対して苛立ちを見せた一番の原因は、貴石の民の皆と同じ宝石に変じることに安心を感じている事への、自己嫌悪だ。シオンへの苛立ちの半ば以上は、自分自身への苛立ちが転嫁されたものに過ぎない。
「――まぁ、よい。余が命を賭してでも、ここは通さぬ」
「それは、好都合だね! アンタのことは、絶対にパーでぶん殴ると決めていたんだ!
今度は、最期まで付き合ってもらうよ!」
苛立ちを旺盛な戦意へと換えて、シキが叫ぶ。だが、表に出すことはなかったが、シキは心の中に沸き上がった思いに困惑していた。
(この男は絶対に斃す敵、月の女王も絶対に斃さなければならない敵――なのに、何故?
命を賭して行く手を阻み、月の女王を護ろうとする、この男に共感さえ覚えてしまうのは――)
- <月だけが見ている>余が忠義は月の女王の御為にLv:40以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月24日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●面倒な布陣
ネフェルストに突如流通した宝石、紅血晶。それを巡る事件に端を発した月の王国のラサへの攻勢は、ローレットの月の王国への逆進攻と月の王宮の陥落という形で終焉を迎えようとしていた。
だが、この時点ではまだ結末に至っていない。その結末を導くべく、八人のイレギュラーズが月の王宮の中を進む。その前に立ち塞がるように待ち構える敵を見て、イレギュラーズ達は足を止めた。
「――面倒な布陣ね」
敵の布陣を見て、『煉獄の剣』朱華(p3p010458)がつぶやいた。
全身が紅血晶で出来ているかのような騎士鎧の吸血鬼、シオン=ロートシルトが前衛となり、広域の範囲神秘攻撃を繰り出す晶獣リーヌ・ランキュヌの強化型が後衛としてシオンから三十メートル後ろに居る。さらにそのそれぞれに、晶獣ポワン・トルテュの強化型が護衛の如く侍っていた。
前衛のシオンがイレギュラーズ達を止めている間に、リーヌ・ランキュヌの強化型であるリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーが範囲攻撃を浴びせてくる目論見であるのが、朱華には容易に見て取れた。かと言って、特に後衛を攻撃しようにもポワン・トルテュの強化型であるポワン・トルテュ・ヌーヴォーが盾となってくるだろう。
そうだとしても、やり様は幾らでもあるはずだと朱華は考える。それに、敵が通さないつもりであれば、意地でも通りたくなるのが人情というものでもあった。
「その面倒な布陣ごと焼き払ってあげるわ、吸血鬼!」
「ほう……出来るものなら、やってみるがよい」
高らかに告げる朱華に対し、シオンは自信満々にニヤリと笑いながら応えた。だが、この布陣はシオンに想像も付かない手段で崩されることになる。
「早う女王陛下とやらにお目見えしたかったんですが、仕方ありませんの。ここで確実に仕留めましょう」
やむを得ぬ、とばかりに『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)が言う。中途半端にシオンを残してしまうと、月の女王に向かう最中に、あるいは月の女王と対峙している最中に、後背を衝かれる恐れがあった。
「ウルズ殿、ルクト殿、飛呂殿、そちらはお願いします。あの鎧武者は、わしらが」
「任せるっす」
「相手の作戦通りにさせてやることは、ないからな」
後衛のリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーを見据えながらの支佐手の言に、『先駆ける狼』ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)と『蒼空の眼』ルクト・ナード(p3p007354)はコクリと頷いた。ウルズもルクトも、シオンの妨害を超えてリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーに至れるという自信は有している。
『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)も支佐手の言に深く頷いたが、そこには他の二人以上の感情があった。
(あの時、現地にはいなかったけど知ってる。支部の中にいたあの人も大変だったって。
騎士気取りは外の方だったらしいが、全く無関係ってワケじゃないだろ)
飛呂が想起しているのは、グラオ・クローネの夜の、晶竜ルージュ・アンジュによるローレットのラサ支部襲撃のことだ。その際、ラサ支部に居た飛呂の想い人『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)も巻き込まれ、後輩を喪い、重要機密を持っての脱出を余儀なくされた。
そして、飛呂は知らない事実だが、シオンは無関係では無いどころか、その黒幕である。
「お前もお前の愛しの女王サマも、今夜終わらせてやる!」
「終わらせられるものならば、終わらせてみるがよい」
想い人を危険に追いやられた憤激を込め、飛呂はシオンに指先を向けながら、告げた。シオンはあくまで悠然と飛呂に応えたが、その声に微かに危機感と虚勢が漏れ出ているのは、隠し切れていなかった。
(シオンも倒して、リリスティーネもどうにかする……それを決めているはず、決めているはずなのに)
『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は、自身の心に沸き起こるリリスティーネへのどうしようもなく焦がれるほどの恋慕に困惑していた。だが、シキはブンブンと激しく頭を横に振り、それを振り払った。
(私にだって、譲れないものはある!)
リリスティーネの恋慕に惑わされまいと意を決したシキは、キッとシオンを睨み付けた。
(ラサには、ワタシの領地がある。ワタシは砂漠に沈む夕日が好き……)
そのラサで好き勝手されたとあれば、『紅霞の雪』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)としては、その報いを受けさせずには済まされない。
(シキさんじゃないけど、ワタシはお尻を蹴っ飛ばさせてもらうよ!)
シキと同様に、フラーゴラもまたシオンをキツく睨んだ。
「……成程、アンタが」
「……?」
何処か腑に落ちたような『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)の独語に、シオンはその意図を掴みかねて首を傾げる。
「何。これからぶちのめす敵の顔を、よく拝んでおきたかっただけだ。
名乗り遅れたな。クロバ・フユツキ。烙印のご同輩でアンタの敵、そして――そこにいる弟子のお師匠ってやつだ」
「ほう、同輩であるか……余は、シオン=ロートシルトである。貴様の弟子の血、変わった味だが美味であったぞ」
クロバに告げられたその意図と名乗りに、シオンは唇の端を吊り上げて邪な笑みを浮かべながら返した。
●開戦
クロバとシオンの会話が終わるのを待っていたかのように、イレギュラーズ達もシオンたちも戦闘に移行しようとした、その瞬間。
「ワタシは、簡単に倒れないよ……!」
その決意と共に自身の護りを固めたフラーゴラは、やや前に出ると悪意からなる魔弾を放った。
「このようなもの……何故だ!」
魔弾を悠然と回避しようとしたシオンは、その何でもないような攻撃を避けられなかったことに驚愕した。シオンは瞬時、朧の如く姿をかき消して攻撃を回避することも出来たのだが、この魔弾には何故かそれも通じない。魔弾を受けたシオンの身体から、紅い梅の花弁が舞った。
フラーゴラの魔弾にシオンが気を取られている間に、飛呂がシオンに肉薄する。だが、飛呂の狙いはシオンではなかった。
「折角の布陣も、動けなきゃ意味ねえよな?」
飛呂は、シオンの後方のリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーとポワン・トルテュ・ヌーヴォーに鋼の雨を降らせた。鋼の雨は、リーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーやポワン・トルテュ・ヌーヴォーを傷つけたのはもちろんだが、その攻撃の圧によって行動を阻害した。
さらに、二つの影が動いた。一つはシオンを大きく迂回し、もう一つはシオンを飛び越えて、後方のポワン・トルテュ・ヌーヴォーに迫る。
「先輩が作ってくれたチャンス、無駄にはしないっすよ!」
深紅に染まった布製の手甲『戦甲 烈華』に包まれたウルズの拳が、ポワン・トルテュ・ヌーヴォーに叩き込まれる。ズン! と言う衝撃が、その体内に響いた。ポワン・トルテュ・ヌーヴォーは一瞬、ウルズに敵意を込めた視線を向けかけたが、自身が果たすべき役割を思い出し、辛うじて堪える。だが、その身に沸き起こる憤怒は、閾値を超えかけていた。
「さぁ、お前らの相手は私だ……付き合ってもらおうか!」
ウルズに続いて、ルクトが空中から告げる。その声に、憤怒の閾値を超えたポワン・トルテュ・ヌーヴォーとリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーは、ギロリと敵意を込めた視線を向けた。もう一体のポワン・トルテュは、危うく我を忘れかけるも辛うじて耐えた。
「くっ……!」
リーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーに向かうイレギュラーズを阻止するつもりであったシオンは、容易く自身を突破されたことに、重ねて驚愕する。
「あのデカガメが何の為に居るのかは分かってる。だったら、動かれる前に動けばいいだけでしょっ!」
その隙に、自身が支配する属性を炎の剣として顕現させ、その力を解放した朱華が、シオンに斬りかかる。
「ぐうううっ!!」
炎を纏った剣から放たれる殺人剣が、シオンを襲う。炎の剣は、シオンの右肩口から真っ直ぐ下へと、その鎧と身体を斬り裂いた。さらにそこから後退し距離を取ると、朱華は炎を纏った斬撃波を六度、シオンへと放つ。うち三度は身体を朧に変えたシオンに回避されたものの、三度はシオンを捉え、その身体を炎で包む共にぶわっ、と紅い梅の花弁を撒き散らせた。
「幾度も顔を合わせているけど、これが正真正銘最後だ。パーで殴られる準備はしてきたんだろうね?」
「そのような準備、必要とも思わぬがな」
シオンへの距離をやや詰めたシキは、シオンに告げると同時に敵意をシオンと護衛のポワン・トルテュ・ヌーヴォーに叩き付けた。シオンとポワン・トルテュ・ヌーヴォーの一体はその敵意を受け流したが、もう一体のポワン・トルテュ・ヌーヴォーは敵意を込めた視線をシキに向けた。
シオンは自身の前に来た飛呂を執拗に殴りつけ、傷を負わせる。
「結晶化した身体がご自慢か? 朧のようにかき消える身体がご自慢か? ならば、その自信ごと叩き切ってやるまで!」
シオンに肉薄したクロバは、その手にした二刀『銃戟剣・オプスキュリテ』で、五度シオンに斬りつけた。うち四度はシオンの胴を横に深く薙ぎ、鎧も結晶質の身体も関係ないかのように深く斬り裂いて、紅い梅の花弁を撒き散らしていく。最後の一度だけは、朧への変容が間に合ったシオンに回避された。
「鎧の重みで鈍重かと思えば、こりゃ厄介な……ちっと、攻め方を考えにゃいけませんの」
全身鎧を着込んでいるシオンは、確かに鈍重に見えた。だが、攻撃こそ半ば以上命中させられているものの、シオンの回避の技量は高いと言っていい。さらに、決して回避を許さない攻撃以外にはそれなりの確率で発生する、朧の如く変異しての回避もあるとなれば、支佐手の言うとおり厄介に違いなかった。
出来ることなら蛇神を喚んでシオンの再生能力を封じたいところではあるが、そうすると既にシオンの側に居る飛呂とクロバを巻き込んでしまう。寸時思案した支佐手は、丹塗りの小刀をシオンへと投げ、水銀の女神を喚んだ。その周囲には硫化水銀が燃え盛る真紅の沼が出現し、亜硫酸ガスと水銀蒸気を立ち上らせる。この亜硫酸ガスと水銀蒸気は何故か飛呂とクロバを巻き込むことなく、シオンとポワン・トルテュ・ヌーヴォーだけを苛んだ。
四体のうち、シオンの側に居るポワン・トルテュ・ヌーヴォーのうちの一体はシキを攻撃し、一体は身を挺してシオンを護りに入った。
●シオンの最期
後衛のリーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーとポワン・トルテュ・ヌーヴォーは、飛呂の鋼の雨の圧力により行動を阻害されたまま、ウルズ、ルクトからの攻撃も受け、斃された。だが、ポワン・トルテュ・ヌーヴォーが堅牢であることもあり、後衛の殲滅までには少なからず時間を要した。
一方、シオンはいずれかのポワン・トルテュ・ヌーヴォーに護られ、その間に飛呂、クロバ、そして気力が枯渇してシオンとの接近戦を演じなければならなくなった朱華に格闘戦を仕掛けて傷を負わせた。
フラーゴラが必死に回復していくも、シオンが傷を負わせるペースには追いつききれず、三人の傷は重く深くなっていった。中でも、飛呂と可能性の力を費やさねば倒れそうと言うところまで追い込まれると、支佐手は身を盾にして飛呂を護りに入った。
だが、後衛を片付けたウルズ、ルクト、飛呂が前衛のシオンへの攻撃に移行し始めると、流れは変わり始める。ポワン・トルテュ・ヌーヴォーは二体ともイレギュラーズの攻勢に耐えきれず斃れ、シオンの受ける傷もまた深くなっていった。
そして、戦況はあと少しでシオンを討てるという所にまで至る。
「逃すか――お前は、ここで終わらせる。
アンタは忠義の為に果てようとも立ちはだかるのだろう、大層な志には感服もする。烙印のせいか共感だって感じる……。
だが俺の動機は単純さ。『俺の身内を食い物にした』。たったそれだけだ、俺がアンタを斬る理由は!」
「そうか……ならば、是非もない」
烙印による侵食を逆用し、復讐のための鬼と化したクロバが、錬金術の『分解』の概念を宿した幾重もの斬撃で、シオンの命脈を断たんとする。シオンはクロバの語る理由に納得したような、諦めたような笑みを浮かべつつ、身体を朧に変えて回避を試みる。だが、それとクロバの繰り出す斬撃とは相性が著しく悪い。
既に全身にヒビが入っているシオンの身体の表面が次々と砕けていき、紅い梅の花弁が舞い散り、その内部ではヒビがさらに拡がった。
「おんしを残しておくわけには、いきませんけえの」
「ぐおおっ!」
支佐手は、自身が受けた傷を自ら抉った。すると、シオンの同じ場所に傷が入り、バキバキ……と中から砕ける音が響き、やはり紅い梅の花弁が舞った。自身をヒトガタに見立て、受けた傷を触媒とすることで、呪詛を返す巫術が行使されたのだ。
シオンの身体は受けた傷を、身体に入ったヒビを修復せんとする。だが、多少身体が癒えたところで、もう大勢は覆しようがなかった。
「シオンさん、アナタはリリスティーネさんへの忠義があるんだと思う。
でもワタシは、ワタシに誓ったんだ。自分に忠を尽くすよ……!」
シオンへの理解を示しつつも、フラーゴラは自分の誓いを曲げられないとばかりに、極小の炎をいくつもシオンの周囲に舞わせた。
「ぐっ……」
多数の炎が、シオンに纏わり付いていく。その身体から舞い散った紅い梅の花弁は、すぐに炎に灼かれて消えた。シオンが炎に気を取られた隙に、シオンから距離を取っていた飛呂が狙撃銃『P-BreakerⅡ』を構え、二度、引金を引いた。
「国も女王も終わらせるんだ――もう意味なんてねえよ」
これまで烙印に恐怖を感じていた飛呂だが、飛呂自身が言及しているとおり月の王国自体の終焉が近いことに加え、シオンへの憤激が恐怖を凌駕している。
その憤激を込めた二発の弾丸が、シオンの胸部、心臓の位置を穿つ。ぶわあっ! と派手に紅い梅の花弁が舞い散った。
(そろそろ……っすね。それなら、これで行くっす)
仲間達と同様、ウルズもまた決着が近いことを感じ取っていた。ならば、決着を早めるべく味方を援護しようと、竜の一撃が如き鉄拳をシオンの鳩尾に叩き込む。
「うぐうっ……!」
鉄拳を受けたシオンの身体がくの字に曲がり、鳩尾を中心に放射状にヒビが拡がり、紅い梅の花弁が舞う。その衝撃に、シオンは護身もままならず隙だらけとなった。
「どれだけ守りに優れてたって、これだけ斬れば死ぬでしょ?」
「ぐおおおおおおおっ!」
技を発動する気力こそ尽きているが、炎の剣で連続攻撃を行うだけの力は、朱華にはあった。怒濤の八連撃がシオンの結晶質の身体を削り、砕き、紅い梅の花弁を撒き散らし続ける。シオンは最早余力が残っていないのか、身体を朧に変異させることなく、その全てをその身に受けた。
「もらった……!」
急速な低空飛行で、ルクトがシオンに迫る。槍と化した『深き水底のファム・ファタール』の穂先で、シオンを貫く目論見だ。シオンは危険を感じ、咄嗟に両腕を交差させて盾にせんとする。だが。
バキバキバキバキ――バキィン!!
盾代わりにした両腕は、深き水底のファム・ファタールの穂先を受け止めきれず、肩まで粉々に砕け散る。同時に、今まで以上に多くの紅い梅の花弁を撒き散らした。さらにその穂先はシオンの胸板を深々と貫き、バキバキバキ……と亀裂の入る音を響かせつつ、さらに花弁を撒き散らす。
「君……私の『特別』な人の目の前で私の首に口付けて、血を吸ったでしょ……」
「誰がその『特別』な者であったかは識らぬが、如何にもそうよな」
既に死に体となっているシオンに歩み寄りながら、シキが覚えているかと問うた。シオンは面白いことを聞いたとばかりに、ニヤリと笑いつつ肯定の返事を返す。
「なんでよりにもよって、あの子の目の前なの!?」
「そうは言われてもな……誰の前でなど、余の知ったことではない。其奴の前で、貴様が不覚を取っただけのことであろう?」
「くっ……ああもう!」
シオンが答えたとおり、「よりにもよって、あの子の目の前」で吸血したことなど、シオンに配慮せねばならない道理はない。「あの子」の前で、シキが吸血されるだけの隙を曝したまでの話だ。
その返答に、シキは言葉に詰まる。吸血され、烙印を刻まれた事自体は確かに自身の力不足だと、シキ自身も認識している故に。だが、シキにとって問題はそこではない一方、そう考えるシキの女心はシオンには理解出来ないものであった。
言葉に詰まらされ、反論に窮した苛立ちが、シキの身体を動かした。予てよりそうすると決めていたとおり、いや、それ以上の神威たる威力を持つ平手打ちが、シオンの頬を張った。
「見事……だ。惜しいな……師弟ともども、こちらに取り込めて、おれば……わずかに、時間が足りなんだ、か。
女王、リリスティーネ……陛下、もうしわけ……ありま……せぬ……」
あらぬ方向を向いたまま、シオンが最期の言葉を言い残した。その直後、シキの平手が命中した頬から、ビキビキ……ビキビキ……と言う音が響き、無数の細かなヒビが拡がっていき、最後にバリン! と大きな音を立てて全身が粉々に砕け散った。同時に、一帯を覆い尽くすほどに大量の紅い梅の花弁が、辺りに舞い散っていった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。皆さんの活躍により、シオンは撃破され、月の女王への道は開かれました。
MVPは、その圧倒的な反応で味方の多くを牽引して先手を取らせるのに貢献しことと、回復の要となって味方の継戦能力を維持するべく努めた2点をポイントとして、フラーゴラさんにお贈りします。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。
今回はシキ・ナイトアッシュさんのアフターアクションから、全体依頼<月だけが見ている>のシナリオをお送りします。
イレギュラーズの行く手を阻まんとする吸血鬼シオン=ロートシルトを撃破し、月の女王への道を開いて下さい。
●成功条件
敵の全滅
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
月の王宮内。月の王国は夜の世界ですが、王宮内は灯りが灯っているため視覚による戦闘への影響はありません。
なお、後述するフィールド効果が発生します。
●初期配置
リーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォー、ポワン・トルテュ・ヌーヴォー✕2
↑
約30m
↓
シオン=ロートシルト、ポワン・トルテュ・ヌーヴォー✕2
↑
約40m
↓
イレギュラーズ
※イレギュラーズはいずれも一カ所に集まっているものとします。
●シオン=ロートシルト ✕1
『<晶惑のアル・イスラー>ラサ支部壊滅!? 紅き天使、襲来!』で、ローレットのラサ支部を晶竜『ルージュ・アンジュ』に襲撃させた、騎士鎧の姿の吸血鬼です。
全身が紅血晶で出来ているかのような、結晶質の身体をしています。
今回は月の女王へと向かおうとする皆さんを阻止するため、撤退することなく死亡するまで全力で皆さんを阻もうとします。
攻撃・回避・防御・抵抗、いずれも高い水準にあり、さらに特殊な回避方法まで持っています。
・攻撃能力など
格闘 物至単or範 【識別】【変幻】【防無】【晶化】【HP吸収】【重圧】【出血】系BS
血の魔法 神/中~超遠/域 【識別】【変幻】【弱点】【晶化】【HP吸収】【重圧】【出血】系BS
BS緩和
ステルス
HP鎧
出血鎧
再生
ゾーニング
シオンから近距離の範囲内にいる者は、シオンの牽制によりシオンを通り抜けてその後方に抜ける移動が出来ません。
マーク・ブロック不可
朧回避
敵からの攻撃が命中する瞬間、朧のように自身の姿をかき消すことで攻撃を回避します。
命中判定の結果とは別に、物理神秘問わず攻撃を一定確率で回避します。
【必中】を有する攻撃に対しては、この回避は無効です。
●リール・ランキュヌ・ヌーヴォー ×1
強力な怨念を抱えていた亡霊が、紅血晶と反応したことにより生まれた晶獣、その強化型です。
嘆くような叫び声は、【毒】系と【狂気】系BSを有する高威力広域の範囲神秘攻撃として、イレギュラーズを苛むことでしょう。
●ポワン・トルテュ・ヌーヴォー ✕4
巨大リクガメの化石が紅血晶に侵食されて誕生した、大型の水晶亀の晶獣、その強化型です。
シオン=ロートシルトの付近に2体、リーヌ・ランキュヌ・ヌーヴォーの側に2体います。
【怒り】を有する咆哮を放ったり、味方の盾になったりします。
巨体故に、マークやブロックには複数人を要します。
防御・抵抗については特に重視して強化されており、結果、BSからの回復も早くなっています。
●BS【晶化】
このシナリオオリジナルのBSです。受けた者の身体を蝕み、紅い結晶へと変えて砕け散らせます。
パンドラを持たない一般人は瞬く間に侵食されて全身が結晶化し、即座に砕け散ってしまいます。が、パンドラを有するイレギュラーズは継続ダメージを受けるだけですみます。
BSであるため、BS無効で無効化出来ます。また、BS緩和を有している場合、そのレベルを問わずダメージを半減させることが出来ます。
●フィールド特殊効果
月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
Tweet