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シナリオ詳細

<天使の梯子>Registre

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 正しきことの為に人は死なず、正しきが為に人は生きている。
 わたしたちが罪を自覚したとき、主はわたしたちを正しき場所へと誘ってくれることだろう。
 わたしたちの罪がきよめられない時に、訪れる報酬は死となりえる。
 何故ならば、わたしたちの罪を主は全て被ってくださった結果が今にあるからだ。

               ――――聖ロマスの書 3章 6節

「聖人っていうのは、どうやってそう呼ばれるに至ったのかしら」
「いきなりどうしたの」
 サンルームに置かれているテーブルにはティーセットと薔薇。薔薇の花は『あのクズ』が飾ったものだ。
 性懲りもなく「趣味が悪い」と叱られることを喜んでいる彼は今日という日も聖女ルル――カロルに叱られ待ちなのだ。
「だって、思わない? 私が適当な言葉を残したら聖女ルルの逸話、みたいに語られるわけで」
「カロルにそんな言葉残せやしないよ」
「は? なめんな」
「そういう所」
 カロル・ルゥーロルゥーの前に腰掛けてクッキーをかじったのはアドレと名乗る少年だ。
 柔らかく癖のない灰色の髪に紫の瞳の少年は目の前のふわふわとした桃色の猫のような娘を眺めて居る。
 カロルは『聖女』となるべく生まれた。カロルは『神託の乙女(シヴュラ)』で在ることを求められた。
 アドレから見ればカロルは非常に可哀想な女であり、それでいて、同情の余地もない程に下らない存在なのだ。
「それで、さっきの話題の理由は?」
「私、会ったじゃない。あの、コンフィズリーと、ほら、ロウライトの……」
「ああ、リンツァトルテ・コンフィズリーとサクラ・ロウライト」
「そう。コンフィズリーの聖剣も欲しいし、ロウライトの聖刀も欲しいし、ロウライトの孫娘と言えば親友はヴァークライトでしょ。ヴァークライトの指輪の『本体』も欲しいわよね」
「もう要らなくない? 分離(シスマ)っただろうに」
「分離(シスマ)ったけど、私のモノじゃないもの。指輪が欲しいわ。持ってるんでしょ、跡継ぎ娘が」
 サクラ(p3p005004)の持つ聖刀にリンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)の伝来の聖剣。
 そして――スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)のリインカーネイションと呼ばれた指輪。
 カロルはそれが欲しかった。コレクター精神でしかないが、どうしようもなく思ったのだ。
「アドレは引率で行ってきてよ」
「ええ……またぁ……?」
「つべこべ言わずに行きなさいよ、アーノルド君の大事なティルス様が困ってそうじゃないの」

●『記録』の街トゥールン
 幻想王国の西方に位置するトゥールンは『記録』の街と呼ばれていた。
 古くからこの街は書店が多く建ち並び、古書が豊富に揃っている。店によっては誰ぞの日記帳や手紙まで買い取る事があるのだそうだ。
 そんな風光明媚な街に『商人』ティルスは降り立っていた。海路を利用してラサに行ってみたは良いが噂の『紅血晶』は彼のお眼鏡に適うことはなかった。次第に市場が荒れ始めたことに気付き、ティルスは陸路を利用して幻想へと入った。
 暫く幻想に滞在していたがある程度の商品を手に入れて漸く落ち着いた頃合いだった。
 世界に突如として変化が訪れた。泣き叫ぶ者の声も聞こえたが、ティルスは己の本能に従い一先ずは姿を隠した。

 ――それから、幾日経っただろうか。
「幻想王国にトゥールンという街がある。いや、あった筈なのだが、今はこの有様だ」
 肩を竦めたエミリア・ヴァークライトは姪であるスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)へと告げた。
「叔母様、今回の仕事って……」
「ああ、幻想王国から天義で同じ現象が起っている為、対処法を教わりたいという連絡が来た。
 現時点では小規模な『帳』だが、確実に広がってしまう可能性がある。一夜にしての変化は我が国でも合ったことだ」
「それにしても、まだ対処のしようがあるのですか? エミリア」
 スティアははっとしたようにイル・フロッタ (p3n000094)を肘で小突いた。
(イルちゃん、叔母様の彼氏がいるよ――!?)
 スティアは叔母に猛烈アプローチをして居る(気がする)青年が何故か騎士団の黒衣に身を包みエミリアの傍に立っていることに気付いた。
「ああ、ダヴィット・クレージュローゼ卿だ。ええと、聖職者らしいからスティアの先輩になるんじゃないかな。
 エミリア様との関係は聞くなと言われたから私は分からないけど……私のお母様――レア・ミュラトール様の事もご存じらしい」
 彼にレアと良く似ていると言われたのだと何処かむずむずとした様子で告げるイルにエミリアは「無駄口!」と指差した。
「エミリア、余り怒ってはいけないよ」
「……ダヴィット、黙っていてはくれませんか」
「エミリア様が負けてる……」
 思わず呟いてしまったサクラへリンツァトルテは「エミリア様もコレでは形無しだな」と肩を竦めた。
(そういうリンツさんもイルちゃんの気持に気付くべきでは――!?)
 突っ込みたくなるスティアは咳払いをしてからエミリアの話に耳を傾けた。
「内部には取り残された者が居るらしい。その救出と、この領域の消滅が我々が賜った『神の代行業務(オーダー)』だ」
 エミリアに小さく頷いてから小金井・正純(p3p008000)は自身がまじまじと見詰められていることに気付いた。
「……どうか、なさいましたか?」
「ああ、すまない。アドラステイアに詳しいと聞いた」
「はい。ある程度は、其方の問題にも注力していましたが――……何か?」
 エミリアは『アドレ』と名乗るアドラステイアの聖銃士が『ファルマコン』に似たワールドイーターを引連れてこの内部に存在する可能性があると告げる。
 正純の眉が吊り上がり「対処しなくてはなりません」と低く唸るような声で応える。
「少なくとも、ファルマコンに似通ったワールドイーターである理由を聞き出さねばなりませんが……」
 考えなくてはならないことは山ほどあるだろうか――

 トゥールン内部へと潜入した一行は物陰から顔を出した青年に気付いた。
「……おと――」
 息を呑んだアーリア・スピリッツ(p3p004400)は思わず『間違った認識』をした。
 眼前に存在した男の顔を見る度に己の感情が狂う。女手一つで育ててくれた母の『再婚相手』、アーリアにとっての『初恋のひと』。
 そんな男に良く似た青年はイレギュラーズ達がエル・トゥルルで助けた商人のティルスである。
「アリア」
「……あ、ああ……貴方だったのね。どうして此処に?」
「ラサで商売を終えてから、トゥールンに立ち寄ったらこんな目に遭ってしまってね……。
 さっき、アーノルドに似た少年を見た。心配だ、もしアーノルドだったら……彼は体が弱いから……」
 不安そうに呟くティルスは「出来れば一緒に探して欲しい」とアーリアへと頼み込んだ。
 アーノルド、それは『アドレ』という遂行者の別称だ。正純が不安を露わにするが、ティルスという保護対象を無碍には出来まい。
「……一先ず、この領域をどうにかしましょう」
 正純も、スティアも、サクラも、いや――イルやエミリアもティルスと名乗った男には違和感を感じていた。
 だが、アーリアだけは気付かない。眼前の男が『不正義』なわけがないのだ。そう思い込んだのは燻った幼い恋心が歪んだ認識を与え続けて居るからなのだろう。
「アリア、助かるよ」
 その声がアーリアを呼ぶ度に酒とは違う酩酊が身に廻る。
 唇を震わせてからアーリアは「大丈夫よ、安心して頂戴」とぎこちなく微笑むことしかできなかった。

GMコメント

●成功条件
 ティルスと共に『トゥールン・レプリカ』から脱出する事

●失敗条件
 天義名声300を越えるor天義貴族設定キャラクターの有するアイテムを敵に奪われる。

●フィールド『神の国 トゥールン・レプリカ』
 聖遺物によって作り出された領域です。幻想王区の『トゥールン』をベースに作られているようです。
 所々の空間が歪み、空には聖書の文字が記されています。荒廃しきっており、砂蠍の襲来やサーカス事変で滅びた様子を映し出しているようです。
 トゥールンは石畳の街です。書店が多く存在しており、入り組んだ路地が多い土地です。
 時間経過と共に『定着率』が高まっていくようです。リンバス・シティと同様に正常と異常が混ざり合っているのは定着率が未だ低いからなのでしょう。
 どうしてトゥールンが狙われたのかは分かりません。街の中には敵が存在していますので注意してください。

 ・『聖遺物』
 聖ロマスの書の中の一冊『天による叫び』。トゥールンの何処かの書店に一冊存在しています。
 何故かその書からは気配を感じます。音、匂い、光の気配などなど、感知系スキルでは何らかの違和感を感じる事でしょう。
 ただし、近付かなくてはその気配は感じ取ることが出来ません。
 聖遺物を手にした上で、『破壊(燃やす等)』する事でこの領域を破壊することが可能です。
 聖遺物を見つけ出すまでは領域からの脱出は出来ません。

●エネミー情報
 ・『遂行者』アドレ
 アーノルドと名乗っていた少年。アドラステイアでもその姿は確認されています。
 アドラステイアの聖銃士、デモンサマナー『アドレ』本人です。アドラステイアの創設時に大きく関わっているようですが。
 イレギュラーズの事は『お人好し』『騙しやすそう』と認識しています。
 悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有し、非常に強力なユニットです……が、ティルスの姿を確認してからは大人しくしています。
 (大人しくしているため、難易度はNormal相応です)

 ・騒霊達
 アドレが使役する『デモーン』です、が、ティルスが近くに居る場合は大人しくしています。

 ・影の天使 50体
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。
 トゥールン内をうろうろとしています。うまく戦闘を避けましょう。

 ・ワールドイーター 数不明
 トゥールン内をうろうろしているファルマコンに似た姿のワールドイーターです。
 基本的には『騎士団』が相手にしています、が、彼等は一体ずつでしか戦闘が出来ませんので、ある程度の連携を意識した方が無難です。
 倒しきらずとも領域が消え去る際にはアドレが回収して行きます。

●保護対象
 ・『商人』ティルス
 アーリアさんの初恋の人に良く似た青年。人当たりが良く優しげ。世界を股に掛ける商人、を自称しています。
 何やら疑わしい雰囲気にも思えますが友好的な存在であるのは確かです。護ってあげて下さい。
 戦闘能力はないと彼は自称しております。
 アーノルド(アドレ)の事は非常に可愛がっています。彼の目の届く範囲でのアドレへの攻撃は避けた方が無難でしょう。

 ・商人10名程度
 内部に取り残されている商人です。保護が叶った場合はイルが護衛に付いてくれます。

●『騎士団』
 ・エミリア・ヴァークライト
 スティアさんの叔母様。氷の騎士とも呼ばれています。兄と義姉の忘れ形見であるスティアさんを大切に育てています。
 優れた剣技を有する他、魔眼にも似た相手に恐怖心を与えるギフトを有しています。少し戦いにくそうな顔をして居ます。

 ・ダヴィット・クレージュローゼ
 聖職者クレージュローゼ一族の当主。エミリア叔母様の元婚約者です。鈍感系エミリア溺愛聖職者。
 出鱈目な剣術を駆使し、戦います。ヒーラーも担当しエミリアを護ります。君のためだよ……(イケボ)

 ・リンツァトルテ・コンフィズリー
 聖剣の所持者。エミリアとダヴィット、イルは彼の聖剣を奪われないように意識しています。
 不正義と断罪されたことのあるコンフィズリーの現当主。現在は幾人もの騎士を率いる事のある立場です。
 聖剣を有しているという都合でイレギュラーズが同行を望んだ場合は逸れに従います。

 ・イル・フロッタ
 天義貴族ミュラトール家の母を有する旅人とのハーフ。母の名誉のために立派な騎士になるべく奮闘中。
 真っ直ぐな聖騎士。リンツァトルテに片思いして居ます。大好きな先輩と、友達のため、研鑽しています。

●備考
 当シナリオの舞台は幻想西部の街トゥールンをベースにした『神の国』ですが、名声は全て天義に分配されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <天使の梯子>RegistreLv:40以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月16日 22時55分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

サポートNPC一覧(2人)

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃
リンツァトルテ・コンフィズリー(p3n000104)
正義の騎士

リプレイ


 空中神殿より混沌各地へ移動することが出来る。
 ワープポイントのような役割を担うその場所は、不可侵の領域だ。その場に手を出すことは流石の『主』とてしないであろう。
「だからって、適当に『お前で良い』って私を指定したのをイノリ様にばれたら起られるんじゃない?」
「あはは、カロルじゃ役不足って?」
「黙れ」
 腹を抱えて笑ったアドレは荘厳なるステンドグラスに照らされているカロルを見詰めていた。
「テセラ・ニバス生まれの聖女様にはぴったりな仕事だろうに」
「……まーね」
 カロルはパイプオルガンを撫でてから酷く苛立ったように鍵盤を叩いた。
『ベースとなった人間』はテセラ・ニバスも天義も嫌いだった。この感情は、『ルル』のものではない。『カロル』のものだ。
 頭が可笑しくなりそうだ。頭を抱えていたルルはゆっくりと振り返った。
「怖い顔」
「煩いわね。さっさといきなさいよ」
「……この場所は本拠地には成り得ないだろう?」
「そうね。此処は危うすぎる。……イレギュラーズ達も使うでしょ、どーせ」
 アリスティーデ大聖堂――それはテセラ・ニバス、否、『リンバスシシティ』の内部にある美しき信仰のつどい。
 眩いステンドグラスの光を受け止めるその場所に佇む女神像が光を放つ。
 これは空中庭園の真似事をして作られた場所だった。つまり、神の国に於ける空中庭園の役割を果たしている場所である。
 神の国における『混沌各地』へと繋がる『道』となるこの場所の気配はイレギュラーズ達も直ぐにでも勘付くだろう。
 特に、聖遺物を有するコンフィズリーが彼方の手の内なのだ。共鳴し合うことで此処に辿り着く可能性はある。
「……あいつ、勘付いてたわね」
「そりゃあ聖剣が共鳴してるからね。どうして此処で共鳴したの? 別に盾置いてなかったでしょ」
「一寸前まで彼奴がいたのよ」
 忌々しげに呟いたカロルは置き去りにされた薔薇の花をぐしゃりと握りつぶしてから嘆息した。
「だから、さっさと行けってば! 私も準備があるのよ」
「はいはい」
 ひらひらと手を振って去って行くアドレを見送ってからカロルはそっと自らの腕をさすった。
(……我らが主よ、どうか……どうか、我らを救い給え――)


 幻想王国内に異変が起きたという話は直ぐさまにローレットへと持ち込まれたらしい。
 以前として変化を続けて居るテセラ・ニバスを観測していた天義。その様子を知っているが故に、幻想王国の情報は天義上層部にも持ち込まれた。
 騎士団では直ぐ様に少数精鋭での隊を編成し、幻想王国内の片田舎『トゥールン』へと踏み込まんとしていた。
「記録の街『トゥールン』。こんな事態で無ければ、古書店巡りでもしたかったところだけれど、ね」
 呟いた『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)はふと、考える。この街が狙われた理由とは『真実の歴史』にとって、不都合な記憶があるからなのだろうか。
 暫し考え込んだマルクの傍らで、リンツァトルテ・コンフィズリーは「何か気になることでも?」と問うた。
「ああ、いや……どうして、此処が狙われたのかと考えてね。ここは『幻想』だ」
「うん、そうだよね。ここは幻想で天義じゃない。
 遂行者(かれ)達は天義の人間って訳じゃないけど、天義の問題だって認識してたから外に影響が出ると何だか一寸気まずいね。
 彼等が活動範囲を幻想に広げた理由も分からないし……まあ、魔種からすれば国境なんて関係ないのかも知れないけど……」
 悩ましげに唸った『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)。リンツァトルテはサクラに小さく頷いた。天義貴族であるリンツァトルテやサクラ、そして『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)にとっては『天義の問題』が他国に持ち込まれた状態ではある。
「国境は関係ないのかも知れないけど、活動範囲が広がったのは気になるよね。ダヴィットさんはどう思う?」
『叔母様』の浮いた話の突如としての襲来に少しばかり浮き足だった様子のスティアに話しかけられたのは『聖職者』であるダヴィット・クレージュローゼであった。眼鏡のブリッジに指先を当てた青年は悩ましげに考え倦ねてから「推測でも?」と問う。
「推測で構いません。クレージュローゼ卿の見解を聞かせて頂けると嬉しいです」
 頷いたマルクにこくこくと頷いたのは『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)。そわそわとした様子であるのは『騎士団』が気になったからだろう。
「かみさまの国、無節操にぽこじゃか産まれすぎなのです。あっちこっちに産まれて、あっちこっちで対処させられて……。
 別ってるのは定着すると面倒だって事だけなのですから、どうしようもないですし……そもそも、かみさまは、いきものが役割を終えて向かう場所で静かに待っているべきもの。こんなのは違うと、メイは思うです」
 頬を膨らませたメイにダヴィットは幼い精霊種の頭を撫でてからマルクへと向き直った。
「……恐らくは、全国規模になるのではないでしょうか」
「私も同じ見解だ。正しき歴史と言って天義から国境沿いに鉄帝国、幻想王国と動きが見られた所を見るに、歴史の預言とは『混沌全土』を指しているだろう」
 頷いたエミリア・ヴァークライトにダヴィットは『君と意見が合って実に光栄だ』と言わんばかりに微笑んだ。些か、嫌そうな顔をしたエミリアを見るだにサクラがついつい吹き出す。
「じゃあ、叔母様、これからいろんな場所が狙われると思う?」
「……恐らくは」
 エミリアは呟いた。そして、その足掛かりのようにトゥールンが狙われたのはその地に『聖遺物』や『定着を行なうに適した品』があったからだろう。
 其処まで彼女が推測できたのはコレまでのイレギュラーズの活動を統括する騎士団の立場にあるからだ。
「ええと、スティアさんのおばさま、は、きしだん? なのですよね。とっても心強いのです! 一緒にがんばろです!」
「ああ。宜しく頼む。何か困った頃があればイルに申しつけてくれ。年齢が近い方が話しやすいだろう」
 指名されたイルはイレギュラーズ達に向き合ってから「皆、宜しく頼む」と微笑んだ。
「がんばろう!」
 真剣な表情を見せた『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は帳が降りて変化を始めたトゥールンを眺め遣る。此処から先が神の国――全てを覆い隠して正しい歴史へと変化するという。
「どうせ嘘の幻で覆うなら、超幸せな様子にしてくれたらいいのにね。
 現実ではあり得ない超豪華版の街になったら、きっと誰も文句言わないよ。聖遺物の平和利用を! ……無理だよね、あはっ」
 自身で告げてから思わず笑ったヒィロはそのジョークが叶わぬ事を知っている。何せ、遂行者達が求めた正しき歴史には戦禍の気配がする。
 ヒィロと、そして『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)の平穏を脅かす歴史が横たわっているのだ。
「この事象、行者が聖遺物やワールドイーターを起点にやってるのは既知なのよね。けれど、何度か事象を潰してもそれ以上の情報はないし……。
 後手ばかりじゃ救助も取りこぼしが増えるし、先に繋がるものが欲しいよねぇ。いきなり幻想で起こった今回がチャンスになればいいのだけど」
 呟いた美咲へとイルは「屹度、ここで何か掴めるはず」と力強く言った。その根拠は、と揶揄うように問うた美咲とヒィロへとイルはやる気を漲らせて――「天義の外というのが『一番の変化』だ!」とそう言った。


 トゥールン内部に入り込んでから、最初に見付けたのは商人を名乗ったティルスだった。
 やや草臥れた雰囲気の彼に気付き『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は「おと――ティルス、さん!」と慌てた様に声を掛けた。
 義父に良く似た外見をした彼が気になってしまうのはアーリアが胸の内に仕舞い込んだ淡い思い出に起因していたのは確かだ。
 本来ならば『天義で見かけた商人』が『何食わぬ顔でイレギュラーズと出会った』時点で不審に思う。現にアドラステイアで接触していた『デモンサモナー』アドレが彼の付き人であった時点で『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)の中では積もりに積もった懐疑が在るわけだが。
「もう、ティルスさんったらいつも危ない場所に来ちゃうのね」
 少し拗ねた様子でアーリアは言った。ティルスは「すまないね、アリア」と本当に困ったように肩を竦める。
 交易中に危ない事があったんだ、と笑って話したことを思い出す。その時の笑顔は目の前のそれと何ら変わりない。アリアと呼ばれる度に心が解されていく気がした。イレギュラーズノアーリア・スピリッツではない、幼い『アリア』のように振る舞ってしまう。
「アリアも危険な場所に何時も来るんだね」
「んもう、私はイレギュラーズだもの。これだって立派な仕事なのよ?」
 まるで10かそこらの少女だ。正純が抱く懐疑なんて、アーリアは気付くことはない。こんな、偶然にも程があるのに、疑う気持ちの一つも湧きやしない。
「……今日はアーノルド君は一緒ではないのですね?」
 確かめるように問うた正純にティルスは「ああ、アーノルドとも此処で合流する予定なんだ」と朗らかに笑う。
 正純は心の内でだけ「でしょうね」と呟いた。トゥールンへと踏み込んだだけで分かる。
『アドレ』の気配がする。悪魔使い、アドラステイアの聖銃士。そんな彼の駆使する『悪魔』の気配がする。それを正純が間違えるわけもない。
(……しかし、今は、ティルスさんの付き人。一体何を企んで、貴方はそこにいるのですか。
 聖女に魂を売ってまで、貴方のなしたい事とは何なのでしょうか。ああ、もしくは……?
 とりあえず、この状況をどうにかするのが先決。しっかりと仕事をこなすしかない。此処を越えなければ真実には――……)
 正純は困った顔をして居たティルスに「其れは心配ですね」とリップサービスを返した。
 この様な場所で灼けに落ち着き払っているティルスを見て不審に思うのは間違いではない。警戒しておけば大丈夫だろうかとスティアが疑惑の目を向けていることにエミリアは気付いて居た。
「スティア、これからどうするのか聞いても構わないか」
「あ、うん。皆で纏まって行動して商人さんの捜索を優先するようにするね。……神の国っていっても、定着する段階になればほぼ現実と同じ、なんだね」
 その言葉にぴくりと肩を揺らせたのはヒィロだった。スティアがそう認識したのは精霊達との疎通が上手くいったからだ。精霊の力を借りて全体を俯瞰し周辺警戒に当たっていたスティアは「現実への侵食」と小さな声音で呟いた。
「現実じゃ有り得ない姿にするわけでもなくて、誰かが定めた筋書きに捻じ曲げるんだね……」
 誰もが幸せになるような世界を作り上げることが不可能であることをヒィロは知っている。鼻先をくん、と鳴らし首を振る。
「それはともかくお仕事お仕事。
 探し物ならイヌ科イヌ亜科のキツネ獣人たるボク! ――と、お供の子犬他5頭にお任せ!」
 わん、と鳴いた氷狼の子犬。それはヒィロと美咲の二人に与えられたフローズヴィトニルの欠片がイレギュラーズと共に在るために形をなしたものだった。
 ヒィロは「次郎丸」と呼び掛ける。全員で纏まって聖遺物を探しこの空間を破壊することが目的ではあるが『目標』位置が定まらぬ内は何れだけ情報を得られるかに掛かっている。
「ヒィロ」
「うん!」
 任せていてと笑うヒィロの傍で子犬が鳴いて次郎丸へと擦り寄った。二匹の氷狼の子犬たち。その後ろをついて行くヒィロのファミリアーが広がっていく。
「はっきりしない獲物が初仕事だけど、その分見つけたらご褒美もいいからね……いけ!」
 仲間達と手分けするならば、先ずは直感を信じるのも悪くはない。極彩色に輝く瞳で先を見通す美咲の隣でヒィロはきょろきょろと周辺を見回した。
「ええっと商人さん、商人さん……」
 メイの前を走って行くのは小さな子猫だった。可愛らしく尾を揺らす子猫をまじまじと見詰めていたイルは「可愛いのだな」と朗らかな笑みを浮かべている。小さなひだまりのような精霊種の少女と、彼女に応える精霊とファミリアー。平和であれば心安まる光景ではあるが此処は敵地だ。
「イル」
 リンツァトルテの呼び掛けにしゃっきりと背筋を伸ばしてから「こほん」とイルは咳払いをした。
「何か見付けられそうか?」
「うーん……あっちに人の気配がするのですよ」
 とことこと猫を追掛けていくメイに付き従いながら正純はひしひしと嫌な気配がしていた。その手にはアスピーダ・タラサに存在していた聖遺物が握られている。焼け焦げ落ちているところを見るに、使用済みとしか言いようがない品ではあるが有しているだけでどうにも安心感がある。
(――アドレが居るからでしょうか)
 人となりを聞いただけでも、アーノルドと『アドレ』は同一人物だ。だが、アーリアと縁深い存在がアドレのような者と関わり深い訳が。
 其処まで考えてからアーリアに護られるように立っていたティルスが妙に気になった。
「ティルスさんはその、アーノルド君とどちらで知り合ったんです?」
「アーノルドかい?」
「ああいえ、何がという訳では無いのですか、私も天義育ちで、顔見知りによく似ているものですから」
 嘘は吐いていない。正純は天義で育っている。殉教者の森近くの教会で『不良神父』に育てられたのだ。
 ティルスの穏やかな笑みを目にすると、どうにも聞きづらくもなる。誤魔化しているわけではない。だが、本当に妙な気配なのだ。
「あの子は確か……テセラ・ニバスかな。アリスティーデ大聖堂は知っているかい?」
「アリスティーデ大聖堂は観光地としても有名だよね。二人はそこで知り合ったの……?」
 ステンドグラスが美しく、信仰のつどいとしても知られるアリスティーデ大聖堂を思い出しながらサクラもまた、ティルスを疑うように見詰めた。
 メイの言う通り商人の声がした。足を止めることなく進むサクラへとティルスは「そうだよ」と穏やかに微笑みかける。
「アリスティーデ大聖堂に訪問した際に、彼が居たんだ。孤児だったかな……アドラステイアに身を寄せているとは言って居たけれどね。
 余り汚らしいとは思わない身形をしていたんだ。利口で落ち着いていたから、アドラステイアの聖銃士を辞めることが出来たなら、ともに旅をしないかと誘ったんだ」
「それは……随分……」
 正純は呟いた。孤児ならば天義に溢れ返っていた時期がある。それだけ大きな戦いが起ったのだ。
 アーノルドが運が良かっただけか、それとも誤魔化すために綺麗事を並べているのかは分からない。ただ、発言全てを信じられる程に正純は世を知らないわけでは無かった。
「アドラステイアの子供がアリスティーデ大聖堂に訪れているのも珍しいですね。
 彼等は天義の神は偽りであると信じ、新たな神を想像していた、と聞いています。私も程近い場所が故郷ですのでよく知っているのですが……」
「そうだね。でも、彼はアドラステイアの神を信じていたわけではなかったようだよ。
 アリスティーデ大聖堂には聖遺物が置いてあってね、『頌歌の冠』だったかな……其れを見て、美しいと告げて居た姿が目についたんだ」
 それ以上の理由は無いと朗らかに微笑んだティルスに正純もサクラもそれ以上は言わなかった。
 頌歌の冠。アリスティーデ大聖堂に存在していて、今や目にすることの出来なくなった聖遺物。
(テセラ・ニバスは……リンバス・シティは、其れも飲み込んで『定着』してしまったんだ。この地を同じように無くすわけには行かない)
 サクラは強く決意をし、トゥールンの地図をまじまじと見詰めていた。今はなすべきを。
 無数に存在する書店に、幻想の知り合いを頼り印を記載して貰ったそれを辿りいち早くこの『領域』の定着を食い止めねばならないのだ――
「アーノル、」
「アドレ……」
 呼び掛けた正純にぴくり、と肩を揺らしたのは周辺に存在していた悪魔から襲われることなく平穏無事に立っていた少年であった。
「あ」
 驚いた様子の少年の背後からファルマコンを思わせるワールドイーターが顕れる。
「アーノルドくん!? 危ないわよ、こっちへ。操られているのよね?」
 勢い良くアーリアが手を伸ばしたことに驚いた様子でサクラが振り返った。アドレだ。あれは間違いなくアドラステイアの聖銃士だ。
 だが、アーリアは其れを知らない。彼はティルスの付き人だ。
「ッ、ワールドイーターがくる!」
 ヒィロは直ぐさまに警戒態勢をとった。アドレは「ティルス様、アリア様!」と嬉しそうな笑みを浮かべ、アーリアの胸へと飛び付いてくる。
(あら……悪魔が大人しく……?)
 驚き顔を上げたアーリアの前を風のように走り抜けた美咲とヒィロはワールドイーターと相対し続ける。
「狼藉者はみーんなボクが! ……ボクの愛する美咲さんが、天罰下してやっつけるよ!」
「ふふ」
 胸を張ったヒィロに美咲はくすくすと小さな笑みを浮かべて見せた。
 その気配が消え去った時、怯えた様子であった少年は「良かったあ」と幼い子供の様に微笑んでいた。


 幾人かの商人を保護し、騎士団へと任せたスティアは剣呑な空気感を感じ取りながらも常の様子を崩さなかった。
 襲い来る影の天使を引付けるスティアは「こっちだよ!」と声を掛ける。マルクの泥がそれらを飲み込み、全てを無に帰す。
 先程まで相対していた『悪魔』達は脅威であり、商人探しを行なう上でも骨が折れたが現時点では何故か静まり返っている。
「……」
 アドレと呼び掛けられて反応してしまった少年は正純の隣で居たたまれなさそうに立っている。
 彼は遂行者のアドレだ。直接手出ししてくる気配がないためスティアは彼を巻込まない。彼自身もティルスの前ではその様な行動を控えているのだろうか。
 ――それでも警戒は出来ない。サクラがこっそりと耳を寄せ「スティアちゃん気をつけて」と言ったのはスティアが持つ指輪に起因しているのだろう。
 ヴァークライト家の指輪、ロウライト家の聖刀、コンフィズリーの聖剣。それだけではない。
 天義で活動してきたマルクやアーリア、正純の持つ品物とて何らかの意味を成す可能性がある。
「リンツくん、イルちゃん、気をつけてね。エミリア様にダヴィット様も聖遺物をお持ちであれば狙われる可能性があります。お気をつけ下さい」
 声を掛けたサクラはずんずんと前へと進んで行く。
 驚いた様子の商人達は特にローレットのマルクを見て安心した様子であった。心優しく「メイたちが助けるですよ」と声を掛けた少女はマルクやアーリア、美咲とヒィロを指差て「ローレットが来たのです」と告げる。
 流石に幻想国内では顔が売れている、と言うべきなのだろう。その分護るべき存在の多さに足を引っ張られる可能性はあるか。
「……貴方も御守りしましょう。アーノルド君、ですか?」
「アドレでいいです。本当の名前はアドレなんです。アドレ・ヴィオレッタ。アーノルドは知り合いの名前を借りていて……」
 ぎこちなく微笑んだ彼に正純の表情が硬くなる。アドレを使役する悪魔との遭遇経験はあったが今日は動きが控えめだ。
 特にティルスの周辺では攻撃の素振りさえ見せない。影の天使たちが襲い来る度にアドレは怯えた様子を見せる。
「……知り合いに良く似ていたのですけれど、人違いでした。私の知っている彼は、こんなに行儀のいい感じじゃありませんし?」
「あはは。僕、実は双子の兄が居るんですよ。まあ、良い生育環境じゃないんで、生きてるか分かりませんけど」
「それは本当ですか?」
「どうでしょう」
 揶揄うような声音で言うアドレに正純は嘆息した。ワールドイーターの姿が見えると商人達が怯え始める。
 メイが落ち着かせるように宥める声を聞きながら正純は「マルクさん」と呼んだ。頷き合うそして、互いに標的を定め続ける。
「ほ、本当に大丈夫なのか……?」
「はい。でも、ちゃんと護って下さいね。みんな、ここには大事なものを持ってきているのです。だから、奪ったり、逃げようとしちゃだめなのです!」
 言い聞かせるようなメイはにんまりと微笑んだ。『物』には思い出が、時には命が宿る。
 ――命が、宿る?
 ふと、メイはその言葉に首を捻った。沢山の聖遺物。それらにだって、『そうした現象が起る可能性はある』。
 なんたって此処は冠位傲慢の領域。神の国を落した場所。聖遺物に命が宿って、戦っていたって……。
 そんな事を考えながら「だから、メイたちにしたがって欲しいのです」と勇気一杯に声を掛けた。
 癒やし手であるメイに支えられながら進むアドレは「君は小さいのに、頑張るね」と頭を撫でる。その優しい掌にメイはぱちくりと瞬いてから微笑んだ。
(本当に私の知っているアドレではない――? いや、コレも演技かも知れない……)
 疑う眼差しを向ける正純と同じく美咲とて何が起っているのかと確認していた。ティルスとアドレを信用する意味は此処には無い。
 救助すべき人間を救い、音のする方向への探索を続けて居るがヒィロからの連絡は未だ無いか。
「……ヒィロ、大丈夫そう?」
「うん。アッチの方角はまだ調べてないし、地図によると書店が沢山あるみたい」
 行ってみようと歩き出すヒィロに美咲は頷いた。サクラがこんなこともあろうかと手に入れた元々のこの地の地図は所々にズレはあるが十分役には立っていた。
 壁を通り抜けるように見詰め侵入するのだってお手の物である美咲は「あっちね」と頷く。
 アドレの様子を気にしながらもヒィロはゆっくりと歩き続ける。
「わざわざこの街を選んでるって事はやっぱり聖遺物が本なんだよね。沢山ありそう」
 きょろきょろと周囲を見回していたヒィロは「あのお店、ちょっと気になる」と指差したのであった。
「……ねえ、ねえ」
 商人の護衛をしていたイルにこそこそと話しかけたスティアは「やっぱり叔母様とダヴィットさんは何かあるよね?」と囁いた。
「うん。あんなエミリア様見たことない。あ、あと、スティア、サクラも言って居たけど……」
「あ、指輪? うん。気をつけるね。イルちゃんは何か持ってたりする?」
「……母の形見、かな」
 イルが懐から取り出したのはミュラトール家の令嬢であったという母が家から持ち出した『破邪の腕輪』の欠片であった。
 正確な名称が分からないというのは母がこれを父へのプレゼントにしていたからだという。これも聖遺物か何かなのだろうか。
「うーん……」
 首を捻ってから、スティアはダヴィットへと近付いた。クレージュローゼ家についても気になることは多い。
「ダヴィットさんはミュラトールって家は知ってるの?」
「ああ、レア嬢とは親交があった。騎士の家系だが、彼女は体が弱くて、聖職者になるべく神学校に通っていたが……破天荒なお人だった。
 イルと良く似ているよ。イルに良く似た眸をしたふわふわとした栗毛の令嬢だったかな。ああ、エミリアの方が勿論美しい」
 来てない、とはスティアは言えなかった。ミュラトール家は騎士を輩出していた家門だ。だが、イルの母レア・ミュラトールは体が弱く聖職者となるべく学業に励んでいたらしい。
「レア嬢の駆け落ちは真逆とは思ったけれどね」
「えっ、そこも知ってるの?」
「まあ、結構な噂だったから。嫌になる気持は分かる。時々、奇跡のように恵まれた者が同期に顕れるんだ。
 その点、エミリアがいたからこそこのダヴィット・クレージュローゼは何も思わなかった。同時期に幻想より来た才媛がいようとも!」
 ――その才媛とはイレーヌ・アルエの事だろうか。堂々たるダヴィット。周りを気にしないのは彼の良い点だったのだろう。
 レアが駆け落ちしたのは天義の在り方に嫌気がさしたというのが一番だろうとダヴィットは声を潜めた。
「……屹度、レア嬢が駆け落ちした理由のある『天義』に戻るのだろう。遂行者達が糺す歴史というのは」
「……そっか」
 聖遺物を核にするのは何故かは分からない。ただ、それに秘められた力を利用する能力を有しているのだろうか。
「クレージュローゼにも聖遺物はあるの?」
「信仰の厚き国だからね、それらしい力を持っているものは多くあるだろう」
 そういうものかと合点が言ったスティアはイルの手をぐっと引いてから顔を寄せた。突如として二人に躙り寄られたダヴィットは驚いた様子で後退する。
「所で叔母様のことは梳き!?」
「勿論」
 驚かんばかりの笑顔にイルは「おお……」と呟いた。一体何を話しているのかと言いたげなマルクの視線を受けながらスティアは「そっかー! 素直じゃないけど大切にしてあげてね!」と微笑んでみたが背後のエミリアに見つかったのである――

「ねえねえ」
 ひょこりと頭を見せたヒィロに美咲は「そこね」と鍵の掛かっていた扉を開く。
 踏み込んだマルクは商人達をリンツァトルテに任せ、埃っぽい店内を見回した。
「どうしてルルは予言の成就を望むの? それは世界が滅びるって事なのに」
 書の前で、サクラは独り言ちた。店内で呟いた声音は『何処か』に聞こえているようである。
 それが本来の歴史だ、それが『主』の言葉だと言うだけで彼女が従う理由は無い。
 冠位傲慢を信仰している聖女ルル。彼女には世界を滅ぼしてしまいたいぐらいの何かがあるのか――それは背後のアドレにだって。
「聞いてもどうしようもないかもしれないけど……最後には戦う事になるかもしれないけど……。
 それでも私達は、二度と犠牲にしたものを見ない振りはしない!」
 天義の名代として。黒を纏うサクラは今は『神の代理人』である。ルルやアドレが『遂行者』というならば、代理人と言う呼び名は対立した意味をも感じさせる。
「……サクラ・ロウライト」
 背後から声が聞こえた。アドレだ。サクラはその声音に応えるように「何」と囁く。
「カロル・ルゥーロルゥーという人間はずっと前に死んだ。もしも、目の前に現れた女が『人間』じゃなかったら?
 その人間にどんな過去があったとしても、お前は断罪の刀を振り下ろすのか?」
 低く問うた声音にサクラがひりついた気配を感じ取った。アドレは何を言って居るのか。人間ではない? 魔種――ではないのか、ならば、彼女は。
「アドレ」
「ああ、――様」
 今、なんて――?
 アドレは『ティルス』を別の名で呼んだ。
 サクラははくはくと唇を動かす。聞き覚えのあった二文字だ。
 ぱっと微笑んだアドレはティルスの元へと走り行く刹那――サクラを見上げてにい、と唇を吊り上げてから意地の悪い笑みを浮かべた。
「サクラちゃん?」
 アーリアは確かに聖遺物を手にしていた。後は其れを火に焼べれば良いらしい。
 サクラは自身の表情が今、どの様な変化をしているのか察することが出来なかった。ひりつく気配に表情までもが固まってしまったような、気がしてならない。
「ア、ドレ。今……」
「どうしましたか、ロウライト様」
 お前は、そんな笑みを浮かべやしないだろう。
「……ツロ」
 呟いた美咲にヒィロは「美咲さん?」と首を傾げる。聞き耳を立てていたわけではない。けれど、勝手に木小田のだ。

 ――ツロ様。

 ツロとは、何処かで聞いた。ああ、そういえば――『遂行者達の預言者がツロ』であっただろうか。


「アリア、ありがとう」
 そっとアーリアの頬に触れたティルスは「君も無茶をするんだな」と困ったように微笑む。
 骨張った手が頬を撫でる。愛おしそうに、まるで『娘にするかのような』愛情の籠った仕草だ。
 その親愛の掌に切なさを感じる裏腹、幸福感をも心に蓄積させていたアーリアは首を振った。
「ティルスさんも、駄目よ。危ない事ばかりしちゃ」
「けれど、これが仕事だからね。商人として……そうだな、次は海洋にでも行ってみようかな。『アドレ』、君も一緒に」
 声を掛けられたアドレは正純から視線を逸らした後「よろしいのですか」と問うた。
 幾つもの疑惑の眸が向けられていることに気付いて居る。マルクは燃え落ちていった聖ロマスの書の事を思い返しながらアーノルドを見詰めた。
(聖ロマスの書、その中の『天による叫び』――内容はどの様なものだったか。確か――)

 主は真実、正しい存在である。わたしたちが罪を犯したとき、主は必ず見て居る。
 救済の光は天より雪ぎ、全てをきよめてくださることだろう。
 疑うことは、罪である。すなわち、疑わず願うことこそがわたしたちに与えられた使命である。
 願いなさい。祈りなさい。わたしたちの未来を開く光の再来を待ちなさい。
 それは波となり、全てを覆い尽くす。
 わたしたちがあるがままに生きて行く為に、主は全てを導いて下さるのだ。

 全文は、思い出せやしなかった。だが、どうしてもその言葉が引っ掛かったのだ。
(全てを、覆い尽くす……か)
 ティルスがこうして様々な国に向かうことも、それにアドレが付き従っていることも。
 其れ等全てが何かの始まりであるならば。
「……あの、ティルスさん。海洋にはどんな商売をしに行くの?」
 スティアは疑われぬように問い掛けた。ティルスはにこりと微笑む。
「そうだね、絶望の青であった時代にしか行ったことが無いんだ。
 変わったんならシレンツィオにも行きたいな。……アリア、君は案内をしてくれるかい?」
 わざとらしくアーリアに声を掛けるティルスにスティアとサクラは警戒を露わにした。
 彼女はティルスを傷付けることも疑うことも本望ではないだろう。イレギュラーズとして冷静な彼女を掻き乱す一人の男。
(……アーリアさんに声を掛けるのは、それが安全地帯を作り出しているから……?)
 サクラが疑うようにティルスを見詰めれば、彼は「そんなに見詰められると恥ずかしいな」と微笑んだ。
「商売の品は幾つかあるんだ。屹度、喜んで貰えると思う。其の儘豊穣に渡るのも良いね。『そんな国があっただなんて、知らなかったな』」
 ぴくり、と美咲の指先が震えた。ヒィロもその言葉には違和感を感じていただろう。
 ――絶望の青が、存在して居ならば『豊穣はイレギュラーズも識る事の無かった場所』だった筈だからだ。
「……最近天義を賑わせる預言の外なんだろうね、豊穣は」
「そうかもしれないわね。何せ、新しく見つかった場所だものね」
 穏やかに微笑んだヒィロと美咲にアドレは「皆さんの活躍なくしては絶望を越えられませんでしたからね」と微笑んだ。
 わざとらしい物言いだ。豊穣が存在することが間違いであるかのような――その気配を感じ取ってから正純がぎゅと弓を握り締める。
「さ……そろそろ解散しようか。アドレも疲れてしまっただろう?」
「ティルス様こそ。宿までご案内します。それでは、僕達はこれで」
 丁寧に一礼をしたティルスを見詰めながら正純が唇を引き結ぶ。去って行く二人の背を眺めながらダヴィットはぽつりと呟いた。
「……アリスティーデ大聖堂に、向かってみた方が良いかも知れないな」
「ダヴィットさん?」
 スティアはぱちくりと瞬いてから彼を見詰める。クレージュローゼ家の当主たる聖職者は渋い表情を見せてから呟いた。
「……今の彼が手にしていた品の一つ、正純嬢がお持ちになって居る『燭光の書』に良く似た大聖堂の寄贈品であったような」
「ええ……!? えっ、一瞬で見えたの?」
 ぱちくりと瞬くサクラにダヴィットは「見えた方が、エミリアの役に立つかと思って」と突如としてエミリアの傍に跪く。
 渋い表情をしたエミリアは咳払いをしてから「暁下の書ですか」と呟いた。
「何にせよ、国に戻り次第直ぐにアリスティーデ大聖堂に向かいましょう」

 ――アリスティーデ大聖堂はリンバスシティの中で『其の儘の形』で残されていた。
 光り輝く女神像の元より、見えたのは混沌を模した地図――『神の国』の地図だ。
「イル、一度後ろに下がって」
 リンツァトルテの声掛けに頷いたイルは彼が女神像に消えて直ぐ姿が掻き消えたことに気付いた。
「先輩―――――!?」

 リンツァトルテの報告によれば神の国の決まった場所に転移することの出来る魔法装置の役割を果たしていたらしい。
 その場所というのもローレットが支部を置いている各地である。いよいよを持って、この女神像から『神の国の混沌世界』を探索せねばならない可能性が芽生え始めた。
「……神の国は混沌世界に定着する前の『上位レイヤー』と呼ぶべきだ、という話だったね?」
 マルクに頷いたメイは「えっと、『上書きする世界』で、別の階層、なのですっけ」と首を傾げる。
「ああ。『即ち、世界を追い被せるために似せて作った別の世界』だという話だ。その各地に此処から転移できるとなれば――」
 マルクは思い出す。トゥールンの街を探索し始めた頃に、何気ない雑談の中で交された言葉の数々を。

 ――……恐らくは、全国規模になるのではないでしょうか。
 ――私も同じ見解だ。正しき歴史と言って天義から国境沿いに鉄帝国、幻想王国と動きが見られた所を見るに、歴史の預言とは『混沌全土』を指しているだろう

 ダヴィットとエミリアの推測の通り、各国に『定着』すべく神の国が降ろされる可能性がある。
 トゥールンなどの小規模なものに終らない可能性もある。神の国に迷い混むものだって出てくるはずだ。
「……相手も準備の最終段階、と行ったところかな」
 聖刀を握り締めてからサクラは黒衣をはためかせる。

 ――純粋なる黒を纏え。
 神が為、不正義なる『赦されざる悪』を斬れ。
 代理人よ。
 罪と穢れより汝を護る染まらぬ黒をその身に纏い、神の名の元に遂行せよ。

 我らが『信ずる神』は『偽りの神託』に対抗する力を代理人へと与え給うたのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 代理人の皆様へ、神の国でこれから起る凶行へどうか対抗して下さい。

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