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シナリオ詳細

<天使の梯子>歪んだ世界の終わりでも

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『終天』
 ――『そこ』には、何もない。
 寒さはないが、温もりもない。
 魔女裁判はないが、聖騎士もない。
 偽りの神を流布する卑劣な大人はいないが、神の姿も見当たらない。

 『そこ』には、人がいない。
 『生』が葬り去られた世界にあるのは、白い制服の少年一人と、大きな口をつけた黒い怪物ばかりだ。
 それこそが、『終天』の二つ名を名乗る彼の求める『正しい形』だからだ。
 より正確には、彼の求める形の『一歩手前』であるが。
『■■、■■、■■■■■』
「オレが、最後まで生き残る。聖騎士よりも、イレギュラーズよりも。他の遂行者どもよりも」
『■■■■? ■■■■?』
「オレ自身も間違いなんだ。『全ての間違いを直した』後に、オレも……。それで世界は元通りだ。
 だから、オレがやるのが一番確実だろ?」
『■■、■■、■■■■■?』
「元通りになった世界がどんななのか、確かにオレが見ることはできないな。
 オレは変われない。間違いのオレは、正しい世界にいられない。
 ……だからこそ」
 『そこ』へ、新たな怪物が生まれる。顔から腹にかけて開いた大きな口の中に、太い杭のような歯が幾重にも並んでいる個体だ。痛みを与えるために生まれたそれは、口の奥からも太い剣を何本も覗かせている。
「オレの『遂行』を、大人が邪魔するなら……そいつは罪を重ねた奴だ。何も知らない子供とは違う。
 大人が罪を償う罰には、痛みも恐怖も必要だ。■■■、■■■■■■■■」
『■■■■! ■■■■!』
 新たに生まれた怪物達を引き連れ、少年は外套を羽織ると『そこ』を出ていった。
「…………」
 ――真白の外套に染み付いて消えない泥汚れを、一度だけ見遣りながら。

●遂行者の進む道
 『遂行者』サクと、彼を追う少女トキ。
 同じ天義のアドラステイアで、同じオンネリネンの子供達として育ちながら、二人は現在立場を違えてしまっている。
 トキは他の子供達に「必ずサクを連れて帰る」と約束しており、その旅の出発を見届けたイレギュラーズなら彼女が多少の危険は顧みないつもりでいるようにも感じられただろう。
「トキさんとは連絡を取って支援もしたかったけど、こうも居場所がわからないんじゃな……見つかれば彼に狙われてしまうのかもしれないけど」
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は難儀していた。
 トキの足取りはかなり転々としており、後で知ったことだが『オンネリネンの子供達』として彼女が元々隠密に優れていたことが、その所在を更に掴みにくくしていた。
「サク、言ってた……『オレ達の絶望は、オレ達にしかわからない』って……。他人に、頼りたくないのかな……トキも……」
 少年少女達の複雑な事情に、『玉響』レイン・レイン(p3p010586)の視線が下がる。
 ワールドイーターや致命者達を従えていたサクは、『遂行者』としての力を得ている。そのサクとトキが出会ってしまえば、あのアドラステイア外縁のような事件が繰り返されてしまうのは明らかだろう。
 わかっていながらも手の出しようがない現状が歯痒い。
「サクのこと、もっと知ることができればいいのですが」
「あの少年も救えるものなら救ってやりたいからな」
 トキと同じく足取りの辿れないサクを思う『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)と『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)。少なくとも自分達よりはサクをよく知るトキは、彼の行く先に何かあてがあって発ったのかもしれないが――。
「近頃、黒を纏うようになった騎士団関係者が『遂行者』により襲撃される事件が増えているのはご存知で?」
 そんな時、『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)が情報がもたらされる。彼によれば、アドラステイアからそう離れていない騎士団の詰め所へ向かう怪物の影があったという。以前アドラステイア外縁で戦闘になったワールドイーターと似たような外見の怪物だ。
「ただこの怪物、似ているだけで全くの同一かどうかまではわかりませんでした。あの少年も恐らく一緒でしょう。狙いは騎士団かと思われますが……いかがされます?」
 そんなもの、問うまでもなく決まっている。
 イレギュラーズは直ちに現場へと急ぐのだった。

●悲劇
「白き衣の『遂行者』だ!」
「一歩も通すな! 不正義を今こそ砕け!」
 黒い制服の天義騎士団が、『遂行者』の行く手に立ちはだかる。
「誰も……何もわかっちゃいない。わかっててやってるなら、それは神様への罪だ。どうせわからねえだろうけど」
「偽りの言葉へ耳を傾けるな! 撃て!」
 団長と思しき男の指示を受け、団員達が『遂行者』へ一斉に銃口を向ける。『遂行者』は逃げる様子もない。

「撃たないでッ!!!」

 突如、一人の少女が腕を広げ『遂行者』の前へ身を躍らせる。
 彼女は声の限り叫んで『遂行者』を庇ったのだ。
 ――それが、悲劇だった。
 少女の制止があと一瞬早ければ、彼女の望み通り銃撃は止まったかも知れない。
 あと一瞬遅ければ、彼女が割り入る隙は無かったかも知れない。
 その瞬間に、間に合ってしまったからこそ。

「――トキ。……トキ!!」
 銃弾の雨に晒された少女を、『遂行者』が抱き留める。少女は何か言っていたが、やがて力を失いその目と口を閉じた。
「…………トキを、殺したな……? こんな怖い目に遭わせて。こんな痛い銃で。お前らの穢れた手で殺していい奴じゃなかったのに、殺しやがったな!!」
 『遂行者』の怒りに応えるように、黒い怪物が処刑道具じみた大きな口を開く。銃撃をものともしない怪物達は騎士団員を次々と呑み込むと、戦場には阿鼻叫喚の悲鳴が満ちた。
「こいつらに食われてもすぐには死なねえよ。『死んだ方がマシ』なくらい、怖くて痛いだけだ」
『痛い痛い痛いいたいいたいいいいいだいだいだいだいだい■■■■■■■■■■■!!!!』
 痛みに耐えきれず発狂してしまった団員が、怪物から解放される。もはや人間の言葉を話せないその団員は、あろうことか同じ黒衣の同胞へと銃を向けた。発狂した団員による銃撃はなぜか発狂する前よりも威力が上がっており、詰め所は完全に混乱状態へ陥ってしまった。
「まさか……団員が『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』化したというのか!?」
「大人は、子供とは違う。罪を罪と知りながら犯す大人は、痛みと恐怖こそ贖罪だ」
 大切なものを、誰にも渡さないように。動かない少女の体を抱きながら、『遂行者』は憤りの目で騎士団長を見据えていた。
「――オマエだけは許さねえよ」

GMコメント

旭吉です。
ホットスタート大好きです。

●目標
 騎士団全員を『異言を話すもの(ゼノグロシアン)』化させない。

●状況
 天義のアドラステイアに程近い騎士団の詰め所。
 アドラステイアに展開予定だった黒衣の騎士団が詰めていましたが、『遂行者』サクが新たなワールドイーター達を引き連れてきました。
 当初はここまで急な予定ではなかったようですが、トキが危険に晒されたことが決定打となりました。
 騎士団が全員ワールドイーターに食われると、この詰め所の周囲一帯は『異言都市(リンバス・シティ)』化します。

 既に一部の騎士団員がワールドイーターに食われ『異言を話すもの』化しています。
 アドラステイア外縁で邂逅したタイプとは異なり、今回のタイプは発狂するほどの恐怖と痛みだけを与えることで「理性」を喰らいます。命は直接奪いません。
 『異言を話すもの』化した騎士団員は戦闘力が強化され、意思疎通は『異言(ゼノグロシア)』でのみ可能になります。
 ワールドイーターを倒した段階で生きていれば、喰われた理性を取り戻し正気に戻ることはできます。恐怖と痛みは忘れられないので、今後戦力になるかは不透明ですが。

●敵情報
 遂行者『終天』サク
  10代後半の少年。遂行者の白い制服の外套に消えない泥汚れが残る。
  元々遂行者としてこの詰め所を狙っていましたが、トキを撃たれ個人的な怒りが勝っている状態です。
  一見武器を持っているようには見えません。
  状況が不利になると撤退します。

 『異言を話すもの』×複数
  黒衣の騎士団員がワールドイーターに理性を喰われ発狂することで、『遂行者』の指示を聞くようになります。
  (異言による指示しか理解できなくなります)
  通常の騎士団員より強化されており、イレギュラーズ並の体力と火力を得ています。主武装は銃と剣です。
  特に指示が無くとも黒衣の騎士団員や団長を襲います。

 ワールドイーター×2
  人間の5倍近くある大型の影。行動はターン最後とは限りません。
  脚はなく(引きずって移動)、顔らしき部位から腹全体にかけて大きく裂けた口があります。
  口で食べる攻撃は近列【封印】扱い。食べられても肉体へのダメージはないですが耐えがたい痛みと恐怖に襲われ続け、『異言を話すもの』となってもその状態は続きます。
  倒せば食われた対象へ理性は戻りますが、痛みと恐怖に襲われた記憶は残ります。
  見た目通りにHPがとても高い。

●味方情報
 トキ
  隠密に優れた元『オンネリネンの子供達』の少女。サクと同年代。
  騎士団員に撃たれそうだったサクを庇って撃たれた。
  実は気絶しているだけで致命傷は避けられており、早い内に適切な処置を施せば助かる。
  (処置が間に合わなければ死ぬ)
  ただしサクは彼女が殺されたと思い込んでいるため、その体を容易には渡そうとしない。
  サクから奪還できない場合、サクは生死に関係なくトキを連れて行く。

 黒衣の騎士団員×複数、団長
  まだワールドイーターに喰われていない騎士団員。
  多くは『異言を話すもの』化した団員と交戦中。
  数では勝っているものの、純粋火力で彼らに劣る。
  団長はサクに現在直接狙われている。
 
●NPC
 チャンドラ
  戦力的にはHP・BS回復が主に可能。
  特に言及が無ければ描写はありません。
  (防御は紙です)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <天使の梯子>歪んだ世界の終わりでも完了
  • GM名旭吉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
冬越 弾正(p3p007105)
終音
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
レイン・レイン(p3p010586)
玉響

リプレイ


 遠目にもわかる、まるで巨大な拷問具のような怪物が2体。
 その周りでは、怪物に喰われて人の言葉を話せなくなった黒衣の騎士達が他の騎士と乱戦状態になっており、混乱の中誰からも顧みられずに一人の騎士団長が葬り去られようとしていた。

「――サク!!」
 響き渡る第一声。
 辺り一帯に『消えない泥』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の呼びかけがサウンドボマーで拡散されると、呼ばれた当人は思わずその手を止めて振り返った。
「アンタ……、……煩い、邪魔するな!!」
 遂行者サクの昂ぶりに呼応するように、2体の怪物はすぐにイレギュラーズへと対象を変更しその口を開く。
「言葉を交わすのはあとにしましょう」
 『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が1体の前へ素早く躍り出るが、巨大な口は彼女のあらゆる進路ごとその口へ閉じ込めた。捉えたものを殺さず逃がさない『痛み』が容赦なく襲いかかるが、どれほど痛かろうと彼女の矜持がまだそれを耐えている。
「弾正、いけるか!」
「まず団長を! スモーキー、チャンドラ、援護を頼む!」
 シフォリィが耐えている脇を抜け、『黄泉路の蛇』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が『黄泉路の楔』冬越 弾正(p3p007105)と共に騎士団の対応へ動く。弾正はサクから狙われていた騎士団長を背に庇い、アーマデルは弾正と共に来ていた探偵のスモーキーや『千殺万愛』チャンドラ・カトリ(p3n000142)と共に騎士団の混乱を鎮めていく。
「退けよ。そいつはここにいる人間の中で一番生かしとく意味がない」
「身内を傷つけられる痛みは俺も知っている。だが、サク殿がここで騎士団を倒してもトキ殿を悲しませるだけだ!」
「トキならわかってくれる。退かないならアンタも同罪だ」
 シフォリィを喰らっていないもう1体の怪物が、弾正に庇われている団長ごと呑み込もうと巨体を引き摺る。その大きな口で彼らの頭から覆ってしまおうとするのを、弾正は間一髪で団長と共に避けた。
「ゼノグロシアンを一人で相手にするな! 三人以上で組むように伝えてくれ!」
 怪物に噛まれた者と、そうでない者との実力性がおおよそその程度だというのが弾正のエネミースキャン結果。アーマデルからもそれを伝えつつ、既に戦況が危ういところへは積極的に介入していった。
「サク、来ましたよ! トキが撃たれたのですか!?」
 マッダラーに守られながら駆け寄る『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)。彼女がトキを見せるよう差し伸べる手から逃れるように、サクはトキを抱えたまま距離を取る。
「大丈夫です、トキはまだ死んではいません。適切な処置を速やかに施せば死にません」
「トキの怪我を見たのかよ。今来たばっかのアンタにわかる訳ないだろ!」
「いい加減にしろ!! お前こそトキさんの怪我を見て思い込んでるだけだろう!」
 頑なに譲らないサクへ『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が怒鳴りつける。
「お前は彼女の死を本当に確認したか? 死なせたくないならまず助けろよ!! このままだとお前が怒って暴れてる間に本当に手遅れになるぞ。いいのか?」
「そうやって脅して、トキの命も肉体も取り上げるのかよ。そうはさせるかよ」
 サクの背にワールドイーターが口を開いて聳え立つ。トキを救おうとしているイレギュラーズを纏めて喰らうつもりだろう。
「ワールドイーター……。これ……サクの気持ちと繋がってるのかな……?」
 『玉響』レイン・レイン(p3p010586)がふと気付く。目も鼻も、手も足も無いはずの怪物は、サクが怒りを向けた対象を確実に狙っているのだ。
(それなら……他の人の所には……行かせないよ……サクの気持ちを受け止める……)
 虹色の尾を引く星を怪物に降らせ、注意を引く。星を浴びた怪物はレインの方へ向きを変えると、大きな身体で這いずってきた。
「そう……こっちだよ……。騎士の人達から離れて……サクとトキの傍からも離れて……僕だけの相手……してね……」
 じわりじわりと寄ってくるそれを見上げていると、レインの視界に半透明の魚の尾がひらりと揺れる。
「この国のことは、よくは、わかりませんけれど。捕食者が、つねに勝つとは、かぎらない……その、自然のおきては、かわりませんの!」
 空中を泳ぎ寄ってきた『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)が、レインに向かってきていた怪物のぎりぎり頭上を泳ぐ。全力でおいしそうなのれそれアピールをすれば怪物は再び標的を変えたものの、ノリアの絶妙な距離で食らいつけない。
(ワールドイーターの攻撃は、大丈夫そうですけど……異言を話すものたちは、別でしょう)
 ちらりと視線を外してみれば、まだゼノグロシアン達は騎士達と交戦中だ。騎士の指揮系統がいくらか持ち直したこともあり、騎士達も互角かそれ以上に渡り合えている。
 イレギュラーズも今のところはワールドイーター2体をブロックできている。この状況を維持できれば問題は無い――が。
「トキは渡さねえよ。■■■■、■■■■■!」
 聞き取れない言葉で、まるで指示を出すようにサクが声をあげる。すると、ゼノグロシアンやワールドイーター達の動きが変わった。
 騎士3人に対して1体で互角だったゼノグロシアンは、今度は彼らも小隊を組むことで騎士を押し返し、ワールドイーター達も主の元へ戻る動きを見せたのだ。


 ワールドイーターを倒せば元に戻る可能性があるゼノグロシアンは、できれば殺したくなかったアーマデル。騎士団による自衛を援護する形で、まだ距離があればジャミル・タクティールを、押し返されたところはとにかく行動の自由を奪うことを念頭に様々な不調を与えてきた。
 しかし、ここに来てパワーバランスが明らかに変わってきている。
「弾正、今の戦力差は」
「大幅に強化されたわけではないと思うが……恐らく、向こうも統率されるようになったからだろう。さっきの声で」
 とにかく、サクと合流だけはさせてはいけない。煙の精霊種であるスモーキーに頼み、煙で視覚的にも足止めしてもらっているが、外部からの指示で統率されてしまうなら全て意味が無くなってしまう。
「生き残っても、心の傷が避けられないとしても……せめて全員の生還を。……誰が欠けても許さない」
 強い意志を、内なる炎として宿す。その勇気の炎は、現象としてゼノグロシアン達へ浴びせられた。
「皆、ここが正念場だ! 異言者はまだ救う手段がある。協力してくれ!」
 立ち上がれ、痛みさえ力に換えて! 我らが正義は此処に在り――弾正の力強い歌声が響くと、押されかけていた騎士団達も士気を取り戻す。
「……」
 暗殺者である自分には真似できない頼もしさを覚えると共に、なお一層自らの役割を果たさんと、アーマデルはゼノグロシアンの銃口を見据えた。

 一方、主の元へ戻ろうとするワールドイーター達をイレギュラーズが許すはずもなく。
「先ほどは遅れを取りましたが――」
 のうのうと背を向けている怪物の1体へ、シフォリィはO・グラッセの凍てつく波動を纏った夜葬儀鳳花を浴びせる。
「あの程度の痛みで落ちる私ではありません。自分の不利を覆すために、半端に止めてしまったのが貴方の敗因です!」
 それは怪物へ向けたものであり、情動を共有しているらしい主へ向けたものでもある。
 炎熱と気力の摩耗に苦しむ怪物がシフォリィへ口を開こうとすれば、距離を詰めてC・フィエルテの一閃を放つ。もう二度と遅れは取らない。圧倒的な『数』を、叩き込み続ける。
 もう1体はレインとノリアが二人がかりで抑えにかかっていたが、ついにノリアを振り切って主の元へ一直線に向かい出した。
「けっして、食べられたいわけでは、ないのですけれど……捕食者を、わたしのしっぽの、虜にできないのは……癪ですの!」
 『おいしい被食者』としてのプライドである。
 大海の抱擁に身を委ね、大いなる海の力と共に敢えて口の近くまで降りてやる。
「ノリア……そんなところ、泳いでたら……――」
 レインのその言葉が終わる前に――がぶりと。
 巨体が倒れ込むように、ノリアをその口へ捕えた。
「ノリア……!!」

 ――食べられてしまう、恐怖だなんて。そんなもの、飽きるくらいには、味わいましたの。でも。
 この捕食者の牙は、食い千切るほどには尖っていなくて。口の奥にある剣も、見た目ほど鋭くなくて。
 ただ、細い棒のような、固いヒレのようなもので、穴が開きそうなほど強く押される感覚だけ。
 全身の骨が折れそうなほど、囓られる感覚だけ。
(これは、殺して食べるための歯では、ありませんの。ただ、殺さずに、痛くするだけが目的ですの)
「い、たい……っ」
 大抵の捕食の痛みは慣れているつもりのノリアだったが、これは捕食に見せかけた拷問だ。
 それなら、痛みは我慢せずに声にしてしまった方がいい。泣き喚いて発散してしまった方が、きっと狂わずにいられる。
(それに……いとしのゴリョウさんのもとにさえ、かえれれば。
 きっと、あの、ふくよかなおなかに、顔をうずめて。
 すべてを、わすれてしまうことが、できるでしょうから……)
 捕食のような拷問を、甘んじて受ける。意識はずっと、愛しくて柔らかい場所を思いながら。
 こうして食べられている間は、この怪物はどこへも行かない――。

「ノリアを……離して……!」
 怪物の進路上へ回り込んだレインが、ダイヤモンドダストで氷漬けにする。動けなくなった怪物の口が開くと、転がり落ちるようにノリアが出てきた。
「大丈夫……?」
「ちょっと、痛かっただけですの……お口の中も、しっかり、見てきましたの」
 切傷こそないが、圧迫による傷が多数残るノリア。彼女から口内の構造を聞いたレインは、そこにサクの意志を見た。
「サク……ひとりぼっちに、なっちゃうよ……」

 ――ゼノグロシアンも、ワールドイーターも、加勢に来ない。
 トキの怪我も一刻を争うものであると承知の上で、サクは彼女を渡さない。
「……悪いけど、強引にでも奪わせてもらうよ。これ以上は待てないし、彼女を死なせたくない」
 イズマが進めば、サクが下がる。彼は異様なほどにイレギュラーズを信じようとしない。
「サク、これだけは言わせてもらう」
 その様子を見て、誰より先に声をかけていながら積極的に口を挟むことをしなかったマッダラーが口を開いた。
「間違えるな、サク。怒りの炎を鎮める方法は己の胸の中にしかない。だからお前が自分で考えろ。怒りに支配されるな。一番大切なものが何なのか、もう一度考えてみるんだ」
 そしてもう一度、静かに。間違えるなと彼は言う。
「トキがどうしてお前を庇ったのか。トキが命懸けで信じたお前のことを、俺は信じたい」
「間違えて、なんか……オレも、オレの神様も、!?」
 その時、サクの目の前に焔の灯りが現れた。四対の炎の翼を持った精霊『プシュケー』を呼び出すと、フルールはサクの腕の中にいるトキを回復させたのだ。生命力に満ちた天使の焔は、血の気が失われていた彼女の頬に朱を戻す。
「アンタ……!」
「私が、二人を救いたいからそうしたまでです。トキをゼノグロシアンにしたかったですか?」
 違うでしょう、という意図でフルールは訊ねたつもりだった。彼の怒りは、親しい身内を殺された、そう思い込んでその死を悼んだがゆえのものだったのだろうと。
「……トキは、オレをわかってくれる。ゼノグロシアンにはしねえけど、最後のつもりだった。あいつらじゃなくて、オレの手で」
 たまたま、今ではなかっただけで。サクはやはりトキを殺すつもりでいたのだ。
「彼女はまだそちらには行かせられない。彼女のためにも、他の子供達のためにも。君のためにも。
 でも、怪我をさせたのは確かに大人達のせいだ。だからこそ俺はその一人として、責任を持って彼女を保護する」
「イレギュラーズには渡さない」
 命の危機からは脱しても未だ目を覚まさないトキをサクが遠ざけると、イズマは子供を窘めるように言う。
「サクさんはさ、そうやって独り戦う自分を正しくて格好良いと思ってる? もしそうなら大間違いだ。
 全部否定して駄々こねて、周りも仲間も無視してて格好悪いよ。ここが真実歪んだ世界だとしても、君は二度も助けられて生きてる。それを忘れるなよ」
「格好良さで『遂行者』が務まるとでも思ってんのかよ。それにオレはイレギュラーズに助けも理解も求めた覚えはねえし、恩も義理も感じちゃいねえよ。それとも何だ? 『遂行者』に恩を売りたくて、トキはそのダシに助けたのか?」
「そういう考え方が駄々をこねてるっていうんだよ。トキさんもそんなつもりで助けたかったんじゃない、助かる命を助けたかっただけだ!」
 イズマとサクの言葉は平行線で交わらない。交わらない以上、トキを抱く腕が解かれることもない。
 これ以上話すことはないと察したのか、サクは固く両腕で抱いていたトキから片手を離すと、己の首筋に当てた。
「何と言われようがオレはイレギュラーズを信じない。どうあってもトキを取り上げるなら……」
 手を当てた場所が仄かに光り始めた頃、トキの意識が戻った。
「サク……やめてよ……怖いことしないで……」
「トキ」
「皆のところに……帰ろうよ……」
 サクはすぐには答えない。
 しかしトキが話せるほどに回復したのを見届けると、マッダラーは密かにその場を離れ騎士団の戦線へ合流する。まだ戦いは終わっていないし、今でも騎士団にとって二人は敵なのだ。
 誰一人として、人殺しにはしたくなかった。
「……トキが生きていて良かったでしょう、サク」
 優しく声をかけたフルールは、更に歩み寄って片腕だけを伸ばすと、トキの頭を撫でた。
「あなたがどんなに変わろうとも、変えられない想いはあるのです。だから、あなたが私達を信じられなくても、私は希望を持ちます。ずっと誰かのために頑張ったあなたが報われないなんて、おかしいのです」
「……オレは変わらねえよ。変われねえからこそ『遂行者』(こんなこと)やってんだ。てめえの物差しで人の幸せを測ろうとするな」
 そう言い捨てたサクは、ようやくトキを抱いていた腕の力を緩めて地へ降ろした。トキは意識が戻っているものの、まだ自力では立ち上がれない。
「サク、だめ……」
「いつか、お前はわかってくれる。それまで『騎士』にも、他の『遂行者』にも絶対殺されんな」
 まだ何か言いたそうなトキを遮って、サクが何かの言葉を口にする。ゼノグロシアンやワールドイーターを統率するあの言葉が紡がれると、彼を主とする勢力は再び勢いを巻き返してきた。
「君は……トキさんを預ける気になってくれたんじゃないのか!」
「トキの無事と『遂行者』の目的は別だ。特にあの騎士団はやっぱり生かしとく理由がない」
 憤慨するイズマへ淡々と返すサク。大事な人を助けてくれたから、とか。大事な人を預けてもいいと思えたから、とか。そういった仁義による理屈をこのサクは持ち合わせていない。
 銃声が響く。イレギュラーズや騎士団を狙ったゼノグロシアンのものだ。ゼノグロシアン達の銃撃の合間に騎士団からも反撃の銃撃があるため、騎士団の戦闘はいよいよ混迷を極めていく。
「オレと睨み合っててもいいけど、他が手遅れになっても知らねえよ?」
「……ここは俺が抑えておく。手の足りないところへ加勢を」
「では、トキは私が連れて行きます。ここでは危ないですから」
 サクが更に不穏な動きをしないようイズマが見張りとして残り、フルールはトキに肩を貸して戦場を離れる。離脱する二人を、サクは追わなかった。


 数は減っても狙いが正確になってきたゼノグロシアンの騎士を相手に、騎士団長が号令を出してこちらの騎士達の士気を高めていく。怪我をした騎士達の治療は、アーマデルと共に来たイシュミルとチャンドラとであたっていた。
「大分数が減ってきたな、回復も足りている。これなら部隊を分けて遂行者の討伐へ当てても」
「サクを討つなら、俺はお前を止めるぞ」
 団長の護衛に当たっていたマッダラーの言葉に驚いたのは団長だ。
「ローレットのイレギュラーズが何故遂行者を庇う! さては内通者か!」
「違う。俺は確かにイレギュラーズだ、騎士団もお前も守る。だが、俺はサクも止める。彼には生きて、気付いて欲しいことがある」
「遂行者となった者に憐れみは無用だ。人としての常識も捨てている。奴らは彼らの歪んだ正義のためならばあらゆる犠牲をよしとする、生かしておいて何の益もない!」
「どうしてもここで彼を討つというのなら、俺を倒していけ。俺は彼にもお前達にも、互いを傷つけさせたくない」
 立ちはだかるマッダラーに、団長はそれ以上の行動を起こせなかった。
「……遂行者に人を割くくらいなら、残っているゼノグロシアン達を受け持ってくれないか。俺はここヘ残るが、他のイレギュラーズがあっちの怪物へ加勢できる」
 団長は不承不承ながらも承知すると、騎士達へ指示を出していく。その指示を聞くと、騎士団の加勢に当たっていたイレギュラーズ達はワールドイーターへと戦力を集めるのだった。
(……痛みを覚えて人は前に進む。失ったものではない。残っているものをもう一度見つめるんだ)
 世界は歪んでなんかいない。終わってやしない――それが伝わればいいと、マッダラーは一度だけ遂行者の少年を振り返った。

 騎士団の対応に当たっていたイレギュラーズが合流したことで、ワールドイーターの討伐はその速度を増す。
 このワールドイーターは理性を喰らうが、実際に肉体的なダメージを与えることはない。「喰われない」「主による統率を受けない」状況であれば、攻撃を集中させることによる撃破は可能だ。
「レインさん、これで!」
 少し余裕の出てきたシフォリィが、レインとノリアが足止めをしていた個体へアルトゲフェングニスを見舞う。動けなくなった怪物を、レインがダイヤモンドダストで更に行動不能にする。動けない巨大な敵は的でしかない。
「これで――」
「――終わりだ」
 弾正の竜牙双斬が怪物の腹を割き、もう1体の首をアーマデルが高く蹴り上げる。巨体ゆえにデッドリースカイを以てしてもその全身を空へ運ぶことはできなかったが、姿勢を保てなくなったワールドイーター達はその場で倒れ込むと煙のように消えていった。ワールドイーター達が消えると、騎士団員達の戦闘も収まったようだ。
 一度ゼノグロシアンとなった騎士達は怪物に食われた時の光景がトラウマとなって頭を抱えてしまい、戦いどころではなくなった――というのが、正しい状態だが。
「……これでも足りないのかよ。ああ、でもそうだろうな。アンタらはそうやって、これまで世界を歪めてきたんだからな」
「少しいいですか。駄目でも言わせて貰いますが」
 ゼノグロシアンとワールドイーターを退けてなお、シフォリィの声には怒気があった。
「今回私は怒っています。自分の我儘に大事な人を巻き込んで貴方達は満足ですか。
 彼女……トキさんを傷つけたのは他でもない貴方のせいです。何も知らない子供と言い訳して終わったらさようならですか。……何も知らないのはどっち? 責任を逃れたい子供が罪を語らないで!」
 彼女は、トキにも怒っていた。彼女がもっと早くにイレギュラーズを頼ってくれれば、そもそもこんな事態にならなかった。彼女は一度助けて貰ったはずなのだ。ならば子供らしく、助けてもらえばよかったのだ。
「……誰が、誰に言い訳すんだよ。いつでも正義を掲げて言い訳してんのは大人どもの方だろ。
 トキが巻き添え食うことになったのは、あいつがオレを追ってたからだろうけど。撃ったのはオレを見るなり始めやがった奴らだろ」
「そうされるだけのことを、貴方達がしてきたからでしょう!」
 白き衣の『遂行者』――天義の騎士団ならばそれだけで最大級の警戒対象なのである。組織の外に大切な人がいながら、「そういう組織」に所属している自覚が彼にあるのか。
「僕……サクには本当の『遂行者』になってほしくない……。サクは、トキが大切で。トキは、サクが大切で……。この世界は……綺麗な季節が、色が、たくさんあって……。今、間違ってても……間違いじゃなくなって……。そういうの、二人には……たくさん見てほしい……」
 かつて、自分が海から陸へ上がって、世界の見え方が変わったように。願うように告げたレインの視線の先で、サクが首筋に手をやりイレギュラーズに晒した。
「遂行者に本物も偽物もねえよ。『終天』サク……オレの今の名前だ」
 自分の黒い影に包まれるようにして消えた彼の首筋には、螺旋と鳥の羽を象った紋章――遂行者の証である聖痕が刻まれていた。

成否

成功

MVP

冬越 弾正(p3p007105)
終音

状態異常

なし

あとがき

お待たせ致しました。
トキは万全ではないですが一命を取り留め、サクの遂行者としての聖痕が見えました。
騎士団もとりあえず命は大丈夫です。命は。
サクとトキについて、たくさん考えて頂きありがとうございます。
今後も皆様とお付き合いが続いていくことと思いますが、よろしければお付き合い下さい。
ご参加ありがとうございました。

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