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シナリオ詳細

<天使の梯子>忘却せしヒュムノス

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 強かにテーブルへと叩きつけられたのは男の拳であった。
 手首に巻き付けられていたアクセサリーがぶつかり、鈍い音を立てて繋ぐワイヤーが切れた事を知らせる。
「何故――!」
 声を荒げたのは聖教会に所属している聖職者の一人であった。ライナスという名の男は青褪めた儘、教皇シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世と向き合っている。
「決定だ、ライナス」
「しかし、手を拱いていてどうなりますか!
 騎士に黒衣を着せようとも我らは防戦の一方。『占い師』の一件以降、国内では国政への不安の声も未だ聞かれるのです!」
 男は天義貴族の家門に名を連ねていた。騎士の家系に生まれたが、剣の腕はからきしで聖職者へと転向した事で良く知られている。
 騎士を志したくせに、と後ろ指を指されることも多かった。故に、男は自らの心を奮い立たせ『神』が為にと尽力してきたのだ。
「故に、黒衣の騎士を派遣することに決めたのだ。
『占い師』――否、冠位強欲を退け、『アドラステイア』をも崩壊させた同盟者の力を借り受けることも出来て居る」
 シェアキムはそれ以上は何も言うまいと唇を噤んだ。
 イレギュラーズの力を借り、今日に至るまで天義は様々な事件と相対した。直近で起きた事例と言えば、殉教者の森の進軍。そして、エル・トゥルルの聖遺物への汚染と『リンバス・シティ』の顕現である。それらの何れもがイレギュラーズという同盟者がいたからこそ解決が早まったとシェアキムは知っている。
「ッ――故に、同盟者に任せておけ、とのお考えなのですか。ならば騎士団を大々的に動かし、問題を全て粉砕してこそではありませぬか」
「……ライナス」
「黒衣の者達を派遣し、調査ばかりでは現状維持と同じだ。大規模な掃討作戦をすべきでは!」
「ライナス。その時ではないのだ」
 シェアキムの表情を見てライナスは唇を噛んだ。
 理解はしている。民草を巻込まぬ為には情報が必要だ。騎士団を動かせば、被害は免れまい。
 しかし――
 赦されざる悪が、帳を落しこの白亜の都をも蝕まんとしているのだ。それをどうして赦せるか。
「……御前失礼致します」
 苦々しげに呟いたライナスはその場を後にする。急ぐ足取りは、己の気持を静めるためのものであった。
「ライナス」
「セナ……」
 ふと、顔を上げれば幼馴染みの青年が立っていた。黒衣を纏った『騎士』の男を前にライナスはぐ、と息を呑む。
「良く似合うよ、セナ」
「有り難う。ライナス。……その様子じゃ、お前の意見は通らなかった。そうだろう?」
「ああ」
 砕けた口調で笑う男。その笑顔を見たのは何時ぶりだろうかとライナスは考えた。
 アリアライト家に拾われ、騎士となった彼に家督を明け渡した彼の義父達とライナスは顔見知りだ。
 その考えも分かるが、セナ・アリアライトにのし掛かった重たい荷物は誰が背負ってやるべきなのだろうか。
(騎士にもなれなかった、俺にはこれくらいしかできない。
 教皇に意見し、お前から目を逸らせないと。
 セナは正義に固執する――この国を護る為なら、俺が意見した軍事的措置を勝手に……)
 ライナスは屈託なく笑うセナの顔を見ていた。家に見放され聖職者となったライナスにとって、斯うして幼い頃と変わらず笑う幼馴染みは大切な存在だったからだ。


 ――数日後、騎士団の詰め所でセナ・アリアライトは「出てくる」と叫んだ。残された騎士達がその背中を見詰めている。
「あ、セナさ――」
 すれ違い様に声を掛けた星穹(p3p008330)は勢い良く飛び出していく彼の姿に目を丸くする。同様に、その傍らに立っていた彼女の相棒、ヴェルグリーズ(p3p008566)もぽかんと口を開いている。
『セラ』という名の妹が居たと呟いていたセナのことを何となく星穹は気に掛けていた。ヴェルグリーズにも彼を紹介し、何らかの困難の際には手を貸したいと考えて居たのだが。
「あ、こんにちは。あの……少しだけ、いいですか」
 セラが飛び出してきた扉の向こうから顔を出したのはラヴィネイル・アルビーアルビーであった。
 探偵の『助手』として詰め所を行き来しているという彼女は丁寧なお辞儀を一つ。
 ふわふわとした銀髪を結わえた少女は騎士団で現在、『神の国』と呼ばれた領域への調査だけではなく要人警護の任務についての割り当てが行なわれていると告げた。
「要人警護?」
「聖職者や、騎士への、襲撃が起っています。多分、急進的な発言をした人への、脅しです」
「急進的……?」
 ヴェルグリーズの問い掛けにラヴィネイルは頷いた。
 騎士団を大々的に動かせと声高に叫び、民衆を煽る聖職者や、手を拱いている実情に異を唱える騎士達が何らかの襲撃を受けているのだという。
「その、要人警護の対象が……セナさんの、お友達だそうで」
「セナ様の?」
 星穹はラヴィネイルから任務について記された書類を眺める。

 護衛対象――ライナス・ファーレライン。

「ええと、聖職者です。アドラステイアの孤児の保護も、してくださってます。
 穏やかな方、だそうです。ですが、騎士を動かすべきだと教皇に進言し、それを教会に訪れる方にも告げて居た、と」
 何か目的があるのかも知れないとラヴィネイルは告げる。その詳細は分からないが、彼を護らねばならないことは確かだろう。
「襲撃は、きっと、起ります。だから、セナさんは……」
「急いで護衛に向かったのですね」
「分かった。星穹殿、セナ殿に追い付こう」
 頷く星穹は『探偵』が行なったライナスの身辺調査の書類だけを掴んでセナ・アリアライトの後を追った。

GMコメント

●成功条件
 ライナス・ファーレラインの保護

●フィールド情報
 聖教会の一区画に存在する懺悔室です。その周辺の掃除を行なっているのかライナスは夜間に一人で明日のための準備をして居ます。
 人気も無く、入り口が幾つも存在しています。天井は低く、室内では戦いにくいかもしれません。
 懺悔室からライナスを連れて出て戦う場合は以下のフィールドが想定されます。

 ・教会内
 椅子やパイプオルガンの並んだ教会です。障害物が多く、狭い為にやや戦いにくさは感じられます。その代りに身を隠すことが可能です。

 ・外
 教会外です。障害物がなく身を隠しにくいですが視界を遮る物はなく非常に戦いやすいです。不意打ちに注意して下さい。

●護衛対象 ライナス・ファーレライン
 聖職者。騎士の家系ファーレラインの落ちこぼれ。聖職者としては心優しくアドラステイアの孤児の保護や教育を担っています。
 非常に温和で落ち着いた人間として知られていますが、彼はどうやら『騎士団を大々的に動かしての掃討作戦』を狙っているようです。
 声高にその宣言を認め、狙われることが想定され護衛任務が必要となっています。
 シアやエネミー達を見た時点で非常に怯え頭を抱えます。特にシアに対しては何らかの因縁がありそうですが……?

●エネミー情報
 ・致命者『シア』
 ワールドイーターや影の天使を連れて歩く者達です。
 天義で断罪された少女のようで、ライナスとセナにとっては見知った存在のようです。
 作り物めいた美貌。そして、『作り物であるが故に痛み』を感じないようです。
 口癖のように「断罪したくせに」と何度も繰返します。

 ・影の天使 10体
 シアが連れて遣ってきた影の天使達です。人間を形作っています。シアは「お友達」と呼んでいます。
 ライナスを殺す為に動き回ります。戦闘は基本的には近距離攻撃が中心です。

●味方NPC セナ・アリアライト
 天義聖騎士団の青年。セラという妹が居たような――そんな記憶のある騎士団員です。剣での戦闘が中心。
 傲慢な正義を遂行し続けた己の矜持が歪んでしまった気がして、非常に不安定な立場にあります――が、其れを出さぬようにと務めているようです。
 ライナスの事を心配して飛び出してきました。どちらかと言えば、そうした進言をしそうなのはライナスよりセナの方ですが……。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <天使の梯子>忘却せしヒュムノス完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
シラス(p3p004421)
超える者
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
一条 夢心地(p3p008344)
殿
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
プエリーリス(p3p010932)

リプレイ


 ライナス・ファーレラインという男の人生は決して恵まれたものではなかった。
 恵まれた家系に生まれ、恵まれた生活を送ってきたというのに、真実、欲しいものの一つも手に入らなかったのだ。
「めぇ……今はライナスさまの保護を急ぎましょう……!」
 ぎゅうと握り込んだのは小さな御守りだった。『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)は黒衣を揺らし、聖都を走り抜けていく。
 感覚を研ぎ澄ませ、僅かな気配でも先行するセナ・アリアライトを見付け出すのだという決意が小さな娘の身の内に存在している。
 自体を知らせたラヴィネイルは何と云っていただろうか。『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)は、ふと、思い出す。
(俺もも不正義として断罪された立場だからな。思うところはあるが、アネモネと言葉を交わして断罪する側の苦しみも知った)
 もしも、保護せよと命じられたファーレライン家の青年が致命者に何らかの瑕疵があるのならば、それをも受け止めてやらねばならない。
 この国は濁っていた。澱みと深みには常に正義とラベルの貼られた凝り固まった価値観が存在していたのだ。ラヴィネイルと言う娘はそんな天義に恐れを成してアドラステイアに身を寄せていた一人である。
 そんな濁りを取り払い、白き都、聖なる地とその名にふさわしい国となるべく進む天義に芽吹いた一つの悪意。それが、遂行者達による『真なる預言の遂行』なのだという。急進派の声は、この国の何処に居たって聞こえてくる。『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)は耳を傾ける度に「不正義め」と毒吐きたくもなるものだった。
「……何にせよ、近頃天義は何かと物騒だからね、ラヴィネイル殿の言う様に襲撃は起こるのだろう。
 セナ殿のご友人ということもそうだし、何より暴力に訴えるその手段は許してはいけない。必ずライナス殿を守り抜こう、星穹」
 黒衣を翻した『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)へと『約束の瓊盾』星穹(p3p008330)は小さく頷いた。
 その表情に僅かな不安が乗せられていたのはメイメイが「見付けました」と指差したセナの存在によるものだ。ヴェルグリーズの目から見てもセナと星穹は似ている。その艶やかな銀月色の髪も、顔立ちのパーツのそれぞれ。まるで実の家族のようななりをしているのだ。
(――セラという、妹が居た気がする)
 彼の呟きを聞いたときから星穹は僅かな予感を感じていた。
「セナさま……!」
 メイメイの呼び掛けに立ち止まった青年を星穹は真っ向から見据えた。「セナ様」と呼んだ名は、妙にしっくりとこない。
「……貴方の妹がもし私だったとしても、そうではなかったとしても、きっと妹なら貴方のことを案じて居る筈。そしてそれは私とて同じ。
 だから、どうか折れないでください――私達はこれ以上誰からも何も失わせない為に、此処に居るのです」
 ずきり、と頭が痛んだ気がしてセナは星穹を見詰めていた。メイメイは言葉を飲み込んだセナを眺めながら小鳥をそっと指先から放つ。
「わたし達、も、お力添え、しますから……!」
「皆もライナ――ファーレライン卿を……?」
 名を呼ぶことを渋った青年は騎士としての落ち着きを取り戻していた。ライナスの名を呼び慌てて騎士舎を飛び出した時の男は只の人間であったが、目の前に居るセナは作り物の笑みを貼り付けている。
「大丈夫です。セナ様」
「星穹……」
 男は、唇をざらりと動かした。
 もしも、彼女が本当に妹であったならば――彼女に護られている己はなんと情けないか。己は彼女を『護ってやらなくてはならなかった』筈なのに。
 渋い表情を浮かべてからセナは「行こう」と黒衣を翻し教会へと向かった。


 教会の扉をゆっくりと開いてから『ファーブラ』プエリーリス(p3p010932)は周囲を見回した。入った刹那に感じたのは無数の視線――だが、姿は見られないか。
 するすると懺悔室へと歩み行くプエリーリスに続き『殿』一条 夢心地(p3p008344)は腰に下げた長介へと手を下げる。
「いやはや……パイプオルガンと言ったかのう?」
 教会内は常と比べれば散乱している印象を抱く。何処かに身を隠しているのであろうライナスを保護する事を念頭に、無数の視線の中でベルナルドは息を潜めて相手の出方を伺う。
「……今日はもう、おしまいです」
 ヴェールを被って居る少女が姿を現した。顔はよく見えないがすらりとした手脚を持った美しい娘だ。視界を確保し、眩い光を灯した『竜剣』シラス(p3p004421)は「ああ、そうか」と承知したように頷いて手をひらひらと揺らして見せた。
「逸れにしては随分とお客様が多いようだぜ?」
 唇を吊り上げる。目と耳、活かせるものを何でも使ってみせる。手管手練を駆使して此処まで生き残ってきたのだ。シラスは直ぐさまに『上』に注目した。
「敵!」
 声を上げたシラスに頷いたのは夢心地。鋭く引き抜いた長介と共に「麿が相手をしてやろうよ!」と堂々と自らの存在をアピールする。殿様的後光を発する夢心地と共にプエリーリスは赤く染まった大鎌をそっと抱え上げた。
 クイーンオブハートを手にした幼い娘は唇にその外見には似合わぬ蠱惑的な笑みをも乗せる。
「――あら、可愛らしいお嬢さん。こんな夜中にどうしたの?
 ご両親は一緒じゃないのかしら。よければ私を貴女のママだと思ってくれていいのよ。お友達も一緒にどうかしら? さぁ、こちらへおいで?」
 囁く声音は母を思わせた。郷愁を誘う響と共に無数の影の天使達がプエリーリスへと惹き付けられていく。
『お嬢さん』と呼び掛けられたのはシラスに帰宅を促したヴェールの娘であった。真白のワンピースを身に纏い顔を隠した彼女の造形こそは美しい。だが、ムダを削ぎ落とした作り物めいた美貌が彼女を確かに『只の人間』ではないとベルナルドに予見させた。
「『お友達』の趣味が悪いな、嬢ちゃん。代わりにおじさんと遊ぼうぜ」
「遊んでいる時間はないのだけれ――」
 言葉を遮るように、幻影が作り出された。それは只の煙幕だ。影の天使達を引き寄せ後方に下がる仲間達の中を走り抜けるメイメイに「任せろ」とシラスは唇だけで合図した。
「ライナスさま……!」
 懺悔室の内部から此方を伺って居た青年は酷く怯えた表情をして居る。辿り着いたメイメイを護衛するように星穹とヴェルグリーズは立っていた。
 セナは影の天使達を相手にすると決めたのかライナスの保護は信頼できるイレギュラーズに任せたいと言った。最も己が為すに相応しい事を選んだのだろう。
「皆さんは……?」
「イレギュラーズです。此方へ」
 星穹が促せばライナスは何処か不安げにヴェルグリーズとメイメイを見詰めた。その瞳は恐怖に彩られている。
「貴方が、狙われているの、です。…ついて来て下さい!」
「あ、ああ――」
 星穹は彼が『致命者の少女』を見てその様な顔をしたと思って居た。だが、妙に引っ掛かる。まるで――自分を見て怯えているかのようだったからだ。
 ライナスとの合流を果たしたイレギュラーズは教会の外で戦う事を選んだ。皆を支えるべく『か弱い回復手』の茄子子は騎士の黒衣に身を包みながらゆっくりと後方からやって来たライナスを見詰める。その冴えた瞳にライナスはごくりと唾を飲んだ。
「貴方ですか。シェアキム様の決定に不義を唱えたというのは。
 ……いたずらに騎士団を動かし、敵の巣に乗り込むなんて、それこそ無策の極みではないかと素人目には思えますが。
 ぜひライナス様の考えを聞きたいところですね。まぁ、護衛はしますよ。仲間割れなど愚の骨頂ですから」
 茄子子の冷たい声音にライナスはぐ、と堪えたまま「それでも、俺は言わねばならなかったんだ」と震える声音で紡いだ。茄子子は彼は何らかの事情が存在しているのだろうと考えたが――その思考を邪魔するように致命者の娘が叫ぶ。
「断罪したくせに! 聖職者だ、騎士だ、正義だと宣う愚か者たちめ!」
 それは茄子子が大切にする教皇へと楯突く叫び。致命者の傍より影の天使達がイレギュラーズに向けて一気に攻撃を開始した。


 断罪したくせに、というのはどう言うことだろうか。シラスは少女の口から彼女の名が『シア』と言うことを聞き出した。
 彼女を自由にさせるわけには行かない。ヴェールで顔を隠していることから表情を読み取れないのは拙いが彼女の声音から怒りが孕んでおり、目を奪うのは易いとも考えた。
「シアっていうのか」
「だから」
 シアが大仰な仕草で振り向いた。シラスはやれやれと肩を竦め、急襲する。全知の如き感覚を活かし、鉄塊の如く影の天使を撃ち落とす。翼をもがれた影が掻き消える様子を眺めながらシラスはわざとらしく鼻を鳴らした。
「どうした、お前も不正義を断罪された口かよ。逆恨みに出てきたか?」
「逆恨み?」
 苛立ったような顔をしたシアが「違う、違う」と何度も首を振る。
「正当な怒りでしかないというのに!」
 シアが怒りを露わにし、シラスへと向けて飛び込んだ。ライナスへの攻撃を阻み、受け止めながらシアの言葉を聞き出すのがシラスの役割だ。
 周辺に存在する天使達の殲滅を担当するベルナルドは『美術』と呼ぶべき詛いをその絵筆に乗せた。蒼穹の空を飛び回る鳥のように、伸びやかに描いた紋様が天使達の体を蝕み続ける。
「セナ様へのダメージもはかり知れませんもの。必ず守りきらなくては……」
「星穹、相棒を信用してよ。連携なら任せて欲しいな」
「ありがとう、ヴェルグリーズ。何としても凌ぎましょう」
 小さく頷き『言葉』を変わらずともライナスを護る事に尽力する。ヴェルグリーズは背後の青年の姿を確認しながら、天使達からの流れ弾を受け止めた。
 天使と相対し続けるプエリーリスは『創造礼装』に身を包み一人ずつ首を刎ねる。『首をお刎ね』と言わんばかりに天使達を刈り続けた。
 眩い光を纏った少女の姿を見詰めながらも、メイメイと星穹、ヴェルグリーズに護られるライナスは蒼い顔をして居た。
「見知った方、なのです、か?」
 問われたライナスは唇を震わせた。掠れた声で返された返事は酷く、おざなりでもある。
「断罪された……その事に、何か……?」
 ちら、とメイメイがセナを伺ったのは彼もシアに対して何らか思う事がある可能性があったからだ。
「……断罪したくせに、断罪したくせに、と。うるさいですね。
 ありきたりな一般論ですが、断罪される様なことをするのが悪いのでは?」
 茄子子は『天義的』な発言をして見せた。正しく、この国は白が黒になり、黒が白になる。言い逃れの出来ない裁判的な判断が下されるべき場所なのだ。
「そんなこと――」
「やってない? では、したと思われたのが悪いんじゃないですかね。どちらにせよ、今は不正義でしょう。
 ……耳を貸す価値も無いです。ですがまぁ、情報は出した方がいいですかね。
 言い訳したいなら仰ってみて下さい。恨みつらみを募らせてるだけじゃ何も分かりません」
 天義のシスターとしては、態度も冷たいものだっただろう。茄子子の傍で夢心地も同様に静かに問う。
 幾人も数の減っていく天使達。祖の攻撃を受け止めていたヴェルグリーズと星穹は前行く夢心地を見詰めた。
 眩い後光を身に纏う夢心地の刀は美しく斬り伏せる。メイメイはライナスの護衛を行ないながら近付く影をも薙ぎ払った。
 ベルナルドは殲滅は効率重視、足止めを重視しながら、シアの様子をも確認している。
(……何だ? 言いたいことがありそうだな……)
 シラスはまじまじとシアを見詰めた。格闘と魔術を織り交ぜたシラス特有の戦い方に翻弄されていたシアはまごついたように唇を動かしている。
 出来るだけ話を聞き出すならば、今か。
「娘よ、何故このような狼藉を働く? 麿が許す、申してみよ」
 堂々たる夢心地の言葉にシアは「信じないくせに」と呟いた。夢心地は首を振る。何も聞かず否定する気はさらさらないのだ。
「攻撃を受けても、怯む様子もないのが……その身が壊れるまで、戦うつもり、なのでしょう、か。
 ――あなたを、此処に呼んだのは、誰?」
 メイメイは静かに問い掛けた。シアはゆっくりと動きを止めてから振り向いた。
「断罪されたの。わたしは、魔女だと。人を誑かしたのだと。そう言ったのはあなたよ、ライナス」
「セナ様、ライナス様。貴方の命を脅かすものの戯言に耳を貸してはいけません」
 星穹は、真っ直ぐに『兄であるかもしれない男』と『その親友』を見詰めていた。
 星穹にとって兄の親友は大切な相手だ。例え致命者何を云おうともその胸に抱いた正義だけは曇って欲しくはない。
「たとえ消せない過去があったとしても、違う道を歩みだすのに遅すぎるなんてことはないのです。
 暗闇に迷うなら私が手を引いて月明かりまで導きます――だからどうか、独りで抱え込まないで」
 静かに、芯の通った声で言った星穹の背後でシアがくすくすと笑う。
「よくもそんなことを言えるのね、セラチューム」
 ぴくりと肩を跳ねさせたのはセナと星穹、そのどちらもであった。
「星穹殿」
 庇うように立ったヴェルグリーズは真っ直ぐにシアを睨め付けた。
「恨み辛みを募らせるのじゃ意味がないって……シスターが言って居たもの。
 どうしてライナスを狙うのか、逆恨みなのかって、あの人も言って居たもの」
 茄子子の肩が揺れ、眼前のシラスが拳を構えたままシアを見る。
 シスターと呼ばれた茄子子のその表情が無へと化す。自身を偽っている娘は『天義のシスター』として振る舞う『茄子子』と呼ばれた娘だ。
 此処に本来の彼女は存在せず、取り繕ったまま顔面に貼り付けた表情をそげ落とす。
「……教えてくれ」
 シラスは静かに問うた。シアが叫ぶ。
「ライナス、おまえこそが罪人のくせに! わたしはむしろ、感謝されても良いくらいだ!
 歌声の素晴らしい雛鳥を捉える籠の鍵を開けたのはそんなにも悪い!?
 おまえが、セアノサスと仲良くなって、そうしろといって……全ての罪を被せて、わたしを断罪したくせに!
 ええ、ええ、お前がのうのうと生きていることが許せない! 私はもう『断罪』された。皆がのうのうと生きていることが許せない!」
「随分な言葉だ――なッ!」
 シラスが踏み込みシアが彼の拳を避けた――が、ヴェールが僅かに残り勢い良く引き剥がされる。
 ヴェールが落ちた途端に星穹は引き攣った声を上げた。ヴェルグリーズは目を見開きセナの唇が震える。
「セナ!」
 呼ぶベルナルドは作り物めいた少女を睨め付け、彼女に撤退を促すべく狂気の光を放った。
 これ以上、シアの戯言を聞いている暇はない。そういう様にベルナルドは筆先で描きながらシアを睨め付ける。
「――お前さんの『妹』が、こんな非道をする筈がねぇ。惑わされるな!」
 ベルナルドの声音にはっとしたようにセナが顔を上げる。大地を蹴ってふわりと跳ね上がったプエリーリスは勢い良く鎌を振り下ろした。
 首を刎ねるなら此処が好機。致命者は自らに傷が付こうとも何ら頓着することはない。
「腕の一つくらい、あげる。わたしはただの御遣いだもの。
 全員死んでしまえ。この国だけじゃない、混沌も全部、全部、全部――お前達の大切なもの、全部奪ってやる」
 酷く、悍ましい声音を発したシアがプエリーリスの前から後退する。夢心地が刀を翻しその首を狙うが――届かないか。
「待っ――」
「セナ殿!」
 呼び止めたヴェルグリーズにセナは腕をだらりと落としてから「セラス、チューム」と呟いた。その名前は、聞き覚えがあったのだ。
 俯いたセナの傍でメイメイは心配そうに彼を見上げてから「めぇ」と小さく呟いた。


「星穹」
 セナは不安そうに呟いた。メイメイは彼の視線を受けてどうするべきかと首を振る。星穹のことを青年は自身の妹であるのだと確信している。
 ただ、シアの言葉が気になって仕方がないのだ。記憶に靄が掛かって、何もかもを思い出せない。

 ――ライナス、おまえこそが罪人のくせに! わたしはむしろ、感謝されても良いくらいだ!
   おまえが、セアノサスと仲良くなって、そうしろといって……全ての罪を被せて、わたしを断罪したくせに!

 親友は、自身を思って教皇に『急進派』であるかのように振る舞い見せた。その振る舞いの理由は良く分かる。セナ・アリアライトは思い詰めたならば自身の隊を率いて直ぐにでも敵の本拠を探り当てようとするからだ。
「シラス」
「……どうかした?」
 シラスは呼び掛けられて驚いたように目を見開いた。自身に声を掛けたのは屹度、聞かれたくなかったからなのだろう。適切に距離を取っていた青年にセナは自分の言葉を胸にしまっておいて欲しいと願ったのか。
「もしも、どうしようもないときが来たら、俺を止めてはくれないだろうか」
「……どうしようもない、可能性があるのか」
 シラスの問い掛けにセナは肩を竦めた。ヴェルグリーズと星穹を見詰める青年の瞳は、シラスが黄昏時に唯一記憶にこびり付いた兄の姿にも似ていて。
(……家族ってのは、どうしてこう――)
 セナはゆっくりと歩き出し、メイメイの手当を受ける親友の元へと歩いて行った。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ずっと危ういセナ君。出来れば、幸せになって、欲しいですね……。

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