シナリオ詳細
<月眩ターリク>月は双ツにして非ず
オープニング
●
「ねえ、『わたくし』?」
セレーネは、うっとりと笑み、そっと自分よりも遥かに年上の半身へ呼び掛ける。
「もうすぐね、『わたくし』――きっと、きっと今度の実験が成功すれば……その時は」
「……セレーネ」
抱きしめた華奢な手の上から、半身が手を重ね合わせて。
セレーネは、たったそれだけが嬉しかった。
「大丈夫よ、『わたくし』――貴女のためになら、わたくしはこの身を捧げて構わないのだから」
こぼすように笑ったセレーネに、『わたくし』と呼び掛けられるストロベリームーンの瞳をした女は目を伏せる。
「大丈夫、『わたくし』達は、2人で1人。
きっと、きっと――色欲の轍からぬけだしましょうね?」
「あぁ、そうだな――」
目を伏せる幻想種――は、けれど人の領域にある者ではない。
魔種――混沌の軛から分かたれた滅びの因子。
『博士』――不老不死、死者蘇生に至ることを求む錬金術師は、新たなもくろみとして『反転からの回帰』を提示した。
それは、セレーネが――ディアーナが、喉から手が出るほどに欲しいと願うものだ。
「きっと、きっと成功するわ。ねえ、ディアーナ。だからどうか――」
ぎゅっと抱き寄せた愛しの片割れ。
道の違えた半身が、何を思っているのか――セレーネには分からない。
●
この身を抱き寄せるその華奢な手が愛おしい。
小さな体で、なんとしてでもアタシを救いたいと願うこの小さな手が、いじらしい。
随分と、烏滸がましいじゃあないか。
随分と、愚かしいじゃあないか。
アタシはこの身体が気に入っていっていうのに!
あぁ、だからと言って、アイツが嫌いなわけじゃあ、ないんだ。
なぁ、セレーネ。どうしてだ? どうして、アンタはアタシと同じじゃなくなっちまった。
アタシらは双子。産まれた日を同時とする、唯一無二の片割れだってのに。
ああ――どうして、アンタは、アタシと同じように生きる気がないんだ?
あぁ、変わっちまった。
変わっちまったアタシの片割れ。
――どうか、どうかアタシと同じ場所でアタシと同じになって生きようじゃあないか。
ストロベリームーンは線を引く。
慈しむ若き月――魔種ディアーナは、変わらぬ片割れの事が■■しくて堪らなかった。
●
『古宮カーマ・ルーマ』のより繋がる異空間。
それこそが、吸血鬼達の本拠地である『月の王国』であった。
着実に烙印を刻まれ、吸血衝動に苦しむイレギュラーズは増えている。
各地で転移陣の確保は進んでいる。
さすれば、次に目指すべきは遥か遠きに見える『月の王宮』を目指すべきだろう。
一見して辿り着く方法の分からぬ遠き都。
だが、そこへと至る道を、本能的に察することができる者が数人現れつつあった。
「『烙印』ですか」
桜咲 珠緒(p3p004426)は藤野 蛍(p3p003861)の方を見やる。
大切な人に刻まれた得体の知れぬ花は、『女王』を求めて咲き誇る。
故にこそ、その御所へ至る道は自ずと感覚として理解するのだ――と。
「これのせいで……」
そう呟くトール=アシェンプテル(p3p010816)もまた、蛍と同じく烙印が記されている。
どちらとも、比較的に早い段階で生じたこともあり、少しずつ身体の水晶化が始まっていた。
「ボクは全然だけど……」
そう呟く炎堂 焔(p3p004727)のようなまだ軽い部類の者にはあまり分からない感覚だった。
心なしか衣装がきっちりしているのは生じた烙印を隠すためだ。
――始まった月の王宮への侵攻は、二手に分かれることとなった。
「……来てしまわれたのですね」
4人にとってはつい最近に見たばかりの吸血鬼が忌々し気に言う。
その背後で繰り広げられているのは、大仰な魔法陣を用いての怪しい儀式。
それこそが『夜の祭祀』――それは『烙印』の『進行』を早め、偽命体を生み出して『私兵を増やす』がための手段。
「……よろしいでしょう。
先だって貴女の言っていた通り、今日はわたくしと『わたくし』――2人で相手をして差し上げます。
『博士』の儀式を邪魔されては、『わたくし』が元に戻る手段が無くなるやもしれませんから!」
蛍を見て激情をあげるセレーネが全身から魔力を迸らせた。
- <月眩ターリク>月は双ツにして非ず完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年05月02日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月の光が夜空を妖しく照らしている。
欠けること無き月はどこか作り物めいてさえ見える美しさを帯びていた。
地上に産み落とされていく数えるにも億劫になる数多の偽命体が少しずつ近づいてくるか。
「見た目だけで言えば綺麗な場所なんだがな。
住んでるやつらがろくでもねえとこうも不気味に見えるもんか」
視界に見える月の王宮を見上げ『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は眉を顰めた。
(……だっていうのに、烙印のせいでどうにも心が惹かれるような気がしちまうのも気分が悪いぜ)
舌打ちしたい気持ちさえ覚えつつ、ルカは愛剣をぐるりと振るう。
「更に悪化させる儀式なんざまっぴらごめんだ」
ルカの呟きが聞こえたらしきセレーネの敵意がルカにも注がれ始めた。
「あれ!? 気が付けば結構な比率で刻印つけられてるのね……?
ええ……結構マズいんじゃない……これ……」
思わずそう声に漏らすのは『この手を貴女に』タイム(p3p007854)である。
吸血鬼たちが齎す烙印の花は確実にその数を増やしている。
それは悪辣な敵の策謀であると共に、積極的に攻勢を掛けてきたが故の結果でもあった。
「吸血鬼に魔種にワラワラ湧いてくるナゾの生命体かぁ……なかなかヤッカイな案件だね!」
拳を握る『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は吸血鬼とその後ろにいる魔種を見やり笑う。
にやりと笑う表情はその台詞とは対称的に闘志に溢れたそれである。
「でも……わたくしたちって言い方のワリには足並みは揃ってなさそうなのが救いなのかな?」
呈した疑問に、頬をひきつらせたのはセレーネだった。
「ホントに二人で来ちゃったのね……あ、あはは」
吸血鬼とは別の意味で『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)もまた頬を引きつらせた。
「でもボク達二人の絆に勝てるなんて思ってるなら、それは思い上がりよ!
重なり合った想いの強さ、今度こそ見せてあげる。最後に勝つのはボク達よ!!」
聖剣を構築させながら、蛍は啖呵を切る。
「掛け替えのないひとりを強く想う点に共感がなくはないのですが、珠緒と蛍さんが同様になることは受け入れられません。
互いを想いながらすれ違い続けるなど、とても耐えられないでしょう」
イグナート同様に2人の様子に言うのは『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)である。
「さっきから、わたくし達を愚弄していますね!」
「わかりますとも……儀式に対するお二人の熱量が、明らかに違いますから」
弓を握るセレーネの手にぎりりと力が入るのが見て取れた。
「ここは、通してもらうよ!『博士』にも、『女王』とやらにもあわせてもらわないといけないからね!」
そう叫ぶのは『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)である。
(相手にもなにやら事情があるみたいだね……
口ぶりから察するに、セレーネは『元に戻る』ことを望んでいるのは間違いないのだろうけれど……)
視線をディアーナの方へ送れば、腕を組んでこちらを見ていた魔種の視線がアレクシアに注がれる。
「前はやられちゃったけど、今回は同じようにはいかないよ。
アナタ達を倒して、儀式も止めてみせる!」
カグツチの炎を夜の世界に輝かせ『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はそちらを見やる。
「前回のように好き放題出来るとは思わないでください! 貴女の銀の弧は私が打ち砕きます」
剣身を持たぬ剣へと結晶刃を構築しながら、『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は愛剣をセレーネへと宣告する。
「試してみればいいわ。絶対に、わたくし達の邪魔をさせるわけにはいかないの!」
再度の激情、吸血鬼が銀の弓に黄金の魔力を抱く。
「こちらも退くわけには、いかないのです」
珠緒が術式刀を握る手にも静かに力が入る。
共に行く恋人の身を侵す烙印の花の進行が儀式により早まる可能性があるのだとすれば、猶更だ。
美しき魔力で作り上げられた斬撃はその美しさに反した凶悪なる禍の一撃。
戦場を翔ける斬撃は吸血鬼へと爪痕のような傷を残す。
「一つ覚え? ボク達の絆にとっては、それ誉め言葉ね!」
蛍は珠緒へと向ける愛を以って自分自身を奮い立たせ、真っすぐにそう啖呵を切ってみせた。
(ボクにはわかるもの……これはもう理屈じゃない。
己の半身を、愛するモノを、全てを懸けて守りたいモノを想い、想い合う絆をぶつけ合う意地の張り合いなのよ)
力を籠めて視線を向けた先で、セレーネが苛立ちに満ちた瞳で蛍を見やる。
いよいよと始まった交戦、焔はカグツチを頭上に振り上げて回転させていく。
熱を帯びた炎の槍は近づいてくる数多の偽命体たちを絡め取っていく。
進路を取った偽命体たちが確実に焔の方へと動き出した。
「いくよ!」
焔はそのままカグツチを投擲する。
放物線を描いて飛翔したカグツチが解け、燃え上がる裁きの炎が偽命体へと降り注いでいく。
焔へと近づいた数多の偽命体による攻撃はその数もあり高い回避能力を持つ焔でも回避をし続けることは難しい。
「焔さん、大丈夫!?」
「大丈夫!」
タイムはそんな彼女を支えるべく術式を発動し、熾天の宝冠を天に描いた。
「――この前と同じ、磨り潰してあげましょう」
銀の弓を構えたセレーネの手元に黄金の魔力が収束する。
強烈な光は彼女の攻撃の予兆――
「光が見えた! 今!」
それはトールが待っていたものだ。
持ってきていた聖夜ボンバーを引いて、強烈な爆発音を響かせる。
「――ッ、何のつもりかしら!」
目を瞠り、驚いた様子を見せたセレーネが本の僅かな隙を見せる。
「成る程ね。昔は魂を分け合えた関係だったのかもね。でもさ、魔種になるってことを甘く考えてると思うね」
セレーネへと肉薄し、イグナートは彼女を見据えて言うものだ。
呪腕が雷霆の如き闘志を抱き、打ち出された掌底は虎爪の構え。
手首にスナップを効かせて叩きつけた掌底と爪が吸血鬼の華奢な身体を撃ち抜いた。
迸る雷霆の如き闘志はセレーネの身体を打ち据え、大きな隙を生む。
「お前らはそもそもが間違ってる。仮に儀式が成功してもお前らは一緒には戻れねえよ!」
受ける敵意に応じるようにしてルカはセレーネへと飛び込んだ。
溢れんばかりの赤い闘気が黒き剣を両手で握り、上段から振り下ろす。
それは竜をも斬るために鍛え上げてきたルカの全霊。
憧憬(あかいぬ)を超え、浪漫(りゅう)を穿ち、運命にさえ立ち向かうべき赫い斬撃。
壮絶極まる一撃が少女の身体に致命的なまでの傷を幾つも刻んでいく。
「貴方に、何が分かるというんですか!」
そう叫ぶセレーネへと天運に味方された斬撃は深く突き刺さる。
(烙印の影響が少しずつ強くなってる……けど、やってみせる!)
アレクシアは力を振り絞るようにヴィリディフローラに魔力を注ぐ。
緑の花弁が色彩を帯び、魔法陣が浮かぶ。
濃紫の花、釣鐘型の花が描かれた魔方陣より打ち出された魔力の花弁がディアーナの身体に触れていく。
強く、深く染み込む魔女の毒は抗う術を削ぎ落とし、魅せる幻影がディアーナを惑わせるだろう。
「なんだか鬱陶しい気配があるね……そっちか?」
ぎらりとディアーナの視線が動き、アレクシアへと注がれ――次の瞬間にはアレクシアの眼前にディアーナの脚があった。
●
始まった戦闘はセレーネの激情に引っ張られるような苛烈さと、ディアーナが作り出す不気味な静けさによる二分化を引き起こしていた。
砂漠に描かれた魔法陣めがけて炎が降り注ぐ。
「――や、やめなさい!!」
ソレを見たセレーネの激昂と絶叫が響いた。
(やっぱり、ディアーナは気にしてない?
あれ、きっと儀式で使うために用意されてるものだよね? だったらあの二人は守りに動くはずだと思うんだけど……)
それを打ち出した焔はセレーネの様子に訝しむように首をかしげる。
(セレーネはディアーナを魔種から戻すために自ら実験体になった。
そして願わくば二人とも元通りになりたい。
でもディアーナは……愛って本当に理不尽だわ)
タイムは感情を露わにするセレーネへ憐れむような悲嘆するような瞳を向けた。
やることは変わらない。
焔を支えるようにして術式を行使ししていく。
「立て続けに容易く倒れられませんからね……手の内が既知ならば、新技です!」
珠緒は苛烈に攻め立てるセレーネへと肉薄する。
蛍へと気を取られていた吸血鬼が咄嗟にこちらへの対処を取ろうとする隙を打つように、珠緒は術式刀を振り抜いた。
美しき血色の軌跡を描いた刃がセレーネへと触れる刹那、刃が砕け散るままに振り貫いてみせる。
「新技というには、あまりにも柔な剣ではありませんか?」
そう笑うセレーネは珠緒の狙い通りといえよう。
「貴女達の想いは、望みは本当に重なり合ってる?
珠緒さんが言ってたように、ボクにはとてもそうは見えない。
そんなすれ違いな貴女達に、ボク達が負けるわけないでしょ!!」
「黙れ黙れ黙れ! お前に、お前なんかに、わたくしたちの望みの何が分かる!」
激情に満ちた瞳で黄金の魔力を力任せに撃ち込んでくるセレーネへと蛍は問う。
栄光の輝きを纏った斬撃を斬り払い、その身に魔力を纏う。
人の夢、黄金の可能性を思いに変えて、自分自身への支えとすれば。
「魔種に堕ちた双子の回帰を願う……その気持ちはとても尊いものです。
しかしディアーナさんがヒトに戻れたとしても、堕ちた心も元の姿を取り戻せるのでしょうか」
トールは結晶刃を構え、そう問うものだ。
その手に握る輝剣『プリンセス・シンデレラ』のオーロラエネルギーが濃度を増していく。
虹色にもそれ以上にも見えるオーロラの輝きはやがて夜色に作り変えられていく。
「あの子の心もまた、魔道に落ちたが故。ならば、それも元に戻るに違いありません!」
「では、貴女は? 数多の屍を築いてでも己が野望を果たそうとする悪意を心に宿した今、堕ちた貴女方がヒトの世に居場所を作れるかどうか……
その双ツの願い、同じ未来に向いていると確証を持てますか?」
「ええ! もちろん。そうに決まっているわ!」
そう叫ぶセレーネへと、トールは愛剣を振り抜いた。
夜の帳を思わす斬撃は月の国が闇に溶けるようにして一閃、セレーネへと虚ろなる夜の帳を下ろす。
「返った盆は戻らないんだよ。ひっくり返すことが出来たとしても、乗ってたモノは落ちてしまってる」
イグナートはセレーネへと攻めかかりながら静かに語り続ける。
連打に体勢を崩しながらも、セレーネがキッとこちらを睨んでくる。
「――彼女は反転前と本当に同じヒトなのかな?」
「だとしても! そうなんだとしても、わたくしは――」
「『自分の為に』自分と同じでいてほしいなんて気持ちは、もう愛情じゃねえぜ」
ルカは愛剣を構え、隙を窺いながら動揺を誘うべく叫ぶ。
「いいえ! わたくしは、わたくし達は、お互いを愛おしみ、慈しんでいます!」
「……ならディアーナが魔種から戻りたいって言ったのか?
今のアイツが儀式の邪魔をする俺らを本気で倒そうとしてるように見えるか?」
「――――え?」
それは天地をも揺るがす開戦を告げるもの。
燃え上がる闘気は愛剣の身ならずルカ自身をも包み込む。
目を瞠るセレーネ目掛け、そのまま斬撃を振り下ろす。
「あなたも彼女に自分と同じようになってほしいと思っているの?」
多重に張り巡らせた障壁の内側、アレクシアは逆にディアーナへとそう問うものだ。
「確かにねえ、アンタ等の言う通り、アタシとセレーネは別の物だ。
だが――だからこそ、一緒になりてえんだろ?」
ディアーナが笑いながらそういうと、蹴撃を叩き込んでくる。
「させやしないよ。その道に進んでしまえば、本当に戻ってこれなくなる!」
悪意にも見える笑みに、アレクシアは真っすぐにそう言えば。
「はっ、吸血鬼なんて道に完全に浸っちまった奴が戻ってこれるもんかね」
再びせせら笑うような声がした。
●
「分かったよ、分かったんだ。アンタの気持ちはさ。
なぁ、アタシ。このままじゃあ、確かにアンタはアタシを取り戻せないかもしれねえ。
でもさ――もう一個、手段はあるんじゃねえかな?」
不意にディアーナが声をあげる。
「今までアンタはアタシが発する声なんざ聞いちゃいなかった。
でもどうだ? 今のアンタになら、届くんじゃねえか」
「わたくし? それは、どういう――」
セレーネが声を震わせた。
「アタシがそっちに行くんじゃねえ、アンタがこっちに来るのはどうだって話だ」
「――あ、あぁ……それ、は……」
追い詰められたセレーネが小さく声を漏らして、縋るようにディアーナに振り返る。
「ここまでやって諦めるの!? 何のために実験体になったの!?」
気付けばタイムは声をあげていた。
自分でも何を言っているのか、分からなかった。
「一緒だった頃に戻りたい。
たったそれだけのささやかな想い。でもその手を取っては駄目!」
握りしめた拳にさらに力が入る。
倒さなきゃいけない相手だ。
それでも、その選択を取るのだけは、諦めるのだけは駄目だとタイムは声をあげる。
叶える術があるのなら、タイムだって――助けたいのだから。
「――それ以上は、何も言わせないよ!」
続け、アレクシアは声を張り上げた。
「その魔法にそう何度も絡め取られるのはごめんだ!」
ディアーナへと再び幻朧の鐘花を打ち込もうとすれば、明らかな警戒と共に大きく跳躍して魔力の花弁を躱していく。
「互いの有り様を尊重出来ねえ、自分の思う通りになって欲しいだけのお前らは、もう決定的に決裂してんだよ!」
ルカは再び愛剣を振るう。
傷だらけの吸血鬼は、ボロボロの吸血鬼は守る気力すらないように見えた。
「珠緒さんが攻めボクが護る、補い合い支え合うボク達の絆。
血への飢餓感だって、珠緒さんの血術とちょっとお揃いかなって思えば、珠緒さんと一緒なら――ぜ、全然平気なんだから!
それに比べて、貴女とディアーナはどんな絆? 簡単にその手を取るような絆なの?」
蛍は聖剣を構えなおした。
振り抜いた斬撃は美しい軌跡を描いて幾つもの傷口を作り出していく。
セレーネの身体から夥しい量の花弁が散っていく。
「これが珠緒たちの連携です」
蛍の斬撃に継ぎ、珠緒は術式刀を見舞う。
舞うような動きで多重発動された術式が生み出した斬撃を振り抜いた。
壮絶極まる紅焔の斬撃、流れるままに紡ぐは更なる虚無の攻勢を描いた。
「ぁ、あ――」
連撃を受けたセレーネが花弁を散らせながら呻き、ディアーナへと手を伸ばす。
「アナタが本気でこの場所を守ろうという気が無いのは分かった。
そういえば、アナタは以前も余裕があったの退いたよね。
セレーネは何としてもエルリアちゃんを手に入れたいって感じなのに」
焔は問う。セレーネによって刻まれた刻印の花は、彼女曰くエルリアを探すための目印だという。
そこまでの執着がディアーナにはまるでない。
「――そりゃあまぁ、吸血鬼なんぞどうなろうが知ったこっちゃないからねえ」
ディアーナはさらりと答えた。
「――ぇ」
その声は焔の物ではない。ディアーナの後ろ、セレーネから漏れた声だ。
「アンタらだって言ってるじゃねえか。反転は戻らない。
覆水盆に返らず、後の祭り、後悔先に立たずってな。
少なくとも。あの錬金術師がふざけた後付けで追加した程度の研究成果で戻るなら、とっくの昔に戻る方法が出来てるだろうよ」
嘲笑うような声色で、魔種は笑う。
「……そっか。アナタは最初からそう考えてたんだ。
なら、どうして? どうして、セレーネが吸血鬼になることを許したの?」
続けて問えば、魔種はどこか寂しそうにも見える目を見せ、直ぐにぎらつく殺意でそれを隠した。
「どっかの馬鹿なアネキがほっときゃいいのに馬鹿な謳い文句に乗せられて馬鹿なことしただけだろ」
それはまるで意図して鼻で笑うような声色だった。
「あぁ、わたくし? わたくしは――そう、思って……」
セレーネが声を震わせた。
絶望に銀の弓が黄金の光を纏う。
「させません!」
トールはその刹那に愛剣を振り下ろした。
咄嗟に弓をこちらに向けてきたセレーネに向けて、輝剣が極光の軌跡を描く。
月明かりに照らされた戦場に架かる極光の橋が銀の月を打ち据え、ひびを入れた。
目を瞠るセレーネへと、イグナートは隙なく踏み込んだ。
「魔種になるってことは、こういうことだよ」
静かに振り抜かれた拳は少女にしか見えぬ吸血鬼を強かに撃ち抜いた。
絶望する吸血鬼の表情は正しく、かけがえのない相手に裏切られた子供にしか見えなかった。
激しく撃ち込まれた拳は衝撃を生み、セレーネの口から夥しい量の花弁が噴き出した。
腕に感じる体重を押しのけ、静かに吸血鬼を見下ろして――イグナートは視線をあげる。
「……死んじまったか。悪いね――アタシの後始末をしてもらって」
短く息を吐いたディアーナがそのまま跳躍して後退する。
「また会おう、ローレット……舞台はここじゃない。次に会うのは――さて、どこだろうね」
にやりと笑い、ディアーナはそのまま月の王宮ではない方角へと走り去っていく。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
MVPは2人の関係に一番のひびを入れた貴方へ。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
よろしくお願いします。
●オーダー
【1】セレーネの撃破
●フィールドデータ
月の王国内に作り上げられた『古宮カーマルーマ』の祭祀場『アル=アラク』です。
本来のアル=アラクと違わぬ姿で存在しています。屋外であり、月を望む美しい場所です。
大地には大仰な『血』の魔法陣が描かれ、中央には水晶のようなものが存在しています。
●エネミーデータ
・『吸血鬼』セレーネ
薄い白にも近い銀色の瞳と髪をした幻想種を思わせる少女。月の王国の吸血鬼です。
愛らしい少女の風貌とは対照的に貴婦人を思わせる穏やかで気品ある振る舞いをします。
ディアーナの双子の姉に当たります。吸血鬼としてのスペックは魔種相応となります。
反転に伴い急成長を遂げたディアーナとは対照的に、その頃から一切の成長を失いました。
月の祭祀を邪魔しに来た皆さんを敵視し、積極的な攻撃を行なってきます。
黄金の魔力を纏う銀色の弓による神秘戦闘を主体とします。
超遠距離まで届く範囲攻撃、同じく超遠距離まで貫く【貫通】攻撃、単体攻撃を持ちます。
それらの攻撃には【火炎】系列、【出血】系列、【致命】、【足止】系列のBSの他、
【呪殺】が着いているものもあります。
・『砂穴の苺狗』ディアーナ
元が幻想種の魔種です。属性は不明。
ストロベリームーンのような赤色の瞳と髪が特徴的です。
セレーネの双子の妹に当たります。
かつて奴隷商に誑かされ、魔道に堕ちた幻想種。
セレーネとは双子の片割れですが、反転したことでディアーナは成長を遂げました。
セレーネとは対照的に胡乱な様子です。
不測の事態を警戒した方が良さそうです。
肉体強化の魔術を用いる肉弾戦を主体とします。
肉弾戦だけあり、単体戦闘を基本とします。
その一撃は【痺れ】系列、【乱れ】系列のBSを引き起こす可能性を持ち、
【邪道】、【追撃】能力を有する技もあります。
また、地面を思いっきり蹴りつけることで震動を起こす範囲攻撃もあります。
こちらは【恍惚】、【足止】系列、【不吉】系列を引き起こす可能性があります。
HP、防技、物攻、EXAが高く、命中率もあります。
反面、回避はやや低め。反応はそこそこ。
・『偽命体(ムーンチャイルド)』×???
月の祭祀により生じた無数の偽命体たち。
スペックこそ貧弱そのものですが、文字通りの無限のように存在します。
あまり大きく対応しすぎるとディアーナ、セレーネに食い潰されかねません。
対応にはご注意を。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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