シナリオ詳細
<ラドンの罪域>黒き伽藍のフォーレルスケット
オープニング
●『煙藍竜』フォーレルスケット
流れるような海色の髪が、自慢だった。
海と呼ぶそれは幼竜の頃より見たことなど、なかったけれど。そうだと教わった。
似た空色の翼が、大好きだった。
澄んだ水晶の色をしていると褒めてくれた、ただ、それだけが喜びだったから。
ぼくは空の覇者となるべく産まれたらしい。空を統べ、ぼく達が手にしなくちゃならなかった。
竜として生まれたからには、矜持を抱くべきだと厳しく躾られた。
卵から孵って、ワイバーン『如き』にさえも怯えていたぼくは『竜として情けない』生き物だっただろう。
レグルスのくせに。
そう言われ続けて、何度も何度も、泣き続けた。
泣き虫のフォーレルスケット。
そう言われたのも、随分昔だった。
強くなった。強くなった。だって、強くないと、生きている価値がなかったから。
美しい花々の咲き誇る『たいせつなばしょ』の傍に誰かが来たらしい。
平穏と共に過ごしていられる日々が何よりも大切だったのに――
「ベルゼーおじさんは、此処に来て欲しくない人がいるんでしょう?」
岩に腰掛けていたその人に聞けば、困ったように笑った。
この人は、『塵屑』を愛しているからこんなに辛そうな顔をするのだろう。
けれど。
羨ましかった。ぼくも人間という者を愛する事が出来れば、あんな風な感情が生まれるのだろうか。
「人間って、愛おしいの?」
「……その様なわけが」
怪竜さんは苛立ったように牙を剥きだした。怪我をして居て、痛ましい。
「でも、金嶺竜さんは人間が好きで出て言ったんでしょう?」
ぼくも、そうやって分かち合えるのだろうか。
――まあ、むり、だけれど。
皆言ってた。アレは弱い生き物だから、気付いたら、死んじゃっているだろうし。
●introduction
ギルドローレットのイレギュラーズ達は幾たびも伝承に接触してきた。
滅海竜リヴァイアサンと呼ばれた伝説は、波濤の中で静かに眠った。
怪竜ジャバーウォックが踊った空は、黒き影と共に遠離り、今や平穏が訪れた。
「ピュニシオンの森の向こう側に、行くのだそうです」
穏やかに、そして少しだけ怯えた色を滲ませてから『聖女の殻』エルピス (p3n000080)はそう言った。
「茂る木々は、空をも覆い隠す影となりわたしたちを包み込むでしょう。
これから向かう場所は昏きヴェールが周囲を包み込んで、とても恐ろしいのだそうです」
苔生した岩の上を歩いた小さな虫はイレギュラーズの事など忘れたように草陰へと隠れて行く。
植生も少し違う。大きく茂った樹木から垂れ下がった鮮やかな花は毒を含みせせら笑う。小石がてん、てんとリズミカルに転がれば、その先に道はない。見下ろせば大欠伸を見せた亜竜の影があった。
真赭を踏み締めてから、烟霞を眺め遣ってエルピスは「ここが、ラドンの罪域、と呼ぶそうです」とそう言った。
「この先に、ヘスペリデス、という場所があるのだそうです。
冠位暴食ベルゼーが、人の文明を真似して竜種の里を作ろうとした、のだそうです」
その先は黄昏の似合う最果ての楽園がある。目論見は、まだ分からない。
男の権能が強く暴走すれば、この場所を巻込みフリアノンにまで害が及ぶかも知れないとも聞き及んだ。
「……すべてが、始まる前に、止めなくてはならないのでしょう」
ラドンの罪域の風は黒く、湿った空気をして居た。ざらついた砂鉄のような、黒い霞は暴風のように周囲を包み込む。
「あーれ」
イレギュラーズの前に立っていたのは波打つ海色の髪を揺らせた可愛らしい『こども』だった。
性別という概念をそもそも、竜はあまり意識もしていない場合があるらしい。目の前のこどもは可愛らしい衣服に身を包んでおり、一見すればただの亜竜種にも似ている。
けれど。
「竜種」
そう、誰かが呟いた。そうとしか思えぬ気配をそのひとは湛えている。
「そう。将星種(レグルス)って、知ってる?」
人の姿を取る事の出来る強大なる竜。天帝種には『血統』で劣れど、強力な存在であることには違いなかった。
「ぼくは、フォーレルスケット。
レグルスのひとり。まだ、若いからって見くびらないでね。
お母さん……ん? 産みの竜? 卵の主? に、は幼竜の頃からずっとずっと、教え込まれたんだ」
フォーレルスケットの眸がきらりと輝いた。
「弱ければ、生きてる価値もない。
そうでしょ、弱者さん。ぼくも、金嶺竜のようにきみたちを愛せるのかな。ベルゼーおじさんのように慈しめるのかな」
ぱちくりと瞬いてから、フォーレルスケットは笑った。
「でも、その前に、死んじゃうかな? 少しだけ、遊んでってよ」
この先に進むならばフォーレルスケットを『満足』させるしかなさそうだ――!
- <ラドンの罪域>黒き伽藍のフォーレルスケット完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月23日 22時50分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
――弱ければ、生きている価値もない。
それは実に明快でシンプルな価値観であると『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は嗟嘆した。
「逆説的に言えば。強さを示せば我々に生きる価値があると、認めていただけるのでしょう?」
「きみが?」
ぱちくりと瞬いたのはフォーレルスケット。空の覇者、そう呼ばれるべくして生まれた一匹の竜。
波打つ髪は滄浪の如く。水晶を思わす濃艶の翼を揺するそれは将星種と呼ばれた人の姿を借り受けた存在なのだという。
「ええ。価値観のすりあわせはシンプルだ。我々は強さを示し、価値を示す。
双方が価値を認めれば、対話ができる。交渉ができる。取引ができる――要するに、これは営業活動ということですよ。如何でしょうか?」
眼鏡のブリッジに指先を当て、問うた青年の静かな声音にフォーレルスケットは嗤笑する。唇が吊り上がり覗く八重歯は牙のようなものだろうか。
「もう一度、聞くよ。きみたちが?」
「そうだよ。ボクはきみじゃなくて――セララ。魔法騎士セララ!」
フォーレルスケット、とそう名乗る竜へと微笑みかけた『魔法騎士』セララ(p3p000273)の紅玉の眸が柔らかな光を湛えた。
美しい金糸の髪が柔らかに揺れ、兎の耳のようにぴょこりと動いた赤いリボンが仕草と共に跳ねている。
「この先へ行きたいんだけど、通して貰いたいんだ。ダメかな?」
「だめだよ」
「そっか。じゃあ勝負だよ! ボク達が勝ったらこの先へ通してね。それと、もし良ければ戦闘後にお話できたら嬉しいな。そう言うゲームは嫌い?」
「ううん。遊ぶのは好きだよ」
人の幼子と同じように、フォーレルスケットは首を振った。波打つ海色の髪は優美に動き、フォーレルスケットを華やがせる。
「それからね、何でお話するのかって言うと、キミの事を知りたいし、ボク達の事も知って欲しいから。
今は敵同士でも、この後は友達になれるかもしれないでしょ?」
「……きみたちが?」
何度も、その言葉を繰返したのはフォーレルスケットが『竜』であるからだと『氷月玲瓏』久住・舞花(p3p005056)は翌々理解していた。
「弱者には負けてはならない。良い教えですね。
弱者を顧みぬ有り方、強者たる自負。竜とはそうあるべきなのだろうけれど……しかし」
どうにも、フォーレルスケットはその意味をよく理解しているわけではないのだろう。だからこそ、遊んであげると囀り、弱者であると見くびるのだ。
人間という存在を愚かしい鼠の如く踏み付け、己がこそ強者であると傲る。それは竜として生まれた以上、当たり前の様な価値観で。
(……以前のアウラスカルトら若い個体の様子を考えれば、若いというのは竜にとってもそういうものなのかもしれない)
その価値観こそが『井の中の蛙』そのものなのだと『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は知っていた。
それは、この領域での話で。この地にまで邁進してきた異質なる人間という存在をフォーレルスケットは知る由もない。人は立ち入らず、怖れ頭を垂れるばかりの帰らずの森。その最奥部の黒き気配。
「だったら、教えてあげるわ。同じところにいるだけじゃわからない異質な存在も不思議なこともいろんなこと全部。オディール、あなたも手伝ってね!」
尾を揺らして返答したのはオディール。オディール・イヴェール・クリスタリア。オデットを対となる氷狼の子犬であった。黒曜石の様に丸みを帯びた眸をして居るオディールがオデットを見上げている。
「それって、犬って言うんでしょう」
フォーレルスケットがまん丸の眸を瞬かせた。水晶の翼を持った美しい竜は「すごいすごい」と手を叩き喜ぶ。その様子は子供そのものだ。
「……おいおい、ガキんちょの遊び相手は柄じゃねぇんだがなァ。ま、相手は竜種。命懸けの子守になりそうだが」
ぼやく『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は肩を竦める。宵色の外套に包まれた華奢な体で鮮烈な緋色が僅かに色彩を帯びた。
「あちらは遊びでもこちらは真剣勝負もいいところです……あっと言わせてやりましょうか」
やれやれと言わんばかりに肩を竦める『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)はフォーレルスケットの意識を自らに引き寄せるべく、格段の準備を行なってきた。己の存在こそが目に止まればそれで構わない。
『幼竜』と称することの出来るそれはきょろりとボディを見た後にうっとりと笑う。美しく、蕩けるような微笑みは揺蕩う潮騒を想わせる。神秘的な美貌を持った竜は石ころを蹴り飛ばす程度に簡単な作業をするように「戦おうか」と、強気な声音でそう言った。
●
竜に挑むというのは、心躍ることである。纏わり付いた黒霧は、冬空に満ちた時雨のようにじんわりとした気配を纏っていたが『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)は大して気にも止めなかった。
それは大敵への挑戦を前にした高揚感が打ち払う。何度経験したとしてもその高揚感は、その興奮は忘れ難き感覚だ。世界を違えれども、嘗て知り得た竜という存在とは異なれども、この時ばかりは憎むべき混沌肯定が齎す弱体化に感謝を抱きたくなると言うものだ。
詰まり――己が弱体化したならば、それだけ死をも覚悟する脅威と出会える可能性がある、と言うことだ。
「空の覇者を冠するか。『煙藍竜』。ならば尚の事……存分に戦おう!」
その胸を高鳴らせたのは眼前のフォーレルスケットの眸が好機と興奮に溢れていたからだ。幼子の戯れ事。莫迦みたいな、児戯。
戯れ事と題して円舞を踊るのは余りに不向きだ。踊り子は如何なる時も客人を満足させなくてはならないのだから。遊びだと嘯く竜とは生憎、『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の意見は合致することはなかった。
「弱ければ、生きてる価値もない? 面白いことをいうものね。強いとか弱いとかそんなもの幾らでもあるのよ。
フォーレルスケット貴方がどんな風に育てられたのかなんてわからないけれど私は貴方みたいな子は可哀そうだと思うわ。
ええ、だから私らしいやり方で思う存分満足させてあげる!」
「ぼくは可哀想?」
反芻する竜の眸がまじまじとヴィリスを見遣った。歪な形を見せたのは幼い子供のなりをしていた竜が、人より姿を転じたからだろう。
「そっか。ぼくって可哀想なんだね」
「ええ、ええ、そうよ。価値を何に置くか。それがその人の在り方だもの」
ひらりと蝶の羽ばたきのように優美に飛び上がった。バタフライマスクで隠したかんばせ、唇にはたっぷりの笑みが浮かんでいる。
「踊りなんて強さになんの関係もないし必要もない。だけど私はそれが好きなの。
ただ好きだから踊る。私にとっては踊りが全て――踊りのためには両の脚だって捨ててもいいくらいに大事なもの。
そんな舞踏を貴方に思う存分魅せてあげるわ!」
両の脚。その言葉を反芻したフォーレルスケットは「ああ!」と頷く。その翼をはためかせた途端に吹き荒れた突風は、ヴィリスの黒鉄の剣靴を吹き飛ばそうとしたのだろう。
「その足は、ぼくにくれる?」
「さあ。フォーレルスケット、あなたが私と踊りたいのならば――なんて、ね?」
揶揄う声音と共に、踊るは4分の3拍子。リズミカルなヴィリスの傍をするりと風のように走り抜け、堅牢なそる装甲を展開したボディは電気仕掛けの呪詛を展開した。それは蛆が這い回る如く、羽虫の囁きの如く、ぞうとフォーレルスケットを包み込む。
「遊びならまずは私とどうです、フォーレルスケット。そう簡単に壊れませんのでピッタリですよ」
シンプルだ、と寛治が言った通りに。フォーレルスケットは『遊び相手』としてイレギュラーズを見做している。
ならば、玩具は簡単に壊れない方が良い。子供とは、力任せに玩具を投げるモノだから、直ぐに腕の一つももげて何処かにやってしまうものだ。
ボディへと視線をくべてから、何時だって彼のサポートに入ることを片隅に、セララはラ・ピュセルとラグナロクを構えた。勇者とは、騎士とは、魔法少女とは、屹度人の希望だった。想いを盾と変え、決意が剣に乗せられる。
「ボク達と、お話ししようよ。海の話も、空の話だって、聞かせてあげられる!」
「ぼくはね、人間みたいに脆くて、弱いものは、友達だとは想わないんだ」
易く300年程度の月日を生きてきただろう若い竜は唇を尖らせる。幼い仕草を見せた竜へと放たれたのは寛治の弾丸。0.45インチの口径を有した古い自動拳銃は弾丸を放った際に反動こそはあるが、その隙も慣れれば十分に使いこなすことが出来る。
破滅を追い求めるが如く、放つのは不可避なる狙撃。フォーレルスケットの翼を穿たんとしたそれが『僅か』に下へとズレた。
「空の覇者とは伊達ではありませんか」
呟く。ならば『捻じ曲げられる』事を想定すれば良い。弾道に意識を向け、こちらも『ズラ』せば良いだけ。フォーレルスケットは鼻先をふんと鳴らしてから笑った。
「でも、ぼく、それだけじゃあないよ」
亜竜達へと『刃』を振り上げたウォリアは後方を見遣る。気配を感じていたのはレイチェルも同じであった。フォーレルスケットが全体に巻き起こした風、それに纏わり付いた重苦しい空気がレイチェルとウォリアが相対するアイスワームの氷の息吹の冷たさを悟らせる。
「だいじょうぶですか」
柔らかな声音と共に、冷たき風を退けるエルピス (p3n000080)にウォリアはくつりと喉で笑った。ああ、だから――強敵というのは楽しいのだ。
持てる手札が少なければ、圧倒するだけだ。耐え抜き食らい付くための牙は無数に用意してきた。今あるもの全て駆使してこそ。
烈火の如き、戦意は冥界の女王の名を叫び、慟哭と化す。亜竜達の身を切り裂き暗鬱たる空間を越えることばかりに尽力する。
紫電を纏った一閃は、先の先を、或いは後の先を斬る舞花の戦い方に良く合った。素早いリンドヴルムと相対し、確実にその命を奪い去る。
「フォーレルスケット……貴方、ジャバーウォックに挑んだ事は? メテオスラークには?」
「怪竜さんは、ぼくのともだちだもの。戦うもんか」
ふいと視線を逸らすフォーレルスケットに舞花は三日月の形に弧を描く唇を緩めた。
「――貴方を見縊る訳ではないけれど。彼らの如き強大な竜との戦いを経て此処に居る私達が、貴方のような竜と戦う事に怯む理由は無い、という事です。
『強者』と戦う『弱者』というものがどういうものなのか……知らないようだから、教えてあげましょう」
フォーレルスケットの肌にぞうと這ったのは冷たい気配だった。次第に腹の底から湧き上がった熱は、ある種の期待と呼ぶべきものであったのかもしれない。
●
弱き者に資格なし。それが竜の流儀鳴ればこそ、詞ではなく武を持って戦うべき。人間と同列に見られるのは甚だ御免被りたいと戮神とて――
「友となる為には何が足りぬのか、死など踏み潰してその距離を詰めて見せよう……次は『本気』で来るがいい!」
連れ遣ってきた取り巻きは切り伏せた、ボディと、寛治が抑えるフォーレルスケットへと向き直るウォリアの剣戟に冥府の番人の声音が擽り落ちる。
天を駆け抜ける水晶の翼が揺らぐ。風は、その全てを退けんとイレギュラーズ達へと向き直った。
「本気、出したら皆は死なない?」
その言葉にウォリアの肩がぴくり、と揺らいだ。それでこそ竜である。それでこそ強敵だ。
(ああ、戦うという事の意味を理解しているようには見えない。年齢的にも、恐らくまだまともに戦った事も負けた事もないのだろう。
或いは、自分より同じ竜種以外には負けた事がない……そんな所か。この『戦い』も、亜竜相手の狩りの延長程度の気分で居ると見える)
亜竜に対して感じていた恐れの喪失が、人間にも向けられたように感じられる。非常に、危うい精神性だと舞花はフォーレルスケットを眺めて居た。
幼竜は本気で戦う事はしない。自らの持ち得た能力の使い方さえもまだ、分かって居ないのだろうか。だからこそ、付け込む隙がある。だからこそ、寛治が先に言ったとおり『価値を認めさせることが出来る』。
(けれど――価値を認めさせてしまえば、次に会ったときには……)
取り巻きとして存在していた亜竜達が消えた。寛治の弾道はフォーレルスケットが『ズラ』した場所へと飛び込んでいる。
「どうです? 一度仕切り直して、次は対話の席でお会いするのは。興味あるでしょう? 人間に」
「話すのは、いや」
「それはどうして?」
「ペットと、話す意味なんてないよ?」
ぱちくりと瞬いたフォーレルスケットに寛治はやれやれと肩を竦めた。虫螻からペットに繰り上げられただけでも幼竜を納得させるまで近しい場所に来た。けれど、竜の傲慢は何処までも揺るぎなくも感じられる。
「攻撃が捻じ曲げられる。それに、この重たい空気……対策をしなくちゃならないのね」
その重圧を感じながらオデットはオディールとの視界を共有しながら、エルピスと手分けし仲間を支える事に尽力した。木漏れ日のような柔らかな髪を持った娘は眼前の竜が口だけではないと分かって居る。
ひゅうひゅうと吹く風の音に怖れることはなかった。真っ向から受け止めるボディをまじまじと見詰めていたフォーレルスケットは不思議そうに見詰めている。
「――意外と弱くないんですよ、私たちって」
上から見ていただけじゃあ、屹度気付かない。ボディは傷口から溢れた血潮を食いしばり大地に立っていた。
耐えて、耐えて、耐え忍んだ。震える脚から力が抜けて、ボディの肩を叩いて飛び越えたセララの白いスカートが閃いている。
「俺達は簡単には死なねぇよ。生憎、しぶとさと執念深さが取り柄なンでね。
一方的に見下ろしてちゃ、相手の事は分からんだろ。
愛したい、慈しみたいなら……先ず、同じ高さまで降りてくるンだな。近くで、同じ目線で話そうぜ? フォーレルスケット」
牙を剥きだし笑った。緋の紋章に輝く魔力。れは、女の指先によって艶やかに飾られる月下美人の白き花を寄り輝かせる。約束は胸に、決意の如く焔が揺らぐ。眼前の竜より溢れた血潮にごくりと喉を鳴らす浅ましさなんて、此処には持ってきてやしないから。
「けれど、認めて貰わなくっちゃいけないの」
オデットの呟きは眩い光となった。温かな木漏れ日、太陽の光は空を舞い踊った妖精の小さな体でフォーレルスケットの体へと叩きつけられる。周囲に存在する黒き気配、それは『ラドン』と呼ばれた竜のものであると分かっていた。フォーレルスケットの抽斗を全て開き、持ち得る技能を先の為に確認して置きたかった。
「きゃ」
「……危ねぇ!」
レイチェルが腕を伸ばした。細腕に受け止められた少女が頬に一閃走る傷を拭う。風が、無数に刃となった。空に居る限り、地より放たれた攻撃の威力を僅かに落とし軌道を逸らす幼竜。
フォーレルスケットの身動きが取れなくなったことに気付き、セララは大地を蹴った。燃費は最悪、それでも――叩きつける一撃は何よりも強くなくてはいけないから。星くず溢れるように燐光が舞い踊った。
「はあ―――!」
ラグナロクが纏う光が、散る。フォーレルスケットが呻くような声を上げた。ウォリアは竜の苛立ちを見逃さない。
「此方だ」
膂力は、戦うためにある。
「ええ、貴方がまだ戦う事には不慣れでよかった」
舞花の囁きに、『狩り』も不慣れな幼竜は遊ぶだけでは収まらないことを知る。子供染みた傲慢に叩きつけられた一撃にレイチェルの緋色の気配が混ざり合った。
「さァ、どうするフォーレルスケット」
「……嫌い」
唇を尖らせる幼竜は繰返す。
「嫌い、嫌い!」
「フォーレルスケット!」
呼ぶヴィリスは楽しさを知らない幼い竜に自由がどれ程に素晴らしいことかを教えたかった。
鉄の靴で踊る娘は、籠の中でひらりひらりと舞っていた。目の前の幼竜は空を飛ぶ翼もあれば、何処までだって行けるだろうに。
御伽噺のように、誘う言葉にまだ、世界は答えやしない。
「凄いでしょう?
人間は竜のように強い身体も能力もないけれど、こんなに素晴らしいものを作り上げられるのよ。それって価値のあることだと思わない?
全力で貴方に魅せてあげる教えてあげる。踊りってとっても凄いし楽しいのよ!」
「……ぼくは踊ること何て知らない。ぼくが知っているのは、この空がぼくのものであることだけだ」
水晶の翼、濤声の如く揺らぐ髪。美しき煙藍の竜。それでも。
「……うん、もういいよ」
幼竜は止まった。怪我をしたと脚をさすったその姿は気付けば人の元に戻っている。
ヴィリスは竜へと囁いた。
「またね、フォーレルスケット。アンコールは次の機会に。いつか一緒に踊りましょう」
「ばいばい。また遊んでね」
死なないで居てくれるなら、あの『金嶺竜』のようにこのひとたちを愛する事ができるだろうか。
死なないで居てくれるなら、ベルゼーおじさんのように大切だと口にすることがあるのだろうか。
何となくそれでも腑に落ちた。諦めないからこそ、面白かった。
「次は、本気だね、約束」
弾む声音と共に空へと抜けて行くフォーレルスケットはばいばいと手を振った。もっと、もっと、楽しい事を教えてくれるだろうから――
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
この度はご参加有り難うございました。
また、フォーレルスケットは皆様の前に姿を現すかと思います。その時も、是非宜しくお願い致します。
GMコメント
日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願いします
●成功条件
『煙藍竜』フォーレルスケットを満足させる
●ラドンの罪域
ピュニシオンの森の出口付近に広がっているエリアです。
重苦しい黒い風が吹いており、特にフォーレルスケットの周りでは飛行に僅か乍ら影響の出るような『重たい空気』が流れています(機動力に影響します)
見通しが悪く、フォーレルスケットの周りには無数の亜竜の姿も見えているようです。
●『煙藍竜』フォーレルスケット
空の覇者を自任する将星種『レグルス』の一人。まだ幼い竜です。
母竜や父竜に厳しく躾られたため、弱者には負けてはならないとその心の根底で認識しています。
それでも、ベルゼーやアウラスカルトを見ていれば人と友達になることに少しの興味を抱いているようです。
フォーレルスケットは重力を司るような特殊能力を持っており、空は自らのものであると強く認識しているようです。
本気ではありません。人間とは下等で弱い生き物だと認識しているからです。
どの様な戦い方をするかは不明ですが、常時飛行状態であろう事が推測されます。
少しばかり、『舐めている』ので脅かされそうになると納得して離脱するようです。
●リンドヴルム 3体
翼を持たず二足歩行で素早い、八メートルほどの亜竜です。地上を歩き回っています。
鋭い爪牙による連続攻撃や、尾によるなぎ払いの他、遠距離まで貫通する氷のブレスを吐きます。
●アイスワーム 2体
翼や手足のない、十メートルほどの亜竜です。牙や体当たりの威力は絶大です。また中距離の範に氷のブレスを吐きます。
●同行NPC『聖女の殻』エルピス (p3n000080)
ヒーラーを担当します。また、攻撃動作も可能です。
ご指示があれば従います。宜しくお願いします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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