シナリオ詳細
<ラドンの罪域>Aequationes Frigidae
オープニング
●
光さえ遠く、鬱蒼たる森を歩く。
樹皮や葉の青々とした香りは濃い。時折聞こえる金切り声や地響きは鳥や獣――なによりここに住まう亜竜達から発せられるものだろう。
「人の身からは、このように見えるのだな、この森は」
振り返ったアウラスカルト(p3n000256)は、何やら感慨深げに辺りを見回している。
「いつもは空から眺めていたとか?」
「そうだ、汝も翼を得たのだろう。いつかやるとよい。我も呼べ」
ジェック・アーロン(p3p004755)は楽しそうだと頷く。
たとえばあの浮遊島で、竜と共に大空を舞うなど、まるで夢のようではないか。
「ずいぶん人になれましたね」
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は感慨深げに呟いた。
「汝等が例外なだけだ」
ピュニシオンの森は暗く危険な場所だが、一行はさほど苦もなく進んでいた。
竜が居るのはともかくとして、やはり何よりも前回の行軍が効いている。
一行の目的はいくつかあった。
最初の一つ目は、この森の出口に近い『ラドンの罪域』の攻略。
打倒『冠位暴食』ベルゼーを目指すイレギュラーズにとって、避けて通れぬ道である。
次の二つ目は、行方不明となったスフェーンの家族フォスと、フリアノンの知恵袋ケーヤの捜索だ。
フォスはスフェーンと同じく森への関所を守る『志遠の一族』であり、いつの間にか姿を消していたことが知れている。一方のケーヤも同様。関所を通る帳簿に二人の指名が記載されていたことから、やはり森へ向かったと思われている。
最悪の場合は森に住まう無数の亜竜などの餌食となっている可能性もある。
そして森の向こうにはベルゼーが居ると思われるため、それ以上の事態も考えられる状況だ。
「家族は探したい。けどアタシも志遠の一族なんだ。出来ることがあると思う」
「大丈夫よ、私達がついてるんだもの。無理しちゃだあめ」
「本当にありがとう、アーちゃん」
その言葉にアーリア・スピリッツ(p3p004400)は微笑んだ。
最後の三つ目、それは――
「して、不遜にも我が母を名乗るおばけとやらは、ここへ現われると申したか」
「うん、でも絶対あってると思うよ。それに友達にもなったんだ」
アウラスカルトを呼び出したのはセララ(p3p000273)だった。
母を名乗るリーティアが、娘――アウラスカルトに一目会いたいと願っていた。
「そうねえ、雰囲気とか、あまりにもって感じだもの」
不満げなアウラスカルトにアーリアが答える。
「はい、わたしもそう思います」
メイメイ・ルー(p3p004460)もまた続けた。
「そこまで似てるなら、花丸ちゃんも会ってみたいな」
笹木 花丸(p3p008689)も、また言葉を重ねた。
友人(友竜?)の母が有名人(?)のようなものなら、顔ぐらいは見たいではないか。
「汝等がそこまで言うならば、信じるもやぶさかではないが……」
それでもやはり、アウラスカルトは不審そうな表情を隠さない。
「ともかく、行方不明になった二人も気がかりだ」
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は前回の探索前にケーヤと直接会っており、様々な話をしたのを思い出す。非常に生真面目そうな少女であり、何か思い詰めるようなことがあれば心配だ。
「アウラスカルトに会いたがっていたようだったが」
「ケーヤ……そうか、あの者か。なぜだ」
アウラスカルトの言葉を聞いて、イレギュラーズは思わず顔を見合わせた。
もしかしてアウラスカルトはケーヤのことを「友達だと思っていなかった」のか。
「人と竜だぞ。汝等が例外と言ったろう。特異運命座標とは良く言ったものよ」
続いた言葉に、数名が渋い顔をする。
「アウラスカルト。だとすると、ちょっと反省したほうがいいかもね……」
「……?」
呟いたジェックに、アウラスカルトは不思議そうな表情を返した。
ケーヤがアウラスカルトに強い想いを抱いていたとすれば、彼女のために何かしようとするのではないかとも思える。それが何かは、まだ分からないのだが。
●
森を進むと泉の手前に、木々に囲まれた広場のようなものがある。
イレギュラーズが、以前の探索で勝ち得た場所だ。
広場といっても亜竜や竜種には狭く、小さな動物たちの隠れ家になっているようだ。
一行はここを中継地点と定めている。
そして――
「お待ちしておりました。あ、これは歓迎の意味で、待ちくたびれたとかじゃないです!」
にこやかに一行を迎えたのはリーティア、自称『おばけ』だった。
「皆さん、本当にありがとうございます」
リーティアは丁寧に腰を折った。
「それから――はじめまして。
霊嶺を覇する黄金竜、いにしえの魔術師、アウラスカルト。
私は『光暁竜』パラスラディエ。人界ではリーティアと名乗っています。
六竜としては、あなたの先代にあたる存在であり、卵を産んだものです。
ただこうして一目会いたく、お呼びしました」
(隠れるところ、そこなんだ)
アウラスカルトはジェックの後ろに隠れて視線を逸らし、応えようともしない。
狙撃手の後ろなど、文字通りの銃後ではないか。
なんだか気まずい空気が流れ始めた。
「隠れちゃって。なんだか、かわいいですね」
ぷすっと吹き出したリーティアがそう言った瞬間、アウラスカルトが睨み付ける。
「天帝種にして霊嶺を覇する金鱗の老竜を前に、なんたる愚弄。
今この瞬間に粗末な幻影を解呪されんだけ、ありがたく思え。
こやつらに免じて一度だけならば許すが――痴れ者よ、次はないと知れ」
アウラスカルトの激昂に、突如リーティアが吼えた。
「老竜とは笑わせる。雛竜かと見紛うたわ。
せいぜい成竜を脱皮した『なりたて風情』が。
天帝種にして金鱗の――よりにもよって古竜へと楯突くか。身の程をわきまえよ!」
物言いは間違いなく、竜の逆鱗に触れたろう。
「……っ!」
大股で前へ出たアウラスカルトの瞳孔が収縮し、髪の毛が膨らむ。
僅かな沈黙の後、膨大な魔力が爆発し、史上最悪の親子げんかが始まった。
あらゆる全てを消滅させる術式がリーティアへ解き放たれ――
――ッ!?
「そんな精度の魔術で崩れるほど――光暁竜の編む幻影は、やわではありませんよ」
リーティアが微笑む。
「けれど、よくぞ、これほど磨き上げました。間違いなく私の娘ですね」
「癪に障るが。汝が竜の魔術師であり我が母であると、認めてやらんことも、なくもない」
「なんだか感無量ですね。一生分の幸せ、もらえちゃった気がします」
「大仰なことを言う。寄るな、うっとうしい」
「いいじゃないですか。触れもしないのですから」
「うるさい、だまっておれ。だいたいなんだ、会いに来るだのなんだのと、幻影を遣わすだけではないか。おおかた臆病風にでも吹かれたのだろうが、竜らしからぬ振る舞いに虫唾が走る」
「別に何だっていいですよ。会えただけで嬉しいのですから」
「だったらなぜ怒りを見せた」
「ああ言えば、信じてくれるかなーって」
「……」
「作戦成功、いえい!」
「小癪な、おぼえておれよ。いつの日か八つ裂きにしてやる」
「いいですよ、そんな日が来るなら。それはそれで」
にこにこした母と、ふくれつらの娘。
喧嘩は秒で終わったけれど。
相違うどちらも竜ならば――誰も間になんて、入りたくはない。
けれど勇気をもって一声を上げたのはメイメイだった。
「その、リーティアさま」
「はいっ! あ、ごめんなさい。はしたないところをお見せしちゃいました、てへ」
リーティアは拳を握り、手首の辺りで自身の頭をぽんとやって、ぺろりと舌を出す。
「リーティアさまには、何かお考えがあるように感じます」
メイメイはリーティアの『本体』の身を案じていた。
「……そうですね。これは言っておかねばならないことでした」
リーティアはかしこまった表情で、一行に向き直る。
「私の目的は『煉獄篇第六冠暴食』ベルゼー・グラトニオスの討伐をお助けすることです」
一同に戦慄が駆け抜けた。
リーティアは続ける。
イレギュラーズはこの森を抜け、ベルゼーの元へ行かねばならないのだと。
かならずや討ち滅ぼすべしと告げる。
「他の竜種も分かって欲しいのですが、難しいでしょうね。
シグロスレアやコル=オリカルカはどうしていることやら。けれどベルゼーに付くでしょうね」
自分自身もそうだったかもしれないと、リーティアは天を仰ぐ。
「燎貴竜に煌魔竜――ですか」
リースリットも伝承を知るところだ。
「けれどアウラスカルト、あなたは時が来るまで力を振るってはなりません」
「なぜだ。我が爪牙ならば、こやつらのまたとない剣となろう」
「私がベルゼーならば。あなたの存在が知れたなら、他の五竜に命じてあなたを滅ぼします」
「……」
「同種同族の数体と戦い、無事でいられると思うほど愚かではないでしょう」
「だが竜には矜恃がある。迎え撃つまでだ。さすれば喉笛を食いちぎってくれよう」
「その矜恃ごときで、同行している大切な『友人』を危険に晒すのですか?」
アウラスカルトが黙り込む。
それからたっぷりの間を置き、不満げに眉を潜ませ「……分かった」と呟いた。
そんなアウラスカルトをにこにこと見下ろすリーティアにとって、メリットは何なのか。
「しかし、なぜ協力を?」
ベネディクトが問う。
「私これでも聖竜とか慈愛の竜女神なんて呼ばれることもあるんです。有名なんですよ?」
「確かに存じ上げてはいるが」
「ね、ね、伝承いっぱいあるでしょ? あ、えっと。こほん」
咳払い一つ、リーティアは続ける。
「皆さんは私を娘に会わせてくれました。
特異運命座標が、今や竜と交友を結ぶ存在であることを疑っていた訳ではありませんが。
まさかこんなに親しいとは、思ってもみませんでした。
けれど竜は勇者へ試練を課すもの……ということでご容赦願います。
それではここからは、私も隠し事はなしにしますね」
リーティアは一度言葉を切り、そして真剣な表情で続けた。
「およそ三百年ほど前のことになります――」
ベルゼーは冠位魔種だが、心優しい存在であると知れている。
彼は竜を愛し、亜竜種を愛し、この覇龍領域で静かな平和を築き上げてきた。
争いは間違いなく不本意であり、練達や深緑を襲ったのも例外的な行動だ。
いわば他の冠位への言い訳のようなものである。
しかしそんなベルゼーの権能には綻びがある。
それが暴食の『暴走』だ。
ベルゼーは三百年ほど前に暴走しかけたらしい。
「それで私ね、食べられちゃったんですよ」
「――食べられた!?」
「厳密には『食べさせ』ました」
「……」
全てを飲み込んでしまう状態になりかけた際に、リーティアはその身を捧げたのだと言う。
「どうしてもベルゼーを滅ぼそうとは、思えなかったんです。だからですね……」
リーティアにとっても、ベルゼーは優しい存在だったから。
しかしリーティアが眠りについている間に、時代は変化した。
冠位魔種が動き出し、世界はついに滅びの瀬戸際にある。
だから最後の希望である特異運命座標が大量に現われた。
そして数年が経ち、リーティアは目覚め、全てを知ったのだ。
「竜の身なら、腹持ちするかなーって」
「は、はらもち……。つまり、リーティアさまの――その、本当のお身体は」
「おおざっぱに言えば、絶賛消化中ですかね」
「……っ!?」
「だから私、もうあんまり長くないんです」
そう言ってリーティアは、ぺろりと舌を出して片目を閉じた。
- <ラドンの罪域>Aequationes Frigidae完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月25日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
青々と苔むした原生林を進む。
階段のような木の根に足をかけ、『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)が進む先では、斥候としてやや先行していた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)が立ち止まっていた。
「ここからが未踏……だよね」
「そうだと思います!」
一行は帰らずの森――ピュニシオンの奥深くを歩んでいた。
木の幹に触れるとひんやりと湿っている。
遠く聞こえるざわめきは、亜竜達のものだろう。
「いったん休憩にしようか」
提案した『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に一同が頷く。
「そういえば、ですが!」
しにゃこが「はい!」と手を挙げる。
「ん?」
「アウラちゃんを変装させときます?」
「あ、確かに」
ポンと手を打ったのは『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)だった。
「ここならば安全そうでござるし、良い案かと」
述べた『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)に一行が同意した。
この先は竜の領域に近くなる。先程『光暁竜』パラスラディエの幻影――リーティアが懸念していた事態とは、竜がアウラスカルト(p3n000256)を発見した場合に、他の六竜などが狙いに来る可能性だった。
ならば見つからないようにしておくに越したことはない。
アウラスカルトは竜であり、打倒『冠位暴食』ベルゼーを掲げる、ある種の同志ではある。
もう少し踏み込めば、紆余曲折を経て、互いに友情を結んでいた。
けれど竜である以上は強力だが、それ故に敵からすれば格好の的でもあると言える。
「……へん、そう?」
アウラスカルトが怪訝そうに問い返す。
「そ、変装」
「いいですね、変装!」
リーティアも乗り気のようだ。
「アウラちゃんは他の竜にその姿を見られたことってあるのかな?」
「いや、六竜以外にはないと思うが」
問うた『魔法騎士』セララ(p3p000273)に、アウラスカルトは首を横に振る。
「けれど念には念をいれないとよね」
「ですよね! ですよね!」
アーリアにリーティアが力強く同意した。
竜種が人と共に在るというだけでもプライドを刺激しかねないが、それはさておき決して可愛い子を着せ替えするのが趣味という訳では――アーリアははたと思い直す――あるかもしれないが。
「では俺が見張ろう。それと仮の名前もあった方が良いだろう、良ければ考えてくれないか。リーティア」
「名前ですか! 人は我が子に名を付ける習慣がありますものね! 考えてみます!」
「竜にはどのような名付けの風習があるのでしょう?」
ふと『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が問う。
「うーん、竜それぞれですね。パラスラディエは人が付けたものですが」
「なるほど」
「叡智を照らす暁光の竜、結構気に入ってるんです」
ともあれベネディクトは席を外し、女性陣が集まってきた。
「な、なんだ、囲むな。我はどうすればいい」
「じゃあ、まずはこんな風に、ばんざいかな」
両手をあげた『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)にならい、真似る。
「お洋服をお持ちしますね」
アーリアがドレスを脱がせてやり、『想いを背負って』メイメイ・ルー(p3p004460)が受け取った。
「服ならしにゃのが沢山あります! ぐぇへへ、世界で二番目に可愛くしてあげますよ!」
「角にはリボンを巻こうよ」
「帽子も似合うんじゃないかしら」
ああでもない、こうでもないとし始め、ついでにしにゃこがマニキュアも塗ってやる。
そんな様子に『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は少し驚いていた。
知らない間にずいぶんと打ち解けたものだ。
「金の髪はこのように……」
メイメイが髪を結ってやる。
「スカーフを巻いてお耳と一緒に隠してみるとかわ……かっこいいと思います……!」
五分ほどすると、アウラスカルトはすっかりお忍び芸能人の子役ような出で立ちになった。
「ふふ、元々可愛らしいのでよく似合っておられるな。眼福眼福」
「まだまだ可愛さは隠せませんが、しにゃも可愛すぎて困る時には真似を。あ、別に隠さなくていいです」
「なんだか面白いですね、それにかわいいーー!!」
「……」
咲耶が何度か頷き、リーティアがはしゃぐ。
アウラスカルトは得心いかなげな表情で黙っているが――
(やっぱり賢いね、説明すれば必要性はちゃんと分かってくれる)
憮然としているところは申し訳ないとも思うが、辛抱してもらおう
「お料理……出来ました」
メイメイは道中で狩った亜竜の肉団子を作っていた。
ちょうど鶏つくねのようなあっさりとした味わいで、なかなかいける。
ふわっとした口当たりの中に、こりこりと軟骨が混ざっているのがアクセントだ。
ジンジャーの風味が良く合う。
こうして一行は昼食をとりながら、小さなたき火を囲んでいた。
「アウラちゃんのお母さんなんですよね、美人だー!」
「いえい! ありがとうございます!」
リーティアが目の横でピースをキメた。
「しにゃこです! アウラちゃんの超親友です! いえーいハイタッチ!」
「超親友なんですね! ママです、いえーい!」
空中ですかすかと手を合わせる。
見た目はアウラスカルトに似ているが、雰囲気というかノリはどちらかというとしにゃこ寄りだ。
「それでは皆さん、お疲れでしょうから休憩にしてください」
「ではあらためまして。アウラスカルトちゃんもリーティアさんも、はじめまして」
「タイムさんですね、はじめまして。よろしくお願いします」
「……」
リーティアが腰を折り、アウラスカルトは小さく頷いた。
「……あ、呼び方これで問題ないです!?」
「はい、もちろんです!」
竜とこのように交流出来るとは光栄だと感じる。
しかしこの二人、どうにもあまり話そうとしない。
リーティアはあまり時間がないと言っていたから、親子水入らずの時間を出来るだけ作ってあげたい。
「もっとお話してあげたらどうです?」
しにゃこがアウラスカルトをつつく。
「ほらほらいつも通りしにゃのうざ絡みを受けてると思ってー」
「たしかに汝は稀によくうざいが」
「傷つくじゃないですかー! じゃあ傷ついたしにゃの可愛さをとことんですね」
「ご友人になんてことを……。あのそのアウラスカルト、私も仲良くしていただけると嬉しく思います」
リーティアが呼びかけ、しかしアウラスカルトは――
「汝が我が卵を産んだのは認めたろう、なぜそうまで執着する。意味がわからん」
「ですよねー……でもでも、ほら甘えたりしたい時ってありませんか?」
「ない」
「またまたー!」
(アウラさんのお母さんか……)
どうにも何だか複雑そうだなと花丸は思う。
それでもこうして家族が出会うことが出来たのは、きっと良いことなのだとは思うが。
何か親しめる切っ掛けがつくれたら良いが、何かないだろうか。
「名前を決めるんだったよね」
「あ、名前でしたっけ。うーん」
リーティアが考え込んだ。
「うーんうーん、じゃあ……ぴかみ!」
「ぴかみ!?」
「断る」
「きらこ!」
「きらこ!」
「笹木さんどうしてしにゃを見るんですか」
「何でもないよ!」
続いた『どらよ』『りゅうみゃ』『はなこゴールデン』のあたりで一同は考え込んでしまう。
「……なんとかならんのか」
「これは……」
「命名って難しいわよね」
「はいメイメイです、じゃなくて」
「……」
「変装、この飾りはルリヒナギクを模していますね」
「……」
「ではアウラスカルト、人界の名をフェリシアと名付けます」
ルリヒナギク。別名をフェリシア。
「……わかった」
「フェリシア」
「うん、フェリシア」
「可愛いですね!」
一行は呼び慣れるために何度か名を繰り返してみる。
どことなく猫の学名めいているが、それも愛嬌だろう。
アウラスカルトは、どことなく猫っぽい。
それも家の中だけで暮らすような。
「我は違和感を覚えるが」
「ふふ、きっとすぐ慣れるわ」
困惑するアウラスカルトにタイムが微笑む。
(……それにしても)
咲耶は思う。三百年も冠位の腹の中に居るというのに、この余裕とは。
(絶賛消化中とか腹持ちがいい、ってそんなお餅みたいな……)
アーリアもリースリットも考え込んでいた。
食べられた。絶賛消化中。どちらもリーティアの言葉だ。
冠位暴食が三百年かかっても消化しきれないどころか未だに生きているという事実に驚嘆すべきか。
それとも冠位暴食の権能が物理的な消化のプロセスに近い形をとっていると思われるという情報に思考を巡らせるべきなのか。
どこから触れたものか迷うような、悩ましい話を一気に聞いたように思う。
「リーティアさんの話じゃ絶賛消化中って話だったけど、それって私達で何とか出来ないのかな?」
そんな中、ふと問うたのは花丸だった。
「……仮に……仮にです。冠位暴食を討つ等によって彼の権能から開放する事が出来たとして……」
リースリットも続けた。
「リーティアさんのお身体は……癒す方法は無いのですか?」
「それが出来たら良いのでしょうが、どう話せば良いものか……」
「……」
「私の肉体は崩壊し、不可逆な死の途上にあります」
その言葉に、一同が息を飲む。
「どんなに長く見積もっても、数ヶ月はないでしょうね」
「…………」
あたりの空気がしんと冷え込んだように感じる。
「あ、あんまり気にしないで下さい。形在るものは何れ滅びます。人も竜も、全て」
リーティアは言葉を選ぶように続けた。
「私は太古から生き、多くを見知り、そして忘れてきました」
そして我が子にも会えた。だからそれで充分なのだと。
「私、悪い母親ですよね。あなたを産んでも、考え方も生き方も変わりませんでした」
どこか遠い目をするリーティアの表情は、一行が初めて見るものだった。
「リーティア、蒸し返すようだが、どうしても一つ確認したい」
「なんでしょう?」
ベネディクトの問いに、リーティアが首を傾げる
「俺達が貴女を助け出したいと望んだとしたら、万に一つでも、それは可能だろうか?」
「……」
無理な話なのだろうとは思う。
彼女は全てを覚悟の上で、その身をベルゼーに捧げたようなものだ。
だが進むのであれば――ベネディクトは希望がつながる道を選びたい。
その希望につながる可能性が、砂漠の中に一粒だけ存在する宝石を探すようなものだったとしても。
「足掻く事を、許して貰えるだろうか」
「どう、でしょうね……。本来、お止めする権利は、私にはないのでしょうが……」
けれど――
「きっと私は、その尊い志を遮ることになると思っています」
「もったいない言葉だが、理由を聞いても?」
「今はまだ。けれどいずれお話すると約束します」
「――そうか」
「隠し毎はしないって言ったのに、嘘ついちゃいましたね。てへぺろ」
やはりそれ以上は踏み込みづらい話題ではある。
ならばせめて、親子で過ごせる時間が少しでも長く続くようにとメイメイも思った。
「ねぇリーティアさん」
「なんでしょう?」
「貴女から見たベルゼーはそんなにも優しいオジサマだったの?」
「……そうですね。ベルゼーは私にとって肉親のような存在です」
アウラスカルトの背がぴくりと震えた。
「優しいですよ、本当に」
ベルゼーはリーティアを育て、みだりな破壊を行わないよう躾けたという。
彼女の性格が丸くなった切っ掛けそのものでもあるらしい。
黄昏の地にて、竜と人との架け橋を目指したのも。
本当であれば誰一人を傷つけたくないことさえ。
「拙者も尋ねたい。お主は身を捧げる程にはベルゼ―を慕っておられる様だ」
「はい」
「ならばなぜ、お主は彼を倒そうとされるのでござるか?」
「世界の滅びには代えられません。魔はこの世界を根本から滅ぼす力です」
「たしかに戦いは避けきれぬ。しかし互いに良い終わり方というものもござろう」
「……」
「もし何かあれば拙者達も協力させて頂きたい」
「ありがとうございます。ならば、そう……そうですね」
彼女は「全力で戦い勝利して下さい」と続けた。
「竜が言うのも、おかしな話なんですけどね」
「というと?」
「魔は世界を滅ぼすと言いました。しかし私達竜の力とて、この世界に物理的な爪痕を残します」
人にとって、いかほどの違いがあろうかとリーティアは言う。
世界が滅ぶことも、単に命を奪われることも、死にゆく当人からすれば同じ事だと続けた。
「竜って暴れん坊なんですよね」
彼女は自身を『破壊者』と呼んだ。
竜とは暴虐非道な生き物であり、往々にして破壊と殺戮を喜ぶとも。
爪を振るうことは、単純に楽しいことなのだ。
そして同時に、リーティアはそんな自身の本能が嫌で堪らないらしい。
なぜだか彼女は妙に『人間』に似ていた。
そして同時に、獣めいてもいた。
人だって、そんなに綺麗な生き物ではない。
自身の我欲のために、あるいは信じる正しさのために、時に平気で非道を為すものだ。
一度たりとも誰かを傷つけたことのない者など、果たして居るものだろうか。
話をしていると、ふと感じる。
つとめて明るく振る舞うリーティアだが、きっと本質は今見ている『こちらなのだ』と。
悠久の歳月を生き、何もかもが遠い記憶となることを、彼女は嫌っている。
抱いている感覚は厭世観にも近いだろう。
自己肯定感が低いと言い換えてもいい。
もしかしたら聞く限り、竜としては異質な精神性とも思える。
彼女の言う「竜それぞれ」という言葉も、それはそうなのだろうが。
ともかく彼女は自身が生きる意味を求め、伝承されるように人界へたびたび手を貸してきた。
理由の裏を返せば、自分自身が生きる価値を、ありのままには認め切れていないとも思える。
卵を産んでみたのも、ベルゼーに自身を捧げたのも、その延長だろう。
そして彼女はきっと、アウラスカルトに『執着出来なかったこと』を悔やんでいる。
彼女は『卵を守る』のではなく、『食われる』ほうを選んだのだ。
未来でなく、今を選んだ。
卵を産んでさえ芽吹かなかったと感じる愛情に、消しきれない厭世に。
だから自身の滅びが間近に迫って、はじめて彼女は『好きなように生きよう』と思えたのかもしれない。
はちゃめちゃな明るさは、きっとそこから来ている。
だから伝承には、彼女の性格がこのような雰囲気だとは残されていなかったのだ。
――おそらく、『滅びを向かえようとしている彼女』は、ようやく『安心』した。
悠久の果てに、終わりがあることに。
そうすれば無理に自身の生きる価値を求めずともよくなるのだと。
彼女は自分自身の愛情を疑っている。
けれどイレギュラーズは見たのだ。
母の表情(かお)を。
潤む瞳を。
リーティアの本心を。
愛していないはずなど、ないではないか。
なのに彼女自身は、自身の愛を信じていない。
「そんなことより、もっと楽しいお話しましょう! あと探索!」
思索するベネディクトが視線をあげると、リーティアが目元ですいと横ピースを引いた。
●
「やはり正解だったようでござるな」
咲耶は竜鱗の欠片を使い魔にくくりつけていた。
亜竜達に畏怖心を抱かせるらしく、滅多に近寄ってこない。
「この森を、人がこうも容易く進むとはな」
アウラスカルトが感心する。
「大丈夫だよ、アタシ達は強いから。キミはよく知っているでしょう?」
なんて、ジェックが微笑む。
「しかと認めよう」
「だから安心して見てて。たまには、守られるのも悪くないから」
「あっちに亜竜が居るみたいです」
少し進んだ所でメイメイが警戒を呼びかける。
「それではそちら側へ迂回しましょうか」
リースリットの提案に一同が頷いた。
徐々に集める情報を元に、花丸をやや先行させる形で、進軍している。
見えない場所はセララの透視や、あるいは都度都度リーティアが偵察を買って出てくれていた。
やはり『お客様』であることは望んでいないのだろうとジェックも思う。
「ベン。方角はどうだろう?」
「ああ、こちらで間違いないだろう」
ジェックの問いに、ベネディクトが指した巨木の根の下を進む。
鳥のように見える十センチほどの亜竜が数匹逃げていった。
それから小一時間ほど歩き、アーリアが指し示した大きな岩陰に座って休む。
水分を補給し、さらに一時間強。突如ひらけた空に警戒を強め、再び鬱蒼とした森を歩く。
行軍は極めて順調だった。
途中二度ほど、亜竜と避けがたい交戦があったが、難なく突破することが出来た。
「こっちは何か居そう?」
「これは、たぶん大きいのです」
タイムの問いにメイメイが答えた。
おそらくこの近くはティランという大型亜竜のテリトリーだが、やはり避けて進むことにする。
「この辺が良いでござろうか?」
「そうだね、少し休みを取れる場所を探そうか」
咲耶の提案に花丸が頷き、一同を振り返る。
「ではメイメイ殿」
「はい」
咲耶がメイメイに強化の印を組み、メイメイが集中する。
そして示した方向には巨大な木のうろがあった。
「ここなら、亜竜は入ってこないと思います」
鱗に覆われ木の実を持ったリスのような生き物が、立ち上がり尾を膨らませる。
「あ、ごめんなさい。ちょっとだけ……ですから」
一行がしばらく静かにしていると物陰に隠れた。
時折光る目が覗くが、安全そうだ。
「しにゃも大丈夫だと思います! サボる場所を見つけるのは得意ですから!」
「リーティアさん、フェリシアさん」
「はい」
「……?」
「竜種は五感も私達のそれとは比較にならない能力だと思っています」
「多くの場合、そうかもしれません。わりと鈍感なの多いですけど」
「そう、ですか。ええと、例えばなのですが」
リースリットが切り出した。
遥か遠方から此方に気付かれないように今の私達を監視し続ける、というような事は可能だろうかと。
それこそ系譜に連なる近しい竜、燎貴竜や煌魔竜が僅かな気配から気付くというような可能性だ。
「可不可でいえば、私なら可能です。この子も出来るでしょう。けれど、そうですね」
リーティアが言うには、その可能性は極めて低いとのことだった。
「探すなら……どちらかといえば、空からすごく大雑把に見渡して、居なければ気にしません」
なんだかずいぶん雑なものだ。慢心の塊のような生き物とも思える。
「何十年かじっと同じ所を見ていた地竜は見たことありますけど」
壮大なような、そうでもないような。
「苔生えてたので、こけみって呼んでました!」
「こけみ……」
「生態系の移ろいを観察してたみたいです、趣味やばいですよねー!」
本当の名はなんなのだろうか。
「ザビアボロスっていうんですけど」
「アウラさん……じゃなかった。えっと、フェリシアさんだ」
アウラスカルトの前に腰掛け、花丸が尋ねる。
「リーティアさんと話してみてどうだった?」
「……どう、と問われても」
やはり、なんというかぎこちなく感じる。
なんとかしてやれないだろうかとも思うが。
「はいはい、並んで。リーティアさんも」
「いえい!」
「かわいいしにゃこも映ります!」
だがそんな光景を見るに、徐々に打ち解け始めているようにも感じられ、どこかほっとする。
「あ。これ、動画だから固まらなくていいのよ」
アーリアは道中、動画を撮り続けていた。
道を記録する意味も、想い出作りの意味もある。
以前リーティアがしきりに想い出を作りたがっていたように感じたからだ。
映るのかは半信半疑だったが、試しに再生してみたところ、どうやら映るようで安心する。
ちょっと「心霊映像になるんじゃ!」と思ったのは秘密だ。
「ね、リーティアさんがやりたいことはない? 出来ることなら全部叶えちゃう!」
「え、ほんとうですか!? 軽く神では!? じゃあえっとー!」
本当ならば、身体を一瞬でも貸せればいいとすら思った。
そうしたら、アウラスカルトを抱きしめてもらえるのにと。
けれどそれはリーティアが固辞した。
「竜って別に偉大ともすごいとも思いませんけど、単純におっきいんです」
幻影体故にそもそも無理なようだが、仮に本体が試みたとしても、魂が砕けてしまうと言った。
ずいぶん物理的な話だとリースリットは思う。
より魔術的なアプローチならばどうにかやれはしないかとも思うのだが。
けれど魔術の開発には時間がかかる。偶然そんなニッチな魔術を取得しているはずもなく、アーリアにせよリースリットにせよ、竜の母娘にせよ、魔術はどうにも万能ではないらしい。
だがリーティアはちょっとしたことを思いついたようで、アーリア達は場所をかえた。
「卵を産んだ日って、たしか六月十二日だったと思うんですよね」
誕生日を祝う歌をこっそり録画するのだ。
それに――
(――私も貴女と過ごした記録を残したいの)
「ケーヤの事なんだけどね」
秘密の共闘をしている時、「ちょっといいかな」とセララが座り込んだ。
「ケーヤ。あの者のことか」
「うん。ボクとアウラ……フェリシアちゃんは友達だよ」
アウラスカルトが頷く。
「でも、仮に『アウラちゃんが竜じゃ無ければ友達じゃない』なんて言われたら嫌でしょ?」
「……」
「それと同じで、人間かイレギュラーズか竜かじゃなく、ケーヤ個人として見てあげて欲しいんだ」
「だが我が竜、汝が勇者であったが故の邂逅ではあろう」
「うん、最初はそうだった。けど今は違うよ。一緒に海で遊んだり、こうしてドーナツを食べたりするのが楽しいのは、人間とか竜とか関係ないよ」
「……そういうものか」
アウラスカルトはしばし考え込み「そうかもしれない」と呟く。
「うん! 偉いよ!」
「我は偉大」
「偉大!」
「そうだった。だからケーヤと会ったら話をきいてあげてくれ」
「分かった」
ベネディクトにアウラスカルトが頷いた。
後は――セララは思う。
アウラスカルトがリーティアを助けられるよう、せめて本体と会えるよう口実を作りたい。
「ボクはリーティアさんを助けたいし、ちゃんと会ってみたい!」
「……」
「だからフェリシアちゃん、リーティアさんを助けるのに協力してくれないかな? お願い!」
「気は進まぬが、汝の頼みならば……」
しかし、やはりぎこちない母娘である。
「母は……怖い?」
ジェックが問う。父と慕ったひとが『ああ』だったのだから。
「怖い……わけではないが」
「いいんだよ、怖くて」
「……恐れは、竜的でない」
けれどジェックは続けた。
「きっと皆、何かを恐れてる」
「竜もか」
「そうベルゼーも、リーティアも、そしてキミも」
ベルゼーはきっと、己自身の魔性を恐れている。
「……」
「どれだけ体が強くても、心ばかりは柔らかいんだ」
「汝もか」
「そうだよ。初めてキミの前に立ったとき、どんなに怖かったか」
その言葉に、アウラスカルトはリーティアを見つめた。
ジェックはその後ろ姿に向けて呟く。だから考え、悩み、傷付くのだと。
「心が動かされることは弱いことじゃないよ」
――キミは賢いから……分かってるでしょう。
心は竜鱗では覆えない。
底抜けに明るく振る舞っているが、リーティアも同じく恐れている。
一つは、拒絶への恐れ。
もう一つは、愛することへの恐れ。
だがメイメイは思う。
メイメイの母は、自身が立っても歩いても転んでも、どの自身も大好きだと言ってくれていた。
(リーティアさまも、きっと同じ……)
だから――
「フェリシアさま」
「どうした?」
「特別な事でなくても、お側に一緒に居て。そのお姿、なさりようを見せてあげませんか?」
その戸惑いに、そっと背中を押したいと願って。
「……なぜ」
「きっと見たがっていると、思うんです」
「……」
「それから。リーティアさま」
「いえい! なんでしょう?」
「触れられない代わりに、出来る事…………お歌……子守歌、はどうでしょう、か」
「子守歌、ですか」
「卵の頃に歌われた事は……?」
「残念ながら。マグマに放り込んでおいただけです。たぶんベルゼーが回収したと思うんですが」
「マグマ……」
「竜って割と勝手に育ちますし、朝起きて夜寝るみたいな感じではないんですよね」
リーティアが「竜それぞれかもしれませんが」と続ける。
「ではリーティアさん、もしも一族に伝わる歌などがあれば教えてくれませんか?」
タイムも尋ねてみる。出来うるならば、愛する子へと、贈る歌。
「えーえー、歌うんですか? ここで? いま!? えー恥ずかしいですね!」
(……そ、そういうノリ……)
「私、亜竜の集落で育ったので一族とかそういうのじゃないんですけど、それなら」
「はい、ではそれで」
「それなら録画しましょ」
「いいですね!」
アーリアの提案に、リーティアが乗る。
「それでは、おほん。笑わないで下さいね?」
リーティアが腹へ両手を添え、瞳を閉じる。
「――お前も竜の餌にしてやろうか!!!」
「……!?」
「響く悲鳴! 明日はなく! 血しぶき! 荒野、恐怖だけが支配するディザスター!」
突然の大声にタイムとメイメイが驚き、肩がぴくりと跳ねる。
「あ違いますねこれ、旅人に聞いた歌ですね、ええと里のは」
それは不思議な旋律の歌だった。
歌詞は庭の花の種類を数えるといった素朴な内容だ。
浮遊感を伴う短調のメロディーは、独特の哀愁を誘われる。
「私だけじゃ恥ずかしいのでタイムさんもお願いします!」
「私!? 分かりました、ええと」
「アーリアさんも!」
「もちろんよ」
そんな風に皆で歌うなどした後、ふとセララが尋ねた。
「そろそろ竜の領域が近いと思うんだけど、気配とかってないかな?」
「どうでしょう……この状態だと感じられないんですよね。あなたはどうですか?」
「他の竜の気配などというものを、わざわざ探ったことはないが……分かったら伝えよう。だが」
アウラスカルトが続ける。
「我は汝等との盟約により力を抑えているが、竜であれば気配など隠すまい。ならばいっそ汝等のほうがよほど竜気を探りやすいとは思うが」
なるほど、そうかもしれない。
ともあれひとまずは、こんな所だろうか。
「じゃあ、そろそろ出発しようか」
花丸が立ち上がり、一同は休憩を終えた。
「頑張って進んでいこうっ!」
●
「大きな川があるね」
先行していた花丸が戻ってきた。
「川の向こうにも森が続いてるみたいだけど、その先は明るかったからちょっと拓けてると思うよ」
「どこかに渡れる所はござろうか?」
咲耶が見渡すと、ちょうど巨木が橋を作っていた。
「こちらで大丈夫そうでござるな」
「水棲の亜竜に気をつけて、それから空も少し見える所があるから、そっちも」
タイムに頷き、一行は巨木を慎重に渡る。
そして再び森に入った時、遠く明るいほうから聞こえる地響きが足元を揺らした。
一同が鋭く視線を交す。
おそらく互いに気付いて居る。
交戦は望まないが、しかし空をとられ森に光線を吐かれでもしては、なおさらに危険だ。
ならば進む他にない。
「おそらく燎貴竜か……いえ、これは煌魔竜でしょうね」
リーティアが言うには、魔術は使わないが非常に堅牢であるらしい。
「魔はこの場合、その性質に寄ります」
瘴気を纏った光線を吐く他、影の爆発を行使し、羽ばたくだけで真空の刃が生じること。
それから『自称潔癖症の人間嫌いである』とも。
「フェリシアはそこに居て、『何があっても』」
「何があってもか。重い言葉を使うものだ」
「うん、けど大丈夫だから、ね」
「しにゃ達に任せてください! 最終兵器は先に使った方が負けますからね!」
「承諾しかねるが……。分かった、汝等を信じよう」
ジェックとしにゃこがアウラスカルトに言い含める。
慎重に進むと、そこに居たのは、一体の金鱗――真鍮のように見える――の竜だった。
見上げる偉容は、アウラスカルトよりもずいぶん大きい。
おそらく三十メートルほどだろう。
「い、言いたいことがあるなら聞くわ」
微かに声を上擦らせ、けれどタイムは決死の覚悟で胸を張る。
守る相手が自身より強いことなど分かっている。
(でもそういう話じゃないし)
ここで引くわけになどいくものか。
竜が一同を見下ろしてきた。
「わたくしは『煌魔竜』コル=オリカルカ。人よ、疾くと去ね。さすれば命長らえよう。如何?」
「申し訳ないけど、帰る訳にはいかないんだ」
ジェックが答える。イレギュラーズは、その先を踏破せねばならないから。
「人風情が竜を恐れぬ蛮勇、ならば後悔なさい」
――煌魔竜が咆哮する。
煌魔竜は、なぜ人というものは、かくも愚かなのかと思う。
ともあれこうすれば人など怯え竦み、恐怖のあまりに腰を抜かすだろう。
立ち上がって逃げるならよし、そうでないなら焼き払うまでだ。
人などというものに、爪一本とて触れたくはない。
ましてや触れられるなど、鱗が立つほど気色が――突如、二つの軌跡が駆け抜ける。
ジェックとしにゃこのライフル弾に竜鱗が爆ぜた。
「全力全壊――ギガ、セララ、ブレイク!」
聖剣が煌めき、無敵のはずの竜鱗が砕ける。
「いくよ――ッ!」
跳躍した花丸が拳を握り、巨大な顎を打ち付ける。
竜の顎が跳ね、その首を雷撃を纏ったベネディクトの槍が穿った。
任せてもらう手前、格好悪いところなんて見せられない。
特等席で観戦してもらおう――咲耶の手甲から生じた刃が、鱗を『抜く』。
「ここは……全力で……!」
メイメイとて恐怖がないわけではない。けれど果敢に術式を紡ぎ、顕現した四象の力を振るう。
「ほんとにもう」
背が熱いような冷たいような、極限の緊張を感じる。
けれどアーリアの放つ――彼女らしからぬ――破壊魔術が竜の傷を更に焼いた。
「知りなさい、これが人の力です」
リースリットの風刃に刻まれる煌魔竜は、呆然としていた。
竜は――竜ともあろうものが――その一瞬ではあろうが、身じろぎすら出来なかった。
イレギュラーズの猛攻は、金嶺竜(バシレウス)を、そして滅海竜(ガラクシアス)さえ打ち破った力。
天を裂き、地を割り、海を断つほどの。
煌魔竜は混乱していた。
これは何かの間違いだと思う。
ベルゼーは二度も退けられたと言っていたが、手を抜いただけだと考えていた。
二度の遠征に伴われていたのはバシレウスであり、竜神を除けば最強の竜種だ。
自身とて将星(レグルス)。天帝の竜にも比肩しよう。
そもそもベルゼーはやる気がないのだから、遠征は適当な口実に違いないのだ。
だが――竜が地を這う矮小を見下ろす。
人が、虫ケラ風情が、触れたばかりか、傷を負わせるか。
さしたる傷ではない、だが癇癪に触れるより先に、怖気が走った。
そして『この気味の悪い生き物共は何だ』と考える。
「人よ、そうまでして竜域へと達するとは、ケーヤなる矮小の意図とは異なるか」
「ケーヤを知っているのか」
ベネディクトが鋭く問う。
「聞いてどうなる。けれど、ええ――あれは今ひどく『飢えている』」
竜が羽ばたいた。
突風が吹き荒れ、木々がなぎ倒される。
衝撃から身を守ると、竜は天高く舞い上がっていた。
「そなたらとは二度と見えたくない。けれど、この先へ立ち入るならば覚悟なさい」
そう延べ、煌魔竜は去った。
「あの様子、ケーヤを知っていたな」
「うん、そうみたい」
ベネディクトとセララが視線を合わせる。
だとすれば――アーリアもまた息を飲む。
フォス――友人であるスフェーンの家族が居る可能性も高い。
そして煌魔竜は告げたのだ。『飢えている』とも。
考えられる最悪の事態は、反転だ。
そうでなくとも原罪の呼び声に抗っている状態なのは間違いないとも思える。
(……急がなくっちゃね)
知らせるかどうか、するとしてどう切り出すかも悩ましい話ではあるのだが。
「楽勝でしたね!」
一行が辺りを警戒していると、リーティアとアウラスカルトが現われた。
「奴はなんだ、竜と並び立つ汝等に無礼極まりないと思わんか」
「え、あなた近種を、煌魔竜をご存じない?」
「知らん」
「ほんと、この子は……えー……皆さんどう思います?」
ちょっと、なんとも言えない。
リーティアは(たまにタイムがするような)顎を梅干しみたいにした顔をしている。
「この子、もしかしてものすごく人見知りなんですか?」
「恐れは弱さではないと知った」
今度は花丸の後ろに隠れたアウラスカルトが、そんなことを言うからジェックは微笑んだ。
「え、怖いんですか? 私が?」
「怖くはない!」
「だったらそのきゃわわなお顔を見せてくださいな」
ともあれ――花丸は内心胸をなで下ろす。
数時間前とくらべて、この母娘がずいぶん打ち解けてくれた気もする。
想い出は作れているだろうか。そうだとしたら、手伝えたのだとしたら、素直に嬉しい。
「じゃあ代わりに世界最強に可愛いしにゃこの顔をですね」
「しにゃちゃんきゃわー!」
「ぐへへ、そうでしょうとも!」
「推しますね、顔がいい!」
そんな様子を眺めたセララは、今回の冒険は漫画にしてアウラスカルトへプレゼントしようと思った。
リーティアとすかすかわちゃわちゃしながら、しにゃこはふと思うのだ。
(いいですねぇ……しにゃ母もこんな感じなら……)
ともあれ、こうして一行はラドンの罪域踏破の一歩を重ねたのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
こんだけやれば、さすがに雑魚戦はほぼほぼ回避ですね……。
MVPはアウラスカルトを今後の口車に乗せた方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
ラドンの罪域を踏破しましょう。
●目的
森を進み、ラドンの罪域を踏破する。
というのが目的なのですが、どちらかというと想い出を作っておきたい事情もあります。
●フィールド
ほぼ前回同様。
方向感覚を迷わせるような、代わり映えのない風景。強力なモンスター。
生い茂った草木は名もしらぬようなものが多い、前人未踏の地です。
非常に危険です。
木の根などで足場は悪く、暗く鬱蒼としています。
どこにどんなモンスターが潜んでいるとも知れません。
様々な地形を想定し、慎重に索敵しながら進軍して下さい。
半日程度の長丁場になりますので、安全地帯も確保したいものです。
●敵
あちこちで散発的に戦闘が発生するでしょう。
避けて進むもよし、撃退するもよしです。
・ペイスト×数体
翼を持たず四足歩行で三メートルほどの、小型ですばしこい亜竜です。
鋭い爪牙による連続攻撃の他、中距離扇の石化魔眼を持ちます。
・スケイルワーム×1
翼や手足のない、十五メートルほどの亜竜です。極めて硬い鱗に覆われている他、牙や体当たりの威力は絶大です。また中距離の範に砂のブレスを吐きます。
・ウィーヴル×2
飛行している八メートルほどの細身の亜竜です。鋭い爪牙による連続攻撃の他、遠距離まで貫通する雷のブレスを吐きます。
・ティラン×1
翼を持たず、二十メートルほどの二足歩行の亜竜です。
巨体ですが意外にすばしこく、鋭い爪牙による連続攻撃をする他、不運系統のBSを帯びた闇のブレスを近~遠の域に吐きます。
・???
不明な存在の気配がします。
●同行NPC
『金嶺竜』アウラスカルト(p3n000256)
皆さんに良くなついている竜です。
胸中を複雑な感情が渦巻いているようです。
他の五竜に見つからぬよう「決して力を振るうな」と厳命されています。
『光暁竜』パラスラディエの幻影
人の姿ではリーティアと名乗る竜であり、アウラスカルトの母。
三百年ほど前にベルゼーの暴走を止めるため、その身を食わせました。
やたらとおしゃべりしたがり、また想い出を残したがります。
幻影は触れることも触れられることも出来ません。
また姿も隠せるため、偵察などを買って出てくれます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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