シナリオ詳細
<カマルへの道程>昏空に翔ける銀の月
オープニング
●
窓の外に輝く月は美しい満月を描く。
窓の形をした月明かりは室内を仄かに照らしている。
「はぁ、めんどくさいねえ」
ストロベリームーンの如く赤い瞳を細めた女は舌打ちして言う。
後ろ脚だけで立った椅子がぎぃと音を立てた。
「まあ、わたくしったら何を言うの?」
答えたのは少女だ。
銀色の瞳は夜の中に映る月のように輝いて見えた。
「そうは言うがねえ、なんだってあの幻想種を狙わなきゃいけない?
ラサの連中が嗅ぎまわってるのは知ってるだろ?」
「うふふ、彼女はわたくし達にとっても貴重な実験材料よ?」
「複製肉腫だったかねえ。吸血鬼とも違う、この世に生まれたこの世の異物に冒されたってのは確かに気になるさ」
「なら、連れてきましょ。
女王陛下が砂漠の王と共にここに来られたのですもの、ラサの連中やローレットはここに来てるでしょうに」
「そりゃあそうさ。実際、いくらかは戦ったって奴らもいるんだろ。とはいえ面倒くさいったらありゃあしない」
「あなたのことだから、ああいう人達とは戦いたがるものだと思ってたのだけれど?」
「まあね、またやりあってみるのが良さそうなのもいるさ。
とはいえねえ、雑草じみた悪党傭兵に邪魔されながらやるってのは、面倒くさいだろ?」
「ああ、そういうこと。使い物にならない砂穴の鬣犬どもね」
くすくすと銀色の瞳の少女は笑う。
「ねぇ、ディアーナ? わたくしが行きましょうか?
あなたがそんなにも雑魚の重りが邪魔だというのなら」
「そりゃあ、いい。行ってくりゃあいいさセレーネ。
折角だ、アンタからも挨拶してくりゃあいい」
少しばかり驚いた様子で目を瞠ったディアーナは、獰猛な笑みを刻んで笑う。
●
深緑にエルリア・ウィルバーソンという女性の幻想種がいる。
ブロンドの髪にサファイアの瞳をした幻想種らしい美しい女性である。
ラサと深緑を往来して砂漠の緑化研究を進める彼女は、大昔に奴隷商に鹵獲されたことがある。
「その時の恐怖や絶望の記憶を切り離して封印した結果として生まれたのがワタシ、ウェンディ・ウィルバーソンね」
そう言って自己紹介したルビーにも似た瞳で過去を振り返りながら言う。
「今ならわかるのだけど、どうやら奴隷商の近くに魔種がいたようだわ。
その魔種の原罪の呼び声で狂気に陥ったワタシは暴走するままに彼らの殆どを皆殺しにして、傭兵に助けられた。
そのあと、ワタシは随分と長い間眠りについていた」
「でも前の事件に巻き込まれてまた目を覚ましたんだよね」
炎堂 焔(p3p004727)が言えば、ウェンディはこくりと頷いて。
「その後、ウェンディちゃんは純正肉腫の影響を受けて複製肉腫になって暴走して……その後にボクや皆でウェンディちゃんを止めたんだ」
「その解釈で問題ないわ。ワタシはその後もずっといざという時はエルリアを守ってる」
「その、お二人……は意思疎通が取れたりとかはするんでしょうか?」
そう問うたのはトール=アシェンプテル(p3p010816)である。
トールや藤野 蛍(p3p003861)、桜咲 珠緒(p3p004426)はディアーナなる傭兵を追っている途中だ。
その情報があるというからここにいるのだが――
「ええ、最近は出来てるわ。こうやって、メモを取って……人格が変わったとメモを見て……といった感じね」
「今は緊急事態だからエルリアには少しの間だけ眠ってもらうことにしてるの」
「なるほど……ディアーナに狙われているのは確かに緊急事態ね」
「ということはウェンディさんはディアーナに狙われる理由に心当たりがあるのですね?」
蛍と珠緒が言えば、ウェンディはこくりと頷いた。
「ワタシが奴隷商に売られていた時、ディアーナと言ったかしら?
彼女に似た小さな女の子を見たわ――正確に言うのなら『女の子たちを』かしら?。
あんな特徴的な髪と瞳の色、そう簡単に忘れるはずもないものね」
4人はストロベリームーンを思わせる赤い月のような瞳を思い起こして頷けば。
「……あれ? 女の子たちを……?」
そうしてふと焔が首をかしげる。
「ええ、ワタシが覚えてるのは女の子たちね……ディアーナと名乗ってたらしい少女は双子だったわ」
思い起こすように頷くウェンディに3人は視線を交えた。
●
砂の都ネフェルスト――その中でもかなり治安の悪い一角にその建物はあった。
「ディアーナと思しき人が消えたっていうのはここですね」
古ぼけた建物を見たトールが言う。
半ばとして朽ち果てた看板には砂漠で遠吠えをあげるハイエナが描かれている。
「傭兵団『砂穴の鬣犬』……ですか。こういうのをペーパーカンパニーというのですよね」
ディアーナや傭兵団の活動情報を調査していた珠緒はその結果としてその傭兵団が名ばかりのものであると知った。
一応、傭兵が所属もしていたのだが、その多くは食うに困った軽犯罪者の集まりでしかなかった。
「……30年も前から活動記録が無ければ深くは突っ込まれないわよね」
蛍もまたぽつりと呟くものだ。
「……入ろう! ウェンディちゃんを狙った理由が見つかるかも!」
焔が言えば、一同が頷いて古びた扉を開いて中へ。
「――それで、ここに来られたのね」
見つけ出して転移陣を越えた先、妖しき月を背負う砂漠の王国で銀色の月が笑っている。
「初めまして、イレギュラーズ。わたくしはセレーネと申しますわ。
愛しきわたくし――或いは若き月に代わって皆様にご挨拶を致します」
銀色の髪を砂漠の風に晒す女はその口元に鋭い犬歯を覗かせて酷く色っぽく笑い、手を振るった。
刹那、その手には黄金の魔力を纏う銀色の弓があった。
- <カマルへの道程>昏空に翔ける銀の月完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月12日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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(挨拶……彼女のあの口ぶり、ディアーナの関係者で間違いなさそう。
しかし話を聞くのはこの状況を突破してからです!)
輝剣『プリンセス・シンデレラ』に煌びやかなオーロラの結晶刃を構築しながら『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は思う。
「おんやまあ……いきなり物騒でごぜーますねえ? くふふ、いやなに、構わないでごぜーますよ?
お互いタダで終わるとは思ってないでござりんす」
笑みを深くして言う『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)に吸血鬼は柔らかい笑みを返す。
「ディアーナを追ってきたのに、なぜ別の人が? 例の双子の片割れ? それに、若き月…って、誰?」
首を傾げる『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)に対して
『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)は少しばかりその様子を観察し。
「似て非なる人物……仰りようから、繋がりは確実なようですが……血縁というよりは『同型姉妹機』のような印象ですね」
「まぁ、ずいぶんおっしゃりようですね。
わたくしと若き月、ディアーナは正真正銘の双子、そうとはお考え頂けませんか?」
優美に笑むセレーネが今度は小首をかしげる番だった。
(エルリアちゃんは今まで何度も襲われてる。
もうこれ以上怖い思いをさせないためにも、早く解決出来るようにしなきゃ!)
一方で『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はカグツチを握る手に力を籠めながら目の前に立つ吸血鬼を見やる。
「エルリアさん、或いはウェンディさんを狙う吸血鬼……
奴隷商に捕まっていた時、となると吸血鬼も元は幻想種なんですかね?」
冷静に推測を立てる『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)に対して、吸血鬼が微笑を浮かべている。
「ええ、わたくし達は元は幻想種ですよ。ほら、このように、耳も尖っているでしょう?」
髪を掻き上げ長耳を露出させてきた。
「夜の世界、か。
これほどの異空間が『あった』のではなく『創った』のであれば……
どれだけのリソースをつぎ込んだのか、そしてそれは何処から徴収したものなのか」
辺りの様子を見渡して『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)が疑問を呈すれば。
「知りたければ、お教えしましょうか?」
「いいや、必要はない」
嫌な予感がしてアーマデルが言えば、セレーネは「まぁ、振られてしまいました」と気にも留めて無さそうに笑った。
「転移陣を越えると、そこは敵勢の待ち構える砂漠でした、と……つまり、全てぶっ飛ばすいつものヤツですね!」
交戦の意志を強めた『夜を裂く星』橋場・ステラ(p3p008617)の手の中で指輪が光を放ち、身の丈よりも大きな剣へと姿を変えれば。
「ふふ、折角ですもの、歓迎のパーティは盛大な方がよろしいでしょうから、ね」
セレーネが再び艶っぽく笑って見せた。
珠緒の動きをトリガーにして蛍とトールは動き出す。
小鳥が暗がりの目となるべく空へと舞い上がる。
(問うべきことは多いですが、聞くにも進むにも要武力行使、と……
ならば、ステラさんのおっしゃるように、倒してから聞くことといたしましょう)
珠緒が真っ先に振るう刃は春雷の鮮烈なる響き、春を告げる霍公鳥の声の如く鋭く短く戦場を舞う。
その片手間、テレパスと桜花水月を用いて微かに赤い仮想の画面を作り出して、情報伝達を素早く熟している。
「すぐにでも貴女への道を切り開いてみせる!」
蛍はそれに続くように剣と化した藤桜を握り締める。
胸に抱く熱意は桜吹雪を思わせる魔力の風となって戦場を駆け抜ける。
巻き込まれた数匹の晶獣が牛の鳴き声をあげてこちらに向かって突っ込んでくる。
砂塵を巻き上げる牛の突撃を受け流すままに、蛍は敵を見た。
「なるほど、貴女達が『わたくし』の言っていた2人ですね。
同じように速い者もいるようですが――貴女が基点であることは、当然、聞いておりますよ」
言うや、セレーネの手に握られし銀色の矢が黄金の矢を抱く。
「貴方達の相手は、私が務めましょう!」
馬型の晶獣の方へと近づいてトールはオーロラエネルギーを最大限にまで出力していく。
目の眩むほどの鮮やかな輝きに当てられた馬型の晶獣達が一斉に竿立ちとなり嘶いた。
それにほぼ同時に駆け抜けるチェレンチィも続く。
幻想種じみた偽命体たちが射かける矢など掠りもせず、蒼き閃光は天より偽命体目掛けて飛来する。
神速の如き蹴撃が幻想種じみたその頭部を叩きつけた。
「折角掴んだ手がかりです、お目当ての相手では無いようですが心して掛かりますよ……!」
追撃の閃光に纏いし雷光がそいつの精神性を揺さぶってみせる。
「ふふ、それはどっちのかしら?」
そう言ってセレーネの視線はチェレンチィの腕、烙印の刻まれた場所を見ている。
(これがあくまでも異空間であって境界のような異世界では無いのであれば、
維持するにもリソースを必要とするのではなかろうか)
予測を立てつづけるアーマデルが愛剣を振るえば、蛇の鳴くような音と共に斬撃は戦場を這う。
それは鉄を以って奏でる斬撃の楽団。
美しく紡がれる軌跡は巻き込まれた偽命体や晶獣たちを喜劇の如く躍らせた。
「――ふふ、ではまずご挨拶がてら一刺し」
微笑んだセレーナが、その手から矢を放つ。
砂漠を翔けた黄金の矢が珠緒を貫通して後方まで撃ち抜き、砂漠を吹き飛ばす。
巻まれたイレギュラーズの身体に焼けるような痛みが残っていた。
(あんなのを連発されたら危ない……速く周りの敵を片付けないと……!)
黄金の矢の軌跡を見た焔の振り抜いた槍は天を衝くように月の夜に紅の尾を引いて輝いた。
瞬く光は円を描き、振り落とされるは裁きの炎。
壮絶たる紅蓮の柱が天から降りて、夥しい流血を呼ぶ。
「何とも数が多いですね」
改めてそう言うのはステラである。
愛剣に纏うは雷光。鮮やかにして鮮烈なる輝きの雷はうねりをあげながら地を這い突き進む。
駆け抜けた先、晶獣の1匹を絡め取った刹那、それは半円のドームを構築して迸る。
戦場に揺蕩う名もなき精霊達がセレーネの足元を擽るように直を動かすのが見えた。
●
戦闘は乱戦に突入していた。
馬蹄の響きは砂地に消えて、砂塵が舞う。
疾走する馬型の晶獣たちが飛び掛かる先には煌くオーロラの輝き。
圧巻とすら感じさせるその光景をトールは真っすぐに向かい合っていた。
攻め寄せた馬の猛攻はオーロラの如き障壁を越えることはなく。
「そう簡単には落とされませんよ」
激しい衝撃を鮮やかに切り返して、トールはそう言い放った。
それも含めた挑発のままにトールは剣を薙いだ。
煌びやかなオーロラ色に輝く軌跡が火花を散らし、壮絶なる結晶の刃は一閃を描く。
敵との距離が詰められたステラは敵の挙動を見つつ愛剣を振るう。
ステラの振るうは凍てつくが如き斬光。
(狙っているぞ、という圧だけでも与えられれば多少はマシでしょう)
一閃は大気を凍てつかせて線上を穿つ。
魔神の膂力を以って振るう斬撃は致命傷を与え、壮絶たる一撃となる。
「貴女とディアーナ……同じ顔は他にもおられるので?」
珠緒は乱戦の中で隙を見つけるやセレーネへと問い、一種の挑発も兼ねた問いかけと共に少し踏み込んだ。
振り抜いた愛刀、眩く輝く閃光の如き斬撃の軌跡が周囲を斬り結び、結界の如き領域を紡ぎ出す。
斬撃の軌跡は一つとして同じものはなく、切り刻まれた者たちが混乱をきたす。
「いいえ? いないはずね。
どこかでわたくしや『わたくし』を元にした偽命体が出来てたら別でしょうけど」
笑みすら返してみせたセレーネが跳躍して後退していく。
(まるで貴女は偽命体ではないといわんばかりですね)
珠緒は推察を続けていく。
蛍が身に纏うは舞桜。
胸に抱くは闇を払う光輝の剣、愛すると友と歩を並べ故郷の桜を纏う。
「アナタ達の突撃なんて受け止めてみせる! ――『ステイシス』!」
蛍の周囲を吹き付ける桜吹雪はサン・ブラントローの視界を奪い、身動きを封じて行く。
2頭の牛は蛍へと肉薄すると共に頭突きを叩き込んでくる。
ついでに巻き込んでいた獣種と思しき偽命体たちも襲い掛かってくる。
「この程度でボクの守りは抜けられない!」
愛剣でそれらを撃ち返しながら蛍はそう啖呵を切ってみせた。
「時間をかけません」
続けるままに幻想種のような偽命体の1体へと雷光が奔る。
雷撃の如く死の刹那を斬り去る刃。
何も聞こえず、何も見えず、ただ静かに偽命体を穿つ。
戦場へと肉薄するアーマデルが愛剣を振り上げた。
振り払い奏でるは未練の結晶の奏でる斬撃の音色。
数多の命を救い、あるいは救いきれなかった癒しての音色。
刻を刻むが如く規則だった音色の残響が晶獣たちを切り刻む。
「来るか……」
前脚で砂を蹴り、身を低くした牛型の晶獣が迫れば、アーマデルはそれを引きつけてくるりと身を翻す。
「故郷がそうであったから、砂漠での戦闘には慣れている」
相手の攻撃を身軽に受け流して見せれば、砂塵が方向転換してこちらに近づいてくるのが見えた。
「ウェンディちゃんは、この前襲ってきたディアーナの事を知ってた。
アナタ達もエルリアちゃんやウェンディちゃんを知ってて狙ったの?」
焔はセレーネへと肉薄するや問いかけると共に燃える炎を一閃する。炎は半球を描いて幻想種を思わせる偽命体を巻き込んで盛んに燃える。
痛み無き熱はそれらの注意を惹きつける。
「覚えて、いたの?」
驚いた様子を見せたセレーネが笑みに真意を隠して。
「――なら」
圧倒的な速度で肉薄してくるセレーネの手には黄金の輝き。
天性の直感で直撃を避けた焔が砂に脚を取られた刹那――爆ぜるように飛び出した黄金の輝きが左肩を撃ち抜いた。
浮かび上がるは鮮やかな花――烙印の輝き。
「貴女を目印にすれば、いつかあの子とも会えそうですね」
そう笑んだ。
「厄介な人達は何となくわかってきました」
そう嘯くセレーネの視線がステラを見る。
「拙ですか」
その手には既に次の一撃たらんとする魔の斬撃がある。
「――それで暴れられては面倒です」
放たれた魔弾が戦場を穿ち、ステラへと辿り着く線上を一閃する。
それとほぼ同時、ステラは一閃。
迫る魔弾の横をすり抜けるように走る斬撃が晶獣ごとセレーネを斬り裂くのを見た。
「見たところ、話がまったく通じない訳でもなし、事が終わればお喋りの一つもお願いしたいでごぜーますね?」
熱砂の嵐を偽命体に叩きつけながらエマが言えば。
「ふふ、全てが終わった後、まだ動いている人がいれば考えましょう」
そうセレーネが笑って答えた。
●
戦いは続いている。
偽命体や晶獣との戦いは長引いている。
着実に数を減らしつつも、セレーネの苛烈な砲撃の抑え込みがあまり上手くいっていないのが原因の一端だった。
小さな精霊達によるセレーネの撹乱はある程度の効果があった。
だがそれも最初だけだ。
ステラは愛剣を振るう手に力を込める。
(もはや気にも止めていないようですね。
精霊さん達が脅威にならないと判断したのですね)
鮮やかな軌跡を描いたステラの一撃は、ただそれだけで充分すぎる鋭さを持って晶獣を斬り伏せる。
(このままではじり貧ですね)
珠緒は多数の技能を駆使して戦況の把握に努めてきた。
パンドラの輝きが収まり、冷静になるべく深呼吸する。
振り抜いた斬撃は血液を刃に変えて近くにいた晶獣に一太刀を入れる。
炸裂した血が桜に似た花を咲かせて奪い取ったリソースを回収すれば、返す刀で紡ぐ桜花の剣が結界の如く集を切り刻んでいく。
爆ぜる雷光となり飛び込むはチェレンチィである。
圧倒的な速力を以って打ち出す雷光を帯びた無数の斬撃はセレーネを苛烈に追い立てる。
「下がってもらいます!」
軌跡の終息、追撃の雷霆が奔流となってセレーネを穿つ。
「流石に烈しい雷霆、良い腕ね――」
薄っすらと笑んだままに、セレーネが弓を弾いた。
激しくうねる魔弾がチェレンチィの身体を奔り、微かな花弁が戦場に散る。
「ヒトを浚い、作り替える事も厭わない手……交配では繁殖しない種なのだろうか……?」
「この烙印は元より魔術の類、『種族』としての吸血鬼ではないのですよ」
アーマデルの小さな呟きにそうセレーネが答えた。
そんな答えを聞きつつも、振り払った斬撃が怨嗟の音色を発して晶獣を切り刻む。
輝剣はトールの意志に呼応するように輝きを増していく。
「ディアーナはどこにいるんですか」
煌くオーロラの刃を乱舞の如く振るい、晶獣たちを切り刻みながらトールが問えば。
「ふふ、見えておいでですよね? 煌々と輝くわたくし達の都、月の王国を照らす大いなる城が」
笑みを浮かべるままに、セレーネがいう。
「ボク達を速くなんとかしないと大変なことになっちゃうよ!」
挑発の言葉と共に、焔は槍を振るう。
肉薄してきた幻想種らしき偽命体たちは矢を捨て、ナイフのような物や肉弾戦で攻めかかってくる。
1体のナイフを受け止めた焔は圧倒的な速度で槍を返し、偽命体の中枢を撃ち抜いていく。
「確かに厄介ね――でも、貴女以外の子も厄介そう」
セレーネが矢を引いたのが見えて――黄金の輝きが再び戦場を席巻する。
壮絶な命中精度を持った黄金の暴威が駆け巡っていく。
「……セレーネ!!」
蛍の全身が燃えるように情熱にも似た熱熱を帯びる。
けれどそれは、決して情熱のような善性から来るものではなく。
自分を落ち着かせるように呼吸をして――蛍は両手で愛剣を握った。
振り抜いた愛剣は熱を帯びて戦場を奔る。桜吹雪にも似た斬撃が戦場を焼いた。
●
イレギュラーズの戦いは苦戦を強いられていた。
想定よりも時間のかかってしまった取り巻きの撃破を一端として、セレーネの矢で多くのパンドラの加護が開き戦闘不能者も出てきていた。
最低限に抑え込める段階でセレーネの撃退へとシフトしていれば、あるいはセレーネの抑え方が違う形であれば、状況は変わったのかもしれなかった。
「ディアーナに伝えなさいよ。
ディアーナ一人でも、セレーネ一人でも、ボク達は止められなかった。
次は二人一緒に――本気で来なさいって!」
最後のサン・ブラントローを斬り伏せた蛍は、倒れた愛しき人の前に立つようにして愛剣を突きつけるようにして啖呵を切る。
それは挑発であり、時間稼ぎでもあった。
「まあ、すごい自信ですね。その傷、この損耗で。
わたくし1人を相手に勝ちきれないのに――わたくし達2人を相手に? 勝てる?
ふふ、まだ元気があるのね。なら、今のうちに退くことをおすすめします」
「退く前に、これだけは聞いておきます。ディアーナの……貴女の目的はなんですか?」
トールは結晶剣を構え仲間を後ろに問うものだ。
「――なにって。ふふ、吸血鬼がどういうものか、ご存知ではありませんか?」
「魔種を元に戻す、という妄言の事ですかね?」
「ほら、ご存知ではありませんか」
チェレンチィの言葉にセレーネはくすりと笑う。
「『わたくし(ディアーナ)』は、元に戻りたいのですよ」
「元に戻りたい……それって」
トールは続く話の内容を何となく理解しつつあった。
「可哀想なディアーナは遠い昔に魔道に転げ落ちてしまったのです。
ある奴隷商に商品として売られ、悍ましき好色家に。
狂い果てたディアーナは、わたくしと一緒に全てを殺し尽くして逃げました」
「……アナタ達は双子なのに歳が離れているようにも見える。
どちらか片方が成長してしまったってこと?」
「ええ、それはあの若き月のほうですよ」
焔の問いかけにセレーネは慈しむように笑む。
「あの子は、魔種に堕ちた時点で身体だけが成長し切ってしまった。
わたくしとは逆。わたくしはいつまで経っても、体が成長しなくなってしまった……
恐らく、心因性の物なのでしょうね」
相方の境遇への憐憫を浮かべてセレーネは笑う。
「そんな時、わたくしは聞いてしまいました。
魔種から人に、戻れるかもしれないのだと! あぁ、なんという、なんという奇跡か!
ええ、ですから、わたくしは!」
「……自分自身も実験体になった、と?」
チェレンチィの言葉にセレーネはこくりと頷いた。
「――そんな奇跡は、起こりません。
それに、なら何故、エルリアさんやウェンディさんを狙うのですか?」
「そうだよっ! エルリアちゃん達は関係ないでしょ!」
トールが続ければ、同じように焔も言う。
「あの子は、わたくし達と同じように自らの境遇を反転とも似た力により救いを得た。
彼女を研究すれば、もしかすると――反転から返る道も見えて来るやもしれないでしょう!」
そう叫んだ。
「エルリアちゃんたちの苦悩を苦痛を、アナタ達も分かるはずなのに、どうして――」
焔の声は狂乱に満ちたセレーネには届かない。
「――少しずつ気分が悪くなってきましたね。
やはり、この場で殺して……血を吸いましょうか?」
それは会話の終わりを告げていた。
これ以上は『挨拶』では済まさないという宣戦布告である。
倒れ伏した仲間達を背負い撤退を開始のを吸血鬼が冷たく見つめている。
その視線を感じながら転移陣を抜けて――寂れた家屋の景色に帰ってきた。
成否
失敗
MVP
状態異常
あとがき
大変申し訳ありませんが、この度は失敗となります。
判定の理由はリプレイに記載された通りです。お疲れさまでした。
●運営による追記
※焔堂 焔(p3p004727)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
現時点で判明しているのは、
・傷口から溢れる血は花弁に変化している
・涙は水晶に変化する
・吸血衝動を有する
・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
ディアーナを追って月の王国へ参りましょう。
●オーダー
【1】『吸血鬼』セレーネの撃退
【2】偽命体及び晶獣の撃破
【3】『砂穴の苺狗』ディアーナの情報確保
【3】は努力目標です
●フィールドデータ
ラサの古代遺跡である古宮カーマルーマの転移陣の先に存在する広い空間。
皆さんは『砂の都ネフェルスト』に存在する傭兵団『砂穴の鬣犬』の本部に隠された転移陣を抜けてきました。
まるでラサの砂漠そのものであり、映し鏡のような風景には美しい王宮と月が存在しています。
太陽は昇らぬ夜しかない空間です。この空間は『夜の祭祀』によって作られた異空間のようなものであると推測されます。
戦場としてはただっぴろい砂漠と言えるでしょう。
●エネミーデータ
・『吸血鬼』セレーネ
薄い白にも近い銀色の瞳と髪をした幻想種を思わせる少女。月の王国の吸血鬼です。
愛らしい少女の風貌とは対照的に貴婦人を思わせる穏やかで気品ある振る舞いをします。
その容姿は髪と瞳の色を変えれば追ってきた対象であるディアーナを若くしたようにも見えます。
戦闘では黄金の魔力を纏う銀色の弓を用いる後衛となります。
・『偽命体(ムーンチャイルド)』×8
『博士』が作りだそうとした人造生命体、の、失敗作です。非常に短命です。
幻想種を思わせる弓兵の後衛、獣種を思わせる徒手の前衛が半々。
・サン・ブラントロー×4
白い牡牛のような大型の晶獣です。
非常にタフで守りに長け、タンクのような役割を担います。
また攻撃面においても牡牛の突撃は脅威となりかねません。
・サン・ブランシュ×4
馬のような姿をした大型の晶獣です。
物理戦闘能力に長けます。
突撃による【移】付の攻撃や【貫通】付の攻撃で撹乱を狙ってきます。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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