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シナリオ詳細

<カマルへの道程>罪の果実を食べたひと

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――男は、「それ」を疑問に思ったことは無かった。

 例えば、男には家族が居た。それは男にとって愛すべき両親であった。
 教えや、物や、または愛情を、男は心の底からの敬愛を以て受け取っていた。それを見た両親もまた、男に対する愛情をより深めていった。
 そんな折、男は猫を拾った。
 汚くも小さく、懸命に生きようとしている野良猫だった。その姿に胸を打たれた男は猫を連れ帰り、両親に対して「この子を飼わせてほしい」と乞うたのだ。
 男の懇願に対して、両親は首を横に振った。彼らの家は集合住宅のうちの一部屋であり、規則によってペットを飼うことを禁じられていたのだ。

 次の日。
 男は、猫を飼うことを拒んだ両親を殺した。

「だって。その時の私にとって愛するものは、その猫だったのですから」
 ――「それ」が、男にとっての常識であった。
 男にとって優先すべきものはただ一つであり、それ以外は何の価値も持たない。そしてその対象は容易に移り変わる。
 両親を殺し、それを隠蔽した後、暫くの間猫を飼い続けていた男は、次いで一人の女性に恋をし、それまで飼っていた猫を邪魔だからと放り捨てた。
 その後に出会った商人の在り方に感銘を受けた彼は、一方的に別れを切り出して後、食い下がる女性を両親同様殺しては隠し、商人を師と仰ぐようになる。
 ……軈て、男は奴隷商人となって、様々な国を渡り歩き。
 その後、非道な行いゆえに捕らえられた末、魔種となって逃げ果せることとなるのだ。


「……見つけた、と言うのは本当ですか?」
 昨今の急激な情勢変化のため、『ローレット』拠点内の人員は忙しなく出入りを繰り返しており、同じ場所に留まっている者はほぼ居ないと言っていい。
 その「ほぼ」の範疇から外れる、数少ないメンバーのうち。『あたたかな声』ニル(p3p009185)が発した声に対し、テーブルを挟んで対面に座っていた情報屋は疲れた表情で首肯する。
「骨は折れたがな。まあ魔種の討伐のためならば否やも言ってられん」
 ――情報屋と、そして此度集まった特異運命座標達の何名かが言葉を以て示すのは、過日彼らが相対した一人の魔種についてである。
 元は奴隷商人でありながら、その強引な「入荷方法」ゆえにラサ政府の要請を通じて彼ら特異運命座標に捕らわれた経歴を持つこの男は……その後、紅血晶に纏わる騒動を機に再度姿を現したのだ。
 尤も。それは既に純種としての在り様を失った形で、だが。
 閑話休題。言葉と共に情報屋の少女が展開した地図上には、ある一点に印が施されている。
「……遠いな」
『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が形容した言葉は、現在の彼ら……特異運命座標達の場所から比較してではない。
 空中庭園を通しての移動方法を有する彼らにとって、『距離』の概念はほぼ無いと言っていい。であるならば、彼女が先述した言葉の対象とは。
「正に、な。
 件の魔種は今現在ラサに拠点を構えているわけだが……その位置は吸血鬼らの拠点であろう『月の王国』からは遠く離れている」
 現況に於いて、吸血鬼が拠点としている『月の王国』は、ラサに存在する古代遺跡『古宮カーマルーマ』に設置された転移陣が出入口となっている。
 その遺跡から遥か遠い位置に、魔種は自陣を張っているらしい。或いは罠の可能性を疑った特異運命座標達ではあるが。
「……その可能性は薄いだろうな」
「何故?」
「魔種は自身の拠点内部に数多くの一般人を飼っている。下手な小細工でもしようものならそいつらにも被害が及びかねん」
 ――――――人間を、飼う。
 その言葉に。嘗て純種であった頃の商人の男が虐げた子供達を想起し、ニルは何かを堪えるように俯いた。
「人間を飼っている。その理由は?」
「『ストック』だ」
「……『ストック』?」
 鸚鵡返しに問い返した『君の盾』水月・鏡禍(p3p008354)の言葉に、然様と頷いた情報屋は、その悍ましい内容を淡々と語った。
「彼ら一般人は、魔種である商人の男とその命をリンクされている。
 言ってしまえば、貴様らが魔種に致命打を与えるたび、彼奴が飼っている一般人たちがそのダメージを肩代わりすると言うことだ」
「……!!」
 柔和な表情の内に、隠し切れぬ不快感を滲みだす鏡禍。
「これは商人の男が自ら有するアーティファクトを、魔種としての力でブーストを掛けることで成立している呪いの類らしい。
 無論、それほどの慮外の力は綻びも多い。時間と事前準備さえ整っていれば、突ける隙もごまんとあるだろうが……」
 その態勢が取り終えるよりも前に、商人の魔種は良からぬ動きを取るであろうと情報屋は続ける。
「……マリア達がすべきことは?」
「一般人と繋がれた生命のリンクの情報が分かっていない以上、商人の男を倒すことは本依頼中では不可能だ。
 であるならば、一般人を其奴から奪って呪いの解析、乃至解呪を行うよりほかにない」
 即ち。救出作戦。
 こう言えば単純であろうが、言葉を発した情報屋は渋面を作っている。
「正直、この依頼に貴様らを行かせるのは気が進まん。
 何故と言って、件の魔種は獣型の吸血鬼を配下として従えている」
「……それは」
 ――吸血鬼が施す『烙印』の存在は、既に余人が知るところとなっている。
「敵拠点内の一般人の数は膨大だ。応戦に回せるリソースは多くあるまい。
 吸血鬼による烙印の付与は最悪の結果の一つだが、『それ以上』の最悪が無いとも言い切れん」
「………………」
 状況は芳しくない。沈黙する特異運命座標達に対して、情報屋は唯、視線の身を以て「本当に行くのか」と問う。
 それに、誰よりも早く言葉を返したのは。
「……行きます」
 秘宝種の幼子は。
 胸元で小さく拳を作り、前を見据えて、言ったのだ。
「ニルは。ニル達は。
 もう、たくさんのひとを、悲しませたくないから」


 それは、遠からぬ過去の話だ。
『呼び声』に応え、得られた力を以て官憲から逃げ出し、男は死にかけの身体を引きずり続けた。
 そこで、死ぬ。その定めだったと言うのに、運命は悪辣で。

 ――力になってはくれませんか。

 逃げ延びた先。死を目前とした魔種の男性に対し、突如として現れた初老の男性は、彼を助けながらそう言った。

 ――僕たちの国が、僕たちの同胞が。
 ――ただ、排斥されるべき「敵」で終わらないように。

「……おお」
 死に掛けの身体を賦活された、実利から成る恩義ゆえだったのかもしれない。
 それでも、凍える夜の砂漠の一角で、誰にも看取られずに終わる筈だった自身に寄り添い、語り掛けてくれた初老の男性に対して、男は深い畏敬の念を以て、彼へとかしづいたのだ。
「仰せの通りに。どうぞこの身をお使いください……」
 ――その言葉を発したのが、たかだか数か月前の話。
 後に吸血鬼であると知った初老の男性に、未だ付き従う男は、近く起きるであろう騒動の為に、今日もまた『自身の命』を貯め込んでいる。

「おかあさん、おかあさん」
「たすけてくれ。なあ。つまもむすこもいるんだ」
「おしまいだ。おしまいだ。みんなみんなころされちまう」

 ……檻の代わりに展開した結界の内から、幾重もの声が響き渡る。
 その「雑音」に辟易とした表情を浮かべながら、けれど、男は直ぐに思考を切り替え、敬愛する主を脳裏に浮かべつつ、様々な作業へと従事していた。
「……もう間もなくです。我が主」
 自らの足元ですり寄る、烙印が刻まれた獣たちを軽く撫でつつ、魔種の男は声を発する。
「この身は、この身の行いは。
 間違いなく、貴方様にとっての糧となることでしょう」



 ――色彩を変え始めた結界を見て、魔種の男は静かに笑った。

GMコメント

 GMの田辺です。
 以下、シナリオ詳細。

●成功条件
・『一般人』一定数以上の救出

●失敗条件
・一定時間の経過

●戦場
 ラサ某所。地形上窪んだ低地に在り、地上からの発見が難しい場所です。時間帯は夜。
 戦場の中央部には強固な結界が張り巡らされており、その内部には数多くの一般人たちが捕らわれている状況です。
 下記『魔種』『吸血鬼』はひと塊となってその結界のすぐそばに位置しております。
 肉眼で確認できる情報としては其処までですが、『魔種』は種々様々なアーティファクトの扱いに長けている為、戦場にその他トラップが仕込まれている可能性は否定できません。
 シナリオ開始時、参加者の皆さんと結界までの距離は50mです。

●敵
『魔種』
 元奴隷商人の魔種です。今回に至るまでの関連シナリオは拙作「<晶惑のアル・イスラー>燐よ、熱砂の風に溶けよ」をご参照ください。
 本シナリオ開始時点に於いてわかっている情報は、致死ダメージを下記『一般人』に肩代わりさせる能力を持っていると言う点のみ。
 また商人と言う経歴ゆえか、その身には幾重ものアーティファクトを仕込んでおり、推定では回数限定の「多岐に渡る」「強力な」行動を「数多く」取ってくることが予想されます。
 本シナリオに於いてこのエネミーを討伐する場合、『一般人』全員の殺害が最低条件となります。

『吸血鬼』
 元は四足獣型の偽命体だった個体が、烙印によって吸血鬼化した存在です。数は五体。
 吸血鬼化してはいるものの、元々のスペックがさほど高くはないため、魔種に比肩するほどの能力は有しておりません。それとて十分な脅威には違いありませんが。
 基本行動は近接対象への噛みつき、また自身の影を伸ばすことによるMアタック効果を絡めた遠距離攻撃。最後にマーク、ブロックの阻害を受けない長距離の移動能力が挙げられます。
 なお、本エネミーは特定条件を満たした参加者様に対して『烙印』を付与する可能性が在ります。ご注意ください。

●その他
『一般人』
 上記『魔種』が展開した結界に捕らわれている一般人たちです。数は30名程度。
『烙印』が施されるなども無い健常な一般人たちですが、現在の状況に半ば恐慌状態であり、何の対策も取らずに参加者の皆さんが誘導などをした場合、一定確率で従わない可能性があります。
 彼らを捕えている結界は時間経過とともにその耐久力と硬度を増していき、それがある一定のレベルに達した場合「良くないこと」が起きると共に彼らは全員死亡、依頼は失敗となります。
 また、この結界を破壊することは不可能であり、一定ダメージを与えることで短時間出入りできる穴を開けることが出来る程度。
 時間経過とともに、結界に穴を開けるための必要ダメージ量は増し、また穴が開いている時間は短くなっていくため、迅速な行動が必要とされます。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。



 それでは、ご参加をお待ちしております。

  • <カマルへの道程>罪の果実を食べたひと完了
  • GM名田辺正彦
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年04月09日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ


「……種族柄、人間を飼う事について否定しませんが」
 ――気分が良くは在りませんね、と。砂漠の寒風に声が響く。
 時刻は夜半、場所はラサの某所。『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)が呟いた声音は、ひどく小さなものだった。
 それも道理であり、ここから少し先を行ったところに存在する『目標地点』には、彼女を含め此度集まった八名の特異運命座標達にとっての敵が待ち受けているのだ。
「また、あの『商人』、か……不快な縁が結ばれたらしい、な」
 情報に在った場所へと向かう道中、同様に独り言ちたのは『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)である。
 表情こそないものの、一所に留まらず、様々な形を作るその髪を見れば、彼女の胸中が穏やかでないことは誰の目にも解るであろう。
「それに今回も、始末は難しい。全く以て、用意周到で、嫌になる」
「如何様、やはり何よりも人が恐ろしいと思いますよ。人の命をストックにしているだなんて」
 独白に、けれど追随したのは『君の盾』水月・鏡禍(p3p008354)である。
 平時は柔和な表情が形作られるその面立ちに、しかし今浮かぶ感情は辟易と嫌悪だ。彼の言う通り、此度相対する敵――魔種は、自らの命の代替として無辜の人間の命を捕らえている。
「魔種だとしても元が人だったと思えばこんなことできるなんて到底思えません。
 ……思えません、でした」
 その考えを、「甘かった」などと、鏡禍は思いたくなかった。
 ただ、魔種と言う種族の在り方ではなく。ただ元となった彼の『奴隷商人』が、生まれつきの悪辣さを抱じていたのだと思いたくて。同時に、ならばと。
「ですから、ここで。
 一つでも多くあの商人のアーティファクトを、仕込みを、壊してやります」
 ――其れは、誰もが抱く想いで在ろう。
 過去の依頼から因縁を繋げた者。此度初めて邂逅する者。その誰も彼もが、魔種の行いの醜悪さに義憤を覚え、その悪しき企みを打ち砕かんと考えるのは当然のことではないだろうか。
「……元奴隷商人の魔種となると、やることがえげつないね」
 幾許かが経ち、そして今。
 囁く『友人ハイン/死神』フロイント ハイン(p3p010570)の眼下には、仄かに輝く結界と――その中に閉じ込められた、数十名の一般人の姿が見える。
 助けを求める者、わが身の不幸を嘆く者、また全てを諦め、縮こまっている者も居る。
「なんて胸の悪くなる仕掛けなの!」
「そんなに自分の命が大切か、それともそうしてまで成したい事があんのか……?」
 事前情報を耳にしていたとはいえ、実際にそれを目の当たりにするのとでは不快感が大きく異なったのであろう。
 憤懣やるかたないと言った様子で『無尽虎爪』ソア(p3p007025)は言葉を零し、『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は忌避の内にも情報を得るべく結界から目を逸らさずにいる。
 各々が心の中に秘めたる想いは在れど、それを作戦から切り離す術も、彼らはまた心得ていた。
 視線を交わし、離散する冒険者たち。各々が為すべきことを為すため、それに適した位置取りを心がけ、またその事前準備も並行して行っていく。
「――――――」
 一、二分と経たぬうち、全員が一定の距離を保って止まる。
 その地点は何れも、戦場である窪地からは目視で測れない位置ではあった。が、予測されていた懸念点である「戦場に配置された罠」が反応しない点を考慮すれば、この場所が限界だと各々が判断しての結果である。
 解除するにしても、強引に踏み砕くにしても、気取られることは間違いない。故にこそ、彼らは遂に訪れる戦いの態勢を整える。
(……かなしいことばかり、たくさんたくさん)
 その、最中。
『あたたかな声』ニル(p3p009185)が、強く杖を握り込んだ。ぎゅ、という音と共に杖を抱きしめるような形で怯懦を露わにした秘宝種は、軈てその視線を真っすぐに魔種へと向ける。
 多くの人間の悲嘆を気にも留めず、魔種は結界へと何らかの術式を書き込んでいた。それも、笑顔で。
「……ひとりも、しなないように。だって」
 合図を放ったのは、果たして誰だったろうか。
 全員が一斉に前へと踏み出す。それは、ニルも同様に。
「こんなの、ニルはぜったいぜったい、いやなのです……!」
「……おや」
 困難な戦場へ、或いは、打ち貫くべき巨悪に。
 その眦を屹とした特異運命座標に対し、魔種の商人は気軽な挨拶のように言ったのだ。

「皆さん、どうもこんばんは。
 ちょうど今からショーが始まるのですが、どうぞ見て行かれませんか?」


 作戦は、大きく分けて三つのグループに分けて行われた。
 一つは、エクスマリアとソア、ニルによる結界の破壊、またその中に閉じ込められた一般人たちの救出班。
 一つは、リカとアルヴァによる魔種の足止めを目的とした戦闘班。
 そして、もう一つは。
「……全く。悪辣にも程度というものがあるでしょうに」
 軽く、薬指の指輪を撫でて。『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)が呟いた。
 手の平から出でたるは炎。爪先に灯った程度のそれは数を増やし、勢いを増し、ぐるりぐるりと――魔種が飼う動物型の吸血鬼を取り囲んでは、その身を包み込み、幾重にも灼いていく。
「人の上に立つにあたって、必要悪ともいえる素質ですが、人を踏みにじるために、使ってはなりませんよ」
「踏みにじるとは心外な」
 残る一班……即ち魔種の実質的な部下である吸血鬼たちの対処へと回った鏡禍とハイン、そして言葉を発した睦月の側に、魔種の男は笑いながら応えた。
「『それほど粒の大きな砂でもありますまい』?」
「……まあ、言っても無駄でしょうね」
 少なくとも、初動に於ける戦場の構築は特異運命座標達の有利に運んだ。
 障害が無かったと言うわけではない。先述した結界周囲の罠の存在もそうだし、結界の破壊にあたるエクスマリアたちの初撃は彼女たちの想定以上に奏功せず、何より魔種の手妻がどの程度の能力、種類であるかは咄嗟には図れない。
 それでも、救出班の面々は結界の破壊と一般人の誘導が並行できる位置取りに成功し、吸血鬼たちの注意は少なくともその対応班に向けられ、魔種はリカとアルヴァによって確実に先手を取られている。
 此処からどう動くか。特異運命座標らがそれを考慮し、若しくは懸念する――よりも、早く。
「では、お先に」
「……っ!?」
 長距離を一歩で踏み込み、アルヴァの眼前に立った魔種の商人が、彼の目前で指を一度鳴らした。
 次いで、衝撃が。彼から然程離れた位置に居なかったリカも同様に吹き飛ばされ、並々ならぬ衝撃に明滅する意識をどうにか回復させる。
 至近距離でそれを受けたアルヴァのダメージはさらに深刻であった。頽れ、血の塊を口腔から吐き出し、どうにかパンドラを消費せず己の気力で克己する。
「一回限りのとっておきですが、これで皆さんの出鼻をくじけるのならば悪くはない」
「逆でしょう? それほどの切り札を切っておきながら誰も倒せなかったのならば、それは相当な痛手の筈では?」
 ……彼我の言葉の内、何方が正鵠であるかは誰にも解らぬこと。
 議論する必要も無い。反論したリカは己の瘴気を魔種の元へと這わせ、幾許かのダメージを与えると共にその理性を奪わんと試みる。
 元よりメンバーを各班に分けたことから察せるだろうが、彼女とアルヴァはあくまでも魔種の注意を引き、一般人の救出を邪魔されないことが目的である。その為怒りの状態異常を始めとした様々な行動阻害を絡めた攻撃は――それが奏功しているかはともかく――少なくとも魔種の攻撃対象に自身らを選ばせることには成功している。
 それでも。事前に情報屋が提供した情報にあった通り、限られた回数での多岐に渡る強力な攻撃方法は瞬く間にリカ達の体力を削っている。
「やれ、何とも厄介な……!」
 ――「急がなければ」。救出班が焦る理由は、そしてリカ達の猶予ゆえにとどまらない。
 手鏡を逆手に握り、迫る牙を一度、二度と躱す鏡禍による妖気の誘いが吸血鬼たちを酩酊させる。血走った瞳を本能の儘に走らせるそれらは鏡禍に食らいつき、その肉を抉り、または影によってその気力を損なわれていく。
 魔種にも迫ると言う一部の吸血鬼のスペックには及ばぬものの、しかし今彼らが相手をしている吸血鬼たちもそのスペックは低くはない。それを無勢で戦う以上、彼らの不利は推して知るべしと言えた。
「……すまない、遅れた!」
「サポートはお任せください。僕にできるのは、それだけですから――」
 運よく二次行動に入ったハインのアポティオーゼ、続き、睦月による天上のエンテレケイア。成る程手厚いサポートは彼ら吸血鬼への対応班が早期に倒れることを確かに否定してはいるが、逆を言えばそれは「負けにくい」だけに限定され、尚且つそれが時間的猶予を孕んでいることを示している。
 何よりも。「吸血鬼たちの攻撃を受ける度、悪寒にも似た『何か』が蓄積されていく感覚」は――
「………………っ!!」
 焦燥が、ニル達救出班を襲う。
 結界に両手をあてて、撃ち込んだるはフルルーンブラスター。並々ならぬ衝撃に内側の一般人たちは恐怖を覚え、反対側の壁へと後退る。
「あ、アンタ、何を……!」
「……ニルたちは、みなさまをたすけたいのです」
 泣きそうな声で。けれど、決して涙を見せることは無く。
「たすけさせて、ほしいのです……!!」
 呆然と、一般人たちはニルを見る。結界の外に在りて、けれど、内側の被害者たちよりも遥かに心を痛めたその表情を。
「信じて、欲しい。マリア達はローレットだ。
 絶対に、生きて連れ帰る。そのために――ここに来た」
 金糸にも似た己の髪。それを織り込んだ黒い手袋が、異術によって形成された鉄の星の行方を指し示す。
 アイゼン・シュテルンが結界に罅を入れる。あと少し、後一撃。希望を、救う側と救われる側、その双方が見出せば。
「ふぅー、悔しいね」
 ……最後には、呼気を整える、虎の姿が。
 人に害をなす魔種の姿を許さぬ彼女が、此度のそれと直接相対することが叶わない現実は少なからずその心をざわつかせていた。
 それが、為すべき依頼を果たすのに最適であると理解していても。怒りを、無念を、けれどその代わりに壊れかけの結界に向けた彼女は、雷撃を己の腕に纏わせる。
「けれど、まあ。
『これ』で悔しがる姿を見れれば、少しは気もおさまるかな?」
 周囲の砂鉄が引き寄せられ、ソアの膂力による一撃の後、無数のそれらが集っては終ぞ結界が破壊される。
 響く硬質な音は、魔種の悲鳴にも、或いは脱出の希望を見出した一般人たちの歓喜の声にも聞こえた。


「何と……!!」
 ――そもそも、本依頼に於いて特異運命座標達のとる行動は大きく分けて二分される。
 一つは現在彼らが取っているように、一般人を救出する班と、それを阻止する敵の足止めを担当する班に分かれての行動。もう一つは障害となり得る吸血鬼の早期撃破の後、即座に結界へと転身し破壊、一般人を救い出すと言う方法だ。
 後者のメリットは単純であり、戦力を集中させることで敵への対処が容易になると共に、その後結界破壊も取り掛かってから結果を出すまでの時間が極めて短いことだ。反面、戦闘に時間がかかれば魔種が結界の施した仕込みが発動する恐れと、どうあっても魔種自体を倒すことが出来ないため、ある程度の妨害を受け続ける可能性が高いと言うこと。
 そして、前者のメリットはこの状況からすれば言うに及ばず、そのデメリットも――
「たかだか二、三人で此処まで早く砕かれるとは。皆さんを見誤っておりました」
「……此方としちゃ、その勘違いをしたまま大人しく倒れて欲しかったがな」
 頽れたリカを背後に、既にパンドラを消費したアルヴァが肩で息をしながら呟く。
 戦闘が始まって短くも長くも無い頃。最早死に体となった彼らに対し、魔種は歎息と共に結界の側へと視線を送る。
「さて、最早こうなった以上、対処を急がねばならないでしょうな!」
「っ、何もさせねぇよ。てめぇは指を咥えて見てりゃいいんだ!」
 ――言葉に反し、それが叶わないことを、既にアルヴァは理解していた。
 けれど、もう少し。一手だけでも多く、この魔種の注意を自らに引き続けて、と。
 ブルーフェイクⅢ。長距離用の狙撃銃を近距離に於ける格闘に転用させたトリックスターの動きは魔種を翻弄し、その動きを確かに制していく。けれども。
「……それは、あなた方の方でしょう?」
 返す刀は。魔種の反撃は。
 最早これ以上、アルヴァに立つことを許さなかった。

「たかだか世界を救う程度の理由で。我が主の崇高な目的を邪魔するな」

 碧から翠へ。翠から桃へ。
 結界が緩やかに、けれど確かにその色を変容させていく様が、救出班の動きを加速させる。
「みなさま、どうか落ち着いて、こちらに来てください」
「さあ、こちらへ。大丈夫だから、おいで」
 少なくとも、大枠に於いてその救出は順調にいっていた。
 ニルの、エクスマリアの賢明な説得。そしてソアの揺るがぬ姿勢は一般人に希望を抱かせ、それ故に救いを求めるには十分だったと癒えよう。勿論余程頑健な輩は居るには居たが――
「ふふー……良い子だね」
 ソアの魔眼は、そうした抵抗する輩に対してそこそこの効能を示している。
 ともすれば「無理やり言う事を聞かせている」と他の一般人たちに恐れられそうなソアのスタンスも、少なくとも今回の場に於いては上手くいった。依頼の目標とされる人数の救出を終えた彼らは、その後の撤退の為を考慮し始めるが。
「……来た!」
 声を発したのは、誰であろうか。
 自身の対応班を処理し終え、魔種が接近する様子に仲間たちが急く。
 救出班、並びに吸血鬼への対応班がこれに苦み走った表情を隠し切れない。事前の作戦に於いて魔種が足止めを抜けた場合、また一般人を救出した後の効率的な撤退方法を考慮していなかった点がここで響いてくる。 
「……っ、動けない人たちはボクが運ぶよ、さあ乗って!」
 虎の姿に転じたソアに何名かが騎乗するが、それとて焼け石に水だ。
 吸血鬼班がこれを止められるかと言えば、言うまでも無く。既に眼前の敵への対処で手いっぱいの彼らにそこまでのキャパシティを求めることは不可能に近い。
「全く、何とも出鱈目で無茶苦茶な男だ。とても興味深いよ……!」
 苦虫をかみつぶしたようなハインの腕に喰らいつく吸血鬼たち。
 その対象はこの秘宝種だけではない。距離や移動阻害をものともせぬ吸血鬼たちは己の移動能力を以て、怒りを付与してきた睦月らにも即座に接近して喰らいついている。
「『烙印』こそ受けていませんが、これは……」
 敵とて無事では済んでいないものの――明確なダメージを稼ぎに行っているのが鏡禍一人程度であれば、その負傷の程度も知れている。
 ダメージは少なくない。パンドラを消費した者も居よう。けれど倒れることだけは未だなく――逆を言えば、其処までが彼らの限界であった。
「――――――役割が、」
 足りない。それを言い切るよりも早く、最早睦月を置き去りにした魔種が、救出班の最後尾に迫りくる。
「返していただきましょう」
 攫った一般人たちを、最早自らの所有物のように扱う魔種の商人は、無表情のまま呟いた。
「彼らは、私たちの行いの糧となるのですから」
 幾重にも掛けた首飾りが、双手にはめ込んだ過多な装飾の指輪が、言葉と共に励起した。


 ――依頼目標:達成。結界内に閉じ込められた一般人の内20名を確保。(正確には全員救出後、魔種による奪還を受けた模様)

「嫌だ。嫌だ。悪かったよ。なあ。逃げようとして悪かった……!」

 ――戦果:魔種の攻撃方法のうち、一定数の把握。四足獣型吸血鬼二体の討伐。

「いやだよう。おかあさん、おとうさん、行かないでよう、帰ってきてよう」

 ――また、結界はその儀式の完成により、中に居る者の生命力を完全な形で収奪、魔種へと還元させるものと推定された。

「たすけてください。何でもします。恋人も家族も居るんです。だから、だから……!!」

 ――救出に失敗した者の姿は、その後の偵察班の観測では確認できない。恐らく彼らは既に完成した儀式によって……

「皆様、何を恐れているのです?」



「ご安心を、皆様は私に殺されるのではありません。
 その命は私の血肉となり、延いてはそれこそが主の役に立つことに繋がるのです」
 特異運命座標達が去った後。魔種が結界に向けて指を弾く。
 真紅に染まった結界はぱちんと乾いた音を立てて消え。魔種はそれを満足そうに見届けていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

リカ・サキュバス(p3p001254)[重傷]
瘴気の王
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮

あとがき

ご参加、有難うございました。

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