シナリオ詳細
【水都風雲録】樹にされし民
オープニング
●九樹森、領主の拠点たる森にて
「一体何なんだ、これは!?」
イズマ・トーティス(p3p009471)が驚愕の声を上げたのも、無理はない。人面そのものが幹にある樹々、それが立ち並ぶ森などと言う光景を見て、冷静でいられる方が珍しいであろう。
幹の人面は老若男女様々であったが、浮かぶ表情は大きく二つ。一つは悲嘆、一つは諦観。そこに至った状況は不明ながらも、イズマは邪悪なる者の作為を感じ取った。
イズマ達神使に気付いた人面達は、縋るような視線を向けながら口々に、殺してくれ、あるいは助けてくれと懇願してくる。イズマは先を急ぐからと申し訳なさそうにその懇願を拒絶する一方で、人面達に何があったのか尋ねた。
「全ては、沙武(しゃぶ)に侵略されてからなんだ……」
そう、人面の一人と言うべきか、一つと言うべきかが語り始める。さらに他の人面達も、口を開き始めた。
ここ九樹森(くじゅしん)はその大部分が森に覆われ、植物の精霊種達を中心として住民達は平和に暮らしていた。だが、南の沙武からの侵略を受けて、その生活は一変。
住民達は望まぬ兵役か労役を強いられ、従わぬ者や働きの悪い者は次々と連れ去られた。
「沙武から来た領主は、『これからここで働いてもらう』と言ったわ。
そして、私達を森の樹々と融合させたの」
領主に「働いてもらう」と言われた意味を、人面達はすぐに理解した。この樹々に実っている紅い果実を、沙武の兵達が収穫していったからだ。それ以来、彼らは逃げることも死ぬことも出来ず、ただ果実を収穫されるだけの存在としてこの場に在り続けたと言う。
「――そんなの、ひどいよ!」
憤激のままに、ヒィロ=エヒト(p3p002503)が叫んだ。九樹森の領主のしていることの本質は、ヒィロの最も嫌う拉致監禁と何ら変わらない。無理矢理にここに連れてきた挙句、こんな形で自由を奪うとは! 到底、許しておけるものではなかった。
(つまり、沙武の兵站や経済はこの果実によっても支えられていた、と言うこと?)
ヒィロのパートナーである美咲・マクスウェル(p3p005192)も、この所業を許せないのは同様だ。だが、パートナーであるヒィロが先に激したこともあり、一緒に激するわけにはいかない美咲の心はスッと冷静になっていった。
その美咲は、この果実が沙武の中で如何利用されているかについて、当を得た推測をしていた。
「美咲さん! 真耶も、ここの領主も、殺そう!」
「そうね、ヒィロ――どちらも、生かしてはおけない」
ここに逃れてきた魔種神醍 真耶(かんだい まや)にも、こんな所業を為した九樹森の領主にも、ヒィロと美咲は憤っている。だが、その憤怒の表し方はほとんど真逆と言えた。ヒィロの怒り様は火山の噴火のように熱く激しく、美咲の怒り様は永久凍土のように冷たく静かなものだった。
ブチッ。緑色の肌の女が、幹にまだ幼い人面のある樹の果実をもぎ取った。
「痛っ!」
乱暴に果実をもぎ取られた痛みに、人面は悲鳴をあげた。だが、女はそれに全く動じることなく、果実をシャクシャクと食べていく。
その最中、一羽の小鳥が飛んできて女の肩に止まって、ぼそぼそとした声で人語を話した。
「ふぅん……そう。思ったより、早かったわね」
「……如何しました、お姉様?」
「お客様のお越し、よ。次は無いのは、わかっているわね? 真耶」
「――はい、お姉様」
もう一人の緑色の肌の女が、「お姉様」に話しかけた。「お姉様」は、お客様――神使がこの森の中に入ってきたことを真耶に告げる。それを聞いた真耶の表情が、瞬時に緊張感を伴ったものになった。
「お姉様」こと沙武四天王にして九樹森の領主である槍賀 咲綺(やりが さき)にとって、この事態は予測できたことではあった。水都(みなと)領主の朝豊 翠(あざぶ みどり)(p3n000207)を反転させるべく放った刺客の真耶が失敗し逃げ戻ってきた時点で、神使が真耶を追って九樹森に来るのは当然だ。
だが、せめて真耶が傷を癒やす時間がもう少しあれば――そうは思いつつも、それを表に出すことなく、咲綺は悠然と微笑んだ。
「ふふ――何時でも、いらっしゃい?」
- 【水都風雲録】樹にされし民Lv:40以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月31日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●受容しがたき非道
「この森は……あまりに酷すぎる。許せない……!」
声を絞り出すのもやっとと言う様子で『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が憤るのも、無理からぬ事だろう。
イズマ達がいる森は、人面そのものが幹にある樹々によって成り立っているのだ。その人面達が語るには、彼らは元々植物の精霊種でありこの地九樹森(くじゅしん)の住民であったが、侵略してきた沙武(しゃぶ)の領主槍賀 咲綺(やりが さき)によって、樹々と融合されたと言う。
「民を想う翠さんとは、真逆の所業……今すぐ絶ち切らねば、犠牲が増えるばかりだ」
翠とは、九樹森と同じく沙武の侵略を受けつつも神使の助力を得たことで膠着状態に持ち込んでいる水都(みなと)の領主朝豊 翠(みどり)(p3n000207)のことだ。九樹森の方は侵略先であるとは言え、領主の領民への対応としては、イズマが言うように真逆と言えた。
「人々を、樹と、融合させるだなんて……」
『希望の花』佐倉・望乃(p3p010720)もまた、眼前の光景に、咲綺の所業に、唖然としながら言った。善性が強く、ある意味「お人好し」と言える性質を持つ望乃にとって、この九樹森の、領主の拠点たる森での出来事は衝撃的だった。だが、それ故に。
「民の命を好き勝手にする領主の横暴を許してはおけません! ここで、終わりにしましょう」
確固たる意志と共に、望乃は言った。
「あの時の判断が間違っていたとは思わんが……」
『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)の言う「あの時の判断」とは、咲綺の右腕にして愛人である神醍 真耶(かんだい まや)が翠を呼び声で反転させようと刺客になった際、逃走を図る真耶をそのまま逃したことだ。真耶との戦闘を続けていれば翠が反転していた可能性が高かったため、その判断自体は確かに間違いではなかった。
「全く、人に迷惑しかかけない魔種だよ。ここで根元から、ばっさり断ち切らないとな!」
そう意気込みながら、錬は手にした式符を強く握りしめた。
「自らの領民にこんな仕打ちをするなんて、許せたものじゃないわね」
『高貴な責務』ルチア・アフラニア(p3p006865)もまた、憤懣まじりに言う。領主ならば、領民を幸福に導いてこそだろう。それが、無理矢理に労役を課しておいて、それに抗ったり働きが悪かったりすればこの所業とは!
「森に住んでるけど、これはさすがに……」
むしろ森に住んでいるだけに、『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)はこの森に対して引くものを感じているし、こんな森は勘弁願いたいものだと思う。
「――と言うわけで全力でぶん殴りに行くから、よろしく頼んだわよ。親友!」
「サポートは任せて、全力で行きなさい。親友」
オデットとルチアは、咲綺と真耶を前にして、そう言葉を交わし合った。
「え、君らこの樹に囲まれておいて、何も思わないの? 果物食うの? 平気なの?」
オデットと同様かそれ以上に、この森に対して酷く引くものを感じている『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)は、咲綺と真耶が平然と果実を口にしていることに唖然としながら問うた。
だが、そもそもこの樹々は咲綺が創りだしたものであり、真耶はその右腕だ。平気でなければ、このようなことをするはずがない。二人は、ただニヤリとした笑みを浮かべて、史之の問いを肯定した。
「……すごいセンスだな。巨蟹宮じゃないよね? 果樹園だよね、この森?
てかなんで、普通に普通の果樹を育てる方向へ行かなかったの? 土地が痩せすぎてるからなの?
領民という資源の無駄遣いもいいところじゃん?
こういうことしてるから、君らのお偉方は複製肉種に頼らなきゃいけないんじゃね?
領地経営見直した方がいいよ。忠臣の進言じゃあないけど、一言言いたくもなるね」
「ここの土地は、越えてるわよ。この地の全体が、森で覆われるぐらいにはね」
「領民という資源と言うなら、反抗的だったり働きの悪い領民はこうするのが、無駄遣いどころか有効活用ではなくて?」
「おかげで、普通に果樹を育てるよりも、たっぷりの実りに恵まれてるわ」
「……あ、そう」
続く史之の問いに、咲綺と真耶は変わらず平然として答えた。その回答に、史之はある種の話にならなさと、ふつふつと胸の中に沸き上がる何かを感じている。
元々一言言いたくなっただけで、領地経営を見直す機会を与えるつもりはない史之は、二人との会話を打ち切った。
(効率的ではあるのよね……外道の手法としては。領民の拘束・抑圧と生産を兼ね、管理の人員を最小限にできる。
けど、耐久型の魔種がこちらの手数を削る手勢も置かない)
『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)は史之と魔種二人との会話を聞きつつ、この森をそう分析した。だが、戦いの備えには隙があるとも感じている。
「頑張って足掻いてたのね。でもこれで終わりよ」
静かに、美咲が告げた。
その美咲の隣では、『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)が強烈な、純然たる殺意を咲綺と真耶に対して抱いていた。真耶が翠への刺客となった際、ヒィロが懇意にしている商人外村 伝衛門(とむら でんえもん)が真耶によって複製肉腫にされ、利用されている。それだけでも、真耶の所業は万死に値する。
その真耶を追って九樹森に来たら、このような光景を目の当たりにしたとなれば、ヒィロの殺意が天を衝かんばかりになるのも当然と言えた。
●分断戦術
望乃による保護結界が展開され、戦闘の巻き添えから樹々が護られたのを確認すると、イレギュラーズ達は咲綺と真耶に仕掛けた。
「死ね!!!!!!」
溢れんばかりの殺意を吐露しながら緑色の瞳を輝かせ、ヒィロは真耶を睨み付けた。その視線に、真耶も敵意を込めた視線をヒィロに向ける。守勢に長けた真耶の意志力は決して弱いものではなかったが、ヒィロの憤怒と殺意はその意志力さえも蹂躙しねじ伏せた。
「よくやったわ、ヒィロ! あっちに、お願い!」
すかさず、美咲が真耶との距離を詰めて大喝を放ち、ヒィロに誘導を指示した方向へと真耶を弾き飛ばす。
「ご主人様に頼る以外に、私たちへの対策は考えた? 私は、したよ」
さらに美咲は、その虹色の瞳で真耶と周辺の事象を視る。そして、内なる闘気によって焔を纏った包丁で、その境界線を次々と斬り分けていった。
「ぐああっ!」
美咲の問いに、真耶は答えられず顔を歪めた。以前受けた傷を癒やすだけで――それでも、癒やし切れていなかったのだが――精一杯で、真耶はそれどころではなかった。が、それはすぐに苦悶の表情に変わる。包丁の刀身自体で身体を斬り裂かれ、刀身を纏う焔が身体に引火したからだ。
真耶はヒィロとの距離を詰めると、自身の周囲に無数の黒い薔薇の花弁を舞わせた。その花弁は、獰猛な肉食魚の群れのようにヒィロを襲う。だが、ヒィロは次々と纏わりつく花弁を回避しきった。
咲綺は弾き飛ばされた真耶と合流すると、真耶の精神を沈静化させる。だが、咲綺が真耶の側でその精神を鎮められたのは、これが最後だった。
「今度は逃がさないぜ。胸糞悪い真似して実利も得られず、徒花として散れよな!」
錬が式符から鍛造した、陰る太陽を写す魔鏡が、真耶へと向けられる。その鏡像を暗黒の雫が覆い潰していくと、運命を漆黒に塗り潰された真耶が生命力を削り取られ、悶え苦しんだ。
「樹にされた人々を、元に戻す方法はないんですか!?」
「無いわね。ここの住民は植物と親和性が高いから、完全に同化しちゃってるもの」
「それに、仮にあったとしても、素直に教えると思う? 私達を討ちに来ている相手に?
ここから立ち去って、私達に手出しをしないと誓ってくれるなら、別だけどね?」
望乃の懇願に近い問いに、咲綺と真耶は嘲笑混じりに答えた。その返答に、ぐっと望乃は歯を噛みしめる。咲綺と真耶に手出しをしないと誓約するなど、出来るわけがない。
「それなら――」
望乃は、咲綺と真耶に邪悪を灼く聖光を浴びせた。破邪の光は咲綺と真耶の身体を、殊の外よく灼いた。そうなったのは、この二人がそれだけ邪悪だからなのではとさえ、望乃は思った。
「もう、合流なんてさせないんだから!」
「今度こそ、しっかり引き離すよ!」
望乃への咲綺と真耶の態度に、ルチアもオデットも、この二人は何としてでもここで討たねばならないと痛感した。そのためにも、再度この二人を引き離して、二度と合流させないようにする必要がある。
ルチアが掌底を叩き付け、その衝撃で真耶が咲綺の側から弾き飛ばされたところに、オデットが真耶をさらに遠くへと弾き飛ばすべく蒼い衝撃波を放つ。蒼い衝撃波を鳩尾にまともに受けた真耶は、その衝撃に苦悶しつつ弾き飛ばされ、合流したばかりの咲綺と再び引き離された。
「どうでもいいけど、君のその技ってピラニアン……」
真耶との距離を詰めた、史之が問う。だが、その問いは混沌に漂う謎の力によって、「それ以上はいけない」と言わんばかりに遮られた。もっとも、史之としてもこの問い自体は真剣にどうでもよく、ただ言いたかっただけだが。
気を取り直した史之は大喝を放ち、さらに真耶を咲綺とは反対方向に弾き飛ばした。
「俺の相手をしてもらうよ、人でなし。真那の方に行きたいなら、俺を倒してみな?」
イズマは真耶に背を向ける位置を取ると、咲綺に向けて細剣『メロディア・コンダクター』をヒュッと突き出した。その刀身から放たれた衝撃波が咲綺の胸に突き刺さり、その身体を突き飛ばしていく。ギロリと、憤怒を込めた視線がイズマに向けられた。
「抑えるだけじゃ手緩い。命を削り合おうか!」
突き飛ばされた咲綺に追いつくと、イズマは闘志のままに咆えながら、メロディア・コンダクターに焔を纏わせた。そして、咲綺を突く。
「うあああっ!」
刀身の焔が引火して火に包まれた咲綺に、植物には炎がお似合いだとイズマは思った。
●真耶の最期、咲綺の最期
イレギュラーズは、咲綺と真耶と戦うにあたって、二人を徹底して分断する戦術に出た。それが功を奏し、最初こそ合流されてしまったものの、咲綺も真耶も互いに合流できずに孤立する。さらにイズマと望乃を除いた六人が真耶に集中した以上、以前の戦闘の傷が癒えきっていない真耶が耐えられるはずもない。
「ここがお前の墓場だよ。死に朽ち果てて、果樹さん達の養分になっちゃえ!」
ヒィロは、既に虫の息の真耶の敵意を自身に向けさせた。その瞬間は、美咲が攻撃する隙となる。無防備となった真耶を虹色の瞳で「視」た美咲の包丁が、真耶の生命そのものを断った。
「お姉、様……」
「あっちの魔種もすぐぶっ殺してやるから、先に地獄で待ってなよ!」
斃れゆく真耶に、ヒィロは言った。
真耶を斃した六人は、咲綺と戦うイズマと、イズマを癒やす望乃と合流した。イズマは浅からぬ傷を負っており、望乃の癒やしがなければ既に倒れていてもおかしくはなかった。
八人を相手にすることになった咲綺は、攻撃手段を大身槍から、森の樹々を素材にして生やす槍へと切り替えた。一斉に全員を攻撃しようとしたこともあり、狙いは甘くはなってはいたものの、それはあくまで魔種にしては、の話だ。神使達は程度に差はあれども傷を負わされ、中でも美咲とオデットは深手を負わされていた。
「槍の起点にされるって事は、その時は分かるんだろ? 沙武から必ず解放するから手伝ってくれ!」
そう錬は樹々に訴えかけ、樹々達としても神使達に協力したい様子ではあった。しかし、起点にされたと感じて樹々達が声を上げようとすると同時に、樹木の槍は神使達に伸びていた。
一方、八人を相手にし、しかもその中に自身が受けた傷をそれ以上に攻撃の威力に換えてくるイズマがいるとなれば、咲綺もまた潤沢だった生命力を削り取られ、深手を負わされた。
(親友は、絶対にやらせないわ)
ルチアは、樹木の槍からオデットを護りに入っていた。ルチアがこうして盾となっていなければ、オデットは樹木の槍によって既に力尽きていたことだろう。オデットを癒やしに回る余裕は無いが、サポートは任せろと言った以上、何としてもオデットを護り抜くと言う堅固な意志がそこにはあった。
(……最後まで、イズマさんを倒させはしません)
既に傷が深く、何時可能性の力を費やすことになってもおかしくないイズマを、望乃は天使の救済の如き癒やしで回復する。幾分か傷が癒えて楽になった様子で、イズマは望乃に礼を述べた。
既に虫の息と言った態の咲綺は、最期の力を振り絞り、樹木の槍を放った。が、誰を倒すにも至らない。もっとも、これはルチアによる護りと、望乃による癒やしがあってこそだ。そうでなければ、オデットもイズマも可能性の力を費やさねば立っていられなかっただろう。特にイズマは、そうなるまで紙一重だった。だが一方で、この一撃で望乃が深手を負ってしまった。
「金克木――もう一人の後を、追わせてやるよ」
「ぐあああっ!」
錬は、式符から五行相克を象った斧を鍛造すると、その循環により発生した魔力と共に斧の刃を全力で叩き付けた。ザックリと斧の刃が咲綺の胸から腹にかけてを大きく斬り裂き、刃に宿る魔力がその細部を責め苛んだ。
「次は、もっとまともな領主になれるといいね。いや、そもそも生まれ変わること自体、出来ないかな?」
「あっ、うあっ!」
畳みかけるように、史之が咲綺の顔をガシリと鷲掴みにする。そして、ギチギチと握りしめるかのように顔の外側に指を突き立てつつ、掌から立て続けに斥力を放った。紅いプラズマが咲綺の顔面で飛び散ると共に、斥力によって咲綺の顔はグチャグチャに潰れた。
「所詮お前たちの愛は、美咲さんとボクの深ーーい愛にはかなわなかった……。
大したことない愛だったってことだね。アハハハハハハハハハッ!」
真耶の返り血に染まった自身の姿を見せ付けながら、ヒィロは咲綺の敵意を煽った。咲綺は今回もヒィロに乗せられ、敵意をヒィロに向けた。真耶の返り血に身を染めて、真耶との情愛を嘲ってくるヒィロの煽りは、咲綺にとって効果覿面だった。隙を衝いて次に美咲の攻撃が来るとわかっていても、咲綺はヒィロに敵意を向けずにはいられなかった。
「二人一緒に、地獄で仲良くなさい」
美咲は包丁に焔を纏わせつつ、虹色の目で咲綺を視ながら、視界に映る事象の境界線に沿ってなぞるように包丁を走らせた。咲綺の身体には包丁で付けたとは思えないような深い傷が刻まれたかと思えば、その傷はすぐにジュウ、と炎で焼かれた。咲綺の身体は、さらに炎で包まれていく。
「うああああっ!」
「あと少しだけ、届かなかったみたいね」
咲綺の生命そのものを断ち切ったつもりであったが、完全に断ち切れていなかったことに、美咲はやや残念そうな顔をした。だが、油断こそ出来ないがもう早いか遅いかの違いでしかない。
「しぶといわね……これで、どうかしら!?」
咲綺を見据えながら、オデットは掌上に小さな、小さな太陽を生み出した。そして、掌底を叩き付ける要領でその太陽を咲綺の腹部に押しつける。
「ああああああっ!」
本来のものとは比べものにならないほど小さいとは言え、燃え盛る太陽の高温が、咲綺の身体を灼いて血を、体液を蒸発させていく。カラン、と咲綺の持っていた大身槍が、地面の上に落ちた。もう、槍を持つだけの余力さえも咲綺には残っていない。
「……命の削り合いは、俺達の勝ちだ!」
大身槍に、そして樹木の槍によって満身創痍となっているイズマは、メロディア・コンダクターを咲綺の頭目掛けて突き出した。イズマの受けている傷以上のダメージを一度に与える威力を持つ刺突が、咲綺の頭を貫き通す。ぐてり、と咲綺の身体から力が抜けていくと、メロディア・コンダクターの刀身から咲綺の頭が滑り落ち、そのまま咲綺は地に伏した。
●精霊種達の選択
樹にされた精霊種達は、咲綺と真耶を斃した神使達に、殺してくれ、あるいは助けてくれと懇願してきた。懇願されたからと言って精霊種達を殺したいとは思えない神使達は、殺すのを望んだ樹々に、今は無理でも助ける方法を探るから待ってくれないかと説いた。
殺してくれと言ってきた精霊種達の半ば以上は、神使達の言葉に希望を抱いて翻意した。だが、長い者で二年近くと言う歳月は、翻意しなかった精霊種達の精神に絶望を深く刻んでいた。
森の樹々の全体のうち二割は、神使達の説得を聞いた上でも死を選び、残りの八割は希望を持って神使達の救出を待つことにした。後に錬とオデットは、精霊種達を元通りに樹から分離するのは無理だとしても、精霊種達の魂を器として用意した素体に移し替えれば自由だけは与えられるのではないかと言う思考に至った。だが、これを以て救出と言えるのか、この手段で救出してよいのかは、二人にとっても、他の神使達にとっても、悩ましいところだった。
咲綺と真耶が斃れたことで、九樹森は沙武の支配から解放され独立した。これによって、沙武は二つの打撃を受けた。一つは、食糧の生産拠点を喪ったこと。そしてもう一つは、外部との交易路を完全に喪ったことだ。九樹森の喪失を契機として、沙武の国力は衰退に向かい始めていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。咲綺と真耶は斃され、九樹森は沙武の支配から解放されました。
ここまで徹底して、【飛】と【怒り】を駆使して咲綺と真耶を分断して来るとは、想定していませんでした。お美事でした。
MVPは、咲綺側で合流を阻んだイズマさんを支えたのと、保護結界で樹々を戦闘の巻き添えから護ったのをポイントとして、望乃さんにお贈りします。望乃さんによる回復がなければ、イズマさんが耐えきれずに、徹底した分断と言う戦術は破綻していたかもしれません。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。
今回は拙シリーズ【水都風雲録】のシナリオをお送りします。
水都の領主翠を反転させようとした沙武の刺客、真耶は、沙武北方の九樹森へと逃れていきました。九樹森には、真耶だけではなく領主にして沙武四天王である咲綺もいます。
咲綺と真耶、二人の魔種を討伐して下さい。
●成功条件
咲綺、真耶、両方の死亡
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
九樹森、咲綺と真耶が拠点にしている森。二人に仕掛ける時間帯はイレギュラーズ側の任意。
精霊種が融合させられている樹々が立ち並んでいるため、中距離以遠の遠距離攻撃は攻撃時の距離に応じて命中の判定にマイナス補正がかかります。
また、夜に仕掛ける場合、暗視や照明といった視覚を補う手段が無いと、命中と回避の判定にマイナス補正がかかります。
●初期配置
咲綺と真耶は、二人一緒にいます。
イレギュラーズは、その二人から直線距離で30メートル以遠にいます。
密集しているか散開しているかは自由に決めて構いませんが、咲綺と真耶を挟撃できるような位置取りは出来ないものとします。
●槍賀 咲綺 ✕1
沙武四天王にして九樹森の領主である、色欲の魔種です。元は植物の精霊種。
九樹森の精霊種達を森の樹々に融合させた張本人でもあります。
ステータスとしては耐久型ではありますが、全体的に能力は高く、攻撃力も油断できない領域にあります。
・攻撃能力など
大身槍 物至範 【変幻】【邪道】【鬼道】【出血】系BS複数【毒】系BS複数
絡みつく蔓 物/至~遠/域 【識別】【多重影】【変幻】【連】【追撃】【鬼道】【足止】系BS複数【封印】
樹木槍 物特特 【識別】【変幻】【出血】系BS複数【毒】系BS複数
精霊種達が融合させられた樹々から樹木の槍を生やさせ、敵を貫かせます。
射程は戦場全域、範囲は単体から戦場全体まで可変です。範囲が拡大していくにつれて、命中率は落ちます。
また、攻撃の起点が咲綺ではなく敵に最も近い樹であるため、距離に応じた命中へのマイナス修正は発生しません。
鎮静術 神自域 【副】【識別】【治癒】BS回復
BS緩和(【火炎】系BSを除く)
【封殺】耐性(大)
【毒】系BS無効
再生(大)
連鎖行動:対象は真耶
●神醍 真耶 ✕1
『【水都風雲録】チョコを献上 領主を変容』で、新たな沙武四天王の座を狙い、翠を魔種堕ちさせようとした色欲の魔種です。咲綺の右腕にして愛人でもあります。元は植物の精霊種。
攻撃力はそれほど高くありませんが、高防御技術、高抵抗、高EXF、それに加えて魔種の中においても高い生命力と言う、耐久型のステータスをしています。しかし、『【水都風雲録】チョコを献上 領主を変容』で受けた傷が癒えきっていないため、生命力は本来のおよそ半分程まで減少しています。
・攻撃能力など
茨の鞭 物至範 【変幻】【邪道】【鬼道】【出血】系BS複数【毒】系BS複数
鮮血の薔薇 物/中~超/単 【必殺】【防無】【疫病】【出血】系BS複数【毒】系BS複数
白い花弁の薔薇を投げつけます。その茎は如何なる鎧も貫いて敵に突き刺さり、その血を吸い上げて花弁を紅く変じます。
使用回数に制限がある一方で、極めて高い命中補正を持っています。
投擲技かつ零距離投擲が不可能な技であるため、至近は対象に出来ません。
舞い散る黒薔薇 神/近~超/域 【識別】【多重影】【変幻】【邪道】【鬼道】【出血】系BS複数【毒】系BS複数
無数の黒い薔薇の花弁を舞わせます。その花弁は、周囲にいる者にピラニアのように襲い掛かり、その身体を傷つけていきます。
BS緩和(【火炎】系BSを除く)
【封殺】耐性(大)
【毒】系BS無効
再生(大)
甘い花の香り
真耶からは甘い花の香気が放たれています。そのため、真耶から近距離以内にいる者は、毎ターン最初に特殊抵抗の判定を行う必要があります。
この特殊抵抗判定に失敗した場合、そのターンの間は香気によって眠気を誘われ身体の動きが鈍くなってしまい、命中と回避にペナルティーを受けてしまいます。
この効果は【呪い】つきのBSとして扱われます。そのため、BS無効で無効化したりBS緩和で軽減したりすることが可能です。
※「鮮血の薔薇」と「舞い散る黒薔薇」については、ファンレターで頂いたご指摘を受けて『【水都風雲録】チョコを献上 領主を変容』から射程関連のデータを変更しています。そちらにも参加された方は、ご注意下さい。
「鮮血の薔薇」については技のイメージを優先した上で至近は不可として射程を中以遠に変更し、「鮮血の薔薇」のイメージに引っ張られて前回至近で使いそびれた「舞い散る黒薔薇」は今回は至近距離でも普通に使ってきます。
●森の樹々に融合させられた精霊種達
九樹森の元々の住民達です。その多くは、植物の精霊種でした。
沙武による侵攻を受けた後、咲綺によって老若男女を問わず、何らかの理由で森の樹々と融合させられています。
この樹に実っている紅い果実は、沙武軍の糧食を支えると共に、沙武領の経済を潤す特産品でもあります。
精霊種と樹を分離させて、精霊種を救出する術はありません。
樹が何らかの理由で枯死した場合、融合させられている精霊種達も死亡します。
イレギュラーズ達を攻撃してくることはありませんが、咲綺の樹木槍の素材かつ起点として利用されます。
●【水都風雲録】とは
豊穣の地方では、各地の大名や豪族による覇権を巡っての争いが始まりました。
【水都風雲録】は水都領を巡るそうした戦乱をテーマにした、不定期かつ継続的に運営していく予定の単発シナリオのシリーズとなります。
単発シナリオのシリーズですから、前回をご存じない方もお気軽にご参加頂ければと思います。
・これまでの、【水都風雲録】関連シナリオ(経緯を詳しく知りたい方向けです。基本的に読む必要はありません)
『【水都風雲録】悲嘆を越え、責を負い』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5350
『【水都風雲録】敵は朝豊にあり!』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5958
『【水都風雲録】敗残の四天王、民を肉腫と為して』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6550
『【水都風雲録】クリスマスの民 苦しますは闇』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7122
『<潮騒のヴェンタータ>一角獣の鎧の少女』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8158
『住まうは醍葉 救うは西瓜』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8242
『<竜想エリタージュ>運ぶは西瓜 狙うは鯨』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8357
『【水都風雲録】沙武の礎』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/9055
『【水都風雲録】チョコを献上 領主を変容』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/9161
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
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