シナリオ詳細
<カマルへの道程>月下美人は月に歌う
オープニング
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さらさらと風に砂が転んで髪を撫でる。
黒とも青ともいえる夜色の大地、遠く見えるゾッとするほどに大きな月が昏き砂漠を照らしている。
はるか遠くにある宮殿はいつか辿り着くべき月の都。
成り損ないの廃棄物は苦しみながら――あるいはそれすらも感じる理性を失って寄る辺なく彷徨っているか。
その一角に大量の花弁が敷き詰められていた。
美しき花弁の海に横たわるのは竜にも似た何か――晶竜と呼ばれるキマイラじみた存在。
背中や胴部には水晶の棘が覗き、幾つかの痛々しい傷跡も見えるか。
中でも気になるのは、首筋であろう。
「あぁ――あぁ、なんて……なんてかわいそうなこと……」
そこで女は呟いていた。
そう、と触れたのは美しき結晶。
紅色に輝く結晶の近くには、鋭く入った太刀筋が1つ。
『グゥ――グゥ――ガ――ァ』
浅い息を繰り返す晶竜は身を捩る余力もないのか喉から潰れたように声を出す。
「かわいそうな貴方、こんなところで朽ち果てて行くというの……あぁ、なんてかわいそう」
愛おしそうに、切なそうに悲しそうに『笑う』――その笑みは堪え切れないとでもいうかのように弧を描く。
「――でも、大丈夫よ。私が祝福してあげるわ。私は貴方達を祝福してあげるわ」
そう言って女が取り出したのは、大きな紅色の結晶だった。
それは晶竜に埋め込まれた物よりもやや小ぶりであったが、全く同質の――紅血晶と呼ばれるもの。
熟れた紅玉かと思いきや柘榴のような美しさに、宵闇のような光をも湛えた美しい宝石にして、手にした物を変貌させる代物。
それを、女は晶竜の傷口へと押し込んでいく。
『グゥゥギャァァアアアァアァァア!!!!』
それは、絶叫と呼ぶにふさわしい、悲鳴であった。
「――あは、あはは、あはははははは!」
女は狂ったように――いや『ように』ではなく、狂い嗤っている。
●
「うぅむ、これは……最悪の推測が正解だったようですね……」
「目算で半径10mってところか。確かにこれならあの晶竜でも通り抜けることが出来そうだねぇ」
眼鏡を掛けた人間種の男性、ハンナが言えば、シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)もそれに頷いた。
2人の視線の先には砂漠に開いた大穴が1つ。
盆地のようにくぼんだ砂漠に自ずから輝く『転移陣』は『古宮カーマルーマ』にて見られる転移陣に他なるまい。
2人――というよりシキはグラオ・クローネのその日に遭遇した晶竜の事を追っていた。
取り逃した獲物とばかりにその日に協力関係だった傭兵団『夜の導き』もまた追っていたらしく情報共有をしたのだ。
「あの晶竜はいつどのタイミングからあのサイズだったのでしょう。
――もしも、『古宮カーマルーマ』にある転移陣をくぐる前から『あぁ』だったのなら。
これは最悪なのですが、『どこかに4~5mサイズの竜種を模した怪物が素通りできる転移陣がある』ことになるのではないでしょうか」
――そう懸念したハンナの予想通りであった。
「シキさん、一度戻るべきです。我々も体勢を立て直してから向かった方がいいですから」
「そうだねぇ」
頷いたシキが踵を返す寸前、どこからかあの晶竜の絶叫が轟いた――気がして振り返る。
けれど、そこには何もなかった。
●
月は尽きることなく夜の空を描いている。
幾つかの星々の輝きさえも掻き消してしまうような異質な月明かりを戴く月の王国。
「――わお、聞いてた通りだね。まさかホントにこんな空間が広がってるなんて」
「イルザもハンナ達も気を付けて。晶竜もだけど、吸血鬼や晶獣もいる」
シキがイルザへと声をかければ、一緒に陣を通り抜けたハンナとイルザが頷く。
「……すんすん、この匂い、あの子に一太刀を浴びせたのは貴女かしら?」
刹那、シキの身体にぞわりとした悪寒が駆け抜けた。
思わず前へ跳ぶように退避すれば、そこには犬歯を月に見せる1人の女。
「だとしたら、あの子を追ってきたのかしら? うふふ。あの子のならもうここにはいないわよ?
それに……傭兵もいるみたいね。これは陣を奪われないためにも応戦する方が良いわね?」
そう言って笑い――女が殺意を向けてくる。
「――あぁ、次いでだわ。あの子の血肉から作ったこの子達も、お相手もらえる?」
そう言って、パチンと女が手を鳴らし、空から小型の竜を模した何かが降り立った。
- <カマルへの道程>月下美人は月に歌う完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月03日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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作り出された砂漠の国で月光は満ちている。
「晶竜の子を追ってきたら吸血鬼にお目見えできるなんてね」
愛剣を抜いた『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は女へと向き合い呟いた。
「ふふ、サプライズになったかしら? なんて。
私もあの子に一太刀を入れた人に会えるなんて思ってもみなかったわ。
自己紹介をしておきましょう、私はマリアンネ――貴女は?」
嫣然と笑ったマリアンネが首を傾ぐ。
「……シキ」
「そう、よろしくねシキさん」
「こちらとしては一旦引きたかったところでしたが、出合い頭に臨戦態勢に入られてしまっては致し方ありません。
降りかかる火の粉は払います。禍根にならぬよう、徹底的に」
そういうのは『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)である。
「そう、それならこちらも同じように徹底的に叩き潰してあげるわ」
その瞳に水晶の如く青を抱き告げれば、マリアンネが笑みを作り。
「……貴女は、貴女達は、命をなんだと思ってるの!」
怒気の籠められた声色で『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はマリアンネに視線を向ける。
杖を握る手には力が入り、魔力が籠って淡い色彩を帯びる。
対するマリアンネは意味深に笑みを作るばかり。
「貴女もなってみたらわかるかもしれないわ――なんて言おうと思ったけれど。
ふふ、もう誰かの御手付きみたいね?」
そうと彼女が触れたのはアレクシアに刻まれた烙印の位置を示すように。
「身勝手ですね。いけませんよ、命をなんだと思っているのですか?
不快です。僕の前から消えてください」
神秘性を高めていく『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)は不快感を露わにするものだ。
「ふ、ふふ、あははっ。随分と直球なのね」
「ええ、僕もたいがい、身勝手ですので。いい勝負でしょう?」
「――えぇ、そうね。全くもってその通りだわ!」
「吸血鬼、なったほうがオトクかどうか実戦で試させてもらう!」
そう言うのは『タコ助の母』岩倉・鈴音(p3p006119)である。
「ふふ、なら、たっぷりと教えてあげるわ。大丈夫――怖くも痛くもしないもの! あはっ!」
声をあげて笑った刹那、マリアンネの周囲に魔法陣が展開していく。
「折角の美しい風景ですが、眺めている余裕は無さそうですね……」
空に浮かぶ満月と、遥かなる王宮、照らされる砂漠の色を眺めた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)は臨戦態勢を取った吸血鬼を見やり愛刀を払う。
「ここで易々と倒される訳にはいかない。立ち塞がるのなら、斬って進むのみ!」
「あははっ、奇遇ね、私もそう簡単に倒されるつもりはないわ?」
マリアンネが獰猛さを滲ませる笑みを浮かべた。
「ニルは、紅血晶がいやです」
ぎゅっと愛杖を握り締めた『あたたかな声』ニル(p3p009185)が言う。
「あら、どうして? あんなにも美しい宝石なのに?」
笑みを消したマリアンネが、不思議そうに首を傾ぐ。
「……かなしいことをする宝石がいやです。かなしいのは、いやなのです。
だから、ニルは、いっぱいいっぱいがんばります」
「あはっ、愛らしい勇気ね」
艶っぽい笑みを浮かべ、吸血鬼が笑っているのを見た。
●
「皆さん、持ってきた松明をお願いします!」
月明かりに照らされつつも少しばかり暗い戦場で、瑠璃は声をあげた。
合図に従うように、戦場へ一斉に松明の灯が灯る。
これである程度の視界は大丈夫だろう。
傭兵達への指示を飛ばした瑠璃は転移陣への細工を試みた。
しかしながら既に会敵する中で行なうには時間が無かった。
「……仕方ありませんね」
一つ息を入れて、水晶浄眼が見据えるは動き出した偽命体たち。
持ってきたシャープペンをありったけぶん投げれば、ただのペンも投擲武具へと生まれ変わる。
続くようにルーキスが駆けだした。
「時間はかけられないか、ならば」
両手に握りしめた愛刀の走る先は瑠璃の先制に傷を受けた偽命体たち。
乱撃が数多の流血を刻み、短命なる模造されし命が数多散っていく。
月光に照らされて滑る美しき双刀の閃光が砂漠に踊り終われば、そのまま連撃を切り開いていく。
(烙印がどうやってつくのか、分かるまではマリアンネの接近はゆるさねーぞ!)
心に決めた鈴音は後方より号令を発するべく声をあげる。
「確実に攻撃を通すためには……やっぱり先に面倒な偽命体をなんとかせにゃイカン」
それは味方を鼓舞し、名もなき兵士達を英雄へと変える攻勢の大号令。
傭兵達の落ち着きが心なしか増したように見える。
「ニルに、力を貸してほしいです……!」
ニルは愛杖に祈るように告げる。
アメトリンのあしらわれた短杖はそれに答えるように温かな光を放つ。
コアが熱を帯びて魔力を作り、天へと干渉する。
ニルの願いを阻む者を追い払うように、ぽっかりと開いた穴から泥が零れ落ちた。
それは偽命体を押し流すように飲み込んでいく。
(吸血鬼……旅人ではなく混沌生まれの? 初めて見たな。
だが残念ながら俺達の味方ではないようだな)
始めてみる存在に『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は思う。
「色々と教えてほしいが、そう簡単に答えてはくれないのだろう?
ならばこの場を起点に暴くのみ。相手になろう。その転移陣、渡してもらうぞ」
波を打たせるように振るうメロディア・コンダクターが響かせた音色は動き出したばかりの晶獣に浸透していく。
さざめく夜の旋律を受けた晶獣たちの顔が何体かこちらを見て、彼らの咆哮が轟いた。
「シキ君! あの人のことは任せるよ!」
ヴィリディフローラの色彩はアレクシアの魔力に応じるように出力を大いに増していく。
「任せて。私も聞きたいことがあるから!」
魔力で編まれた純白の花がシキの周囲へと魔力障壁となって張り巡らされていく。
「……彼女を止めるためにも、まずはあの子達をなんとかしないと」
黒薔薇のような魔力が揺蕩う中、アレクシアは偽命体へと視線を向ける。
「マリアンネ、あの子はどこだい?」
シキはマリアンネへと肉薄するや問う。
「あの子?」
「小さい晶竜たちがあの子の一部だというけれど、どういうこと?
罪なき命に紅血晶を埋め込んで。君はあの子を何にしたの……?」
「あはっ、そういうこと。
一太刀入れて取り逃したから追ってきたのだと思ってたけれど、どうにも違うみたいね」
「――あの子に、何をしたの!」
踏み込む一歩、苦しむように暴れる晶竜を思い起こせば、力が入っていた。
「言葉のままの意味よ。貴方達の攻撃であの子の身体はボロボロ。
使い物にならない取れかけた部分なんて、もうあっても意味はないでしょう?」
笑うマリアンネの声は悪意を帯びていた。
「でも大丈夫よ、また合わせてあげるわ。もっともっと苦しんでるかもしれないけれど!」
月下の砂漠に拍手が一つ。
独特な音色と共に飛び出した術式がマリアンネの身体を封じ込めるべく起動する。
「動けないでしょう? あなたのようなタイプにならより効果的なはずです」
「そうね、厄介な術式だわ」
動きを封じられたはずのマリアンネはそれでも健在の様子を見せる。
●
瑠璃は戦場を観察していた。
偽命体の数は確実に減りつつある。順調に進んでいると言っていいだろうか。
(あとは傭兵に任せてもなんとかなりそうですが、押し切りましょう)
未熟な未来視が描く戦場の行く末、瑠璃はシャーペンでペン回しを1度。
独特なスナップを効かせ投擲したシャーペンは戦場を翔け、不可避の魔弾となり晶獣の1体へと突き立った。
翻っては再び偽命体へと鋼の驟雨を描く。
鮮やかな軌跡を描いた小型の竜にも似た晶獣の一閃を鈴音は盾を構えて受け止める。
絶対的にして果敢なる鉄帝国の守りを示すが如き大盾は晶獣を相手にも健在だ。
「やられたら魔術書の角でやりかえせ! 戦術は上がりきったレベルで物理や!!」
そんな鈴音の声に応じるように、傭兵達の攻撃が晶獣に向けて撃ち込まれていく。
そこへ続くように肉薄するのはニルも同じだ。
(やっぱり硬そうなのです……)
手に握るミラベル・ワンドが激しい光を放つ。
ニルの温かな想いと呼応するようにして輝きを増す美しきアメトリン。
「もう少し待っててほしいのです……お休みの時間ですよ」
循環する魔力をアメトリンに注ぎ込み、晶獣めがけて叩きつけた。
「貴女達には罪はないのかもしれないけど、次の犠牲者を出すわけにはいかないんだ!」
ヴィリディフローラの輝きはアレクシアの覚悟をのせて彩りを得る。
黒薔薇にも似た花びらは戦場を侵すように広がり、足を取られた敵に致命的な不運を呼び起こす。
戦場に竜にも似たけれどそれとは明らかに違う方向が響き渡る。
それらは痛みに悶えるようにも、怒りに満ちているようにも嘆いているようにも感じられた。
それを一身に受けるイズマは剛剣に纏う魔力を幾重にも収束する。
「――グラツィオーソ!」
高密度な魔力を叩きつけるように振り払えば、晶獣たちへと優美なるメロディが響き渡る。
ぎらりと銀色の鉤爪が月光に輝いた。
●
戦いは続いた。
多少の長引いている面もあったが、豊富かつ安定した支援は長引く戦場を支え切ったと言える。
瑠璃はふとマリアンネを見やる。
「これで残りは貴女ですが」
瑠璃は美しきルビーのような瞳から転じた未来視の瞳は吸血鬼の未来を看取る。
「そのようね」
静かに戦場を見るマリアンネは少しばかり目を細めて笑みを浮かべている。
(どこまでも余裕を見せていますが……奥の手でもあるのでしょうか)
わずかな動き、瑠璃はシャープペンを彼女目掛けて投げた。
鋭く駆けるただのペンは矢の如く飛翔すれば、強かな一撃となって吸血鬼の首筋へと突き立った。
鮮やかなる花弁が砂漠を濡らす。
「ニルは、かなしいことはいやなのです。
だから、かなしいことをつくるマリアンネ様もいやです」
握りしめた愛杖に導かれるようにニルは魔力の出力を上げる。
高い水準で世界と繋がりを持てば四象を呼び起こす。
四方を司る権能は極小な規模で顕現し、マリアンネへと襲いかかる。
燃え盛り、凍てつく二律背反は混乱を呼び、その在り方に不運を呼ぶはずだ。
マリアンネを抑えるシキの補佐はアレクシアの役目だ。
魔種の如き力を有する吸血鬼の猛攻がもたらす炎、毒性、氷はそれそのものはアレクシアの張り巡らせた結界の効果もあり無意味と化している。
「花の魔女、貴女の使う魔法が厄介なことは分かったわ。でも、やりようは他にもあるわね」
呪詛めいたおどろおどろしい魔力を纏い、マリアンネが魔術を放つ。
「貴女が何をしてこようと、シキ君を支えてみせる!」
ヴィリディフローラが薄紅色の輝きを得れば。
「なら、貴女達と私、どちらが押し切れるか勝負と行こうかしら!」
悪辣な笑みと共にそう言ったマリアンネの出力が上がっていく。
相対するシキは愛刀を振るいながら一閃を結ぶ。
確かに紡がれた軌跡が吸血鬼から生命力を奪い取る。
「また会えると、言ったね。もっと苦しめるとも言った。
どういうことなの? あの子に、何をしたの……!」
それはエゴだと分かっていた。
分かっていたけれど、苦しそうに暴れていた晶竜を、あのこをどうにかしてやりたい。
その思いに従いたかった。
「ふふ、そんなに知りたいのなら着いてくれば分かるわ――と言いたかったのだけど」
マリアンネがシキを改めてみて、肩を竦めた。
「残念、貴女ももう他の子の御手付きなのね」
その視線はきっと、この身に刻まれた烙印を見つめている。
「だから少しだけ教えてあげるわ。今、あの子は苦しんでる。
紅血晶に侵され、壊れて行く痛みと恐怖にね。
ふふふ、あぁ、全く! いつまでもつのかしら!」
「他者の命を弄ぶその行為、見逃すわけにはいかない!」
頃合いを見計らい、マリアンネへ肉薄するはルーキスである。青のマントを翻して跳ぶように駆けた武人が撃つは師より学びし毒の刀技。
愛刀に籠められた闘志は翻って敵への毒となるか。流麗な軌跡は受ければ魅入られる可能性もあろう。
けれど、マリアンネは笑うばかり。
「何がおかしい!」
怒りを覚えながらの言葉に、マリアンネの笑みがさらに深く。
「いいえ? 別に? そんなに荒ぶられるといじめたくなってしまうわ。
でも何がダメなのかしら? 取れかかった爪や剥げかけた竜鱗、そういったものを再利用して何が悪いの? なんてね?」
溢すように笑う様は邪悪を絵に描いたようで、あまりにも露骨ゆえに挑発の類だと理解はできる。
(……だとしてもっ、許せるものか!)
両手の愛刀を握る手に力を込め、流れるままに白百合の斬舞を結ぶ。
「マリアンネー、体のどこに烙印あるんだぁ~!?」
鈴音は熱砂の嵐をマリアンネへと叩きつける。
暴き立てるように吹きすさぶ苛烈なる嵐がすっぽりと覆われたローブを煽る。
吹き飛ばされたローブの下、へその下あたりに浮かんだ烙印の華は下半身を覆うように後ろへと伸びているようだった。
「これで分かったかしら?
――ふふふ、見られたからには、どうしようかしら」
笑みを浮かべたマリアンネが鈴音へと手を伸ばす。
そのまま捩じるように腕を動かせば、鈴音の肉体が捩れたように激痛を帯びる。
「だめです……!」
そこへ飛び込んだのはニルだった。
壮絶極まる極限の光が月光の国に温かな光を呼び寄せる。
振り抜かれた一撃が真っすぐに吸血鬼を撃ち、大量の花弁が再び砂漠にまき散らされていく。
「――っ!?」
受け止めた一撃、抉れた肉体にマリアンネが驚愕に目を瞠る。
「流石に今のはびっくりしたわね」
何故生きているのか分からない傷でありながら、吸血鬼は笑う。
「貴女は生まれた時から……いや、後から吸血鬼になった?」
肉薄し夜を抱く剛剣を振るうイズマの問いにマリアンネは笑う。
夜の軌跡は月の王国に溶けて美しき軌跡を響かせる。
「そうよ」
「血は命の源と言うが、それを飲み干す者になるってどんな気分?」
「最高だわ」
連撃を受けながらもマリアンネは短く答えている。
それは余裕の証か、あるいは。
「この紅血晶もまるで血のようだが……貴女が作ったのか?」
「私にそんなことができるはずはないわね!」
からりとそう笑った。
「まぁ、とはいえ、ね。これ以上ここで遊んでいるわけにいかないのも確か」
そう言うと、マリアンネはその手に魔力を纏う。
打ち込まれた魔弾は何かを振り払うようにも思えた。
「――決めたわ。貴女にしましょう」
刹那、圧倒的な速度で他のメンバーを掻い潜り、マリアンネが肉薄したのは睦月だ。
首筋に吸血鬼の手が触れ、何かが上から書き加えられていくような感覚が全身を駆け抜ける。
あぁ、きっとこれが。
「これが烙印? ええ、こんなものがなんだというのですか。バカバカしい。脅しの材料になるとでも?」
ほんのりと飢餓感を覚えつつ、睦月は答えるものだ。
こんなものが、どうしたのだと。
「だとしたらあなたは、ずいぶんと頭がぐるぐるしているようですね。
遊園地でコーヒーカップにでも乗って、逆回転して来ることをおすすめしますよ」
「ふふ、そうね――でも」
挑発と牽制を込めた睦月の言葉に後退するマリアンネは余裕を感じさせる。
「貴女その指輪、きっと大切な物なのでしょう?
大切な、かけがえのない相手――ふふ、どこまで、耐えられるかしらね」
「……彼に、手を出す気ですか?」
触れてはならぬ相手に触れられるかのようで、睦月は声を震わせる。
「さて、どうかしら。きっと、貴女の為に怒ってくれる人かしら? 心配してくれる人かしら?
信じてくれる人かしら――どんな相手であっても、とても『美味しく見える』はずよ、きっとね。
あはははは! そう、私は何もしない。するのならきっと、貴女だから!」
悪辣に笑んだままに、マリアンネが一気に後退していった。
残された転移陣の輝きは健在、無事の確保が出来たといえよう。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
●運営による追記
※冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
現時点で判明しているのは、
・傷口から溢れる血は花弁に変化している
・涙は水晶に変化する
・吸血衝動を有する
・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
●オーダー
【1】『吸血鬼(ヴァンピーア)』マリアンネの撃退
【2】晶獣及び偽命体の撃破
【3】転移陣の確保もしくは破壊
●フィールドデータ
ラサの古代遺跡である古宮カーマルーマの転移陣の先に存在する広い空間。
まるでラサの砂漠そのものであり、映し鏡のような風景には美しい王宮と月が存在しています。
太陽は昇らぬ夜しかない空間です。この空間は『夜の祭祀』によって作られた異空間のようなものであると推測されます。
戦場としてはただっぴろい砂漠と言えるでしょう。
●エネミーデータ
・『吸血鬼(ヴァンピーア)』マリアンネ
紅色の髪に月のような妖しい金色の瞳をした妙齢の女。
身体を覆うローブ風の衣装を纏うため烙印の位置は不明。
魔種にも似た非常に強力な力を有します。後衛。
多種多様なBSと範囲攻撃を駆使する魔導師タイプ。
・晶獣〔小竜〕×10
小型の竜を模した晶獣です。
両手が非常に鋭利な鉤爪になっています。
これを使った物理戦闘を主体とするほか、軽度の魔術を用います。
鉤爪や牙、尻尾による攻撃は【致命】や【出血】系列のBSを受ける可能性があります。
オープニング中に出てきた晶竜の身体の一部、
傷を負ったことで取れてしまった部分に新しく紅血晶を埋め込まれた存在です。
・偽命体(ムーンチャイルド)×10
『博士』が作りだそうとした人造生命体の失敗作です。非常に短命です。
幻想種を素体にしているのか幻想種風の尖った耳や美貌を持ちます。
その一方、下半身が獣であったり、背中に翼が生えていたりなどそれだけではないようにも見えます。
タンクタイプ、回復タイプ、支援タイプが基本。
晶獣で攻め、それを偽命体が補助する戦術が推測されます。
●友軍データ
・共通項
イレギュラーズの指示等があればそう動きます。
歴戦の傭兵らしく、イレギュラーズの指示無くともいい感じに動きます。
指示があればプレイングに記載してください。
・『夜の導き』ハンナ・アイベンシュッツ
ラサに属す傭兵団『夜の導き』の団長、眼鏡を付けた人間種の青年です。
理性的で穏やかな性格ですが、仕事とあれば多少の強引さも辞さない人物。
イレギュラーズに大変好意的です。
戦闘スタイルは神秘系のテクニカルアタッカー。
瞬付与のバフを乗せて一撃を叩き込むタイプ。
・『壊穿の黒鎗』イルザ
鉄帝生まれ鉄帝育ちのラサの傭兵です。青みがかった黒髪をした人間種の女性。
つい最近まで鉄帝にいましたが、<晶惑のアル・イスラー>の頃に第二の故郷ラサのピンチということで帰還しました。
穂先を魔力で延長させる特殊な槍を振るいます。
距離を問わぬ神秘パワーアタッカーです。
・傭兵団『夜の導き』×18(魔:8、剣:5、銃:5)
ハンナを長とするイルザも属すラサの傭兵団です。
全員が人間種で構成されています。
魔術師型
命中、防技、抵抗へのバフをかけてくれるほか、ヒーラータイプがいます
剣士型
近接アタッカーとして前衛で戦ってくれます。
【出血】系列を与える可能性があります。
銃兵型
遠距離アタッカーです。
【火炎】系列のBSを与える可能性があります。
●特殊判定『烙印』
当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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