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シナリオ詳細

<カマルへの道程>揺籃の檻<くれなゐに恋う>

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ラサのバザールは、いつだって活気に満ちている。
 グラオ・クローネの夜の爪痕はあちらこちらに残るものの、商売人たちは逞しい。今日も「安いよ安いよ」と声が飛び交っていた。
「今日はありがとうございます、シャファク様」
「ううん、アタシこそ。こないだはありがとう」
 バザールの人混みでハンナ・シャロン(p3p007137)の金色の髪を見つけたシャファクは声をかけ、折角だからとシャファクはおすすめの店へ案内した。
「おじさんね、元気にしていたよ」
 八百屋のおじさんは意識を取り戻した後、奥方から張り手を食らったのだそうだ。思いっきり叩かれて目を白黒させていたら、思いっきり泣かれたのだそうだ。何度も生きていてよかったと泣かれては、手首から先を失ったことに対する未練もなかった。
 八百屋の夫婦はイレギュラーズたちにとても感謝をしていた。あの夜、あの場所に、イレギュラーズたちが居なかったらどうなっていたことか。想像するのも恐ろしい。
「アタシも強くなりたいな」
「『お嬢様』を守りたいから、ですか?」
「うん。アタシ、お嬢様の全部を守りたいんだ」
 心も、体も。
 明るく笑うシャファクは屈託なく、それが彼女の心からの思いなのだとハンナには感ぜられた。

 色んな話をしながらのんびりと過ごし、夕陽が地平線へと向かう手前。それじゃあまたねと帰路につく。
「あ」
 連絡先を聞こうと思っていたことを思い出したシャファクは回れ右をして、ハンナの背中を追いかけた。
 人を避けながらハンナが歩いていく。キラキラと輝く金色の髪は目を引いて、見失わずにいられそう。
(ハンナともっと話したいし、アタシの連絡先も教えて……手紙のやり取りも楽しそう!)
 金色の髪が角を曲がって路地裏に消える。誰かと話をしてついていったようだけれど、知り合いだろうか? 話をしているところだったら邪魔になるからまた今度にしよう。
「ハン、ナ……?」
 そうして路地裏で、意識のないハンナを連れ去ろうとしている男たちに遭遇し――そこでシャファクの意識は暗転した。

(あれはシャファク殿と……ハンナ殿?)
 その場を見ていた者が居た。
 如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は麻袋に詰められて連れ去られるふたりと男たちの後を追うと、ファミリアーを放った。


「お初にお目にかかります、ローレットの皆様」
 ラサ支部へと顔を出した獣種の少女がいとけなく微笑んだ。用件は勿論、依頼をしたい、とのことだった。
 幼い唇が開かれ、言の葉がこぼれ落ちんとした――その時。
「失礼、至急の報告を!」
 黒を纏う男が、ローレットへと駆け込んできた。
「ハンナ殿とシャファク殿がかどわかされたようです」
「……ハンナが?」
 がたんと大きな音を立て、木製の椅子が転がった。物部 支佐手(p3p009422)の言葉に目を丸くしたのは、ハンナの兄――ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)。近頃幻想種の拉致がラサ近辺で多発していることから、兄妹で調査にきていたのかもしれない。
 支佐手は先日、グラオ・クローネの夜に咲耶と互いのファミリアーを紹介しあった身。今度こそ南蛮物を買おうとバザールへと足を運んでいたところ、簡易手紙をくくり付けられた咲耶のファミリアーが来たのだ。
 咲耶からの手紙には、ハンナとシャファクが拐われたこと。自身は彼女たちの身を守るために捕まるため、救助に来てほしいこと。そして、誘拐犯たちのアジトの在り処が記されていた。
「……よろしいでしょうか?」
 獣種の少女が口を挟む。
「わたくしの依頼は、シャファク様の捜索、でした。……今それが救出に変わりましたの。お受けくださるかしら?」
「おんしは……シャファク殿の『お嬢様』で?」
「ああ、申し遅れましたわ。わたくしはアラーイス・アル・ニール。このような身ではありますがアルニール商会という商会を経営しておりまして……シャムス様――アルアラク商会のお嬢様とは年も近いことから親しくさせていただいておりますの」
 アラーイスはシャファクのお嬢様の代わりに依頼に来たのだと説明し、頭を下げた。
「どうか、シャファク様をお救いください」


(……?)
 シャファクは、薄暗い空間で目が覚めた。
 格子の嵌った窓は馴染みのないもので、壁も見知らぬ――そもそもいつ眠ったのだろうか。
「っ」
 そこまで考えたところでずきりと後頭部が痛んだ。触れようと手を動かそうとして――動かないことに気がつく。後ろ手に縛られ、足首も縛られ、土埃の多い床に転がされていた。
 途端に意識を失う直前の記憶が呼び起こされた。
「……ハンナ!」
 名を呼び、視線をせわしなく動かす。薄暗さに慣れた瞳はいくつかの人の影を捉えた。
 明るい金色の髪はすぐ側にあって、シャファクはホッと吐息を零したが――違和感を覚えた。
「ハンナ?」
 自分と同様に猿轡は噛まされていないハンナ。
 自分とは違い縛られていないハンナ。
 彼女は意識を失ってはいないのにシャファクに反応すること無く、ただぼうっとしていた。
「……どうしたの?」
 不安で、声が震えた。訊ねてもハンナは何も返してはくれない。
 もう一度名を呼ぼうとしたところで、室内の隅に居た小さな影が口を開いた。
「むだ、だよ。おねえちゃんね、おくすりつかわれてるの」
「薬を使われてる?」
 10歳にいっていないくらいの年頃だろうか。薄汚れたローブを纏った少女が周囲を窺うように視線を彷徨わせてから、シャファクへと近寄った。幼い少女――あるいは抵抗の意思がないと認められた者への拘束はないのかもしれない。
「うん。あの子もそう」
 少女の指が示すのは、金色の髪の少女だ。モモと名乗った少女が「いっしょにつれて来られた子」と口にした。
 シャファクは窓を見上げて空を確認した。意識を失った時は夕方だったが、太陽が昇っていた。
「巫山戯た真似はするなよ」
 見張りと思しき男が戻ってきて、黒衣の女を部屋に転がした。
 男を睨みつけるより、それよりも。覚えのあるその顔にシャファクは息をのみ、自由の利かぬ身体で懸命に這い寄った。出血が見られないことに安堵する。
 しかし、この状況が悪くなっただけにも思う。
(ふたりを――皆を、助けなくちゃ)
 なんとかしてこの状況を切り抜けなければと思うのに、シャファクは縛られていて何も出来ない。
 どうしようという焦りが胸を燻る。
(……えっ)
 ――気を失った振りをしていた咲耶の瞳がパチリと開かれた。
 シャファクにしか見えない角度で、笑みの形が作られる。
 まるで『大丈夫だ』と言わんばかりに。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。

●目的
 ハンナさんの救出
 拐われ囚われている人の開放

●シナリオについて
 ハンナさんとシャファクが攫われ、咲耶さんが後を追いました。
 攫われたのが夕方、ローレットに話が来たのが翌日の昼過ぎです。
 シャファクの『お嬢様』は一晩帰ってこなかったことを心配して夜も眠れず、フラフラと捜索を依頼しに行こうとしたところをアラーイスに遭遇しました。自分が依頼してくるから休むようにと説得したアラーイスが『お嬢様』の代わりにローレットへ依頼に来ています。
 拐われ囚われている人たちを開放しましょう。

●拉致集団アジト
 古宮カーマルーマ近辺の廃墟のうちのひとつです。

●悪徳傭兵 10名
 潤沢な武装をしており、装備に金がかかっています。闇ギルドなどを通じて仕事を受けており、依頼人と直接会うことはないようです。依頼人から『アンガラカ』を授かっています。
 強さは『武装した荒事が得意な人間』レベルの強さです。刃物の扱いに慣れています。
 出入り口の警護は3名。前衛2後衛1にわかれており、前衛に接敵すると遠くから後衛が矢を撃ってきます。
 その他の傭兵は廃墟内の巡回や牢屋番(普通の一室)をしている者が殆どで、リーダー含めて2名程が何処かの部屋で駄弁っています。基本的に廃墟であるため扉はありません。聞き耳をすると翌朝には捕らえた幻想種の引き渡しをすること、他の者は奴隷にするか殺すか……という下卑た話が聞こえることでしょう。この部屋はイレギュラーズ全員で乗り込むと身動きがとれないくらいの狭さです。

●アンガラカ
 小瓶にはいった白い粉で、これには意識をぼんやりとさせたり気絶させたりする作用があります。
 これは幻想種以外にも効果があるものです。悪徳傭兵が所持しており、必要に応じて散布されます。

●拐われた人たち 8名(PC含)
 全員女性ばかりで、年齢はバラバラ。幻想種が多いです。武器等危険なものを所持している場合は、部屋に放り込まれた時点で没収されています。
 既に何日も閉じ込められて心が折れている人、薬でぼうっとしている人が居ます。
 モモは幻想種ではありませんがとても可愛らしい顔立ちをしているので、シャファク同様『ついで』に拐われ、売られるようです。

●ハンナさん(p3p007137)
 アンガラカを使用され、ぼうっとしています。時間経過で次第に意識がはっきりしてくるため、半日以上経過しているので意識が戻りつつあります。基本的に悪徳傭兵たちは効果が切れる前にアンガラカを再使用するので、再使用される前に救出か阻止をした方が良いでしょう。
 部屋に助けが来る頃には身体も一応動くので、渾身の力を振り絞って悪徳傭兵を一発殴るくらいはできるでしょう。
 ハンナさんが何かされそうになると、シャファクが体当りしたり噛みついたりして庇おうとすることでしょう。

●咲耶さん(p3p006128)
 内部の状況を知るためにわざと捕まりました。
 見張りが2名居ます。室内を見てる男と、廊下にいる男です。バレない形なら、自由にどうぞ。格子窓からファミリアーを出してもいいです。目立つ絡繰手甲は取り上げられておりますが、その他の仕込んでいる暗器等を取り出すことは可能です。忍者なので。しかし、バレた場合はその場に居る全員が危険に晒されることをお忘れなく。
 大人しく助けを待つも良し、皆を守りながら活路を切り拓くも良し!

●シャファク
 ラサの商人。ROOでイヅナと呼ばれた少女と酷似しています。
 元気!! 騒ぐと猿轡を噛まされたり殴られそうなので一応大人しくしています。イモムシ状態でウゴウゴできます。
 咲耶さんの指示に従います。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <カマルへの道程>揺籃の檻<くれなゐに恋う>完了
  • GM名壱花
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年04月01日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談10日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
背負う者
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ハンナ・シャロン(p3p007137)
風のテルメンディル
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
ガイアドニス(p3p010327)
小さな命に大きな愛

リプレイ

●囚われの
 ふわり、ふわり。
 ふかふかな雲の上に乗れたら、こんな感覚を覚えるのかもしれない。
 けれどそう思うには、頭が微睡みすぎている。
 頭の中は霧が掛かったか雲の中に突っ込んだように真っ白で、幼い日に母の声を聞きながら眠りにつく――そんな瞬間に似ていた。何か音が聞こえているような気がするけれど、遠い。何かが動いている気配がするような気もするけれど、もっと遠い。『シャファクの友だち』ハンナ・シャロン(p3p007137)の感覚はまるで柔らかな何かに包み込まれるように柔らかく遮断され、それが遮断されていることにも気付けない。
 しかしどれだけ時が経ったことだろう。ハンナの意識が少しずつ浮上し始める。
 遠くで聞こえる音は、きっと側で誰かが話している声。
 遠くで動いている気配は、そっと温かさを齎した。
(あたたかい)
 幼子のように、誰かが抱きしめてくれたような気がした。
 それが誰なのかが知りたくて、意識を集中させる。
 チョコレート色と、ミルク色。美味しそうな色。
(シャファク様……?)
 ぼんやりと終えた色に最近出来たばかりの明るい友人の姿を思い浮かべた。
 遠くで聞こえる音は、もしかしたら彼女の声かもしれない。
(なんと言っているのでしょう……)
 意識を尖らせようとしても、全ては乳白色に消えていく――。

 ――悟られぬように。
 笑みを刻んだ『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の唇が、そう動いた。
 読唇術は使えないが、シャファクは彼女が言いたいことを何となく察した。咲耶が掴まったのは『わざと』なのだ、と。
 シャファクは驚きを極力隠し、見張りの男へと視線を向ける。縛られた娘たちが何も出来ないと思っている男は定位置らしき椅子へと向かい、廊下側で壁に凭れかかっている外側の見張りと談笑を始めた。
 もぞもぞとシャファクが動いても、男たちは気にしない。体が痛くならないように姿勢を変えたと思う程度だ。
「……此方の様子はあまり見てないようでござるな」
 チラと後方確認をしても、小声で話しても、チチと鼠が鳴いても、男たちは特に気に留めていない。大きく体を動かせば反応するだろうが、それだけだ。
「好機は必ず訪れるでござる」
 頼もしい笑みを見せた咲耶はファミリアーの鼠に自身とシャファクの拘束を解かせ、けれども拘束された振りを続行し、シャファクとモモから状況を聞き出した。

「ひとつ確認なのだけれど」
 妹を拐われた兄、『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は声はひやりと凍るような声で「生かす必要は?」と問うた。ハンナの師匠たる『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)もウィリアムと同じ気持ちでいるため、静かに視線のみをアラーイスへと向ける。アラーイスは微笑んだまま返さない。沈黙、それが答えだ。
 冷静に。されども心に暗い炎を灯した兄と師匠は、静かにいつでも動けるよう装備を整えた。
「アラーイスさん、お嬢様に伝えておいて。『絶対にシャファクさんを助けてみせるから』って」
「ええ、お伝えしておきますわ。シャファク様が戻られるまで、わたくしがシャムス様のお心をお守りいたします」
 ギュッと杖を握りしめた『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)はしっかりと頷き、前を見る。彼女の瞳にはいつも、ひたむきさが宿っている。挫けず、前に進む。悲しくても、悔しくても、心配でも。
「急ぎましょう」
 それ以上のやり取りは挟まず、『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)の案内でイレギュラーズたちは移動を開始し、そうして今、古宮カーマルーマ近辺にある敵のアジトが見える位置へと身を潜めていた。
「見つけたのだわ!」
「こちらも」
 二匹の鼠を操ってアジト内を駆けさせた『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)は「ちょっと待ってね」と言い置いて、簡易的な地図を書いていく。正面に見えている――敵が護衛を置いている入り口からの最短ルートのみ、を。
 支佐手のファミリアーが姿を見せたことに、咲耶も気が付いたようだ。一旦ファミリアーの鼠を戻し、その鼠を支佐手のファミリアーが外にいる仲間たちの元へと誘導し、ガイアドニスの鼠の一体を交換するような形で咲耶の元へと残した。
「おねーさんがしっかり見ているから、何かあったらみんなに知らせるのだわ!」
 目に見える形での緊急な状態で無くとも、何か緊迫した事態が生じれば手元にきた咲耶の鼠が鋭く鳴いて知らせることだろう。そっと鼠を頭へと載せたフランはファミリアーによる偵察から三人が無事であることを聞いてホッと胸をなでおろした。
「場所も解ったことだし」
「うん、そうだね」
 身体能力を高めるバフを静かに怒れるハンナの師匠と兄、そして己へと『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が掛けて口を開けば、みなまで言わずともウィリアムが言葉を引き継ぐ。バフは掛ける時間も合わせれば50秒も効果は残らないが、接近して速攻で門番をしている者等を倒すには充分だろう。
 アルヴァがウィリアムとクロバへ《黄金残響》を掛ける少し前。「それじゃあ行ってくるね」とフランが先に動き出していた。幻想種が狙われていることは知っているから、囮になるのだと自ら勝手出たのだ。
 ……フランも随分と前、同じような目にあったことがある。それを思い出せば今でも怖いような気もするが、それでも友だちが窮地に立たされているのなら自ら危険を買って出る。大好きな人たちが傷つくくらいならってフランは身を差し出してしまえる女の子なのだ。
「なんだ、お前」
 ふらりと現れたフランに、すぐに門番の男たちが反応した。
「あの……あたし友だちを探していて……」
 この辺で、と言うのはやめた。ここは彼等のアジトだ。この辺りをウロウロしていたら、とっくに彼等の耳に入っているだろう。探していたら偶然ここまで辿り着いた風を装い、不安そうな顔を見せる。
「おい」
「ああ」
 門番の男たちが短く会話を交わす。
 幻想種を拐っている悪徳傭兵たちの目の前に、か弱そうな幻想種がやってきたのだ。彼等の瞳には『カモ』がやってきたように見えているはずだ。
「お嬢ちゃん、こんな砂漠だ。喉が乾いているだろう」
「ああそうだな、休んでいくといい」
「いいんですか?」
 勿論――と、男たちの声は続かなかった。
「てめぇら、売っちゃいけない喧嘩を売っちまったな?」
 声もなくひとりの男が崩折れ、残りひとりの男は胸ぐらを掴まれ殴り飛ばされた。ミニハイペリオンたちの強襲に驚く間もなくアルヴァの奇襲も受け、ウィリアムがついでと言わんばかりに殴り飛ばした男はさっくりと支佐手が息の根を止めた。その上で支佐手は影に死体を飲み込ませ、処理まで済ませる。
「――なっ!?」
 驚いたのは、少し離れた位置にいた弓使いだ。
「可愛い弟子に――幻想種に手を出した自分たちの浅はかさを恨むんだな」
 しかしその男も、悲鳴を上げること無くクロバによって喉を割かれて絶命した。
「まだ誰にも気付かれていないのだわ!」
 鼠とともにこっそり隠れて周囲の様子を見ていたガイアドニスの言葉に顔を見合わせたイレギュラーズたちは、休むこと無くすぐさま次の行動へと移った。
 それぞれの持てる力を使って会敵を回避し、速やかにハンナたちの元へ――。

(――来た、でござるか)
 フランとともにある咲耶の鼠からの情報と、側に居るガイアドニスの鼠がチィと鳴いてイレギュラーズたちがアジト内に侵入したことを知った咲耶は、さてとその身に潜ませた暗器の在り処を確かめる。
 しくじる気は無いが――しくじったとしても、仲間たちはすぐに来てくれる。ハンナは未だ動けないが、動くなら今だと咲耶は判断する。
「っと、そろそろじゃねぇか?」
「ああ、薬の時間か」
 廊下側の男の声に反応し、中で見張りをしていた男がハンナへと近寄ってくる。
「っ、ハンナに近寄るなっ」
「別に暴行しようって訳じゃねぇよ。大人しくしてな」
 男の手がハンナへ伸びる。白い頬に無骨で太い指を掛け、上向かせようとする。
「ダメ、アタシの友だちに触らないで!」
「シャファク殿……!」
 カッとなったシャファクが拘束されたままでいる振りを忘れて立ち上がり、男へ体当たりをした。
 が、逆に喉を捕まれ、掴み上げられた。
 ぐぅ、とシャファクの喉が鳴る。
 苦しさに足はもがき、咲耶も立ち上がり交戦に移ろうと動き――

「わたしの、ともだちに、なにをする!」

 ずっとずっと、ふわふわの世界に居た。
 次第にクリアになっていく五感が囚われていることを教えてくれたけれど、指先を曲げるだけで一苦労だった。けれど咲耶とシャファクの話では仲間がすぐに来るとのことだったから、大人しく待とう。
 ――そう、考えたのが間違えだった。
 ハンナの中で怒りが爆ぜた。すべての力を、振り絞った。すべて、すべてだ。
「へぶっ」
「なんだ!?」
 殴られた男が吹き飛び、それを追って素早く咲耶が追い打ちを掛ける。
「はん、な……? っハンナ!」
 開放されたシャファクの涙の浮いた淡紅色に、崩れ落ちるハンナの姿が映った。慌てて這うように駆けて、頭から床に倒れ込むことだけは阻止した。
「くっ……そがぁ!」
「捕えた獲物にしっぺ返しを喰らった挙げ句、大事な商売道具を奪われるとはとんだ間抜けでござるな! 悔しかったら取り返してみよ!」
「なに!?」
 殴り飛ばされた時に落としたと思った白い粉の入った瓶は、咲耶の手の内にある。
 中の状況を理解し、廊下の見張りをしていた男も室内に入ってきた。囚われた女たちは隅にぎゅうと集まって震えている。見張りの男たちにとって、拐ってきた女というものはいつもそうであった。泣いて、震えて、そうして時がくれば引き渡す。
 だというのにこれは何だ。初めて鼠に噛まれた猫のように、男たちは歯を剥き出しにして威嚇した。
「……そこまでだ」
「なっ」
 仲間たちが駆けつけてくれた。騒ぐ声を拾っているガイアドニスがあの部屋で間違いないと指させば、クロバが素早く駆けて――後は一瞬。部屋の中へと注意を向けて後方がガラ空きだった男は素早く仕留めに来たイレギュラーズたちの連携が取れた猛撃によって倒れた。
 声を出したのは、室内に居た男の方だ。
「――ハンナ!」
「――シャファクさん!」
「……シャハル」
「フラン! みんな!」
 すぐに金色の風がふたつ室内に入ってきて、残る男をぶん殴りながらも視線は探し求めていた姿へと。シャファクに支えられているハンナは急に動いたせいもあってぐったりとしているが、それでも意識があるようでウィリアムはホッと息を吐いた。……とりあえず、原型がなくなるくらいには男を殴っておいた。幼い少女たちの眼前で殺さない程度には冷静だ。
「ふふ、もう大丈夫よ!」
「お待たせしましたかの? 咲耶殿もハンナ殿も、息災のようで何より」
「いいや、ないすたいみんぐというものでござった」
 途中の部屋で見つけたとガイアドニスから装備を受け取って、咲耶は装着する。これで自由に立ち回れる。
 室内は然程広くはない。ぐるりと見回せば、ハンナたちを含めて8名の女性が居た。その多くは少女と言っていい年齢だ。薬を使われていない者は、咲耶とシャファク、そしてシャファク同様に『ついで』に拐われてきたモモ。他の娘たちはみな、幻想種であった。
 人一倍幻想種への情が厚いと自負しているクロバはギュッと拳を握りしめる。悪徳傭兵たちは幻想種を――それも抵抗する力の少なそうな者を中心に狙っているのが解る。
 そんなクロバが怖かったのだろうか。クロバの視線を避けるように、モモはフランの背中へと隠れた。
「おとこのひと、こわい……」
 そう思うのも、無理もない話だ。モモはシャファク同様、幻想種の子と居たところを大人の男に拐われ、シャファクたちよりも長く此処に居る。頼れる者もなく、友人も薬で動かない。ただ体を縮こまらせて大人しくしていれば殴られはしない、ご飯は貰える……と耐えていたであろうことは、きっとその場に居た誰もが解ることだった。
「ハンナたちとは合流できた。後は他の奴らだな」
「そうだね、後は潰すだけだね」
 アルヴァの声に、にこやかにウィリアムが告げる。ハンナには解る。彼がとても怒っている。
「足音や話し声、それから鼠さんたちで見た感じだとあんまり人数は居ないみたいね!」
「なんだ、それじゃあバレちまうか」
 見張りの男たちから装備を剥いで一芝居を打つ気で居たアルヴァだが、少人数の――しかも毎日このアジト内で顔を見合わせているであろう悪徳傭兵たちが互いの顔を知らないはずがないという事に気付いてやめる。
「君に心から感謝を。……妹を守ろうとしてくれて、ありがとう」
「アタシは、何も……」
「ずっとついていてくれたよね」
 シャファクがいなければ、ハンナはひとりで拐われていた。
 ひとりで拐われていたら、そのタイムロスが無ければ、咲耶が目撃できなかったかもしれない。
 あとはもう大丈夫だからと優しい兄の顔をしたウィリアムは、その顔に似合わぬボキッという不穏な音を指から発した。あとはもう潰すだけだから、心配いらないよ。
「あたしはこのまま此処を守るね」
「おねーさんはお部屋に人が入らないように見張るのでっす!」
「うん。……無茶、しないでね?」
「……皆様、お気をつけて……」
「ハンナは後でお説教ね」
 部屋を出ていく間際、しっかりと釘を刺す。「大丈夫? ハンナ真っ青になっちゃった……」と呟くシャファクの声を背に、四人を残してイレギュラーズたちは残党を殲滅すべく廊下を駆けた。

「賊!? どこから入ってきやがった!」
「勿論、入り口からだが?」
 廊下で遭遇したふたり組のひとりを切り付けながら答えれば、「寄り道もして頂いたでござるよ!」と身を屈めた咲耶が追い打ちをかける。
「くっ」
 分が悪いと察した男がひとり、イレギュラーズたちへと背を向ける。仲間を呼ぶか、リーダー格のところへいくのだろう。
「恐れて逃げるならそれでもいい。だが、一人残らず逃がすと思うなよ……!」
 しかしそれは、リーダー格の者の元へとイレギュラーズたちを案内する行為と言ってもいい。
 伸した男の懐からアルヴァがアンガラカを漁っている間にも、他の仲間たちは逃げた男を追って駆けていく。
「ぼ、ボス! 敵襲です!」
「御用改めです! 武器を捨てりゃ命までは取りませんが……如何ですかの?」
 そう言われて、はいそうですかと武器を手放すような連中なら、こんなことはしていない。
 それを解った上で『一応』尋ねるのは刑部という警察業所以か。
 逃げた男がとある部屋へと駆け込むと、イレギュラーズたちはその部屋がそう広くないことを見て取ると、出入り口を挟んでふたつに別れた。アルヴァと支佐手が怒りで引き寄せると、入れ替わるようにクロバとウィリアム、咲耶が室内へと侵入し、立ち回る。
 いくら装備が支給されていようと、力量差は歴然だ。手練れのイレギュラーズたちは連撃と連携を持って敵勢力を伸していった。
「全員を殺すのは待て」
 一番殺意を抱いているウィリアムへ静止を掛けたのはアルヴァだ。
 殺すのは、後からでも出来る。
 けれど殺してしまっては、死人が口を割ることはない。
 そしてここには偶然というべきか必然というべきか――拷問に長けたイレギュラーズたちが揃っていた。
「幻想種を狙った犯行、依頼人は一連の騒動と同一人物、あるいは組織と考えるのが妥当だが」
 リーダー格の男をボコボコに殴っても、男は「何もしらない」の一点張りだ。本当に彼等は何も知らないのだろう。使えないと吐き捨てられ、トドメもしっかりと刺す。
 けれども押収すべきものはしておこうと、イレギュラーズたちはアンガラカを求めた。未知の薬を解析するつもりだが、既に同行為を行った者たちからの快報は未だ無い。
 その時だった。
 イレギュラーズたちとともにあったガイアドニスの鼠が甲高く鳴いた。
 ――緊急事態の発生だ。
 直ぐ様彼等は、ハンナたちが囚われていた部屋へと爪先を向けた。

「ハンナ、お水飲める?」
「……ありがとうございます」
 ガイアドニスの意識は廊下の先、フランの意識は部屋の出入り口に向けられている。それよりも部屋の奥、ふたりに守られる形でシャファクはアルヴァたちが置いていってくれた水をハンナに飲ませようとしていた。
「おねえちゃん」
「なぁに?」
「こわいから、ぎゅってしてもらってもいい?」
 モモに話しかけられたフランがガイアドニスに視線を向ける。親指と人差し指の輪っかは「おねーさんがしっかり見てるのだわ!」の印。うんと頷いて、フランはモモを抱きしめた。杖は手放さない。いつでも敵がこの部屋に来たら動けるようにして――
「……あッ!」
「フラン!?」
「ん……おねえちゃん、やさしい」
 響いたフランの声にシャファクが顔を向けると、モモがフランの首筋から顔を上げたところだった。
 フランが首筋を押さえてふらりと倒れる。
「おねえちゃんやさしいから、ひいさまのことが好きになるようにしてあげたの」
「なに、を……」
「ひいさまはすばらしい方よ」
「モモ……?」
 バタバタと、荒い廊下から足音が聞こえてくる。
 イレギュラーズたちが駆けつけるその前に、ふわりとモモは名前の通り薄紅色の花弁となって姿を消した。
「どうしよう、フランが……」
 駆けつけたイレギュラーズたちを迎えたのは、フランの元へと駆け寄ったシャファクの泣きそうな顔だった。

(熱い……あたし、どうしちゃったの?)
 突然襲った小さな痛みと、熱。それからは首筋がずっと熱を持っている。
 貧血で倒れたフランの耳には泣きそうなシャファクの声が届いていた。
(泣かないで。あたし、大丈夫だよ)
 そう口にしたかったのに、フランの意識は深く落ちていった。
 首筋に、鮮やかな蓮を咲かせて――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

明かされていない烙印条件がありました。
今回の鍵は全部モモが握っていました。
先に合流を選択されたので……
・シャファクにその場を任せて移動→シャファクが烙印
・誰かが護衛に残る→優しくしてくれて近くて警戒していない人
という訳で、フランさんが『烙印』となりました。
首筋に蓮の花の形をした烙印が現れています。(色や吐く花等はご自由に)

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

●運営による追記
※フラン・ヴィラネル(p3p006816)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
 時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
 現時点で判明しているのは、
 ・傷口から溢れる血は花弁に変化している
 ・涙は水晶に変化する
 ・吸血衝動を有する
 ・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
 またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています

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