シナリオ詳細
憎宴久遠
オープニング
「おや? エルナさんじゃありませんか?」
所用でローレットを訪れた【ファンドマネージャ】新田 寛治(p3p005073)は、その道中で買い物をする少女を見つけて声をかけた。
「あ、寛治さん!」
気づいた少女【苗床の少女】エルナ・ペルム(p3n000262)は嬉しそうに目を輝かせた。
●
「久しぶりですね。ローレットに就職したと聞いていましたが」
「はい。一年座学でみっちり、仕込まれました。今日から実務見習いです」
「それは良かった。頑張ってください」
「はい! 漸く皆さんのお役に立てます!」
行き先が同じ故、一緒に行く事になった二人。嬉しそうに話すエルナの髪に光る蕾。
(ガンダルヴァも、影響は及ぼしてはいない様ですね)
確認して、ホッとしたその時。
『其はそうよ。『何もせぬ』と約定したはガンダルヴァ。自然摂理の権化よ。謀事なぞ説きはせぬ。人とは違うわなぁ?』
「え!?」
「この声は!?」
驚く二人の前で、渦巻く黒霧。まろび出るのは、夜闇色の怪異。
『ケケケケケ、息災の様であるなぁ。ガンダルヴァの巫女、商売人の小僧』
「貴女は……」
「キルケル……!」
【霧の黒魔女】キルケル・バーバヤガー。
かつて、エルナの中の『ガンダルヴァの種子』を巡って戦った、因縁の相手。
「……ガンダルヴァの種子、諦めていませんでしたか?」
エルナを庇いながら身構える寛治。けれど、魔女は笑うだけ。
『ケケケ、そう急くな。此度は別件じゃ』
「別件?」
「如何にも。びじねすの話じゃ。びじねす。好きであろ?」
思わぬ申し出に、寛治とエルナは顔を見合わせた。
●
所変わって、聖教国ネメシス。
「お久しぶりね。『狂い姫』さん」
「いえいえ。其方こそ、ご健在の様で何よりデス。『異教徒』サマ」
古びた墓地で向き合う二人。
【特異運命座標】釈提院 沙弥 (p3p009634)と【天慈災禍の狂い姫】エメレア・アルヴェート(p3n000265)。
「さて、ご用件は何かしら?」
「いつぞや頂いたご質問のお答えヲ」
紗弥の目が細くなる。
「……もし複数の死者達の願いが対立したら、貴女は誰を救う?」
「ハイ」
「答えて、いただけるの?」
問う紗弥に、狂い姫は両手を広げ。
「此処が如何なる場所か、存じでシテ?」
廃れた古墓地。弔う者の気配も無い。
『狂宴の墓標』。
かつて在った二つの豪族。信仰のすれ違いから互いを邪教と憎み、争い、果てに当主、『レベナ・マスカルト』と『エルネス・ザーシャ』を先頭にした戦にて相撃つ様に滅びた。
されど、長きの憎悪は果てず。戦死者の一部が死霊と化し、周辺を巻き込んだ。
恐れた人々は徳ある聖職者に縋り、死霊達を強引に封印する事で漸く事態は収拾された。
「『強引』にデス。無理矢理、デス」
憐れむ。
「何ト言う、横暴。理不尽」
拳を握る。
「想いヲ叶える権利ハ、皆平等に在るのニ」
怒ってる様で、笑う声。
「主の御名ノ元に平等デス。死者も、生者モ。なれば、アタシのすべきは地の自明」
何をしようとしてるのかは察せた。けど、どうやって?
「良いモノを、手に入れマシタ」
開いた拳。妖しく光る『何か』。
「……ソレは、何?」
「さあ? 取り合えず、やってみようと思いましテ」
ポロリと落とす。重い音を立てて地面にぶつかった途端、墓地を覆う封印が割れた。
「上手く、行きマシタ」
唖然とする紗弥に、ニタリと笑って。
「選ぶ必要ハ無いのデス。捨てる道理など、無イのデス」
湧き上がる無数の怨嗟の中で、紗弥も引き攣った笑みを浮かべる。
「貴女、やっぱり狂ってるわ」
「ええ、エエ。全てハ哀れな御霊を救う為。死者ノ涙を拭う為」
ーー人たる理ハ邪魔なのデスーー。
狂える聖女は、綺麗に歌う。
「サア。全テを等シク、救イマショウ」
●
「つまり、ソッチとコッチが繋がると」
「その様ですね」
【新米情報屋】ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
ゲンナリした顔の彼女に、寛治とエルナは気の毒そうに頷く。
キルケルが所有していた魔法道具『バロールの目』。古代遺跡から出土した自然魔力の高純度結晶体。何かの材料に使えようと保管していたモノを、小手先の利くコソ泥が盗み出した。すぐに金の流れに乗って裏社会まで流れ着き、そして。
「狂い姫に……ですか?」
「ただの魔力の塊です。何に使うのかと思ったら、えらい力技で」
何の事は無い。墓地を覆う封印にぶつけて、密度の高さでぶち割った。
「上手く行っちゃいましたか……」
「行っちゃいましたね」
手段選ばぬ狂人。行けると踏んだら、絶対あちこちでやらかす。
「で、ウチに回収を依頼して来たと?」
「はい」
思わぬ使い方されて、キルケルも流石に吃驚したらしい。下手すりゃ自分にも沙汰が及ぶし、そうなると色々やり辛い。
「愚痴を言っても仕方ありません。キルケルさんはローレットに報酬を確約しました。正式な依頼です。 沙弥さん一人に任せるのも、得策ではないでしょう」
件の区域からは、早速阿鼻叫喚の苦情が届いている。溜息つきつき、ユリーカは言った。
「人員を募集します。あと、エルナさん。ちょっと胃薬もらってきてください……」
少し長い、夜が始まる。
- 憎宴久遠完了
- GM名土斑猫
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談10日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
到着した一行を迎えたのは、途轍もない数の怨嗟の声だった。
「凄まじいですね。双方の一族が丸々死霊と化しているとは聞いていましたが……」
眉を潜める『ファンドマネージャ』新田・寛治(p3p005073)。
「釈提院さん、無事に救護班まで届けられました」
「大事は無いって」
死霊達を押さえていた釈提院・沙弥。皆を確認するなりぶっ倒れてしまった彼女を救護した『副官の覚悟』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)と『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が報告する。
「ふ~ん、生きてたんだ。じゃあエメレアちゃん、全然ホンキじゃなかったんだね~♪」
「えエ。異教徒サマは、まだ救済の対象に至ルには業が足りませんデ」
『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)に答えるは、修道女姿のツインテール。『天慈災禍の狂い姫』エメレア・アルヴェート(p3n000265)。
「貴女サマがいらしたノハ僥倖で。事が済みましたラ、此処で見たモノ知れたモノ。どうぞかの方ニ伝えて下さいナ?」
「えー、やーだ♪ メンドクサイもん♫」
「あらアラ、悪い子ですネ? オシオキですか?」
「素敵♡ お仕置き、お願い♡」
「楽しそうだなァ。悪ぃが、チョイと混ぜてクレ」
割り込むのは、もう一人の死霊術師。『彼岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)。
「ソチラも御同輩の様ですネ。良くも御足労いただきまシテ」
「ああ、丁寧にありがとヨ」
挨拶し返す赤羽。
「お前サンがエメレアか。大層な二つ名だから、もっと厳ついのを想像してたガ」
「つまりカワイイと? お世辞がお上手デ」
ぶりっ子ポーズとるエメレア。苦笑しつつ、赤羽は言葉を続ける。
「なら、お世辞の対価が欲しいネ。その手に持ってるモン、こっちにくれねぇカ?」
示したのはエメレアの持つ七色の玉。『バロールの瞳』。
「駄目デス」
にべも無い。
「やれやれ、釣れないねェ」
溜息吐きながら、視線は離さない。けれど。
「駄目デース」
しまってしまうのは胸元。ちょっと手が出し辛い。
「面白い子ですね。エメレア・アルヴェ―ト」
進み出る『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)。
「経緯を調べて来ましたが、修道院でどう育とうとそれだけでは『そうはならない』でしょう。何かの導きがあったのか。それとも、生まれつき残魂に触れられる素養があったのか分かりませんが……」
ニコニコと笑う、光の無い目を見ながら。
「精神的な箍の無い逸脱した人間である、という事は間違いなさそうですね」
まともな論は通じない。理解しつつ、言っておきたい事はある。
「死者の救済。中々面白い思想ですが……彼らを放置して暴れさせておく事が、貴女の言う所の救済ですか?」
周囲の死霊達を見渡して。
「残した怨念、刻んだ妄執……意識の欠片、魂の残滓。あの様子では、死者達は相当な妄念を残した様ですが……そのままにしておくだけでは、永遠に彼ら自身の想いを遂げる事など出来ないと思いますよ?」
答えはない。ただニコニコと、アリシスの論に耳を傾ける。
「遂行には対話が必要ですが、貴女には向いていないでしょうね。ちょうどお人好しが何人も居まして、彼らに任せていただけませんか?」
「ウフフふフ」
エメレアが笑う。
「おお、何と言う事か。主に命を定められたるはわたくしですのに。そのわたくしよりも御自身方が主の望みに近かりしと宣われる。不敬。不遜。七つが罪の具現、此れ在り」
芝居掛がかった口調で。
「であるならば、其が罪は己が身にて報いを知るべき。枷を断ちましょう。存分にお知りなさい。其が苦悶が如何なるかを!」
指を鳴らす。それまでも相当だった死霊達の声が、一層激しさを増した。
「うわ、何なのです!?」
思わず耳を押さえる『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)。
「周辺敵意、急速上昇。複数ノ 死霊ノ 戦闘体制ヘノ 移行ヲ 確認。迅速ナ 応戦準備ヲ 推奨」
気配を察し、『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は警鐘を鳴らす。
「……枷を掛けてましたか。これだけの数を完全でないとは言え制御するとは、噂通りの手練れですね」
奇声と共に襲いかかって来る死霊達。凶器の切っ先を躱す端から群がって来る。
「死霊と言うより、ゾンビですね」
フリークライが発光機能を起動。明瞭になる視界の中で、寛治もソリッド・シナジーとバロールを展開する。自動拳銃で応戦。穿たれた死霊数体が霧散する。けれど。
「敵 増援ヲ 感知」
フリークライの忠告に倣う様に、周囲の墓標から新たに現れる死霊達。
「……封印は完全に御釈迦になってますね」
墓地は死霊達によって掌握され、形ばかりの死と蘇生を繰り返す循環機と化している。
「バロールの瞳がこれほどの代物とは。キルケルさんには今後、厳重な保管をお願いしておくとしましょう」
溜息を吐きながら、また一体に仮初の安息を。
「勿論、無事に取り返してからの話ですがね」
次の標的を定め様としたその時。
「危ナ……ワォ!」
「フリークライさん!?」
フリークライを襲う、重い蹴撃。鉄の体を軽々と吹っ飛ばし、返す刀で寛治にも。
辛うじて防御するが、抜けてくる衝撃も半端では無い。
「結構な御手前デ」
「……年相応とは言い難い威力です。一応確認しておきますが、貴女は本当にエメレア・アルヴェートさんですよね? 実はもう中身が『違うモノ』になってたりしませんでしょうね?」
「アハハ、お気遣い無ク」
クルクル回りながら、エメレアは歌う。
「アタシの救いハ、アタシの意志デス。どなた様ニモ譲りませんヨ? 例え、ソレが主の御心でアッタとシテモ」
彼女の言葉に、寛治が眉をひそめたその時。
「寛治様」
群がる死霊をミストルティンの槍で薙ぎ払ったアリシスが声がける。
「収拾がつきません。打ち合わせの通り、手を分けて当たりましょう」
「ですね。赤羽さん、スティアさん。 お願いします」
この地獄を鎮める方法は一つ。彼らの頭領であるマスカルト家当主レベナ・マスカルトと、対するザーシャ家当主エルネス・ザーシャの霊魂を昇華する事。
事情を調べ、作戦も立てて来たのだが。
「いやまあ、そりゃ良いんだがヨ?」
「どうしたもんかなぁ? コレ」
視界を埋める死霊の群れに、悩む赤羽とスティア。この中から目当ての二人を探し出そうとか、やってる内に夜が明けそう。
「あア、あの御二人デスか?」
突然の背後からの声。寛治達と対峙したエメレアが首だけでこっちを見ていた。
「……余裕あんナ。お前さん」
「貴方方ハ善ではありませんガ、思慮深い。故に、やり易いのデス」
言って、クイと指を引く。
途端。
『何か』がぶっ飛んで来た。
『ああ、ああ! エルネス様! 死んでください死んでください! 貴女が欲しい! レベナは貴方だけが欲しいのです! 貴方をください! レベナにください! 死んで永久に、レベナの側に!!』
『レベナ! レベナ!! レベナ!!! 君は可哀想な娘だ! 可憐で儚いスノードロップ! その純白が! これ以上邪教の汚泥に汚れるのは我慢出来ない! 救ってあげる! このボクが! 真っ白に戻して、主の御許に送ってあげる!! 痛くないよ! 大丈夫! 全部、全部委ねておくれ! 綺麗なレベナ!』
目の前に落ちてくるなり始まる騒ぎ。会話どころじゃない。互いの言葉が、端から明後日の方向に暴投している。
正しく、この凶事の柱。
『亡霊淑女』レベナ・マスカルトと『死霊令嬢』エルネス・ザーシャのご登板。
「おぉう……」
「すっご……」
絶句する赤羽&スティア。
「これ、入れるのかぁ……」
「ビビったか? 今更ケツ捲る選択はねぇゾ?」
「当然! 死んでまで憎み合うというのはとても悲しいね! 落ち着いて話すことができれば話は変わってくるのかな? どうせなら仲直りさせてあげたいし、全力で頑張るよ! 伊達に『聖女』の号は負ってない!」
「上等ダ! 行くゼ!」
「GO GO!」
かくて、依代二人が挑むは読んだ通りの『殺し愛』。
「思ったよりも、協力的ですね。何か、企んでますか?」
問うアリシスに、変わらぬ笑みでエメレアは答える。
「ええ、エエ。企んでマスよ? 悲しき御霊ガ救われる術ヲ。常に常ニ」
「今回もあくまで目的はソレ? なら、目的は同じですね。無駄な争いは……」
「ええ、ええ。『無駄』な争いハ不要デス」
ココロの提案に応じる様に、タンと足を鳴らす。
途端、周囲に渦巻いていた敵意・殺気が方向を変えた。
寛治・アリシス・ココロ・フリークライ・メイの五人に。
「フィールド全域ノ ターゲット認定ガ 此方ヘ。最大限ノ 警戒ヲ 推奨」
「ええと、これって……」
「レベナ様とエルネス様の正気を奪っているノは、この眷属方の思念デス」
両手を広げ、荒ぶ死霊達を示すエメレア。
「故ニ、御二人の未練を晴らすにハこの方々の思念ハ些か邪魔でして……。ネ♡」
ウィンクされ、溜息を吐く寛治。
「成程……ソレが私達を巻き込んだ理由ですか」
「眷属達の気を逸らす、囮が必要だった訳ですね?」
アリシスも溜息。
「冗談じゃない……って抜ける訳にもいかないですしねぇ。今更」
ボヤくココロに『そうですねェ』と頷くエメレア。
「ソレに、貴方方には眷属皆様が夢中になる様ニマーキングをさせていただきマシタから。何処までデモ憑いていきますヨ?」
言われて気づく、コッソリと付けられた忌まわしき呪印。
「あ、いつの間にーなのです!」
「恐ラクハ 彼女ノ 攻撃ヲ 受ケタ 際ト 推測」
手際の良さに呆れるメイとフリークライ。
「逃げてモ宜しいですガ、その場合行く先々ヘ眷属方を連れ込む結果ニなる事ヲお忘れ無く」
ケタケタ笑うエメレアを睨むアリシス。
「……無辜の者まで巻き込むも、想定の内と?」
「リカバリーが効くのガ生者の特権。何モ叶わぬ死者に、ソレくらいノ助力ハ些事デございまショウ?」
そしてまた、ケタケタ。
「……考え方が、まんまテロリストなのです」
「庇護対象ガ 命デハナイ。ヨリ 危険」
メイの声に憤りが滲む。フリークライもまた、静かに警鐘を。
「……どうにかしたい所ですが、今回は依頼と死霊達の処理が優先です。読み違えは、向こうの利になりますので」
釘を刺す寛治に、アリシスとココロが頷く。
「どうせ、やる事は変わらないから」
「今は役目を、果たしましょう」
「うフふ、冷静な事デ結構デス。ソレでは、救済の夜会。幕ヲ上げさせていただきマス」
エメレアが、恭しくお辞儀をしたその時。
「お話、終わったー?」
嬉しそうな声と共に、降ってくる死神の斬撃。流れる様に受けて掴んで放り投げる。血の雫と共にクルクル舞って、ストン着地したマリカ。誰かさんの様に、狂い咲きの笑みを浮かべて。
「もう良いでしょ? ずっと、待ってたの♡」
「えエ、エえ。終わりましタよ同胞ヨ。お預けガ出来る様ニなったのデスね? 良い娘、良イ子、愛しいコ」
「エヘヘ♪ なら、ご褒美ちょうだい♡」
「ええ、エエ。差し上げまショウ」
刃を掴んで投げた手。真っ赤に咲いた華で紅を塗り。
「イタくてアマイ、荊棘の鞭を」
「キャハハハハ♪ 素敵! ちょうだいちょうだい! いっぱい、いぃっぱい♡」
跳ね上がる、狂い駒鳥比翼連理。弾ける嬌声、纏って絡む。
「……こっちも大概ですね……」
「死んでても生きてても、拗らせると怖いなぁ……」
「間に挟まっても大丈夫なのです?」
「非推奨」
「取り敢えず、呑まれない様にしてください。狂気の御裾分けなど、貰っても碌な事がないでしょうから。ねぇ、皆さん?」
尋ねながら新しい弾丸を装填する寛治。囲む死霊達が、歪な笑みを浮かべて頷いた。
●
戦闘の気配を察した赤羽が、『相方』に言う。
「始まった様だナ。大層苦労しそうだガ」
「死霊術師……俺、と言うか赤羽(お前)も一応はその括りに入るけれど、彼女はマリカともまた違う感じだな」
相方ーー大地の感想に、肩を竦める気配。
「ありゃ、もう両足突っ込んでるナ。俺らの界隈でも、嫌がられるゼ? やり合って負けるモンじゃねぇが、酷い後腐れを遺して行きやがル」
笑えない。
「なら、早々に終わらせよう。これ以上の厄を、呼び込んでしまわない様に」
もう一人の依代。スティアに声をかける。
「始めるぞ。気持ちを凪げ」
「分かった」
漏れて来た死霊を夜葬儀鳳花で焼き払い、頷く。
燃え尽きて行く死霊達が、今際の際の怨嗟を唱う。向ける先は、炎華の蒔き手であるスティアでは無く。
地獄の如き喧騒の中、なお互いだけを見て。互いの永遠だけを利己に求める爛れた想い。その妄執を、また無数の怨念が縛り縫い付ける。
「……テメェらの信じてた神さんとやらがどんな筋かは知らねぇし、知る気もねぇガ……」
姦姦と鳴り響く呪いの調べを邪魔だとばかりに薙ぎ払い、赤羽はエキスパートで強化した地獄花を展開させる。
「顛末見る限り、碌なモンじゃありゃしねぇゾ」
スティアがまた数体、死霊を焼いた。その死はほんの束の間。堕ちた彼らは墓土に染み込み、また這いずり出す。いつかの憎悪は、そのままに。
ずっとずっと。終わりの見えない無限の地獄。
その全ての責を若い当主二人に押し付け、彼らは意味なぞ当に無い殺し合いをし続ける。
呪詛の暴風の中、互い一人の世界に佇むレベナとエルネス。
「……話した事も無いんだね。知ってるのに、心に有るのはハリボテと同じ。悲しいね。虚しいね」
向こうで、悲鳴。有象無象の死霊如きに遅れを取る者はいないが、エメレアが怖い。彼女に注意を取られ過ぎれば、尽きぬ死霊の数そのモノが足を掬いに来る。
(待っててね。皆)
中核である当主二人に思念を紐付けているが故、彼女達が昇華すれば全ての死霊も芋蔓式に消える事は確認済み。なれば、優先順位は決まっている。
「嬢ちゃん、良いナ!?」
「オッケー!」
間際に戦う仲間達に花天の祝福を巻いて、スティアは赤羽の声にそう答えた。
●
「花天ノ 祝福」
「助かるのですー」
散々振り回された皆が、一時息を吐く。
「此れハ見事な。良き同業者サマがいらっしゃる様デ」
癒しの花弁を手に受けて、感心の声を漏らすエメレア。
「同業者だと思うなら、あなたも彼女の様にしたらどうです!?」
死霊達を牽制しながら、ココロはエメレアに呼びかける。
「死んでも愛は続く! それはとっても素晴らしいのです! 愛し合う男女は冥府に行っても仲を……」
「御二方とも、女性ですネェ」
「あっ、そうだっけ? だったら! 尚の事! 愛は報われるべきです! そう思いませんか!?」
叩き付けた言葉に、エメレアはニコニコと頷く。
「全く持っテ同感デス。尊い思想ヲお待ちデスね」
「あ、こりゃどうも……じゃなくて!」
褒められて照れたものの、すぐ正気に戻る。
「それなら、何でこんな真似をするんです!? 彼女達の門出を、最後まで血と呪いで汚す気ですか!?」
「彼女らダケではありまセンのデ」
「は?」
「言ったでショウ? アタシは、全てノ御霊ヲ救うのデス。全てデス。ソレは、此の大勢の眷属方モ例外ではアリマセン」
「どうやって!?」
「本来デあれば、御一人ずつ対応するガ理想デスが。些か時ガ経ち過ぎマシタ。今や此の方々の個は溶ケテ混じり、ほぼ一つの妄執、『殺さねば、亡ぼさねば』の意志に統一されてイマス。もう、矛先ナド『誰でも』良いのデス」
紡がれた言の葉の意味を悟り、ゾッとする。
「まさか!?」
「互いノお相手は、もうどう頑張ってモ殺しモ亡ぼしモ出来ませんのデ」
つまり、まだ生きている者達に『解消』の『代役』を。
「ふざけんな!!」
憤りのまま、手近の墓標をブン殴る。酷い罰当たりだが、中身は元凶の馬鹿者達である。謝る気にもならない。
「人の命を何だと……」
「尊いモノです」
「は?」
「人の命ハ、尊いモノです。命とは御魂デス。御魂ハ不滅です。死してモ、御霊となって在り続けマス。主の御許に御魂が平等なれバ、死者モ生者同様に尊いのデス」
「だからって……」
「術有る生者ハ強者。術無き死者は弱者。強者が弱者ニ与え奉仕するハ、正しく美徳デありまショウ?」
そう結び、『お分かり?』と微笑む。
「分かりました!」
渾身の震脚で地を打って、ココロは吼える。
「死んでいる人にも人権があるなら、利用許可証に本人のサインを入れてもらわなければ死人権侵害です!」
ビシッと指を突き付ける先は、エメレアの懐に在るバロールの瞳。
「再発防止策を役所に提出するまで、その目はこちらが預かります! 渡してください!」
確信した。
この破綻者に持たせていては、本気でヤバい。取り上げなければいけない。絶対に。
「お役所仕事」
「問答無用!」
地を蹴って間合いを詰める。急所を狙って放つのは、格闘術式『斬海脚』。
此方は此方で、人種とは思えない反応速度で動いたエメレアがスルリと受け流す。
「此れまた、結構ナ……」
愉しげにニヤけた瞬間、七色の光の鎖が彼女を束縛する。アリシスの七戒。
「捕まえました」
「ありがとうございます」
謝辞と共に、寛治がラフィング・ピリオドで狙撃する。
パッと咲く血の華。撃ち抜かれたエメレアがよろめく。ダメ押す様に叩き込まれる、アリシスのミストルティンの槍とココロの斬海脚。
全てが決まって、吹っ飛ばされた華奢な身体が地に転がる。けれど。
「うふ、フふふ、凄いスゴイ! お見事!」
操り人形の様に跳ね起きて、顔の血を拭って笑う。
「効いてない!? 外された!?」
「いえ、確かに手応えはありましたが……」
伺うアリシスに、寛治も頷く。
「ええ、確かに急所を射抜きました。なのに、あの様子は……」
思い当たる、嫌な可能性。後押しする様に響く、もう一つの嬌声。
「アハハハハハ! ダメだめ! そんなんじゃ、エメレアちゃんは止まんないから!!」
妖蝶の様に舞ったマリカが、死神の鎌を振り下ろす。
「Death apple!」
「ロンギヌス・マリア」
頭を林檎の様にかち割ろうとした刃を、血色の閃光を纏った貫手が撃ち返す。
神秘を纏ってはいようが、素手は素手。同じ神秘の刃と同等の道理は無く、激しく傷ついて血飛沫を上げる。けれど、血塗れの聖槍は死神の鎌を弾いて尚止まらず。そのままマリカの頬を裂いて返礼の如く鮮血を散らす。
「アハハハハハ、すっごぉい! さっすがエメレアちゃん!」
「ええ、エエ! ですかラ、『不殺』の御心遣いハ不要デスよ?」
「キャハハハ、ダメだよぅ、ホントに殺しちゃう! やだよ!? もっともっと遊びたいの!!」
「うふフフふ、駄目デスよぅ。そんな愛らしい事ヲ言ってハ! 壊したくなってしまいマス!」
朱の華を咲かせながら、踊り戯れる様に身を抉り合う死霊使いの少女二人。その狂態に、寛治が眉を潜める。
(マズイですね。痛みが、行動の抑制に繋がっていない……)
恐らく、狂気が痛覚を麻痺させている。
寛治の本分は交渉術。話が通じる相手なら、大概は纏める事が出来る。けれど、価値観がまるで異なるエメレアとのソレは困難。
理の通じ難い彼女を交渉のテーブルに乗せるにはどうするか。
ある程度のダメージによって狂気を抑制した上で、利害を餌に呼び寄せる。
そのプロットが意味をなさなくなる。
「最後の選択も、考慮に入れるべきですか……」
手にした銃のグリップを、静かに握り締める。
●
メイとフリークライはサポートと死霊の対処に追われていた。
サイバーゴーグルで確保する視界は、地獄。死霊達の慟哭は、いつかの戦の再現。違うのは、その殺意敵意の大半が自分達に向けられている事。
「彼等 敵意 外ニ 向カナイ。 関係無イ人達 安全。 助カル」
「そこの所はエメレアさんに感謝なのです」
実際、この災害級の霊禍が最小限の被害で済んでいたのは兎にも角にもエメレアが死霊達の手綱を握っていたが故。皮肉。
葬送者の鐘が鳴る。
「この鐘の音は、死者を送るためのもの。『葬送者』として、メイがみんなの旅路を案内するです」
彼女は歌う。証たる鐘。其れに宿る、姉の願いに声を揃え。
遺した未練。悲しき怨念。纏わり付くは虚しき枷。脱ぎ捨てて、還りませんか? 暖かな場所で。安らぎの歌の中で。あなた達が寝付くまで。歌い続けてあげるから。
慈悲の音の中で、死霊達は朽ちて行く。晴らし損ねた未練と、上回る歓喜を叫び。
「凄イ」
天に還って行く死霊達。フリークライの呟きに、メイは言う。
「メイの葬送者としての振る舞いはまだ真似事なのです。けど、ねーさまの鐘の音は必ず皆に響いてくれるのです」
そんな彼女に、フリークライは言う。
「鐘ニ遺サレタ 願イ。 ドンナニ強クテモ ソレダケデ 鳴ル 不可能。 メイ ガ 居ルカラ 歌エル。 誇ル ベキ」
思わぬ言葉に、少しだけポカンとして。
「ありがとうなのです」
見習い葬送者は、綺麗に笑った。
と。
「危険」
警告するフリークライ。
『え?』と振り向くと。
間近に迫るマリカの身体。
「うぼぁー!?」
がっつり衝突して諸共に転がる。
「アハハハハハハ、やられちゃったぁ♪」
「ちょ、ちょっと……大丈夫……じゃないのですー!?」
傷だらけのマリカ。血化粧に彩られた肢体は、艶めかしくも凄絶。
「今、回復を……」
急いで施す、熾天宝冠。治療を受けながら、マリカはブツブツと呟く。
「……マリカちゃんね、なくしたオモチャをいっぱい探したんだ。探して探して探しまわったけど、ぜんぜん見つからないの。でもね、見つからないとホッとしてるマリカちゃんも居るのに気づいちゃった。なんでだろうね。どうしてだろうね」
その目に、かの狂い姫のソレと同じ輝きを見る。微かに泡立つ肌。
治療が終わるや否や、ユラリと立ち上がるマリカ。
「バロールの瞳ってすごいちからがあるんでしょ? マリカちゃんの探し物も見つからないかなぁ」
そして、またすっ飛んでいく。彼女の腕の中へ。そこに、答えが有るとでも言うかの様に。
「……何か、彼女も危ういですよね」
見れば、自身をフェニックスで回復するココロ。彼女もぶん投げられたらしい。
「共感を求めてるみたいなのです」
「確かに。でも、相手が『アレ』では駄目。連れて行かれて、戻れない」
回復を終えて、立ち上がる。
「エメレアを祓う。この場だけでも」
「サポートはお任せなのです」
「お願い」
そして、ココロもまた戦場へ帰る。
「主義主張 信条 問答デハ ケリ ツカナイダロウ」
死霊達の相手をしていたフリークライが呟く。
「フリックモ譲ル気無イガ故ニ。タダ……」
見回すのは、忌み地として捨て置かれた墓地。
「封印スルダケシテ 墓地放置 思ウコトアル フリック 同意」
此れだけの戦闘なのに、墓標がほとんど壊れていない。
彼が護ったのだと気づいて、メイは思い至る。
フリークライはかつて誰かの墓守であったと聞いた。本来、安寧の褥であるべき墓地。それが牢獄となっている事に、痛みを感じるのかもしれない。
「ドウニモ レベナ エルネス 憎シミ 始マリ ナンダッタノカ」
水月花の墓守は思う。
果てぬ妄執。
安寧を拒む枷の意味。
「ソモソモ 歴史 語ラレル ドコマデ 真実ナノカ。憎ムダケニシテハ 互イ 殺セド 満タサレズ。未練 有ル 留マル 理由知ルベキ」
何処かで、誰かが叫んだ。
反応する。
「今 仲間 霊 憑依 真相究明中。ダカラ」
展開する保護結界。ソレは自身を守るモノではなく。降り落ちて来た天槌の如き蹴りが、彼の身を鞠の様に。欠片を溢しながら立ち上がり、不思議そうな顔の彼女に言う。
「ソチラ 邪魔シナイデクレルト アリガタイ」
「……壁の花ノ様でしたノデ、お誘いカケテ見たのデスガ」
フリークライが身を挺して守ったモノを見渡すエメレア。
「御自分よりモ、墓標ヲ守られマスか? 無機が故の思考……デモない様デ」
「フリックハ 墓守。墓標ハ 魂ノ休ム場所。壊スノハ イケナイ」
「ほゥ?」
声音が変わる。
「動きが止まった?」
急な様子の変化に違和感を覚えつつも、好機である事に違いは無く。
アリシスが、寛治に問う。
「構いませんか?」
「はい。可能であれば、手心を」
「善処します」
言ったものの、手加減をするつもりは毛頭ない。アレほどの手練れ。仕留められる時に仕留めなければ、返す刃で狩られる。加減など、挟む余裕は無い。
寛治も理解している事。だからこそ、『可能であれば』と言った。
(貴女に、興味はありますが……)
手にした槍に、力を満たす。
(果てに貴女が持たらすであろう災厄とは、比べるべくも無いのです)
決意の意志と共に、槍に満ちた光を解き放つ。
神気閃光。
真っ直ぐに伸びる閃光は、立ち尽くすエメレアの心臓目掛けて。
動かないエメレア。気付かない筈など無いだろうに。
仕留められる。
アリシスが確信した瞬間。
「だっめだよー!」
「!」
割り込み、弾いたのはマリカ。エメレアを守る様に立ち、絶句するアリシスに笑いかける。
「ダメなんだから♫ エメレアちゃんは、マリカちゃんが壊すの♡ ほかの人は、間にはいっちゃだぁめ♡」
「マリカ様……」
戸惑いを立て直し、アリシスは彼女に対峙する。
「我儘を言ってはいけません。今の貴女一人では、彼女は荷が重過ぎます」
「そうかな? そうかも?? でもでも、それなら終わりはまだ来ない。もっとたくさんあそべるよね♡ もっと、もっと♪」
「貴女……」
次の言を継ごうとしたアリシスに向かって、マリカがThe Sweet Deathを向ける。
「言ったよね? エメレアちゃんは、マリカちゃんとあそぶの。邪魔は許さない。持って行くのも、許さない。どうしてもっていうのなら、みんなだって許さない」
ドロリと空気が澱む。地面に染み広がる気配から、マリカ達を守る様に起き上がる影。
両家の死霊達ではない。別口。マリカに従い傅く、下僕達。
「Chocolate ghoul……」
「本気、なのです……?」
ココロがゴクリと唾を飲み込み、メイが呆然と呟く。
「飲まれましたか……? マリカ様……」
苦悩の呻きを漏らし、アリシスは槍を握る手に込める。
選択肢は二つ。
マリカを斃し、エメレアを斃すか。
マリカの意を飲み、エメレアを生かすか。
迷う意味は無い。
エメレアからバロールの眼を回収出来なければ、彼女は各地で此処と同じ災禍を引き起こす。許せば、数多の無辜が犠牲になる。マリカ一人分では、対価になどなり得る筈も無い程の。
正しく。
選択の余地は無い。
ココロとメイも、構えを取る。苦悩しながらも、決意の表情で。彼女達の選択も、同じ。
なれば。
せめても、その罪と痛みは自分が負おう。
己の槍に、再び火を灯す。
戦乙女の名を持つ槍。戦乙女(ヴァルキュリア)は、戦いに死した戦士の御魂を天へ導く。ならば、その皆の元に。彼女の魂も安らぎの園へ。
殺気を感じ取った影達が動く。全てを。今際の痛みさえ貫く一閃を。
絶対の一撃。アリシスが放とうとしたその時。
「ストップ」
静かな声と共に叩かれた肩。虚を突かれ、立ち消える神気。
見れば、影達も地へ沈んでいく。自分達の役目は無くなったと言う様に。
「まだ判別が残っていた様で何よりです。マリカさん」
佇むマリカに声をかけた寛治が、アリシスを見る。
「大丈夫です。武器を、下ろしてください。集中するのは、死霊達だけで良い」
「寛治様、けれど……」
「潮目が、変わりました」
「え……?」
促された先には、佇むエメレアの姿。そう言えばと、思い至る。
自分達がマリカに気を奪われていたのは、およそ数分。それだけの隙、エメレアであれば皆を皆殺しにするには十分過ぎるモノだった筈。なのに。
エメレアの目は、此方を見てはいなかった。己を庇った、マリカでさえも。
佇む彼女が凝視するのは、ただ一人。
その無機の身に、弔いの華を抱く古き墓守。
「フリークライ様……」
「……ひょっとしたら、まだ可能性があるかもしれません」
そう言って、寛治は眼鏡の奥の眼差しを細めた。
●
「死者。生者。平等 説キナガラモ 人権<死人権 帰結スル。理解困難」
フリークライの言葉に、エメレアは耳を傾ける。先までの暴威が嘘の様に。静かに。整然とした態度で。
「イヤ アクマデモ 邪魔ナノハ ヒトソノモノヨリモ 理カ」
何故かは分からない。彼女の理は、常人には察せない。狂人故に。余りに死に寄り添い過ぎた思考故に。
けれど、何かが届いたのは確か。
「我 フリック。我 フリークライ 我 墓守」
ひょっとしたら、彼の。
フリークライの言葉だから、届いたのかもしれない。
「死者 願イ 叶エル権利アル同意」
意志は在れど、脈打たぬ身体。
無機なれど、内包する魂。
「死者 涙 拭ウ 理解」
ソレは、寧ろ彼女が慈しむ領域の有り様に近いのかも知れない。有機なれど、それ故に熱ある鼓動に束縛される者達よりも。
「デモ ソレハ 遺サレタ者 生者 ナスベキコト」
だから、彼女は彼の声に気づいた。
「ヒト 死者 邪魔ニアラズ」
死に寄り添う為に、人の理を捨てた者。
人成らざる故に、死に寄り添う事が出来た者。
辿った道は違えども、辿り着いた場所は等しく同じ。だから、彼女は聞く。
「死 護ル 死者 心 護ル 遺サレタ者 心 護ル 密接」
同じ領域に在すれど、己が捨てた理を持ち続ける彼の意を。
想いを。
「片方ダケ尊重 成リ立タナイ」
そして、彼女は笑う。侮蔑でも、否定でも無く。
『ええ、エエ。そうですね』と。
己の不知を。
矛盾を知りて。
こう結論付けるのだ。
『だからアタシは、貴方方が在るを望み。求むのでしょう』
と。
●
下拵えをしたとは言え、彼女達は酷くアッサリと呼びかけに応じた。
元より、『決着』の為の肉体を欲していた者達。
ただソレだけが術と。
あえかに儚く。
知っていたから。
「ヒヒッ、しかし大地クンに霊を憑依させる事になるとはナ。既に俺に憑かれてるようなモンだガ」
「お前は悪霊というより悪魔みたいな男だけどな」
愉快そうに嗤う相方と話しながら、大地の人格は己の深層を探る。時折感じる、深淵に引き込まれる様な感覚。彼女が求めている。身体が欲しいと。己が願いを叶う為の、術が欲しいと。
飲み込まれてしまえば、終わり。気を強く持ちながら、探る。
そして。
「大地クン」
「ああ……」
暗がりに佇む、男装の麗人。ポニーテールに纏めた黄金の髪が、闇の中で妖しく。
「よう、ご機嫌カイ?」
『ああ、とても良い。永きの霞が、ようやく晴れた様だ。贅沢を言えば……』
振り返る。ゾッとする程に、端正な顔。
『しばし、貸していただけると尚助かる』
囁く、エルネス・ザーシャ。その手に光るレイピアを見て、赤羽は苦く嗤う。
「ま、すんなり行くとは端から思ってねーガ」
「スティアさんは大丈夫かな?」
レイピアを構えて迫ってくるエルネスを黙らせる準備をしながら、ぼやく二人。
取り敢えず、分からせる。
『きぇええ〜っ!!』
「ぐぇええ!?」
一方、レベナ・マスカルト担当のスティア。此処が私の深層か〜なんて思ってたら、突然後ろから首を絞められた。誰だ! などと一瞬思ったが、誰も彼も。此処にいるのは自分以外には一人しかいない。
『死ね〜!』
「レベナさん!? レベナさんですね!?」
『死ねぇええ!!』
「ちょ、ま……話を聞いて……」
『身体を捧げよ〜!!』
「いやだから……」
『全てはレベナの為! 身体をよこすのですぅ!! ソレを持って、レベナは此度こそ願いを成就させるのですぅ〜!!!』
「その……」
『しぃいねぇ〜!!!!』
ギリギリ絞まる首。
ぶっちゃけ非力なのだが、相応の技術はあるらしくて。的確にツボを攻めて来る。このままじゃ、落とされる。非力だけど。
で。
「良い加減にせんかー!!!!」
『ふみゃー!?!!』
思いっ切り背負い投げを決められた、吹っ飛んでくレベナ。技術が有っても力が無いから、アッサリ制圧されるのである。
やはり暴力。力はパワー。
「ど、どう? 頭は冷えた?」
ゼェゼェと息を切らしながら、転がる黒髪ウェーブの少女を見下ろす。
小さい。聞いてた歳にしては、メチャ小さい。こんなの神輿に担いで戦争してたのか。
当時の狂気に、今更ながら腹が立つ。
兎に角、今は此のちびっ子を説得しなければ。うつ伏せで伸びてるレベナに声をかける。
「もしもし、レベナさん?」
『…………』
「もしも〜し」
反応が無い。
ひょっとして、勢い余ってヤッてしまっただろうか?
心配になって来たので、取り敢えずつついて見ようと腰を屈める。
『かかったな! アホが!!」
「かかってない!」
『ぺもぁ!?』
おもむろに起き上がって襲いかかって来た所を、振り下ろしの正拳で沈める。
今度こそ沈黙するレベナ。
本題に移る前に疲れて来た。
『無念!』
折れたレイピアを落として膝を突くエルネス。
「やれやれ、やっと大人しくなったナ」
身体を奪おうと戦いを挑んだエルネスだったが、所詮は御神輿。数多の鉄火場を潜って来た赤羽達の相手では無く。
「落ち着いたなら、話をだナ……」
『許しておくれ、レベナ! 魔道に堕ちて尚、キミを救う刃になれないボクを!」
そもそも、その方法論が問題なのだが。
ツッコもうとする赤羽の前で、エルネスが折れたレイピアを掴む。
『この上は今一度輪廻の輪へと還り、来世にてキミを!』
「あ」
「ちょっと」
思わず二人して声が出る。閃いた切っ先は、そのまま喉を貫き……。
『……アレ?』
「だから」
「お前サン、もう死んでんダロ」
呆れかえる二人で一人をマジマジと見て、ワッと泣き伏せるエルネス。
『だからぁ! レベナはぁ!! エルネス様を殺すって決めたんですぅ!!! 仕方ないじゃないですかぁ!!? 爺や達は分からず屋だしぃ!! 二人共! 女だしでぇ!! もうそうするしかぁ! 一緒に居る方法はぁ!!!』
泣きじゃくりながらバンバン床を叩くレベナ。言いたい事は分かるが、だからって相手を剥製にして勝利の証を建前にして寝室に飾るとか。猟奇的にも程があるだろと思うスティア。
何かもう、色々教育が間違ってたんだろなと。
歪んだ思想の持主。普段なら、相手をするのは避けるタイプ。でも、そこを何とかするのが今の自分達の役目。
腹を決め、話を切り出す。
「うーん、話を聞いていて思ったんだけど。もう死んじゃってるから、障害はないんじゃない?」
実は、話を聞きながらずっと思ってた事。この娘、ひょっとして。
『何ですかぁ!? 分かった風な顔して! 死んでたって問題は……ん?』
何かに気づいた様に固まる彼女。
『え? アレ⁇ レベナは死んでて、エルネス様も……? あれ? でも女である事は変わらない……』
「性別だって、肉体がないなら気にしても仕方ないし……」
『え? アレ?? でも、アレレ???』
そう、彼女は自身が死んでいると言う意味を理解していなかった。恐らくは、魂が眷属達の思念で縛られる事でまともな思考力が奪われていた。
「永遠に、側にいることも出来るよね?」
此処は、スティアと言う命の胎の中。
守ってあげられる。
母が子を、守る様に。
「今するべき事は、素直になる事かな?」
今なら届く。
怖い呪いも。
悲しい憎悪も届かない今なら。
「好きなら好きって伝えた方が良いと思う」
貴女が、本当にしたかった事は。
言いたかった事は。
「私が言ってあげても良いんだけど、自分の言葉で伝える方が良いと思うよ」
本当の時には届かなく。
在るべき時は失われ。
ソレでも、貴女はまだ此処に在る。
そして、彼女も。
ならソレは。
「上手くいったら祝福の祈りを捧げてあげるから! こう見えても、聖職者だからお任せあれ!」
本当の神様が与えてくれた、貴女達だけの奇跡。
だから、スティアは告げるのだ。
ーー新たな旅立ちに、祝福をーー。
ってね。
「そいつは難儀だったなァ。だが考えようによっちゃア、死んでラッキーだったゾ、お二方」
ずっと張り詰めていたモノが、ポロリと落ちた。
泣きじゃくるのを、ままにして。
やがて全ての澱が流れ切るのを見計らい。
赤羽は切々と仮面の剥がれた少女に説く。
「何せ人間が決めた法律は生者を前提にした者。死んだアンタ等には関係ねェ。ついでに身体も滅びた今じャ、互いの血筋も何もあったもんじゃねぇしナ」
そう、人世の業とか柵とか。何なら法や常識まで。今此処に至っては全て夢の果て。
全部合切放り捨て、ただただ今を走れば良い。
だからこそ、死は解放であり。
安寧なのだから。
「だガ、ここだとあまりにも場所が悪イ。何も知らん聖職者気取りにアンタ達の逢瀬を邪魔されるのはムカつくだロ?」
故に、此処からは俗世に塗れた魔術師の領分。悪趣味で面白味の無いグランギニョール。飛び切りご都合主義のハッピーエンドを添えて、描いた神(クソ野郎)の面を潰してやろう。
「アンタ達ヲ、ここよりもっと良い場所に案内すル。そうしたラ、殺(愛)し合うも何でも好きにすればいイ」
言って、指を鳴らす。繋がる意識。
気づけば、ポジティブ聖女に付き添われた亡霊淑女。
二人一役の魔法使いを連れた死霊令嬢。
数多幾多の時の果て。ようやく見れた互いの素顔。
歪な仮面がポロリと落ちて。
二つの心は――。
「状況を把握しましたなら、聞いてください」
一条の光となって天に上がった二色の御霊。追従する様に星となって消え行く死霊達。
満足でも感慨でも無い。不思議な表情で見送るエメレアに向かって、寛治は説く。
「そもそもお聞きしますが……」
エメレアは無言。意志は、読めないけれど。
「貴女の主張される『死人権』、これは死者の意志に寄り添い叶える事を指している。違いますか?」
反応は無い。けれど、拒絶の気配も無い。聞く気はあるのだと判断し、続ける。
「であれば我々は、エルネスとレベナが生前から、そして死後なお抱えていた誤解を解き、死者の意志を叶えるという『死人権』を保障する仕事をしたと言えます」
ここからが、執念場。
「ならば、その報酬を要求したい。バロールの瞳をこちらに渡していただけるなら、この場を戦場から交渉のテーブルに変えましょう」
そう言った瞬間。
「ハイ。どうゾ」
件の魔珠が、無造作に放って寄越された。射線上にいたココロ、吃驚しながら何とかキャッチ。
あまりにもアッサリ。流石に目を丸くする寛治に向かって、エメレアは笑う。
「仰る通り、十分過ぎる対価です。寧ろ、此方の方が余る程。貴方方に『依頼した』甲斐がありました」
「エメレアさん……貴女は……」
寛治の言葉を遮る様に、エメレアは言う。
「瞳(ソレ)は、唯の『モノ』です。少々他の魔術式に比べて重くて硬いだけ。理屈だけ分かれば、もう必要ありません」
言いながら、パキポキ拳を鳴らす。
「……『アレ』で代用する気の様ですね……」
「流石に無理だと思うんだけど……」
「一抹の不安が有るのです……」
嫌そうな顔をする一同を見渡して、止めた先。
「ですから、こんなモノに頼ろうとか思わない事ですね。愛しく愚かな同胞よ」
立てない程にボロボロになったマリカ。その目を見つめ。
「励みなさいませ。先ずはコレがちゃんと袖引きになる程度には」
そう言って、足に纏わり憑いていた不可視をグチャリと踏み潰す。
「あ~あ、駄目かぁ♪」
落ち込んだ振りして、こっそりChocolate ghoulなぞ仕込んでいた。その甘さを、冷やかし笑い。最後に向けるは、水月花の墓守。
「古き先達よ。興味深き御言葉、有難うございます。またいつか、論を交わしたく思います。付きましては」
――どうぞ、かの方達に手向けの花一輪。お願い致します――。
「分かった」
フリークライに、異論は無い。元より、弔う者も無きこの忌み地。せめても自分がと思っていたから。
その想いを見透かした様に微笑んで、改めて皆に一礼。
「それでは、今宵の舞台は此れにてお仕舞。皆々様、どうかお帰りの道はご注意を」
その姿が影から伸びた手に抱かれる瞬間、マリカが言った。
「逃がさないからね。エメレアちゃん♡」
「ええ、エエ。まタ、踊りまショウ。哀れデ愛しい同胞ヨ」
そして、天慈災禍の狂い姫は闇へと消える。
微かに漂う、甘美な死臭を香らせて。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
此れにて、此度の夜劇は終了となります。
ご観覧の皆様、誠にご苦労有難うございます。
ご縁がありましたら、またいずれ……。
GMコメント
久しぶりです。土斑猫です。
この度は前に頂いて温めていたアフターアクションになります。
感謝の意を込めまして、頑張らせていただきます。
●目標
エメレア・アルヴェートが所持する『バロールの目』を回収し、『レベナ・マスカルト』と『エルネス・ザーシャ』率いる死霊群を無力化する事。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●『バロールの目』
古代遺跡から出土した、自然の魔力の結晶体。
何を起こすでもない代物なのだが、この度とても狂った使い方が判明した。
●ロケーション
時間帯は深夜。
舞台は墓地。
月明かりで視界は裸眼でぎりぎり。墓標を足場にしたりガードに使ったり出来るが、古いのでたまに崩れる。
●エネミー①
【天慈災禍の狂い姫】エメレア・アルヴェート
15歳。人間種。女性。
修道女でネクロマンサーで『人権<死人権』が信条の狂人。
前述の通り、彼女からバロールの目を取り戻すのが最大の目標。戦って倒すも良し。説得してみるも良し。取り引きするもまた良し。
〈戦闘方法〉
・『徒手空拳・殴』:物至単にダメージ。
・『徒手空拳・蹴』:物近単にダメージ。
・『カタパルト・メイデン』:物至単に大ダメージ。ぶん投げ。成功されると近くのPCが巻き込まれる。
・『ロンギヌス・ヴァルキュリア』:物近単に大ダメージ。鋭い貫手。出血。
・『ミョルニル・キュベレー』:物至単に大ダメージ。エゲツナイかかと落とし。麻痺。
●エネミー②
『死霊』
今だ怨念晴れぬ古き者達。
両家の頭首二人を憎念で縛り、終わり無き血闘に駆り立てる。
場所が場所なので、次から次に湧いてきてキリが無い。
〈戦闘方法〉
・ポルターガイスト:物遠単にダメージ。石や瓦礫を飛ばして来る。
・凶器:物近単にダメージ。自前の剣や斧で攻撃。出血。
●敵方NPC
①【亡霊淑女】レベナ・マスカルト
享年15歳。人間種。女性。
因縁の二家の片羽『マスカルト家』の16代当主。女性で何なら未成年だが、他の資格者が戦で早死にしたから祭り上げられた。
小さい頃に和平会議で会った『エルネス・ザーシャ』に一目惚れ。けれど性別とかその他諸々で実らないと思ったので、『殺して永遠に自分のモノに』と言う結論に至る。(なお、肝心の会議はお互いが暗殺者を仕込んでたので当然の様に決裂した)
陰キャ。人間嫌い(個人的嗜好による)ネガティブヤンデレ。
台詞例:「ああ……エルネス様……貴女は何故ザーシャ家に……そして女性に生まれてしまったのでしょう……。そうでなければ、せめて一夜の想いだけでも遂げられたモノを……。この上は、貴女を殺します。そして、その御身体を蝋で固めて永久にレベナの褥に飾りましょう……。許してくださいますね? ありがとうございます」
②【死霊令嬢】エルネス・ザーシャ
享年17歳。人間種。女性。
因縁の二家の片羽『ザーシャ家』の以下略。
やっぱり小さい頃に茶番の会議でレベナを見て、その美貌に見惚れる。そんな彼女が邪教徒である事に悲しみと怒りを抱く様になり、『彼女を救う術は、死に導く事で今世の罪を浄化する他に無し!』との結論に至る。
陽キャ。人間賛歌(偏った意味の)。ポジティブヤンデレ。
台詞例:「ああ、レベナ君! それほどの美に恵まれながら、何故キミは邪教の胎へと生を受けてしまったのだろう? きっとこれは、主が永久の創生の中で唯一つ犯してしまった間違いとしか思えない! この結論に至り、理解したよ! そんな己の罪を拭う為に、主はボクをこの醜世に遣わしたのだと! そう、美しいキミを聖なる裁きを持って主の御許に還す事! それこそが、ボクが生まれた意味! 必ずキミを救って見せる! 何の心配もいらない! キミの美しさは、剥製として教会に秘蔵する事で永久に残すよ! 受け入れてくれるよね!? ありがとう!」
【二人の扱い】
基本的な扱いは他の死霊達と同様。
二人とも相手しか見えて無いのでPCを攻撃対象にはしない。
他の死霊達の念によって、二人共自我を失っている。
他の死霊達を黙らせるか、PCに憑依させる事(希望する場合はプレイングにて宣言すればOKです)で自我を取り戻させる事が出来る。
二人だけで話させると、感情が暴走して拗れやすい。憑依させると憑依PCや他のPCが介入出来る。
※色々なプレイング・アイディア、歓迎します。可能な限り拾い上げますので、皆様の可能性、見せてくださいませ。
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