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シナリオ詳細

<カマルへの道程>月色の砂牢

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――それは人を転じさせる魔石である。

 ネフェルストに出回っていた紅血晶。市場に多くで回ったそれは人の姿を変質させた。
 そうして、グラオ・クローネの宵に襲い来た晶竜(キレスアッライル)は市場を蹂躙していった。
 まるで、熱砂の嵐にでも見舞われたかのように市場は荒れ果てたがイレギュラーズの活躍もあり被害は最低限に抑えられた。
「褒めるべきだな」
 そう言ったのは『凶』の頭目ハウザー・ヤークであった。
「褒める以外にありましょうか」
 嘆息したのは『レナヴィスカ』のリーダー、イルナス・フィンナである。
「だが、褒められない者も居る」
 渋い表情を見せたのは『パレスト紹介』のファレン・アル・パレストであった。
 褒められないというのは、その晩にラサ傭兵商会連合の実質的指導者である『赤犬』ディルク・レイス・エッフェンベルグが行方知らずになって終ったという事だ。目撃情報に縒れば彼女は『真紅の女王』『月の女王』『紅色の女王』などと様々な呼ばれ方をする一人の娘と姿を消したらしい。
「会議も紛糾するでしょうね。あの方はまあまあ抑止力ですから」
「居ないというようになるな……」
「ええ、『まあまあ』」
 明らかに苛立っているイルナスは「まあ、着いて行ってくれたことはある意味『良いこと』でもありますけれど」と繋げた。
「ハウザー、敵が置いていったという石とディルクの『匂い』で本拠地が掴めたのでしょう」
「ああ。古宮カーマルーマ周辺だな。内部は『胸糞悪ィ』匂いばっかりで分からねぇが……
 ウチの奴らが入ったら変な陣が浮かんでたって話しだ。その陣の奥は分からねぇが」
「私が行ってきます。イレギュラーズには追って調査隊を作らせて下さい。私がカーマルーマでの指揮を執りますので」
 立ち上がったイルナスはファレンに留守を頼むのだと告げた。現在のネフェルストの管理が出来るのは彼くらいなものだろう。
「……承知した。気をつけて、イルナス」
「ええ。心配事は多いですからね」
 女の口付けのように身体に咲く花。
 それは『烙印』――敵の実験に他ならぬ。

 ――貴方方はどうやら『魔種を人間に戻そう』と考えて居るのだろう。
 我らが師は、死者蘇生に不老不死、錬金術師なら誰もが求めたその真理にもう一つ付け加えたのだよ。
 それこそが『反転』。この混沌世界にある不可逆。
 どうやらイレギュラーズはそれを元に戻したいらしいから……博士も皆に協力したいのだとさ。

 その為に、人為的に『魔種』の紛い物を作り出すのが吸血鬼(ヴァンピーア)化を示しているのだとすれば。
「……ッ、下らない」
 イルナスは吐き捨てた。
 魔種は不可逆だ。戻ることなどない。
 イルナス・フィンナは砂漠の幻想種達の村で生まれた。
 イルナス・フィンナの母は魔種だった――女が殺した。母の喉笛に矢を射ったのだ。
「本当に、下らない……」
 魔種を人に戻す為の実験。並行して行なわれていたであろう『賢者の石』の生成。
 その両方を交え、人を強制的に『別物』に変えるというたったそれだけのためにラサの民が犠牲になったのだ。
 赦し手など置けるものか。苛立ちを飲み込んでからイルナスが辿り着いたのは『古宮カーマルーマ』であった。


「これは魔術式で構築された転移陣です。カーマルーマの至る所に存在しています」
 イルナスは幻想種である。旧く深緑で使用されていた古代語による術式に似ているのだという。
 それ故に、読み解けたのだというが――「これは、『月へ至る道(アル・イスラー)』と書かれています」
「この先に繋がっているのは恐らくは吸血鬼達が度々口にしていた『月の王国』でしょう」
 イルナスは各地にある転移陣を稼働させる為に各地を回るらしい。
 イレギュラーズには『先遣隊』として『月の王国』の調査を行なって欲しいのだそうだ。
「くれぐれも無理はせず。どの様な風景が広がっているかは分かりませんが――」

 ――転移陣の奥に広がっていたのは砂漠であった。
 まるでラサの映し鏡だ。だが、現実には存在し得ない煌びやかな王宮と美しい月が天蓋には飾られている。
「ヌーメノンが誘ったって本当だったんですね」
 立っていたのは如何にも吸血鬼を思わせる娘であった。長い白髪にぱっちりとした紅色の眸を有している。
「ようこそ、いらっしゃいました! 此処は月の王国。
 我らが『偉大なる純血種(オルドヌング)』が『烙印』を下さった者達が棲まう場所です。
 皆さんも『烙印』を戴きに来たのでしょう。ささ、どうぞ。わたくし、エルレサがご案内致します」
 少女はドレスを持ち上げて微笑んでから、首を傾げる。
「あ、もしかして『そっち』じゃありませんでした? でも、ヌーメノンが言ってましたもん。
 貴方方は『烙印』に耐えられるらしいって。それじゃあ、遊びましょう。大丈夫。エルレサが皆さんをちゃんとおもてなしします」
 ふらふらと歩いてやって来たのは獣と合体した奇怪な『人間』だった。キマイラ、パッチワークされた存在と呼ぶしかない。
「こちら、『博士』が作った偽命体(ムーンチャイルド)です。
 まあ、ホムンクルスを作ろうとしてたそうですが……これは失敗なのです。だから、使い捨ての駒にしています。
 さ、遊びましょう! 夜は未だ未だ長いのだから。まあ、明けませんけれどねえ?」
 くすくすと笑う娘の前を『紛い物の命』が行進して行く。
 この先に見えた王宮こそが敵の本拠であり目指す場所なのだろうが――今は、この『お喋り娘』から情報を入手するのが賢明だろうか。

GMコメント

●成功条件
『吸血鬼』エルレサの撤退

●月の王国
 ラサの古代遺跡である古宮カーマルーマの転移陣の先に存在する広い空間。まるでラサの砂漠そのものであり、映し鏡のような風景には美しい王宮と月が存在しています。
 太陽は昇らぬ夜しかない空間です。この空間は『夜の祭祀』によって作られた異空間のようなものであると推測されます。
『夜の祭祀』とは、伝承上の儀式です。呼ばれる死と再生を司る儀式が行なわれていた……とされていますが、詳細は不明です。
 イルナス曰く、古い儀式でありそれは深緑でも使用されていた古代語でのものであったようです。
 王宮には近付こうとも月の光が強すぎて、砂漠を進む事が出来ません。

●『吸血鬼』エルレサ
 お喋り娘。真っ白な髪に紅色の眸。明るくアッパーな性格です。
『博士』と呼ばれた錬金術師の娘を名乗っており、妙に訳知り顔です。
 頬に大輪の薔薇が咲いています。烙印でしょう。
 皆さんが『吸血鬼になるのならば仲良くしたい』とも口にしていますが……?
 非常に強力な力を有しているようです。魔種にも似た力を有しますが、何故か怪我をすることをとても厭います。後衛。

●偽命体(ムーンチャイルド) 20体。
『博士』と呼ばれた錬金術師が人体錬成をしようとして失敗したものです。非常に短命。人間とは呼べません。
 様々な人種や獣の体を継ぎ接ぎして作っているのか、キマイラを思わせる者も居れば精巧な人間を思わせる者も居ます。
 どうやらスペックは多種多様。回復タイプ、支援タイプも居ます。連携という面では多少不足していますがエルレサの言うことをよく聞くようです。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <カマルへの道程>月色の砂牢完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月25日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
囲 飛呂(p3p010030)
君のもとに
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


 黄金の光が注いでいる。月明かりの下で少女が立っていた。靡く白髪は艶やかに、紅色の眸は熟れた柘榴を思わせる。
 蠱惑的な笑みと、頬に飾られた大輪の薔薇。楽しげに微笑んだその少女はドレスを摘まみ上げカーテシーを行なって見せた。まるで来訪者を招き入れるかのような仕草を見せた娘はエルレサと名乗った。
「ご挨拶が叶って何よりです! 折角ですものね、エルレサも皆さんと遊んでおきたかったのです」
 手を打ち合わせて微笑んだ吸血鬼(ヴァンピーア)は自身の事を偽命体(ムーンチャイルド)であると名乗った。
 その名の通り、この月の下で生きることを許された紛い物そのものだ。エルレサの背後に見えたそれらは彼女の同輩でありながらキマイラ然としているものも多かった。
「なんて歪な旋律……『博士』ってのは、本当に下品なクソ野郎ね」
 思わず呻いた『光芒の調べ』リア・クォーツ(p3p004937)にエルレサは「とんでもない! 立派な研究ですよぉ」と首を振る。
「やれやれ。偽命体。満更他人事でも無いな。勝手に生んで勝手に捨てて。
 どの世界でも人間というモノは度し難い。彼らを同胞や兄弟などという感傷もないが。疾く引導を渡してやろう」
「ご同胞?」
 柘榴の眸が、嬉しそうに『縒り糸』恋屍・愛無(p3p007296)を見遣る。淡くアメジストのような僅かな光を帯びていた愛無の眸が品定めをするように細められた。
「あと一寸味も気になる」
「血の味ならば、良い塩梅だと思うんですが」
 尖った爪先を頸筋に突き立てて、エルレサが首を異様な方向へと曲げた。拉げるように首を歪めた彼女の頸筋からは赤い花が舞い落ちる。
「特別ですよ、汚れるの嫌いだから」
 愛無は思った。烙印とは未完成なのだろうか。彼女を見る限り『人間らしさの喪失』に近しいと言えよう。反転も心身へ影響を及ぼす。烙印もそうして人間性の喪失に一歩ずつ近付いているとするならば――彼女のような『少女』が厭うのは分かり易い。
(確かに、人間性の喪失は『醜悪』と呼ぶべき容態であろう。何にせよ、烙印を追った座標の未来をまざまざと見せ付けているようにも思える――悪趣味だ)
 生も死も頓着せず、己が傷付くことさえも楽しんでいるかのような在り方。『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)にとっては是認は出来ないエルレサは彼女の心を僅かに揺さぶった。
「命は、喪われたら戻らない。絶対に覆らない」
 もし覆ったなら? 死者蘇生、不老不死、反転からの回帰。錬金術師が求めた『禁忌の解明』
(……戻せるとしても、ねーさまは絶対に頷かないですね。あの決心と覚悟は、揺るがない)
 あの人は、そんなことに揺らいだ自身を叱責するだろうか。それでも、と思ってしまう己の在り方は皮肉だ。
「魔種を人間に戻す奇跡、或いは秘法、秘術。
 多くのイレギュラーズがそれを試み、未だに完全な成功は遂げていない筈だ。もし行き着いた答えが烙印であるのなら、それは一体どんな意味が……」
 呟いた『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)に『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は何とも言えぬ表情を見せた。
 アレクシアは深緑で奇跡を乞うた。『兄』を反転より一時的に戻し、その性質が違わぬようにと長き眠りに誘い奇跡を起こしたのだ。
(……烙印も、そうだけれど、結界もそう。古代語で構成されている……それって、深緑とも関係があるのかな……?)
 気になることが多く、口にする言葉の一つも惑いが産まれる。それ程に、博士の『目的』を語るエルレサの存在は異質で、貴重だった。
「ホルスの子供達といい、ほんっとろくな研究しないなあ?」
「アハ、お褒め頂き有り難うございます!」
 手を叩いて嬉しそうに笑ったエルレサは首をそっと撫でた。傷口を覆うように肉が盛り上がり、喉がごくりとなると共にその肌には擦り傷一つ残っていない。
「……実験に使う魔種の代用、にしては別物過ぎね? 烙印あれば反転しないとかの方がまだわかる」
「誰も、未だ、『結果』を見ていらっしゃらないのに」
『点睛穿貫』囲 飛呂(p3p010030)へと意味ありげに微笑んだエルレサに飛呂は不快感を押さえ込みながら彼女に視線を送った。
 何と云われようと結論は変わらない。烙印を消す方法を探るだけだ。実験を行って居る者達は『クソ』なのだ。
 ――その上、目の前の少女が作られた存在だというならば、彼女は『それが正しいこと』であると認識しているはずだ。
(救えねぇ……)
 それでも、まだ。肯定的でなくてはならない。彼女は貴重な情報源なのだ。
「皆さんが吸血鬼にさえなって下さるなら長く長く、この場で仲良くさせて頂けるのになあ」
「吸血鬼になるなら仲良くなりたい?
 貴女があたしの知り合いの吸血鬼の様に大人しい娘だったら即答してあげたかった所だけど……まぁいずれにせよ烙印が無いと駄目なら、残念ね!」
「烙印なら、差し上げられますのに」
 くすくすと笑った娘が一歩後退した。少女の後方から溢れ出た偽命体達がイレギュラーズへと襲い来る――


 吸血鬼に『なる』。そんな言葉を耳にして、『プロメテウスの恋焔』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は彼等は何を思って居るのだろうかと考えた。
 実験台と鳴って犠牲になることを許容しているとも思えず、かと言って全てを悲観しているわけでもないだろう。エルレサのように喜ぶ者も居るのだ。
(……分からないことばかりね)
 偽命体の娘をまじまじと眺めてから『陰性』回言 世界(p3p007315)はやれやれと肩を竦めた。
「美しき常闇の世界で可憐な少女がおもてなしをしてくれる……と、聞くだけなら満点なんだがな。
 接待は幾分と手荒なうえに楽しい楽しいお遊びに誘ってくれるなんて嬉しくて涙が出ちゃいそうだ」
「あ、褒めてます?」
 エルレサの前を走る『猿』が麒麟のように長く首を伸ばした。何とも言えぬ光景だ。
「……まあしかし、子供のやる事に根気よく付き合ってあげるのも大人の務めというもの」
 ――こちらの『目的』を考えても全く益にならない、ということはないだろう。
「幸いなことにおもちゃのお人形さんは多種多様かつよりどりみどり……退屈だけはしなくてすみそうだ。泣けるぜ」
「知ってますか? わたくしの涙は水晶になるのです。『可憐な少女』の涙をお一ついかが?」
 ぽろりと涙を流してみせる為に――エルレサは敢て己の眼球に爪を突き立てた。引き攣った声を漏したのはメイ。
「……命は、誰かが悪戯に弄ってはいけない。メイは、思うです。人体錬成の成れの果て。冒涜された命。ここで、楽にしてあげるのですよ」
「違いますよぉ、博士(せんせい)は救いのために尊い犠牲を生み出しているだけなのですから」
 ねとりと笑ったエルレサの前を征く偽命体の位置を確認していたのは愛無。その視界からの情報を耳にし、駆けるのはアルヴァであった。
 孤高の咆哮を響かせるは地を過ぎゆく旋風。飄々とした風が吹き荒れ、構えたのは対人銃。人殺しの道具、そう呼ばれたH&C M7360を構えたアルヴァが狙うのは地を蔓延る『紛い物』の命達。
「明けない夜、吸血鬼。さしずめ、夜の民ってとこかい?」
「あら、詩的」
 エルレサがうっとりと微笑めば、アルヴァと――そしてリアの元に引き寄せられる偽命体達は確かに彼女への道筋を示していた。
 聖職者であるリアにとって、吸血鬼というのは『天敵』のようなものだ。聖女が吸血鬼の眷属になるとは幻想の耽美小説でも稀に見るものだが、それに甘んじては居られまい。
「失敗作だとか何だとか……生命を一体なんだと思ってるの!」
 声を荒げたアレクシアはエルレサの前へと飛び出した。拓けた道を真っ向から進む。空色の石を埋め込んだブレスレットが魔力に呼応し光り輝いた。
 花開くフォーサイシアは鮮やかな黄色を纏わせる。だが、エルレサに見えたのは濃紫の釣鐘の花。魔女の齎す毒は深く染み込み逃しはせぬと魔法陣で花開く。
「私の相手をしてもらうからね! あなたには聞きたいことがやまとあるんだから!」
「うふふ、はい。お名前をお聞きしても?」
「……アレクシア」
「アレクシアさん。勘違いですよ、勘違い! だって、だって、『実験には失敗が付き物』だと考えなくてはなりません」
 エルレサの爪が伸びる。アレクシアの肩へを狙い、穿つ。その鋭利さは刃を思わせた。精巧な少女のなりをしていても、相手が『まざりもの』であるのは確かか。
「……それでも、生きている者には尊厳があるわ」
 唇を噛み締めながらアルテミアは冬の気配を籠めた片刃剣を振り上げた。軽量化した戦衣を身に纏った乙女はひらりとその身をリアの元へと投じる。
 集まる偽命体を斬り伏せた一刀。それぞれの『パーツ』の境を狙うように剣を振り下ろしたアルテミアは確かな官職を覚えて居た。失敗作、と称されたこともあるのだろうか糸が切れるようにぶつぶつと音がする。
「生きとし生ける物のために実験してますから、尊厳にばかり拘られるとわたくしも困りますねぇ?」
 柘榴の眸が爛々と輝いた。倫理観がまるで違うのだろうか。それは愛無にとっては『嫌いではない』性質ではあるが、一般的に好まれるものではないだろう。
 飛呂は敢て、好意的な姿勢を見せた。出来るだけ、寄り添って肯定的に――親の話は本当だが、嘘には誠を混ぜた方が通じやすいと思ってのことだ。
「俺は父親が、博士じゃないけど学校の先生ではあるからさ。博士も頭いいのかなとか思った」
「狂ってる方ですよ」
 いけしゃあしゃあと告げるエルレサに飛呂は何とも言えぬ表情を見せた。
(こっちの失敗作って奴らも、どれだけの命を使ってる?)
 そう思いながらも偽命からだを相手取ったアルヴァは苦心する。おもちゃと呼ぶ世界が優先的に『壊していく』命は幾つないがしろにされて汲み上げられたものだったのだろうか。


「御機嫌よう、麗しのレディ? さっきのはただの挨拶だから気にしないで。
 それよりも、お話をするのが好きならこんな荒っぽいのよりものんびりとティーパーティなんて如何かしら?
 あたしも、貴女と仲良くしたいもの。貴女が応じてくれるのだったら、あたしがレディをローレットまでエスコートして差し上げますが」
「月の王宮にわたくしがあなたをエスコートするのは?」
 リアは鼻を鳴らしてから「お断りよ」と熨斗を付けて言葉を返す。
 遊びには楽しい会話(アイスブレイク)が付き物だと世界は考えて居た。この場所について少しでも知れるならば御の字だ。
「吸血鬼ってのは”不死”なのか? ムーンチャイルド(月の子供)、あの眩しい月と関係あるのか? お前が言う”吸血鬼になる”ってのはどういうことだ?」
 アルヴァの問い掛けに「不死なんて言葉はこの世には存在していませんよ」と冴えた月のように冷たい声音でエルレサが答えた。
 錬金術師の悲願たる不老不死。それはまだ、達成できていないことだ。
「お前が本当に博士の娘だというなら、知っていておかしくない筈だ」
「博士の『娘』だからこそ、分かるのですよ! だって、私は『そうやって作られた』もの」
 アルヴァは純粋なる興味と好奇心。ファルベライズを探索していた頃から感じていた博士の命に対する異常な執着は――『錬金術師』であるならば、達成したい目的と学術的興味に基づいていたのだろうか。
 エルレサは生物学的には博士の娘などではない。彼女は博士に作られたからこそ、それを名乗ったに過ぎないのだろう。
「作られた……そうだよね。『博士』にまっとうな娘がいるとは思えない。……君は『博士』のことをどこまで理解してるの?」
「理解する必要がありますか?」
 柘榴の眸が、煌々と光を帯びている。楽しげで、酷く、当たり前のことを答えたような彼女にアルテミアは問うた。
「……どうして娘である貴女は『吸血鬼』なの?」
「『元のわたくし』の事は知りませんけれど、そうあるべきだから、じゃないですか?
 あ、元のわたくしって、エルレサは作られた命ですから、そのベースがあるんですけれども」
 アルテミアは当を得ない少女の言葉に眉を顰めた。ベースとなったその人が何を思っていたのかを知りたかった。
(私は、あの娘の呼び声を撥ね除けた。連れ戻すことを望んで奇跡を願い、心は連れ戻せても……命までは、繋ぎ止められなかった)
 もしも、彼女が『同じ』だったら、そう思わずには居られなかったのだ。
「そもそも吸血鬼って、なんですか? 血を吸う種族ってことですか?
 偉大なる純血種? 烙印? 知らない言葉ばかり。知らないことは、聞くしかないのです。教えてくれますか?」
「構いませんよ。ヴァンピーアは血を食とする種族! ですが、わたくしたちが言う『吸血鬼』は『偽』反転と呼ぶべきでしょう」
 偽反転という言葉に飛呂の肩ぴくりと揺らいだ。
「……旅人もなってるし、反転とは別物だよな烙印って。博士がよその世界から持ってきたのか? 博士と女王、烙印の要はどっちだ?」
「博士が、女王の血を元に色々と小細工をしたのでした。あ、でも、博士には良いスポンサーが付いているようですしぃ」
 勿体ぶるように話すエルレサの『スポンサー』という言葉に逸早く反応したのはアルテミアであった。誰なのか、大凡の見当が付く。
 あの美しき悪辣なる乙女。蠱惑的な笑みを浮かべ鉄のブーツを履いた彼女――冠位のひとかど。
「……えとえと。烙印とやらを貰えば、この国に住まうことができるですか? 烙印はとはすなわち、国民の証ということです?」
「そうですねぇ、ここは吸血鬼の国ですから」
 うっとりと笑ったエルレサにメイは『何も分からない無垢な娘』のような顔をして問うた。
「あと、烙印を押したがるてことは、国民少ないですか?
 少ないから増やしたいのでしょうか。純血種とかいう人に会えば分かるでしょうか……」
「それもありますけど、最もな理由は『偽』反転からどの様にして戻るか――ですね」
 手を叩いたエルレサに対してアレクシアは問うた。
「『博士』は何を目的としているの?何に至ろうとしているの!?
 まさか親切心で魔種をもとに戻したい──だなんて思ってるはずもないでしょう!」
「親切だって言えば?」
「……ッ」
 アレクシアは歯噛みした。博士の興味が何処にあるのかは、分かり易い。
「……魔種を反転から戻せる方法があればそれは私だって知りたいよでも、それは生命を弄んでいい理由にはならない!」
 叫ぶアレクシアに襲い征こうとした偽命体を払除けたのは世界の呪念。傷付けることを厭い、苦痛を与えることはないが体を蝕むそれは確実に偽命体の動きを繋ぎ止めた。
 奥歯を噛み締め、胸糞悪いと呟いた飛呂。キマイラとしか呼ぶ他にないそれに降らす鋼は慈悲の如く。全てを早期に終らせることが命の冒涜を食い止めることになると、そう思わずには居られない。
「数が随分と……」
「ああ、減ってしまったようだが、君はどうする? 遊ぶのならば付き合おう」
 愛無が構え、リアが後方で睨め付ける。乙女の気迫に思わず振り向いたアルヴァはエルレサの出方を確認するように視線を送った。
「いいえ、そろそろお終いにしましょう。
 でも、そーんなに、聞いてくれるのは興味があるってことですよねぇ」
「だ、だって、戦うなら知らなくちゃです。相手のことを知らずに戦うなんて、メイにはできない。
 月の王国の国民になることで彼らのことが知れるなら、それも一つの方法……だと、思って居ます」
 メイの決意を耳にし、誰もが同じような態度を見せた。そうすることで彼女がもっと何かしらの情報を落としてくれるのではないかと考えたからだ。
「……『お友達』になれば、もっと話してくれる? もしそうなら、『なりましょう』」
 アレクシアに、メイに、エルレサが飛び込んだ。爪先が紅色の気配を帯びる。
 花開く。それは『お友達』の証――烙印か。
「お友達が増えて嬉しいですねぇ」
「ッ、アンタ!」
 リアが鋭く睨め付ける。眩い旋律と共に我武者羅に放たれたドロップキックは聖職者らしさをかなぐり捨てていた。
 ドロップキックを受け止めて、僅かに砂に踵が埋もれる。エルレサは次に構えたアルヴァに気付き降参と言わんばかりに手を振った。
「怖い怖い」
 エルレサが地を蹴って後退する。攻勢に転じたアルテミアが剣の先を向ければエルレサはそろそろと後退した。
「酷ぇやり口、こんな紛い物で、反転どうこうする気とか馬鹿みてーだ」
 思わず漏す飛呂に気にする様子もなくエルレサは「狂ってないと出来ない事って有りますものね」と肯定的に意見を捕える。
「ああ、最後に一つ聞いても良いか、可憐なお嬢さん。王宮に行きたいんだ。
 いやほら、こんな素晴らしい国のトップがどんな御方か気になるだろ? 是非とも一度謁見しておくべきだと思ってな。
 ……まあ王宮は無理でもこの王国の見聞を広める為、眩い月光の抑え方を教えて貰えると助かるんだが」
「王宮は遠くに見えているでしょう。花を咲かせるのです。『悪趣味』な鍵を用意してね」
 それ以外告げる事の無いエルレサは傍らで逃げ果せんとして居た偽命体を見付け、その首を捻った。絶命したそれは体内から花を散らせる。それらを拾い上げてから女は幸せそうに夜に笑う。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おしゃべりエルレサとはまたお会いしましょう!

※アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)さん、メイ(p3p010703)は『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
 時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
 現時点で判明しているのは、
 ・傷口から溢れる血は花弁に変化している
 ・涙は水晶に変化する
 ・吸血衝動を有する
 ・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
 またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています。

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