シナリオ詳細
<鉄と血と>銀閃の乙女と死病の老木
オープニング
●
「大佐、リボリウス・リンデマンは死にました」
寝台の上に眠っていた大佐と呼ばれた人物へ将校が敬礼と共に報告する。
「そうか。では、ユリアーナ君は?」
目を伏せていた大佐は口元を微かに緩めてそう問うた。
「ご健在です。先帝派の連合軍に参加し、現在は帝都へ向けて進撃中のようです」
「……うむ、うむ」
幾度か呟いた大佐が静かに目を開き、腹部を抑えながら体を起こす。
「であれば、儂も進み出なくてはならん」
「……大佐!」
そのまま立ち上がった大佐に将校が慌てて近づけば、それを押しとどめ静かに目を開く。
「良き若い目を見たのだ。
どうせ死ぬならば、ベッドやソファなどでいられるか」
「ならばせめて痛み止めを! 先の傷で悪化されたと医師も言っておりました!」
「――あんなものを飲んで戦が出来るか!
勘が鈍る、腕が鈍る、判断が鈍る。そんな状態で戦など、若き英雄への冒涜というのだそれは」
鋭く、大佐と呼ばれた男は覇気に満ちた目で言い放つと、ベッドから降りて立ち上がる。
「老木は、朽ちて倒れるべきだ。儂の持っているモノ全ては、既に次代に継がれている。
であるならば、この死に体の老木は崩れるまで次の前に立ちはだからねば、ならんのだ」
闘志を溢れさせる老将に将校は次の句を告ぐことなどできなかった。
●
暦の上では既に春が来ていた。
長い冬とはいえ、そろそろ雪解けぐらいはあっておかしくはない鉄帝国は未だ厳冬の只中にある。
新皇帝、『冠位憤怒』のバルナバスが御世。
天に権能たる第二の太陽を冠した鉄帝の冬は大詰めといえよう。
各地の派閥が各々の切り札を手に入れ、奮起して帝都へと集結しつつあった。
既に帝都は目の前、包囲網が帝都『スチールグラード』を攻め囲っているその一角。
「ふむ、問題はまだまだ山積……どころかこれが新皇帝の望むまま、とでも言えるのかもしれないな」
そう呟くユリアーナは軍人としての階級章を胸に。
「――さて、まずはオデット君、ヨゾラ君、イグナート君には感謝を。
あれから解放されて喜ぶ者は多い。改めてありがとう」
「私もあいつは一発ぶんなぐりたかったもの」
「うん、あいつはぶん殴らないと気が済まなかったから」
そう言うのはオデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)とヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)である。
ユリアーナはそれに静かに頷くと暫し目を閉じていた。
「ところで……諸君はクラウゼン大佐と戦ってみてどう思った?」
ユリアーナの問いかけに初めに答えたのは
「なんというか、どこかもやもやとしているように見えたのう。
より引き抜きたくなったぞ」
そういうのはニャンタル・ポルタ(p3p010190)だ。
「そうですわね。彼なりの答えが出せるといいと思いますわ」
リドニア・アルフェーネ(p3p010574)は煙草に火をつけながら続ければ。
「……彼自身の悩み、か。いや、それを晴らすのは難しいだろうな」
少しばかり目を伏せてユリアーナが言う。
「あの方は以前、民を守るために軍令違反を犯したことがある。
その時に彼に守られた民衆は後の軍法会議で彼を糾弾する証拠を提出した。
――あの方が今も大佐なのはそういった理由なのだよ。
それで民を恨んでいる、とかではないだろうがね。
……けれど、私が気になるのはそちらではないんだ」
「それって、あの時に言いかけたコトだね?」
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が言えばユリアーナは静かに頷いた。
イグナートはユリアーナの故郷を奪還する作戦に参加した。
その時に『思い当たることが1つある』と言っていた。
「こればかりは私以外が知りようもない。私は大佐との交戦で『弱い』とそう思ったのだよ。
たしかに、年を重ねたというのもあるのだろうが……彼が言っていた言葉を覚えているかな?」
「……決戦の結末を見ることはできない、というふうなことを言っておりましたわね」
そうメリーノ・アリテンシア(p3p010217)が言えば、ユリアーナはこくりと頷くものだ。
「……その発言を踏まえて考えるにツェザール・クラウゼンはもうすぐ死ぬ。
彼は精々50代だ、引退はともかく死ぬには流石に早い。
寿命ではなかろう……恐らくは、病に冒されている。
それも、死病の類、あそこまで言うのだから余命も幾許もないのだろう。
安静にして数ヶ月、あるいは半月か……」
「戦場に出て、わたし達と戦って傷を負ったなら
……それよりも縮んでいてもおかしくはないわね」
メリーノが続ければ、ユリアーナは静かに頷くものだ。
「うむ……結論として、彼の寿命はもう殆ど尽きていると私は見ている。
君達の中には彼を引き抜きたいと思ってくれている者もいるかもしれない。
……その上で我儘を言わせてもらうのなら、私は彼を討ち取りたいのだよ。
あの人は優れた軍人だ。出来るなら……彼自身がそうと望むのなら。
死地をベッドの上ではなく戦場にしてやりたい」
それが弟子(私)から恩師(彼)へと送る――最期の恩返しなのかもしれないと、ユリアーナは小さく締めくくった。
- <鉄と血と>銀閃の乙女と死病の老木完了
- GM名春野紅葉
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「……ふむ、来たかね」
落ち着き払った瞳で言う壮年の将校――クラウゼンが後ろ手を解いてそっと髭を撫でる。
宮殿の外では戦場の喧騒が聞こえている。
「クラウゼン殿はユリアーナ様の昔の師匠なのですか。
彼が魔に堕ちたのではないのなら対話の道も、と僅かに思いましたが……そうか。
彼は仕えるものが違うのですね」
そう言ったのは『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)だ。
「ならば、何ひとつ迷うことはありません。
ユリアーナ様、叶うならどうかご自身のお手で。
ボク達も全力で戦います。……きっと、何よりの餞となりましょう」
「あぁ、そうだね。教え子としてもそうさせてもらいたいと思うよ」
リュカシスに頷いたユリアーナの視線は真っすぐにクラウゼンを射抜いている。
複雑なようにも直向きなようにも見える不思議な目だとリュカシスは思った。
(私にはクラウゼンがどうかなんてわからない。
でも、ユリアーナが望むなら、願いを叶えてあげたいと思うわ。
理由なんてそれだけで十分じゃない)
『氷の女王を思う』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は思う。
(きっといろいろ考えたのだろうから、多くは言葉はかけない。
ただ今はユリアーナを助け導く妖精となりましょう)
静かに、妖精は魔力を高めていく。
「老兵は死なずただ去るのみとは誰かが言ってたみたいだが、武人としての最期を花道で飾るのも悪かないな」
言うのは『老いぼれ』バクルド・アルティア・ホルスウィング(p3p001219)である。
(ただ、お膳立てできるほどに手加減できるやつでもなさそうだ。……何より)
「何より全力で殺しにいかなきゃそれこそ廃れるってもんだろ」
バクルドの言葉を受けた老兵は静かに立っている。
「前に言ってたよね? この国がヒトを守って来たか?ってさ」
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)はクラウゼンと視線を合わせて言う。
「オレはあんたが諦めたものを覆せるほどのものは提示出来ないけれど、オレはこの国にゼツボウしてないよ。
今が足りないなら変えて行ってやるさ!」
「期待しているよ」
「オレたちやユリアーナが変えて行くゼシュテルを見たくなったら言ってよね!
投降はイツでも受け付けているからさ!」
「その言葉だけでも充分だよ」
静かなままにクラウゼンは言う。
「決着をつけにきたの、クラウゼンちゃん……でも、別にわたしがどうこうする必要もないのね。
あなたはあなたの好きに生きたら良いわ。残っている時間が短くてもね」
愛刀を抜いた『狙われた想い』メリーノ・アリテンシア(p3p010217)の言葉にクラウゼンは目を伏せて聞くばかりだった。
「そうさせてもらうよ」
その瞳が再びこちらを見た時、そこに光が籠められていた――ように思えた。
「おじいさまも、最後に死に花咲かせようとする姿勢は立派ですわね。
それがこちら側の立場だったらもっと良かっただろうに。軍人とはかくありき、ですか」
携帯用の灰皿に煙草を入れ『『蒼熾の魔導書』後継者』リドニア・アルフェーネ(p3p010574)は気持ちを入れなおす。
「重ね重ね、その言葉ばかりは痛み入るよ。だが――君の言う通り、儂も軍人ゆえにね」
静かな返答が返ってくるのみだった。
「のう、クラウゼンよ。あの日に守った民の話をせんか?」
『ナチュラルボーン食いしん坊!』ニャンタル・ポルタ(p3p010190)の言葉にクラウゼンは黙したままだ。
「出世の話が途絶えたという事件についてじゃ」
「随分と懐かしい話だが……それの話はしないでおこう。その話はもう終わっている。
真実は闇の中にしまっておいた方がいい、ということもある」
クラウゼンは微笑する。
それは『それ以上言うな』という警告にも見えた。
(クラウゼンを討ち取りたいというユリアーナさんの願い……
もし、クラウゼンの願いも同じなら……彼の願いも)
『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は魔導書に魔力を籠めながら思う。
「……叶える為にも、戦わせてもらうよ」
「ふむ……では、そろそろ始めるとしようか」
ヨゾラの言葉を受けるように、クラウゼンが再び特徴的な髭を撫でた。
●
「さっさと散らして差し上げますわ」
最初に動き出したのはリドニアだった。
空間に溶け込むように気配を消したリドニアは適当に目を付けた重装剣兵へと狙いを定め、手刀を作る。
剣兵が動き出すより早く、その手刀が剣兵へと鋭い一撃を見舞う。
打ち込みの勢いに任せて姿を再びくらませれば、見失った憲兵の動きも鈍くなる。
「かかってきな若造共、お前さんらの相手は俺がしてやらァな」
それに続いたバクルドが義腕の内側に内蔵された鋼鉄球をばら撒いていく。
戦場へと放物線を描いて打ち出されたそれらは広範囲へと散らばりながら落下していく。
射程にいた魔導師1人とオールステットの身体へ触れてその電磁性をむき出しにする。
合わせ、バクルドは一気に剣兵の1人へと肉薄した。
「別にお前さんらを邪魔扱いはしねえよ、ただ戦争なんだろ?死ぬ気でかかってこないと俺が殺すぞ」
目を見開くその兵へ、笑みを刻み拳を叩きつけた。
「後輩くんは何かシンネンがあってバルナバスに付いて行ってる? それとも何も考えてないタイプかな!」
動き出した魔導師1人とオールステットの方へと飛び込んだイグナートは肉薄してきたオールステットの剣をその身に受けながら問うものだ。
「――僕は僕が信じた方の為に生きるだけですよ!」
その瞳には芯がある。
圧倒的な武であるところのバルナバスへの憧憬とも、忠誠とも思えぬ真っすぐな瞳。
それは果たしてどこへ向かっているものか。
クラウゼンをちらりと見やり、メリーノは迫りくる軽装剣兵と鍔迫り合いする。
(1人ずつきちんと倒しきりましょう)
打ち合う剣同士のぶつかり合いの後、メリーノは少しばかり深く踏み込んだ。
払いあげた三連撃は隙を作った剣兵の身体へと連撃を斬り開く。
(『仲間に悔いが残らないように戦って欲しい』ということ。
あちらも同じ思いを持っていそうな気もするケレド……)
握りしめた拳のまま、リュカシスは走り出す。
動き出していた長剣型のマジックアイテムを持つ魔導師へと肉薄、踏み込むと同時に拳を叩きつけた。
「……だからといって勿論一歩も引くことはありません!」
長剣で受けるのを堪えたらしい魔導師へと振り抜いた拳は兵の魔法障壁へと強烈な罅を入れた。
「助けてくれる? 私の小さなお友達。でも無理はしたらダメよ」
オデットの言葉に呼応して姿を見せた小さな狼が遠吠えと共に氷の礫を戦場に投射する。
フローズヴィトニルの欠片より顕現したその力が一片にクラウゼンが驚いた様子を見せる。
「……『次代』か」
その小さな声は何を意味するものか。
「――さあ、次は私の番よ」
続け、オデット自身も言えば、戦場へ熱砂の嵐が吹き荒れる。
冬景色を払うような熱が戦場を浚っていく。
ヨゾラは、煌めく星空の願望器を励起させ輝かせていく。
「手加減はしないって決めたんだ……」
充実した魔力を以って魔導書を媒介に術式を編む。
編まれた術式に合わせ、星空のような魔法陣が空間に煌く。
「飲み込め、泥よ……!」
刹那、輝く魔法陣が空間に穴を開き――泥が溢れ出した。
(これであと……1人)
メリーノは愛剣に魔力を籠めながら相対する剣兵へと視線を注ぐ。
充実した闘気は愛剣に漆黒のオーラとなって可視化する。
振り払う斬撃は即ち死を描く。
振り下ろされた斬撃が剣兵を喰らい包み込んでその身体に死を刻み込む。
「ボクは―― 一歩も引きません!」
リュカシスは魔導師が振り払った魔力剣の斬撃を受け止めるや、合わせるように踏み込んだ。
全身全霊で放つ覇竜穿撃が魔導師の鳩尾辺りへと強烈な一撃となって突き立った。
魔導師の手から、魔法剣が零れ落ちて行く。
「大事な戦いなのよ。部下にせよ後輩にせよ、見守ってあげるのが優しさでしょ?」
魔力で出来た刃を一閃するオールステット目掛けオデットが言えば、空間に魔法陣が構築された。
顕現するは四神の権能、放たれた複数の高位存在からの干渉は青年の身体へと業火を刻み、足元が冷気により凍てついていく。
「ええ、その通りですね……全くもってその通りだと思います。だからこそ、僕は止まれないのですよ」
身体を無理矢理に動かして振り下ろされたオールステットの剣が不発であったのも仕方のない事だったか。
「皆、そっちは任せるよ……!」
ヨゾラはイグナートへとそう告げるや、重装剣兵を振り払い、そのままクラウゼンの方へと飛び込んでいく。
魔導書が光を帯びて強烈な輝きを放つ。
鮮烈なる輝きに目を焼かれた者達の意識を引きずり込むように照らし付ける。
「ユリアーナ! 共にクラウゼンを討つぞ!」
「あぁ――ありがとう」
ニャンタルが言えば、それにユリアーナが応じる。
それを聞いたニャンタルは闘志全開にクラウゼンへと飛び込んだ。
振り抜いた愛剣は激しくぶつかり合う。
「今更ながら自己紹介! 我はニャンタル・ポルタじゃ!
病に侵されとるかも知れんとの事じゃが手加減せぬぞ! させてもくれんじゃろしのう!
老木の最後っ屁、盛大なのを期待しとるぞ! 強い相手の方が燃えるしの!」
「どこでそれを……ユリアーナ君か」
強烈な斬撃はクラウゼンの剣を押し込みその動きを封じてみせる。
「知られているならしかたない。全力で行かせてもらおう」
合わせるようにクラウゼンが闘志をむき出しにする。
リドニアは重装剣兵の背後、その装甲の影に隠れるようにして隠れ潜む。
(第八百二十一式拘束術式、解除。干渉虚数解方陣、展開)
息を殺したままに高速術式を解き放つ。
(――蒼熾の魔導書、起動)
荒れ狂う炎と雷が拳に蒼の輝きを秘めた。
そのまま弧を描いた打撃が崩れ落ちた重装甲を抉り落とす。
「よう、若えの! 向こうも若えのと年寄で積もる話があるみてえだから、こっちも話でもするか?!」
片刃剣を振り抜き言ったバクルドの剣をオールステットが受け止める。
「するつもりはないと言っても聞いてはくださらないでしょうね!」
押し返された剣に合わせて、バクルドは笑う。
「やはり若いはいいな、鋭いいい一撃だ。だが俺も負けてられんな!」
そのまま撃ち込んだ反撃の斬撃は邪剣の軌跡を描いて青年を刈り取らんと切り開く。
「……キミの言う信じるモノって、もしかしてクラウゼンなのかな」
イグナートは迫るオールステットへと問いかけながら、呪腕に力を込める。
極限に高められた勇気と覚悟を乗せた一撃をオールステットのところに突き刺すように打ち込んだ。
それはオールステットの動きを見ていて何となく思ったことだ。
オールステットらの撹乱はどこかクラウゼンの邪魔をさせないための動きだった。
返答が来るよりも前に、オールステットの意識は刈り取った故に、答えはないが。
●
(……貴方の騎士道精神とも言えるそれに敬意を表して、この戦いを見届けます)
リドニアは煙草に火をつけた。戦いは終わりに近づいている。
やがて終わりを迎えるその瞬間まで、あるいはもしもの時に備えるものだ。
魔術師を斬り払ったメリーノはその視線をクラウゼンへ向けた。
「ねえクラウゼンちゃん、わたしね、不思議だったの。
生き残ってこの国が変わっていく様、きっとあなたは『見る術』を持ってた。
魔種からお誘い、来たでしょ」
「……何。ただ怒りを抱くほど燃え滾る日々は遠くなっただけだよ」
静かにそう言ったクラウゼンの瞳は諦観とも違う色が見え隠れする。
「蹴ったのねぇ……生き残るだけならできたでしょうに」
「それで生き残ったとして、儂の見たいものが見れるとは思えぬよ」
「おぉぉぉぉ!!!!」
腹の底から上げたクラウゼンの拳が強かにニャンタルを打つ。
武器が、全身が軋むような鋭い一撃が身を打った。
「やはり強いのう! それでこそじゃ!」
ニャンタルは全身の力を込めて身体を踏み込む。
――あの日、飢饉に陥った町を救ってくれたのはクラウゼン様じゃった。
彼らは許可を後回しにして軍の兵糧をワシらに開放してくれたのじゃよ。
――最初にアレを言ったのは『誰が言い始めたか分からん』が誰かが言ったのじゃ。
大佐の話を軍に提出すれば謝礼金が入る。
その金があれば、より多くの人を救うために食糧を買いに行ける、とな。
――その日以来、大佐やその部隊と会ったことはない。
脳裏に思い浮かんだのは聞いていた民の話だった。
その話を思い出しながら、ニャンタルは斬撃を振り払う。
「オレはゼシュテルの未来を信じてる! その想いをここに示すよ! 旧い時代のツワモノへ向けてね!」
その手に黒き雷を纏いながらイグナートは言う。
「――なれば、次代の英雄よ。この老木に見せてみよ!」
呼応するようにクラウゼンの全身から覇気が溢れ出す。
その刹那に、彼の表情が本の僅か、注視しなくては分からぬ程に僅かに歪んだようにも見えた。
イグナートはそれを気づかぬふりをしながら踏み込むと同時に拳を叩きつける。
「全身全霊、全力攻撃。ボクもお見舞いいたします!」
「老木らしく、その一撃、受け止めてみせるとしよう!」
それに合わせてリュカシスが飛び込んでいく。
鉄塊の如き突撃と共に放つがクラウゼンの身体へと鋭く突き立った。
(……僕はちょっと迷ったから、この方針に変更できたのは皆のおかげ)
ヨゾラは魔導書に刻まれた星の魔力を激しく励起させていく。
それに伴い、ヨゾラの背中に背負う魔術紋が鮮やかな輝きを放つ。
美しき魔術紋が瞬き、さながら星の光が瞬くよう。
「全身全霊で、貴方を打ち破る!」
強烈に輝く光を引きながらクラウゼン目掛けて全身全霊の魔力を叩きつけた。
「……最後は貴女が撃ちなさい」
「――ありがとう。そうさせてもらえるかな」
オデットはユリアーナへとそう声をかけてから一気にクラウゼンへと肉薄する。
その手に抱く極小の太陽が齎す陽光の輝きがクラウゼンへと痛撃を見舞う。
「……あぁ、これで良かったのだろうね」
そんなクラウゼンの呟きを聞きながら、オデットの隣に飛び込んできたユリアーナの槍が老兵の心臓を貫くのを見つめていた。
●
武人が壁にもたれるようにして倒れて行く。
「戦いの中でしか生きられず、戦いの中でこそ死にたいと。わからんとも言えんが理解はできんな」
その様子を見据え、小さくバクルドはそう漏らすものだ。
寂寥さえ感じる呟きは戦場の喧騒に消えていく。
「……どうじゃ? 我もユリアーナも皆も強かったじゃろ?」
壁を背に倒れるクラウゼンへと近づき言うのはニャンタルだ。
「見事、と言わざるを得んな」
クラウゼンはそれに対して口元にうっすらと笑み、頷いて。
「――大佐。煙草を一つ、いかがですか?」
リドニアがクラウゼンの隣に腰を掛けて煙草を差し出せば。
「ありがたい……この感覚も、何年ぶりか」
そのまま深く息を吐いたクラウゼンが短く笑う。
「大佐も嗜まれていたのですね」
「……もう、随分と昔はね」
心境の変化か、或いは健康面の変化か。
どちらにせよ、何らかの理由で辞めたのだろうとは直ぐに理解できた。
「クラウゼンちゃん」
メリーノはクラウゼンへと近づいて声をかける。
「きっとこの国はきちんと変わるわ。あなたが望む道かどうかはわからないけど。
でも寒いだけの冬が終わって、春になって、きっと、誰かだけが苦しくて飢えるそういう時代は終わるのよ」
「そうであることを祈っているよ」
酷く疲れた様子で彼が笑う。
「……国の事は任せて安心して逝くと良いぞ」
ひどく疲れた様にも見えるクラウゼンへとニャンタルが続ければ、彼はそれに対して何も言わぬ。
それは『任せる』などと言える立場でもない――というかのように。
「……さよなら、クラウゼン。君の願いは叶ったかな……?」
ヨゾラの問いかけにクラウゼンが目を伏せる。
煙だけが沈黙をお構いなしにゆらゆらと立ちのぼっていく。
「……願い、か。叶う事を祈りながら眠るとしよう」
やがてぽつりぽつりと言葉に漏らし、武人は眠りについた。
その行く道を春を思わせる氷の花が静かに指し示す。
「これは私とこの子達からの餞別よ」
オデットの言葉は果たして彼に聞こえていただろうか。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
朽ち果てる寸前の老木に最後の花を添えに参りましょう。
●オーダー
【1】『温かき謀将』ツェザール・クラウゼンの撃破
●フィールドデータ
旧ヴィンスティルド宮殿と呼ばれるスチールグラードの観光地の1つ。
その実は武器庫の1つでもあります。
占拠することは弾薬の補給にもつながるでしょう。
戦場としては多数の歴史的な調度品が目を引く大広間となります。
遮蔽物もありますが、基本は普通の広間です。
●エネミーデータ
・『温かき謀将』ツェザール・クラウゼン
新皇帝派の鉄帝軍人です。
白髪と白髭が特徴的な50代ごろの壮年男性。鉄騎種。
ユリアーナにとってはかつての上官であり恩師。
その実、死病に冒され余命いくばくもない老将です。
とはいえ、舐めてかかると痛い目を見る程度には強いです。
幅広な長剣と鉄拳を武器とする近接アタッカー。
本質は知略を駆使した謀将ではあるものの、鉄帝人らしく個人の武勇も侮れません。
・クラウゼン直隷部隊×4
軽装剣兵2人、重装剣兵2人。
軽装剣兵はパワードスーツに身を包み、長剣を装備しています。
積極的にイレギュラーズ陣営へと突撃し主に撹乱や牽制、アタッカー役を担います。
重装剣兵は重装甲の鎧に大剣を装備しています。
主にタンクのような前線維持を担う他、攻勢時には突撃を仕掛けてくるでしょう。
・『機知応変』オールステット
新皇帝派の鉄帝軍人です。
右目にある斜めの傷痕が特徴的な青年、20代半ば頃のように見えます。鉄騎種。
ユリアーナ曰く『後輩』とのこと。部隊の副隊長です。
手に握る軍刀は刀身が雷光で出来ています。
恐らくはマジックアイテムの一種でしょう。
・魔術師×2
パワードスーツに身を包み、古代兵器と思しき長剣型のマジックアイテムを持っています。
オールステットと共にイレギュラーズの撹乱を狙ってきます。
●友軍データ
・『銀閃の乙女』ユリアーナ
クールな姉貴分といった雰囲気の女性鉄騎種。
クラウゼンやオールステットはかつての恩師と後輩にあたります。
鉄帝の南西部に位置するザルパドナヤ・ベロゴルスク都市圏にて自警団長を務めてもいた鉄帝軍人です。
4ヶ月にも及んだ絶対安静期間からの解放された後、故郷を奪還、帝都包囲網に参加しています。
反応型のEXAアタッカーです。
ほっといてもある程度いい感じに動きます。
何かあればプレイングで指示してください。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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