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シナリオ詳細

<鉄と血と>氷花演舞

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●おにいさま
 お兄様はいつも優しかった。
 怒ったお顔なんて知らなくて、向けられるのはいつも穏やかな笑み。
「レイ」
 お兄様は私の名前を優しく呼んでくれる。
「レイ、私の可愛い妹」
「おにいさま」
 礼儀作法の授業をサボって訓練をこっそりと覗いていても、困った顔をして私の頭に手をおいてくれた。きっと顔を赤くしているお母様と教師の元へともに謝りに行こうと手を差し出してくれる、そんな人だった。

 お兄様が死んだ、と聞かされた。
 お父様は眼の前で死に、お母様は既に自刃していた。

 私はひとり。
 貴族として果てることもせず生き延びて、ひとりきり。
 何度も家族に詰られる悪夢を見た。
 けれどもその度に私は思い出す。それは私が作り上げた姿で、真実ではないことを。
 お兄様はいつも優しかったのだ。本当に。
 雪解けの小川を見に行った日のこと。
 夏草の中で駆けた日のこと。
 手を握ってくれた温もりに、背負ってくれた温もり。
 私は――私だけは、忘れない。

 だから、わたしが――――。

●氷風
 各地で勃発した戦乱の成果は手札として揃った。
 常ならば春の気配を感じ始める3月。フローズヴィトニルの影響か未だ春の気配が訪れぬ中、各派閥は一丸となり、決戦へと挑まんと新皇帝バルナバスが座す帝都へと進軍を始める。
 そして新皇帝派もまた、帝都『スチールグラード』にて迎え撃たんとしていた。
 度重なる暴動や戦闘で帝都内の建物の損壊は著しい。
 新皇帝派に抗い民たちを守っていた帝国兵の疲労も濃く、軍事施設の多くが新皇帝派の手の内となっていた。抗い続けていたスチールグラード都市警邏隊の詰所も、また――。
「でも、イネッサ君が無事でよかったよ」
「重ね重ね自分が情けないであります……」
 部下を守るために最後まで奮闘したのだろう、大きな傷が目立つイネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナの手当をしていたアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は「そんなこと言わないで」と彼女の手をきゅっと握って元気づけた。
「そうよ、命あっての物種よ」
 ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はイネッサの心が軽くなるようにとリラックス効果のある香を焚き、女の子の顔に傷跡なんて残すことになりでもしたら新皇帝派なんて八つ裂きよ! と拳を握る。ただでさえ寒さの続くこの地では潤いが足りず肌が乾燥しているのだ。マジで許さないからなと声も低くなるが……それを行っているのが氷の精霊だとも聞くから心境は複雑だ。
(――兄様)
 レイリー=シュタイン(p3p007270)は手をぎゅっと握りしめる。今彼女がこの場にいるのはイネッサが強襲を受け、そして詰所を占拠しているのが「氷を纏う騎士であった」と聞いているからだ。どうしたって気持ちが逸る。けれどすぐに駆けつけないだけの理性があった。
 兄は何故、と幾度も考えた。
 考えたが答えは出ない。
(けれどこれは、わたしの役目)
 兄が新皇帝につくのなら、レイリーは妹としてそれを止めねばならない。
『次に戦場でまみえたならば、皇帝の騎士として貴殿等を討つ』
 例え妹であろうともと、兄は――ローマン=パーヴロヴィチ=カーリンはそう告げていた。
「人を集めて、しっかり準備をして、絶対に取り返そうね」
「そうね。だからそれまで身体を休めて頂戴な♪」
 視界の端でアレクシアがイネッサの手を握り、ジルーシャは茶目っ気のあるウインクを落としている。
 準備が整ったら。
 そうしたら。

 ――兄様。わたし、会いに行きますね。

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 ついに鉄帝決戦の時が来ました。一緒に頑張りましょう!
 TOP絵は「あれたかもしれない未来」のイメージを添えて。

●成功条件
 『氷の騎士』撃破

●シナリオについて
 スチールグラードにいくつかあるスチールグラード都市警邏隊の施設のひとつ(イネッサの執務室等がある建物です)が占拠されています。他の施設よりも綺麗なのは、占領した者に町を破壊する気持ちがないからでしょう。
 イネッサの案内で詰所内を進むことになります。この詰所はイネッサが最高責任者になるため、2Fにあるイネッサの執務室に氷の騎士――ローマンが居ます。しかし執務室での戦闘は互いに難しいため、攻め入られるとローマンは窓をバリンして下にある訓練場へ飛び降ります。

●スチールグラード都市警邏隊・詰所
 本部ではなく、イネッサが普段居る詰所になります。
 城門近くにある二階立ての建物です。中庭を挟んだ裏手に兵舎もあります。
 双方敵の手に落ちていますが、指揮官さえ倒せば大丈夫です。
 静かに行くも、派手に行くも、お好みで。派手にいけば兵たちがワッと出てきますが、ローマンはイレギュラーズたちが来るまで動きません。

●訓練場
 詰所の中庭。バスケットコートくらいの広さがあります。

●敵
・『氷の騎士』ローマン=パーヴロヴィチ=カーリン
 レイリーさんの死んだと思われていたお兄さん。憤怒の魔種。
 鉄帝国内部の権力闘争に敗れたカーリン家は没落しましたが、新皇帝の名の下に再興。新皇帝に仕える騎士です。
 生存を秘されて生き延びてしまった彼は自分が負けたせいで家が潰れたのだとひどく自分を責め、その責は自分が負うべきもの、そして妹も死んだと思っていました。レイリーさんに対して思うところは沢山あるようですが、「次に戦場でまみえたら――」と告げてあります。この場において、退くことはありえません。互いの命、どちらかが喪失するまで、戦場に立つことでしょう。
 流れた年月の分だけレイリーさんが成長したように、彼自身にも後ろ向きな変化があり、お互いに記憶の中の美しい姿ではないでしょう。感情のある人という生き物で、そして彼は魔種に堕ちています。

・新皇帝派兵 数不明
 施設内を巡回し、警備しています。
 施設の出入り口ににも数名居ます。

●味方
・イネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナ
 アレクシアさんの友人。
 スチールグラード都市警邏隊の少佐で、アレクセイ大佐の部下。
 少佐の位に恥じない力量のある軍人です。戦えます。得物は槍。
 建物の構造に詳しいため、イレギュラーズとともに行動します。
 執務室は……被害が少ないと嬉しいであります……。

・帝国兵 20名
 スチールグラード都市警邏隊に所属している兵で、施設の構造に明るいです。
 特に指示がなければイレギュラーズたちが制圧していった部屋を抑えたり、倒れている新皇帝派兵をふん縛ったり、建物の出入り口から新たな敵が入ってこないように警備にあたったり……します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●EXプレイング
 開放してあります。文字数が欲しい時等に活用ください。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

 それでは、イレギュラーズの皆様、宜しくお願い致します。

  • <鉄と血と>氷花演舞完了
  • GM名壱花
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月21日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ
一条 夢心地(p3p008344)
殿
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ボディ・ダクレ(p3p008384)
アイのカタチ
観音打 至東(p3p008495)
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃

リプレイ

●派手に行こう!
「それでは、よろしくお願いするであります」
 スチールグラード都市警邏隊の、イネッサ・ルスラーノヴナ・フォミーナが普段詰めている詰所。そこが見える少し離れた場所に潜んで安全確認をしてから、イネッサは改めて頭を下げた。
「大丈夫だよ、イネッサ君。きっちり取り返してみせるからね!」
 イネッサも彼女の部下も無事であることを喜んだ『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は、柔らかくも頼もしい笑みを浮かべた。守ってあげたくなるような容姿をしているアレクシアだが、彼女が守られるだけの女性じゃないことを、イネッサはもう知っている。あのリゾート地で出会った時は知らなかったことを、慌てて助けにいったり偶然助けてもらったりしている内に沢山知ったのだ。
「一緒に戦ってくださいね、アレクシアチャン」
 だからイネッサはもう、市民のようにアレクシアを守ろうとは思わない。ともに肩を並べ、時に背中を預け、戦いたいと思っている。
「派手に行く……だよね?」
「ええ、正々堂々正面から行くわ」
 首を傾げて最終確認をする『憎悪の澱』アクア・フィーリス(p3p006784)へ、『騎兵隊一番槍』レイリー=シュタイン(p3p007270)が肯定した。レイリーの視線はずっと詰所へと向けられている。
(レイリーおねーさん……)
 今から向かう場所――イネッサの詰所を占拠した指揮官は二度邂逅したことのある『氷の騎士』だ。そして彼がレイリーの――レイリー=パーヴロヴナ=カーリナの実兄、ローマン=パーヴロヴィチ=カーリンであることを、前回の邂逅でレイリーは知ってしまった。
 ローマンは「妹であろうと次は討つ」と言っていた。それなのにレイリーが会いに行くということは――実の兄妹で殺し合うことは避けられない。
(辛く、ない? 苦しく……ない?)
 ローマンがどうして実妹のレイリーを選ばずに新皇帝派に居るのか。それは彼に直接聞くまでは、まだ誰にも解らない。けれど兄妹で刃を交えることは心がギュッとなることだと、アクアは案じていた。……きっと、此処に居る誰もがそうだろう。案じていて――けれどレイリーがそう決めたのならと、直接には言葉とせず。
(私はこの兄妹の過去は詳しく知らない)
 しかし『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は彼女が為したいことは知っている。邂逅を果たしたいのなら扶ける。会話の機会を望むのであれば。相容れぬ結果となり討ち合うのであれば、これを扶ける。
 全霊を以てその一助を。ただ、それだけだ。
(家族殺し、か――)
 真剣な――或いは思い詰めているようにも見えるレイリーの横顔へと視線を向け、『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は思う。代わってあげようかなんて提案は、彼女の決意の高さの前に飲み込んだ。
(だから――それ以外と、その後を。私が守る)
 友の決意を見守るのだ。
 イレギュラーズたちの後方には、イネッサの部下たちも控えている。指示は既に出してあるから、突入待ちの状態だ。
 最終的な確認を、と『悪縁斬り』観音打 至東(p3p008495)が明るく口開く。
「城門とかバリとか櫓とか武器庫とか、ブッ壊していこうと思うのですヨ!」
「え。いや。ダメでありますよ? いえ、どうしようもないのであれば仕方ありませんが……」
 派手にする演出とは言っているがわざわざ壊すと聞いて、イネッサが目を丸くした。レイリーたちは派手に乗り込むとは決めたが、それは正面玄関で声での名乗り上げ、そして正々堂々突っ込んで向かってくる新皇帝派兵を片っ端から倒して詰所を奪還! という作戦だったはずだ。無駄に壊す必要性はない。
 元々敵の拠点で攻めて終わりなら良いが、此処はイネッサたちスチールグラード都市警邏隊の詰所であり、奪い返す場だ。当然、壊れた箇所は修繕しなければならなくなる。それはスチールグラード都市警邏隊が行うか人を雇うかしなくてはならず……出来るだけ市街地の修繕を先に行いたい上に、この食料も資材も不足下にある鉄帝では無駄に出来るものはなく、追加資材や出費が嵩むこととなる。
「僕も反対です」
 出来るだけ被害が出ないように保護結界を執務室で展開するつもりの『鏡地獄の』水月・鏡禍(p3p008354)も頷き、難民キャンプを幾つも見てきたアレクシアも深く頷いた。
「そう、ですか。やっぱり私の『フツー』と、イネッサ君や皆さんの『普通』は違いましたネ。先に聞いておいてよかったですヨー」
「先に聞いてくれて助かったであります!」
 暴力組織で教育を受けて育った至東は、『普通』が違うのだ。意見のすり合わせは大事。ニパッと笑ってみせた至東に、イネッサはホッとしたような顔を見せ「解らないことは何でも聞いて欲しいであります」と口にした。
 至東のお陰で、場の空気が少し和らいだような気もする。
「さ、準備はいいかしら? 皆でここを取り戻すわよ!」
 レイリーが氷の騎士が兄だと知った場に居合わせていた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)も彼女のことを案じていたが、全力で支えようと決意を胸に明るく声を出す。
「行きましょう、彼の元に」
「なはは、攻城戦じゃの。皆の者、ブッ込むぞえ」
 再会の舞台を整えるのが、仲間たちの役目。
 鞘へと指をかけた『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)と『殿』一条 夢心地(p3p008344)の言葉を最後に、一行は身を潜めていた場所から躍り出た。
 真っ直ぐに向かうは詰所の門。
 約30名が一斉に動けば目立つもの。すぐに反応した門衛を、ルーキスと夢心地が切り捨てる。
 レイリーが前だけを見て進めるように、イレギュラーズたちは得物を手に敷地内へと足を踏み入れた。

 正面玄関で名乗り上げれば、すぐに新皇帝派の兵が建物内や建物外の敷地内から姿を見せた。
「あら、熱烈な歓迎ね」
 そう来なくっちゃと竪琴を爪弾いたジルーシャが笑う。
「なはは! 歓待結構結構」
「ここは通らせてもらいます……!」
「確実に数を減らしていきましょう」
 ルーキスと夢心地は素早く切り込みに走り、鏡禍も手早く済ませられるようにとH・ブランディッシュを用いて大勢を巻き込んだ。
「飛び出してきてくれた方が助かります」
 建物内に入ってから殿を勤めるつもりのボディは、後方からの襲撃が無ければほぼ接敵することはない。進むに連れて人数が減るとは言え前に30名も居るわけだから、ボディが動く前に他の皆が倒すことだろう。
 故にボディの主な行動は皆の消耗を抑える支援となる。怪我や疲労に気を配り、後方からの増援が来ないか、または来た場合にその身でせき止めるよう立ちはだかる。
「まずは10名くらい、かな」
「そうでありますね」
 約30名もいるのだ、新皇帝派の兵はすぐに伸され、息のある者は手早く捕縛されていく。イレギュラーズが戦闘している間、イネッサは火力への人手は充分と判断し、部下への指示を出すことに専念しているようだ。すぐに侵入したばかりの門へ部下を配置し、外からの増援が来た際は警笛を鳴らすよう手配済みだ。
 警邏隊軍人を5名ほど残し、先へ進む。
「左に進めば階段があります!」
 侵入前にも建物の構造は説明済み。部下たちへの指示もあることから部隊中央を駆けながら、要所要所でイネッサが案内の声を飛ばす。
 巡回をしている兵を倒し、騒ぎを聞きつけてやってきた兵を倒す。
「部屋に潜んでいるようです」
 ひと部屋ずつ素早く視ていくルーキスの透視にひっかかれば、それも倒す。鏡禍が保護結界を用いてくれているから戦闘での建物への損害も少なく、イネッサも気にかけることなく槍を振るえているようだ。
「先に指示したとおり、二名ずつでの行動を」
 主要廊下を抑える度、イネッサが部下へ声を掛ける。その姿を見たアレクシアが微笑めば、少しだけ気恥ずかしそうな顔をして。
「消耗が激しい人はいない? 大丈夫?」
 足を止めるたび、または後方から敵が来ない前方での戦闘の度、イーリンとボディは仲間の消耗を抑えることを優先する。雑兵を排除することも必要だが、指揮官を倒すことこそが本懐である。
 自然とイーリンの瞳はレイリーを映し、彼女が存分に戦えるように背を支えようとその度思った。
 そうして新皇帝派兵を倒しながら進み――他の部屋とほとんど代わり映えがないが、少しだけ立派な扉の前へと一行はたどり着く。
「その部屋であります」
「……居ますね」
 喧騒は執務室にも届いているだろうが、執務室前に兵を置くわけでも自ら出ていくこともない。それはつまり――
「『来い』と兄様は言っているのね」
 もしくは、自らの意思では会いたくないと言葉無く告げているのかもしれない。
 例えそうだとしても、レイリーは此処まで来た。会う意思は変わらない。
 レイリーが扉の取手へと手を掛けようとしたしたその時。アクアの耳がぴくんと跳ねた。駆けてくるいくつかの足音があることを告げると、アクアはボディとともに後方へと立った。
「行って……レイリーおねーさん、会いに、行くんでしょ?」
「ここは私たちに任せてください」
「自分たちもこちらのお手伝いを。すぐに終わらせるでありますよ!」

●心、凍らせて
 ローマンが目覚めたのは、見知らぬ天井の下だった。
 決闘で死を覚悟した瞬間の記憶が最後にあるローマンは、激しく狼狽えた。何故生きているのか、と。カーリン家はどうなった。父は、母は、妹――レイリーは。
 その後の状況を伝え聞いた話では、父母も自決しカーリン家は名実ともに滅んだ……ということだった。妹も両親とともに逝ったのだろう。
 一度は呼吸も止まったローマンだったが、すぐに息を吹き返した。けれどそれは、一部の者以外には伏せられた。決闘で敗れたローマンは、死すべき宿命となったのだから。
 そのまま死なせてくれればよかったのにと思うローマンに、臣下であり幼馴染でもある男は「死なないでほしい」と願った。ローマンの生存に手を貸した多くの者たちが、そう願った。「若い命を散らす必要なんてない」「生きていれば必ず雪辱を果たせる日も来る」みな口々にそのようなことを口にした。
 みな、勝手だ。勝手ばかりを口にする。
 亡くなった父母も、そう思っているのだろうか。
 亡くなった妹も、そう思っているのだろうか。
 ――何故お前だけがと思ってはいないだろうか。
 決闘で負傷した身は夜毎熱を出し、毎夜両親と妹の夢に魘された。
『我が家を貶めた者へ復讐を』
 父が言った。
『カーリン家の再興を』
 母が言った。
『わたしに立たせてくださればよかったのに』
 妹が言った。
 全てに対して、ローマンはそうだと思った。
 ――そうだ、全ては私の責だ。
 もっと武芸に秀でていれば、決闘で勝てさえしていれば、お家が取り潰されることも、家族も死ぬことはなかった。妹の未来も喪われることはなかった。
 激しい怒りを抱いた。国に、貶めた政敵に、そして何より――己に。
 再興するための力を欲した。
 復讐するための力を欲した。
 己よりも才能がある妹よりも強い力を欲した。
 声が聞こえて身を委ねたその時に、かつてのローマンは確かに『死んだ』のだ。

 ――私の名はレイリー=パーヴロヴナ=カーリナ! 兄様、会いに来たわよ!
 その声は、イネッサの執務室に在る『氷の騎士』ローマンの元へと届いた。
 やはりあの子は来るのかと、ローマンは深く息を吐いた。
 妹とは同じ色ではなくなってしまった髪をかき上げ、ヘルムを被る。
(じきにあの子がやって来る)
 レイリー。幼くもその才能を持ち合わせていた、可愛い妹。
 彼女が此処へ来れば、殺さねばならない。
(嗚呼、レイ――)
 どうか、どうか。来ないでおくれ。
 槍を握りしめ、そんな気持ちも凍らせて――。

●氷花のダンスホール
「ごきげんよう、親愛なる兄様に会うために参上いたしましたわ」
 ノックのひとつもなく、上品差の欠片もないのは敵地ゆえのご愛嬌。一斉に執務室へと雪崩込んできたイレギュラーズたちと、ローマンは大きな窓を背に対面した。
 ローマンの顔はヘルムで見えないが、溜息をついたようだ。何故来たのかと問うような響きであった。来るなと言ったのに、と。
「此処では互いに身動きが取れにくいだろう。ついてくるといい」
 身を翻したローマンが窓を割って執務室から去る。アレクシアの背後で廊下から顔を覗かせたイネッサが小さく息を飲んだが、部屋が荒れるよりはマシだろう。
「下は――」
「訓練場であります」
 殿を勤めるボディとアクア、部下等へ指示を出すイネッサ、彼女の側にいるアレクシアを除いた面々が窓へと駆け寄る背へと、イネッサがそこは戦うのには充分な広さがあると告げた。
 中庭を兼ねた訓練場の中央に、氷の騎士が立っている。その姿を見たレイリーは即座に窓枠へと足を掛けて飛び降り、仲間たちも彼女の後へと続いた。――イネッサは部下たちに何やら指示があるらしく、先に行ってくださいとアレクシアに告げて執務室を後にした。
 イレギュラーズたちが訓練場に降り立った。
 中央に、氷の騎士。
 氷の騎士へと向かって皆よりも二歩ほど前に立つレイリー。
 視線は互いに真っ直ぐ、互いだけを映しているように見えた。
「私は鉄帝に仇名す貴方を止めねばなりません。民を護る騎士として」
 レイリーが盾とランスとを握りしめて凛とした声でそう告げれば、氷の騎士も言葉を返す。
「私は新皇帝バルナバス・スティージレッド様に仕える騎士。矛先が違えるのであれば、それ以上に交わす言葉は必要ない」
 ヘルムでくぐもっているが、その声は矢張り兄のもの。心が揺れないように、レイリーは己の心の手綱をぐっと握りしめる。
 ――されどそれも、一瞬だけだ。すぐにそれ以上の衝撃がレイリーの心を揺らしたのだ。
 言葉とともに、ごう、とローマンを中心に空気が変わった。元より春が遠かった空気は瞬時に凍てつき、ピキピキと凍える歌を歌い出す。
「ああ……」
 レイリーの口から、思わず声が溢れた。
 呻きとも声ともつかぬ、魂の慟哭。
 ローマンがこれまでの邂逅とは違う本気を出したのだと思った瞬間、気付いてしまう。ああ、ああ。レイリーには解ってしまったのだ。
 もしかしたらとは思っていたけれど、そうでなければ良いと兄だと知ってからずっと思っていた。けれどその思いは砕かれた。本気を出した彼は――紛うことなき魔種であった。
「っ皆さん、力を貸して。兄様は――魔種よ」
 出来れば自分一人の力で戦いたかった。
 戦って勝って、叶うことなら新皇帝派から脱するように説得したかった。
 けれど魔種ではそんな望みも抱けない。
 此処に居るイレギュラーズ全員で全力で戦って、勝てるかどうかの相手だ。侮れば……二度と立ち上がれなくなるのはイレギュラーズたちだ。
(魔種なら……)
 もしかしたら、殺し合いで解決も出来ないかともアクアは少し考えていた。けれど、魔種に落ちてしまえは戻ることは叶わず、魔種はそこに在るだけで周囲を捻じ曲げる。殺すしかもう、道はない。
「今日のわたし、レイリーおねーさんの牙、なの」
 けれど、殺すための牙ではない。
(それはレイリーおねーさんの役目、だから……)
「大丈夫よ、レイリーちゃん。アタシたちがしっかりサポートするから」
 ジルーシャが英雄叙事詩を奏でる。今日の英雄は、レイリーだ。彼女を賛える歌を奏で背中を押す。
「そうよ、レイリー……行ってきなさい!」
 力強い声で、イーリンはレイリーの背を押した。執務室までの戦闘で消耗しないように味方のことまで気を配っていたのは、全てこの大舞台のためだ。友人の背を見守ること。私がここで貴方を見守っていると、活を入れた。
(そっか、レイリー君の……)
 親しい人が魔種に転じてしまった悲しみは、アレクシアも知っている。
「レイリー君、サポートは私達に任せて!」
 イーリンとアレクシアは、回復を持ってレイリーを支える。何度でも立ち上がる勇気と気力を、彼女へ与えるのだ。
(この方が、レイリー様の兄……)
 ボディが人間の兄弟という概念を確りと理解しているかは解らないが、家族というものは少し解る。ぽかぽかして温かい、大切で、大好きなものだ。
「お節介ですが、お手伝いさせていただきます」
 魔種が相手ならば、全力で足止めに行っても大丈夫だろう。
 少しでも多くBSを付与し、少しでも皆の攻撃が通るように。
 レイリーがしたいことを為せるように。
 その気持ちはこの場に集うイレギュラーズたち、多くの者たちに共通している。
(運命っていうのはいつも残酷ですね)
 鏡禍もレイリーを助けるために前へと出た。いつでもかばえる場所に立ち、ローマンを観察する。
 イレギュラーズたち全員で掛かってくると端から思っていて――それでも勝てる自信があるからこそ、彼は執務室にひとりでいたはずだ。自在に氷を生成し、その幾つもの切っ先がイレギュラーズたちへと向かって飛んでくる。
 身を切る冷たさは、痛みによる熱の方が強い。

「敵さん……来た、の」
「増援が来おったようじゃの」
 氷の騎士との戦闘を開始して暫く。ガチャガチャという足音を拾ったアクアが視線を向け、「無粋じゃの」と夢心地も姿を見せた新皇帝兵へ向かおうと身を低くした。
「邪魔する雑兵ですネ、排除ですヨ!」
 しかし、至東と夢心地が動くよりも先に、動く者が居た。
「ここは自分にお任せくださいであります!」
 イネッサだ。
「イネッサ君!」
「大丈夫ですよ、アレクシアチャン。アレクシアチャンは変わらず皆さんの支援を。一般兵如きにアタシは倒されません! ――銃兵構え!」
 ここは、イネッサの庭だ。
 そして、詰所の中庭でもある。
 命令しなれた指揮官の声が中庭に響けば、窓という窓から銃口が覗いた。
「――てぇい!」
 撃ての命令に、銃弾が新皇帝派兵へと浴びせられる。同時にイネッサと彼女の側に居た数名の軍人が素早く駆け、銃弾で仕留められなかった新皇帝派兵を相手取る。
「絶対にそちらへ通しはしないであります!」
 氷の騎士への介入はしないが、窓から覗く銃口は増援が来ないかどうかも見張ってくれる。ですので思う存分戦ってくださいと言い残したイネッサに、アレクシアは背を向ける。イネッサが怪我をすることはない、案じる必要はないと思う。それが信頼の証。イネッサは新帝国兵を倒すため、アレクシアはローマンの相手をする仲間たちを癒やすため、距離を開けて――けれども背を預け合って戦うのだ。
「さあ、次は何の曲が聴きたいかしら? リクエストはなんだって言って頂戴な」
 氷の騎士は涼しげに見えるが、イレギュラーズたちには疲労の色が濃く出ていた。けれどもジルーシャは気丈に笑い、曲を奏でる。
 しかしローマンも無傷という訳では無い。イレギュラーズへの付与を砕き、攻撃とともに己のBSを解除をする――即ち積もれば厄介であるという認識があるのだ。
「兄様、その御髪は……」
 彼が被るヘルムが欠けた時、思わずレイリーは息を飲んだ。
 欠けたヘルムからは金とは違う色の髪が覗いたから、揃いの金髪だと聞いていたイーリンは気遣わしげにその背を見守った。
 魔種の力は、その姿をも変貌させる。
 昔の姿を思い描いていたレイリーは――それでも盾を握り、前を向く。
 自在に動く氷をできる限り盾で受け止め、その飛沫も瞬時に鋭い刃となって襲ってくるのを、耐える。
「ほれほれ、どうじゃ!」
「わたし、レイリーおねーさんに、つなぐ……んだから」
「手加減は無用! このまま圧していきましょう!」
 ローマンの攻撃はほぼレイリーに向かっているが、攻撃をする者には氷の棘が、かばいに入る者には直接ダメージがいっている。彼の攻撃ひとつひとつの威力が大きく、イーリンとアレクシアは仲間たちをよく支えた。
(あと少し、あと少し頑張って耐え抜けば――!)
 冬がいつか終わって春が来るように。
 戦いは必ず、いずれ終わるものだ。
「兄さま、私と一緒に踊ってくださいませんか?」
 互いに、あと一撃で倒れそうな程に消耗しきっている。その上レイリーはパンドラ復活も使用済みだ。
 あと一回。これがどちらかの永遠となる、ラストダンス。
 これだけはどうか、ふたりきりで踊らせて。
 そう口にせずとも、仲間たちは空気を読んで退いてくれた。レイリーの背中には、仲間たちの視線と想いが届いている。確りと両足に力を入れ直し、姿勢を正す。美しいドレスを纏っては居ないけれど淑女らしくカーテシーをして、やっぱりもっと礼儀作法の勉強に力を入れておけば……なんて、『あの頃』を思った。
 ダンスホールは訓練場という味気のない場所だけれど、兄と踊れるのならどこだっていい。生きて会えるとは思わなかった兄と、こうして再び出会え――今度はちゃんと別れができるのなら。
「レイ。お前はあの頃より美しく、強くなったな」
 ローマンにも異論はないらしい。最後の兄妹喧嘩への誘いに諾を唱えた。
 欠けていたヘルムを脱ぎ捨てる。顕になった兄の頭部に宿る色は、凍てついた色に生気のない瞳。けれどもレイリーには確りと兄だと感ぜられた。生真面目であるがゆえに追い詰められて、きっと沢山絶望して、誰よりも責任を感じて傷付いたのだろう。
 言いたいことはいくつもある。聞きたいことはいくつもある。
 けれどもこれだけ槍を重ねれば聞かずとも解ることはあるし、彼が直接口にしないということはその必要が無かったからなのだろう。聞かせたくないと思ってくれているのかもしれない。
(兄様……)
 ふたりの脚が、同時に地を蹴った。
 互いのランスを構え、真っ直ぐに相手へ向かい、離れ、交わり、また離れた。
 綺羅びやかなダンスホールで踊る軽やかなステップではない、互いの鎧が鋼の音を鳴らすステップ。
 そうして――白のランスと氷のランスが互いの身体を刺し貫いた。
「レイリー!」
 イーリンが叫び、他の仲間たちも彼女の名を呼んだ。

 槍が刺さる瞬間、レイリーは死を覚悟した。
 ――兄さまはわたしの自慢の兄さまですもの。
 幼い頃のレイリーが心の中で憧憬を流す。
 広い兄の背中に、高い位置の顔。
 優しく手を引いてくれ、いつも自分を案じてくれる兄。
 ゴホッと口から鮮血が溢れて、レイリーの『現実』が戻ってきた。
 名を呼ぶ仲間たちの声が聞こえる。意識を飛ばしていたのはほんの僅かな時間だったのだろう。
「兄様。兄様、兄様、兄様――どうして」
「……レイ。レイ。わたし、の、かわいい」
 互いに槍を刺しあったままの格好で、ふたりは抱き合うようにそこに居た。
 ローマンの身体には白い槍が刺さっている。
 けれどレイリーの身体からは――穿たれたはずの槍は、貫通する前に消えていた。
 妹へ、強い嫉妬を抱いた日もあった。けれどもそれは自分への怒りへとなって跳ね返った。ローマンにとって妹は可愛い妹のままで、彼が守りたいと思う最たる存在であることは変わらなかったのだ。
 最後の最後でローマンは【不殺】を用いたのだと、レイリーは気が付いた。ローマンには、優しい兄には、妹を殺せなかったのだ。
 見上げた兄は、困ったような表情で笑っていた。震える唇は「すまない」「しあわせに」と動いた。新しい血が溢れるばかりで言葉は発せられなかったが、レイリーには解った。
 ――私の可愛い妹、レイ。兄殺しの業を負わせてすまない。どうか幸せに。
 兄はそう、願ったのだ。
 倒れ込む兄の身体をレイリーは支えるように抱きしめる。

 ――大好きな兄様。おやすみなさい、良い夢を。

「これ以上の増援は無さそうであります」
「そのようじゃの」
 敵将が落ちても気を緩めること無く、レイリーに付き添うのを数名に任せて軽快に当たっていた夢心地はイネッサの言葉に肩を鳴らした。
 鉄帝頭は何をするか分からん。そう思ったとおり、潜んで隙を伺ってあわよくば……と考えていた新皇帝派の兵を先程伸したばかりだ。きっとあれで最後だったのだろう。
「イネッサ君、怪我はない?」
「大丈夫ですよ、アレクシアチャン」
 部下たちへの指示も終えたイネッサの元にアレクシアが駆けてきて確認する。
(さて、僕は)
 そんなふたりの傍らを鏡禍は擦り抜け、警邏隊所属の軍人の元へと向かった。
「何かお手伝い出来ることはありますか?」
「私も手伝いましょう」
「あっ! 私もお手伝いできるですヨー!」
 筋骨隆々の巨躯を持つボディが力仕事もお任せくださいと申し出れば、至東も身体を動かすのは得意ですよーっと駆けていく。
「俺も手伝います!」
「あっ、怪我してるんだから! 皆、待って!」
 何か手伝えることをとルーキスまで動こうとし、流石に皆傷だらけなのにとアレクシアが慌てた。せめてもうちょっと治療してからにしてください!
「ふふ。皆元気ねぇ」
 気持ちを落ち着ける香を焚いていたジルーシャも、そっと訓練場を離れていく。
 訓練場に残ったレイリーには、イーリンがずっと寄り添っていた。

 ああ、春の気配が近付いてくる――。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

アクア・フィーリス(p3p006784)[重傷]
妖怪奈落落とし
レイリー=シュタイン(p3p007270)[重傷]
ヴァイス☆ドラッヘ
一条 夢心地(p3p008344)[重傷]
殿
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
観音打 至東(p3p008495)[重傷]
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃

あとがき

兄と妹のお話でした。
イネッサはしっかりと詰所を綺麗にして、全部終わったらきっとアレクシアさんへまた手紙を書くのでしょうね。

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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