シナリオ詳細
凍れる僕に教えてよ
オープニング
●
喧騒は過ぎ去り、ファルマコンは去った。
其処にはただ、静けさだけが残った。
――アドラステイア、上層。
街並みは残れども人の気配が失せ切った其処に、一つ妙なものがあった。
……氷の塊だ。
今年は厳冬ではあるが、こんな上層の入り口付近に氷が生える程ではない。
まして――其の中に少年が一人眠っているような事など、常なら在り得る事ではないのだ。
少年の名はセグレタ。
嘗てアドラステイアの決戦でとある少女と共に出撃した幹部候補生。緩やかで、穏やかで、だけれど頑固な性格で。
死のうとした少女を「生きてね」と送り出し――自らは信仰と共に氷の中で眠りに就いた、愚かな少年。
ねえ、きみ。
世界の素敵な事、知ってる?
知ってるなら教えてあげてよ。沢山、沢山教えてあげてよ。
世界には素敵な事があるって。寝てる場合じゃないって。
このねぼすけさんに、教えてあげようよ。
●
「あいつ、まだ寝てるのね」
ぽつり、と呟いた少女の名はアデリン。
彼女もまたかつてはアドラステイアの幹部候補生であった。そうして、幹部候補生として死ぬつもりだった。
だけれど、イレギュラーズの言葉に動かされ――果てはセグレタに送り出されて、こうして今も生きている。
「うん……そうみたい。氷は回収して、今しかるべき所で保存しているよ」
誰もいないアドラステイアだと、寂しいだろうからね。
リリィリィ・レギオン(p3n000234)はアデリンの言葉に悲しそうに呟いて、……いけない、と頭を振った。
「其れでね! ミスタたちを呼んだのは、そのことについてなんだ! アデリンと相談したんだけど、世界を見てきたミスタたちに頼むのが一番いいと思ったんだよ」
「言っておくけど、アタシは反対したのよ。一度は敵対した奴らになんで協力を扇がなきゃいけないのって、もがが」
「まあまあ。まあまあ」
リリィリィはそっとアデリンの口を塞ぐ。
そうしてイレギュラーズを振り返ると「メフ・メフィートの東の森に向かって欲しいんだ」と述べた。
「セグレタを包んだ氷ごと、ローレットの作業員で丁重に運んで森に保管してある。其の途中で作業員が気付いたんだけど、…音に反応するような素振りが見えたんだって。つまり、彼は眠っているけど眠っていない、仮死のような状態にあるのだと思う。もしかしたら、……起こせるかもしれないんだ。イコルの中毒症状の解毒法も見つかった。あとはセグレタが氷を溶かしてくれるだけなんだ」
「……アタシはね、別にアンタたちの事を信じちゃいないのよ」
アデリンが押し合いへし合いの末にリリィリィの手を押しのけて言う。
でも、とイラついたように其の愁眉を寄せて、怒りの表情を作った。
「勝手じゃない! 何が“僕の分まで世界を見て幸せになって”よ、責任おっかぶせられてアタシはどうしたらいいの! ……だから。アイツを起こしてよ。そしてアタシに一発殴らせて。……アタシは、……。アタシは、まだ、幸せな世界って奴を知らないから。だから、……アンタたちには判るでしょ!?」
半ば自棄になってイレギュラーズを見たアデリンの瞳は何処までも真摯で。
そして、少しだけ潤んでいた。
- 凍れる僕に教えてよ完了
- GM名奇古譚
- 種別イベント
- 難易度VERYEASY
- 冒険終了日時2023年03月16日 22時07分
- 参加人数10/∞人
- 相談7日
- 参加費50RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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キドーはセグレタと直接縁があった訳ではない。
けれども、アドラステイアを潰すために戦い、アドラステイア出の子どもを引き取ったという点では、無関係でないとはいえない。
そして、こうも思うのだ。「罪なき者でも、罪ある者でも、運よく都合よく成功して幸せになれるもんだ」と。
ただのコソ泥だった自分がいまこうやって社長になり――そうしてセムという少年を雇うまでになったのだから、間違いない。
「ほら、アドラステイアのお仲間だぜ」
「……仲間つっても。社長。俺とこいつは」
「知るか! 境遇とか経緯とか……そういうのじゃなくてよ! ほら、ガキはガキだろ!」
「……」
セムは氷塊の前に立つ。相手は元幹部候補生、対して自分はオンネリネン。だが、思う所がない訳ではなかった。
「なるほどな。アデリンって娘のいう通り、勝手だな。お前って。……あのな、社長の言う通り、この世界って運よく都合よく幸せになれるもんなんだぜ」
でも、いただろ。運にも都合にも恵まれなかった奴が。俺達は間近で其れを見て来ただろ。――お前は恵まれてる。此処から出すために来てくれた人がいる。其れを頼んでくれる仲間がいるだろ。
……いつまでも寝てんなよ! 都合よく幸せになれよさっさと!
「わたしはね」
ココロは、そっと語り掛ける。
氷塊の中で目を閉じている、いとけない少年に。
「イレギュラーズになるまでは、誰も知らなかった。親兄弟も知らない、友達だっていなかった。だから皆とやっていけるのか、凄く不安だった」
でもね、と、そっとココロは氷に触れる。冷たい。其れはまるで、世界を静かに拒絶した少年の心のようだ。
「海の向こうの世界は輝いていて、皆は優しかったんだ。あなたもきっと不安なんだよね。怖いんだよね、外の世界が。……私が手を引いてあげる。最初の一歩、踏み出しましょう。生き続けると色んな事があります。思い出が積み重なれば、きっと生きるのが楽しくなります。……其れに」
あなたは、仲間を心配させたままでいいとは思ってないでしょう?
ココロは周囲を見回すと、内緒話をするようにひそり、と声を小さく。
「矢車菊華院。わたしが預かっている、イコルの更生施設です」
皆さんで住みませんか。知っている人もきっといるはずだから、楽しく過ごせるはずですよ。
「――こんにちは、セグレタ」
ウェールは言葉で、そして念話で、眠れる彼に語り掛ける。
「色々と言いたい事が山積みで、どれから出せば良いのか迷うが……取り敢えず、寝坊助さんを起こしに来た。直ぐに起きて準備したくなる、とっておきの楽しい事を話すぞ」
思い起こすのは美しい景色。青い海が一望できる岬に、森の中の花畑。其れから、豊饒では――そう。もうすぐ桜が咲く筈だ。桃色のとても綺麗な花で、直ぐに散ってしまうけれど其の様も綺麗だ。
お前さんとアデリン、二人でピクニックにいくには最適の場所。
ご飯はお弁当を作って好物を詰め込んでも良いし、名産品を買っても良い。何なら俺を利用してくれてもいい。
ハンバーグや照り焼きチキンを挟んだサンドイッチに、ミートボール。お前さんは食べ盛りじゃないか? たまにはそんなのも良いだろう、野菜は帰ってから食えば良い。
デザートは其の場で瑞々しい果物を切ったり、豊饒なら見た事もない菓子がある。きっとどれも美味い。俺が保証する。
なあ、だから起きてみないか? 俺のオススメはきなこ黒蜜パフェだ。
……。好きな人と一緒に生きる世界は、輝いて見えるんだ。少なくとも俺はそう。――だから。君が命懸けで守り抜いたアデリンと一緒に、お出掛けしよう。
絶望の形って、人それぞれだよね。
アクセルは氷塊の前で、そう思うのだ。
――だから、其れを本当に知ることが出来るのは、同じ境遇のヒトだけかもしれないけれど…誰かに助けられて絶望から救われた。其れはオイラもおんなじだから。君に言葉をかけるよ。
ヒトは、ヒトを簡単に傷付ける。でも、救う事だってある。難しいけど、いい可能性の一つだ。……オイラは、……んんと。小さい頃に一人ぼっちで生きてた。多分、きみとおんなじで。だけど拾われて、育てられて、今のオイラがある。
そういう場合だって存在する訳で、で、オイラは色々と見聞を広めてる最中で……
えっと、つまり、その。
つまりな!
この世界は誰かに救われる事も、そこから自分の世界を広げていくことも、あって。其れが出来る。そういうことなんだよ!
天義にも、アドラステイアにも、蜻蛉は関わりがない。だけれども――依頼の顛末を報告書で読んだとき、“あのひと”を思い出したから。だから蜻蛉は、いま氷塊の前に立っている。
「初めまして、やね。うちは蜻蛉。もうすぐ春やのに眠ったままで、まだ春が来てないのに眠ってる王子様に逢いにきたんよ」
君はこの世界を拒絶して、眠ってしもた。
そうかもしれへん。この世界は、辛い事のが多いかもしれん。うちも、沢山泣いて来ました。ついこないだみたいに思うけど――大切な人を見送ったりもしました。
なんでやろなぁ。どうしてか、あなたに聞いて欲しかったんよ。
なぁ。もうすぐ雪解けがきて。そうしたら夏には青い空。秋には落ち葉。そして冬には雪景色。世界は素敵なもので溢れてる。いつか目覚める時が来たなら、其の時には、なぁ、王子様。傍に居てくれる人と一緒に見て回ってみて。
耳を澄ませて。目を凝らして。
ほんに。ほんに、幸せやから。
「こんなところに閉じこもって、寒いだろうなぁ」
ベルナルドはチョウカイと共に氷塊の前。何か着せてやるものがあったらよかったんだが、と溢す。
「外にはあったかいもんが沢山あるってのによ」
「そうだねぇ。暖かいものー……シチューにパンをつけて食べるの、僕、好きだなぁ」
「ああ。……じゃあチョウカイ、いっちょやってみるか」
「おー」
ベルナルドが子どもを放っておけないのは、きっと孤児院にいたときに色んな子どもの面倒を見ていたからかもしれない。そうしてチョウカイも、オンネリネンからただの子どもになった一人で。
だけど、うまい言葉をかけられるかというとそうではないから――チョウカイと一緒にベルナルドは、いつも通り絵を描くのだ。
「其れにしてもチョウカイが来てくれて助かったぜ」
「そう? じゃあ赤の絵の具かーして」
「ああ。ほら。……オッサンの一人語りなんか延々と聞かせても、若いのに興味を持ってもらえるかわからねぇからな」
「僕も流石に幹部候補生の事はよく知らないんだけどー……でも、僕はベルナルドおにーさんの話、好きだよ?」
「どの辺りが?」
「絵の話とか! 特にほら、青の使い方の話とか、すごいなーって。……セグレタは絵に興味あるかなぁ?」
「さあなあ。でも、興味を持ってくれたら嬉しいよな」
「うんうん。僕たちの話を聞いて、描きたいなって思ってくれたらー……成功! だよねぇ」
「実はですね」
内緒ですよ? と、彼者誰は氷塊に話しかける。
「俺は、天義生まれ、ちょっと良い家育ちなんです。でも……ずっと天義の神を信じられなかった。貴方達の事があるまで、取りこぼした己を忘れたふりをしていました」
でもね、と柔らかく彼者誰は語る。こうして取り零したものを拾ってみて思うのは、と。
「世界は自由で、美しいって事です。俺はあのまま天義にいたら、憧れの仕事をするために勉強なんか出来なかった。趣味が料理にもならなかったし、各国の美味しい料理も食べなかっただろうし、作り方を教わるなんて、とてもとても」
――ねえ、セグレタ。
貴方に夢はありますか?
大人になったらなりたかった仕事や、やりたかった事。あるんじゃないですか。アデリンに君は、“僕の代わりに”と言ったんでしょう?
「俺はもう大人ですが、其れでも色々な事がしたい」
そして其れが出来るのが、とても楽しい。貴方にも、其の喜びを知ってほしい。
ずっと、ずっとメイメイは、アドラステイアの子どもたちに、なにかしたいと思っていました。何が出来るのか、ずっと考えていました。
そして今。やっと何か出来ると思いました。……力に、なりたい。
触れた氷は冷たいけれど、きっとセグレタさまの心はもっと冷たい筈。だからメイメイは、手を引っ込めたりしません。
「初めまして、セグレタさま」
メイメイは、メイメイ・ルー。イレギュラーズをしています。
世界には色々と素敵な事がありますが――そうですね。セグレタさまは、神威神楽という国はご存知ですか?
四季があって、景色や花たちは一年で目まぐるしく移り変わります。そして、お菓子が美味しいです。わたしの、……大好きな土地です。
イレギュラーズでないなら、船などにたくさん載らないといけませんが。ねえ、いつか、きっと……アデリンさまと一緒に、足を運んでみてください。
今は「絶望」が「静寂」に変わった、海を。見て下さい。
――静寂の青。
そういえば、ふふ。とても、あなたたちらしいかも、しれませんね。
「えと。久し振り、って言ってもいいのかな」
リュコスは氷の中、目を閉じたままのセグレタを見る。こうしてみると、彼は矢張り少年で、幼いのだと判る。
「あの時は敵同士だったから、挨拶も出来なくて……ぼくはリュコスっていうんだ」
思念を静かに傾ける。肉声だけでは届けられない想いを届けるように。
「ぼくたちはファルマコンを滅ぼした。アドラステイアは終わったんだ。生き残った子どもたちは解き放たれて、イコル中毒を治す方法も見つかったんだよ」
全てが良い方に変わってる。なのに、君だけがまだなんだ。君は此処で眠ったまんま。
あのね、さっき話した通り、みんな良い方に向かってる。アデリンだってそうだよ。
君はあの時、“アデリンの為に”氷漬けになった。其れは君なりの優しさだったのかもしれないけど――アデリンは君に会いたくて、寂しがってるよ。やっぱり一番大事な友達がいないとつまんないんだよ。
アデリンはきっと沢山の人に出会う。でも、君の代わりは何処にもいない。
君は死んでない。生きてる。だから目を覚ましてもう一度アデリンに会って、……其の時はちゃんと、「ごめんね」って言うんだよ。
――辛くて苦しいばかりの世界じゃない。
“先輩”が言うんだ、信頼してくれていいよ。
●
少女は一人、佇んでいる。
何処かぼうっと氷塊を見詰めているようにも見える。
炎を操る炎のような激情は息を潜め、いま、アデリンはただの一人の少女だった。
「――鉄帝の寒い地方で、シチューを戴きました」
瑠璃はそうアデリンに話す。
「シチュー?」
「ええ。知っていますか? 肉や野菜をクリームで煮込んだものです。一口啜ると腸詰めの塩気の味がして、暖かさが身体中に広がる美味しい料理でした。特別なものではありません。鉄帝は寒いですからね、何処のご家庭でも作っているものですよ」
「……ふうん。じゃあ、珍しいものじゃないんだ」
「ええ。幻想にもきっと食べられるところがあります」
瑠璃は頷きながら、注意深くアデリンを見ていた。『幸せな世界』というものを知った時。今まで自分たちが何を傷つけていたのかを知った時、絶望しなければいいのだが、というのが彼女の懸念だ。
――人が人を殺した時、ナイフに罪はない。そう、瑠璃は思っている。
使われた武器に罪はなく、使った者に罪があるのだ。――アデリンは、ナイフだ。ていよくアドラステイアに使われた抜き身のナイフだ。
「過ちは、繰り返さない事が第一です」
静かに、何てことない話に織り交ぜながら瑠璃は語る。
「もしもの時は――ローレットに依頼すると良いでしょう。今回、貴方がそうしたように」
●
少年は目を閉じている。
氷の塊は春を待つように、静かに佇んでいる。
「……いつまで寝てんのよ」
少女が語り掛けると、……もうちょっと寝かせてよ、というかのように。
少年の瞼がぴくり、と動いた気がした。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
セグレタは――ちゃんと、聞いていましたよ。
そして、感じている筈です。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
こんにちは、奇古譚です。
覚えているでしょうか。一人の少年がアドラステイア決戦で己を氷に封じました。
世界に幸せってあるんだよって、教えてあげましょう。
そして、貴方も思い出してみましょう。世界って、幸せなんだよって。
●目的
セグレタ(もしくはアデリン)と話をしよう
●立地
メフ・メフィートの東にある森にひっそりと氷塊が保管されています。
其の中に眠っているのがかつて幹部候補生だった少年“セグレタ”です。
調査の結果、彼は音には反応する事が判りました。
つまり、彼の傍で話しかければ、彼に届くという事です。
時間は陽がよく当たる昼下がりです(とはいえ、この冬は冷えますが)
●出来ること
選択肢グループ機能を使ってみましたので、是非ご活用ください。
1.セグレタに話しかける
セグレタに限らず、アドラステイアの子どもたちが抱いていた感情は“絶望”でした。
世界に絶望し、ファルマコンに縋る事で精神の安寧を得ていたのです。
ですから、絶望する事はないんだよと。世界にはこんな楽しい事があるんだよと、教えてあげて下さい。
2.アデリンと話す
アデリンもまた、世界に絶望した一人でした。
美しい少女です。其れゆえに味わった屈辱も人一倍です。
今はイコル中毒の治療をしながら、世界を見て回っている最中の彼女。
何かお話する事があれば、2番を選択してください。
●NPC
リリィリィが周囲を散策しています。
お声がけがあれば反応しますのでどうぞ。
グレモリーはデリカシーがないのでお留守番です。
●注意事項
迷子・描写漏れ防止のため、同行者様がいればその方のお名前(ID)、或いは判るように合言葉などを添えて下さい。
また、やりたいことは一つに絞って頂いた方が描写量は多くなります。
●
イベントシナリオではアドリブ控えめとなります。
皆さまが気持ちよく過ごせるよう、マナーを守ってイベントを楽しみましょう。
では、いってらっしゃい。
お話する相手
セグレタとアデリン、どちらにお話をしますか?
【1】セグレタに話しかける
セグレタに限らず、アドラステイアの子どもたちが抱いていた感情は“絶望”でした。
世界に絶望し、ファルマコンに縋る事で精神の安寧を得ていたのです。
ですから、絶望する事はないんだよと。世界にはこんな楽しい事があるんだよと、教えてあげて下さい。
【2】アデリンと話す
アデリンもまた、世界に絶望した一人でした。
美しい少女です。其れゆえに味わった屈辱も人一倍です。
今はイコル中毒の治療をしながら、世界を見て回っている最中の彼女。
何かお話する事があれば、2番を選択してください。
【3】其の他
独白・リリィリィへのお声がけなど、他の行動をする際にご使用ください。
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