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シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>紅き天使の檻

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●檻
 その日、ネフェルストは戦場と化していた。
 突如進撃を開始した、血晶の怪物たち。それは外から、そして内から暴発をはじめ、その暴威を存分に振るいだす。
 彼の月の王国はこの地に顕現せり。血晶の怪物たちはここに宣言し、その美しき体を血と悲鳴にぬらす――。
「た、た、大変です! 大変です!」
 ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は大量の資料を抱えながら、ネフェルストのローレット・支部の中を右往左往していた。それは何もユリーカに限ったことではなく、その他のイレギュラーズたちや、現地の職員たちも同様の姿をさらしている。
 ネフェルストを襲った脅威。その脅威に対応すべく、ローレット・ネフェルスト支部はその能力を最大限に発揮していた。
「商業地区に晶獣が大量発生との報告あります!」
「空いてるイレギュラーズを迎撃に行かせてやってくれ! 依頼契約書は後から書く!」
 怒鳴りあう職員たち。次から次へとやってくる仕事を、高速で捌かなければ、それだけ被害は大きくなる。外も戦場ではあったが、支部もまた、別の洗浄であるといえた。
「ユリーカ先輩! 避難民の数が多すぎます! さばけません!」
 先日、ラサの支部に雇われたばかりの、職員の少女が言う。
「ナナネちゃん! 商人連合が臨時で施設を解放してるです! そちらに案内してあげてほしいのです!」
 まだまだ半人前といえど、年齢を重ねて少しだけ大人びたユリーカだ。先輩としての姿を見せてやることも、今はあった。
「わ、わかりました! 外の人たちに伝え――」
 そういって、ナナネが口を閉ざした。呆然と、窓から空を見ていた。
「ナナネちゃん? どうしたのです?」
 ユリーカが歩み寄る。ナナネと一緒に、空を見上げた。
 天使がいた。
 紅い、天使である。
 ローブを羽織ったような、祈るような――女性の天使の姿を、それはしていた。
 体は、紅の結晶にて覆われ。
 その足は、まるで植物の根の様に、無数の結晶が伸びている。
「天使――?」
 ネネナが、おびえた様子でそう言った。ユリーカは頭を振って。
「いいえ、いいえ……あ、あれは、晶竜(キレスアッライル)――!」
 ユリーカが、そう告げた刹那――。
 天使は、その根を大地に向けて張り巡らせた。
 がきがき、がきがきがきがきがき、と硬質の音が響くたびに、それが根を伸ばすように、節の様に、地を目指して伸びる。
 その『根』が地に到達したとき、まるでそこに根差すかのように、その根は『人』を狙った。ローレット支部の前に逃げ込もうとしていた市民たち、そのうちに、ぐさり、と突き刺さる。
 ぎゃ、と市民が悲鳴を上げた。途端! その体は瞬く間に赤の結晶と化した! あっ、と二人が声を上げる間もなく、その結晶が倒れて砕け散る。それが皮きりだった。『根』は次々と避難民たちを襲い、貫き、結晶へと変えて、砕いていく!
「う、うそ、うそ……! なにこれ……!」
 恐怖に後ずさる様に、ナナネがあえいだ。恐ろしい光景だった。目の前で人が死に、結晶へと変えられ、砕かれていった。悲鳴が上がる。助けて、と叫ぶ。ばん、と窓ガラスに、男が張り付いた。開けてくれ! 助けてくれ! そう叫ぶ。ひ、とナナネが悲鳴を上げた。ぐさり、と根が、窓に張り付いた男に突き刺さった。ナナネの、窓ガラスを隔てた本の目の前で、男が苦痛の表情とともに水晶に代わって、砕けた。
「いや! いや! いやああああっ!!!」
 ナナネが叫ぶ――同時、窓ガラスを突き破って、根はローレット内部へと侵入した。
「ナナネちゃん! 逃げて――!」
 ユリーカがそう声を上げるのも、間に合わなかった。『根』はナナネの腕を、深々と突き刺していた。がちがち、と音を立てて、ナナネの体が結晶化していく。ナナネの表情が、恐怖に歪んでいた。
「いや、いや、やだ、やだぁ! 先輩! ユリーカ先輩! 助けて! 助けて! 死にたく」
 ばぎり、とその顔までもが、結晶に埋め尽くされた。あまりにもあっけない、澄んだ音を立てて、ナナネだった水晶が砕けて散った。
「応戦しろ!」
 内部にいたイレギュラーズが、叫んだ! 同時に、窓から無数の根が、獲物を求めて飛び込んでくる! 戦闘可能なイレギュラーズたちが、真っ先に飛び込んで、その根を迎撃する!
「どうやら、パンドラの加護のあるイレギュラーズなら、結晶化まではいかないらしい!」
 誰かが叫んだ。
「死ぬほど痛いが、死にはしない! イレギュラーズは一般職員を守れ! 支部を維持!
 おい! 一般職員! 機密文書とアイテムを持って支部から撤退しろ! ユリーカ、指揮を取れ!
 ファーリナとレライムはユリーカの直掩! ユリーカを守り切れ!」
「あいあいさー!」
 ファーリナ(p3n000013)がそう叫び、飛び込んできたレライム・ミライム・スライマル( p3n000069)が、ユリーカを包むように、体を変化させた。
「こっちで守るので、とりあえず安心してね」
 レライムが言う。
「ユリーカ、あなたは支部の機密書類を確保、一般職員と一緒に支部を脱出してください!
 その間は、私たちが死ぬ気で守ります!」
 ファーリナが言うのへ、ユリーカが叫び返した。
「支部を放棄するのですか!?」
「リスクヘッジです! あのクソ天使は、別のチームが迎撃します。私たちは――」
 そう叫んだ瞬間、窓から水晶でできた猛禽のような魔物が突撃してきた! 晶獣、サン・ラパースだ! そのくちばしでついばもうとするその怪物を、しかし迎撃したのは、イレギュラーズの一人だ!
「最悪の場合を想定して、支部の機能を維持できる状態にしないとならない、だな?」
 イレギュラーズの一人が、そういう。あなたもまた、ユリーカと一般職員を守るための戦いに志願した一人だ。
「あの天使に当てられて、周囲の化け物どもも集まってきてます!
 私とレライムで、一般職員とユリーカさんは守ります! 可能な限り敵を蹴散らしてください!
 あと――」
 ファーリナがそういった刹那、窓から飛び込んできた『根』がイレギュラーズたちを狙う。あなたは武器を振り払うと、その『根』を粉砕した。ばらばらと砕けて散ったが、おそらくはまだ無数に存在するだろう。
「あのクソ根っこ! あれも対応しないとダメです!」
「やることがおおいですね!」
 仲間の一人が叫ぶ。
「ですが、大丈夫です! 皆さんを守ります……必ず!」
 仲間の一人が叫ぶのへ、あなたもうなづいた。そして、ユリーカへ、「信じてほしい。必ず守る」と伝える。
 ユリーカは、あなたに向けて、力強くうなづいた。
「わかりました。行きましょう!」
 ユリーカの言葉に、あなたは、そして仲間はうなづいた。紅き檻からの脱出劇が、始まる。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 ローレット支部強襲。
 こちらのシナリオは、支部からユリーカと、一般職員を脱出させるものとなります。

●成功条件
 ユリーカ・ユリカ、および『重要データ』が健在の状態で、ローレット・ネフェルスト支部からの脱出

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 現場は非常に混乱しています。不測の事態に備えてください。

●状況
 ローレット・ネフェルスト支部が晶竜の襲撃にあいました!
 ローレット上空を制圧した晶竜『ルージュ・アンジュ』は、地面に向けて無数の『水晶の根』を放ち、人々を水晶へと変えて殺害しています。
 このままでは、ローレット支部が完全壊滅してしまいます。まずは、この支部から脱出を行わなければなりません。
 支部では、ユリーカ・ユリカに支部経営の全データを任せ、そのデータを持って脱出させようとしています。
 直掩には、情報屋のファーリナ、レライム、そしてあなたたちイレギュラーズが付きます。
 ローレット支部の機能を守るためにも、ここでユリーカやデータを失うわけにはいきません。
 皆さんは、決死の覚悟で、ユリーカ、そして一般職員を守りながら、ローレット支部より脱出することになります。
 作戦結構タイミングは夜。あたりには十分な明かりがあるため、視界には困りません。

 ローレット支部は、現在無数の敵に囲まれているようです。この敵を突破して、外に脱出してください。
 皆さんは、今支部東側の、壁際に追い詰められています。このまま、西側にある『裏口』目指して脱出を試みてください。

●エネミーデータ
 晶獣 ×???
  非常に大量の晶獣に、ローレット支部は包囲されています。基本的には、この晶獣を撃破しながら、ユリーカと一般職員を外に連れ出すことになります。
  晶獣の種類は様々ですが、ここでは以下のような敵が出現します。

  サン・エクラ
   小動物が紅血晶の力で水晶の怪物となったエネミーです。個々の力は大したことがないですが、数が多く、厄介です。

  アマ・デトワール
   付近の弱い精霊が、紅血晶の力で水晶の怪物となったエネミーです。弱いながらも、神秘術式でねらい打ってきます。

  サン・ラパース
   砂漠にすむ猛禽類が変貌した晶獣です。素早く動き、くちばしなどでの物理攻撃を行います。
   懐に飛び込んでくることが多いので、ユリーカを狙われないように注意してください。

  サン・ルブトー
   砂漠にすむ砂狼が変貌した晶獣です。こちらも素早く地上を動き、爪や牙で攻撃してきます。
   複数匹で連携を取ってくることが多いです。各個撃破を狙いましょう。

  『水晶の根』
   これは、エネミーというより、上空を占拠した晶竜『ルージュ・アンジュ』による攻撃になります。
   水晶の根を槍の様に伸ばし、皆さんに攻撃を仕掛けてきます。
   毎ターンの初めに1~3体ほど出現し、ターンの最後に攻撃を仕掛けてきます。
   このシナリオに登場する『根』は脆いので、攻撃すればたやすく破壊できるでしょう。
   半面、攻撃力は高く、また、攻撃を受けると『晶化』という特殊なBSになってしまいます。
   これは、継続ダメージを受けるBSです。BS回復による治療は可能ですが、ダメージは大きいです。
   できれば、確認次第すべて破壊してしまうのがいいでしょう。


●味方NPC
 ファーリナ&レライム
  ローレットの情報屋です。簡単な戦闘くらいは可能で、今回はユリーカを守ることに尽力します。
  叩けないユリーカの盾になる存在で、単純に『ユリーカのHPが凄く増えた』位の感覚で大丈夫です。
  また、イレギュラーズなので、水晶の根を食らっても結晶化して死にません。

 ユリーカ・ユリカ
  味方というよりは、護衛対象です。
  戦闘能力はありませんし、ネフェルスト支部の重要データを持っているため、必ず守ってください。
  どちらがかけても依頼は失敗になります。

 一般職員 ×5
  五人の一般職員が、一緒に脱出を目指します。
  基本的には、ユリーカの指揮に従って、ユリーカの傍にいます。
  戦闘能力は皆無なので、生存させたいならしっかり守ってあげてください。
  ただ、彼らの生存は成功条件には関与しないため、きつい場合には見捨てる選択も必要です。


 以上となります。

 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <晶惑のアル・イスラー>紅き天使の檻完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
ココロの大好きな人
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者
百合草 源之丞 忠継(p3p010950)
その生を実感している限り、人なのだ

リプレイ

●檻
 天使がいるのだとしたら――。
 あれをそう呼ぶべきか。
 天の御使い。およそ人知の及ばぬ存在である神の使いであるのならば、あれなるこそは、まさに人の理解の外にいるものではある。それは間違いない。
 だが――あれは、そのような上等な意志のもとに生み出されたものではないことは、不思議とイレギュラーズたちにはわかった。
 あれは敵だ。悪意持ち、悪を齎す――敵に間違いない!
 ユリーカがイレギュラーズたちに脱出を依頼した刹那、窓から飛び込んできた無数の『根』は、この時、無差別に周囲を襲った。
 イレギュラーズである職員たちが応戦する中、その包囲を抜けた数本が、ユリーカ、そして周囲の一般職員に狙いを定めていた。
 根が、がちがちと音を立てて『伸びる』。さながら樹霜ができる瞬間を倍速で見ているかのような感覚。伸びた根が、一般職員に突き刺さらんとした瞬間、それを真っ二つに立ち割ったのは、『包丁』であった――。
「――!」
 『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)である。その瞳が怪しく輝く刹那、さらなる根が美咲を突き刺さんとすべく突撃! しゅう、と鋭い音を立てて突撃するそれを、美咲は再度包丁でたたき落とした。
「脆い、けど――!」
 ばぎり、と音を立てて、根が砕けて落下する。
「『斬れた』感じはしないね! まだ情報が足りないか……!」
「なんにしても、壊せるのなら十分よ」
 『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)は、ふん、とうなづいた。
 その間にも迫る根を、レジーナは女王の名のごとく、悠然と、そして当然であるというように、その術式を展開してまとめて粉砕せしめる。
「成程。
 檻……これは鏖殺のための檻という訳ね?
 脱出経路は分かるの? ユリーカ!
 闇雲に外に出たらそのまま串刺しよ!
 かと言ってこのままでもすり潰されて終わりだけれどもね!」
「さっき窓を見たのですが、正面入り口から徐々に進行しているのです」
 ユリーカが言った。
「つまり、裏からなら、まだ逃げられる可能性はあるということです!」
「同感だわ」
 レジーナが言う。歴戦のイレギュラーズたちの直感、あるいは戦術眼は、ユリーカと同様の結論を見出している。仮にここでユリーカがパニックに陥っていたとしたら、レジーナは、イレギュラーズたちは即座にそれを訂正できただろう。ユリーカが正しい判断をできたということは、彼女もなんだかんだ、成長しているということなのかもしれない。
 さておき。イレギュラーズたちは、『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)をユリーカの直掩につけるなどして、根を捌きつつの状況判断を開始する。
「裏口は確か、あっち」
 西側へと視線を送る、『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)が言う。
「だったね! まったく、普段ならなんて事のない距離なのに、この根っこをさばきながらだと――!」
 眼前まで迫った根を、手にしたナイフほどのサイズの細剣で叩き落とした。
「なんて遠く感じるんだろうね……!」
 そう。普段は笑いながら歩ける距離が、今はあまりにも、絶望的な距離に感じていた。遠い。生存までの道が、あまりにも。
「警戒召されよ、皆の者」
 『名も無き忍』百合草 源之丞 忠継(p3p010950)が声を上げる。
「彼奴の妖気に当てられたか、物の怪の類が寄ってきたようだ」
 忠継がそう注意した刹那、ぱちぱちと音を立てて、周囲の小精霊が結晶の怪物へと変貌した。アマ・デトワールと呼称された、変異精霊晶獣だ! また、窓ガラスをぶち破って、猛禽のごとき怪物、あるいは犬猫、狼のごとき怪物が現れた。おそらく、晶竜……あの赤の天使の気に当てられ、付近の生命が変貌したのだろう。晶獣の一匹を見て、『蒼剣の秘書』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)は僅かに顔を曇らせた。
「……あの子の模様、見覚えがあるのだわ。よくミルクをねだりに来る野良猫だったの」
 ああ、それだけではない。それだけではないのだ。すでに足下に転がる結晶は、ほんのさっきまで、この戦場で戦っていた同僚たちの亡骸であり。
 ともに同じ職場で笑いあっていた、友の亡骸なのだ。
 今の段階で、多くが無くなった。命。形。思い。このローレット支部にまつわる、多くが。華蓮には、それが胸が引き裂かれるような重さを齎していたが、しかし同時に、『今は、ふさぎ込んでいる場合ではない』ということは重々に承知していた。落ち込むのは、今ではない。最善を尽くして、この『場所』を守らなければならないのだ。なぜなら華蓮は、蒼剣の秘書なのだからだ。
「アハハ、ほんと、頭に来るなぁ!」
 にぃ、と凄絶に笑うのは、『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)である。
「みなしごで記憶喪失のボクにとって、ローレットって帰るべき家みたいなものだからさぁ……。
 “家族”を守るのに命くらい懸けなきゃ女が廃るってものだよね!
 それに、家族を傷つけられたんだ! 怒らないなら、ボクの想いは嘘になる!」
「そうだね。家族を傷つけられたんだ、私たちは」
 美咲がうなづく。ヒィロもうなづき返した。
「やろう、皆!
 これ以上、家族を、失うのは、嫌だからね!」
 ヒィロの言葉に、仲間たちはうなづく――『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は、静かに息を吸い込んだ。
「行きましょう、皆さん!
 裏口までの道を切り開いてみせますよ!」
 その言葉は、まさに皆が共有する思いである。
「まずは生きて逃げる事だけを考えて! 大丈夫、私達がいるから!
 ユリーカちゃん、みんな! 大事なものは持った?」
「はい! お願いします、皆さん!」
 ユリーカが、ぎゅ、とカバンを握った。そこには、重要なデータの類が残されている。
 命と同じくらい大切なものが、残されている。
 すべてを守れる。
 すべてを守る。
 皆の意識は間違いなくその一点で、収束していた。

●脱出行
 非常に大雑把に今の状況を例えるならば、強烈な障害物競走であるといっていいだろう。
 コースは直線。だがあちこちにテーブルなどの障害物が配置されていて、まっすぐに駆け抜けるわけにはいかない。
 悪意のある妨害者は山ほどいて、こちらが転ぶのを手ぐすね引いて待っている――いや、積極的に足を引っ張ろうと追いかけてくるだろう。
 引っ張られるのが足だけならいい。
 彼らが引っ張るのは命だ。
 泥中。引きずり込む! 命を!
「ルートは検索するのだわ」
 華蓮が、掲げたての上に、壱羽の鴉を呼び出した。ファミリア―。ヒメ。
「この子に先導させる。無茶言ってごめんね『ヒメ』、皆を導いて!」
 まかせて、というように、ヒメはくあ、と鳴いて見せた。そのまま飛び出し、周囲を睥睨する。
「あとは、あの子についていくために、切り込まないといけないのだけれど……!」
「任せて」
 華蓮の言葉に、ヒィロが笑った。
「先頭は、ボクがもらう!」
 飛び出すそれは、駿馬か。あるいは舞姫か。フルムーンの踊姫。突破の鏃。その時、最前列で『切り込む』のが、己の役目だと――!
「家族はやらせない!」
 ここは家なのだ。皆は家族だ。ならば今、ここで自分が傷つかないわけにはいかない!
 突破する! まずは、直近に生まれた晶精霊の群!
「来い!」
 それでいい。煽情。こころ、あおる。その言葉、その視線、その肢体、すべてで引き付けられる。
 自分たちの敵を!
 晶精霊が輝いた。紅の術式が、ヒィロを狙う。舞姫は、跳躍(ステップ)、回避(ステップ)、迎撃(ステップ)。皆の前に立ち続ける。
「ついてきて!」
「走りますよ!」
 チェレンチィが叫んだ。ユリーカ、そして護衛の二人に、一般職員の五人に向けて。
「精一杯で構いません、走ってください!
 ボクがあの水晶の根は破壊します。必ず、守ります。
 だから、ボクたちを信じて、走ってください!」
 ユリーカたちがうなづくのを確認した刹那、チェレンチィは刃を握りしめた。根が迫る。3! チェレンチィはナイフを逆手に持つと、振り上げるように根を粉砕した。さ、と割かれたそれが砕け散る。残、2。チェレンチィは無理やりぎみに体をひねると、残るもう一体にナイフを突き刺した。脆いガラスをそうするように、砕ける――。
「忠継さん!」
「承知」
 忠継がうなづいた。ユリーカの傍にいた、男が静かに忍び刀を構える。静。それから刹那の動。斬。瞬く間に根は粉砕される。
「こちらは任されよ。必ずや、ゆりぃか殿をお守りする所存」
 忠継が、ふ、と息を吐いた。
「某より強き女子がいるとは、奇妙だが愉快。
 煉獄の夢か、胡蝶の夢か。あるいは御仏の慈悲かもしれぬこの世界。
 今考える事ではないな。根無し草はただ行うべきを行う。それだけよ」
 忍びのなすべきことは、世界が異なれど、変わることはない。ただ忍び、ただ忍ぶ。
「走って!」
 アリアが叫んだ。同時に、仲間たちが走りだす。破壊したばかりの根も、十秒もすれば再生し攻撃を仕掛けてくるだろう。うかうかとはしていられない。
 仲間たちを引き連れて、アリアは走りだした。倒されたテーブル。ほんの先ほどまで、ここで食べていたラサ料理を思い出す。もうここで食べられない、なんてことにはしたくない! だが、今テーブルの影から出てきたのは、スパイシーなサラダではなくて、水晶の体を蝕まれた砂狼だった。
「じゃ、まっ!!」
 出会い頭にかみついてきたそれに、ぶん殴る様に拳を突き出した。強烈な魔力がその拳を介して水晶砂狼に叩き込まれ、ぎゅん、と悲鳴を上げたそれが砕けて散った。
「テーブルマナーがなってないよ! 出直してきて!」
「まったくだね、大勢で押し掛けるなって教えてもらわなかったかな!」
 美咲がぱちん、と指を鳴らす。同時に空間に生じた無数の魔力弾が、無数の鉛玉のごとく降り注ぐ。それは、楽団がなでる強烈な音楽。激しいドラムが泣き叫ぶ弾丸の音色。
「美咲さん、何かわかる?」
 アリアが尋ねるのへ、美咲が頭を振った。
「残念だけど、まだ『視』慣れてないからかな……!」
 美咲の魔眼は、まだ敵の全容をつかめてはいない。短絡的に『殺す』方法はわかったとはいえ、それはわざわざ伝える類のことではあるまい。極端なことを言えば、殴れば殺せるのは事実だ。美咲が欲しいのは、もっと根源的な情報だが――。
「目が回りそう……なんて久しぶりかもね」
 状況から、のんびりと観察などはしていられないだろう。
「ええ、残念だけれど、あまり余裕はなさそうね」
 レジーナが言う。
「出発地点では、背中を気にする必要はなかったわ。
 でも、ゴールに向かうにつれて、我(わたし)達は『無防備』になる。当然よね、敵のど真ん中に姿をさらすことになるのだから。
 今が一番、つらい時期よ。集中して」
「まかせて!」
 ヒィロが叫んだ。
「ボクたちで、道をこじあける!」
「根は任せてください!」
 チェレンチィが叫ぶ。
「絶対に! これ以上、あの根に、何かを奪わせたりはしません!」
 決意。心に、言葉に。一同は、攻撃を仕掛けつつ、走る! ユリーカに、職員たちに迫る敵を、時におのれの体を盾にして、守った。それは、責務とが義務とかではなく、純粋に、これ以上、誰の命も失わせたくなかったから、それ故に為せた行いかもしれない。
 いずれにせよ、イレギュラーズたちは突破にすべての力をかけ、進み続けた。守るべきもののために。守るべき、命のために。一歩一歩、傷つきながらも。確実に――。 
 だが――。
 わずかに。
 わずかに――歩みが遅くなり。
 それは徐々に、徐々に、大きな遅滞へと変わっていく。
 徐々に、初期の進撃速度は薄れ……。
 大きな決断の時を、彼らにもたらすこととなる。

●選択
「まずいわね……!」
 レジーナがわずかに歯噛みする。
「もう少しなのに……!」
 悔し気に、うめいた。レジーナの言うことは事実で、あとほんの僅か、踏み出し、走りだすことができれば、裏口からの離脱は可能な距離だった。イレギュラーズたちは倒れた棚を盾にして、進行方向から迫る敵の攻撃を防いでいたが、しかしいかんせん、わずかに迎撃の手が足りなかった……。
「ム……」
 忠継が唸った。
「このままではすり潰される公算が大きい」
 それは誰もが理解し、同時に誰かが言わなければならない言葉だった。忠継は、あえて火中の栗を拾った形となる。
「……捨てなければならぬものも、あるかもしれぬ」
「それは!」
 華蓮が叫んだ。
「それ、は……!」
 ありえない、とは言えなかった。イレギュラーズたちは歴戦の英雄でもある。それは、同時にこの状況で何が最善手なのかを理解『できてしまう』ということでもある。
 華蓮の心が叫ぶ。何も取りこぼさない、と。
 華蓮の頭が叫ぶ。すべてを救えない、と。
「方法はあるよ」
 ヒィロが言った。
「任せて。ボクが何とかする――だから、合図をしたら、『走ってね』」
 そういった。
 何をする、とは言わない。
 どうするの、とは言わせない。
 言ったら止められただろうから。
 単純な算数だ。1と、6。
 失ったときに、最もダメージが小さいのは――。
「走って!」
 ヒィロが、後方へと飛び出した。煽る。敵の心。
「馬鹿――」
 美咲が叫んだ。叫んだ。けど、今は、今は――!
「行くよ!」
 アリアが叫んだ。
「行くよ!」
 もう一度。走りだしてしまった。状況は。ヒィロが、賽を振った。もう、止まることはできない!
 イレギュラーズたちが、走りだした。無数の晶獣たちが、ヒィロに強烈な打撃を加えるのを、背後に感じながら。
 走る。チェレンチィが、先頭を走りだした。やるしかなかった。ダガーを手に、目の前にいた砂狼の喉笛を搔っ切る。ばずん、と音を立てて、それが水晶に砕けた――同時に、水晶の猛禽が、チェレンチィにつかみかかり、その肩をえぐった。
「汝(あなた)――」
 レジーナが叫ぶ。チェレンチィは、血に塗れながら叫び返した。
「前を!」
 そう、叫んだ。
「前を撃って!!」
 レジーナは、唇をかみしめて頷いた。その手を振るう。強烈な閃光が、光の帯となって、光の槍となって、戦場を駆け抜けた! 一、閃。光。かける。その光のうちに、水晶の獣が飲み込まれて消えていく。レジーナの放った閃光は、さながら光の道のようにも見えた。その光の道を、ヒメが飛んだ。皆が、それを追って、走りだした――。
「もうすぐ――!」
 アリアが、その手を薙ぎ払った。洗われた混沌の泥が、その道を舗装するように、晶の獣たちを根こそぎ薙ぎ払う。希望が見えた。光と混沌の先に、確かに進むべき道が見えた。
「もうすぐ、で」
 アリアが叫んだ。もうすぐ。もうすぐだった。手に入れられるはずだった。成功を。痛みとともに引き換えた、命を――。
 ここは泥の上。
 忘れていた。
 すぐ下に待っている。
 泥の中から、手ぐすね引いて――。
 足を引っ張り、命を引っ張る、悪意を!
 がぢがぢがぢがぢ! 耳障りな音が響いた。
 根である。
 新たに生成された3本の根が、イレギュラーズたちの命を泥中に引きずり込むべく、その手を掲げて。
「な、め、る、なぁっ!」
 美咲が叫んだ。その包丁を、ぶん投げる! もっとも壊れやすい、その一点へ向けて! つきささる。根へ。砕ける。砕けおちる。その奥から、傷だらけの、ヒィロの姿を認めながら。
 残、2。抑えきれない。華蓮が飛び出した。身を張る。ユリーカを……いや、もう、誰も職員を殺させたりしない! 突き刺さる、体に。それで力尽きたように、根は粉砕された。激痛が、華蓮の体を襲った。強烈な、嫌悪感とも拒絶感とも近いものが、華蓮の頭をぶんなぐるような衝撃を与えた。死に片足を突っ込んだような痛みだった。
「まだ」
 華蓮がうめくように言った。
「まだ一本残ってる!」
 迫る。ユリーカに。止められない? 誰も――。
 最後に動いたのは、直掩で待機していた忠継だった。忍び刀を構え、飛び込む。
 斬撃。
 刃が、根を切り裂いた。
 ――わずかに。
 ほんのわずかに、遅かった。
 切っ先が、切り落とされた根の切っ先が――。
 ユリーカに向かった。その切っ先が、『ユリーカを傷つけなかったのは』、間違いなく、イレギュラーズたちの執念の成果であっただろう。
 代わりにそれは、別のものを奪いとった。
 ユリーカが肩にかけていたカバンのひもが、根の切っ先で切り裂かれる。
 カバンが、地に堕ちた。
 大切なものを、ばらまきながら。
「あ――」
 ユリーカが、声を上げた。手を伸ばす。拾おうと――。
「だめ!」
 アリアが叫んだ!
「拾ってる暇はない! 今は、走って!」
 選択は迫られる。ユリーカは、それに従う。
「みなさん、走ってください!」
 ついてくる職員たちを、ユリーカは引っ張るように叫んだ。イレギュラーズたちの作ってくれた道を、命だけでも、つなぐために。
「ヒィロ! 走れる!?」
 美咲が叫んだ。ボロボロになったヒィロが、えへへ、と笑う。
「ありがとう、大丈夫」
「チェレンチィも、もう少しだけ、走って!」
 華蓮が叫ぶのへ、チェレンチィは激痛を抑えながら、走りだす。
 イレギュラーズたちが、裏口から外へと飛び出したのは、その本の僅かののち。
 ……失われたものは、もう戻らないとしても。
 ただ、命をつないだことだけは、確かだった。

成否

失敗

MVP

ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃

状態異常

ヒィロ=エヒト(p3p002503)[重傷]
瑠璃の刃

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 重要データの一部は失われましたが、ユリーカ以下、人命の救助には成功しました。
 最大の戦果であると、僕は思います。

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