シナリオ詳細
<晶惑のアル・イスラー>そんな日の夜のあと
オープニング
●
――豪奢な寝室を淡い燐光にも似た灯りのみが照らしている。
天蓋付きの寝具に、柔肌も顕に薄絹一枚だけを纏ったエルナトが寝ていた。
というよりも、額に片腕を乗せたまま仰向けに倒れている。
その身体中には、まるで猫に弄ばれた玩具のようにひっかき傷と口づけの痕を残し――
エルナトは憔悴しきった様子で、けれど陶酔覚めやらぬ面持ちのまま首の歯痕を撫でる。
彼女の女主人は、今宵もきちんと『噛んで』はくれなかった。
「……いいえ、あの失態では望むべくもないことです」
賞罰の前者は麗しい吸血、後者なら浅ましい悦楽。
女主人と倒錯した関係を結ぶ寵姫は、先程まで激しい罰を受けていたのである。
心交わらぬ情愛は、ただ胸の奥に焦燥の焼け跡を残し続けながら、エルナトはなおいっそう主のために身と心を――魂さえも――捧げようと誓い続ける。
彼女は主を――リリスティーネを深く愛していた。
自身が玩具に過ぎぬと知りながら、かの呼び声に耳を傾けるよりも、ずっとずっと前から。
そんなエルナトは数日前にイレギュラーズと交戦した。
ラサには紅血晶と呼ばれる宝石が――いまや大量に――出回りつつあり、イレギュラーズはその調査を行っていたのだ。紅血晶は美しいため高額で取引されるが、人を化け物に転じさせてしまう魔性の石だ。
そしてあろうことか取引の日、エルナトが接触していた商人が怪物に転じようとした時、よりにもよってエルナトの元へ逃げてきたのである。完全に計算外の結果だ。
これで少なくとも、自身の関与が露見してしまったという訳である。
主はいつものように、エルナトへ罰を受けたいがためにしくじったのだと罵り、彼女の身を弄んだ。
(あの薄汚い黒犬に続き、今度はまたしてもギルド・ローレット」)
すぐに次の手を打たねばなるまい。
(……もう少し上等なコマを使いましょう、それならば――)
「入りなさい」
そう呼ぶと、しずしずと現われたのは、白雪のような肌をしたドレス姿の少女だった。
やはりエルナト同様に、どこか陶然とした様相である。
「エルナト様、今宵も純血種(オルドヌング)の姫君の寵愛を授かったのですね。お羨ましい……」
「美辞麗句は結構です、ここへ呼んだ理由、貴女の為すべきことは分かりますね?」
「はい、もちろんです。このアスリーヤ、かならずや彼奴等めをおびきだしてみせましょう」
少女は銀紗のように流れる髪を背へ払い、紅血晶のような大粒の瞳を瞬く。
「ですからそのあかつきには――」
「ええ、私手ずから、貴女へ甘い一夜を授けましょう」
エルナトの声音はひどく乾いたものだったが、アスリーヤは両手を頬へ当てて微笑んだ。
「かならずやこの砂の都を滅ぼし、月を君臨させましょう」
そして優雅に一礼すると、霧のようにその場からかき消えた。
●
ローレットのラサ支部を出立したイレギュラーズは、情報の発信源へと駆けていた。
情報とは市街地に魔物が出現したというものだ。
つまり発信源には既に敵が居るということになる。
「割と結構走り疲れてきたんですが」
普久原・ほむら(p3n000159)がぼやいた。
「たしかあれですよね、ええと」
ラサで高級な宝石として流通している紅血晶は、人などを魔物に変えてしまうという。
だからどうにかしなければならないのだが、今度はなんと巨大な紅血晶を埋め込まれた化け物が現れ始めたというのである。
「けれどなぜ、こんなに危険な石を手放さないの、あまりに不合理だわ」
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)は首を傾げざるを得ない。
「あるいは――魔性の石に魅了されたか」
リースヒース(p3p009207)が続けた。
「やばいですよね、なんか竜じゃないけど竜っぽいのも居るらしいですし」
更には怪物が唸り叫ぶと、まるで呼応するかのように紅血晶が人を怪物へと転じさせてしまうらしい。
有り体に言えば、緊急事態だ。
一行が向かう先にも、こうした魔物が出現しているとのことだ。
魔物はどうも怪しい一人の少女に従っているらしい。
その事件の背後に関わっているとされるのが、エルナトという旅人(ウォーカー)である。
おそらく原罪の呼び声(色欲)に侵されており、反転こそせぬが狂気の状態にあると考えられる。
またエルナトというのはエルス・ティーネ(p3p007325)にとって、義妹リリスティーネの従者にあたる。
そんなエルスはリリスティーネを何年も探し求めていた。
だが理由は家族の情などというものとはかけ離れている。
リリスティーネを殺し、エルスにかかった呪いを解くためだ。
情報屋は現場に出現したアスリーヤという少女も関連すると疑っている。
おそらく最近、ラサで『吸血鬼(ヴァンピーア)』と呼ばれる存在の一人だろう。
いずれにせよ、どうにかしなければならない相手であることは間違いない。
「てか肝心のエルスさんどこ行ってるんでしょうね」
そう言えば夕方頃に、ラサのローレット支部で見かけたきりだった気がする。
まあ今日はグラオクローネの伝承を準え人々が過ごす憩いの日だ。
エルスには共に過ごすべき相手が居るはずだったのだが。
何はともあれ、急ぎ現場へと向かおう。
- <晶惑のアル・イスラー>そんな日の夜のあと完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年03月06日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月夜――夢の都。
歓楽街の喧噪は日常茶飯事だ。
愛と暴力。夢と現実。嬌声と、罵声と、偽の恋のささやきと。
客が荒くれ者の傭兵達であれば、彼等同士の刀傷沙汰とて珍しいとまでは言い切れない。
けれど――
「……うわぁ、まずいことになってる……なんとか対処しないと!」
ワイバーンから飛び降りた『自在の名手』リリー・シャルラハ(p3p000955)が即座に状況を把握する。
――だからこそ、このような状況はあり得ない。
過酷な砂漠において、この街ネフェルストが抱くオアシスは多くの人々にとって命綱であり、それは野生動物や魔物の大半においても同様。傭兵はそれらの脅威から街を守る役割を持ち、つまり通常、この街においてなら『このようなこと』は発生しえない。いくら金次第とはいえ傭兵達は精強であり、また彼等自身も縄張りを荒らされてはメンツやら沽券やらに関わる。
要するにネフェルストが襲われるなど、想定外も甚だしい事態だった。
「……喜ばしいグラオクローネというに、なんとまあ」
(騒ぎ立てるには日を間違えてないか、まったく……!)
晶獣を斬り捨てた『無鋒剣を掲げて』リースヒース(p3p009207)と『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)が背中合わせに眉をひそめる。
今宵は友人や恋人、家族などに親愛の情を伝える日。よりにもよって祭りの夜だった。
街にはそこかしこで晶獣なる魔物が暴れ回っていた。鎮圧する他ない。
魔物の数は多くまた巨大な物も居り、建物さえ崩れかけていた。
人々は逃げ惑い、転んだり腰を抜かしたりと逃げ遅れた者も居る。
一同は駆けながら、あるいは飛びながら各々辺りを見回した。
(確かにエルナトも馬鹿じゃなければ、同じ手を使わず次なる手を考える頃合いよね)
溜息一つ、『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は大鎌を握りしめる。
果たして、それが『今回』の騒動なのだろうか。だがそれだけではなかろう。
いずれにせよ情報不足だ。どれだけ集めることが出来るかも考えたいと思える。
事態の発端は紅血晶なる美しい宝石が流通し始めたことだった。石は美しいため高額で取引されたが、その実、人を魔物と変えてしまう魔性の存在だった。その事件の背後に居たのがエルナトという女性――エルスにとっては同郷にあたる旅人(ウォーカー)である。義妹の侍女であり、エルスにとっては自身の呪いを解くための敵方。解呪のプロセスは単純に『殺害』となる。故にエルスと義妹は不倶戴天の間柄だった。
そしてつい先程、エルス自身が義妹リリスティーネを見かけた以上、一層の警戒は不可欠となる。
何より『任された』のだ。だったら自身がどうにかせねばなるまい。
白煉瓦造りの建物の上で、怪物共に指示を下しているのは白いドレスの少女だ。
ふちに座っており、何やら不敵に微笑みながら足を楽しげに泳がせている。
銀紗のような長い髪に、宝石のような紅い瞳はさながら――
(吸血鬼、紅血晶……)
それを『Legend of Asgar』シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)は、まるで信じられないものでも見るような心境だった。シャルロットはエルス同様に旅人であり、細かく区分するなら純然たる吸血鬼であり、騎士でもある。互いの出身世界は異なるから字面は似ても完全な同族ではないが、類似はしよう。それでも何より彼女にとって民とは守るもの。このような状況を生み出すのはあり得ない。
シャルロットにとって、この現状はある種の冒涜的光景とも言える。
「グラオクローネにこんな贈り物は要らないのだけど……ええ、好きにはさせないわ」
「無論のことよな」
踏み込み、怪物へと美しい剣を振った『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)と『殿』一条 夢心地(p3p008344)が頷き合う。まずは民を守らねばなるまい。
スーパー夢心地が如く夜空へ舞い上がった殿が、シャイニング夢心地となりながら確認したところ、数名が逃げ遅れているようだ。
建物の脇、倒れているのは二名。足を挫いており、互いに先に逃げるよう促し合っている。思いやりは溢れているが、これでは逆に共倒れだ。
少し先には孫を抱いた老婆は、慌てた様子で鞄を探している。状況が読めていない。
向かいには腰を抜かし、足を震わせた女性。それを助け起こそうとする恋人とおぼしき商人の男性。
遠くでは傭兵団が別の戦場へと駆けていった。
いずれもみな非常に混乱しており、このままでは命が危うい。
「こっちは引き付けるわ」
「ならば麿は民を守らんとす」
アンナは式符を放つと西風の加護を纏い、シャイニング夢心地は腰を抜かした老婆の元へ飛び降りる。
「麿たちが助けに来た以上はもう大丈夫じゃ」
白い少女が眉をひそめ、なにやら呟くと魔物共は一斉に民達へ牙を剥き――
「させないわ」
「お前等が狙う首はこっちだろう――この死神を討ち取ってみな!」
アンナとクロバは、そうはさせじと敵陣へ飛び込んだ。
「こんな夜なら、せめて一曲は付き合ってもらわないと割に合わないわ――浪漫も何もないけれど」
人々も仲間も、守り切る。
「さあ、踊りましょう?」
多数の怪物と晶竜(キレスアッライル)アシャラがアンナへ殺到した。
華麗な剣が怪物達を切り刻み、美しい結晶が星のように夜空へ爆ぜる。
「動きをとめるよ、だからその間に――」
(――今、リリーに出来ることは、これしかない!)
リリーが銃を構え、引き金を引いた。魔物の一体が動きを封じられ、数体が石と化す。
「私達が守ってやるから、あの馬車に乗り込むんだ!」
人々と魔物との間に割り込んだ『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)が一閃、魔物をなぎ払う。
「夢心地、ミーナ、ほむらよ、御身らの手も借りる」
リースヒースに頷いた四人は、とにかく逃げ遅れた人々の救助をはじめた。
「聞けい民よ、麿こそ殿的存在、安心安全シャイニング夢心地である!」
混乱の渦中、非現実的な殿の姿は人々にある種の冷静さを取り戻させるのに一役買ったらしい。
「皆、我が馬車に搭乗を!」
声を張り上げたリースヒースが聖印を掲げると、人々はその方向に駆けだした。
とにかく縋るものが欲しかったのだろう、表情からはその一心と思える。
――だが。
孫を抱く一人の老婆が転んだではないか。
白い少女――吸血鬼アスリーヤが口角をつり上げて飛び降りる。
指が術印を紡ぎ――
「あそこまで、走れぇ!」
振り返った男へ指示しながら、ミーナが術式の前へ飛び込んだ。
赤い魔力の波がミーナを飲み込み、無数の針を突き立てる。
血と精神を剥ぎ取られるような苦痛に――けれどミーナはそれを打ち祓い、もう一度叫んだ。
「ほむら、そっちは頼んだ!」
「え、ええとはい。なんとかどうにかこうにか、ええと、なんとかしますので」
アンナの式神とほむらが、それぞれ子供と老婆を抱えて馬車へと走る。
「自慢の術でしたのに、頑丈なこと」
「この程度がか?」
ミーナがアスリーヤを笑い飛ばす。
「悪いがあいつらはやることがあるんでな。私と踊ってもらうぜ、可愛いレディ」
「これで最後か」
リースヒースの元へ、夢心地が目を剥き、歯を食いしばりながら駆けてきた。
両肩に抱えるのは足を挫いたらしき屈強な男だ。すぐ後ろを二体の魔物が追っている。
\殿! 後ろ! 後ろ!/
「ぬおおお、ババンバイーン!」
渾身の力を振り絞って馬車へ男達を投げ込んだ直後、夢心地の背を魔物の爪が襲う。
「――後は、頼む……ぞ」
顎に皺を寄せ瞳を潤ませる夢心地に、一つ頷いたリースヒースが馬車を走らせた。
とにかく人々を安全な場所まで避難させねばならないのだ。
馬車は疾走し、幸いリースヒース達を追えるほどの魔物はいない。
だが駆ける馬車の中でも、人々の足が震える音が聞こえてくる。
「大丈夫、御身らには我らと霊の守りがある故……」
とにかく安心してもらい、安全を確保せねばなるまい。
「これで……麿は――最早――――」
夢心地が魔物へゆっくりとと向き直る。
「――身があいてしまったではないか」
僅かに腰を落とし、凛と鯉口を切った。
刹那の一閃が、夢心地へ飛びかかる魔物の一体を斬り伏せる。
「とりまこのまま敵の頭数を減らして進ぜる」
――アイアイアイアイ♪ 一 条 夢心地~♪
●
「……そういう訳でよろしくたのめるだろうか」
黒現のアバンロラージュ――馬車から飛び降りたリースヒースは手近な傭兵団の建屋に飛び込むと、開口一番にそう言うと、指で金貨を一枚弾いた。
獅子面の大男は宙で回転する金貨を取ると、獰猛な笑みを浮かべる。
「それじゃお客様、商談成立だ。こちらの方々は俺等にお任せあれ。で、アンタはどうする?」
「私はお構いなく、これでも覚えはあるからな」
「刃が潰れてら。てえことは、なるほど術士って訳か」
「ご名答、では失礼」
「武運を祈るぜ」
「お互いに」
踵を返して片手を振ったリースヒースは再び馬車へ乗る。
はやく戦場へ戻らねばならない。
――戦況は堅調に推移していた。
リースヒースを見送った一向は、魔物を引き付け戦い続けている。
敵方の最大戦力である晶竜アシャラはアンナが、そして多数の怪物をクロバが引き付けている。
いまだ倒れた的は数体のサン・エクラ――小物には止まる。だがリリーによる足止めも功を奏し、続くシャルロットやミーナ、夢心地などのアタックチームによる打撃の蓄積は効いているはずだ。
「初めてお目にかかります、姫君。この吸血鬼(ヴァンピーア)アスリーヤのお相手を願えますか?」
アスリーヤが拳を握りしめて振うと、滴る血が剣を形取った。
「ヴァンピーア……?」
「オルドヌングの姫君がため、この身を捧げる者――気高き夜の支配者が末席」
「……久々に聞いたわ、オルドヌングなんて」
アスリーヤという名は初耳だ。
リリスティーネかエルナトの配下だろうが、いずれにせよ考えている余裕はない。
「なんでそんな呼び方を?」
それはエルス達が居た世界の吸血鬼と同様の呼称だ。
一方でこの少女は、同郷ではない。おそらく元はカオスシードだ。
この世界でまさか、人を吸血鬼へ変える何かがあるというのか。
エルスは素早く術式を紡ぐと、鎌を振う。
刃と刃がぶつかる、その刹那。アスリーヤが唱えた術が霧散した。
「……なるほど」
「――甘いわね、アスリーヤ」
「ならば致し方ありませんね」
突如、コウモリの群れへと姿を変えたアスリーヤは再び少女の姿へ戻り、今度は火炎の魔術が爆ぜた。
「色々やるんだ、厄介だね、情報が少なすぎるよ。――けど」
リリーが再び銃撃を放つ。足りないものは、戦いながら補う他にないと腹をくくる。
どんな状況でも打開して見せると。
「リリーはがんばるよ!」
(――確かに動きは封じたはず、いえ、つまりは)
エルスは油断なく瞬時に思案する。
おそらくアスリーヤは姿を変えることで無理矢理解呪したのだろう。
だが裏を返せばこの一手で、敵の二手を封じ込めることが出来たということでもある。
アドバンテージ自体は稼いでいるはずだ。
「ならばこちらは如何でしょう?」
血液が蜘蛛の巣のようにエルスをとらえんと襲い来るが――その瞬間。
飛び込んだのはシャルロットだった。
シャルロットが刃を振い抜き、外れたアスリーヤの術式は目標をはずれ、配下の魔物を傷つけた。
そこまで心配せずとも、エルスはここしばらくの間に戦闘技術を跳ね上げている。イレギュラーズ屈指といっても過言ではない。だが用心には用心をといった所ではあろう。
「――ずいぶんなやり方で邪魔をなさいますね」
「なぜ今、エルスを狙った。目的は何だ?」
「それはもちろん、お連れするためです、麗しき我等の王国へ」
「ほう」
意外にも隠さないか。
だがそれはそうとして、理由は分からない。
「ラサのお姫様に何か御用かしら? こんな日に横恋慕は感心しないわね」
「横恋慕、愉快な表現ね。ああ、あなたが例のお邪魔虫さんでしょうか」
怪物を斬り伏せたアンナに、アスリーヤが微笑む。エルナトの一件だろう。
「ハウザーなる黒犬ともどもずいぶんと恨まれているご様子」
(私を狙って?)
エルスは溜息一つ。
深緑の一件、この間の一件、エルスを狙う理由は分からない。
「やっぱりリリスティーネ……彼女が何かしら企みを持ってるって事ね」
「わたくしめには、偉大なる姫君の御心は計り知れません」
いずれにせよ、もうあの頃のエルスではない。
(……どうにかなるつもりなんてないのよ!)
血剣と大鎌が激突する。
「さすがはお強い、力を失った旅人であっても、再びそこまで取り戻されるとは」
「ええ、当然よ。だから見せてあげるわ」
大鎌の一閃がアスリーヤの首を捉えた。
胴と別れを告げ、花びらと共に舞い上がる顔――その薄い唇がふいに三日月を描く。
「これだけでは脆すぎるものね」
吹き出した血が宙空で結ばれ、アスリーヤの頭を引き戻す。
「ええ、私、吸血鬼ですので。私もその世界へ生まれたかった、お供したかった」
痩身の少女は頬に両手を添えると、艶やかに微笑んだ。
「ろくなものではないわよ」
エルスが吐き捨てる。
一方、戦場右翼ではクロバと夢心地の周囲を、狼のような晶獣がぐるりと取り囲んでいた。
さらには小さな獣のような晶獣が多数、やはり唸りを上げている。
「数が多いな」
「取りこぼしてはならん、さすれば被害が拡大しよう」
「ああ、分かってるさ」
背を合わせた二人は目配せと共に地を蹴りつける。
踏み込んだクロバの刃が爆発と同時に加速、晶獣――サン・ルブトーの胴を駆ける。
次々襲い来る晶獣に、クロバは柄へ親指を走らせ分割、二刀を以て切り裂いた。
「ならば斯様、東村山の錆とせん。雑魚からゆくぞえ」
邪道の極み、その一刀がサン・エクラを両断した。
そんな戦場の対極ではもう、一つの可能性を纏ったアンナが踏み込んだ。
流れるような剣技で晶竜もろともに、周囲を取り巻く晶獣を切り刻む。
僅か三手でリール・ランキュヌ二体が沈んだ。
「あとは――」
アスリーヤと、このとてつもないバケモノ――アシャラだけだ。
●
交戦開始から僅か数分、だが一行は懸命に戦い続けていた。
小物の晶獣は全て片付き、残るサン・ルブトーの二体も時間の問題だろう。
この戦場における最大の脅威は吸血鬼アスリーヤと晶竜アシャラだった。
アスリーヤは強いが、さしもの彼女とて多勢に無勢は否めない。
対するアンナの孤軍奮闘は不利と思われたが、強大な脅威であるアシャラは比較的鈍重であり、機敏なアンナはすこぶる相性が良かった。アンナには一つのミスもなく、いくらかの傷は幾度もの連撃を繰り出すアシャラの偶然なる幸運の賜でしかない。とはいえアシャラはタフで、攻めあぐねている所もないではない。
問題は一行がじわじわと傷つき続けていることだった。
ほむらは癒やしの術式を展開し続けているが、とてもではないが間に合わないのが実情だった。
「すまない、遅くなった」
「いや、助かる」
だがそこへ馬車を率いたリースヒースが戻ってきた。
人々は安全を確保し、近くの傭兵団にかくまってもらっている。
街中が騒ぎではあるが、おそらくもっとも安全な場所の一つだ。
ならば後は――リースヒースが刃なき剣を構え、月下に可憐な蝶が舞う――戦線を立て直すまで。
「しかし晶獣、紅血晶――か」
クロバはふいに思い出す。
それはかの妖精郷での出来事だ。
マグヌム・オプスにおける黒化(ニグレド)、白化(アルベド)、黄化(キトリニタス)に続くのは赤化(ルベド)。即ち賢者の石である。錬金術師タータリクスの操るニセモノのマグヌム・オプスは同じく怪物を錬成するものだった。彼が所属していた『アカデミア』において、その師は『博士』と呼ばれる存在であり、同じ系譜の技術を利用する。ならば一連の吸血鬼事件の背後には、おそらく――
「偽りのティンクトゥラ――か」
(……なにが起ころうとしている)
「さて、遊びは終わりじゃ」
クロバと共に、最後の晶獣を斬り捨てた夢心地がアスリーヤを睨む。
「我としても怒っておるのだ。如何に世界を違えても、吸血鬼は化け物であってはならぬ」
シャルロットの声音には怒りが滲んでいる。
「我等は美しきを愛し、時に守り、人を愛するものではないか」
「化け物? ご冗談を、狩りをするのは貴き者の務めが一つ。人など獲物にすぎません」
「それを世界に仇為す化け物と言わずしてなんとするか、貴様も同胞ならばなぜわからぬ」
「同胞? あっは!」
アスリーヤが笑った。
「我等以外など、紛いものでしょう?」
わかり合えぬ――シャルロッテは悟った。
その騎士道も、吸血鬼たる矜恃も、アスリーヤは持ち合わせてはいないのだと。
「ならば引導をくれてやる」
紅剣が閃き、直死の一撃がアスリーヤを真っ二つに切り裂いた。
「これはやはりエルナト様の御言葉通りにお強い、けれどならばせめても烙印を刻みましょう」
倒れ伏したアスリーヤが笑い、地を踊る血液が再び身体をつなぎ止める。
切り裂かれたその身を覆うドレスもまた、元のように戻ってしまう。
「さすがの化け物じゃ」
続けざまに腕を跳ね飛ばした夢心地だが、やはり傷一つなく元に戻ってしまう。
「諦めなさいな、イレギュラーズ。私を倒すなど不可能なこと」
「いいやレディ、この期に及んで余裕ぶるのは感心してやるけどな。透けてるぜ、焦りってやつが」
「何を――ッ?」
自身の傷を癒やしたミーナが踏み込み――闘気の刃がアスリーヤを切り刻む。
「アスリーヤ、あなたは間違いなく『傷ついて』いる。その花びらの正体と関係があるのではなくて?」
エルスは刹那に放った闘気と共に、再び再生したアスリーヤへ大鎌を振り抜いた。
「アンタは避ける。出来ちゃいないが、少なくともそうしようとしている」
「……」
「それは痛みから逃れるためだけか、いいや違う」
続くミーナの無数の斬撃がアスリーヤを捉えた。
「ああ、そうだな。こいつはその程度ならば、既に超越はしているさ」
クロバの斬撃がアスリーヤを十字に斬った。
「血液使いと見えるが、それは魔力の塊に過ぎないだろう。本物の血は花びらのほうだ」
その言葉に、アスリーヤが後ずさる。
「そういうのが分かったなら、もう逃がさないよ」
人形のように分解されたパーツを、リリーが次々に撃ち抜いた。手足は逃れるように動き回るが、最早ろくに意味を成さない行動になってしまっている。
いや、一見でたらめな乱射を放つリリーは、あえてそうさせている。
「たしかに捉えるほうが良いだろう。こちらにしようとしたこと、その身に受けても不思議はあるまい」
シャルロットが肉薄し、アスリーヤの華奢な胸に剣を突き入れた。
「――ッ!」
声を出せぬアスリーヤは、けれどおびただしく飛び散ったその血を無数の槍として一行へ降り注がせた。
「麿には分かってしまう」
「……?」
「麿はほぼディルク・レイス・エッフェンベルグである故に、分かってしまう……」
「……!?」
ほぼディルク・レイス・エッフェンベルグへ、エルスは怪訝そうな表情を返した。
「未だあきらめんか、しかして悪あがきよな」
その血が渦を巻きエルスを捉えんとした刹那、夢心地が両断する。
血は矢の雨となり夢心地を撃ち貫いた。殿から不思議な花びらが舞い散る。
そして夢心地はエルスへ振り返り(ノ)`ω´(ヾ)な顔をした。もちろんエルスはしなかった。
しかしやはり背後に居るのはエルナトか。
だがそれは果たしてリリスティーネの意を汲んだものだろうか。
それともエルナト自身がリリスティーネの為に行っていることだろうか。
いずれにせよ、どちらも敵であることには違いない。
そして寵姫であるエルナトならば、リリスティーネに近付く切っ掛けに出来るはずだ。
ならばいっそ、虎穴に入らずんば虎児を得ずと誘いに乗るべきか。だがエルスは『任された』ばかりだ。
いずれにせよもっと情報が欲しいことだけは確かだった。
「…………」
「彼女の行くべき相手は御身の場所ではない、アスリーヤ」
これでも人々の語るロマンスに疎い訳ではなかった。
蝶が羽ばたき――黒蝶讃歌。
リースヒースの術式が生命を賛美するように、一行を温かな光で包み込んだ。
「詰みじゃな、如何致す?」
夢心地は再び瞬時に身体を接続させたアスリーヤへ問う。
「……」
アスリーヤは唇を戦慄かせた。
「……頂いた力を、このように。わたしは、ああ、気高き御身、エルナト、様」
アスリーヤは迷っている。
この場で散り果てることと、戻り罰を受けることと。
「主はエルナトってことね。終わりよ、アスリーヤ」
エルスが踏み込み、血剣ごとアスリーヤを切り裂いた。
血は爆ぜず、花びらは散らず、今度は霧となった。
「……逃げたわね」
「私が追ってやるよ、安心しな」
エルスの呟きにミーナが答える。
「流石に、いかにも『吸血鬼』といった所だが」
ならばはて、リースヒースは考える。日にでも当てればそれだけで一握の灰にでもなるのだろうか。
「貴様とは別の世界の騎士たる吸血鬼、シャルロット・D・アヴァローナ……次会うまでは覚えておけ」
――ええ、いずれお会いしましょう。
花が舞うならば、きっと我等は手さえ取り合えるのですから。
●
だが戦いは終わっていない。
戦場には最大の大物――晶竜アシャラが残って居た。
次々に地を抉るアシャラの爪牙をアンナは華麗に回避し、舞うようにステップを刻む。
「――ッ!」
襲い来る爪は――しかし一枚の布を掠めるばかり。
咆哮と共に、立て続けに叩き付けられる尾撃をかわし、アンナは壁を強かに蹴りつけた。
反動で飛んだアンナは懐に飛び込みながら、高くもたげたアシャラの首を縦一文字に斬り、着地。
すぐさまアシャラの腹の下を駆け抜けながら、宝石のように美しい剣で無数の斬撃を刻む。
アシャラは悶え、再び咆哮して大きく首を振る。そして不思議な緑色の禍々しい炎を口に溜めた。
絶叫と共に吹き付けられた不思議な緑色の炎を、アンナは美しい剣で切り裂いて肉薄。そのまま剣を突き込み、顎を上下に縫い止める。
吐き出しきれなくなった炎の爆発にアシャラの首がどんと膨らんだ。アンナはそのままアシャラの首を蹴って引き抜きがてら、一気にとびすさる。
直後、不気味に煌めく魔眼に大気が灼熱し、だが燃え上がった時、アンナはもうそこには居ない。
再び胴を尾まで目掛けて縦横無尽に切り裂き、アシャラの真っ赤な、けれど血ならざる煌めきの破片が石畳へきらきらと散った。圧倒的な優勢――にも関わらずアシャラは倒れない。
アンナは微かに乱れた呼吸を整え、再び剣を構える。
ここまでの戦闘の中を鮮やかに切り抜けきったアンナではある。
しかし時折受けるラッキーヒットの重さは否めそうにないが――
「よく持たせてくれたよ、遅くなってすまない」
「余裕と言いたいけれど、そうね。これ以上はそろそろ」
「では祖霊たる星々の瞬きを」
「助かるわ、これならまだまだよ」
リースヒースの術式がアンナを癒やし、アンナは再び美しい剣を振った。
「まずはリリーが足止めする」
「竜とはいうがキマイラだな。十ほどの魔獣複合か。すぐに解体してやろう」
銃を素早く構えたリリーは乱射に続いて呪いの弾丸を放ち、クロバは二本の剣を再び合わせて両手で構えて腰を落とす。踏み込み、一閃。爆裂音と共に振い抜く。
絶叫と共にアシャラがクロバへ爪を振い――
「残念だが、こういう手品でね」
魔導障壁が輝き、クロバの頬――その直前を抉れない巨大な爪をクロバが両断する。
「そろそろ締めと行くか、合わせるぜ」
「分かった」
ミーナはシャルロットに合わせ、『同じ構え』を取る。それから半瞬先に踏み込み魔性の一撃を刻み――その直後、シャルロットの放つ大顎がアシャラを飲み込んだ。巨大な胴が半ばちぎれ、輝く石が月夜に舞う。
「麿の剣、東村山なれど今宵は『魔剣黒犬』に違いない。いざ再び参ろうぞ」
「だから一体何を」
夢心地は踏み込み、袈裟斬りから鮮やかな三連撃を繰り出した。
そして赤い闘気を纏うエルスが大鎌でその胴を完全に切り離した。
それでもアンナを追うアシャラの顎が宙を噛み――
「これで落ちるとは、どういう理屈で飛んでいたんだ」
クロバの一振りに小さな翼をもがれ、地に叩き付けられたアシャラの前にシャルロットが立つ。
「とどめだ」
血のように紅い剣を振り上げ――避けえぬ紅き流れが駆け抜けた。
この夜は、これで終わりだ。
一同は息を吐き出し、得物をおさめる。
それから近くに負傷者などがいないか探し始めた。特段の問題はないようだ。
あとは支部に報告をすれば良いのだが、ふとほむらが問う。
「あの、殿。その、なんか変ですけど、大丈夫です?」
「麿を変なおじさんと?」
「いやなんか、めっちゃ花びらまみれっていうか」
「大丈夫だ(ノ)`ω´(ヾ)」
そう言うと夢心地は全身を輝かせながら、可憐な花びらをひらりはらりと吐き出した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPは晶竜を抑えきった方へ。
※一条 夢心地(p3p008344)さんは『烙印』状態となりました。(ステータスシートの反映には別途行われます)
※特殊判定『烙印』
時間経過によって何らかの状態変化に移行する事が見込まれるキャラクター状態です。
現時点で判明しているのは、
・傷口から溢れる血は花弁に変化している
・涙は水晶に変化する
・吸血衝動を有する
・身体のどこかに薔薇などの花の烙印が浮かび上がる。
またこの状態は徐々に顕現または強くなる事が推測されています。
どこに付いたかは、ご自身で決めてくださいまし!
それではまた、皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。ハッピーグラオクローネ!
と言いたいところなのですが。
ラサにやばい化け物が出ているようです。
●目的
・敵の討伐または撃退
・一般人の死傷者を低減すること。
●失敗条件
目的を達成出来なかった場合の他に、以下があります。
・エルス・ティーネ(p3p007325)さんが拉致されること。
●フィールド
ネフェルストの市街地。夜です。
皆さんが駆けつけると怪物達が暴れ回っており、見るからにあやしい少女がいます。
周囲には何人かの一般人が腰を抜かしたり、泣き叫んだりしています。
●敵
『吸血鬼(ヴァンピーア)』アスリーヤ
ドレス姿の全身白っぽい少女です。能力は不明です。
初見では、手に武器は持っていないようですが……。
おそらく吸血鬼らしい能力を保有していると思われます。
『晶竜(キレスアッライル)』アシャラ×1
十メートルほどの巨大な蛇に、ワニのような腕、鹿のような角、コウモリの翼、額に魔眼などなどを持つ怪物です。おそらく十ほどの魔物が合成されており、紅血晶が埋め込まれているようです。
毒の炎を扇状に吹く他、爪や尾、角などによる激しい連撃を行います。
また一メートルほど浮遊しています。
『晶獣(キレスファルゥ)』サン・エクラ×12
犬のような大きさで、キラキラと光る、赤い水晶で構成された姿をしています。
鋭い水晶部分による物理至~近距離戦闘を行います。
『晶獣(キレスファルゥ)』サン・ルブトー×6
牙や爪による物理属性の攻撃を行います。EXAなどが高めで、手数が多い敵です。
同じ対象を次々に狙う習性があります。
『晶獣(キレスファルゥ)』リール・ランキュヌ×2
体力面は脆弱ですが、後衛から神秘攻撃を行います。
また嘆き声には毒や狂気系列のBSを持ちます。
●味方
・普久原・ほむら(p3n000159)
皆さんと同じイレギュラーズです。
神秘両面アタックヒーラー。
●エルスさん
本日2023/02/14のTOP『ネフェルストは謡う』の後の状況です。
心境は正にいま感じられていると思われますので、オープニング中にはあえて何も記載していません。
本文中は合流前という状況にしていますが、相談から自由に、任意のタイミングで合流して問題ございません。
ちなみに月齢は下弦です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●Danger!
当シナリオでは『何らかの肉体への影響』を及ばす『状態変化』が付与される可能性が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
Tweet