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シナリオ詳細

<晶惑のアル・イスラー>人間は脆いものだから

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●少女ジゼル
 罪を背負いながら生きていく。
 普通の女の子として、何不自由なく生きていく事の難しさを知っている。
 ジゼルは、ただのジゼルだった。
 縋るべき家族も居らず、幼い身の上で戦う事だけを求めていた。そうする事が、己の存在意義であったから。

 夢寐にも忘れない怒りを抱えていた筈なのに。
 ただの子供に、ただの、娘になって終った私は無力感ばかりだった。
 私はこんな風にして生きて来たのです。
 遺跡で宝玉を取り合った時も、アアルの野へ下る最中も、母の腕に抱かれたいと望んだ時も、あの輝かんばかりの光の中での戦いさえ――

 あなたたちが、いたから生き延びたのだと気付いたのは随分後のことでした。

「アマラ」
 扉を開いて、今を覗き込む。質素な家に二人暮らし。
 己を一番の家族だと認識し可愛がってくれる『わたし』の世話係の男は渋い表情で帳面を見詰めている。
 目の前の男は盗賊団に拾われた用心棒の男だった。『わたし』のような幼い娘の世話を命じられてから、子供に悪影響だとひとごろしを止めたらしい。
 思えば、彼が誰かを殺す場面を見たことはなかった。
 穏やかで何時だって微笑みを絶やさぬ優しい人だった。『わたし』の心の拠り所。唯一の、そのひと。
「……ジゼル、今日は留守番出来る?」
「どうしたの、アマラ」
 ばっさりと切った髪はもう随分と伸びてきた。
 アマラは毎朝、砂を避けるために頭を覆っていたフードは似合わないと髪飾りにリボンを編み込んでくれる。
 ナイフばかりに慣れ親しんだ手も文字を覚えてからは随分と色々な本に親しむようになった。
「ジゼル」
 名を呼ぶ彼の声が、愛おしい。家族って、こんなにもあたたかいのだ。
「出掛けてくるから、良い子に出来る?」
「……うん」
 けれど、アマラ。
 わたしはこころを知ったから、あなたの考えもちょっとだけ分かってきたと思ったの。
 ――けど、今日はわからないわ。

●黒い影
 砂漠を覆う暗い影。
 静かな其れの気配に悍ましさだけが身を包む。
 きらり、眩く黒柘榴が滴を垂らした。光のように、それは舞い散る花びらである。
「……あれは」
 竜、にも見えた。だが、違う。紛い物だ。
 それがネフェルストに向かって行く。アマラにとっての目的地だ。早く品を売り捌かねばジゼルにひもじい思いをさせてしまう。
 本来ならば傭兵稼業でもして日銭を稼げば良いのだ。こんな商人紛いな事をしなくてもそうするだけの力は持っているつもりだ。
(僕に何かあったら、あの娘を護れやしない)
 いっそ、イレギュラーズに無理矢理押し付けてやればよかっただろうか。
 そんなことを考える青年の背後に昏き影が――

●introduction
「お仕事なの」
 手帳をぱたりと閉じてから『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)は言った。
 いつかの日、ファルベライズ遺跡群でイレギュラーズと相対した少女『ハートロスト』。
 そう呼ばれていた魔道士の娘が万葉の隣でちんまりと縮こまって座っている。大鴉盗賊団であった頃に着用して居た薄汚れたローブではない。嫋やかな生地のワンピースに身を包み、身形だけを見れば彼女が元盗賊団の一味だとは思うまい。
「あ、みんなだ。あ、自己紹介を、するんだった。
 わたしは『ハートロスト』……ううん、『ジゼル』、です。
 イレギュラーズとは大鴉盗賊団のハートロストとして、戦ったね。あの時から、わたしも、少しは大人になったよ」
 幾分か伸びた背丈に柔らかな勿忘草の髪に編み込まれたリボン。随分と髪も伸びたことが良く分かる。
 殺すか、殺されるか。命のやりとりを命じられるがままに善悪の区別もなく行って居た彼女とは随分と様変わりしている。
 錆び付いて、からっぽだった彼女は人間らしく表情も幾分か豊かになった。
「お願いしたいことが、できたの」
 ――感情は錆び付いていた。
 ジゼルという娘は両親を目の前で奪われた。正義と大義を振りかざした愚か者。先の未来など悔むことなく悪を取り上げるすべて。
 ボスはジゼルに『感じなければ恨まなくて済む』と。全てを背負うのは己だと、少女をただの人形だとして扱ってくれていた。
 故に、少女はボスを恨んでいない。
 故に、少女は『傭兵』と好んでは居ない。
 金のために人を殺すのは盗賊も傭兵も同じ。己の仇となったのは傭兵だったから。
「……わたし、傭兵は好きじゃないの。ただの、恨み節だけれど。
 それで、それでも、ネフェルストにいきたいの。傭兵達がいてもいい。ころさないわ、そんなことしたって意味ないもの」
 復讐が何も産まないと知っている。
 それでも、見てしまえば恐れてしまう。恨んでしまう。
 そんな娘が自分の足でネフェルストに行きたがったのだ。

「アマラが、一人で、行ってしまった。
 最近、帳簿を気にしていたの。お取引をしている商人が『紅血晶』というものを取引に使っていて、それを獲ってこいって」
 紅血晶の危険性はイレギュラーズとてよく知っている。
 ジゼルの世話役であるアマラが其れを手にするのは出来れば控えさせたいが――
「アマラ、一人で取りに行ってしまって、そしたら……」
 そしたら、砂漠に黒い影が見えたのだという。
 アマラは屹度ネフェルストにいるのだろう。そのネフェルストに向けて迫り来る眩き『結晶の獣』たち。
「アマラを、助けて欲しいの」

 ――わたし、ここで死んでも構わない。

 そんな彼女が他者の命を救って欲しいと求めるようになった。
「おねがい」
 あのくらい影が、たいせつなひとを飲み込んでしまわないように。どうか、どうか。

GMコメント

 日下部あやめです

●成功条件
 ・晶竜『ノワゼット』の討伐
 ・アマラの生存

●サンドバザール付近
 サンドバザール付近です。晶竜の襲来で暗い影が落ちています。
 周辺には雑多に商店が建ち並んでおり、障害物が其れなりに多くあります。一歩郊外に出れば何も障害物のない砂漠です。
 隠れる事が出来ないのは、メリットとデメリットの双方があります。

●晶竜『ノワゼット』
 紅血晶が埋め込まれたとっても大きなキマイラ。竜種を模しているようです。
 薔薇の花びらをはらはらと血の代わりに散らせながら上空より飛来します。自我はなく、言葉も有しません。
 非常に獰猛で、体も大きいためにブロックには二人程度必要です。
 物理口撃を中心としますが、風の魔法など神秘攻撃も使用してきます。
 ノワゼットの足首には何らかのタグが付けられています。誰かが放ったようです。

●晶獣(キレスファルゥ) 5体
 ノワゼットに連れられて遣ってきたキマイラのような存在です。
 その姿はとても一言では表せるものではなく、おそろしい獣、と呼ぶべきでしょう。
 ノワゼットを支援するように立ち回ります。かみつきがとても痛いです。

●アマラ
 ファルベライズを襲った大鴉盗賊団に所属していた元用心棒。ジゼルの騎士。物腰柔らかな保護者の青年です。
 ジゼルのためにネフェルスト郊外に家を借りました。ジゼルの為に日銭を稼ぎにネフェルストに向かったようです。
 護身用に西洋刀を有しています。近接剣士の様な動きが出来ますが、その腕は随分と鈍っています。
 ジゼルを本当に大切にしており、お姫様として扱って家族として慈しんでいます。
 突然現れた『ノワゼット』達に苦戦しています。

●味方NPC『ジゼル』
 大鴉盗賊団に所属していた少女。コードネームは『ハートロスト』。またの名を『こゝろ』。
 盗賊であった両親は傭兵に討伐され、傭兵嫌いで心を閉ざしていました――が、イレギュラーズ達と関わり現在は普通の女の子として過ごしています。
 天賦の才を有しているとボスに褒められた事がある通り、魔術師です。魔力の媒介になったナイフを手にしています。
 回復と遠距離攻撃の支援を行ないます。戦いは少し忘れてしまったけど、アマラの為です。
 後は、ほんの少し、皆さんと一緒に戦うのもいいな、なんて思ったりしたのでした。
(シナリオ『heart lost』にも登場しましたが、ご存じない方とも是非仲良くなりたいとジゼルは願っております)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <晶惑のアル・イスラー>人間は脆いものだから完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年03月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)
開幕を告げる星

リプレイ


 柔らかな髪に編み込まれたリボンはたいせつに、たいせつに、お姫さまのように扱われてきた証なのだろう。
 ぴん、と背筋を伸ばして、戦う事なんて忘れてしまったような朗らかな表情をしたその人が、こゝろと名乗っていた頃は遠く。
「ジゼルさん、お久しぶりです!」
 お友達なら。そんな枕詞を飾ってから再会のハグをした『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)のアクアマリンの眸がきらりと輝く。
「友達のお願いなら承けるに決まってるじゃないですか! そんな心配そうな顔しないでください! しにゃ達に任せれば万事解決です!」
「友達……」
「違いますか?」
 首を振ったジゼルは友達という言葉を噛み締めているかのようだった。豊かになった表情に、今は『ハートロスト』と呼ばれた片鱗も感じさせぬ彼女を見詰めてから『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は穏やかに微笑む。
「まさか……以前まみえた機械人形のようだったお嬢さんとは思いませんでしたが、何の導きか平穏に生きていられるなら良いことです。
 できれば長く大事にしてください。罪ありきとて幸福になっていけないわけではないと、そう思っているのです」
「けれど、わたしの罪は、罪よ」
 ジゼルは真っ直ぐに瑠璃を見詰めた。己の傷も、己の罪も消えぬ者だから、それを背負って生きていく。その証を見ていて欲しいと彼女は言う。
「……その生きていく道を進むのですね、ハートロスト」
 ゆっくりと、柔い掌を握りしめた『オンネリネンの子と共に』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はそのくりくりとした眸を覗き込んだ。
 野に咲く花のような、小さな娘の境遇をココロはよく分かって居る。
「生まれてついこの前まで親の存在を知らなかったわたしは、ずっと家族が欲しかった。
 色々あって、今は師匠にも先生にも恵まれ、大事な人もできた……きっとジゼル、あなたも今同じ気持ちなんじゃないかな。
 家族が欲しい。大事な人が欲しい。わかりますよ、あなたとは同じ名前だったのですから」
 ココロと『こゝろ』。だからこそ、呼び掛けた名前は擽ったい。
「今はジゼル、よね。お久しぶり。『心』とは何か解った?
 ……わたしは、すこしだけわかるようになりました。失いたくない人がいるなら、気持ちを隠さないで表して。そこから始まるから」
「わたしも、わかるようになりました」
 失いたくは無い人のために、進みたいと願ってしまったから。
「あのジゼルがね」
 変われば変わるものだと物珍しい物を見たように目を眇めた『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)の唇が吊り上がる。
 彼女にとって、血の繋がりがあるわけでも庇護者であったわけでもないが、嬉しくなってしまうのは仕方が無い。
「ルカ、それに、ゼファーとリディアも、来てくれて有り難う」
 くるりと振り返ったジゼルの頭をぽすりと撫でた『狼子』ゼファー(p3p007625)は長らく離れていた家族にするようにその頬まで指を滑らせて。
「うん、うん。ほんとなら、ゆっくりと近況を聞いたりお喋りに興じたいところですけれど……そいつはお仕事の後のお楽しみにしておきましょうか」
 嫋やかな娘。その姿が嘗て『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)が見たあの娘とは大きく違っていたから。
「ハートロスト」
 呼び掛けた音は弾んだ。唇が震えて、言葉になった途端に縺れた。何だか、違う気がして唇を一度引き結ぶ。
「いえ、ジゼルさん。
 自分の命すら案じる事ができなかった貴女から頼まれた、他人の無事を案じる願い――ええ、このリディア・レオンハート、全霊で承りましょうとも」
 あなたが、生きていたいと願ってくれるそのすべてが愛おしい。
 ジゼルが手にしていた小さなナイフは、錆び付いていて。大切な人の危機のために屹度、駆けてきたのだろう。スカートは翌々見れば少し汚れていた。
「アマラを、助けてくれる?」
「勿論でして! とにかく大切な人が襲われてるってことなら話は早いのですよ! 速攻で乗り込んで救助してついでに倒す! それだけでして!!」
 胸を張った『開幕を告げる星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)にジゼルは喜びを滲ませた。
 絵本で見たことがある。恥ずかしくて秘密だから、この人達には面と向かって云う事は出来ないけれど。
 助けて欲しいときに、手を差し伸べてくれる人達がいる。その人達をヒーローと呼ぶのだ、って。


「大概の物質はボクという触媒で無害化するけど、似た性質を持つものとは反発しそうなんだよね。
 念のため多少体表面を硬化させてあの花びらは取り込まないように弾く必要があるかなぁ」
 こてりと首を傾げる『頂点捕食者』ロロン・ラプス(p3p007992)にとって、薔薇の花をひらり、ひらりと落し遣ってくる晶竜は異様な存在だった。
 遠巻きに見えたそれを一瞥してから、ココロは「行きましょう」とジゼルの背を押した。
「あ、ジゼルさん、無茶な戦い方はしないでくださいね! 危なくなったら一旦下がる! 今はしにゃ達がいるんですからね!」
「しにゃこも、無理をしないでね」
「……えへへ、なんだか、ジゼルさんに言われると擽ったいですねぇ」
 頬を掻いたしにゃこにジゼルは嬉しそうに笑った。人に言葉を『つなぐ』のは気持ちが良い。心がふわふわとして擽ったい。
 バザール近くで創作をしながらもリディアはノワゼットの接近を見詰めているアマラの背中を発見した。
「アマラさん!」
 呼び掛けるリディアに振り返ったアマラの目が見開かれる。ノワゼットをその双眸に映したゼファーはやれやれと天を指差、己の傍に誘うように手招いて。
「アマラ、コッチよ。先ずは態勢を整えましょうか? 可愛い子を不安にさせたお説教は後よ、後」
「可愛い子――って、ジゼ――」
 ゼファーとリディアをその視界に収めてから青年の唇が震えた、が。
「あの図体だからルシア一人で先行しても抑えられない、でしたらやることは……悪目立ちして今はアマラさんより脅威だって思わせることでして!!」
 キラリと目を輝かせてルシアは勢い良く絶対的な魔力を放った。ただ『魔砲』を鬱だけに特化した狙撃銃が反動に弾かれる。
 ルシアは「こっちでしてー!」と叫ぶ。思わず前髪を正したジゼルがあんぐりと小さなルシアを見詰めていた。
「しにゃこと愉快な仲間達、参上です!
 おっと何も言わないでください! ジゼルさんはアマラさんを心配して来たんですからね!」
 先回りされて仕舞えば、開きかけた口をはくはく、と動かす事しか出来なくてアマラはジゼルを真っ直ぐに見詰めている。
「腕がなまったんじゃねえのかアマラ。それで騎士が務まるのか?」
「……最近は商人紛いなんでね」
 どこか拗ねた様子で呟くアマラの肩を叩いてからルカは「作戦に従えよ」と囁いた。担ぎ上げた黒犬は青年の片腕だけで平気に振り回されているが、本来はそうするものではないとアマラは知っている。
 ルカの言う通り、己はなまくらになった。危機の察知までも曖昧で、がらんどうな世界にあの異色の生物と取り残されたような心地だったのだから。
「アマラさん、こっちに!」
 呼ぶココロは瑠璃が最短ルートを示し、体勢を立て直すに適した場所に陣取っていた。ジゼルもアマラも、己達の過去を隠しはしないが広めるわけでもない。その後ろ暗い過去を抱えて生きていく姿勢は、それ程悪いものでもなかった。
「来たよ」
 ぷるん、と身を揺らがせるロロンは星の名代としての権能を掌握する。つめたいこころをその体の内部に籠めて、肉体をより強固なものとする。
 そのやわらかな体を組成する液体がノワゼットへと絡みつく。ぬるぬるとした気配に身を捩ったノワゼットへと再度声を掛けてからゼファーはひとふりの槍を構える。
「そんじゃ、ちょいとお騒がせするわよおっちゃん達!」
 バザールの店主達はゼファー達へとその場を任せ、遠く避難していく。ルカはアマラには晶人の相手を、ジゼルにはヒーラーを言付けた。
「あんまりみんなから離れるなよ……それなりに傷ついたら身を隠して貰うぜ」
「ルカ、約束」
 指切りをするように小指だけをぴん、と立てたジゼルは意気揚々とココロの傍へと立つ。腰に下げていた剣を引き抜いたアマラは「迷惑を掛けたな」と困惑したように呟いた。
「いえ……生きていて下さって良かったです。バザールの障害物を有利に遣い、勝利を収めましょう」
 煌めいたリーヴァテイン。リディアの眸が光を宿し、災厄をも遠ざけるべく仲間の士気を高揚させて行く。
 暗夜に煌めいたその剣は、勝利を掲げたレオンハートの姫君のもの。その剣がアマラやジゼルとぶつかり合ったのも今はもう懐かしい。
 唯、今は大切な『友達』を救う為にその剣を振るうのだから。


「ラサで好き勝手はさせねえ!」
 晶獣と名付けられたそれらは跳ねるようにして走り回っていた。異形の獣と呼ぶしかあるまいそれらを引き寄せる瑠璃の傍で鷹が鳴き声を上げる。
 全ての位置は理解している。屋根の上から見据える水晶の瞳は確と、相手の隙を見定めた。空間機動を駆使して敵を追い詰める一手。
 キマイラと呼ばれる其れ等は人が作り出したがらくたなのだろうか。どう見たって――気色の悪い存在だ。
(斯うした者を作り出す存在もまた、後ろ暗い過去を有しているのでしょうね)
 後ろ暗い過去から遠離るように、しにゃこは物陰から顔を出し、不可避の弾丸を放つ。跳ね、避けることの出来ない其れが晶獣の肉を穿つ。
「強烈な第一印象は与えたのですよ! 後はお互い死なないように頑張って共闘するだけでして!!」
 傷みは、全て糧になる。ルシアはとっておきの全てを晶獣だけではなくノワゼットにまで届けるべく放つ。仲間を巻込まないように――周囲に詠唱が浮かび上がり、魔力が軌道を作り真白の光を湛える。
「一緒に戦える日が来るなんて……嬉しいですね」
 ココロの笑みにジゼルは堪えるように頷いた。「教えてね」と力強く言う彼女は母の形見であるナイフを媒介にその力を集め続ける。
 心は屹度、いつだって自分が持っていた。それに気付かなかったから、無いのだと子供みたいに泣きじゃくった過去があった。
 ココロは『心』を見付けたと言っていた。ジゼルは彼女のように、少しだけでも分かるようになったと胸を張れるように此処に立っていた。
「……ジゼルさん、後ろはお任せします」
 ノワゼットの行く手を遮るためにココロは敢て前線へと出た。ゼファーとロロンが相手にするノワゼットは体を捻り暴れ続けて居る。
「ガワは寄せてるみたいですけど……中身ははてさて、ね?」
「これは化け物だ。化け物の相手は化け物に任せて。認めたくはないけど、自分に染めるって意味じゃあれらとボクは同じようなものだと感じる。
 ほっとくと何もかも失くしてしまうかもしれないね」
 揶揄うような声音と共に、火力自慢の仲間達を補佐するようにロロンは広範囲にぬるぬるとした成分を放った。
 それがノワゼットの脚を絡め取った。しにゃこの凶弾が晶獣に叩き込まれたと同時に、その死骸がノワゼットの元へと飛んで行く。
「こんな偽物の竜如きが何ですか! しにゃはもっとやばい竜と戦った事あるんですからね!」
 ふふん、と胸を張ったラブリーなパラソルを手にする彼女の傍を走り抜け、リディアは前線のアマラの傍へと飛び出した。
「ジゼルさんにとって何よりの生きる希望は、きっと貴方自身です。
 彼女の為に頑張るのも良いですが、どうかそれをお忘れなく。このお願いは、手前勝手に彼女へ生きろと吠え立てた、私からの我儘です」
「でも――」
 傷だらけのアマラをこれ以上前線に立たせているわけには行かないとリディアは強い語調で言った。
 屹度、アマラを失えばジゼルはまた挫けてしまう。がらんどうになった彼女を満たした愛情を、もう二度とは失いたくは無かったから。
「十分だ。後は任せな。俺らの強さは知ってるだろ?」
「……ああ、任せた」
 ルカと拳をこつりと打ち合わせてからアマラは直ぐにジゼルの元へと下がる。指示を受け障害物の後ろに身を隠したアマラをジゼルは心配そうに見詰めてから、任せておいてと、口をはくはくと動かした。
 ぷるぷるとしていたロロンはノワゼットの爪により吹き飛ばされるようにその体を血へと打ち付ける。
 ロロンが倒れたとき、直ぐにそのリカバリーに飛び込んだのはルカであった。
「余り長く暴れられてはバザーの被害も増えてしまいますね。速攻戦術で参りましょう」
 ノワゼットをその場所に止めるが為に。瑠璃は圧倒的な速力で『侵略』した。所詮は、竜の紛い物。
 どれだけ呻いて叫んだって、それは本物には劣る存在だ。リカバリーが出来たのならば、ここから先は『暴力』だけの世界だ。
 しにゃこは物陰から顔を出し、狙撃を行なって再度その顔を隠す。繰返しながら、戦場全体を見詰めるのだ。
「アマラさんはそこで見ていると良いですよ! 美少女の! 狙撃姿を!」
「……すごいなあ」
 肩を竦めるアマラにしにゃこは「ええ、もっと言って下さい」と微笑んで。
 ああ、そうやって他愛もない会話を繰り広げられる幸いを――それはとっておきのおあずけにしたのだから。
「本物にはちょっと遠いんじゃないかしら、ねえ!」
 銀に、蒼が混じり合った。蝶のはばたきひとつ、たったその程度であれど、変わることが出来た。五指全てを生かし、叩き込んだのは人殺しの術。
 ノワゼットの体が揺らぎ、地へと叩きつけられる。だが、それだけでは居られまいとノワゼットが酷くけたたましい声を上げた。
「ッ――!」
「わあ、煩い!」
 耳を塞いだ瑠璃に、しにゃこはノワゼットへとブーイングを叫ぶ。ココロの支援を受けながら、身を保っていたゼファーは「飛ぶわよ」と叫んだ。
 ノワゼットの飛翔。そんな紛い物の翼でこの美しい砂漠の国の蒼空を飛ぼうとは畏れ多いと思わぬものか。
「テメェら如きにはラサの空はもったいねえぜ!」
 逃がしはしない。空間ごと殴り飛ばすように、拳を振り上げる。衝撃波のように、ノワゼットの体がぐん、と揺らいだ。
「これで――最期、でしてーーー!」
 最強最高の一撃を。殲滅する光となって、それがノワゼットへと降り注ぐ。薔薇の花が鮮やかに周囲に散ってその肉体が霧散する。
 まるで、花弁が霧へと転じたように、ひらひらと。全ての終わりを告げるように。


「どうです! 心配いらなかったでしょう!? お礼なんていいですよ!
 どうしてもって言うならしにゃの遊びに付き合ってもらいますかね! 覚悟してくださいね!」
 しにゃこを見詰めてから、ジゼルはアマラを懇願するように眺めた。その言わんとする意味合いに気付いてアマラは肩を竦める。
「……遊んでいらっしゃい」
 お茶会をしようと誘うルシアにちゃっかりと席に座ったジゼルとしにゃこは菓子や紅茶について、教え合っている。
 そんな世数がどうしようもなく得難い日常であったからこそリディアには眩いものに見えた。
「ルシア、体は、痛くない?」
「えっ? 傷が痛々しい、のです……? 反動の痛みでよく分かんなくなってたのでして……」
 ぱちくりと瞬いたルシアにジゼルはアマラへと頼んで包帯を寄越して貰っていた。人の痛みに寄り添う事が大切だと教えてくれたのはイレギュラーズだ。
「ひとまず。紅血晶の商売に関わるのは止しなさいな。直に国中が大騒ぎになって商売どころじゃあなくなる代物よ、アレ」
 ――なんちゃって、とゼファーが舌を覗かせる。お説教をするような歳でもないと告げた『少女』に青年は「女の子に叱られるのも堪えるよ」と笑った。
 手当てをしていたココロは「大鴉盗賊団で世話係だったんですよね?」とジゼルとの出会いから最近までの話を聞きたいと微笑む。
「……最近はさ、ジゼルの前で人を殺したくなくて、商いにも手出しをしてみたけど、これがいけないみたいだね」
「そうかもしれませんね。ゼファーさんの言う通り紅血晶は曰く付きです。何者かが街を狙って晶獣を解放した、などという事もあるかもしれません」
 瑠璃は困ったように肩を竦めて心当たりは無いかと問い掛けた。
「さっきのでアマラには分かっただろうが、この竜モドキを使ってお前らを傷つけようとしたやつがいるって事だ。
 俺のダチを傷つけようとしたんだ。必ず見つけ出してぶちのめしてやる。
 ……それとなアマラ。お姫様も守られるだけじゃなく、お前を守りたいらしい。困った事があるなら2人で話し合えよ。
 勿論、俺を頼ってくれてもいいぜ。遠慮すんな、ダチだろ?」
 アマラは「ああ、最高の友達を持ったよ」と笑った。朗らかな青年にゼファーは息を吐く。胸の中に並々に幸福が満たされて行く心地だ。
「漸く、普通の生活を手にしたんですもの。ほんとに困ってたり、不安なことがあるなら、普通らしく、知ってる人間を頼っていいのよ?
 ……其の辺はジゼルのほうがアマラを一歩リードしちゃったかしら」
「あ、それで、ジゼルが――」
 アマラが促せばジゼルは立ち上がり、真っ直ぐにイレギュラーズを見た。
「わたしも、ローレットを手伝えませんか。見習いでも良いから、この経験を生かしたいの。
 ……ルカが言ってたとおりに、わたしも、お友達を傷付けようとした奴を必ずぶちのめしてやりたいもの」
 真似た彼女にルカは肩を竦めた。朗らかで嫋やかなお姫さまじゃ居られない。
 だって、人間は脆いものだから――前を向かなくっちゃ崩れてしまうの。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ゼファー(p3p007625)[重傷]
祝福の風
ロロン・ラプス(p3p007992)[重傷]
見守る

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 ジゼルちゃんはずっと、沢山考えて、一つの結論がでたそうです。
 皆さんと一緒に、たくさんたくさん、人のためになれますように。

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