シナリオ詳細
<晶惑のアル・イスラー>狐目の吸血鬼。或いは、悪趣味な遊戯…。
オープニング
●冬の日に来る脅威
それは美しき冬の夜。
ネフェルストに向けて巨大な影が飛翔した。それはまるで、紅色の結晶で構成された歪な竜だ。
血の代わりに、結晶の花弁を散らしながら、自我のない怪物が空へと吠えた。
竜種に似た結晶の怪物……晶竜(キレスアッライル)と呼称されるに至ったそれの出現と時を同じく、ラサの各地で異変が起きる。
晶竜の襲来に呼応するかのようにして、“紅血晶”が持ち主を怪物へと変えたのだ。
隣人が、友人が、家族が、恋人が……“紅血晶”に魅入られた者たちが、次々に怪物へと変わっていく。そんな惨状を目にしながらも、商人や貴族たちは“紅血晶”を手放すことは出来なかった。
既に宝石の怪しい魅力に、気をおかしくしていたのだろう。
街の各所で悲鳴があがる。
銃声が、剣戟が、破壊の音が鳴り響く。
絶叫が空に木霊して、やがてプツリと力を失い途切れて消えた。
高い場所から、そんな街の惨状を眺め、悲鳴や怒号に耳を傾け、狐みたいな目をした細身の男は笑う。
「全ては偉大なる純血種(オルドヌング)の姫君が為、この砂の都を滅ぼし、月を君臨させましょう」
男の名は、サンジェルミ。ラサの各地に“紅血晶”を流通させた吸血鬼(ヴァンピーア)と呼ばれる者たちの1人である。
サンジェルミの背後には、鎧姿の男が4人立っている。上等な剣と、上等な鎧を身に纏った傭兵だ。だが、彼らは既に“人”では無かった。
辛うじて人の形は保っている。
保っているだけだ。肉体はほぼすべてがまるで腐敗したかのようにぐちゃぐちゃだった。絶えず腐臭の混じった血を流し続け、開きっぱなしの口腔からは空気の漏れるような呻き声を吐き出し続けている。すでに理性は無いのだろう。血のように紅く光る双眸は、薬物中毒者のそれか、或いは死人のようだった。
怪物だ。
サンジェルミの命令に従い、彼を守るだけの機能を与えられた怪物だ。
「さて、それではそろそろ我々も歩を進めよう。剣を掲げろ、軍靴を鳴らせ、全ては偉大なる純血種(オルドヌング)の姫君が為、我らが先陣を努めよう!」
●ネフェルスト事変
「さて、状況はあまりいいとは言えないっす。そこもかしこも、紅血晶の怪物だらけ。空には竜みたいな怪物がいて、ネフェルストを進行中……正直、外に出れば何かのトラブルにぶつかるような状態っすね」
事態発生から今に至るまで、ずっとあちこちを走り回っていたのだろう。イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)の顔色は悪く、声には疲れが滲んでいた。
それでもイフタフは、溜め息を1つ零しただけで、少し早口で話を続けた。
「皆さんにお願いしたいのは、ネフェルストのブラックマーケット付近を進行している怪しい男の対応っす」
そう言ってイフタフは、テーブルの上に数枚の写真を広げて見せた。
写真に写っているのは、身なりの良い商人らしい格好をした細い体の男性だ。砂漠においては珍しい白い顔と、狐のように細められた目が特徴的である。
それから、男……サンジェルミと言う名の商人に付き従う、4人の『晶人(キレスドゥムヤ)』。元は傭兵だったのだろう。鎧を纏い、腕と一体化したような剣を持っているが……体の方は、ほとんど全体が血に濡れている。腐敗した人の遺体が、なぜか動いているかのような悍ましく、そして惨い姿は直視に耐えない。
「目的は今一不明っす。ただ、気紛れに人を襲ったり、捕まえて傷口に“紅血晶”を埋め込んだりと、好き勝手に振舞っているみたいっす」
身なりは良くても、その性質はひどく下劣だ。他人の悲鳴を最上の音楽と呼称して、他人の不幸を密の味だと宣う類の輩であることは明白だ。
「ブラックマーケットの家屋や天幕を襲っては、人を害して、銃火器なんかを奪い取って、乱射して……まるで遊んでいるみたいで、正直、気分が悪いっす」
そして、ひどく気味が悪い。
そう呟いて、イフタフは数回、深い呼吸を繰り返した。
そうして新鮮な酸素を肺に、脳に送り込んだなら、少しは気分も落ち着いたのか。
「傭兵たちの剣には【滂沱】や【廃滅】を付与する類の呪いがかけられているっす。これは、連中の犠牲になった遺体を調べて分かったことっすね」
遺体の傷口は深かった。
だが、重要な臓器を避けて斬られていた。
斬られて、動けなくなった後も、暫くの間、存命していたらしい。苦悶に歪んだ顔と、撒き散らされた吐瀉物と、頬を濡らす涙や汗が、彼らの苦しみが長く続いたことの証拠だ。
「それから、サンジェルミの方はブラックマーケットの武器を使って遊んでいるっす。連射性能の高いガトリングや、破壊力の高いショットガン、扱いやすい拳銃と、広範囲を攻撃できるマシンガン……サンジェルミが扱っているのは、その辺りっすね」
サンジェルミの使う銃火器は、当然、弾数に限りがある。
けれど現在、彼らがいるのはブラックマーケットだ。そこらの家屋や天幕を襲えば、弾丸など幾らでも補充できるだろう。
「バカスカと景気よく弾丸をばら撒いてるっス。まるで新しいおもちゃを手にした子どもみたいっすよね……まぁ、被害は子どもの悪戯どころじゃないっすけど」
なんて。
嫌悪感の滲んだ声音で、イフタフはそう呟いた。
- <晶惑のアル・イスラー>狐目の吸血鬼。或いは、悪趣味な遊戯…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月05日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●散弾銃雨
ネフェルストに銃声が轟く。
降り注ぐ鉄の雨と、地面を赤く濡らす血の川。上等な革靴で血の川を踏み越え、闇市の大通りを悠々と歩くのは、顔色の悪い痩身の男だ。
両手に持ったショットガンを、適当な家屋へ向けて撃つ。悲鳴が聞こえて、往来に女が1人倒れた。
「はははは! まるで鴨撃ちです! そら、逃げ惑えよ! 貴様らは獣で、私が猟師だ! 獣なら獣らしく、私を楽しませるべく必死で逃げ惑うのが獣の務めと知りたまえ!」
狐のような細い目を歪め、逃げ惑う人々を面白おかしく撃ちまくる。そんな彼の名はサンジェルミ。紅血晶の流通に関わる吸血鬼(ヴァンピーア)の1人である。
「吸血鬼、同胞が弾遊びか……」
大通りを進むサンジェルミの前に、1人の女性が立ち塞がった。手に血のように紅い剣を携えた、銀の髪の女性である。彼女……『Legend of Asgar』シャルロット・D・アヴァローナ(p3p002897)は、ひどくつまらなそうな顔でサンジェルミを一瞥し、剣の先を差し向ける。
「良い、ならば騎士たる吸血鬼が直々に仕置きしてやろう」
明らかな挑発。
だがサンジェルミは、挑発と理解していながらシャルロットの誘いに乗ったのだった。
炎の煙と硝煙が、大通りには充満していた。
時折、煙の中で人の影が蠢く。仲間を引き摺るようにして、彼らはどこかへ逃げていく。
一瞬、『探す月影』ルナ・ファ・ディール(p3p009526)は身構えた。敵は何もサンジェルミ1人ではないのだ。サンジェルミが引き連れた4人の晶人(キレスドゥムヤ)が、どこかに隠れ潜んでいる。
「頭のいかれた吸血鬼が、弾まき散らしながら散歩中だってな」
鼻が利かない。
だが、煙る視界のさらに先で絶えず銃声が鳴り響いている。こんな状況で、馬鹿みたいに弾丸をばら撒くような奴はサンジェルミ以外にあり得ない。
「血やらなんやらの臭いにあてられるほど青臭くもねぇ。つっても、狩りでもねぇのにくせぇ臭い嗅がされんのは気分のいいもんでもねぇがな」
獣の四肢で地面を蹴って、ルナは疾走を開始した。
と、その時だ。
「っ!?」
走り始めたルナの脇に、鋭い剣が突き刺さる。
煙の中に身を潜めていた晶人だ。上等な剣と鎧を身に付けてはいるものの、皮膚はすっかり腐敗しており、まるでアンデッドのようだ。
腐敗し、剥がれ落ちた晶人の顔に、ルナの流した血が飛び散った。顔を濡らす血を舐めて、晶人はにやりと笑った気がした。
その数は2体。
2体目の剣がルナの肩を斬り裂く寸前、刺し込まれた刀がそれを弾く。
ルナと晶人の間に割り込んだのは、ティンダロスと呼ばれる狼に似た獣であった。それに跨る男の名は『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)。
「晶人って名前なのにゴーレムじゃなくてグールなのか……」
ルナを黒い鎖で捕まえ、マカライトは後方へと跳んだ。その後を追って晶人が駆ける。
零れる血と肉は晶人の体から零れ落ちたものだけじゃない。その中には、晶人の被害に遭った犠牲者たちの血肉も混じっているだろう。
「……やらかしてる事は、いつも通りこっちの精神逆撫でして来んのもムカつくな。派手にやるこった」
舌打ちを零したマカライトが、顔の前に刀を掲げた。
顔が砕けた男の遺体が転がっていた。
下半身を失った、子どもの遺体がそこにある。
子供を庇うように覆いかぶさる女の体には、執拗に銃弾を撃ち込まれた痕跡がある。顕わになった背骨は、銃弾によりすっかり砕けているではないか。
「吐き気がする……侵略じゃないかこれじゃあ!」
その惨状を凝視して、『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)は吠え猛る。噛み締めた唇と、握りしめた手の平からは、血が滴っているではない。
「弱者をいいようにいたぶって、強者が侵略していく……ああ、私が最も許せない光景だ!」
「ははぁ。小さな子供が意味もなく蟻を踏み潰したり、昆虫の手足を捥ぎ取り他の生物に捕食させたりする……ということがありますが、それを思い出しました」
慟哭する沙耶の様子とは相反して、『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)はいたっていつも通りである。血と煙と硝煙の臭いが漂う鉄火場において“いつも通り”というのはどこか異常である。
「自分の子供達であればその行いを嗜め、命の尊さを教え諭していたのでしょうが、あの吸血鬼はあいにく私の子供ではありませんので」
ふぅ、と吐息をひとつ零してホーは眼前に手を翳す。
“赤子を抱いた血塗れの女”の幻影を召喚したのだ。
絶えずばら撒かれる銃弾。
銃火に追われて逃げるのは3人。シャルロットと『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)である。
「先程までの勢いの良い喧騒は何処へやらだな。俺の頭の一つでも撃ち抜いてみたらどうだ!」
ベネディクトを追って銃弾が飛んだ。
右手の槍と、左手の剣で銃弾を弾きながらベネディクトは地面を転がる。それから、半壊した建物の影へ跳び込んだ。
「威勢はいいがそれだけですか! 逃げ足だけは、そこらの獣より幾分上等のようですが!」
呵々と笑ってサンジェルミが銃弾をばら撒く。
膨大な量の銃弾が建物へと撃ち込まれ、あっという間に壁に大きな穴が空く。崩壊する家屋の影から飛び出したベネディクトの前に、血で濡れた剣が振り下ろされた。
晶人の剣だ。
だが、剣がベネディクトを裂く前に、跳び込んで来たドラマがそれを無数の刃で後ろへ弾く。晶人が仰け反った隙に、ベネディクトとドラマはその場を離れる。
「晶人が潜んでいる可能性もありますから、奇襲には注意してください!」
「あぁ、承知している」
足を止めない2人の後を、サンジェルミの銃弾と晶人が追う。
マシンガンの弾丸が尽きた。サンジェルミは用済みとなったそれを後ろへ投げ捨てて、代わりに腰に下げていたショットガンに手を伸ばす。
「……ふむ。次のおもちゃがいるな」
ショットガンを撃ちながら、サンジェルミは近くの家屋へ視線を向ける。その途中で、赤子を抱えて泣き喚く女性の姿が視界に移った。
「あぁ、可哀そうに。傷を負って苦しむ彼女に安らぎを」
武器庫の方へ移動しながら、サンジェルミは女性へショットガンの銃口を向けた。
だが、次の瞬間。
「あらあらまあまあ! 危険な火遊びは」
煙の中から『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)の手が伸びる。
手首を掴まれたサンジェルミが目を丸くした。
サンジェルミの腕を掴んだのは女性だ。だが、その背丈は3メートルに近い。
「……!? な、なんだ?」
「めっ、なのだわー!」
ガイアドニスが腕を高くへ振り上げた。
それと同時に、サンジェルミのポケットから予備の弾倉を掠めとる。
サンジェルミの足が地面を離れる。世界が上下にひっくり返って、次の瞬間、サンジェルミを衝撃が襲う。
サンジェルミの体が、地面に叩きつけられたのだ。
●闇市の激闘
ガイアドニスが身を捩る。
その脇腹を、鋭い剣が斬り裂いた。
刺突の途中で剣が横へ薙ぎ払われる。腕の筋力だけで強引に剣の軌道を変えたのだから、当然にようにぶちぶちと筋肉の引き千切れる音がする。
痛みなどもはや感じていないのだ。
「あぁ、かわいそう! 理性のない晶人達には関係ないでしょうけど!」
ガイアドニスが腕を振って晶人の側頭部を打ち払う。その隙に、サンジェルミは建物の中へと駆け込んで行った。ガイアドニスを害するよりも、武器を取ることを優先したのだ。
「っ……まぁ、いいのだわ! おねーさん、呪いの剣からか弱いみんなを護ってあげたいんだもの!」
頭から飛び込むように、晶人がガイアドニスへと接近する。
剣を素手で握りしめて、ガイアドニスは晶人の前進を止めた。いかに上等な剣とはいえ、鍔の付近であればさほどに切れ味は良くない。それでも手の平が裂けるが、骨まで断つには鋭さが足りない。
「では、私どもは先へ」
ガイアドニスが晶人を食い止めている隙に、ホーと沙耶がサンジェルミの後を追う。
「お任せしまっす!」
サンジェルミが跳び込んで行った建物は、煉瓦造りの頑丈なものだ。だが、建物のところどころには火が付いていた。
「ところどころ火事があるな……そっちも気になるが」
火の手が弾丸や火薬に引火すれば大惨事となる。それを懸念した沙耶が、ほんの小さな舌打ちを零した。
足音も無く、ホーはサンジェルミの背後に立った。
「おや、鉛玉を探しておられるのですか」
囁くような声音だが、その声は確かにサンジェルミの耳に届いた。
ざりざりと何かの音がする。
それは、ホーの足元から湧く膨大な量の蟲が地面を這う音だ。
「趣味が悪いですね」
「? 悪趣味ですか? 貴殿も大概だと思いますが」
そう言って、ホーはサンジェルミの足元へと視線を向ける。そこには、商人らしき男の遺体が1つ。この建物の主だろう。
「私は君みたいな強者による弱者の蹂躙というものが大嫌いなものでな。君には申し訳ないが、紅血晶ごとここで散ってもらおうか!」
男の遺体は、背後から頭部を撃ち抜かれている。
飛び散った血と脳漿と骨の欠片が床に散らばっていた。
それを一瞥した沙耶は、堪えきれないという風に唇を強く噛み締める。
「あぁ、これですか? 邪魔だったので、排除しました」
男は武器商人だったらしい。
積み上げられた木箱からは、武器弾薬が覗いている。
使い切った拳銃を投げ捨て、サンジェルミは傍らに置かれた何かを覆う布に手をかけた。
「貴方たちも邪魔ですので、もちろん排除させてもらいます」
布が取り払われる。現れたのは、真新しいガトリングである。
サンジェルミは血に濡れたガトリングを構える。
カラカラと銃身が回転し、やがて轟音が鳴り響く。銃弾の雨が降り注ぐのと、ホーが漆黒の魔力壁を展開するのはほぼ同時。
「お気持ちはありがたいのですが、このようなものは私には不要ですので」
降り注ぐ弾丸の雨が、魔力壁を破壊する。弾丸の雨がホーと沙耶の肉を穿った。
血に塗れ、ホーと沙耶が地面に倒れる。
その様を見て、サンジェルミは呵々と笑った。
だが、不意にサンジェルミの笑みが凍り付く。サンジェルミの脚を、沙耶の人形が短刀で刺し貫いたからだ。
激痛に、サンジェルミは姿勢を崩す。
そして、さらに……。
「は?」
「ラサの夜に……火薬の音は似合わんな」
サンジェルミの脇腹を紅の刃が裂いた。砕けた壁の向こう側に、シャルロットの瞳が覗く。
じゃらり、と鎖の音が鳴る。
黒い鎖で形成された獣の顎が、晶人2体を噛み砕く。
「悪いな、銀の弾丸やらサンザシの杭も持ち合わせてないんだわ」
顔を濡らす血を拭い、マカライトはそう呟いた。
顔だけではない。肩や背中、腹部や首筋に幾つもの裂傷を負っている。
ルナを先へと進ませて、マカライトは晶人2体を相手にしていた。だが、それももう終わりだ。
鎖が解け、胴の半ばほどで断ち切られた2体の……否、2人の晶人が地面に崩れ落ちる。
身体を半ば失って、剣さえも既に手にしておらず、それでも晶人は地面を這う。マカライトの命を奪おうと、血の痕を地面に残しながら這っているのだ。
ティンダロスが、唸り声をあげてマカライトの前へ出る。
だが、マカライトはティンダロスを制止すると、腰の鞘から刀を抜く。
下半身も無い。剣も無い。そんな有様では、マカライトの刺突を防ぐことも叶わない。
「やっぱ誇り高い吸血鬼って一握りなんだな?」
晶人の頭部を刀で断ち割り、マカライトはそう吐き捨てた。
それはまるで地上を走る虹のようだ。
キラキラとした燐光が、硝煙の中を吹き抜ける。速く、遅く、光へ、影へ。
「ラサは祖国深緑との唯一の交易相手……その危機とあらば」
ドラマの放った魔力の波が、晶人の体を撃ち据える。
肉と血が飛び散り、その手からは剣が零れた。
「早急に解決を!」
「あぁ、もちろん。これで終わらせよう!」
よろめいた晶人の胸部を、ベネディクトの槍が貫いた。
一撃の刺突で、ベネディクトは晶人を背後の壁へ縫い付ける。槍の先端から晶人の体を、背後の家屋を氷結が覆った。
槍を引き抜き、それからベネディクトとドラマが背後を振り向く。
そこにいたのは、脇腹から血を流しているサンジェルミだった。
「まだ息がありましたか……思ったよりも、戦える者が多いようですね」
サンジェルミの手にはマシンガンが握られている。シャルロットの追走を振り切って、どうにかここまで逃げて来たのだ。
そして、ベネディクトとドラマに逢った。
回収しようと思った武器は、既にベネディクトによって凍らされている。
「吸血鬼。私の友人だとエルスティーネさんがその種に当たりますが……何か関係があるのでしょうかね?」
そう問いかけたドラマの方へ、サンジェルミが銃口を向ける。
●騒乱の結末
暗がりの中、ホーはゆっくりと身を起こした。
「……さて。いただいた鉛玉をサンジェルミ殿に〝全て〟お返しさせていただきませんと」
そう言って、血に濡れた沙耶を抱え起こす。
【パンドラ】を消費し、意識を取り戻した2人が建物から外へ出た。
と、そこで沙耶が足を止め……それからフッと口元に小さな笑みを浮かべる。沙耶の足元には、彼女の操る人形がいた。銃弾を浴びて半壊した人形は、1枚の紙を握っているのだ。
紙に書かれた流れるような文字に目をやり、沙耶は笑ったのである。
「“逃がしはしない”だとさ……これはシャルロットさんの字だな」
そう告げる2人の背後で、足音がした。
「だったらルナも一緒だな。先に行かせたから」
「それなら、おねーさんたちは住人の避難に回るべきかしら?」
そこにいたのは、マカライトとガイアドニスの2人であった。
ドラマは空を、ベネディクトは地上を駆ける。
両手に持ったマシンガンを連射して、サンジェルミは器用に2人を撃っていた。
「はは! 大口を叩いたわりに、逃げ回るだけですか!」
銃弾を槍と剣で器用に弾きながら、ベネディクトは言葉を返す。
「これでいい。自由に動かれてしまっては厄介だからな」
銃弾が尽きるまで、あとどれぐらいかかるだろうか。
それまで、2人は逃げきることができるだろうか。
サンジェルミは狩りのつもりでいるのだろうが、もはや状況はそうスマートなものではないのだ。ベネディクトとドラマが先に力尽きるか、サンジェルミの弾丸が尽きるか。
状況が大きく変わっていることに、サンジェルミはまだ気づかない。
ドラマの放った無数の刃を、サンジェルミが回避する。
そうして、ドラマの喉へと銃口を突き付けて……瞬間、弾倉が爆ぜた。
「っ……!? 暴発!」
「弾丸の細工に気が付かなかったんでしょうね」
サンジェルミから距離を取りつつ、ドラマはくすりと微笑んだ。弾丸に細工をしたのはガイアドニスだ。武器庫から逃げる途中で拾った武器は、ガイアドニスが用意しておいたものである。そのことに気が付かなかったサンジェルミは、こうして武器を1つ失った。
「だが、武器はまだある!」
ショットガンを手に取って、ドラマを撃った。
弾丸はけれど、跳び込んで来たルナの手により払われる。その背には、シャルロットが騎乗していた。
「んで? そこらへんのガラクタ銃に頼ってて、俺に届くと思うか?」
シャルロットを地上に降ろしてルナは跳ぶ。
まるで黒い疾風のようだ。浴びせかけられる弾丸の雨がルナの体を掠めるが、決して彼は足を止めることはなかった。
「獣狩りとしゃれこむには腕が足りねぇな」
挑発だ。
だが、乗らざるを得ない。
距離を詰められれば、獅子の爪で引き裂かれると言う恐怖がサンジェルミから冷静さを奪った。
それが間違いだったのだと、サンジェルミはまだ気づかない。
だから、ルナはそんな彼を嘲笑う。
「上ばっか見てていいのかよ? お人形なお仲間と違ってな、こっちのお歴々は放っておいていいほど優しくねぇと思うぜ?」
ルナの視線は、サンジェルミの背後を向いている。
「あぁぁぁ、忌々しい!」
咄嗟にサンジェルミは、ショットガンを背後へ向けた。
斬、と。
銃身が切断されて、宙を舞う。
「そういうことだ」
翻るは銀の髪。
風に踊る漆黒のドレス。
視界を横切る蝙蝠の翼。
そして、血に濡れたような紅色の剣閃。
一瞬、思わずサンジェルミはそれに見惚れた。
血と硝煙に臭い立ち込める鉄火場にはあまりに不似合い。
「吸血鬼であれば普通は旅人であろう? 何が目的で、何故混乱に与する?」
斬撃が、サンジェルミの手首を裂いた。
その手から銃が落ちる。
右手、左手、そして右足。
続けざまに3カ所を斬られ、サンジェルミは悲鳴をあげる。
地面に膝を突いたサンジェルミが空を仰いだ。
大上段より振り下ろされた紅色の剣が迫るのを視認した。
「止め……死にたくない!」
命乞いだ。
聞き入れられるとは思わない。
けれど、シャルロットの剣がサンジェルミを斬ることはなかった。
「安心しろ。もちろん、楽には死なせんぞ? 知ってることは話してもらう」
泡を吹いて気を失ったサンジェルミへと、シャルロットはそう告げる。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
晶人たちは討伐され、サンジェルミは捕縛されました。
依頼は成功となります。
この度は、ご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
サンジェルミおよび『晶人(キレスドゥムヤ)』の撃退
●ターゲット
・サンジェルミ×1
商人風の吸血鬼(ヴァンピーア)。
上質な衣服を纏った細身の男性。白い肌と、狐のように細い目が特徴。
一見すると商人らしい丁寧な口調と態度だが、その本性は下劣そのもの。現在は、ブラックマーケットで回収した銃火器を使って、弾丸をばら撒いて遊んでいる。
ガトリング:物中範に中ダメージ、連
ショットガン:物近単に大ダメージ、飛
マシンガン:物近範に中ダメージ、ブレイク
拳銃:物近単に小ダメージ
※銃火器や弾丸は、ブラックマーケットの各所で随時調達、補充が可能らしい。
・元傭兵の『晶人(キレスドゥムヤ)』×4
上等な剣と鎧を纏った4人の元傭兵。
サンジェルミの護衛を努めていたのだろうが、既に理性を消失している。
腐敗した皮膚から、延々と血を滴らせ続ける歩く屍のような有様となっている。
魔導剣:物近単に大ダメージ、滂沱、廃滅
呪いの付与された上等な剣による斬撃。
●フィールド
夜間。
ラサ、ネフェルストのブラックマーケット。
住人たちの姿は見えず、通りの中央をサンジェルミたちが進んでいる。
血や臓物、硝煙、火薬の臭いが立ち込め、ところによっては小さな火事が発生している。
そのため、遠くを見たり、臭いを頼りにしたりといった行動にはマイナス補正がかかる。
また、ブラックマーケットの中でも武器類を扱う店の多い区画らしく、そこらの家屋や天幕の中には多数の銃火器や弾丸が備蓄されている。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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