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シナリオ詳細

<被象の正義>壊れたアイが齎す幸福

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●リーベという薬師
 その町には薬師の一家が住んでいる。
 彼らは新薬の研究の傍らで、町の人々の為に医者のような事も行なっており、そのおかげか町民達からの好感度は高い。
 一家の一人娘である彼女もまた薬師となり、人々の役に立とうと日々研鑽を積んでいた。
 まだ少女と呼ぶ時代の頃に、彼女と親しくしていた少女が居た。
 親友とも、それ以上とも思えるような心地良い関係であった二人。
「私ね、将来はどんな人も助けられるような薬師になりたいの」
「素敵! ねぇ、もしあたしが病に倒れたら、助けてくれる?」
「勿論よ! 大好きな親友のあなたを助ける為ならどんな事だって厭わないわ!」
「まぁ!」
「うふふ」
「うふふ……」
 笑い合う少女達の笑顔は眩しく。
 だというのに、その幸福が突然崩れるなど、誰が予想出来たのか。
 悪漢達に襲われた親友とその家族。家族の命は奪われたのに対し、娘のみが生き残った。その心に大きな傷を負う事になりつつも。
 日々その記憶に苦しむ親友の姿を見ていた少女は、新薬の開発に勤しんだ。
 その結果、出来上がった物に、これならば彼女を救えると思った。
「ねぇ、見て。新しい薬を開発したの」
「……何の薬?」
「一日だけ、消したい日の記憶を消す薬」
 薬師の娘が差し出した黒い球は、赤子の小指の先ほどの大きさをしていた。
「忘れたい記憶を忘れよう」
 彼女にとっては縋りつきたくなる言葉。
 震える指先がそれを摘み、水と共に飲み干す。
 薬の成果は、上々であった。
 やっと取り戻した笑顔は、少女にとって久しぶりの太陽に見えた。

 とはいえ、薬は薬。飲み続ければ効かなくなる体質の者も居る。
 不運な事に、それが親友の体質であった。
 薬師の少女は新たな薬を作り続けた。効果を伸ばし続ける薬を。
 一日、三日、一週間、一ヶ月、半年……。
 遂には年単位で忘れる薬にまでなってしまった。
 だが、それで彼女の心が守れるなら。あの笑顔をまた見られるなら。
 忘れる年数など些末にさえ思った彼女は、ある事実を失念していた。
 あの頃からもう十年は経っている事実を。
 遂に薬は、十年単位の記憶を奪うまでになってしまっていた事も。

 足が宙に浮いた親友を見つけた薬師の娘は、只々、茫然とするしか出来なかった。
 親友の足下に転がっていた紙が彼女の視界に入ったのは、発見時から三十分は経った頃。
 拾い上げ、読む。
「もうあたしに囚われないで。
 あたし以上に大変な人達も居る。そんな人達を助けるのがあなたの夢だったはずだよ。
 ありがとう、助けようとしてくれて。
 これからは、あたしの他にも大変な思いをしている人達を助けてあげて。
 あなたの事、大好きよ」
 恨み言など言わず、ただ彼女の背中を押すように綴られた言葉。
「あ、あぁ、ああァァァァァァ!!!!」
 慟哭が部屋に響く。
 どこで道を間違えた?
 昨日見た彼女の表情はどんな顔をしていた?
 あの笑顔の裏で、こうなってしまう程の深い絶望を自分は与えてしまったのか?
 ただ彼女を救いたかっただけなのに。
 近所の人々の助けを借りて、親友の葬儀を執り行う中で、薬師は「救う」という事を考えていた。
 薬で彼女を一時的に救えたと思ったのに、この結果はどういう事なのか。
 だが、彼女は遺した。「自分以外の大変な人を助けてあげて」と。
 ならば、助けよう。薬で救いを与えましょう。
 薬を飲んでも生きるのが辛いのなら、永遠の眠りに誘う救いを与えればいい。
 そうすれば、貴女は少しも寂しくないでしょう?
 数日後、彼女は町を出た。
 その町で起きた原因不明の死人達を残して。

●リーベ教と信者と深く吐き出された吐息の行方は
「突然の急死者がこの所頻繁に見られている」
 ローレットに集められたイレギュラーズ。その中には『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)の姿もあり、情報屋の一言にほんの少しだけ眉根を寄せた。
 顔の整った情報屋の男は話を続ける。眉間の深い皺が情報の深刻さを表していて、聖霊か誰かの唾を飲む音がした。
「いや、正確には違うか……。突然死というよりは安楽死と言うべきかな。何せ皆、眠るように死んでいるからね。
 それが天義の国内で急増しているそうだよ」
「天義でか?」
「うん。調査の結果、異端が関わっていると思われる。
 ……………………けど、これは……」
 依頼書を読み進める彼の眉間の皺がますます深くなる。整った顔が少し崩れて、それから眉間を揉む仕草を見せた。
 滅多に見られない彼の様子に、聖霊は心配から声をかける。
「大丈夫か?」
「……いや、失礼。大丈夫だよ。
 話を進めよう。
 この安楽死の死者だけども、貧困層或いは助かる見込みの無い者を中心に広がっているそうだよ。老若男女の区別なく、ね……。
 そしてどこから聞きつけたか、その安楽死に対する宗教が生まれるようになった」
「宗教の名は?」
「『リーベ教』、と。教祖として崇められてる女性の名前みたいだね。本人は聖職者とかではなく薬師らしいけど」
「……まさか」
 薬師と安楽死。そして貧困層と助かる見込みの無い者達。
 繋がる線を理解した聖霊の呟きに、情報屋の男は頷く。
「そういう事、だろうね。
 今回の依頼では、天義では異端と認められた『リーベ教』の信者達の目を醒させてほしいという事だよ」
「教祖の生死は?」
「……ご自由に、と」
 それは、つまり、始末する結果のみしか許されてないと同義ではないか。
「彼女が次に向かうと思われる地はおそらくこの村の辺りになると思う。君達が向かった時には既に到着してる筈だ。彼女が村人達に何かする前に止めてほしい。
 ただ、気をつけて。彼女の思想に共感した護衛が居る。武装した兵士がね。人数は五人ぐらい……かな。着くまでにまた一人か二人増えてる可能性もなくはないけど。
 それから、おそらく村人達も邪魔するだろう。彼らを傷つけないように気をつけてほしい」
 傷つけずに、という注文に嘆息したのは誰だったか。
 例え見た目は傷つけずとも、心の傷を負わせる事は明白だろう。寄る辺を失った心の絶望を、イレギュラーズの中には深く知る者も居るはずだ。
「それから、これはちょっとした事の一つなんだけども。
 どうもね、『浸食』が発生しているらしい」
 さらりと告げられた言葉に動揺が走る。
 天義の巨大都市を変貌させたようなものが、その村で発生しているというのか。
 流石にそれは。
「待て。それは『ちょっとした』で片付けられないだろうが」
「そうだね。でも、依頼は『信者達の目を醒まさせてほしい』だからさ」
 聖霊の苦言を受け流し、情報屋の男は続きを語る。
「突如顕現した異言都市(リンバス・シティ)にも近いからね。関連も推測される……というのが見解かな。
 で、まあ、これはたまたま見つけた話なんだけど。護衛兵士達には異言(ゼノグロシア)を話す者も居るらしい、んだよねえ。皆似たり寄ったりな甲冑防具姿すぎてどれがそうなのか正確には判明できなかったらしいんだけど」
 情報屋の男はいつの間にかほぐれた眉間の皺を伸ばして、微笑む。
「まぁ、そういう事だから、その辺りも調べられたらって事でよろしく?」
 溜息を零しつつ、受けるしかないと腹を括って踵を返すイレギュラーズ。
 その中で、誰にも聞こえぬ声量で呟く者が、一人。
「薬師、か」
(救えるかもしれない命があっても、その道しか取れないのか?)
 やるせない複雑な感情を載せた嘆息は、知らずに長く、細く、唇から零れ落ちた。

●眠りは幸せの国への入口
 村に着いた薬師――――リーベとその護衛達は、広場にて村人達に傅かれていた。
 彼らは皆衣類が擦りきれており、袖から覗く手足は痩せていた。
 フード付きの白いローブに包んだ彼女は、フードを外して顔を晒す。セミロングで整えられた薄い茶髪に、髪よりも濃い茶の瞳。その目には狂気の色を宿しているのに、教祖としての落ち着き方とのアンバランスを見せていた。
 既に彼らの意思は固く、リーベは深く頷く。
「では、今夜は盛大な宴を。心残りの無いようになさい」
「はい」
「あなた達が眠る頃にお渡ししましょう」
「ありがとうございます……これで、漸く救われます……」
「いいえ。これが、私の使命ですから」
 微笑む彼女に一礼して、代表者の男は去って行く。
 リーベは懐に入れていた巾着を出すと、その中から丸薬のような物を取り出し、控えていた護衛の兵士達に渡す。
「これを皆飲んでちょうだい」
「はっ。しかし、今夜それは必要になるのですか?」
「念の為よ。襲撃者が出ないとも限らないでしょう?」
「そうですね。承知いたしました。それと、先程連絡がありまして、新たに数名の兵士が貴女様を守る力になりたいとこちらに向かって来ているそうです」
「あら、そうなのね。頼もしいわ。いざという時には、お願いする事になるかもね」
「リーベ様の力になれるのでしたら、喜びましょう」
 兵士のリーダー格が頭を垂れ、丸薬を受け取ると、仲間に配っていく。口々に謝意を述べる中で、数名がくぐもったような声を出していた。感極まっているのだろうと思い、特に深く言う事はせず、そのままにした。
 護衛をする彼らの口に含まれる丸薬には何かしらの効能があるようだ。彼らは手を動かしたりするなどして、体の確認をしていく。
 彼らの前に幼子が一人やってきて、首を傾げる。年よりも痩せた少女の体に、リーベの表情が少し変わる。憐憫の視線を送りながら、「どうしたの?」と問う。
「あのね、しあわせのくににいったら、しあわせになれる? おなかいっぱいたべられる?」
「ええ、そうよ。幸せの国に行きましょう。先に私の友人が待ってるから、一緒に遊んであげてくれる?」
「うん!」
「それから、伝えてくれる?
 『あなたの言う通りに皆を助けているわ』、って」
「うん!」
 幼子は笑う。リーベも微笑む。
 皆を救うのが己の使命であると、信じて疑わぬ狂気が瞳の奥で揺らいでいた。

GMコメント

 久しぶりに出したシナリオがコレとはどういう事なのか、と言われそうですね。後悔はしておりませんが!(笑顔)
 さて、天義にて安楽死を望む者達による新興宗教が興り、それは貧困層を中心に広がっています。
 教祖はただの薬師の女性ですが、彼女の思想に共感した兵士達が居ます。
 彼らだけでなく、村人達もイレギュラーズを敵と見て色々としてくるでしょう。どのような行動で彼らを納得させられるかは、イレギュラーズの腕次第になります。
 また、今回、天義からは「信者の目を醒まさせる事」と言われているので、その事を留意した方が良さそうです。

●成功条件
 村人達の目を醒まさせる

●敵情報
・薬師リーベ
 『リーベ教』教祖とされる女性。
 安楽死でもって人を救おうとする事を信条としている。
 彼女自身に戦闘能力は皆無であるが、様々な薬を保持しており、兵士達を強化する薬も用意されているようだ。
 (注※「●リーベという薬師」はPL情報となりますので、PC達は現時点では知り得ません)

・護衛兵士達×?
 『リーベ教』教祖の思想に共感し、彼女を護る事を決意した者達。
 これまでの道中で賊などに対応した事もある為、実戦経験はそこそこあり。
 殆どが剣を武器として扱っているが、様々な技を有している。
 依頼受注時では五名であったが、イレギュラーズ到着時には増加している可能性が高い。また、更に増援の可能性もある。
 中には異言(ゼノグロシア)を話す者も居るらしいが、正確な数は不明。
 剣風(神・近・扇):その名の通り、剣を横に一振りすることで風を起こす。【足止系列】を伴う。
 刃風(神・遠・範):空気を袈裟切りするような動きで風の刃を飛ばす。【出血系列】を伴う。
 氷剣(神・至・単):打ち合いの最中に【凍結系列】を伴う一撃を繰り出す。

・村人達×数十名
 突如現われた『異言都市(リンバス・シティ)』の近くに存在する村に住む者達。
 餓えや度重なる不作などで栄養状態はほぼ良くない。
 また、病気にかかっている者も見られ、貧しいために治療も出来ぬ状態である。
 未来に絶望し、『リーベ教』に救いを求めている。
 『リーベ教』と敵対するイレギュラーズを敵と見なし、攻撃や情の訴えなどを起こすと予想される。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <被象の正義>壊れたアイが齎す幸福完了
  • GM名古里兎 握
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年03月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
武器商人(p3p001107)
闇之雲
ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)
天翔鉱龍
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
マイア=クゥ(p3p010961)
雨嫌い

リプレイ

●足を踏み入れし先に待つのは
 目的地に着いた時、村の中が明るく見えた。
 燃えている火特有の物であると理解すると同時に、聞こえてくる笑い声。同時に響く、音楽のような音色。
 音楽といってもこういった村では凝った楽器などがあるわけではなく、輪っかに動物の皮を貼った物を叩くような音色が主だった。
 村の入口に門番は居らず、容易に足を踏み入れる事が出来た事にほんの少し肩透かしをくらう。
 燃えさかる炎がある場所は森に近い広場のようで、人々は料理や音楽を噛みしめているかのように穏やかだった。
 彼らの奥に見えるのは、甲冑を着た兵士達と、その真ん中に鎮座している白いローブの人物。フードを外した今、炎の灯りに照らされるのは成人女性の顔。
 兵士達の数は事前に聞いていたのよりも増えているようだ。目視で分かる範囲だが、五人以上十人未満、といったところか。
「誰だ」
 厳かな声が響く。兵士達がイレギュラーズを見咎め、武器を向ける。
 真っ先に口を開いたのは『医神の傲慢』松元 聖霊(p3p008208)で、彼は出来るだけ静かな声で答えた。
「松元 聖霊だ。そっちのローブの女に用がある」
「お前達も救いを求めに来たのか?」
「いいや」
 首を振る聖霊の後ろから少年――『雨嫌い』マイア=クゥ(p3p010961)が進み出て、口を開く。
「俺達は救いに来たんです、この村の人達を」
「何?」
 甲冑を着ていても、兵士達の眉間に皺が寄るのがわかるようだ。膨れ上がる敵意と疑念が届く。
 『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が頷き、マイアの言葉を繋げるように紡ぐ。
「そうだ。聞くところによると、貴方達は死をもって救いとするらしいな」
「ほう、まさか、賛同しかねると?」
「ああ」
「死が救いかは知らないけど、私個人としては誰かが死を選ぶのは気にいらないね」
「同感だ。今世界に生きている人全てが生に希望を持っているわけじゃないことは、分かってる。
 でも、だからといってその背を押すことを肯定していい理由にはならないと思う」
 『天翔ける竜神』ェクセレリァス・アルケラシス・ヴィルフェリゥム(p3p005156)と『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)の言葉は、敵意と受け取るに十分だ。
 眦を上げて兵士達を睨む少女――『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は、己の意見を言の葉に乗せる。
「死を救いだと思わないで。
 苦しくて、明るい未来を想像出来なくて、苦しみや悲しみのない世界に行きたいと思うかもしれないけど、死んだらそれでおしまいなの」
 死ねばその先には何も進めない。
 それを知っているからこその、言葉。
 『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の視線がローブの人物へと向く。
「お前がリーベ教の教祖か?」
「教祖を名乗った覚えは無いわ」
「そうか。では、絶望に苦しむ人々を安楽死させるという話を聞いたが?」
「それは合っているわね」
「……ならば、一つ問おう。
 お前の教義は、本当に他者を救うためのもの、か?」
「ええ」
 迷わずに頷いた彼女へ、エクスマリアは言葉を重ねる。
「救えたという安堵を、求めているのではないと、言い切れる、か?」
「……? 意味が分からないわね」
 眉根を寄せる女性――――リーベの前に、兵士達が立つ。
「リーベ様、お逃げください」
「ここは我々が」
「vg4まr」
 何を言っているか分からぬ者も居る。似たような言語を口にする彼らが異言(ゼノグロシア)を話す者のようだ。
 『闇之雲』武器商人(p3p001107)がマイアに避難誘導を頼んだ後で兵士達へと視線を戻す。
(安易に死に救いを求めるのはツマラナイけど、『誰も助けてくれない』程の切羽詰まった状況なら、まあ、無理からぬ事だねえ)
 それはそれとして、村人達を巻き込まないように戦わねばならないな、と嘆息する。
 リーベを含む兵士達とイレギュラーズから漂うただならぬ気配を察してか、村人達の絞り出すような悲鳴が上がる。
「やめろ! リーベ様に手を出さないでくれ!」
「そうよ! 私達はもうすぐ幸せを手に入れるのよ!」
 悲痛な叫びがイレギュラーズの耳に届くも、それに心を動かされるような甘い覚悟でここに来ていない。
「じゃあなんで自死しなかった?
 生きたかったから死ねなかったんだろうが」
 聖霊の言葉に身を震わせるのが何人かいるのが見えた。
「貧しくて治療できない? 俺が全員診てやる。こちとら医神の寵愛受けてんだ。お前ら全員治療するなんざ訳ねぇんだよ」
 口調は偉そうだが、そこにある温かさは優しさであり。
 一筋の光を差し込ませる中で、幼い少女が言う。
「しあわせのくにに行きたいだけなのに……行っちゃだめなの?」
 無垢な言葉は聖霊やマイアの耳に届くも、首を縦に振るしかなく。
「さあ、皆さん、どうかこの場から離れて……」
「嫌だ! どうしてもと言うならわしらを倒してからにしろ!」
「ろくに力も無い状態の君達など、倒す理由が無いよ」
 ェクセレリァスが浮き上がりながら、顔を向けることなく言い放つ。
 イズマがマイアと共に避難誘導を行なうのを視界の端に捉えつつ、武器商人が口を開く。
 その唇から零れたのは、相手を甘く破滅へと誘う為の呼び声。罪を売り込む呼び声は、武器【コ】を売る者に相応しく。
 武器商人が狙っていたのはリーベであったが、彼女は特に意に介してない様子であった。周りの兵士達も、怒りを露わにしてイレギュラーズに向かって来たのはほんの二、三人ほど。範囲の中に収まってしまっていた村人の一部もこちらへとやってくる。
 イレギュラーズへと向かおうとする村人達に対しては、イズマの名乗る一声が活きた。
 彼に向けられた怒りの攻撃を一身に受ける。まともな食事を食べていない彼らの力は弱く、イズマの鎧で音を鈍く鳴らすだけだった。
 出来るだけこの場から離れるようマイアが誘導した先では、キルシェが村人達の使用している皿に聖水を満たして振る舞っている。
「どうか飲んでください。毒は入っていません。心配ならまずルシェが飲みます」
 そう言って自ら飲んでみせるなどして、少しずつ村人達の口に行き渡るように工夫する。
 村人達への対応を三人に任せ、残った仲間達で護衛の兵士達を相手取る。
 ヴェルグリーズが神々廻剱の写しを鞘の中で鳴らした。澄み切った音で相手の意識をこちらに向けるのに成功し、兵士が一人向かう。
 彼と剣を合わせながら、言葉も交わす。
「キミ達も人々が救われることを願ってこんなことをしているのだろうけれどね。
 ただでさえ選択肢の少ない人達にさも魅力的なように死を語るのは詐欺に近いと俺は思うよ」
「よく知らぬ者が偉そうに!」
「……そうだね」
 スッ……と銀の目を細めて、剣の動きを速くする。実戦経験が多少ある兵士といえども、神域の手数には劣る。受けきれずに取り落とした剣を拾わせまいと、足技で顎を打つ。くらり、とした様子で倒れ込んだ兵士だが、不殺の一撃なので命は無事だ。
 エクスマリアの神聖な光やェクセレリァスの慈悲と無慈悲の一撃などが兵士達を撃つ。
 聖霊が仲間の回復に努める事で、イレギュラーズの圧倒的な力を見せつける。
 その場の掌握に時間はさしてかからなかった。

●その嘆きを、意志を、踏みつける者など
「リーベお姉さんは、どうしてこんなことしたの?
 薬師になったのは誰か笑顔を守るためじゃないの?
 答えて下さい」
 キルシェの問いに、リーベは無言を貫く。ただ冷ややかに彼女を見ていた。彼女の視線にも負けず、キルシェは続ける。
「今まで死なせて行った人たちへ償う気持ちがあるなら、その知識で生きている人を助けて行ってください」
「……償う?」
 クッ、と口角を片方持ち上げて、それから笑い声が響く。
 数秒程の笑い声の後、冷ややかな視線と表情でリーベはキルシェを見やる。
「償うというのは、罪を自覚した者がする事よ。私が罪だと思っていないのに、償うなんてすると思うの?」
 キルシェの見開いた目を見て、リーベは鼻を鳴らす。
 彼女の横をすり抜けて、聖霊が一人、大股でリーベに近づいた。
 あっという間に距離を詰めて、大きな乾いた音が一つ、響く。
 頬を叩いた掌で胸倉を掴み、聖霊は怒りに満ちた目でリーベを睨みつける。
「お前自分のした事が本気で救いだと思ってんのか。
 未来に絶望して死ぬことしか選べなかったことが救いな訳ねぇだろうが。
 お前は病を治す為の薬を作るべきだったんだろうが!」

 カチッ

 彼の後ろで、イズマもまた、問う。
「貴女は人々を飢えさせたまま薬を飲ませるのか。
 人々の病を治さずに別の薬を飲ませるのか。
 違うだろう、薬が万能じゃない事を貴女は知ってるはずだ」

 カチッ

 エクスマリアが、落ち着いた声で言う。
「傷や病を抱えたまま生きるのは、確かに辛いのだろう。だが、そこへ手を差し伸べるなら、安易な道に、逃げるな。救いを求める手に握らせるのは、毒ではなく。
 生きろと、そう叫んで手を握り返してやるべき、だ。それが、綺麗事でしかなくても、な」

 カチッ

 三度目の音。
 それは、彼女の我慢も限界を迎えた音。
「…………薬がだんだん効かなくなってくる度に、改良した薬を渡してもなお、救えないまま自死を目の前で見せられた経験は、ある?」
「あ?」
「私が、病を治そうとしなかったなんて事、無いわけがないでしょう? 逆よ。
 もう既に何度もした後よ。その上で決めたのよ。生きていても、治しても、それで救えないなら、死で救うしかないじゃない!」
 腹の底からの叫びがイレギュラーズの鼓膜を打つ。
 それでも、と返したのはェクセレリァスの声だった。
「君の採った手段は人々の為にはならないと思うよ……。死にたいほど苦しいって人がいるのは事実だが、なら苦痛の原因を取り除くべきだと私は信じているよ。これも力ある者の傲慢かもしれないけどね」
「そうね、傲慢よ。あなた達も、私も、傲慢だわ。ただ、信念が違うだけ」
「傲慢だろうが関係ねえ」
 割って入った聖霊の低い声が、怒りに燃えた瞳が、リーベへと向けられる。
「お前は救ってきたんじゃない、殺してきたんだ。
 ……だからこそ俺はお前も救ってやるよ。
 生きて償え。その罪に向き合う治療なら俺がいくらでも付き合ってやる」
「…………あなたが一番傲慢ね」
「あぁ?」
 返した後、彼はリーベの顔を見る。
 その直後に胸倉を掴む手が緩んだのは、何故か。
 リーベの右手がローブ下の腰へと素早く伸び、下げていた小袋を引っ張って外すと、それを聖霊の顔に投げつけた。
 開いた袋の口から出てきた粉末が顔に直撃し、咳き込む。
 緩んだ手から逃れたリーベが、「ここよ!」と叫ぶ。
「居たぞ!」「お守りしろ!」「リーベ様を逃がせ!」
 複数の声は増援だと知る。背後の茂みからも声は聞こえ、甲冑の音を立てて兵士の姿が現れる。
 茂みから出てきた兵士達がイレギュラーズに剣を向け、リーベを逃そうと用意する。
 聖霊が茂みへ入ろうとする彼女の名を呼ぶ。
「リーベ!」
「……さようなら。次に会う時は、私を殺しに来る時か、あなた達が死にたいと願いに来た時かしらね?
 彼らイレギュラーズを殺してはダメよ。私を逃す事に専念して」
「承知いたしました!!」
「それじゃあね。傲慢なあなた達が、ここの村人達を救うつもりなら頑張ってちょうだい」
 そう言って兵士達と茂みの中へ入っていく彼女。
 後を追おうにも、残っている兵士達が剣を突きつけている。
 新たな増援を盾にして、一部の兵士の誘導で走る彼女を追いかける事すら叶わない。
 否、出来るであろうが、依頼内容は信者の目を醒ます事であり、リーベを処刑する事ではないのだ。
 再び、命を奪わないように心がけながら、イレギュラーズは彼らと対峙することになるのだった。

●その想いは、いつか君に
 時間稼ぎとわかる増援は、先程の戦闘に比べれば苦では無く。途中、異言(ゼノグロシア)を話す者も居たが、イレギュラーズによる一撃を受ければそれも解け、普通の言語へと戻った。そういった者達もまた、先程と同じようにリーベが生きている事を喜んでいたが。
 護衛兵士達に簡単な手当を施した後、村人達の治療へと当たるべく移動をしようとして、「待ってくれ」と、彼らを呼び止めたのは、一人の護衛兵士だった。
 彼はイレギュラーズに一つ、問う。
「リーベ様を、討つ気か?」
 視線が交差する。今此処でそれを断ずる事は出来ない。どう答えるか考えあぐねる数名を余所に、聖霊が声を発する。
「あの馬鹿は、俺が救ってやる。
 あいつがやった事は殺人だ。それに手を貸したお前らも共犯者だ。だからって、討つなんてのは早計だと思ってる。俺はな、救うって決めたんだ。生きて償わせる。あいつがその気になりゃ俺も付き合うさ。
 再会した時にあいつが瀕死だったとしても、絶対助ける」
「はい、ルシェも、リーベお姉さんを救いたいです。あのままなのは、悲しすぎますから……」
 キルシェの小さな指が胸の前で組まれると同時に、碧眼を決意に輝かせる。
 続くように、マイアも頷く。額中央にはめ込まれている灰色の宝石が鈍く光った。
「リーベさんについて、詳しくはないですが、助けるべきだと思います」
 彼らの言を受けて、ヴェルグリーズと武器商人が己の考えを言葉にする。
「俺は、彼女を助けたいという人がその場にいるのなら無益な殺生はしたくないかな」
「我は別離の君とはちょっと違うけど、店に被害が出ない範囲でなら……ってとこになるねぇ」
 武器商人は商人ギルド・サヨナキドリのオーナーだ。その支店は各地に及ぶ故、顔役としては従業員や店の安全を優先する。支店を出すほどの場所にまでリーベが出張ってくるとは思えないが、一応頭に入れておこうとは思った。
「彼女がどう考えているにせよ、だ」
 続いて言葉を発したのはエクスマリアで、彼女はその続きを口にする。
「私達は、生きて救う道があるならそれを選ぶよ」
 ェクセレリァスも肩をすくめ、「エクスマリアに同意だよ」と言う。
「誰かが死を選ぶなんてごめんだよ、私は」
 兵士は無言でイレギュラーズを見つめるのみで、次の言葉を発する様子はない。
 己の考えを纏め終えたイズマが口を開く。
「確かに、死によって全てを投げ捨てるのは一つの選択肢だろう。
 でも俺は、少し違う救いの形を見せたいと思う。彼女とは違う形で人を救いたい」
 青い髪によく映える赤い瞳には、己なりの決意を載せていた。
 イレギュラーズ全員の話を聞き終えた兵士は、「そうか」とだけ短く答えた後、深く頭を垂れた。
「俺も、彼女を慕って来た奴らも、リーベ様に救われた者達だ。だから、君達に頼みたい。
 どうか、リーベ様を討たないでくれ」
 その頼みに、是と頷いたのはイレギュラーズの大半で。
 兵士が胸を撫で下ろすのを気付かないまま、彼らは村人達の治療へと移動する。
 彼らがどういった事情でリーベに救われたのかなど、イレギュラーズには知らない事だ。けれど、救ってくれた相手が死んでしまう事の絶望を味わわせたくはないという思いもどこかにある。
 救うよ、と呟いたのは誰の言葉か。
 肩を軽く回し、聖霊は控えていた聖蛇アネストに声を掛ける。
「アネスト! 治療だ手伝え!!
 医療テントの設営! 患者の整列! 重症度の高い者から優先に並ばせろ! カルテの作成! 栄養剤の点滴! 薬の処方!!
 あーもう忙しい忙しい! 猫の手も借りたいな! お前は蛇だけどよ」
「……その割には、嬉しそう?」
「当たり前だろ、こんだけ死にたがってた生命救えたんだからよ、やりがいは当然あるさ」
 口角を上げて笑う彼にあるのは医師としての矜持。
 目の前に患者が居るなら助けるべきだ、という想い。
 仲間達と共に治療や食料の提供などに当たり、時には励ましたりする中、村人達からは少しずつ生気のある笑みが見られてくる。
 尤も、その笑顔の大きい理由にはエクスマリアの誘いもあっただろうが。
「マリアの領地に来るか?」
 様々な領地間での人の移動は珍しくもない。
 ェクセレリァスも移動の支援をすると申し出てくれた。
「となると、あとは移動出来るぐらいの体力を付けさせる事が大事だな」
「そこは任せとけ。
 よし決めたぞアネスト、明日から定期的にここに通うぞ! 腹ァ括れよ! お前は俺の助手兼遣い魔なんだからな!」
「マリアの領地にも来てくれるのか? それなら歓迎するぞ」
「乗りかかった船だ。やってやらぁ」
 エクスマリアとの掛け合いの横で、マリアが持ってきた物とイズマが持ってきた物を使用した料理が手早く行なわれている。料理人として立つのはイズマで、彼は配膳をキルシェや武器商人、ヴェルグリーズに頼んでいる。
「好きな食べ物や欲しい物を教えてくれたら明日持ってくる。
 ……だから、明日も生きてみようよ。
 死ぬのはもう少し後にしてさ!」
 料理しながら周りに届くような大きな声で村人達に語りかけるイズマ。
 彼の言葉に村人達は顔を見合わせると少しずつ好意的な態度を見せてくれるようになった。
 兵士達にも配られる料理。
 笑顔の見られる村人達。
 それらを見ていた聖霊の脳裏に浮かぶのは、あの時のリーベの顔。
『…………あなたが一番傲慢ね』
 そう話した時の、下げられた眉尻、薄く弧を描く唇、ほんの少し潤んだ瞳。――――寂しそうな、微笑み。
 その表情の真意を知らない。
 次に会った時、彼女にそれを問うだろうか。その時になってみないと分からない。
「アスクレピオス? どうしたんだい?」
「……いや、何でもない」
 武器商人に呼ばれて、かぶりを振る。
 ただ、今は目の前の事へ向かうのみだ。
 村人達を救うために奔走するイレギュラーズ。
 その村の中央で大きく燃え上がる炎の、その火の粉が闇に昇って消えていった。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
村人達の目を醒まさせる事には成功いたしました。
兵士達はこの後解放されましたが、再びリーベの護衛として戻るでしょう。
次にリーベ達と会う時を楽しみにお待ちください。
そういえば、最後にリーベが顔に投げた粉末は薬でもなくただの粉末茶です。
薬ではなくお茶を選択したのは、何故なんでしょうね?
MVPは、村人達に生きる気力への道筋を示した貴方へ。

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