シナリオ詳細
<昏き紅血晶>勇者志望の女の子たちと、少しだけ悲しい物語
オープニング
●紅血晶
紅血晶。それは、近頃のラサの市場を騒がせている、奇妙な石である――。
その持つ魅力は魔。有する力も魔。
引き寄せられ、手放せなくなるという魅力を持ち、そして持つものを変化させるという魔力も持つという。
さて、その『紅血晶』の調査を、イレギュラーズたちは依頼されていたわけだが――。
「シラスさん、シラスさん! これ、なしごれん、って! いうのに! 梨が入ってないよ!?」
スプーン片手に騒いでいるのは、ピンク髪の亜竜種の16歳ほどの少女だ。身の丈よりも大きな大剣を持っている様子から見れば、これでも冒険者の一人なのは間違いあるまい。
「ナシゴレンに梨は入ってねぇよ」
あきれた様子でそういうのは、シラス(p3p004421)がぼやくのへ、ピンク髪の少女――レィナは目を丸くした。
「え、じゃあ、なんでナシゴレンなの?」
きょとん、とするレィナに、「それこそ知らねぇよ、命名者に聞いてくれ」とシラスは苦笑した。
ラサの市場、その食堂である。屋台風の店の、軒先の客席。綺麗に言えばオープンテラスのレストランといったところだが、そこで腰かけていたのは、前述のとおりシラス、そして、皆亜竜種の少女たちである、レィナ、キッツェ、という少女たちだ。この二人に、ユーリィと、ネネナ、という二人を加えた四人のパーティが、勇者を志望して冒険する、ローレットの新人冒険者たち、ということになる。シラスはその引率のような役目を、情報屋から押し付けられていた。
「キッツェ、お前もそうそわそわしないで、レィナくらいに……能天気なのは問題だが。ちっとは落ち着けって」
「で、でも……」
どこかおっとりした様子のキッツェは、今はなにか、どきどきしたような様子を見せている。
「ユーリィちゃんはともかく、ネネナちゃん、情報収集とか、交渉とか、できるのでしょうか……?」
「ネネナは、青い髪の。オタクっぽい子だったな」
シラスが嘆息する。
「大丈夫だって。というか、ローレットでやってくなら、これくらいできないと後々つらいぜ? それに、ユーリィはしっかりしてる……ま、テンパると弱いけどさ。仲間を信頼しなよ。心配する気持ちはわかっても、そこは割り切ろうぜ?」
「は、はい……」
そういって、こくこくとうなづきながら、落ち着くためか水をこくりと飲み込む。シラスは嘆息した。シラスは四人のおもりを任されていたとは先ほど言ったが、その一環で、のこる二人の少女、ユーリィとネネナに、聞き込みを任せたのだ。聞き込みのあては、もちろん『紅血晶』について。無目的に走らせたわけではなく、既に紅血晶を取り扱ったという情報のある商人への対処だ。別に悪人というわけではなく、血晶の魔に食われているわけでもない。むしろ、協力的な商人だったから、お使いさせるにちょうどいいだろう、という判断だ。
「ねぇねぇ、きみ。ナシゴレン食べたいの? ナシ入ってないけど」
レィナがそういうのへ、シラスとキッツェが視線を移した。そこには、いささか薄汚れた衣装を着た、獣種の子供がいて、レィナに近寄っていた。
「物乞いか。レィナ、相手にするな」
シラスが言った。
「えー。でも、おなかすいてるみたいだよ?」
「心がけは立派だがな。そのガキのお世話を一生するつもりか?
そうじゃないならやめろ。そいつにはそいつの世界があって、俺達の小さな気まぐれで変えられるようなものじゃないんだ」
それは、正しく大人の意見だった。シラスは、彼のような物乞いの生活がどのようなものかを知っている。
仮に今、一時の腹を満たしたところでなんになる。彼は本格的に物乞いを覚えるかもしれない。そうでないにしても、例えば食べ物を恵んでやったことで、ほかの物乞いのやっかみをかって、いじめ殺される可能性だってあるのだ。
あの世界はシビアだ。でも、まだまだ子供のレィナには、シラスの対応はひどく冷たく見えた。
「えー、シラスさん、ひどいよ! ほらほら、おいしいよ、ナシゴレン。梨入ってないけど!」
レィナのそれも優しさだったかもしれない。レィナが獣種の少年にスプーンと、小皿を渡した。少年はそれをひったくる様に奪い取ると、その場でがつがつと食べ始めた。いいのでしょうか、という意味合いの視線を、キッツェが送った。ほっとけ、とシラスは視線を返した。どうせもう、会うことはない。こいつはいいことをしたと思い込んで生きていく。それが崩れないことが大切だろう。
「……ありがと」
すっかり皿をからにした獣種の少年が、レィナに笑いかけた。
「いいよー。お金はシラスさんが出してくれたんだから、シラスさんにお礼してね」
「……そういや俺の奢りだったな……」
くそ、と舌打ち一つ。
「さっさと行きな。もう用はないだろ」
邪険にするシラスに、獣種の少年はぺこりと礼を言って、去っていく。その『歩き方』に、何かシラスは違和感を覚えた。何か、なんだ……? 妙な動き方だ、と、シラスは直感していた。
「おい、ガキ――」
そう立ち会がたった刹那、
「たいへんっす!」
と、声が上がったので、そちらのほうを見やる。そこには、青髪の亜竜種の少女、ネネナと、黒髪の亜竜種の少女、ユーリィの姿があった。
「し、シラス先輩! その、商人さんなのですけど!」
はぁはぁと息を切らせて、ユーリィが続ける。
「盗まれてしまったらしいの! 確保していた紅血晶!」
「なんだと?」
シラスが声を上げた。レィナとキッツェも、目を丸くする。
「保管庫に、泥棒が入ったらしいっす! なんか、この辺にすりの子供がいて、そいつなんじゃないかって……!」
「あ!」
シラスが声を上げた。
「クソ! こいつらのホンワカに、俺も毒されたてたか……!」
その時、シラスは先ほどの違和感に気付いた。『あの、獣種の子供の動き』。あれは、すり特有の、探るような動きではなかったか。
「お前ら、さっきのガキを探すぞ!」
「さっきの?」
ネネナが首をかしげるのへ、シラスは「ああ」とめんどくさそうにうめいた。
「状況は探しながら伝えるが、とにかく獣種のガキがさっきここにいた! そいつがたぶん、下手人だ!
ついでにレィナ!」
「う、うん!」
「財布なくしてないか調べろ!」
「え、なんで――え、ない!? なんで!?」
レィナが目を丸くした。
「おかあさん」
獣種の子供――先ほど、シラスたちに接触した、すりの少年であるのは間違いなかった。少しだけ罪悪感を覚えながら、少年が子供っぽい財布を懐から取り出した。レィナ、と名前の書かれた財布だ。それを握りしめ、
「……これは、かえしても、いいかな」
そういう。少年の目の前には、獣種の女性が寝ていた。く、く、と苦し気に息をしていた。病だろうか。少年の言葉を、母親は聞いてはいないだろう。おそらくは、ひどく、病状が進行している。死の淵にいるのだろう。彼女を助けることは、きっとできまい。
「……ごめんね。優しいおねえちゃんたちだったから」
そういって、懐に財布をしまい込んだ。それから、別のポケットから、『紅血晶』を取り出した。
「これ、魔法の石なんだって。噂になってた……お母さんの病気、きっと治せるよね……」
そういって、母の胸に、紅血晶を置いてやった。
その水晶が、怪しく光った。その途端、まるで生命力の失せた母親の肉体を奪い取るかのように、血晶はその肉体に食い込んだ。べきべきと体を侵食し、その四肢を、肉体を、結晶に変化させる――。
「おかあさん……!?」
獣種の少年が叫んだ。同時に、ぱっ、と、母は目を開けた。
「テレン……?」
母が、声をかけた。少年の名を、呼んだ。
「もっと……もっと欲しいの……石が……この石が……」
うつろな瞳でそういう母に、人の石はもはや感じられなかった。でも、少年にとっては……テレンにとっては、奇跡が起きたことに間違いなかった――。
「くそ、あそこだ!」
シラスが叫ぶ。突き止めた少年(テレン)とかいうらしいは、貧しい家の出で、特に病の母を抱えて何とか生活していたそうだ。それが生活苦故にすりに落ちるなどは、シラスは腐るほど類似の話を聞いていたが――。
「その腐るほどの話が、ビンゴになっちまうとはな……!」
「どど、どうしようシラスさん!」
レィナが声を上げる。
「もし、あの子が、『晶獣(キレスファルゥ)』になっちゃったら……!」
晶獣。紅血晶の力により生命が変異した『怪物』である。初期段階なら救出できるが、より浸食が進めが、殺すしかなくなる。
「……」
シラスは答えなかった。殺すしかない。そう、目の前のキラキラした馬鹿なガキに伝えられないほどの情は、あった。
「とにかく、行くぞ」
そういって、シラスは合流したほかの仲間たちに目配せする。イレギュラーズの仲間たちは、その『覚悟』を抱いていた。
そして、テレン親子の住む家に、一行はたどり着く――。
- <昏き紅血晶>勇者志望の女の子たちと、少しだけ悲しい物語完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●おやこ
イレギュラーズたちが、現場に到着する直前……それまでに想像していた悲劇があるとするならば、それは『テレンという少年が晶獣になってしまう』という悲劇だった。
だが……現実はもう少しねじくれていて、もう少し悪意に満ちていた。
踏み入った現場で、イレギュラーズたちは状況を察した。
『テレンという少年には、寝たきりの母親がいた』。
なれば――。
「て、テレン君、だよね!」
レィナが叫んだ。
「は、離れて! 危ないよ!」
そういうレィナのことを、イレギュラーズたちは抑えられなかった。レィナは何もわかっていないのだろうか? いいや、きっとわかっているのだろう。
テレン少年の傍にいる、水晶の化け物が、それが、かつてテレンが母だと呼んでいた存在なのだと――。
理解できないわけがなかった。
「さっきのおねえちゃん」
テレンが言う。
「ごめん、財布を返そうと思ってて」
「そ、そんなの良いから、早く――」
その言葉を遮ったのは、『おかあさん』であり、『竜剣』シラス(p3p004421)であった。
おかあさんは――、
「テレン、石が、もっと石が欲しいの」
そう言い――。
シラスは――、
「頭を切り替えろ」
そう、言った。
「救えるものと救えないものを切り分けろ。勇者志望なんだろ、お前らは」
「けど……!」
わかっている。
世界が時に、理不尽を突きつけることを理解している。
だから、それ以上の反論はできなかった。
「石、石を、ちょうだい」
お母さんが言った。その体が、ぱきぱきと励起するように、光を放つ。その石の輝きに見せられたように、周囲にバチバチと、光が巻き起こり異変が起こった。そのバチバチという衝撃の中から、無数の水晶――アマ・デトワールが発生する。
「いいな、四人とも。あの、新しく出てきたやつを頼む。20秒でいい、抑えていてくれ。
ゼファー、四人の手伝い、頼めるか?」
「オーケイ。やりましょ」
『狼子』ゼファー(p3p007625)が静かにうなづく。
「マルク、あなたもお願い。指揮は得意でしょ?」
そういって見せるゼファーに、『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)はうなづいた。
「勿論。皆、頼むよ。君たちなら、できる仕事だ」
そういうマルクに、四人娘はバラバラにうなづいた。そのバラバラさが、彼女たちが事態を飲み込むのに要したそれぞれの時間を現しているような気がした。
「シラスさん」
レィナが言う。
「お願い……!」
そういった。願い。なんの願いだろうか。助けて、だろうか。楽にしてあげて、だろうか。それとも、その全部だろうか。
「善処する。お前も、背中は頼む」
シラスはそういった。
「は――っ」
静かに、『忠犬』すずな(p3p005307)は息を吐いた。覚悟はしているつもりだった。あるいは――少年が意識を失い、怪物となって襲い掛かってきてくれた方が、ずっと、ずっと、マシだったかもしれない。
「どうして」
テレンが言う。
「剣を向けるの?! お母さん、やっと元気になったんだ!」
叫ぶ。すずなの胸に、それは鋭い刀の様に突き刺さった。
「それは」
マルクが言う。
「もうその人は君の『おかあさん』じゃない! 離れるんだ!」
「ちがう! ちがうもん! ようやく元気になって、起き上がれたんだから!」
涙がにじむ。叫びが、ナイフのようにイレギュラーズたちの心をえぐる。
少年もわかっている。わかっているはずなのだ。自分が、母を変えてしまったのではないかという絶望。僅かに、生きてくれればという希望。あらゆるものがない混ざって、テレンにこのような言葉をあげさせ、このような表情をさせている。
「すずな」
『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が、声をかけた。
「すずな」
多くは語らない。名前を呼ぶ。それだけでいい。伝わるか、伝わらないかではない。どう受け取るかだ。背中を押すように聞こえただろうか。あるいは、退いてもいい、と聞こえただろうか。
「はい」
だから、すずなも、そうとだけ言った。
「……はい……!」
そう、言って。刃を構える。
「私がテレンを抑える」
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が、そう言った。
「頼むぞ。頼む。せめて、せめて――」
「ええ」
小夜が、うなづいた。
「覚悟はできてるはずだ」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が、そううなづいた。
「そう……確認しあったはずだ。やるしかない。
たとえ、テレン少年に恨まれるとしても――私は、彼女に手心を加えるつもりはない。それが、最善だ」
「ああ。むしろここで狼狽え、子供をも変化させてしまうことの方が、悲劇だ」
『努々隙無く』アルトゥライネル(p3p008166)は、そういった。その通りだろう。すでに起こってしまった現実は変えられないのならば、その悲劇がさらなる魔手を伸ばすことを、止めなければならないのだ。
「……あの四人娘に手本を見せるというのならば、やって見せるさ。
行くぞ、皆」
アルトゥライネルの言葉に、皆はうなづいた。
武器を手に取る。
悲劇の中の、最善を手にするために。
●おかあさんと、現実と
「やめて! おかあさんなんだよ!? おかあさんを、傷つけないで!」
テレンがさけぶ――その言葉が、まるで魔力を持った呪いの言葉の様に、イレギュラーズたちの体にのしかかる。あるいは本当に、それは魔力のこもった呪いなのかもしれない。紅血晶が、己を守るために……魅了したおやこに、力を与えたのかもしれない。
「気に入らんな……!!」
汰磨羈が吠えた。妖刀を構える。一気に、みねを振り下ろした。テレンはまるで、反応したかのように、ナイフでその斬撃を受け止めた。大人のような膂力は、紅血晶の与えた魔力によるものである。
「御主の母はもう、人には戻れぬ。このまま、母の手で周りの人々を殺させるつもりか!」
「お母さんが、たすかるならそれでもいい!」
テレンが叫んだ。
「だれも、だれも、たすけてくれなかったんだ! そんな人たちが、どうなっても……!」
「うそを言うなよ。そんな拗ねたやつが、レィナに財布を返そうなどというものか」
アルトゥライネルが声を上げた。
「わかっているのだろう。あの石の力を、母親が人ではなくなる瞬間を、オマエは見たはずだ。全身が冒されれば病なんかよりタチが悪い。
身も心も堕ちればもう生きているとは言えない、周りを襲う化け物だ。そうなれば俺達に出来るのは殺して楽にしてやることだけだ」
「だって……立ってくれたんだ。また名前を呼んでくれたんだ……!」
振るうナイフの刃は、汰磨羈が抑え込んだ。汰磨羈の手がしびれるほどの、衝撃。膂力。このまま暴れるに任せていては、おそらく彼の身が持つまい――!
「貴方は優しい人です。御母上を救おうと、頑張った……!」
すずなが、たまらずに叫んだ。
「でも、頼ったものが悪かった。此の侭では、貴方まで戻れなくなってしまう!
そんな事を、貴方の御母上が望むと思いますか!?」
ぱちぱちと、爪の先が、水晶へと変化していくのを、テレンが自覚する。
「いいんだ、おかあさんと、お母さんと一緒になれるなら……!」
「いいわけが、ない……!」
すずなが、吠えるように、泣くように、さけんだ。
「いいわけが、ないでしょう……!?」
その叫びに、テレンがわずかに、身を竦ませた。
しかられていた。
憎悪や怒気による、それではなく。
おそらく、悲しみと、愛を伝えるための。
「このままでは、御主も化け物となる。それを御主の母が望むとは思えん。
――生きて、私を恨むがいい」
隙を突く形で、汰磨羈はテレンの体に、一撃を加えた。死なずの、慈悲の一撃が、彼の命ではなく意識を一時的に刈り取っていた。
「おかあさん、やだ、死なないで……」
静かにそうつぶやいて、テレンの意識が途絶える。
「アルトゥライネル! 念のため監視を頼む! 私はこのままテレンを外に連れ出す!」
「任せろ。万が一は絶対に起こさせない」
アルトゥライネルがうなづいた。一方で、アマ・デトワールと対峙していた四人娘、特にレィナは、どこか精彩を欠いた戦いをしているように感じられた。大剣に上手く力が入らないような気がする。振り下ろされた斬撃が、アマ・デトワールの硬質の水晶に当たり、弾かれた。あっ、と声を上げる刹那、隙をついた反撃が、レィナに迫る――。
「――」
ふ、と息を吐きながら、突き出された槍が、レィナの危機を救った。ゼファーだった。アマ・デトワールを破砕した槍を振るいつつ、背中合わせにレィナに立つ。
「あ、ありがとう――」
レィナがそういうのへ、静かにうなづく。
あえて、言葉はかけない。背中を任せた。その事実だけで、レィナに、四人娘に、戦に集中させる。下手に鼓舞する必要も、炊きつけたりする必要もないと考えていた。この心にどう向き合うかは、彼女たち次第なのだ。
「ゼファー、引き続きみんなのサポートを頼むよ!」
マルクが言った。
「レィナは前に出て敵を惹きつけるんだ!
ネネナ、ユーリィ、キッツェは広報から援護!
レィナの攻撃した個体を狙って火力を集めて! 連携を崩さなければ、君達は勝てる!」
「は、はい!」
ユーリィが返事をして、銃を構える。果たして指示通りに彼女たちが動けば、まさにマルクの言葉通りに、一体一体、確実に敵は減じていった。ゼファーもそれを手助けして、アマ・デトワールはかなりのペースで消滅していく。
「さすがね。訓練教官とか向いてるんじゃない?」
ゼファーが言うのへ、マルクが苦笑した。
「柄じゃないな……それに、彼女たちの本当の戦いはこれからで……僕はそれに、助言する言葉を持たないよ」
そういう。今は意図的に、目の前に集中させていた。だから、悲劇を見るのだとしたら、この戦いがすっかり終わった後になる。そのあとに、彼女たちがどのように今回の事件に向き合うのかは、マルクにだってわからないことであったし、導く言葉などと烏滸がましいことを言うつもりもない。
「……結局。少しだけ悲しい物語には、自分たちの力で立ち向かうしかないんだ……」
そういってわずかに目を伏せるマルクに、ゼファーはうなづいた。
「……そうね。私たちは、その手助けができれば、ね」
そういうゼファーであったが、ゼファーとしては、今回の件の黒幕……つまり、紅血晶をばらまいた存在への怒りは、確かに燃え盛っているように感じていた。それを、いつも通りを装って、周囲に悟らせないようにはしていたが、それでも、仲間たちには、マルクには、ゼファーのうちに燃える、風のような怒りを感じずにはいられなかった。
「……戦おう。今は」
マルクの言葉に、ゼファーはうなづいた。結局は、そうすることしかできなかった。ゼファーも、マルクも。
「石を……石を!」
ガラガラと壊れた声で叫ぶ『おかあさん』の一撃を、ゼフィラは霊刀で受け止めた。強烈な打撃が、衝撃が、体を駆け巡った。
「っつ……! とんでもない威力だね。
もとは病人だというのに、変化すればこうも変わってしまうのか……!」
ゼフィラは霊刀を振るい、『おかあさん』の晶片を斬り飛ばした。キラキラとした輝きが、命を削るようで悲しく零れ落ちる。ゼフィラは斬撃を加えつつ、後退。
「気を付けて。一筋縄ではいかないようだ」
「ええ、もちろん」
小夜が、そううなづいた。対峙する。刃。正眼に構える。
「あなたの姿は見えないけれど」
小夜が言った。
「あなたの心は見えるつもりよ。
きっと、きっと、あの子のことを心配しているのでしょう」
「石、を」
「あなたが呼ぶのは、石ではないわ。
あなたが呼ぶのは、あの子なのでしょう。
だから、あなたの声を、これ以上、騙らせない。
だから、あなたの心を、これ以上、騙らせない」
す、と、刃が流れた。一足! 斬撃! きぃ、と甲高い音を立てて、刃が晶を裂く。一刀!
「あ――ああっ!!」
お母さんが叫んだ。痛み――いや、あるいは反射か。
「嫌な音だね。テレンが気絶していて助かった」
わずかにゼフィラが顔をしかめた。なんとも悪趣味な現実だ。すずなが、わずかに息をのんだ。刃が震えるような気がした。いや、震えているのは、自分の手かもしれない。
「――――っ!」
乱れた呼気とともに、鈴奈は刃を振り下ろす。斬撃は、小夜のそれと同じように晶を裂いてはくれなかった。迷い。そういうものが、刃を曇らせることは往々にしてある。すずなはそれが、自らの手に起きたことが、なんとも信じがたく感じていた。
「私は――」
「無理しないでいい」
シラスが言った。
「こういう汚れ役はな。いいさ。俺みたいなやつで充分だ」
覚悟はできてるな。そう、視線で問いかけた気がした。
皆はうなづいたのだ。
そう、問いかけた自分が――。
世界の嫌な景色をしっかりと知っている自分が――。
こんなもので、立ち止まっていてはいけないのだと。
シラスが、静かに構えた。その手に、雷がほとばしる。
「20秒、耐えてくれって言ったな。あいつらは約束を守った。まだ守ってる。俺も守らないとな」
球雷が、宙を走った。ぢぢぢ、とそれは鳴いた。あるいは、泣いたのかもしれない。
走るそれが、お母さんの体を、中心からぶち抜いた。ばぐ、と、音が鳴った。なったのかもしれない。あるいは聞こえなかったかも。
一瞬のように感じた。実際には、そんなの瞬間的な出来事ではなかった。ばぢん、ばぢん、と、球雷はおかあさんを焼いた。いや、その体を覆う悪意を焼いた。
「テレン」
そう、言った。
『お母さん』の声だった。
「ごめんね。どうか幸せに」
ばぢん、と、水晶が砕けた。ばぢばぢと、球雷は、晶を砕いた。最後に、ことん、と、赤い結晶がおちた。紅血晶。シラスは、それを力強く踏みつけた。すでにダメージを受けてボロボロだったそれは、あまりにもあっけなく、砕けて粉々になった。
「――っ」
息を吐いた。何もかもを吐き出したいような思いだった。
●すこしだけ、悲しく
「……端的に、状況だけ説明する」
アルトゥライネルが、目覚めたテレンにそういった。
「まず……オマエが盗み出したのは、紅血晶。持つものを化け物に変える、そういう、呪われた石だ」
「僕が」
テレンが、ぼんやりといった。
「お母さんを?」
「そうだ。オマエが、変えてしまった。
善も悪も巡り巡って自分へ返るものだ。知らなかったことだろうと、生きるためにやったことだろうと、例外は無い。
……理解しろとも、許せとも言わないが、事実からは目を背けるな、耳を塞ぐな」
はっ、はっ、とテレンは浅い呼吸を繰り返した。目じりに、涙が浮かんでいる。
「ぼくが、殺した」
「殺したのは、俺だ」
シラスが言った。
「私たち、よ」
小夜が訂正する。
「私たちが、殺した。終わらせた。それは事実よ。
御母堂は――最後にこう言ったわ。
ごめんね。どうか幸せに、と。
これだけは言わせて頂戴、テレン、貴方に責はないわ。
ここに居る、誰にも、そんなものはないのよ」
ああ、うう、と、言葉にならない声を、テレンはあげた。そうせざるを、得なかった。誰も責はない、というその言葉が正しいのだと、頭は理解していたが、感情が納得いかなかうて、そう、うめくことしかできなかった。
「……キミが要らん罪悪感を抱く必要はないよ。誰が悪いかと言えば、こんなものを流出させている連中に他ならないのだから。
それに……息子が自分のためにしてくれたことを、恨む母親などいないさ」
ゼフィラが言う。きっと、そうだ。それは、間違いはないだろう。
「……感情の整理がつかないなら、私を恨め。私を憎め」
汰磨羈が言った。
「まずは生きて、それから考えろ……何が、原因だったのか。なにゆえに、こうなったのかを」
「救いようがねえな」
シラスが、つぶやく。
「救いようがねぇよ、こんな世界。
……でもな。スリをしてなかったら、お前も母ちゃんもずっと前に野垂れ死んでるよ。
お前は何も間違っちゃいない、精一杯やった」
そう思わなきゃ、やってられない、というように、シラスが、そういう。テレンに、感情の整理はすぐにつくまい。それは、四人娘も同じだった。
「自分たちが、もっとはやく聞き込みに行ってれば」
ネネナが言った。
「まにあった、っすか?」
泣きそうだった。
「そうじゃないよ」
マルクが優しく言う。
「そうじゃないさ。小夜さんも言っただろう。ここにいる誰にも、責はない。皆もそうだ。
元凶は、紅血晶(こんなもの)をラサに撒き散らした誰かだよ。その黒幕は、必ず突き止める」
「うう」
レィナが、泣きそうな声で、そう、唸った。言葉にできなかった。初めて、冒険者として、無力を感じていた。
「私は」
すずながいう。
「覚悟はできていると思っていました。うなづいた……はずだったのに……」
震えを思い出す。刃に伝わるほどの、ひどい震え。わたしのてからうまれたふるえ。
「それは、本当の覚悟だったのでしょうか? 私は、どうしたら……」
「誰だって屹度、こんなの直ぐに受け止められるものではないわ。
だからすずな。時間に任せる他にないのよ」
それしか、ない。
ゼファーはそういった。
物語は閉じる。
作戦は成功として。
けれど、皆の心に、何かを残して――。
物語は、閉じる。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
救えないものはあれど。
救えたものは確かにあり。
少年は、今は施設に預けられ、感情と現実のおりあいをつけようとたたかっています。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
救えるものも、まだあるはずです。
●成功条件
『おかあさん』の完全撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●状況
皆さんの後輩にあたる、亜竜種のローレット新人娘四人とともに、紅血晶の情報収集を行っていた皆さん。
紅血晶を仕入れたという商人に話を聞こうとしたところ、とあるすりの少年に、血晶を盗まれてしまったらしいのです。
そこで皆さんは、すりの少年、テレンの家に向かいます。
そこでは、既に晶獣と化してしまった母親と、母を守ろうとするテレンに遭遇するのでした。
作戦結構タイミングは昼。舞台はテレンの家ですがゲーム的な都合で十分以上に広く、戦闘には何ら影響しないものとします。
●エネミーデータ
アマ・デトワール ×8
晶獣が誕生する際に、副産物的に生まれる魔物のような生命体です。キラキラした水晶のような形をしています。
宙に浮いて、光の矢などの簡易な神秘攻撃を行ってきます。
数は多めですが、後述の亜竜種四人娘でも対応が可能なので、いっそ任せてみるのもいいかもしれません。
晶獣『おかあさん』 ×1
紅血晶と呼ばれる石に侵食され、怪物になってしまった人間です。特に『プレヌ・リュンヌ』と呼ばれる、完全変化状態であり、体のほとんどは水晶に置き換えられ、人間としての意志はなくなっています。殺すしかありません。
非常に強力な腕力による物理攻撃、体の水晶を砕いて、嵐のように打ち出す遠距離攻撃などを備えています。
出血系列のBSを同時に付与してくることもあり、長期戦になるとじり貧です。一気に倒しましょう。
テレン ×1
獣種の少年です。紅血晶の影響を受けているせいか、少々子供にしては大人くらいに強くなっています。ただし、体は結晶化していないので、まだまだ助け出せます。が、生死は特に問いません。邪魔なら殺しても。
基本的に、ナイフを用いた近接攻撃を行います。また、以下の特殊スキルを毎ターン開始時に使います。
スキル名:母を呼ぶ声
毎ターン開始時に、『お母さんを殺さないで!』とイレギュラーズたちに叫びます。
このターン発生する、イレギュラーズの命中判定に少々のマイナスが発生します。
●味方NPC
亜竜種四人娘
剣士タイプであるレィナ、狙撃手であるユーリィ、魔法使いであるネネナ、回復士であるキッツェ、の四人です。
皆さんに比べて半人前もいい所ですが、アマ・デトワールの相手くらいならできるでしょう。
レィナはEXF高めで盾役も可能。ネネナはちょっとだけ死霊魔術を会得しており、霊魂疎通(弱)を使えたりします。
ユーリィは素直な銃を持ったスナイパータイプ。キッツェも同様に回復タイプです。
以上となります。
それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。
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