PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<腐実の王国>prayer rope

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「さて、此処か」
 眼鏡を掛けた青年の傍には真白のコートに身を包んだ少年が立っていた。
「アド……ええと」
 少年に呼び掛けようとし、青年は口を噤む。そう言えば『彼の名前』は何だったか。
 フードを目深に被って居た少年は「アーノルドと呼んで下さい」と恭しくも青年に告げた。
「それで、貴方のことはなんと?」
「何時も通り、ティルスで頼むよ」
 ティルスは商人だ。世界を股に掛け、日々を探索に当てている。天義には暫く腰を落ち着けていたが鉄帝国の動乱の事やラサに出回っている紅血晶が気に掛かり、このエル・トゥルルから船で幻想国に渡りラサへ向かう旅路の途中だ。
 アーノルドと名乗った少年はティルスの付き人であった。
 まだ15にも満たぬ程度にも見えた外見。だが、礼節を弁えている辺りは恐らくは出自は良いのだろう。
 敬虔なる信徒であることを思わせるようにエル・トゥルルを『巡礼の都』と認識しやって来た。
 現在のエル・トゥルル八草のような状況とは言えず喧噪に溢れかえっているが――さて。
「ティルス様、聖遺物が燃えたらしいですが?」
「それならば、其方も見て行こうか」
 ティルスに付き従いながらアーノルドはゆっくりとエル・トゥルルの姿を眺めた。
 人々は狂って居る。狂い、殺し合い、そして何かを憎み合う。『滅び』を前にした人の浅ましさを見ているかのようだ。
「……これだから人は」
 ぼやくアーノルドに「行けないよ、その様な事を言っては」と穏やかにティルスは告げた。
 商人であるティルスは顧客を色眼鏡では見てはいけないとアーノルドに教える。彼の将来のためにも先入観で顧客を失うことは避けたい、と言うことだろうか。
 だが、彼等の様子は旅支度をした小さな鞄のみを有していれば旅の商人と言うよりも、唯の旅行者だ。
 付き従うアーノルドとて小さな鞄一つのみを手にしている。彼は背後の『気配』に「静かに」と囁いてから、足を止めた。
「ティルス様、どうやら一般市民が此方を妨害しそうですが、どうしますか。……『悪魔』の力を借りても?」
「ああ、君はそうだったね。いいや、アーノルド。こういう時は素敵な知り合いがいて――」
 ティルスはくるりと振り返ってから、ほらと笑った。
「君が来てくれるとは嬉しいな。久しぶりだね、アリア」
 アーノルドは振り返ってからティルスと彼女の姿を見比べた。
 その鮮やかなラベンダーの長髪。天義で活動するイレギュラーズとして――『アドラステイアに関わっていた存在として』――アーノルドは彼女をよく知っている。
 彼女はアーリア・スピリッツ(p3p004400)だ。
「……知り合い、ですか?」
「ああ、ちょっとしたね。アリア、申し訳ないのだが手を貸して貰っても?
 イレギュラーズ……ローレットの一員である君にこんな頼み事をして申し訳ない。君は女性なのに……」
 ティルスの穏やかな声音にアーリアは掠れた声で「え、ええ」と返した。
 アーリア・スピリッツはティルスという男に『口外できぬ感情』を感じている。
 アーリアのルーツ。
 天義と鉄帝の山麓に生まれた彼女が、女手一つで育ててくれた母が海洋王国で出会った『再婚相手』に初めての恋心を抱くまでの『甘く幼い』思い出。
 女が初恋の人の面影を男に重ねていたからこそ、妙な反応をしたのだ。どうしようもないほどに、彼は『素敵な人』だったから。
「任せて頂戴。貴方は、その……商人、だものね?」
「……そうなんだ、ごめんね、アリア。君に迷惑を掛ける」
 ――目の前の者達を出来るだけ傷付けないように。
 そう告げる青年の優しさにアーリアは唇をぎゅうと噛んでから頷いた。

 聖遺物が燃えた。偽の預言だと冒涜する声が上がった。天義の街に落ちた不吉な気配が包み込む。
 エル・トゥルルの街に訪れた商人ティルスと付き人アーノルドはよそよそしく、『商人らしからぬ』雰囲気だ。
 だが、アーリアは既知であると言う彼等は商人と唯の拾い子だと仲間達に告げた。
「あの人達を襲おうとする狂った人達をどうにかしなくっちゃならないわ。
 それに、影の天使まで居るもの。一般人を護る事も、重要な使命だし、罪のない者同士が傷付け合うのだって……」
 唇が震える。
 ティルスに対して誰もが感じる違和感をアーリアは見て見ぬ振りをする。
 初恋を、幼い恋心を直隠しにして、彼を早く幻想王国に渡らせてやらねばとアーリアはぎこちなく笑う。
「助けて、あげましょう……?」

GMコメント

●成功条件
 ティルス&アーノルドを無事に出航させる

●エル・トゥルルの港
 天義のヴィンテント海域に面している美しい白亜の街、エル・トゥルル。
 巡礼の旅で聖人が訪れたとされる由緒正しき場所です。中央部には『ガレサヤ・ピレア大聖堂』が存在し、聖遺物である『啓示の書の切れ端』が存在していました。
 その幻想王国に向けての船が出る港です。狂った住民達が暴走しているほか、影の天使達の姿も見えます。
 どうやら聖職者の一人が聖遺物の一つを有しているようで、それが狂気を伝播させているようです。

●狂った『聖職者』
 聖遺物となるメダルを首から提げた聖職者です。メダルは毒を孕み、焦げた跡が見えます。
 非常に強力な力を有しているのか一般人らしからぬ耐久力と膂力で周囲を傷付けます。
 何かに洗脳されたように『聖女様の為だ』を繰り返しています。どうやら聖遺物の影響です。
 何故かティルスとアーノルドには近付きません。……不思議ですね?

●狂った住民達(数不明)
 港に集結し始めた住民達です。とても数が多く、聖職者のメダルが破壊されるまでは次々に影響を受けて遣ってくるようです。
 聖職者を護るような動きを見せることが多いです。また、ティルスとアーノルドも攻撃の対象にしてきます。
 彼等は狂気に触れているだけであり、見境なく周囲を攻撃します。

●『影の天使』10体
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。
 ですが、これはベアトリーチェの断片ではないため不滅でもなく、倒す事で消滅をするようです。
 何故か街の中に居ます。<獣のしるし>の時と比べれば、人間味が溢れてきました。
 ティルスにのみ攻撃を仕掛けません。不思議ですね。

●護衛対象
 ・『商人』ティルス
  アーリアさんの初恋の人に良く似た青年。人当たりが良く優しげ。世界を股に掛ける商人、を自称しています。
  何やら疑わしい雰囲気にも思えますが友好的な存在であるのは確かです。護ってあげて下さい。
  戦闘能力はないと彼は自称しております。メダルが破壊された後に安全を確認すれば出航していきます。

 ・『孤児』アーノルド
  ティルスが連れ歩いている少年。フードを目深に被って居ますが、声に聞き覚えが在る人も居るかもしれません。
  アドラステイアの聖銃士にも良く似ていますが彼に聞いても別人だとはぐらかすでしょう。
  ティルスに付き従っており、非常に穏やかな気質にも思えます。怯えた様子を見せティルスの後ろに隠れます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <腐実の王国>prayer rope完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ


 エル・トゥルルの港町に発っていた青年を見て『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)の浮かべた表情は何とも表現しがたいものであった。
 アリアと彼女に呼び掛ける優しい人。その声が胸を擽り、仕草や表情を見るだけでもどうしようもなく息詰まった。
 アーリアの本来の名を知っていて、その名前を呼ぶ人が居る。今はもう『アーリア』になってしまった彼女の前に立っているその人はあまりにも――あまりにも似ていたから。
 忘れてしまった恋慕を追掛けるように。コレが恋ではないと分かるけれど、それでも、後ろ髪を引いたのはその面影であった。
「アリア」
 ティルスは穏やかな声音でアーリアに微笑んだ。その傍では不遜な表情をした彼の付き人アーノルドが立っている。
「彼もアドラステイアの…………よかった、無事だったのですね」
 アーノルドに穏やかに微笑んだ『肉壁バトラー』彼者誰(p3p004449)。あの都市の崩壊をその目で視た後ではあるが、アドラステイアの子供達がどうなったのか、その後の環境については気に掛けていた。
「……勿論」
 意味ありげに微笑んだアーノルドは多くは語るまい。不景気な顔をした子供だとも『暴食の黒』恋屍・愛無(p3p007296)は感じていたことだろう。
「よし、子供。お前にチョコレートをやろう。細かい謂れは忘れたが、世の中はらぶあんどぴーすだからな」
「ありがとう、美味しく頂くよ」
 アーノルドは身に纏っていた外套の下から白い指先をそっと差し出した。チョコレートを手渡している愛無の様子を見詰めて『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は首を捻った。
(噂に聞いてたけど、一度だけ関わったことのある『デモンサマナー』? ……彼にちょっとだけ、似てるって噂なんだよね)
 彼者誰や愛無が心配や気配りを行なうべき相手であるのか、それとも彼自身がアドラステイアの根幹に関わっていた『子供の様な外見』の悪しき存在であるかは焔には判別はつきやしない。
「うーん? うん……なんだかちょっと変な感じもするけど……」
 それでも力無い普通の人間だというならば護ってやらねばならないだろう。
 手を貸して欲しいと申し訳なさそうに眉を寄せたティルスに「ええ」とアーリアは頷いた。体が勝手に動き出しそうになったのだ。
 仕方が無い。彼はただの商人で、商いの旅に不都合があるのだ。助けてやらねばこの異形の都で命を落としてしまう可能性さえある。
(アーリア君が見たことない顔をしている。この男が出てきてからという事は、きっと此奴は悪い奴だな。
 ……食べていい奴だな。でも何か訳ありそうだからやめておこう。僕は空気も読める怪生物)
 うんうんと頷いた愛無は『アーリアの表情が曇った理由』が彼で、ヴィランだと認識しようとも彼女がそうでは無いと認識しているならばそれは心の奥底に秘めておこうと考えた。
 憂う表情も美しいのがアーリアという女だが、それでも――と考えてから下手な勘ぐりはこの場には似合わぬかと『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は首を振った。アーリアには借りがある。その銀弾を放った大舞台で彼女は手を貸してくれたのだ。
「ティルスさんとアーノルドさんは、どうぞ大船に乗ったつもりでご安心を。……おっと、乗船はこれからでしたか」
「ああ。そうなんだ。けれども、幻想も、ラサも少し一悶着あるようで、その場合は下船して何処かに向かうよ」
 穏やかに旅の予定を語るティルスを見、一言でも言葉を紡ぐ度にアーリアの表情が変化する事に『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は気付いた。
(……ま、胡散臭い男なんて掃いて捨てるほどにいるしな。
 それにオーダーはある意味で単調だ。殺しちゃいけない民間人は多いが……消せばいい敵は少ない、か)
 速攻勝負を仕掛けるには此度の戦場は丁度良いとマニエラは『Black burn boots re.act』を稼働させた。呪殺の紋章を宙に奔らせて『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は「よし!」と声を張った。
「この混乱の中、アーリアさんの知り合いが助けを求めてるんでしょう?
 ならわたし達がやることは決まっているわ。だから大丈夫よ、アーリアさん……アーリアさん?」
「え、あ、え、ええ、そうね……?」
 どうしたことか、彼女はただ、ただ、ティルスばかりをみているのだから。『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)はアーリアの方をぽん、と叩いてから生命力を動力に、外部軌道を稼働させる。
「ふぅん……ティルスとアーノルド、アーリアとなんかあるみたいね……。
 ま、アタシはアタシの仕事をするとしようか。アーリア、後で一杯奢るから話聞かせなさいよぉ?」
「えぇ、勿論……ってコルネリアちゃん、あんまり高くない店にして頂戴よ!?」
 何時も通りのコルネリアに漸く一心地を着いてからアーリアはアーノルドに目配せし微笑んだ。目の前の少年が些か気まずそうに視線を逸らせる。
「人見知りをするのでね」と穏やかに微笑んだ彼。アーリアは背筋を伸ばしてから一言告げた。
「私が護るから、ね」
 ――今度こそ、と紡ぎ掛けた唇は言葉を解いた。この人は『おとうさん』じゃないのに。
 どうしようもなく心が、揺れる。揺らぐ。ほつれて、身動きも取れなくなってしまう。


 美しき潮騒の響く白亜の港、エル・トゥルル。その場所に蔓延る狂気から遁れるように外套で顔を隠したアーノルドがティルスの背に隠れる。
 港までの最短ルートを確認していた愛無は「此方から行こう」と静かに声を掛ける。一行はそうして出来る限りの戦闘を避けてきた。だが、最終的に港に出る為の船までのルートはどうすることも出来ないだろう。
「ここから先は戦闘が起るだろう。気をつけてくれ」
 愛無が周辺を警戒し、確認を怠らず仲間達へと声を掛ける。
 聖職者のメダルをどうにかできればこの人波は惹くのだろうかとコルネリアが前方に手を伸ばす。福音を奏でるそれは拳銃を形作り素優位の住民達を弾き飛ばすように光と轟音を周囲へと撒き散らす。
 前方へと走り行くのはタイムであった。集結する住民達の前へと滑り込んだ嫋やかな娘は幼くも見えるそのかんばせに決意を載せた。二刀一対の小刀は懐に忍ばせて、堂々と声を張る。
「だめよ。あなた達の相手はわたし……! ここから先には通すわけにはいかないの!」
 身に纏うケープがふわりと揺らいだ。真っ向を睨め付けるタイムと共に穏やかな声音を響かせたのは彼者誰。
 防御重視の姿勢に切り替え、不沈たる青年は朗々と名乗り上げ腰を折る。その一礼の美しさは姿勢を崩すことはなく――前方の天使等を見据えていた。
 それらは影である。だが、美しい翼は確かに存在している。天使と呼ぶには相応しくない黒き存在。其れはひらりと躱し来んとし――焔の『炎』が包み込む。
 その符は人を縛り付けるが為のものである。神力にて鍛造された槍がぐりんと揺れ動く。周囲諸共、呼び寄せるが為に高き鼓動が衝動を叫んだ。
「お願い、正気に戻って頂戴!」
 アーリアが声を張る。二人も、罪のない住民も、仲間達だって護ってあげなくてはならない。
 眩き光が慈悲を湛える。アーリアは献身的にティルス達を護る事に決めていた。故に、焔の側から見れば『影の天使』の攻撃がアーリアの方向に行かないのが余りに不思議だったのだ。
(ボクたちが食い止めてるから、じゃない……何かがちょっとだけ、変なんだ)
 どうした事なのか自身等を襲う天使達は『イレギュラーズの出方』を確かめるようである。対照的な余裕をも滲ませてアーリアと話しているティルスは襲われる立場であると云うのに何処吹く風だ。
(変なの。もっと護衛される人って怯えるものじゃない?)
 商人である以上修羅場を潜ってきたのだろうかとも考えながらタイムは目の前の住民達を受け止めた。
 影の天使が翼を揺らし、願うようにその指先を組み合わせる。影は『美味しくは無さそうだ』が、喰らえば僅かにでも腹は満たされようか。
 愛無は獲物に牙を突き立てるように忍び寄る。獣がそうするように、慣れきったようにあんぐりと口を開いて。
「さて、邪魔立ては無用だ。此処を通して貰おうか」
 オーダーはティルスとアーノルドを無事に出航させることだ。そのオーダー自身もティルスから提示されたものである。
(……しかし、出航させる、などと『此方が全てを制圧しても、追っ手が来るような言い草』だ)
 愛無はそんなことを考えながらもティルスの背に隠れたアーノルドの姿を盗み見た。その周辺に影の天使が居ないならば、アーリアの負担も少ないだろうと攻撃の手を緩めることはない。
 ――ただ、静かに狙いを定める。最適な戦い方は体に、思考回路に染み付いている。破滅を求めるが如く鋭くなったその瞳を眼鏡のレンズ奥潜めて自動拳銃が構えられた。
 周辺へと降るのは鉛の掃射。驟雨が如く降り注ぐ。
 寛治は静かに狙い撃つことだけに尽力した。早期的にクライアントの希望を叶えることを根幹に置いているからだ。
 だが、切りが無い。天使も民もそうではあるが、船の近くで何やら大声を上げている聖職者のメダルそのものを対策しなくてはならないだろう。
「『聖遺物』……でしたっけ? あれさえ壊せれば止まるのでしたか。ならやるしかないですよねえ」
 静かに囁いた彼者誰にマニエラは小さく頷いた。戦闘の要である寛治をサポートし、アーリアやタイムの側へと視線を配る。
 依然として、戦線は維持できている。ならば――
「迅速に対処を致しましょう」
 寛治が眼鏡のブリッジにそっと手を添えてから言った。
「チッ! なんなのこの馬鹿力は……一般人にあっていい腕力じゃねぇ」
 コルネリアがぎり、と奥歯を噛み締めた。殺せば終わりだ。道を切り拓くだけならば、殺す事が一番早い。
 それでも修羅の道を進まんと決めたのは救える道があるだろうからだ。
「へへ……痛てぇが、テメェはこっから動いて貰っちゃあ困るのよね。頼むわよぉ寛治……!」
 任せてください、とそれは単調な返事ながら極めて冷静なのだという事が分かる。
「それでは、一度、此処で幕引きに致しましょう」
 静かな声音と共に発砲音が響く。弾丸は合間を縫うように真っ直ぐに叫んでいる聖職者を狙った。
「―――――――――!」
 それは異言に過ぎず、理解も出来ぬ奇妙な叫びだ。だが、弾丸が飛び込んだと同時に衝撃に息を詰まらせたような『音』が聞こえる。
 宙を引き裂く鋭き凶弾が聖職者の男の首から掛けられていたメダルを弾いた。ぎん、と言う音を立て其れは宙を舞う。
 メダルには僅かな傷が付いたか。愛無は「民の動きが止まったぞ」と声を掛ける。
 焔は天使や聖職者達が『アーリアの方』に向かわぬ事を訝しげに思いながらも聖職者の元へと飛び込んだ。
 眩き炎がメダルを追い縋らんとする聖職者の動きを食い止めた。ごろん、と転がり掛けた聖職者の制圧に向かう焔が「お願い!」と振り仰ぎ姿勢を低くしたと同時に、宙を踊っていたメダルを寛治の弾丸が撃ち抜いた。
 ばちん。小さな音を当ててメダルが割れる。頭を抱え、衝動的に人をも殺してしまう勢いであった民草の動きがピタリと止まった。
「ッ――みんな、無事!?」
 振り返ったタイムが頬に切り傷が一閃走り滲んだ血を拭う。手の甲に張り付いた血を気にするようにティルスの傍から顔を出したアーノルドがそっとハンカチを差し出した。
「わ、ありがとう……気を遣わせちゃったかしら」
「……いいえ。おれを護る為の怪我だろうから」
 ふい、と視線を逸らした少年にタイムは優しい子なのだろうかとぱちくりと瞬いた――が『アドラステイアの出身』だという彼の出自や様々な事が妙に引っ掛かる。普通の少年ならば敵に攻撃をされても可笑しくはなかった。
 タイムの傍に何食わぬ顔でやって来た彼は矢張り狙われることはなかった。そして、怯えたような素振りを見せていた割りにどうにも落ち着いているのだ。それ故に、商人の付き人をしているのか、それとも――?
(不思議……この子は、普通じゃない気がしてならない……)
 嫌な予感がするのだと表情を硬くしたタイム。その様子を眺めながらマニエラは聞こえぬように呟いた。
「……胡散臭い男の戦闘能力がないって言葉の信用度のなさよ」
 思わずぼやいたマニエラは何故なんでどうして、と問答を繰り返す。
 だが、マニエラにとっては与り知らぬ事であり、胡散臭いがアーリアがああして護ると決めたのだから必要以上に穿ち疑うことは出来まい。
(ただの杞憂であれば良いが……)
 如何にも、といった様子なのが妙に気になって堪らなかったのだ。
「ティルスさんは商人と聞きました。私もビジネスに携わる者ですから、次は商談の場でお会いしたいですね」
 船に乗る前に寛治はそっと名刺を差し出した。アーノルドは「俺が貰って良いですか、ティルス様」と子供らしい声音を弾ませている。
「……いや、だめだよ。アーノルド。コレは仕事だからね」
「詰まらない」
「宜しければアーノルドさんにもお渡ししましょうか?」
 寛治にアーノルドは有り難うございますと言いながら手を差し伸べた。外套の下から覗いたのは印象的な色の瞳だ。その色彩を言い表すならば玉虫色。翡翠に光を一滴、煌めくような瞳を隠すよう少年はに外套を引っ張り顔を隠す。
「『また』会いましょう」
「……ええ、また」
 彼等にはもう一度会わねばならないとそう感じさせる。ティルスはアーノルドに声を掛けてからイレギュラーズに向き合った。
「それでは、皆様、この度は有り難う御座いました。
 ……アリア、君にも苦労を掛けたね。また一緒に酒を飲みに行こう。君の好きだったあのバーで」
 穏やかに微笑んだティルスにアーリアの唇が震えた。幼い感情だったそれが今の己には恋心ではないと知っていても。
 何かを言わなくて張らないのに、何も言えなくて。曖昧に笑えばティルスの掌がアーリアの頭を撫でた。まるで父親のように――優しくされてしまえば、どうしようもないほどに苦しい。
 二人が背を向けて船へと乗り込んでゆく。いまいちつかみ所の無い男ではあったが、アーリアだけは騒ぐ胸を押さえられずに居た。
 どうしたのと聞きたいけれど、タイムは問うことが出来なかった。気の知れた仲であるはずなのに、全然知らないアーリアが――『アリア』が立っている。
 タイムと同じく彼女を心配していたのはコルネリアだった。知られたくは無い胸の内、それは誰にでもある事だ。
 それでも『彼女が困っている』のならば、その心を解す手伝いくらいはしてやりたい。コルネリアが肘でタイムを小突けば、タイムは穏やかに微笑みアーリアの手をそっと握った。
「アーリアさん。話したい事があればいくらでも聞くからね。わたし達、遠慮するような仲じゃないでしょう?」
「そうね、飲みに行きましょっか……話、長くなるけどいい? 気心知れた仲間に、思い出話をしましょうか」
 何時、新手の追っ手がやってくるかも分からぬ場所だ。早々に離脱を促して、一行は出航してゆく船を眺めた。白い帯を水面に伸ばし、天義より離れていく船は歪な感情とその行く先を乗せて進み行く。
(……貴方は、何……?)
 首を擡げた違和感に『アリア』は言葉に出来ぬまま、嘗ての思い人と同じ顔をした男の姿を思い浮かべた。


 ザア――と白波を引き裂きながら船は行く。幻想王国を経由し、ラサへと向かう便だ。
 何処かで降りて適当に移動するつもりだとティルスは事前にアーノルドへと言いつけていた。理由は単純明快、足取りを掴まれないようにする為だ。
「良い人でしたね、アリア嬢」
「ああ、そうだね。彼女は何時だって冷静で聡明で――そして、少しばかり過去を大切にし、優しすぎるきらいがある」
 そこを利用したくせに、とアーノルドは呟いた。唇に浮かんだ笑みは其の儘に少年は宙に浮かべていた『水鏡』を消し去る。
「我らが王国はあいつが強硬手段をとることでしょう、ティルス様」
「……君にそう呼ばれ続けると擽ったいな。もう何時も通りで構わないのに。
 彼か……『異言都市(リンバス・シティ)』は少し立ち寄ってみたかったけれど、時期尚早だ。アリアには夢を見て貰わないと行けないからね」
 青年は甲板から寒々しい海を眺めてから笑った。商人の姿に重なったのは真白き衣――彼の本来の姿。
「アドレ、楽しい毎日になれば良いね。アドラステイアを作り上げる手助けをした『遂行者』の君は、世界で何を見たい?」
 彼が纏うは白。潔白、清廉、そして『遂行者』たる神のお遣いとしての姿だ。
 アドラステイアの子供だと心配してくれた男も、不景気な顔だとチョコレートをくれた腹を空かせた獣も――ティルスが呼び出さずに居た『出会いたくはない』星茫の巫女もそうだ。
(イレギュラーズって奴は、俺の前に立ちはだかっては至高の邪魔をするんだ)
 アドレと呼ばれた少年は『アーノルド』の仮面を脱ぎ捨ててから可笑しそうに笑った。
「偽りの歴史がどの様に人の営みを作ったか、それだけでしょう――我らが『預言者』よ」
 ……けれど、あなたは。
 まだ『ティルス』として彼女の前に姿を現すのだろう。その優しさに溺れているかのように見せ付けて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 怪しい商人とその付き人でした。
 付き人くんはアドラステイア崩壊前に離脱をしていた少年に良く似ていますね……。
 これから先、天義は様々な困難が降る事でしょうね。

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