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シナリオ詳細

<ジーフリト計画>ミシュコアトルの竈

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 バラミタ鉱山――

 それは不凍港ベデクトから見て南西部に位置する大鉱山である。
 嘗ては第三次グレイス・ヌレ海戦の会談にてソルベ・ジェラート・コンテュール卿が『友好の証』に割譲を求めた地である。
 豊富な地下資源が眠っており、一説によると古代兵器も眠っているとされている。
 コンテュール卿は「いいえ、ただ採掘がしたいだけですよ」としか発言しないが、気になることも口にしていた。

 ――私も一応調査は行って居たのですがね。
   ああ、いえ、『そもそも私には持て余す存在』ですから見て見ぬ振りをしているのです。
   バラミタはそもそもが死火山です。その地底に古代兵器が沈んでいても可笑しくはありません。
   が、気になるものがありました。どうやら何らかの魔術紋のようですが。皆さんならば役立てて下さいますか?

「……とか、そういうこと、らしい」
「ギエエエエエ」
 ウォロク・ウォンバットの傍でマイケルも同意している
 これより向かうのは地下道を通じ、『マイケル鍾乳洞』を介してバラミタ鉱山だ。
 豊富な地下資源を得る事が出来るであろうバラミタ鉱山には郷田 貴道(p3p000401)を始め、幾人もが目を光らせていた。
「それで、ミー達はマイケル鍾乳洞から行くのか?」
「……確かに、あの地ならば目印、だな」
 マイケルが見付けたという鍾乳洞への同行経験のあるエクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は中継地としても利用しやすいとマイケル鍾乳洞への通路を脳内に描く。
 ある程度開けた場所であった事、そして、アルマノイス旧街道からもその地を経由すればバラミタに向かえる。非常に良い立地だ。ネーミングだけはウォンバットが命名主ではあるが。
「ギエ、ギエ」
「……ええと、バラミタには何か?」
 恐る恐ると聞いたのはマイケルの人形を手にしていたトール=アシェンプテル(p3p010816)だ。トール自身もマイケルとの動向経験がある。
「そう、コンテュールのひとから、色々と聞いて……」
「それが魔術紋ってことね? 何かに利用できるってんなら良いでしょうけれど。
 そもそもそれがどう言うものなのか『コンテュールのひと』は推測しているのかしら」
 問うたゼファー(p3p007625)にウォロクはこくんと頷いた。
 それは正しく首都決戦に向けての切り札になるとウォロクは考えて居た。
 首都決戦。これはラド・バウにとっては大きく意味合いが変わる。ラド・バウは首都闘技場だ。
 最初から敵陣の只中にあり、それでいて『強大な戦闘能力を有する勢力』として安全を保っている。政治的中立は政治に不干渉を貫くラド・バウらしい姿勢だ。
 新皇帝派軍人の中にもラド・バウ観戦を行なう者が居るほどだ。ある意味で独特な立場と言える。
 帝都が決戦の舞台になった時ラド・バウに求められるのは自己防衛手段と、帝都決戦そのものへの攻撃手段だ。
 その何方もが欠けては被害は尋常にないものになるだろう。
 故に――ウォロクはその『前者』を手に入れられたのではないかと考えた。
「それに、コンテュールのひとがいう場所が、大事。
 解析、してくれた、らしい。『イレギュラーズにはシレンツィオで世話になったから』って」
 ソルベ曰く、地底深くに存在していたのは何かの転移紋らしい。
 まじないを読み解けば、それは――『ミシュコアトルの竈』と書かれていたらしい。
「精霊の居所、だろう、って」
 曰く、ミシュコアトルの竈には『狩猟と焔を司る精霊』が座しているだろうとのことだ。
 鉱山を根城にしているだけあり、武具の作成などにも長けている。
 このミシュコアトルの伝承も調べておいてくれたらしい。曰く――鉄の如き堅牢なる結界を張り巡らすことが得意だ、との事だ。
 ミシュコアトルをラド・バウに勧誘し、防衛陣を張り巡らせて貰えば帝都戦でも被害をそれなりに抑えられるはずだ。
 そして、もう一つが『注目すべき』点だ。
「ミシュコアトル、人間が嫌いらしい」
「……き、嫌いか」
 貴道は思わず呟いた。人間嫌いの精霊をラド・バウに勧誘するのは骨も折れよう。
 だが、ウォロクは勧誘を成功させておきたい理由が結界の他にあった。
「でも、ミシュコアトル、人間と契約すれば、矛になる」
「矛……? ラド・バウは戦闘力は随一だけれど、決め手が得られるって事かしら?
 フローズヴィトニルだけじゃあ、不安だものね。ええ、そうよ。『ラド・バウ派』としての切り札は多い方がより良いわ」
 ゼファーへとマイケルが同意するように「ギエエエエエ」と叫んだ。
「なら、ミシュコアトルに好かれなくては……?」
「どうやって、好かれるのかは、分からないが……人となりや、伝承は分かるのだろう?」
 トールとエクスマリアにウォロクは頷いた。
 ミシュコアトルのウォロクの第一印象は――「おじさん、だった」


 ミシュコアトルの竈と呼ばれたその場所は精霊の武器庫だ。
 武器の鍛造を得意とし、狩猟を好んだ精霊は蛇を思わせる体躯をして居る。
 ずるずると尾を引き摺って、バラミタの内部に入り込む者達を確認するのだ。
 だが、その様な姿では人を怯えさせると、ミシュコアトルは敢て人間の形を取った。
 良く見ていた者に似た姿だ。詰まり、よく見ていた者が炭鉱夫であったのだから、得た姿もその様なものになる。
「やれ、どうしたこった」
 本人の性格も其方に近かったことが幸いした。これで女神であったときは目も当てられぬ。
「翼人やら魚人やらが居なくなったと思えば、まーーた、偉い騒ぎだなあ」
 のんびりと膨れた腹を掻いたミシュコアトルは云った。うつしみの鏡で見れば、何者かが鉱山内を探索している。
 どうやらこのミシュコアトルの竈にまで至るつもりだろう。
「客人かいな」
 彼をドワーフだと呼ぶ者も居る。鍛冶の妖精と称されたことだってあった。
 だが、精霊だ。それも、大精霊の一種だ。隠居して久しいが、それなりに活躍したこともあった筈だ。
 名は忘れたが『なんか強そうな人間』に武器を遣ったこともある。
 名は勿論忘れたが『何か弱そうなこども』に「わたしとってもつよいんだから! アイオンもこてんぱよ!」だかなんだか言われた事もあったか。
 ……何にせよ。
 このミシュコアトルは『強い者』が好きなのだ。
 心が強くとも、力が強くとも何でも良い。兎に角強く在れ。強くなくてはならぬ。
 唯の弱い者に武器を渡したところでそいつは死ぬのだ。
 死ぬ者に態々戦えと武器を渡すなど殺人幇助でもした気持ちになって苦しいではないか。
 唯でさえ、ミシュコアトルは『人間などか弱い』と認識しているのだから。
 まあ、良い。弱ければ追い返せばいいのだから。
「よっこいせ」
 立ち上がってからミシュコアトルは腰を押さえた。
 ……もう少し愛らしいガワにでもなってやれば弱いと侮って帰ってくれただろうか。
 ニンゲンの子供に姿を貸してくれと今度頼んでも良いかも知れない。
 その様な事を考えながら、ミシュコアトルは訪れる者に云うのだ。

「竈の業火を恐れぬならば入ってくるが云い――ミシュコアトルは強者が好きだ」

 その在り方――正しく、ラド・バウにぴったりではあるまいか?

GMコメント

●成功条件
 ミシュコアトルとの契約(もしくはスカウト)

●バラミタ鉱山
 ご存じ、海洋王国が割譲を求めたことのある鉄帝国の鉱山です。不凍港にも近い場所にありましたが地下からのルートが発見されました。
 コンテュール卿からの情報を元に皆さんは地底へと至り、『ミシュコアトルの竈』と呼ばれる精霊の居所に向かっていた抱くことになります。

●ミシュコアトルの竈
 精霊ミシュコアトルの居所。狩猟と火を司る精霊だそうです。簡単に言うなら炎の神様、炎の大精霊さんです。
 バラミタ鉱山が死火山になっているのはミシュコアトルの結界が火山を食い止めているからです。どうやら嘗て『アイオン』とその様な約束をしたそうですが……。
 曰く、アイオンに頼まれたが「弱い奴の言うことは聞かない」とつっぱねて、勇者一行とバトルをし、強さを見て認めて約束をしたそうです。
 ミシュコアトルは長生きですのでアイオンのことも昨日のように覚えて約束を律儀に守っています。死んだ事も知りません。

 精霊ミシュコアトルは非常に好戦的です。強い、といっても戦闘能力だけではありません。精神的な強さも好みます。
 ミシュコアトルの元へと向かうには炎の祭壇を抜けなくてはなりません。この炎は恐怖心を煽ります。
 恐れることなく向かえばミシュコアトルは「お前達はチームで良い。ミシュコアトルと手合わせをしろ」と求めてくることでしょう。
 ミシュコアトルは非常に堅牢でタフです。物理攻撃を得意とし、ブレイクも有します。
 搦め手は得意とはしません。兎に角、武によって誉れを感じるタイプです。

 ミシュコアトルに認めさせれば交渉を始めて下さい。
 ・ラド・バウへのスカウト:ラド・バウに結界を張って貰う事が出来ます。
 ・PCによる個人的な契約: ラド・バウの結界にプラスして、個人的にミシュコアトルとの契約を1名のみ行なう事が出来ます。
 ※個人の契約に関してはミシュコアトルに気に入られ、希望した事に彼が好意的な反応を示せば行なわれます。
  彼は強者は好きですが、悪事はそれ程好みません。契約したならばその力をどの様に使うのかと言うことを伝えると良いでしょう。

●同行NPC『ウォロク・ウォンバット&マイケル』
 ラド・バウファイター。魔法の使い手のウォロクとタンクヒーラーマイケルです。
 いざという時に助太刀してミシュコアトルの竈から撤退を促します。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <ジーフリト計画>ミシュコアトルの竈完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年02月13日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神
トール=アシェンプテル(p3p010816)
つれないシンデレラ
ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)
瀉血する灼血の魔女

リプレイ


 ――行きましょう。少しでも多くの人を救うために。

 爆ぜる音がする。土塊の上に立ち上った其れは行く手を遮り恐怖心を煽り続ける。
 女は、いつだって祈りの上に立っていた。無数の手を振り払い、幾度も後悔と贄に溢れた河原から沈む事も厭わず走ってやって来た。
 ただ、ただ、生きるという事は喪うと同義であった。
 嘆きに満ちた川の苦しみよ。溢るる涙の作る後悔の海よ。
 如何なる犠牲を払おうとも戦い続けなくてはならなかった己の在り方よ。
 少なくとも、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)という女は失うことに慣れては居なかった。
 慣れきらぬからこそ、女の気持ちは乾くことはない。何時だって、傷口は湿ったまま瘡蓋と呼ぶべきそれは削れ血が溢れるのだ。
(――主よ、力なきは罪なのですか。主よ、何故『我ら』が吹雪に凍え、飢えて死なねばならなかったのですか)
 その背には無数の命が存在していた。革命派には難民となって、多くの人々が身を寄せ合っていた。
 弱者の救済とは口にせれど、彼女は国家から見れば反逆者の一味であった。
 クラースナヤ・ズヴェズダー『急進派』、それは大義のためであれば国を打倒することも厭わぬ者達である。
(ああ、構わないのです。魂を焦がすような祈りが此処にあるから。
 ああ、託されたのです。銅貨あの人を救って欲しいと――この寒き冬を『終らせて欲しい』と)
 故に、炎を前にしてヴァレーリヤは息を吸い込んだ。
 喉が灼け爛れそうになりながらも肺一杯までその気配を吸い込んだ。
「……これまで炎を怖いと思ったことはないのだけれど、何だかこの炎、見ていると胸の奥がチリチリして来ますわね。
 ですが、ここで逃げ帰るわけには行きません。
 教会では今も、私達が希望を持ち帰ってくると信じて、人々が祈りを捧げているのですから」

 ヴァレーリヤの背を眺めてから『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)ははあ、と深く嘆息する。
「パルメ……じゃない、バラミタ鉱山はラド・バウのみに限った要地では無いでしょう。
 新皇帝派に対するもの達の助けとすべく、確保したいところですね。…なんだかとっても男の子な性格の相手が陣取っているようですが」
 パルメザン鉱山、だなんて、揶揄うように口にした事を思い出す。あの時は、真逆、真っ向から踏み入れて精霊に直談判をしに来るとは思っては居なかった。
 この先に棲まうのは精霊だという。それも、とびきり『鉄帝』らしい相手だ。その感想は『凛気』ゼファー(p3p007625)も同じであったのだろう。
「偶然か必然か、精霊まで此の国と同じ流儀を持ってるのねえ。
 ツッコミたい気持ちもあるけれど……いいんじゃないかしら。あれこれとゴマを擦るより、よっぽど分かりやすいもの」
 鉱山内では独立島アーカーシュの者達もセレンディから毀れ落ちた一滴を探しに探索しているらしい。
『彼女』のような性格ではなく、質実剛健とした『鉄帝』らしさ。話せば早い。詰まりは力を示せと炎は煽るのだ。
「然しまあ、暑苦しいこと……此れを超えて行きゃあ、念願の精霊様と御対面ってワケね」
「炎の大精霊か……こんなところにいるなんてね。ずうっとこの奥底にいたのかな? それじゃあ、案外寂しかったりしてね」
 くすくすと笑った『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はそれでも炎を見詰めてから苦しげな表情を見せた。
 幻想種であるアレクシアにとって炎は余り良いものとして映ることはない。どうしたって、嫌な気持ちがわき上がるのだ。
 兄と呼び親しんだライアム・レッドモンドが『ああなった』のも、アレクシアの大切な大樹ファルカウの灰燼の道も。その何方もが炎によるものだ。
 深緑全体があと一歩でどうなっていたか。その事を思い出せば震え、足が竦んだ。
 ぱち、と爆ぜる音が鼓膜を揺すった。悍ましいあの景色が眼前に広がるようだった。
(違う――)
 アレクシアは一歩、踏み出す。あの緑の国ではあんなにも恐れられていたこの炎。
 この炎は真夏の太陽のように鮮やかだ。寧ろ、この地においてはこれは希望なのだ。多くの人達が求めた温もり。
 この炎が雪を溶かせば、多くの人の心が安らぐ。厳しい季節も乗り越えられる。誰かの笑顔が作られるのだ。
「私は、誰かの笑顔のためなら……恐ろしいものになって進んでいける。
 此処で挫ければ笑われちゃうよね。兄さんに素晴らしい世界を見せてあげなくっちゃならないんだから――さぁ、行きましょう!」
 恐怖なんて、遠く、遠く。
 恐れ度此処には内容にと『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は静かに息を吐いた。
「ああ、行こう」
 燃え盛った炎は恐怖心を煽る。その恐怖へと呼応するように激しく火の手が上がって行く。
「人間嫌いの狩猟と火を司る精霊とは……この炎のこともある、交渉するのは骨が折れそうだな。
 だが、いずれ訪れるであろう決戦の事を思えば、助力を得ることは必須だな」
「ああ。だが、この炎がある程度の選別、だ。
 マリア達はこの先に居る、ミシュコアトルと、戦うだけ。ミシュコアトルは強者が好き、か。わかりやすくて、良いこと、だ。
 面倒なリドル(なぞとき)をぶつけられるより、わかりやすくて、良い。それだけで、十分だ」
 恐怖など、遠く置き去りにしてしまえと藍玉の眸がキラリと煌めいた。
 進む『矜持の星』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の肩を叩いてからゼファーが笑う。
「じゃあ、誰が一番に辿り着くか競争でもしましょうか? 負けたヤツが夕飯奢りってコトで! 其れじゃお先!」
 恐れなんて何処吹く風だ。ゼファーという女は全てを置いてきてしまった。
 蝶が羽ばたく度に。風が吹く度に。忘れられる事よりも恐ろしいことがあるだろうか。瞬きをすれば、瞬く間に消えてしまう。
『Forget me not』
 気ままな女は恐れることはない。皆で『精霊様』のツラを拝みに行きましょうと炎の中を駆けだして。
「おっと!」
 唐突なレースにやれやれと肩を竦めたのは『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)。
「レースか。しっかし、随分と舐めた試練じゃないか。第一、恐怖は克服する物ではなく利用するもんだろう?
 脅威を恐れず向かうのはただの間抜けだ。恐れてなお踏み込むのが勇気ってもんさ、なあオイ?」
 くるりと振り向いた貴道の眸は嬉々を滲ませ、強敵を前にして心が昂ぶっていることが直ぐに察知出来るほどだった。
「最もミーはこんなもん脅威に感じちゃいないがな、HAHAHA! この先で待つ大精霊とやらの方がよほど脅威的だ!
 恐ろしいというなら、そいつは俺にとってただ一つ――弱く在る事が何より恐ろしく、悔しく、そして大嫌いだ」


 どくり、と脈打った心臓。早鐘を打つ度に胸が痛んだ。唇を震わせて『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は炎の前に立った。
 無意識下に抱えている本能的恐怖。其れを拭い去ることは出来やしない。
「私の精神力ではこの恐怖を振り払う事は不可能……ならば! 恐怖を受け入れ、真に向き合う事こそ本当の強さ、勇気であると心得ます!」
 己が本来的に抱いている恐怖が何であるかをトールは知っていた。それが露見したとき、どの様な不幸と共に恐怖が襲い来るかは分からない。
 掻き立てた恐怖心。其れを拭うように駆けていく者達はミシュコアトルという精霊との戦いだけを求めていた。
『鉄帝国的』な性格をした精霊のことを思うだけで炎に臆することのないイレギュラーズ達。だが、謂れなき恐怖という物がどれ程に心を震わす物かを『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)は知っていた。
「ン。理由無キ恐怖 完全生命トイエド 怖イモノ。
 ナラバ フリック 一番ノ恐怖 考エヨウ。フリック 恐怖 主 護レナイコト……主亡キ今 主ノ死 安寧 護レナイコト」
 フリークライが思い出したのはDr.こころだった。儚げな外見の美しい娘。少女のメモリーがどうしようもなくフリークライには焼き付いている。

 ――これも縁だよ、フリック。

 彼女を思う。フリークライは「ソレハ怖イコト。デモ 怖イ 感ジル 大事」と呟いた。
 Dr.こころがくれた物。それはこころだ。心を育むこと。それが恐怖心を煽ることをフリークライは知っている。
「怖イ 思ウ 主ノコト大切ダカラコソ。護リタイ 思ウカラコソ――恐怖 我 心 証ナリ」
 心、と呟いてから『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)はまじまじと炎を眺めていた。立ち上っていく炎が渦巻く。
 それはミシュコアトル(雲の蛇)だ。炎から立ち上る煙が蛇に見立てられ神格化されたようなその姿。
 成程、人間の心を試すのは神らしい行いだが。
「……生物は本能的に火を恐れる。故に彼の炎は恐怖を掻き立て、彼は火を恐れない強い者を好む。
 なるほど、筋の通った存在だ。ならば僕達も筋を通さないと。あなたの炎を扱うに足る力があることを、証明しなくちゃね」
 恐怖を掻き立てる炎を駆け抜けるべくハインはフェーニクスフィーダンに騎乗した。
『Phönixfedern(不死鳥の羽根)』により召喚されたそれに跨がって、焔の中を進む。
 食事も、呼吸も、睡眠もハインの体は必要としていない。その中に宿った心とてある程度の苦痛を逃がすことが出来た。それでも、苦しかった。
(大丈夫だ、此の儘真っ直ぐに『謁見』をしよう)
 待ち受けるものが、炎を恐れることなかれと告げるならば。ルトヴィリアは苛む火を除外し、ゆっくりと進む。
 恐怖心を煽れども、祈りはまじないに。月の加護がその身に守護を齎してくれるように。一歩、一歩。
 煙が渦巻きあんぐりと口を開いた。恐怖することなく、進めば良い。
 前線を目指したハインと共に不死の炎を身に纏う鳥は生と死の象徴の如く翼を広げて鳴き声を響かせた。

「――ミシュコアトル」

 呼ぶルトヴィリアの前にどっしりと腰を下ろした一人の男がいた。
 薄汚れた衣服を身に纏い、低身長ながらも恰幅の良さを伺わせる。そんな男がイレギュラーズを眺めていた。
「客人かいな」
 立ち上がった精霊はミシュコアトルと云う名を有する。狩猟と火を司る精霊である彼は一昔前――いや、人間の歴史とは精霊とはまるで違う尺度で困ってしまうのだが――に同じように竈の炎に恐れずに進んで来た男と出会ったことのある。
 あれは燃え盛るような赤毛の青年だったか。堂々と声を張る、溌剌とした男であったと記憶しているが……顔はいまいち曖昧だ。
「久方振りだな」
「初対面ですわ」
 ヴァレーリヤは肩を竦めた。目の前に立っていたミシュコアトルは「そうかいな」と首を捻ってから腹を掻く。
 ウォロクが小さなオジサンだったという印象を受けたのは間違いないようだ。ミシュコアトルは首を傾げる「そっちは久しぶりだろうに?」とエクスマリアを見詰めるが彼女も首を振る。
「初対面、だ」
「かっか、人間の顔の区別が余り掴んでな。気を悪くせんでくれ。
 ミシュコアトルは強者が好きだが、人間は弱くてちっぽけで叶わんでの。何か用事があって来たのだろうが……」
 ミシュコアトルから感じられた気配に貴道は気が昂ぶった。ああ、そうだ。『こうでなくては』ならない。
 舌舐めずりをしたのは、ここから先に待ち受ける闘争が心を躍らせるからに過ぎない。
(……ミシュコアトル。外見こそ小柄な男性ですが、内に有るモノはまあかなりのものですねえ――気を抜くことはできませんね)
 ルトヴィリアは構える。手にしたタクトの先に不滅を乗せて、横長の瞳孔をぎょろりと動かして見せた。
 大きな魔女帽子を被り直してローブを引き摺るように立っている。少女めいた外見をしている魔女の眸に警戒が滲んだ。
「小細工が望みじゃないんだろう、ミシュコアトル! 俺も好きだぜ、ガチンコ勝負!
 さあ、ド突き合おうじゃねえか。俺はてめえに気を遣われる程、か弱くないぜ?」
「そうかそうか、そりゃあ良いなあ」
 ミシュコアトルの周囲に炎が躍る。貴道が拳を固め、並列思考を展開しながらも、濁流の如き荒らしの予兆をミシュコアトルの前に顕現させた。
 矛には矛を。どの様な事情があれど、真っ当に戦う事こそを武とする貴道は後退のネジを何処かに置き忘れた。外れたネジが闘争を前にブレーキを踏み締めることも忘れている。
「チームで戦って良いのだったな。人間だからと軽んじたのだろうが、その言葉には甘えさせて貰おうか」
 ゲオルグはするりと雪月花を引き抜いた。
 冷たき霊刀は冷酷なまでの絶対性を感じさせる。酷く凍て付く気配をミシュコアトルの炎が包み込んだ。
「ここまでチームで進んで来たんだ。其の儘、挑ませて貰おうか」
「構わん。ミシュコアトルが言ったこったな。ミシュコアトルが人間を見縊って負けたなら理解も出来る。
 もしも、ミシュコアトルを降したならば次は一対一(タイマン)を望むとしようかの」
 手を宙へと差し出したミシュコアトルは空中で鍛造されて行く炎の槌を担ぎ上げた。流石は狩猟を司る。
 彼は『狩猟』を得意とするわけではない。『狩猟が為に必要とする道具』を作り出す事に特化しているのだ。故に、このバラミタが心地良いのだろう。
「さ、夕食はヴァレーリヤに任せようかしら」
「ええ!? 素寒貧ですわ!?」
 叫んだヴァレーリヤにゼファーがくすくすと笑った。ミシュコアトルの有する槌は使い勝手が良さそうだ。
 成程、護る為の矛を鍛造して貰うならば此処に来た甲斐はありそうだ。ゼファーはまじまじと睨め付ける。
 斯うしたとき、獣を狩るタイミングを見誤ってはならない。千切り、貫き、劈いて。その全ての師の教えは全てが全てタイミング次第だ。
「我 フリック。我 墓守。フリック 強サ 護リ続ケルコト。悠久ノ時ノ彼方デサエモ護リ続ケルコト。
 我 不朽不倒ノ大樹ノ如シ。倒レズ皆ヲ癒ヤシ続ケヨウ。
 主 クレタ強サ。フィジック 保ッテクレタ強サ。フリック 磨イタ強サ――ミシュコアトル 示ソウ」
「ほほ。確かにお前さんは一人じゃ叩かんの。
 全員で纏めて掛かってくると良い。ミシュコアトルは名乗る者は好きだ。戦う意欲がある者はもっと好きだ!」
 ミシュコアトルが堂々と声を上げる。すすりと前線へと滑り込んだハインは「全てを受け止める相手は?」と囁いた。
「其れも好ましい!」
 ハインの周辺に咲き誇ったのは黒い蓮。手にしていた白い杖が無慈悲なる死の気配を湛えている。
 前線へと飛び込んで星明かりの力をその身に降ろしたハインは邪悪を祓う『神楯』の如くミシュコアトルの槌を受け止めた。
「あなたがミシュコアトルだね! 深緑の魔女がお相手しましょう!」
 堂々と宣言するアレクシアが手にした薔薇の魔法杖に魔力が迸った。
 アトロファ・ヴェラ。眩き釣鐘の花を咲かせるアレクシアは魔女らしく、悪辣なる毒の気配を忍ばせた。
 周囲に三角形の魔法陣が踊る。それは空色の気配と共に眩く輝いた。アレクシアを見遣ったミシュコアトル。それでもその眼前のハインは全てを受け止めるべく身を滑らせる。
(……凄いプレッシャーです……!)
 それでも、と蓄積させたオーロラエネルギーを展開し、最高濃度の刃を展開したトールは自らの存在感をそこで示した。
 揺らぐ長髪、鮮やかな天色の瞳が細められた。堂々たる騎士の娘のように振る舞う『彼』は白いプリーツスカートをひらりと揺らした。
「小細工無用! 真っ向勝負です! ミシュコアトル!!」
 外見こそ麗しき娘ではあるがトールは年相応の男児そのものだ。動きは鮮麗された淑女のそれでも、滾る闘志は抑えきれない。
「攻めるにも、守るにも、マリアの『強さ』は、揺らがない。そのために、研ぎ澄ませたのだから、な。うけて、みろ」
 エクスマリアは動きをよく見て集中する。エクスマリアの持つ最大の強さを全力でぶつけることだけをただ、ただ、考えた。
 彼の言葉が確かならば勇者王の時代から旧く生きてきた大精霊だ。其れを相手に何処まで届くかは分からないが、契約たる存在であると証明せねばならない。
 攻撃を受け止めるハインが前線で立っていることにミシュコアトルは喜んでいた。
 その華奢な体躯であれど、しなやかな動きでアレクシアを狙う攻撃全てを庇い受け止めるハインを天晴れと褒め続ける。
 そんなハインを支えるゲオルグも気を抜くことは無かった。フリークライとゲオルグ。二人の支えが確かな力となり戦線を維持し続ける。
「どっせえーーーい!!」
 勢い良く振りかぶったヴァレーリヤは聖句などどこかに置いてきたと逝った養子で飛び込んだ。
 好機は逃すまい。
 自分の一撃が、自分の命を欠けさせてでも、『誰かのチャンスに繋がる』ならばヴァレーリヤは躊躇うことは無かった。
「いいじゃない。楽しいでしょ?」
「ミシュコアトルは面白いことは好きだからの」
「あら、奇遇じゃないの。炎は遍くを飲み込む、恐怖の象徴足り得るものですけれど。
 その一方で、行く先を照らす希望の光にも成り得る筈よ。だったら、其の炎で此の国の未来を照らしてみない?」
 揶揄うように微笑んでゼファーの唇にゆったりとした笑みが灯された。
 ミシュコアトルはゼファーの言葉に一寸だけ瞬く。
 遍く全てを飲み込む恐怖そのもの。其れは確かな事だ。ミシュコアトルは己の炎が誰かの身を滅ぼすと認識していた。
 故に、この地に居たる者を選別していたのだろう。そうして、自身でその力を認められるか試練を課した。
 先を照らす希望の光に成り得るか、それとも、むざむざと死地へと送り続ける愚か者になるか。
 その瀬戸際に精霊は立っている。
 貴道が幾重にも攻撃を重ね続けた。淀むことはない。此処で止まれば得るものが無いことを知っているのだ。
 拳を叩きつければミシュコアトルの炎は楯のように展開される。――成程、コレがラド・バウを包む結界の欠片か。
「良いバリアじゃねぇか!」
 貴道が褒めればミシュコアトルは手を叩いて喜んだ。
「搦手ばかりと言うのも良くないとは思いますが、これもまたチーム戦の『強み』というものでしょう?」
 ルトヴィリアが囁くと共にトールが飛び込んだ。ハインは流石に強敵かとミシュコアトルを真っ直ぐに見遣る。
 槌を振り上げた彼は次の相手を狙うと決めたのだろう。ならば、とアレクシアは受け止めるべく鮮やかな花の魔力を花開かせる。
「まだまだ! この程度じゃあ挫けないよ!
 魔女なら、炎も御してこそですもの! 御伽噺のようにね!」
 炎を越えて行けば良い。そう叫んだ魔女の言葉の通り、迎撃を行なったのはゲオルグ。回復手はフリークライに任せ、攻勢に転じた彼にミシュコアトルは虚を突かれたか。
「がら空きだぜ!」
 貴道の拳が槌へと打つかった。僅かに炎が霧散する。
 此処だ――!
 エクスマリアの唇が揺らめいた。迸った魔力。その気配と共にヴァレーリヤが飛び込み――
「そこまでで良いからの」
 ぴたり、と全ての動きが止まる。突然指先で動きを留められたヴァレーリヤが「あら」と呟けば目の前の精霊は「ほっほ」と声を上げて笑った。
「終いじゃ」
 ミシュコアトルの炎がぼう、と灯る。その手に持っていた槌が消え去り暖かな炎が揺らぐだけとなった。
 エクスマリアはぴたり、と動きを止めてミシュコアトルを真っ正面から見遣る。
「……終わり、か?」
「うむ。用件を聞こう」
 ミシュコアトルの眸は確かにエクスマリアを、イレギュラーズを見た。
「お前達はミシュコアトルに何を望む――?」


「もし、……もし貴方との契約が叶うなら、私は心の強さを望みます。
 私には他に類を見ない呪い(ギフト)がかかっています。
 その呪いは私が在るべき姿である事を拒み、在るべき生き方を否定する奇異で特異なものです」
 ミシュコアトルはトールの言葉に耳を傾けた。確かに大精霊だ、歪であれども何らかの『影響』を及ぼすことは出来るやもと考えるのは正しい。
 だが、ミシュコアトルは混沌に組み込まれた精霊の一人でしかなく万能なる力は有しては居ない。
 その事にトールは戦いながらも気付いた。彼も又、何らかの『枠』に嵌まっている存在なのだ。
(ここに至るまで、ミシュコアトルに呪いを解いて貰う……あるいは、その消滅をと、願うことも考えた)
 ――それでも、その呪いそのものはトールに課せられた枷でしかない。
 何れは自力で其れを解き放つ必要があるのだ。だからこそ、トールは心の強さを望んだ。
「まだ弱さが残る私の心に"決して屈しない火"を宿していただきたい……ほんの僅かな小さな灯で構いません。
 いつか訪れるであろう呪い対峙する時に心が負けないように。
 弱さを覆い隠すのではなく弱さを受け入れて向き合う事こそが、強さであることを証明する為に」
 それは仕えている大切な人ともう一度生きて会うために必要なのだ、と。
 ミシュコアトルは「ううむ」と唸った。顎に手を遣ってから彼はどっしりと腰を下ろす。
「言うことは分かる。しかし、其れをミシュコアトルが灯せば、お前さんが『自ら解き放つ枷』にミシュコアトルが介在してしまう。
 ならば、ミシュコアトルはお前さんに力を貸さないが、恐れを抱いたときに話を聞くだけの隣人にはなれよう」
 精霊が友となれる可能性を示してからふと、問うた。
「呪いとはなんぞや」
 トールはごくり、と息を呑んだ。
「……僕は……男です……」
 精霊にだけ聞こえる声音で、トール入った。
 本来の銀色の髪も、己が男性であるという事実も。知られてはいけない、知ってはいけない。それは呪いだ。
 欺けと囁かれ続けるものである。
「その真実が、お前さんを傷付ける呪いだというならばミシュコアトルは何時しか越えられるようにまじないだけを与えよう。
 小さな火だ。挫けそうになった時だけミシュコアトルを呼べば良い。それが、お前さんを支える火種となるように」
 ミシュコアトルは不可視の何らかを渡すような仕草を見せた。トールは胸の辺りがぽかぽかと暖かくなった感覚だけを覚える。
 契約者には選ばないが、それでも友になろうという精霊の優しさに小さく礼をして。

「……話は終ったようですね?」
 ルトヴィリアはゆっくりとミシュコアトルに近付いた。
 ルトヴィリア自身はミシュコアトルとの契約を望んでは居ない。「契約は遠慮させて頂こうかと」と丁寧に辞した理由は単純だ。
 極悪人とは言えずとも善人ではない。誠実かと問われれば不誠実だと答えるべきだろうか。そんな己だからこそ、敢て皆に任せたいと願ったのだ。
 ハインも己には望むものは多くはなく、皆に任せたいと考えて居た。だが、実情だけは話しておくべきだろう。
(罪の無い者を、悪辣のままに蹂躙する集団……。彼の性格なら、きっと許し難いはずですから、ね?)
 ルトヴィリアはミシュコアトルとの個人的契約だけではなくラド・バウへの守護を言い出してくれるはずだろうと踏んでいた。
「ラド・バウは敵の本拠地に近い場所にある。どうしても狙われる頻度は高くなってしまう。少しでも人々を安心できるようにしておきたい」
 静かな声音でゲオルグは告げた。この冬から全てを解放するために何らかの契約が出来れば良いとは考えて居たがゲオルグ自身は強く求めては居なかった。
 人智を超えた力を持って人々の期待を背負うというのは自身の柄ではないと考えて居たからだ。
「新皇帝派は、そう遠くない内に攻め寄せて来るでしょう。その時は、貴方の力で人々を守って頂けませんこと?
 勿論、永遠に守り続けろだなんて言うつもりはございませんわ。時間を稼いで頂いている間に、私達が新皇帝派を倒します」
 堂々とヴァレーリヤは告げる。己達が、と言ったのはミシュコアトルが『チーム戦を許した』理由にも起因する。
 詰まる所、人間が幾ら弱くとも束になればお前の事も妥当できるとしっかりと伝えたに他ならない。
「ミシュコアトルが力を貸せば死ぬ可能性もあろうに。
 死ぬ者に態々戦えと武器を渡すなど殺人幇助でもした気持ちになってしまうだろうに?」
「……ええ。その心配はもっともですわね。ですが私達は、決して逃げません。負けもしません。
 力を貸したことを、貴方が後悔することはありません。信じてもらう他ないけれど、約束致しますわ」
 ヴァレーリヤは堂々と言い放った。その上で、彼女は求めたかった。可能であれば、自身ではなく『誰もが使える武器』が欲しかった。
「貴方の腕を見込んでもう一つお願いがあります。新皇帝の防御を打ち崩せる兵器を作って頂けませんこと?
 本来、私達の力だけで成すべき事なのは分かっています。
 ですが、相手は冠位魔種……どれ程の被害が出るか分かりません。
 より確実に、少しでも多くの人々を救うために、貴方の力を貸して欲しいのです」
 ヴァレーリヤの言葉に続き、アレクシアは「ミシュコアトル」と呼び掛けた。
「いざという時にあなたの炎を貸してほしいんだ。あなたらしく、矛として……武器として。
 今、鉄帝ではいろんな脅威が迫っている……中でも私が危惧しているのはフローズヴィトニルのこと、アレがどう転ぶかはまだわからない。
 エリス君がうまく制御できればいいけど、もしもの時の為に備えは欲しい。
 制御もできない寒波が吹き荒れれば、犠牲になるのは力のない人たちだ……凍てつく氷だって、あなたの炎であれば打ち勝てるでしょう?」
「エリス――精霊女王かの」
 アレクシアは頷いた。
 精霊女王であるエリス・マスカレイドの制御が出来ていれば良いが、其れはあくまでも手に入れた欠片だけの話しだ。
 不安はある。何せ、中央と呼ぶ部分がフギン=ムニンの手に渡っているからだ。
「ええ、そうね。不安はあるけれど、炎があれば安心。
 と、言う訳で――結界がラド・バウと戦えない子達を守る盾になるのなら、守る為の矛も欲しいところだわ。
 ウチは武技に優れた人間は足りてますけど、盤面を制圧する様な武器は持ってませんからね。炎を自在に操る術、武器でも借りられたら助かると思うわ」
 ゼファーはそれがヴァレーリヤの言う『誰も使える武器』を所望した。誰もが、と言う言葉にミシュコアトルは少しばかり悩ましげな顔をしてみせる。
「望むのは守護、だ。ラドバウへの結界とは別に、マリアが守りたいと思ったものへも結界を貼れるよう、力を貸して欲しい。
 あとは、そうだな。たまにでも、晩酌に付き合え。それで十分、だ」
「エクスなんとか嬢ちゃんは護りたい者がおるのかの」
 ミシュコアトルは神妙に頷いた。それがなにであるか、ミシュコアトルには知る由もないのだろうが――それでも思う事はありそうだ。
「ン。ミシュコアトル 人間 嫌イ 聞イタ。デモ ドウデモイイトハ思ッテイナイ。
 人間ノコトヨク見テイルシ 武器渡シタ後ノコトモ考エルシ 試シモスル」
「……ふむ?」
 ミシュコアトルはフリークライをまじまじと見た。確かに、ミシュコアトルは『武器を渡した後の人間』について心配している。
「人間 期待アル。失望シテイナイ。ラド・バウ 強者イル。
 人間ノママ 強クアロウト強クナロウトシテイル者達 集ッテイル。
 ミシュコアトル 鍛冶師。炎 鉄 鍛エテキタ。今度ハ ヒト 鍛エル シテミナイ?
 フリック 癒ヤス ミシュコアトル 鍛エル 人間 強クナル」
「お前さんは優しい生き物なんだの」
 からからと笑ったミシュコアトルは微笑ましそうにフリークライを眺めていた。
「契約……と言ってもな、ユーと契約して得する事がサッパリ浮かばねえ。
 だってよ、武器を打つんだろう、アンタは? ミーには武器が必要ない、自前の拳の方が強いからな!」
 からからと笑った貴道にミシュコアトルは「言いよるわい!」と腹を抱えて笑った。
「……だが、ここに混ざらないのも味気ないってもんだ。
 だからミーは、ここでアンタに挑戦状を叩きつけてみる事にした――炎の大精霊さんよ、アンタは俺に何が出来る?」
「ようし、ミシュコアトルは決めた」
 ミシュコアトルは立ち上がる。その強き拳は武器を必要としない。ならば『ミシュコアトルが作る武器は彼には必要は無い』。
「ミシュコアトルがラド・バウとやらを護ってやろう。
 そこのヴァレなんとか嬢ちゃんとアレなんとか嬢ちゃんの言うことがよぉく分かった」
「……名前、ちょっとだけ覚えてくれたの?」
 アレクシアはぱちりと瞬いた。何せ、相手は人間の区別が付かない。其れ処か、『ここを訪れたのであろう勇者王とそのパーティーメンバーさえ』区別を付けてなかったのだ。
 だが、そんなミシュコアトルが2文字程度の名前を覚えてくれた。アレクシアの驚愕に「アレなんとか嬢ちゃんであっとるかいの」とミシュコアトルは問う。
「合ってますけれど、もう少し覚えてくださってもよろしいのですわよ?」
 ヴァレーリヤが揶揄うように笑えばミシュコアトルは「ヴァレー……」と少しばかり記憶したとでも言う様に誇らしげな顔をして見せた。
「エクスなんとか嬢ちゃんとは晩酌をしよう。ミシュコアトルは酒は好きだ。酒がいい。
 迷いはしたが、エクスなんとか嬢ちゃんが護りたい者は嬢ちゃん自身が護らねば意味もあるまい。ラド・バウとやらはミシュコアトルに任せろ」
 護るだけでは、意味も無い。
 そう言いたげなミシュコアトルにエクスマリアはぱちりと瞬いてから頷いた。
 この精霊は『楯』は任せろと言って居るのだろう。だからこそ、与えたいのは――そうか、矛だ。
「拳の兄ちゃんにはミシュコアトルが拠点を守る約束を与えよう。振り返らなくて良いことは戦士にとって一番だの。
 冬を解放する事はミシュコアトルにはどうしようもない。サングラスの兄ちゃんは自身が行なうべきと断ずるのも良いことだの」
 そう言ってからミシュコアトルはフリークライを見た。
 フリークライはミシュコアトルは鍛冶士であり、炎と鉄を鍛えることが出来るというスカウト契約を提案していた。
 ハインはその様子を眺めながら屹度、彼は断るのだろうと察知した。理由も単純だ。ミシュコアトルは『人を弱いと認識している』
 だからこそ、力を貸すことはすれど、限られた人間以外には頓着する気は無いのだろう。
「ミシュコアトルにお前さんのような優しさはないでな」
「……ミシュコアトル自身ノ期待・希望 護ル 繋ガル 思ウ。デモ ダメ?」
「ダメだの。ミシュコアトルは、此処に座す。力を貸してやるだけで大目に見て欲しいものだの」
 そう告げてからミシュコアトルはその丸い掌をゼファーへ差し出した。
「契約してくださる?」
 ゼファーは悪戯でも思いついたように笑った。提案したのは単純だ、皆と同じ言葉である。それでも、彼女を選んだのは――
「美人だからじゃ」
「……あら、案外面食いね」
 きっと、嘘だ。ゼファーを契約者に選んだとしても『彼女が槍を獲物にしていたから』に過ぎない。
 炎の槍を鍛造して見せようとミシュコアトルは告げた。
 それは彼女が望めばその場に『顕現する』ミシュコアトルの力である。ヴァレーリヤの言う通り『誰かが手にできる武器』にもなろう。
 ゼファーが其れを貸与すると決めれば、他の誰かがその槍を手に打ち砕く切っ掛けを作り出せるかも知れないのだから。
 ラド・バウそのものには焔で作った結界を展開してくれるのだそうだ。帝都にあるラド・バウを護ってくれることだろう。
「それじゃ、早速帰ったら力を借りようかしら?」
「安売りかの?」
「ええ、ついでに皆の暖もとれて、馬鹿げた寒さも乗り越えられそうですし!」
 からからと笑ったゼファーにミシュコアトルが頷いた途端、景色が変わる。
 気付けばバラミタ鉱山の当たり前の風景が広がっていた。何もない、ミシュコアトルと出会う前のその空間だ。
 目の前には彼の居所に繋がっている焔が見えていたが――ひゅ、と風が吹く。
「ミシュコアトルも、行こう。竈には鍵をしておくからの」
 ――そして、火が熄えた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

フロイント ハイン(p3p010570)[重傷]
謳う死神
トール=アシェンプテル(p3p010816)[重傷]
つれないシンデレラ

あとがき

 お疲れ様でした。
 ミシュコアトルさん(おっさんの精霊)はラド・バウに一時的に付いていくことになりました。
 皆さんの力になれますように。

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