シナリオ詳細
<クリスタル・ヴァイス>City of Glass
オープニング
●
――鉄帝国地下巨大鉄道網。
帝国の大地深くを血管のように巡る遺跡群であり、全容は把握しきれていない。
歴史的にはその一部が利用されたこともあるが、実際のところは一体全体なにも分からない。グラウンド・ゼロと呼ばれており、巨大なダンジョンとも言える。
(……こいつは予想以上だな)
そんな地下で、壁に背を付けたジオルド・ジーク・ジャライムスが睨むのは、巨大な空洞だ。
察知していた情報ではルベン近くの地下にヴォロニグダと呼ばれる遺跡が存在するという話だった。
そこはまるでガラスで出来た都市であり、煌めく色彩に溢れている。
「良いニュースと悪いニュースだ」
ジオルドの隣に現れた男――エッボ・ザサーレがおどける。
二人は分断された帝国の有力派閥『独立島アーカーシュ』における特務軍人(スパイ)であり、島で情報分析するマキナ・マーデリックと共に連むことが多くなっている。
実際にはジオルドとマキナは二重スパイ(ダブルクロス)のような立場にあり、本拠は練達の諜報組織『00機関』だが、そこはそれ。利害が一致すれば協力し合うのも当然とは言える。
一方で生粋の帝国諜報員であるエッボがそれに気付いて居るかは分からない――恐らく気付いてはいるのだろう――が、目下の所では対立する理由もなかった。
それはジオルドも承知しており、要は互いに腹芸をしている状態だが、そんなものかもしれない。
練達側の思惑はあくまでアーカーシュが保有する古代の超兵器『ラトラナジュの火』を監視することだ。
もう少し言えばそれを外交や戦争の道具にさせないことである。
超兵器が帝国内で、魔種勢力に対して使用されるなら万々歳という訳だ。
ならば仲良く偵察任務を行っても構わないということになる。
少々――組織の活動を怠け気味に、イレギュラーズ活動に熱心すぎるあいつ――佐藤 美咲(p3p009818)にほだされたのかもしれないが、それはさておき。
「まずは悪いほうから聞こうか」
「新皇帝派の連中も、ここを嗅ぎつけたらしい。例の魔種(バケモノ)も居るって話だ」
「なるほど、良いほうは?」
「俺達にはトンズラこく時間が、ちょいとばかりだけ残ってる」
「どっちも悪いじゃねえかよ」
ジオルドはエッボを肘で小突き、一目散にその場を後にした。
「なんか居たんじゃなかったのかなー」
数分後、そこに現れたのはターリャという魔種の少女だった。
「申し訳ございません、閣下。おそらく逃走したものと思われますが」
「ふうん、まあどうでもいいや」
頭を垂れる新皇帝派の軍人達を一瞥し、ターリャはヴォロニグダ遺跡に足を踏み入れる。
その遺跡は、まるで巨大な地下都市のようだった。
彼等は新皇帝派の中でも『アラクラン』と呼ばれる集団である。
他の新皇帝派軍人達同様に天衝種を従え、今や帝国を我が物顔でのし歩いている連中だ。
「さっさと見つけてよね、おじさん。そうしなきゃまたあの人達が邪魔しに来るんでしょ」
「はっ、ただちに!」
何かを探している様子ではあるが。
ともあれ諜報部が持ち帰ることの出来た情報は、そこまでだったのだった。
●
帝国はフローズヴィトニルと呼ばれる未曾有の寒波に襲われている。
独立島アーカーシュが解放したアルマスクの街では、軍人達が懸命に除雪作業を行っていた。
とはいえ雪をかくたびに降り積もるものだから、穴を掘っては埋めるように無為な作業にも感じられるという所はある。けれどやらなければもっと酷くなるのだから、致し方ない。
「道が埋まったなら、その上を走っちゃおうってことだよね」
街中の居住区などは仕方ない面はあるが、広域についてはマルク・シリング(p3p001309)の言葉通り、周辺村落や南部のノイスハウゼン方面には、蒸気スノーモービルが活用されている。物流の回復とまでは言いがたいが、連絡などは行き届きつつある。あともう一歩なのだ。その一歩が遠いのだが、はてさて。
「それじゃあ話を聞こうか」
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)がエッボをつつき、ジオルドもまた頷いた。
「先日発見された遺跡だが、街のようなものが存在する」
エッボ達が言うには、ヴォロニグダという遺跡があるらしい。
戦禍を逃れた難民なども入り込んでいるようだ。
入り口は小さく、ここを奪取することが出来れば、防衛しやすい拠点にもなる。
「他の地域との連絡にも活用が期待出来ます」
そう述べたのは陸軍の参謀士官リュドミーラ少尉だ。
「他の派閥との連携にも期待出来るってことね」
頷いたリュドミーラは、言葉を続けたリーヌシュカ(p3n000124)の義理の姉にあたる。この派閥では作戦のサポートを行ってくれている人物だ。
「その辺りが、だいぶ楽になるってことか」
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)にリュドミーラが「はい」と同意する。
ルカはポラリス・ユニオン(北辰連合)の所属である。だがこうして連携することが出来ているのは、イレギュラーズが空中神殿を経由して気軽に移動出来ることにある。
けれど帝国軍人達はそうではないのだ。だから他派閥と直接連絡が出来るようになれば、物事がより捗るようになるであろうことは道理と言える。
「けど、魔種が居るんスよね」
なんとなく居づらそうにしている美咲に、ジオルドが頷いた。
「あいつか」
「……」
ルカとすずな(p3p005307)が視線を合わせる。
幾度か交戦しているターリャという魔種であり、諜報部によると『アラクラン』と呼ばれる組織の一員であるようだ。彼等が何を企んでいるかはよく分からないが『建国』などと言い始めているらしい。
ろくでもないことに違いはないだろうが――
それはともかく、ここアルマスク南部、街道の入り口に集った一行には為すべき事がある。
「冬の気配、確かに精霊の力を感じるわ」
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は、その穴の前に立って振り返った。
それはフローズヴィトニルの気配と思われる。
この未曾有の冬を止めるための手立てが、ありそうなのだ。
そういった意味でも、オデットの知見が必要とされている。
「作戦を詰めて行こうか。ここは寒いし、あそこを使わせてくれるそうだから」
マルクが一件のカフェを指差し、話を一旦結んだ。
まずは作戦会議と行こう。
- <クリスタル・ヴァイス>City of Glass完了
- GM名pipi
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年02月05日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
「……!」
息を飲んだ『誰かと手をつなぐための温度』ユーフォニー(p3p010323)が視線を上げる。
「すごく綺麗なところですね……!」
そして思わず呟いた。
薄暗い洞窟の先にあったのは、さながらガラスで出来た都市――ヴォロニグダ遺跡だ。
透き通った都市自体が放つ淡い光は、辺り一面へ虹のように散っている。
時折、硬質なもの同士が触れ合うような、澄んだ小さな音が響いてきていた。
万華鏡のように煌めくそこは、まるでユーフォニーの世界を思わせるようだ。
「プリズム様の効果が分光スペクトルを生んでいるようですね」
今井さんの解説にユーフォニーが頷く。
音や声――聞こえる全て。それから見える色が重なり、まるで世界に輝きが増したような気がする。
考えながら、ユーフォニーは煌めきの都市の奥を見つめた。
おそらくそこに居る敵達には、この世界がどう映っているのだろうかと。
「うー、さむい!」
「こんなにさむいことってある!?」
後ろで縮こまっているのは『忠犬』すずな(p3p005307)と『セイバーマギエル』リーヌシュカ(p3n000124)の二人だった。一行がここへ足を踏み入れたのには理由がある。
「ここに手がかり? が? あるんでしょ?」
「ええ、この寒波、ふろーずう゛ぃとにる? ……が原因で。調査しなければ、なのですけど」
震えながら腕にしがみついてきたリーヌシュカに、すずなが答える。
「鉄騎は過酷に耐えうると、少々たるんでいるのではないか?」
リーヌシュカへ聞こえるよう咳払いした『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)に、少女はなんとも情けない表情を返す。
「エッダー……」
一行は目的地である都市の中枢へ向け、慎重に足を運んでいた。
「……ふむ」
顎に拳を当てた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)が周囲を見渡す。
彼が治める領土が存在する故郷幻想には果ての迷宮があるが、この古代都市を含めて鉄帝国にも巨大な地下ダンジョンが存在するらしい。まるで異世界の欠片をつなぎ合わせたような果ての迷宮と比較すれば随分分かりやすい構造をしているが。
それでも詳しく調査したならば情勢を左右しかけないものまで見つかるかもしれない。
鉄帝国と幻想国とは互いに長年の確執を持ち、平たく言えば敵同士でもある。
それに――
(うへー……ジオルド氏に戦闘見られるのかぁ……)
些かげんなりとした気配を漂わせる『罪の形を手に入れた』佐藤 美咲(p3p009818)は、練達の諜報組織『00機関』に所属しており、この現場にはジオルドやマキナといった同組織の者も同行している。
政治的には少々きな臭くも感じないではない一行だったが、ともあれ。
今はイレギュラーズとして、そして分断された鉄帝国の派閥『独立島アーカーシュ』を組織するメンバーでもあるのだった。
先程から何かを考え込み、無言を貫く『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)はポラリスユニオン(北辰連合)の構成員でもあるが、両派閥は密な連携を取り合っている。
何よりギルド・ローレットに所属する、イレギュラーズ同士。
魔種という強大な敵へ立ち向かう仲間であるのだ。
「うん、どんどん近付いてきているみたい。氷の精霊力を強く感じるわ」
そう言って振り返った『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)に、仲間達が頷く。精霊の力を理解出来たのなら、今より一歩でも進めるはず。
オデットは知りたかった。フトーズヴィトニルが何者なのかを。
(いいえ、知らなきゃいけないと思うの)
そしてオデットは近くに漂う冬の気配に語りかけた。
少なくとも荒らす気はないと、そう呼びかける。
奇妙なのは返答がないことだ。
まるで何かに引き付けられているように、気配は都市中央の一点へ向けて集中している。
「私にも聞こえないみたいです」
オデットに頷いたユーフォニーも同様だ。
――新調に歩みを進めながら、程なく。
「……見えました」
ささやくように、ユーフォニーが述べた。
一同が静まりかえる。
ドラネコのリーちゃんに偵察させていたのだが、この先の広場に新皇帝派の軍人達が居るようだ。
勘づかれない程度の距離を保ちながら、一行は敵の数や構成などを共有した。
「美しい都市だが、来てる奴はあまり美しくないな」
小声でおどけた『アーカーシュのDJ』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)が続けた。
「それにイサークも巻き込まれちまったか。ちとばかし、面倒くさいことになった」
「ったく、間の悪いやつだ」
ヤツェクの飲み友――アーカーシュに所属する特務軍人のエッボも頷く。
イサークは新皇帝派へ潜入させているスパイ、つまりエッボの同僚でありヤツェクの友人だが、今回は敵方に混じってしまっているようだ。
「えと、どの方でしょう」
特徴を聞いたユーフォニーは、敵方の中にイサークを見つけた。
「うん、だったら大丈夫そうだね。後はイサークさんの正体がバレないようにしないとかな」
述べた『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)の言葉通り、イサークは戦闘に巻き込まないように、あとは彼がこちら側のスパイであることがバレないように。うまく立ち回る必要がある。
「ちょうだい」
「もちろん」
ドーナツを分け合った『魔法騎士』セララ(p3p000273)とリーヌシュカが頷き合う。
「ともあれ、新皇帝派とやらを追い払いましょうか」
「何としても手掛かりを掴もう。この国の未来のために」
ウィルドの言葉に、マルクが続ける。
そろそろ行動開始だ。
●
「またもや貴女たちですか。これで三度目、奇妙な縁を感じますよ」
「あーあ。ほんと。なんでまた居るのかなー、お姉さん達」
構えるすずなの視線、その先――
ガラスの祭壇に腰掛けた魔種ターリャがうんざりした表情で首を傾げた。
何もかもが他人事のような、何かを諦めきったような、聞き覚えのある声音のまま。
エッダが瞳を細める。
(……何だ? やる気がないのか?)
新皇帝派の軍人達はいきり立って機銃などを構えているが、ターリャ自体の戦意は低そうに見える。
それならばこちらとしては好都合ではあるが――エッダが思案する。
変と言えばルカの言動もそうだ。
彼は「いつかは殺す」「だが今は殺さない」などと言っていた。
(何なのだそれは……)
まあ、それならば。センチメンタリズムに付き合ってやるのも良いだろう。
(やりたいようにやらせた方が良いパフォーマンスが出来るからな、こいつらは)
エッダの心中の声は、さも自分を含まないような言い草だが、舌に乗せるのを憚った程度の自覚はある。
実際のところ――美咲あたりは信じまいが――意外にもジオルド等も近いのだが、その辺りはさておき。
武器を構えての睨み合いは、長くは続かなかった。
美咲の合図と共に一行は先制攻撃を開始する。
敵の応戦は――けれど一瞬、否その三分の一程度遅かった。
「風穴を開けるぜ!」
ルカは踏みだし、巨剣を横なぎに払った。
荒れ狂う鋼の暴風が敵陣を襲う。
同時に、ユーフォニーとオデットが放つ極大の術式が敵陣を飲み込んだ。
早速、天衝種の二体が倒れ、怒気を発散しながら陽炎のように蒸発した。
「切り込みます――付き合ってください、シュカさん!」
調査は任せるのだから、荒事担当は買って出る。すずなはターリャのほうへ一気に駆け出した。
「リーヌシュカ、行けるか」
「任せなさい! すずな! ルカ!」
「まずはボク達であの子を止めよう」
セラフィムのカードをインストールしたセララが宙空へ舞い上がる。
「じゃあまずは、僕と合わせてくれるかい?」
「では動きはどうにか封じてみせまス」
ジオルドの手前、大口を叩かざるを得ない自分をいっそ呪いたい。
「うん、お願い! マルク、美咲!」
敵陣をなぎ払いながら更に踏み込んだルカに続いて、マルクが放つ漆黒の波が敵陣を飲み込み、その運命を塗り替え――その瞬間、美咲が天衝種の足を次々と撃ち貫いた。
有効打の機会を失した敵達を、リーヌシュカが指揮する空飛ぶサーベルの群れが切り刻む。
「おれも颯爽と登場だ。早速一曲、演ろうじゃないか」
ヤツェクが陽気なコードをかき鳴らし――それから敵軍人や化物共へ向けて顎をあげた。
「さあさ、アーカーシュのDJが生演奏だぜ。イカしたリフに着いてこい」
殺到する天衝撃を前にヤツェクはステップを踏み、軽やかに踊る。
彼が刻むステップの軌跡を機銃の弾丸が追いかけ――けれど反撃の聖なる灼滅に飲み込まれた。
「ならばこちらは、こじ開けてみせましょう」
不敵に口角をつり上げたウィルドの挑発的な踏み込みに、天衝種ラースドールの一体が大槌を振り上げ――一気に振り下ろす。ウィルドは衝撃をいなし――クリスタル状の床が甲高い音を立てたが――オデットの保護結界が効いている――割れてはいない。
ここからはウィルドにとって持久戦となるだろう。それに出来れば、もう一体も引き付けておきたい。
●
「あーもう、めんどくさいな」
戦場後方にある美しい狼の像――その牙が咥える宝珠にターリャが手を伸ばす。
「させないよ!」
だがターリャは迫るセララの剣を払わねばならなかった。
「ちびっ子さんに、お姉さんも。なんで邪魔するかなー」
「ボクたち、同い歳ぐらいだと思うけどな」
むしろセララのほうが二歳ほど年上とも思える。
「そんなの知らないし」
苛立った様子のターリャが、宙に浮かぶ巨剣をセララとすずなに放つ。
セララが軽やかにかわし、すずなは遮る巨剣を刀でいなして、流れるように霞の構えをとる。
ターリャは一本の巨剣を両手で掴むと上段に構え、もう一本を宙へ浮かばせた。
「どうも、会うのは三度目ですね。そろそろ私の顔は覚えて頂けたでしょうか、ターリャさん」
「忘れたいんだけどなー、すずなお姉さん」
相変わらず隙だらけだが、すずなの進言(?)が効いたのか一応は構えているようだ。
「生兵法は怪我の元ですよ、ターリャさん」
「うるさいなー、ほんとお姉さんてお節介」
打ち込む隙を与えぬすずなにターリャが苛立ち――
「……会うたびに気配が強くなっていますね。理解っているとは思いますが、相当やばいです。皆さん、お気をつけ下さい」
すずなは小声で仲間へ伝える。
「それじゃあ今度はボクから行くよ! ギガ! セララ――!」
懐へ飛び込むように肉薄したセララが剣を引き。
「――ブレイク!」
雷光を纏う聖剣を一気に振り抜いた。
一撃を受け止めたターリャは剣を押し、セララの態勢を崩そうと狙う。
だがセララは翼をはためかせて瞬時に横へステップし、第二撃を見舞う。
「クロス!」
再び受け止めたターリャだが、衝撃に剣が高く跳ね上がり――
「まだまだいくよ! オーバーブレイク!」
「――ッ!」
瞬時の第三撃はついにターリャの胴を一文字に駆け抜けた。
「クッ――!」
雷撃に呻くターリャを横目に、すずなは巨槌を振り上げたラースドールのもう一体へ刃を走らせた。
甲高い音と共に、強固なはずの装甲に鮮やかな切れ目が生じ、ずるりと落ちる。
重い落下音が響くが、無論すずなの刀は刃こぼれ一つ見せていない。
「私は先にこちらを片付けます」
「では相手をしてやる」
頷いたエッダは、構えてターリャに向き直った。
「お姉さん、軍人さん?」
「いかにもだが」
「ふうん、まあいいけど。ほんと邪魔」
ターリャは立ち位置を変えたいところだが、エッダが逃さない。
僅か二秒ほど、じりついた時間を破ったのはオデットだった。
その指先には目映い温かな光が輝いている。
炎と光の精霊力は温かく――けれど敵には容赦しない。
「――お願いね」
手首をふわりと返したオデットから離れた光球がターリャを襲い――
「今なら行ける? うん。ありがとう」
――激しい光熱が炸裂する中、オデットは一枚の護符を破り、交差させた両手をゆるやかに広げると、さらに二つの小さな太陽が顕現した。
それをもう一度、爆熱の渦中へ放り込んでやる。
並の怪物など一瞬で蒸発せしめるであろう極大の精霊術式の三連投下には、さしもの魔種もただごとでは済むはずがない。熱気を払ったターリャは目に見えて憔悴した様子を見せていた。
●
一分ほどだろうか。
激突から幾ばくかの時が流れた。
戦いは続いているが、一行の狙いは短期決戦だ。
一度はパンドラを燃やしたウィルドだが、敵の盾役であるラースドールの一体を引き付け続けている。
「全く、厄介なものですね。古代兵器というものは」
巨大な槌をかわしたウィルドがぼやき、体内の気を張り巡らせる。
幾度も吹き飛ばされる寸前に無手の拳を叩き返すのは、さながら壮絶な削りあいだ。
それにウィルドは、この一体だけを相手取っている訳でもない。手傷を負う度に反撃しているのだが、きりがないとも思えてくる。
もう一体はすずなの剣を前にそろそろ半壊しているが、まだ動いているあたり厄介極まりない。
「踏み込みが甘い」
涼やかな視線を外さぬまま、エッダがターリャの斬撃をいなす。
直後に叩き込んだ拳の一撃はあまりに弱々しくさえ思え――けれど完全に無防備となった瞬間の腹部に炸裂した強烈な掌底に、ターリャが吹き飛び転げた。
「貴様ら如きの実力で建国だ何だと、片腹痛いわ!」
「あーもう、邪魔だなー。お姉さんには関係なくない」
「大いにある!」
エッダとセララに遮られているターリャはどうにか戦況をコントロールしたいようだが、相変わらずうまくいっていない。立て続けに叩き込まれるセララとオデットの猛攻にも、傷を増やす一方だった。
とはいえイレギュラーズも魔種を前には傷つかずにはいられないのだが――
敵の数は多く、出来るだけ巻き込みたいと狙っていたイレギュラーズではあったが、初撃以降は乱戦となりなかなか機会に恵まれていない。だが一行は即座に単体攻撃等に切り替え、臨機応変に応じている。
多勢に無勢の厳しい戦いだが、戦果自体は上々で、敵は徐々に数を減らしつつあった。
「オデットさん、つまりこれは」
「ええ、そうみたい」
「それでは次はこちらに取りかかりますので、供給をお願いします」
「わかりました、ではお願いします」
「承知しました」
今井さんがギターケースからロケットランチャーを放つ。
少々の問題は冬の精霊が敵にも味方にも牙を剥いてくることだが――オデットとユーフォニーは何かに気付きつつある。おそらくこれは宝珠の防衛機構のようなもので、戦闘が終了すれば対話の余地がありそうだということ。それに仮に倒してしまったとしても、それ自体は単に鎮めるだけで問題もない。
ともかく一行は、可能性こそいくらか焼いたが、まだ誰一人として膝を屈しては居なかった。
「さて軍人さんよ、よーく聞いとけよ」
ヤツェクが高らかに嘯き――他の誰にも見えぬよう片目を瞬きした。
「イレギュラーズが、舐めた真似してんじゃねえぞ」
ヤツェクは遺跡の段構造を軽やかに跳び上がりながら軍人を挑発する。
軍人はいきり立った様子で、コンバットナイフを手に躍りかかった。
――肉薄、その瞬間。
脚を引いたヤツェクが軍人の腹部に靴底をあて、一息に跳ね飛ばす。
吹き飛んだ軍人はなぜかサムズアップすると、そのまま物陰へ消えていった。
「……悪いなイサーク。酒はおごるから許してくれ」
これで敵軍に忍び込んでいたイサークは、うまく怪しまれないように退場してくれたことになる。
それにこんな大立ち回りをしたのだ。この遺跡には難民が隠れているらしいが、良い娯楽になるだろう。
ヤツェクは思う。アーカーシュの広告塔(DJ)である以上、へっぴり腰になってはいかんのだと。
ならばさて、次はどうするか。
(ああそうだ、へっぴり腰はいかんよな)
戦場を見下ろしたヤツェクは、心中の決意に水を差す僅かな後悔を振り払うように、ターリャ(強大な化物)と戦うセララ達の元へと駆けだした。
「鉄帝の『強い者が上に立つ』って方針、良くないよね」
ターリャと斬り結ぶセララが問いかける。
「……」
「それがあるからバルナバスが皇帝になっちゃったんだし」
「そうかもね、ちびっ子さん」
「セララって呼んでよ」
「じゃあ。そうかもね、ちびっ子のセララさん」
「うん。だからボクはターリャちゃんがこの国を嫌いって言うのは分からなくも無いんだ」
「だったら、何なわけ」
ターリャが苛立ち、宙の剣をセララに投下する。
ステップを刻んだセララは、再びターリャへ斬り込んだ。雷光が舞い、肉薄する二人の頬を照らす。
「だけど、ボクは『嫌いだから壊そう』とは思わない。皆で力を合わせてこの国を変えていきたいんだ。強さ以外も大切にする国にね」
「ふうん、りそーかなんだね、ちびっ子さん」
「ターリャちゃんも良ければ一緒にどうかな? この国のあり方、絶対的なルールを変えるって事は強さが全てと考える人達への復讐になるかもしれないよ」
「わたし、魔種(デモニア)なのに? いいのかな、正義のイレギュラーズがそんなこと言って」
「だって友達になれるかもしれない」
「あっは! それってさすがに、ちょっとウケるけど」
ターリャがさも可笑しそうに笑う。
「国民を殺しても鉄帝は滅びないだろうけど、思想を変える事は鉄帝を滅ぼしたって言えると思うしね」
「……むずかしいこと言うなあ、ちびっ子のくせに」
「それにターリャちゃんって友達のしにゃこちゃんに似てるから、仲良くなりたいなって」
「変な人達、イレギュラーズってみんなそうなわけ?」
「この国にクソ野郎が居るのは否定しません」
美咲がぽつりとこぼした。
「私のスチーラーでの上司は……ゼシュテルではモリブデン事件を起こす程度にはクソ野郎でス」
「スチーラーは知らないけど。新聞で見たよ、それ。おもしろかったなー。人(鉄騎種)だったころ」
「でも……出会った面子とタイミングが悪かったんスよね」
人というものには転機があり、ショッケンとその別世界線のシミュレート結果は――まるで。
「あれ。お姉さん、片方の腕どうしたの?」
「まあ、こんなこともありまスが。それは今はいいでしょう」
「ふうん。不便な身体だね。鉄騎種みたい」
会話はともかく。なんの因果か、美咲は余所者のくせに、この国の面倒を見ることが多い。
案外この国に入れ込んでいるジオルドやマキナのせいだったりするかもしれないが――それもさておき。
「来なさい、吐き出しなさい、ターリャ」
「お姉さんて、本当に邪魔。さっきからちっちゃな銃一つで、あれこれ小細工して」
「彼ピ(仮)が行方不明の三十才児だって見てるんでス」
「……何を言い出すか、貴様!?」
二秒ほど遅れて、言葉をかみ砕き終えたエッダが突如狼狽えた。
「今更子供一人増えても、誤差でスよ……!」
「ターリャさんの望みは、全員殺し合う国を作る……でしたよね」
激しい激突の最中、ユーフォニーもついに語りかけた。
「そうだけど」
「作り変える先がどうあれ」
ユーフォニーは言葉を続ける。
「国をどうにかしようとするのってものすごくパワーも勇気もいることですし、すごいです」
「ほめても別に何もでないんだけどな」
「でもこのままだと……」
「……」
一度言葉を飲み、思案してから続けた。
「第二第三のターリャさんのような存在を、あなた自身が生み出してしまうと思うんです」
不思議な微笑みを浮かべたターリャの、なぜだか泣き出しそうな瞳を見据えて問う。
「それは本当に望む世界ですか…?」
ターリャの声、音、それらの色をしっかりと覚えようとするように。
「わかんない」
ターリャが天を仰ぐ。
「わたしはこの国が嫌い。この国の人達が嫌い。この世界が嫌いなだけ」
氷炎が炸裂し、返すユーフォニーから溢れる万華鏡の煌めきが激突した。
ユーフォニーとターリャの巨大な魔力と魔力がぶつかり合いに、幾重もの突風が吹き抜ける。
「こんな生き物(デモニア)になる前から、ずっとずっと前から大嫌い」
だが瞳を細め、腕で顔を覆ったユーフォニーは、それでもターリャから視線を外さなかった。
ユーフォニーを勇気の彩りが支え続けているから。
――人は往々にして、何かに絶望することがある。
そんな時に偶然『原罪の呼び声』なる魂の揺さぶりに応じてしまった時、人は反転を遂げる。
魔種へと墜ち、そこにあるだけで滅びのアークをまき散らす存在へと変貌してしまう。
それは希望の灯火そのものであるイレギュラーズとは対極の存在、不倶戴天の敵へと――
激闘は尚も続いており、ターリャは戦いながらも、ぽつぽつと言葉を零していった。
傷だらけの少女だった彼女は、可愛い洋服が似合うようになれたのだと言う。
憎んだ鉄帝国に、鉄騎種に、復讐出来るだけの力も手に入ったのだとも言う。
けれど考え方も何もかも、心は何も変わらなかったとも続けた。
原罪の呼び声へ答えることが狂気を受け入れることならば、自身はきっと初めから狂っていたのだと。
「全部めちゃくちゃにしたい。消えちゃえばいいと思う。けど、だったらわたしが消えるべきなのかな」
それはこの上なく、ひどい微笑み方だった。
「消えたいとは思うけど、でも死ぬのは怖いでしょ。みんなそうなんだろうけど」
ユーフォニーには、語られる言葉の全てもまた、ターリャの世界なのだろうと思えた。
だったなら、自身には何が出来るのだろう。
そしてユーフォニーは、今度は自身の内なる色彩を見つめ、一つの決意をした。
●
戦いは続いていた。
ターリャの剣と魔力による猛攻はイレギュラーズを苦しめていた。
無論、満身創痍とはいえ、イレギュラーズも健闘している。
結果として敵の数は減り続けているが、今度は継戦に難が生じつつもある状況だ。倒れた者も居る。
だがマルクの魔的契約により、彼が可能性の箱をこじ開けた刹那、戦場に温かな魔力が満ちた。
一行の傷がたちどころに塞がっていくではないか。
これでさらに戦い続けることが出来るはずだ。
こうして剣と剣とが激突する中、ついにラースドールを片付けたすずなが現れた。
「おれもそろそろこっちだ、背中は任せてもらおうか」
ヤツェクもまたギターをかき鳴らす。イレギュラーズを襲っていた不調がたちどころ消え失せた。
「さて、私とも一つ手合わせ願えますか、ターリャさん?」
「お断りって言いたいんだけどな」
天衝種や軍人は、残るメンバーでフォロー可能だろう。
こちらをさっさと片付けなければならない。
狙うは未だ、短期決戦なのだ。
ターリャの怒気は徐々に膨れ上がっており、長引くほどに不利になる。
このあたりが分水嶺となるだろう。
すずなが隙を伺った。
相変わらず、ターリャは隙だらけ『ではある』。
だから意味合いは通常の剣士を相手にするそれとは少し違っていた。
技量はすずなが遙かに勝っているのは、一角の剣士であれば一目瞭然に見て取れるだろう。
それはエッダなどの拳士とターリャを比較しても同様。
理解出来ていないのはターリャだけだ。
いや頭では分かっているのだろうが、技が追いついてこないのだ。
だが剣士として、すずなとターリャ、両者のスタイルが似通ってはいるというのも事実。
(そうなると、身体能力の差がモロに響くんですよね……)
魔種は人類と違う。反転した瞬間から、多くが人ならざるフィジカルとスピードを手にしてしまう。
これまでは技量で補ってきたが、今回も通じるのか。
――正直、自信はない。
(しかし、だからといって怯むのは剣士に非ず!)
今できる全力をぶつけるのみだ。
すずなは一合を打ち、すぐ違和感に気付いた。
続く数合を打ち合いながら確信する。
先程まで感じていた怒気が、前回程度まで落ちている気がする。
いや、それ以下かもしれない。
(弱くなっていますね……)
あえて指摘はしない。それでもぎりぎりの戦いだからだ。
おそらく先程聞こえた会話が原因だろう。
「戦いながら口説くなんて、変な人達だなー。わたし魔種なんだけど。人類の敵だよ?」
「ああ、腹は決まったぜ。ターリャ」
今度はルカが斬り結ぶ。
「なに、お兄さん」
「ターリャ、お前がやったことは間違っちゃいねえ」
何度も考えたが、結局結論はそうだった。
こいつを傷つけたクソ野郎など、ぶっ殺して当然だ。
自身とてターリャであったなら、そうするだろうと思う。
「……っ!?」
そんな時だ。
戦場に突然、甲高い音が響いた。
ルカが何を思ったか、剣を放り捨てたのだ。
斬り付けようとしたターリャは思わず手を止め、仲間も一斉に得物を引いた。
「え、なに? お兄さん、気でも狂ったの?」
ルカは狼狽えるターリャへ一歩一歩近づき、そっと抱きしめた。
血と瘴気と、むせ返るほどの滅びのアークを感じる。
けれど彼女の折れそうなほど細く小さな身体は、まるで人間のように温かい。
ターリャは手を震わせ、そのまま肩の力を抜いた。
「何がしたいわけ、馬鹿なの?」
「馬鹿でもなんでもいい。そんな風になる前に助けてやれなくて悪かった、そう言いてえだけだ」
「……」
「苦しい、つらい時に傍にいてやれなくてすまなかった」
「ほんとに馬鹿なんだ、お兄さん」
ターリャが頬に酷薄な笑みを貼り付ける――そうしているつもりの表情をする。
「このまま魔術で吹き飛ばしたら、お兄さん死んじゃうと思うけど。どうするの?」
「どうもしねえよ。そん時はそん時だ。死んでやるつもりもさらさらねえ」
「……ふうん」
ルカとて思う。
こんなものは夢想だと。
いつか倒すべき相手に、こんな事を言ったって仕方はない。
過去は決して覆らないし、ターリャを倒す未来も変わりっこない。
それでも――
(俺がもっと早く見つけていたら)
――もしかしたらコイツが幸せになった未来もあったかもしれねえじゃねえか。
ただ、そう出来なかったのが悔しかっただけだ。
そしてルカはゆっくりと腕をほどく。
もう一度見つめると、やはりターリャは不思議な微笑みを浮かべていた。
「しんどいなー、ほんと。どうしたら全部終わるんだろ」
(……泣きそうな顔しやがって)
しばしの沈黙の後に、ターリャは巨大な魔力剣を消し、後ろ跳びに距離を置いた。
戦場後方ではマルク達が敵の半ば以上を蹴散らし終えたところだ。
こちらへ向かってくるのが見える。
「ターリャさん」
「なに? お姉さん。ユーフォニーさんだっけ」
「はい。ユーフォニーです。これを受け取ってください」
放ったのは、小さな小瓶だった。
「贈り物です」
ゲルダの涙という香水だ。
首を傾げたターリャが、不思議そうな表情で小瓶を見つめてそっとポーチに仕舞う。
「お礼なんて言わないけど、なんでわたしのこと殺さないんだろ、こんなことまでして」
ターリャが飛びすさり、姿を消した。
「ほんと、変な人達」
魔種を討つのは絶対だ。
けれどターリャも年頃の少女だ。
たとえ人でなくなったとしても。
だからそれまで、せめてほんの一時でも、怒りの安らぐことがあればと。
ユーフォニーもまた、願わずにはいられなかったのだ。
●
「これで趨勢は決まったよ」
魔力の剣を振り抜いたマルクが呼びかける。
「あのクソデモニアが! ふざけた真似しやがって」
敵軍を指揮していた軍人マトヴェイが吐き捨てる。
「だから信用デキネエんだ、ああいったクソガキはよ」
多勢に無勢だった状況はは、いまや完全に覆されていた。
後方で肩を押えるウィルドが、身を盾に刻んだ打撃も積もっていただろう。
頼みの綱(魔種)を失った軍勢など、イレギュラーズの敵ではない。
「浮遊島の大使として勧告する」
マルクが胸を張る。
「今退くなら見逃すけれど、続けるなら相応の覚悟をしてもらうよ」
虚勢でもブラフでもなんでもない。
マルクはただ純然たる事実を告げている。
この戦場はもう、掃討戦へ移行しつつあった。
これ以上の長居は、新皇帝派にとって無駄に命を散らす結果となるだけだ。
「……ッチ。退くぞ野郎共。大使様だかなんだかしらねえが、偉そうにしやがって」
数秒の後、舌打ちしたマトヴェイは部下を率いて後退していった。
「次あったらタダじゃおかねえからよ!」
そんな月並みな台詞を残して。
後は――
「皆さん、お疲れ様です」
後方で待機していたリュドミーラ達が姿を現し、オデットとユーフォニーが頷き合った。
「怖いものは追い払ったわ」
「もう戦いはおしまいです」
冬の精霊に問いかける。
するとほどなく攻撃意思が弱まっていき、辺りは再び静謐に満ちた。
先程まったく返答がなかったのは、防衛モードのような状態だったのだろう。
「もう少しで奥深くの声が聞こえそう、きっと……ううん。絶対に友達になってみせるから」
そう述べたオデットにユーフォニーが頷いた。
「私は難民の皆さんに安全を伝えに行きます」
「そいつにゃおれも付き合おう。メンタルケアは重要だ」
「では私も同行します、すずなさんもどうですか?」
「分かりました」
「はい」
「ボクもドーナツをあげようかな」
「それでは私はこれで」
「はい、ありがとうございました」
今井さんと別れたユーフォニーとヤツェク、それからすずなとリュドミーラ、セララは情報にあった通り、付近で戦闘を見ていたであろう難民へ安全と今後について伝えに行った。
エッボは残り、遺跡の調査をはじめた――ふりをしている。
おそらくジオルドとマキナをそれとなく見張っているのだろうが、それはジオルド側も同じだ。
味方同士でもあり、監視対象同士でもある。それは00機関とエッダとの間にも言えるのだが。
こうして残る一行は、宝珠を咥えた狼の像を囲んでいる。
「フローズヴィトニル。氷の大狼……そんな話を、かつて父から聞いた気がする」
エッダが述べた。それはフロールリジのルーツ、北の大地の神話だ。
「ねえ、エッダ。相談があるんだけど」
リーヌシュカが脇腹を人差し指でつついてきた。
「なんでありますか」
リーヌシュカが幼子のような甘えた視線でじりじりと近付いてくる。
何か不穏なものを感じ取ったエッダは、イレギュラーズモードに切り替えたのだが――
「時間がある時でいいんだけど、私に佐官教育してくれない?」
「……本気か貴様」
――嫌な予感は的中し、軍人モードに引き戻される。
そういえばリーヌシュカは大尉だ。士官学校も出ている。
だが今後は軽騎兵隊だけでなくアルマスクやノイズハウゼンの部隊も指揮するとなれば、確かに――任命者はいなくとも――少佐程度の仕事が出来なければ困る。事実上の独立混成連隊となるのだから。
最近は机上の仕事もこなしているらしく、適正はありそうだが。
尉官と佐官では見るべき世界が違ってくる。様々なことを教えてやらねばならないのは確かだ。
「だからお願いよ、大佐!」
こんな時ばかり、本当に。
そんな二人の行方ははてさて――
「精霊周りはオデット氏にお願いするとして……」
美咲が腕を組む。
「遺跡に対する考古学的アプローチはマキナ氏に頼みまス」
「おおおー!? いいのかい!? それは悪いねえ、嬉しいねえ」
いつ頃出来た遺跡なのか。
元々何のためのものなのか。
そういったことが知りたいと伝える。
マキナは瞳を爛々と輝かせ、あちこちを調べ始めた。
そんな光景の向こう側。
「皆さん、もう大丈夫です」
語りかけたユーフォニーに、難民達が少しずつ姿を現した。
「おれは独立島アーカーシュのDJ、ヤツェクだ。たき火でも囲んで一曲聴いていかないか」
すずなとリュドミーラがたき火と簡単な食事の準備をはじめる。ヤツェクがギターと共に陽気な歌声を響かせる中で、ユーフォニーは続々と集まってきた難民達へ事情の説明をはじめた。
難民達はセララが振る舞ったドーナツを食べながら、話を聞いている。
どうやら彼等は総軍鏖殺の戦禍から逃れてきた人々らしい。
身元もはっきりしており、ならばアーカーシュへとも思ったが、彼等自身はそれは不安とも言う。
たしかに誰もが空に浮かぶ島へ行ってみたいと思う訳でもないのだろう。
けれどこの遺跡自体は強固であり、入り口も狭い。
他派閥と多少の調整は必要かもしれないが、堅牢な防衛拠点にもなるだろう。
彼等はフローズヴィトニルの事については知らないようだが、これはこれで儲けものだ。
多少の軍事力か技術力は拠出する必要がありそうだが、そのあたりは歯車卿と相談しよう。
当の難民達の表情は、先程とはうってかわって和らいでいた。
何はなくとも安心感は与えられたようで何よりだ。
「少しほっとしたよ」
氷像を調べていたマルクが振り返る。
「というと?」
「ああうん、つまりね」
マルクは封印を維持、強化する必要性や、最悪の事態――つまりこの遺跡自体に『ラトラナジュの火』を使わなければならない可能性すら想定していた。
だがフローズヴィトニルの欠片は、多くの精霊同様に、基本的にはただそこにある自然現象であり、別のアプローチも可能そうに思えてきたからだ。
「危険な代物には違いないと思うんだけど。もう少しだけ、都合がいい可能性が高い」
「それじゃあもっともっと深く探ってみせるわ」
マルクの言葉にオデットが応じた。
続いてマキナが言うには、このヴォロニグダ遺跡自体はおそらく太古の昔からあったもののようだ。
煌めきの都市は、果ての迷宮や妖精郷アルヴィオンのように、異世界の欠片が吸着したものと思われる。
鉄帝国地下巨大鉄道網(グラウンド・ゼロ)それ自体とは、別の出自である可能性が高い。
狼の像が設置されたのは後の時代のようだが、目的は不明。
他の情報と合わせれば、ばらばらに安置することで強大な力を封印したとも思える。
「ほらほらみてみてみてみてこのデータ見比べるとほら年代が違っててこっちのデータと見比べるとほら」
「おお……」
マキナの語りに美咲が唸る。オタク特有の早口だ。テンションが高い。
普通この仕事をしていて元サヤに関わるとは思わないが……やはり『ウチ』よりもそっちのほうが向いているのではなかろうか。後でそれとなく伝えておこうか。
少なくとも後ろで苦笑をこぼしているジオルドの前で出来る話ではない。
それにマキナは、今は解析に夢中だろうから――
――そんな時だった。
「本当に!?」
オデットが突然大声をあげたのだ。
叫び声といっても過言ではなかった。
オデットはフローズヴィトニルのことを知らない。
けれど分かたれて封じられているというなら、普通の獣ではないことは確かだと思っていた。
だが今は、この存在が精霊なのだと確信出来る。
ならばやれることがあると思ったのだ。
だから――
「……あ、ごめんなさい」
数秒後に集中を解いたオデットは、驚きながら凝視する一行に謝罪する。
「もしかしたら契約出来ちゃったみたい?」
オデットとて、言いながらも気分は半信半疑だが、確信自体はある。
「……は?」
「……えぇ」
誰かが呆然とした声を漏らす中、深呼吸したオデットが続けた。
「フローズヴィトニルと、契約。私が」
「――ええぇ~~!?」
今度こそ、驚いたのはその場に居る全員だった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
ヴォロニグダ遺跡――この煌めきの都市は皆さんの手中にあります。
それからフローズヴィトニルの欠片――宝珠を獲得しています。
MVPは苦戦をおどろくべき方法で切り抜けた方へ。
ここまで思い切った行動は予想外でした。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
地下遺跡へのアプローチです。
ヴォロニグダ遺跡を奪取してやりましょう。
それから『冬の何か』を。
●目的
・新皇帝派組織『アラクラン』構成員の撃退。
・ヴォロニグダ遺跡の制圧。
・フローズヴィトニルの欠片へアプローチする。
●ロケーション
ヴォロニグダと呼ばれる巨大な遺跡です。
古代の都市のようにも見えます。
全体がガラスや宝石で出来たように煌めいています。
非常に寒々しい気配が漂っています。
精霊か何かの力によって、ふわっと明るいです。
難民が居たり、高低差などがありますが、足場などはあまり気にしなくて結構です。
広場に居るアラクランをぶん殴りましょう。
その後、広場中央にある透き通った狼の象を調べてみましょう。
こういうのはオデットさんとかが得意なはずです。
難民などが紛れ込んでいます。
隠れていますので、とりあえずのところ特に作戦には支障ありません。
●敵
アラクラン。いわゆる『建国勢』です。
『ターリャ』
憤怒の気配を纏う、非常に強力な魔種です。
なのですが、あまり戦意は高くありません。
というよりも、そもそも戦いが好きではないのでしょう。
巨大な二本の剣を持ち、炎と氷の魔術を操ります。
全ての能力が高く、特にEXAに優れます。加速+底力+復讐型。
ルカさんやすずなさんは、彼女の怒気が更に強くなっていると感じます。
能力も更に向上しているでしょう。
『大尉』マトヴェイ
新皇帝派アラクランの軍人です。
物攻、防技、HPがとりわけ高く、回避などはそうでもない感じです。
この部隊のリーダーであり、こいつはこいつで結構強いです。
『新皇帝派軍人』×8
いずれも筋骨隆々な敵機種の兵士です。重火器で武装しています。
近接~遠距離の物理攻撃を得意とし、範囲攻撃を持ちます。
やはり物攻と防技とHPが高めです。
散開して攻撃してきます。
『新皇帝派軍人』イサーク
実はアーカーシュに所属しており、敵方に潜入しているスパイです。
ヤツェクさんの地元のダチコーでもあり、エッボの同僚です。
こいつだけはうまーいこと怪しまれないように、ボコった振りをしてあげる必要があります。
他の皆さんも彼の状況や立場を知っていて構いません。
『天衝種』ヘイトクルー×12
周囲に満ちる激しい怒りが、陽炎のようにゆらめく人型をとった怪物です。
近接武器のような幻影による怒り任せの物理の至~近距離戦闘を挑んで来ます
あまり強くはありませんが、どんどん前に出てくるので邪魔です。無双してやりましょう。
『天衝種』ラースドール×2
古代遺跡から出土したパワードスーツに怒りが宿り、動き出した怪物です。
非常にタフです。ハンマーのような長い腕による高威力近接攻撃や、機銃掃射による中距離扇攻撃を行います。ハンマー攻撃にはブレイクを伴います。
こいつも物理です。
敵軍の盾役です。
『冬の精霊』×8
神秘氷系の遠距離攻撃を、単体と範囲で使用します。
敵にも味方にも攻撃します。
●味方
『セイバーマギエル』リーヌシュカ(p3n000124)
鉄帝国軍人の少女で、皆さんに良く懐いています。
前衛型で、結構強いです。特に指示しなくてもそれなりに動きますが、指示しても構いません。
エッボ、ジオルド、マキナ、リュドミーラなどは後方に待機しています。
戦闘には登場しませんが、撃退後は手を貸してもらっても構いません。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
本来的には情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性がありました。
アーカーシュによる事前調査などで情報精度が著しく向上している結果です。
不明点はターリャのスペックと、狼の象ぐらいなもんです。
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