シナリオ詳細
<クリスタル・ヴァイス>Alacrán Bastilla
オープニング
●
我らが王のために――!
そう掲げた男に同調する者が数多く居るわけではない。それ位、フギン=ムニンも知っている。
フギンは軍師などでは無く、唯の薬師だ。生家は商人達の集いでは禁止されているような非合法な薬品ばかりを扱った。
時に調薬を依頼された薬品は人の命を奪おうとも、銭になるならば構わないとさえして居たのだ。
青年も薬師として学んだ。だが、その知識が役に立つ前に一家は離散したという。
非合法な薬品に手を出した男が錯乱したそうだ。顧客の家族は直ぐさまに販売元である『薬屋』を糾弾し、傭兵を雇って『犯罪者』として薬屋達を捕まえた。男の両親は投獄され、まだ年若かった男は叔母に連れられてネフェルストを後にしたらしい。
幾許かの薬を売りさばきながら苦しい生活と送っていた男と叔母を拾ったのが『スコルピオ』だ。
その時、男は薬師を探していた。偶然だ。別にギュルヴィを不憫に思って遣ったわけではないと知っている。
――ガキ臭い理想を宿した男に本当の王冠を与えたくなったのは何時のことだったか忘れてしまった。
ラサを追われ、幻想に征き、そこで没した男のために『国盗りをした冠位魔種』より領地を譲り受けることだけが目的だ。
バルナバスに対して特段の感情を抱いていない者達が自身等が自由にする地を得るために同調した、ただ、それだけだ。
長い物に巻かれた者も居れば、鉄帝国を滅ぼすことを目的にして居る者も居る。
ターリャやヘザー・サウセイルなどは其方だろう。ヴェルンヘル=クンツは雇われの身だ。雇用主の希望には従うはずである。
ブリギット・トール・ウォンブラングも鉄帝国を滅ぼし真なる平等を掲げたいと考えていた。
……その思想は皮肉にもクラースナヤ・ズヴェズダーの急進派(現・革命派)と同様である事は追記しておこう。
ローズルなどに至っては唯の暇潰しであろう。
武こそと掲げられては外交で身を立てる男は唯、詰まらなかっただけだ。其方の方が余っ程狂って居ると云いたくもなるものだが。
クラウィス・カデナは意趣返しもあった。文官で在った男が蔑ろにされ、国を相手に喧嘩を売っている。分かり易い構図だ。
それでも、構いやしなかった。全ては達成されれば問題がないのだから。
『アラクラン』――真なる蠍は、毒を孕み敵を穿つ。我らが王国を頂くが為に。
●
「真・新生・砂蠍?」
「新生・砂蠍・極かも」
軽口を叩いているのは『奔放の白刃』乱花と『狡知の幻霧』魅咲。二人の魔種であった。
一方は享楽的に破壊を求め、もう一報は知的好奇心を得るが為に私腹を肥やす。
人の苦しみ喘ぐ様が好きな乱花にとってフローズヴィトニルの齎した災いの冬は愉快な劇場(ショー)めいて見えた。
対する魅咲は伝承の獣が齎す影響をより多く観察するが為に外交官たるローズルの手を取った。
ラサで活動して居た二人を拾ってきたローズルはフギンに斯う言ったらしい――貴方様の故郷で面白い拾いものをしましたよ、と。
「あーじゃあ、今回の建国失敗したら『真・新生・砂蠍・極』でいこーぜ、フギン!」
「……何を不吉なことを」
「建国勢って呼び名、誰が付けたの? ターリャ? 結構ウケた」
明るく笑い合う魅咲と乱花を前にして、声を荒げることもなく浮ついた素振りもなく、淡々と月白石を眺めるフギンは『氷狼』の座に座っていた。
眼前には巨大な狼の『幻影』と。それを使役するクラウィス・カデナの姿が見える。
「……クロックホルム」
「はい」
「アレは何時まで持つ?」
「カデナですか。生命力を駆使しての使役、そう長くは持たないでしょう。
ですが、各地で一斉に『欠片』を集めるべく進軍が始まったのでしょう? その成果次第ではありませんか」
『もしも』だ。もしも、イレギュラーズに『フローズヴィトニルの欠片』が渡らなかったならば次に狙うは『銀の森』である。
フローズヴィトニルを使役し制御することが出来るのは氷の精霊女王『エリス・マスカレイド』であろう。そうしたときに彼女にどの様なリスクが存在するかは定かではないが死ぬまで酷使しても構わぬ存在であるのは確かだ。
先にエリスを確保することは無駄になる。エリスを狙うならば銀の森を――ローレットが拠点としているその場所へ乗り込まねばならない。ならば段階を踏むべきだ。先ずは各地の欠片を集める。その際に『アラクランの作戦が失敗』したならばエリス・マスカレイドを直接狙う危険を冒す必要はない。
「……問題は、各地で作戦が失敗したときですね。
フローズヴィトニルの封印は『氷狼の座』を中心に据え、散らばっている。つまりは、其れ等がイレギュラーズの手に渡り、エリス・マスカレイドの下に集ったならばこの場も制御下に置かれてしまうでしょう」
「えっ! 大問題じゃん!」
声を上げた乱花に魅咲は「しっ、今凄い大事な話をしている」と注意をした。フギンは怒ることはなく天真爛漫な魔種二人を眺めている。
「ええ、問題なのです」
「じゃあ、どうするの? 横槍入れる?」
「そうですね」
「氷狼の座から各地は離れてるだろうに、どうするつもり?」
魅咲と乱花の問い掛けにフギンの視線がクラウィスへと投げかけられる。
生命力を削り、巨大なる氷の狼を使役する青年。ビーストテイマー、ただ、動物たちを愛していた一人の男――
鉄帝国の地底に蔓延る道は嘗ての遺物であったらしい。
それは地下鉄事業の一環で駆使された。それは地底遺跡の名残であった。それは古代文明の名残であり、調査に使われた道であった。
そうして無数に繋がっていく地下道は横道を増やし、各地に広がった。
まるで血管だ。大地の血管。鉄帝国と呼ばれるこの北方の地の何処へでも行ける地底の道。
その先に、フローズヴィトニルの封印が点在していた。
伝承の獣は四肢を断たれ、首を落とされ尾を引き抜かれたといわれている。
宛ら、この氷狼の座は『心臓』か。心臓から宝珠を駆使しクラウィスが氷狼の息吹を全土に届けるのだ。
――絶対零度に凍り付く。
食物が得られなくなった難民達が飢え苦しむのは致し方がないだろう。それも必要な犠牲と割り切る他にない。
目的のためには手段を選んではいられないのだ。
「準備は?」
「出来てる!」
「いつでもどうぞ」
幼い魔種二人の声にフギンは頷いた。ローズルはと言えば、保護者を気取って微笑むばかり。
氷の狼が遠吠えを発する。
イレギュラーズは利口だ。直ぐにこの変化を察知した『氷の精霊女王』がここまでやってくるだろう。
――イレギュラーズちゃんたち、どうか、どうか頼みます。
このまま、放置していれば鉄帝国は凍り付く。各地の欠片を集め、『要石』を封ずるのです――
さて、来るならば来い。それをも退けるのみだと男は笑う。
「さあ、始めましょう。
各地に『悪しき狼』の息吹を届けるのです。それは我らの追い風となる――!」
- <クリスタル・ヴァイス>Alacrán Bastilla Lv:40以上完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年02月05日 22時06分
- 参加人数10/10人
- 相談6日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
寒風が吹き荒み、視界を眩ませるような真白き暴力が襲う。その果てに凍て付く氷が揺らいでいた。
地上と呼ぶべき場所よりも随分と底へ向けて進んできたものだ。一歩、一歩、辿る足が重苦しく感じられたのはこの地の無事を確認して欲しいと願った精霊女王の言葉に僅かな違和感を覚えて射たからだった。
「『フローズヴィトニルの欠片』を集めて、『要石』を封じる――本当に、『それだけ』なのかしら」
勿論、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)はエリス・マスカレイドを疑いたいわけではない。
それでもこういう時に人間は言葉足らずだ。核心たる部分には触れず、聞こえの良い耳障りの良い言葉だけを並べて提示する。
言葉の裏に何らかの思惑が潜んでいる気がしてならないのだ。それは『氷狼の座』にて接触したギュルヴィという男も同じだった。
嫌な予感。どうしようもない不安ばかりがジルーシャの胸中を渦巻いている。
「行くか」
奥歯を噛み締める。苛立ちを飲み込み出来る限り冷静になるようにと己を律するが難しい。
『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は頭をがりがりと掻いた。
「地下で会ったあの魔種連中と氷狼、やっぱりこの大寒波の原因は連中だったんだな!
くそっ、あのとき仕留められていれば、もっと先に調査ができていれば、今より被害を出さずに済んだかもしれないのに……!」
「風牙」
呼ぶ『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)に風牙は肩を揺らした。紫電の憤怒の形相は、風牙とは又違うものだ。
それぞれが思うことがある。逃したくないものがある。それでも、選ばねばならない。
天秤の上に載せられているのは遍く者の命と、自らの欲求そのものだ。
「……わかってるよ。あの時そんな余裕なかったって。くそっ! ああもー!」
両手で頬を叩いて、深く息を吐く。風牙は己に言い聞かせる。冷静になれ、槍先をあの喉元に突きつけるが為に。
「ぐだってても仕方ねえ! 今から全部挽回する! そして救うぞ、みんなを! 目的はひとつ。『要石』を破壊し、欠片を回収する!
……人の苦しみを楽しむような連中に、好きにさせてたまるか!」
「……ああ」
頷く紫電はぎり、と奥歯を噛んだ。やっと尾を掴んだ――否、本当はずっと目の前にあったのだ。その影は。
この先に進めば『氷狼の座』がある。そこで、奴が待っているのだ。
紫電の胸に沸き立った怒りは、苦しみは、飲み干すことの出来ないものだ。
(……『奏』)
大切な人の、大切な人。そんな言葉では言い表せぬ存在が命を落とした『理由』が目の前に存在しているのだ。
踏み締めた葉は凍て付いており、さくりと音を立てた。余りにも強すぎる寒波が洞を伝い周辺に広がっていく。
その先へと向かうのだ。防寒具の一つでも冷気は身を包み込み纏わり付くことを止めやしない。
吐いた息の白さを確かめて『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)は相棒をその腕に抱きかけた。
「……寒いね。ここは、とても」
寒さの原因は自然発生したものではない。ここにある。此処にあることが、分かってしまった。
「分かる。寒いよなあ」
あっけらかんとした声を掛けられてハリエットは顔を上げた。楽しげに笑うのは少年を思わせる風貌の魔種――乱花だった。
「お帰りはあちらに。まあ、『上』もかなり冷えてるだろうけれど」
「なら帰っても意味ねぇじゃん」
魅咲と乱花。楽しげに語らう亡郷を共にする二人の魔種。知識に貪欲な余り他者を顧みぬ幼子と、玩具で遊ぶように人をも甚振る幼子。
その印象を受ける二人はハリエットにとって知己である鉄帝国外交官に連れられていた。
「ローズルさん」
「ああ、ハリエットさん。それにイレギュラーズの皆さんも。ご機嫌よう。
こんなにも寒いというのにご足労を有り難うございます。クラウィス中佐もお待ちかねでしたよ」
穏やかに微笑んでいるというのに浮かぶ笑みは薄ら寒い。何時だって彼は笑みを絶やさずに此方を眺めている。
(……何を考えて居るんだろう。私達の動きを阻害している、んだよね? なら、明確に敵――なのかな)
ハリエットは測りかねている。男の真意も、男の立場さえも。明るく優しげな仮面を被っているだけの彼は『本来の彼』ではないのだろう。
「あらあら、待って居るだなんて。うふふ、罠なんかが仕掛けられていたらどうしましょう?
ねえねえ、ギュルヴィ君も来ているのよね。この前はスコルピオくんについてお話してくれてありがとなのだわー!」
にっこりと微笑み手を振った『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)はその巨躯を屈め微笑んでいた。
「ああ、こちらこそ」
穏やかな笑みを浮かべるギュルヴィ――否、今日の彼は。
「出自を隠してしまい申し訳ありません。私はフギン・ムニンと言います。どうやら、ご存じの方も居るようですが」
溢れ出る殺意を隠そうともしない紫電に気付きフギンは『分かり易く』視線を送った。神経を逆撫でするかのような仕草で、男はイレギュラーズの出方を伺って居る。
「……生憎、仲良くとは無理な相談のようですが……」
フギンの前に立ったクロックホルムは紫電を睨め付けた。男は『主』への危害を警戒しているのだろう。
「それならば、此方は好き放題させて頂きましょうか」
フギンが指を鳴らせば、後方より巨躯の狼が飛び出した。氷色の毛並み、鋭い牙、そして――呼気に孕まれたのは凍て付く気配。
「――フローズヴィトニル」
呼んだのは、誰だったか。
●
「やれ……私達、気は合いそうにはないってのに縁はあるみたいねぇ。其れも、あんまり嬉しくはないタイプのヤツよ」
肩を竦めた『凛気』ゼファー(p3p007625)は獣の如く魅咲の下へと飛び込んだ。研鑽を重ねた槍術は荒削りであろうとも、師の教えに忠実であるが故に苛烈。
「出会いに喜んで欲しいものだけれど」
「――あら、手の内全てを曝け出してくれないヤツとはトモダチになれないわ?」
フランクに重ねた言葉。前線に出て来たフローズヴィトニルと共に立ち回る乱花と魅咲を抑える事が重要だ。
『女装バレは死活問題』トール=アシェンプテル(p3p010816)は守護魔法を展開し、『シンデレラ』の剣を構えた。オーロラ色に輝く結晶刃の先には信念を乗せている。
「暴食と怠惰の魔種……強敵ですが、こちらも全力で参ります! お相手を!」
「ご指名だって、どう思う?」
くるりと魅咲を振り返った乱花が鯉口を切る。まるで落ち着く所のない乱雑な太刀筋。其れに惑うことなくトールは受け止める。
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の視線の先には『氷狼』を使役する男の姿があった。彼のその後ろにフギン達が控えている。
(……フギン達が加勢すれば私達も危ないけれど……何だか思惑がありそうですわね?
よく分からないけれど、今は乗せられてあげましょう。新皇帝派にフローズヴィトニルを渡すわけにはいきませんわっ!)
一体どうして加勢しないのか。その理由は幾つも考えられるが全てが確信に居たる者ではない。
フローズヴィトニルの使役を行なうクラウィス・カデナが死亡した際に自身達が制御役になりかわる為か。
それとも『イレギュラーズの戦力確認』を行って居るだけなのか。態々、名と立場を大々的に明かしたという事は彼が革命派より離脱したという事だ。
(何にせよ、私達を窮地に陥らせ、窮地に陥らせることが目的である事には違いありませんわね。
彼は指揮官ですもの。此方の戦い方や戦力の確認も重要な仕事なのでしょう――何時までも余裕の儘ではいさせませんけれど!)
ヴァレーリヤのメイスが赫々たる光を灯す。好戦的な魔種を受け止めるゼファーとトールに続き、風牙が脚に力を込め前線に飛び出す刹那。
「『狼』よ、牙を剥け」
声が響いた。それがクラウィス・カデナのものであると気付き『魔法騎士』セララ(p3p000273)は真っ直ぐに男を見据える。
「……クラウィスさん。貴方は動物や魔物が好きなんだよね。
けれど、フローズヴィトニルを目覚めさせたら、動物や魔物だってたくさん死んじゃうよ。寒さに耐えられないし、食糧も無くなっちゃうから」
「無為に殺され、弄ばれる命ならば自然淘汰された方が尊厳を護れるだろう」
静かな声音だった。冷ややかで凍て付く気配。クラウィスを前にセララはラ・ピュセルを前に構え吹く風を受け止める。
「この国は、獣の命など蔑ろにする。それはそうだろう。人の命をも『武』などと言う莫迦らしい基準で左右するのだから。
ならば、俺は獣たちを使役し、その力を思い知らせる。今まで弄んだ命によって引き裂かれる事はどれ程に苦しかろうな――!」
余りに強い怒りだ。『優穏の聲』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は息を呑んだ。
彼にばかり気を取られては居られない。トールにゼファー、そして氷狼と相対する仲間達。それぞれが広がり、戦う事になるのだから。
ぎゅ、と地を蹴飛ばした風牙が勢い良く飛び込んだ。
地を溶かす火の如く。鋭く『侵略』する。瞬く間にその身を投ずる風牙は己が筋力を駆使して狼の体を吹き飛ばそうとするが、一打目は駄目か。
クラウィスが遺跡の柱の陰に身を隠す。睨め付ける眸が覗いている。男が手にしているのが『要石』なのだろう。
ハリエットは息を吐く。心を静め、標準を定める。
「狙って当てるのは私の仕事。要石は必ず割ってみせる」
クラウィスは自在に動く。開かれた遺跡である以上、遮蔽物を駆使しスナイパーの銃撃に備えているのは見て取れた。
(……最初から自分が狙われる位置を見定めてる。まるで誰かの指示で――……ああ、そうか、だから『貴方』は後ろに居るんだね、フギン・ムニン)
スナイパーの広い視野。ハリエットが定めた狙いから的確にズレて居られるようにとクラウィスが行動している。
其れ等全てを受け止めるべく氷狼が牙を剥くか。攻撃を押し止めることこそが目的だとでも言う様に。
ガイアドニスは氷狼とクラウィスの間にその身を滑り込ませることを目的としていた。狼の行く手を遮れども、ガイアドニスは自身の下へと惹き付ける為の準備を行なっては居ない。
氷狼は自身へと飛び込んできた攻撃に反撃するように凍て付く冷気を周囲へと振り撒いて後退する。まるでイレギュラーズの行く手を遮るように。
ドーナツを囓り、咥えた儘で地を蹴り走り始めるセララは『セラフィム』のカードをインストールする。
赤いリボンは色彩を変化させ、純白のドレスコードに転じると共に燐光が周辺には散らばった。
「フローズヴィトニルが復活しきってしまえば、もっと被害は凄くなる。今なら未だ止められるんだよ! クラウィスさん!」
鞭が撓り、刀を振るえば何処からともなく翼を有した獣が飛び込んでくる。斬り伏せるしかないか、使役術というのは厄介だ。それを地へと叩き落とし、セララは困惑しながら男を見据えた。
「もう止まらない」
男の言葉に、苦悩が滲む。
「そうでなくては――ビアンコとネーロは……」
一体何が起ったのだとガイアドニスの唇は僅かに震えていた。
●
「ハァイ、また会ったわね、ギュルヴィ――今はフギン=ムニンって呼んだ方がいいのよね?」
「ええ、其方が本来の名前ですから」
相変わらず飄々としている男だとジルーシャは感じていた。氷狼はクラウィスを庇い、イレギュラーズの行く手を遮っている。
警戒心を剥き出し、竪琴を弾き鳴らしたジルーシャはフギンのよう素を警戒して居た。
彼が指揮官という立場を利用し、クラウィスに指示を送っているというならばその立ち位置は理解出来る。
しかし、それ以上に何か裏が存在していないか。確認して起きたかったのだ。
「……要石を守らなくていいの? あれを手に入れるために、ここに来たんでしょ?」
「いいえ。要石を使う為来たのですよ。此処でこれ一つに命を賭けるならば、貴方方に作戦が露見せぬように各地のフローズヴィトニルを集めるべきだ。
だが、そうはならなかったのだから、この石を利用出来るだけするというのがより良い方針ではありませんか?」
笑う声音を聞きながらガイアドニスは「よくわからないけれど!」と首を傾いだ。
風牙が踏み込む。ぐん、とその身を捻りたった一度の侵略。気を結び、行く先をも示す。
氷狼を打倒することを目的とした風牙は流石は『フローズヴィトニル』かと氷狼を賞賛し、一気に『気』を爆発させる。
炸裂した反動、己自身を打ち上げ大地へ向けて真っ逆さまに落ちて行く。
「喰らえーー!」
その姿は正しく彗星の如く。レテートの欠片がきらりと輝いた。ああ、だが『使役された精霊』には言葉全ては届かないか。
何れだけの言葉を費やせばあの氷狼に響くのだろうか。
其れを愛し、其れを慈しみ、命までも捧げた男を超えるには自ら達がその力を受け止め命を削る他にないのだろうか。
狼は石と、己を使役するが為に命を対価に支払う男を護り、男は狼が万全に立ち回れるようにと石を抱き寄せる。
「この冬は常識外れだ! 分かるだろ? 春を齎すためには、此の儘じゃいけない!」
風牙は歯噛みする。後ろに控えるフギンが視界にちらついては不安を煽る。乱花や魅咲はゼファーとトールが抑えている上にその発言からも行動主張を良くしている。どちらかと言えば制御装置として携えられたローズルが気に掛かるか。
(……アイツら、コッチに近寄ってくる素振りはないが何なんだ……?)
風牙の不安に同調していたジルーシャは『要石をイレギュラーズに壊させる』事が目的なのでは無いかと行き着いた。
口にした時、セララはクラウィスに接近しながら「ありえるかもしれない」と返す。
壊した者に何らかのまじないが帰ってくる可能性。
例えば、石が壊れたら制御を失う狼を使役するために契約を結ばねばならない可能性――それに命を賭さねばならない程であったなら。
「ねえ、セララちゃん……あの石をアタシ達に壊させてイレギュラーズの命を以て調伏させようとしている可能性って無いかしら」
「あると思う。ううん、フギンなら、あるよ」
セララは言い換えた。二人の会話を聞きながらも氷狼へと勢い良く『どっせえーーい!!!』と振りかぶったヴァレーリヤはその可能性が振り払えぬままに唇を噛んだ。
(ああ、そうですわね。だって、)
『アラクラン』の目的は『クラースナヤ・ズヴェズダー急進派』――現・革命派にも似ている。
国家の転覆。弱者救済のためには政府を打ち倒し、新たな政治方針を立案し国そのものに変革を齎すこと。
ある種のテロリスト的思想ではあるが弱者救済の大義名分の下、魔種達を屠る事にも一役買っていた。そんな彼等がアラクランと手を組んだ理由。
「……フギン、貴方はバルナバスなどどうでも良くって『鉄帝国』さえ手に入ってしまえばどうでも良いのですわね?
貴方方が要石を手にしていようが、私たちの誰かがその契約主となりバルナバスを打倒しようが、構わないという事ですわね」
ヴァレーリヤの頭上を通り抜けた氷の礫がジルーシャの背を穿つ。傷を直ぐさまに封ずるゲオルグの癒やしの福音は伸びやかに周囲を包み込む。
春の芽吹きの如き暖かさを与えるゲオルグの治癒の魔術。
その中でヴァレーリヤは唇を震わせた。
――たとえ間違った理想だとしても引き返すわけには行かない。私には、もうこれしか残っていないのだから。
その思想は、目の前の男も同じなのだろうか。
フギンは怪しく笑うだけだ。狼の前に立っているガイアドニスはその行く手を遮らんと身を挺し、氷狼はならば『害する者を打ち払うべきだ』と庇うことを止め、攻撃手達を狙い続ける。
フギンの思想など、どうでも良かった。
紫電の眸には苛立ちが乗せられていた。
目の前には仇がいた。手出しをしても直ぐ逃げられる距離でもある。もどかしさだけが己の中を支配する。
あの笑い顔を見るだけで本体(こころ)が震えている。義体(からだ)の鼓動が煮えくり返り、握る掌に力が込められた。
――今すぐにでも飛び出して、殺しに行きたい。
ああ、それは今ではない。まだ、その時ではないのだから耐えろ。耐えねばならない。
憤怒の狂気に、呑まれるな。戦神を、忘れるな。彼女達の『命』を、『思い』を無駄にしてはならない。
氷狼の前へと闇が奔った。時空を切る刀、そう呼ばれている紫電の秘奥義は鋭くその足を縫い止めんとする。
時が加速したように動く。女の義体を限界まで突き動かし、酷く苛立ちながらも氷狼のその向こう側を眺めていた。
ガイアドニスが行く手を遮れど、それは進行の阻害に他ならず。クラウィスを狙うセララとジルーシャに向けて狼の氷の息吹が襲い来る。
怒りに目を眩ませることなく、眼前を遮る存在その者を疎ましいと叫ぶように唸る声を聞きフギンが笑った。
紫電がぎり、と唇を噛んだ。
「戦場で会うのは初めましてだな、フギン」
静かに囁けば、フギンが顔を僅かに揺れ動かした事に気付いた。ペストマスク越しでは表情は分からないはずだというのに――笑っている。
「……尤も、聞こえちゃいないだろう。これはオレの独り言だ。お前が4年前、砂蠍にいた頃に毒殺したイレギュラーズを覚えてるか?
あの子はまあ、オレとしても擁護はできない動きはしてた。だが、それでもあの子は歴とした『戦神』の一人だ。
あの子の受けた借りを、痛みを、苦しみを。貴様に倍にして返す……必ず追い詰めて、地獄に叩き込んでやる」
「『戦神』というならば奏さんですね。ええ、勿論覚えて居ますとも。
私は唯、彼女を捕縛しただけ。イレギュラーズというものがどの様に動くのかという興味本位で『彼女に願える選択肢』を渡した事を謝罪致しましょうか?」
神経を逆撫でするかのような言葉に紫電が唇を噛んだ。ああ、なんて言い方だ。
まるで、奴は――『何を言えば此方が怒るのか』を分かって居るかのようだ。
「ああ、言いたいことは分かって居る。
……たとえこれが、八つ当たりであろうとな――待っていろ、クソ鴉。お前を地獄に招待してやるからな」
「悲しいことですね。イレギュラーズが望むならば『アラクランの幹部』の座を用意して遣ることも出来ると言うのに。
どうやら過去の私の所業は皆さんにとっては許しがたいものであったようだ」
やれやれと肩を竦めた男の様子を眺めてからハリエットはどうしてローズルがフギンの傍に居るのか、問うてみたかった。
「ねえ、ローズルさんはこの国の人達がどうなってもいいのかな。
人がいないと、国は成り立たないと思うんだけどな。外交官て、国のために働く人でしょう?」
ぴくり、とローズルの方が揺らぐ。彼がハリエットを見ている。銃を構え、静かにクラウィスを狙う娘を。
要石は未だ見えない。隠されているのか、クラウィスは刀で応戦し、封珠を出来る限り隠すように射線を切っている。
流れるように鋼の驟雨を降らせていたハリエットを値踏みするような眸でローズルは見ていた。
「ローズルさんなりの正義があるの? ……それとも、欲の為に他は捨てたの?
嗚呼、もしくは、ギュルヴィて人に何かあるの? 貴方が従うほどの何かが。
――ローズルさん。貴方は何を考えているの?」
「ハリエットさん。『この国に今、信念の置き場所』はありますか?」
ハリエットは思わず顔を上げた。氷狼の唸り声、セララの剣とクラウィスの刀がぶつかり合う音がする。狼は後方より的確にセララばかりを狙っている。
その状況下で、的確に隙を見付けクラウィスの持つ石を破壊することがハリエットの役目だった。
だが、どうしようもなく――
「……それがあなたにはないの?
色々と、分からないことばかりなんだ。ローズルさん。そして後ろにいる人も。どうしてあなた達は見ているだけなの。
要石を壊されたら氷狼は消える。消えたら拙いなら、見てるだけなんておかしい。もしかして、壊されてもよくて本来の目的は他にある?」
「有り体に言えば皆さんの邪魔をしたい、それだけでしょうからね。
良いでしょう。ハリエットさんの質問に簡単にお答えします。私達は『バルナバス』と志は共にしていない」
ぴくり、とセララの肩が動く。目の前の男も、後方で此方を見ているフギンも、同じなのだろうか。
ヴァレーリヤが言った通り。男の考えが余所にある。フギン=ムニン、ローズル、ターリャ、それから――ある魔種の娘は自身等を『建国勢』と呼んでいた。
それらが徒党を組み、イレギュラーズへと『嫌がらせ』を行って居るのならば。
「ねえ、フギン。ボク達に嫌がらせをして、戦力を削りつつバルナバスと戦わせたいんだね?
ボク達がバルナバスの戦力を削って、フギンは持ちかけるつもりだ。国家を分割して委譲して欲しいって。それで自分の王国を作るんだね」
勇者の眸をまじまじと見詰めてからフギンは「ご明察」と手を叩いた。
●
変幻自在の刃。其れは確かに厄介なものだった。時には伸びを、時にはしなりを。
そうして蛇腹のように変化させた非実体の刃を振るい上げるトールは苦痛に表情を歪める。その美しい水晶を思わせる眸にも不安が滲んだ。
魔種とは強敵だ。決して一人で斃しきれる者ではない。精一杯に惹き付ける事は叶ったが、乱花のように『相手の反応』を楽しむ相手であった事が幸いしたか、それとも災いしたか――魔種は無数の刃を宙に躍らせ広域を攻撃し始めた。
「……それにしたって、強敵とタイマンだなんて驚きじゃない?」
「そうですね。……其方の方が戦場には映えると言うものでしょう」
大地を踏み締めたのは長い足だった。前後左右、どんな位置だって纏めてやれば良い。
慣れきった身の丈以上の長物。槍を回転させ蹴り飛ばし、軽やかに涼しげに魔種の二人を諸共泣き込んだ。
殺しの才、粗削りながらも得た狼の牙を突き立てる方法。ゼファーの槍を受け止めて魅咲がその身を苛む。確かに、魅咲は搦め手を得意としているのだろう。
だが、其れだけではない。
ゼファーの槍を受け止めるだけの実力は有している。
「ねえ、流石は魔種ね」
「褒めて貰えたら嬉しいな」
見縊って等は居なかった。狼達とはじりじりと距離を取るように四人は離れていく。氷狼は巨大な体を駆使し、痛烈な攻撃を繰り返し続けて居た。
広がっていく冷気は行動を阻害するものだ。流石は『悪しき狼』と呼ばれるだけはあるのだろうか。
ガイアドニスは狼の行く手を阻むように前に立ちながらセララと刀を交し、ジルーシャの攻撃を受け止めるクラウィスを見た。
顔色は悪い。それだけこの狼の使役には生命力を消費するのか。どうせ、この場所で生き存えてもあと少しの命だろうに。
「いいのかしら、いいのかしら~? あなたの可愛い狼さん、とってもとーってもいたがってるわー!」
「『氷狼』はどれ程に辛くとも死ぬ事は無い」
淡々と告げるクラウィスにガイアドニスはどうして彼はそこまで割り切れてしまったのだろうと考えた。
動物を愛する青年。相棒であったビアンコとネーロは何処に行ったのか。憤怒の魔種である彼の様子が『可笑しい』事には良く分かる。
(もしかして、もう――……?)
ジルーシャは狼から感じる気配で気付いて居た。コレだけ強大な精霊を『使役』するのだ。
「もう止めなさい! これ以上アンタが命を懸ける必要がどこにあるのよ!」
「必要なことなのだ」
言い捨てるクラウィスにジルーシャは「聞かん坊!」と叫んだ。相も変わらず、強情な男ばかりでイヤになるのだ。
(……クラウィスさんは本来の狼さん達、連れてきていないのよね。
前回の二の舞いを避けた? 死地に巻き込みたくなかった? 或いはもう、逃したのかしら。
預けれるくらい信頼できる理解者がいれば魔種になる必要はなかったでしょうし)
ああ、それとも。
その思考を遮るように、ぎん、と音がなった。ガイアドニスがぐるりと振り返る。
髪を振り乱し、飛び込んだトールの前にざっくりと肩口を切られた乱花が立っている。
「痛ェ~!」
ぎゃあすかと叫んだ魔種の前でトールは顔色を変えない。
「ッ――生憎と私はワガママ王女に仕えていた身。高圧的で面白半分に振り回されるのは日常茶飯事でした。
そんな無茶で無謀な命令に比べれば、たかが魔種の太刀筋のひとつやふたつ――そして、その嘲笑。私の心を揺さぶるには微塵も値しません!」
トールは真っ直ぐに乱花を睨め付けた。表情こそ変えず、常に身に着けた演技は余裕をも滲ませる。
それでもその白磁の膚に刻み込まれた傷は朱を一線引いている。頬の血潮を拭い、地を蹴った。
「その威勢、良いじゃん!」
乱花の声が弾んだ。魅咲は今、何をしているだろう?
――まあ、そんなこと、どうでも良いか。
目の前の『彼』は決して挫けていない。何れだけ表情を凍らせようとも、心の中で闘志が燃えていれば太刀筋に見える。
乱花にとっては其れが嬉しかった。自分を見て、挫けず、戦う。諦める事の無い、潔さなんてどこかに置いて来た人間であればある程に面白い。
「名前なんていうの?」
「……トール。トール=アシェンプテルです」
刀同士が打つかり火花を散らす。鈴鳴らすような音、そして酷く耳障りな擦れ合った音は乱花の刃が勢い良く地面に叩きつけられたからだ。
「乱花、遺跡を傷付けるな」
「ごめーん!」
幼子が遊んでいるかのような声かけにゼファーは「余所見だなんて、良い度胸だわ?」と囁いた。
ゼファーとトールへと届く祝福の花。慈愛の息吹は数多の命を逃すまいとゲオルグから届けられた慈悲の光。
(……矢張り魔種。消耗は激しいか)
ゲオルグはサングラスの奥で真っ直ぐに二人の魔種を見詰めた。性格こそ真逆で有ながらもよく連携が取れている。
ゼファーが二人の距離が近いときは共に狙ってやると舞うように放った大槍の一線に返すように二人もトールとゼファーを纏めて攻撃していた。
「しつこいなあ」
「あら、それはどっちが?」
魅咲から目を離すことはない。魔種と1対1というのは其れだけでも大きな負荷が掛かる。ゼファーの表情に滲んだ苦さをゲオルグは取り除く度に其れを実感する。
クラウィスと相対するイレギュラーズとてそうだ。クラウィスを狙うセララとジルーシャに目掛け氷狼が大立ち回りをしている。
クラウィスが防戦の一方であれど、ある程度の自衛を行なわれてしまえば間に挟まることになったセララを支え続けるのはゲオルグにとっても大きな負荷となる。
故に――トールが膝を付いたとき、その命を守る為にガイアドニスは彼の前へと滑り込んだ。
傷だらけのセララが顔を上げる。「氷狼が!」と叫んだ声に被さったのは狼の遠吠えであった。
走り寄ってくる氷狼の牙がセララへと迫る。
「来たね」
セララはくるりと振り向いた。『翼』をインストール。その背には光翼が実体化する。
大地を蹴り飛び上がる。目も瞠るほどの反応と共に氷狼へと飛び込み――インストール『雷』
「ギガ――――セララブレイク――――――!」
決死の覚悟だ。
勇者だから。魔法騎士だから。
人を護るためだから。
セララが振りかざした刃を呑み喰らうように大口開けた氷狼は其の儘、少女の腕を食んだ。
ぎちりと音を立てた。だが、一気に引き抜いてセララは離すことない聖剣ラグナロクを振り上げる。
「セララちゃん!」
悲痛な声を上げたジルーシャの傍から獣ににた『何か』が走り出した。香術の獣が氷狼の肉体を横倒しにする。
「ッ、アンタは封印が解かれて喜んでいるのかしら……それとも、苦しんでいるのかしら。
けれど、コレだけは分かるわ。契約者を護ろうとする気持ちだけは本当ね。あの石がアンタがこの場所に軽減するために必要だからでしょうけれど!」
蜃気楼の扉を叩いたファタ・モルガータ。ジルーシャの周りに漂う美しき気配。幻の熱が瞼をひりつかせる。
命が惜しくない程、誰かのために護る為にやって来た。
氷狼が唸る。飛び上がり、氷の礫が降り注ぐ。その下を、膚を引き裂かれよう共に気せずにヴァレーリヤが奔った。
振り上げたメイスには焔が宿された。
――主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。毒の名は激情。毒の名は狂乱。どうか彼の者に一時の安息を。永き眠りのその前に。
誓約の在処。肉体をも凌駕する理想(たましい)。信仰者は限られた命をも失うことを赦しはしない。
「ッ――クラウィス、降伏なさい! これ以上戦うと、本当に死んでしまいましてよ!
新皇帝派にそこまで義理立てしたところで、得られるものなんて無いでしょう!?」
叫ぶヴァレーリヤにクラウィスは乾いた笑いを零した。
は、は、は、と繰り返して浅い吐息を漏す。
「もう遅いのだ」
――クラウィス。
ゲオルグは唇を噛んだ。彼は魔種だ。いつかは終わりが来る。それが、良きものであって欲しいと願わずには居られない。
救えるわけがないのだ。今は万全にその命を救い上げることが出来ない。それ程傲慢にもなれやしない。
(だが、せめてあの子達との最後の別れを終えるまでは……その命を繋ぎ止めたい)
動物たちや魔物達の力を思い知らせるというクラウィスの行動そのものをゲオルグは肯定できなかったが、彼の怒りまでは否定できない。
人間の都合で使い捨てられてきたのだろう。この国はそう言う場所だ。
獣と人の戦いなどを行なう闇闘技などは掛け金が有り何処の国でも横行しているはずだ。特に隣国である幻想では貴族の慰め事の一つで使われている事もある。
そうやって人は動物たちの尊厳を踏み躙り、犠牲にしてきた。
その事に対する怒りは彼等に対する愛がなくては生まれることはなかっただろう。
「だったら、その愛に最後まで責任を持て、最後の時に共に居ることも出来ず。
帰るはずのない主を待ち続けるなんてことを――ネーロとビアンコにさせるなんて、私は絶対に許さないからな!」
●
氷狼を受け止めたセララは血を拭った。白い衣装も赤く染まる。だから、って、止まるわけには行かない。
「強敵と戦うって、良い場面だね?」
挫けることがないからこそ、彼女は魔法騎士(ヒーロー)なのだ。
跳ね上がるように身を捻った。彼女の傍から滑り込む紫電は刃を叩きつける。氷狼が僅かに唸る。
反撃の氷の礫が肉を裂いた。
「ッ、畜生!」
こんな所で、諦めるものか。紫電の刃は『フギン=ムニン』へ届かねばならないのだから。
「クラウィス、おやめになって!」
苦しげにヴァレーリヤは叫んだ。止まって欲しい。彼は唯、『動物を愛していた』だけなのだから。
ヴァレーリヤを薙ぎ倒し氷狼が奔る。
「クラウィス!」
止まって欲しいと手を伸ばすヴァレーリヤに「無理はしないで頂戴」とジルーシャがその腕を掴んだ。
無理と無茶を押し通してばかりだ。自由自在に動く乱花が、氷狼が此程に邪魔になるとは思っては居なかった。
ああ、けれど――クラウィスはもう一押しだ。
魅咲とて余力は無いのだろう。ゼファーとの一騎打ち。重なる疲労で両者ともに足元が覚束ない。
後方で眺めていた男達はその動向を楽しげに見詰めていた。クラウィスは自衛するように刀を構えるが手が震えている。
氷狼はセララが押し止めた。風牙が一気呵成に槍を振り上げる。
「行けェ――――!」
風牙の号令に、ハリエットが構える。
ハリエットは良かった。石を壊すまでの制御のために自分の命だって削っても良かった。
ハリエットは自身の命など、安い物だと考えて居たからだ。
弾丸は一直線に飛んで行く。
最後の最後のために『温存』していた力があった。ローズルやフギンのため。
だが、そうしている暇はない。
せめて、壊さなくては――
「クラウィス、避けろ!」
後退した乱花がクラウィスを庇う。堅牢なガイアドニスであれど、立っているだけではその全てを留めることは出来まい。
乱花が痛みに藻掻くように呻き、魅咲は「莫迦」と端的に魔種の行いを揶揄する。
「莫迦とか言うな!」
「あら、庇っただけ立派だと思うけれど」
ゼファーと相対していた魅咲は「馴れ合うから莫迦っていうんだよ」と唇を尖らせた。
「だって、魅咲。この狼、『もっと面白くなる』だろ?」
「まあ」
その為ならば――好奇心は猫をも殺す。其れを体現するように幼い魔種達はただ、愉快であれば構わないと身を投じたのか。
有り難みもない難解な感情だ。
ハリエットが狙撃銃を構える。薬莢が落ち、硝煙が立ち上る。
肩で息をする娘の前で風牙が押し込むように飛び込んだ。視線が乱花とかち合う。
「ッ、クソガキ!」
「風牙ちゃん。元気? 一般人殺す?」
「テメェ!」
人間を足掻くために立ち回る人間が好ましい。そう言いたげ魔種はからからと笑った。
風牙の槍を受け止め、押し返す。
「ッ、皆、退いて!」
撤退判断を叫んだセララがラ・ピュセルを振り下ろし、それが氷狼の牙を折った。
ぎん、と音を立て精霊の姿が一瞬霞む。その隙に紫電がクラウィスに幾度かの攻撃を叩き込むが未だ、足りないか。
「クラウィス、下がりなさい」
ぱちぱちと手を叩いたのはフギン。勝敗が付いたと判断したのだろうか。
トールはその動向を静かに見守り、震える手でもう一度シンデレラを握りしめる。
「最期に良いかしら? 伝承やおまじないを知りたいのは結構。だけど、コイツは玩具にするには危険すぎると思わない?
何せ、国を丸ごと一つ凍土に押し込めかねないんですから。
ただ……此れを思い通りに操る術がある。ってんなら、話もちょいと変わりますけどねえ?」
槍を構えたまま、ゼファーは睨め付けた。眼前の男は肩を竦めてから「いやはや、そう言われてしまうと困りますねえ」と笑う。
「最も重たい対価とは、人の命でしょう。
其方のクラースナヤ・ズヴェズダーのシスターはよくご存じでは? この国には『人の命』をも対価にして動く古代兵器がある事を」
声を掛けられたヴァレーリヤは引き攣った吐息を漏した。
聖女アナスタシア。彼女が目にした儀式――それは子供達を犠牲にしたものであった。
「……貴方は『この場所に新しい国』を作り上げますのよね。
嗚呼、やっと、分かりましたわ。その冬の獣を利用する為ならば『鉄帝全てを代償』にしても構わない。
いいえ、その逆。『鉄帝を綺麗さっぱり無にする為』に悪しき狼を……!」
イレギュラーズに壊されたとて、その所有者が命を削って氷狼を使役するか――『エリス・マスカレイド』がその制御に携わるかのいずれかだったのだろう。
ジルーシャが感じた違和感はエリスが『そうする』であろうという確かなものだったのだ。
これ以上は戦えやしない。クラウィス自身は満身創痍ではあるが未だ氷狼は牙を剥き、乱花と魅咲も健在だ。
クラウィス自体を倒しきる迄に、何らかの被害が及ぶ可能性さえある。
「お前はオレ達の意識を逸らすために此処に居たんだな」
歯噛みした風牙が最後に投じた一撃を受け止めてフギンは背を向ける。
ビュウ――と吹いた冷たい風が『氷狼の座』を閉ざすかのようにイレギュラーズの背を押した。
成否
失敗
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
フギン=ムニン君も遂に、きちんと名乗りを上げました。
彼は2018年から暗躍していたので、そろそろ表舞台で皆さんとも沢山お会いできる機会が来そうですね。
また、お会いしましょう。
GMコメント
●成功条件
・クラウィス・カデナの撃破
・乱花&魅咲の撤退
・『要石』を破壊する
●氷狼の座
ゲフリーエン・ヴォルフ。鉄帝国帝都の地下奥底に存在する遺跡です。
とても寒々しい空気が漂っており、『開かれた遺跡』です。とても広い空洞と、無数に繋がる横穴が存在しています。
横穴は何処へ繋がっているのかは分かりません。フギン達は皆さんを待ち受けているようです。
●エネミー
・魔種『アラクラン総帥』フギン=ムニン
ギュルヴィと名乗り革命派に存在した憤怒の魔種です。『新生・砂蠍』のキングスコルピオの副官にして軍師。
彼を崇拝しており、彼の為の国を作る為にバルナバス傘下に居ます、が、バルナバスは正直どうでも良いみたいです。
危機が及んだ際はクロックホルムとローズルが一番に逃がします。フギン自身は後ろでニコニコ見ているだけです。
・魔種 『爪研ぎ鴉』クロックホルム
前線で戦う事に長けた青年。筋骨隆々であり、所持するは無骨な斧です。フギンの副官であり、彼に付き従っています。
フギンを庇うほか、フギンに危機が及ぶ際には直ぐに安全ルートを見付け逃亡を手助けします。
・『無銘の』ローズル
鉄帝国の外交官。戦う事は余り得意としていない、そうですが、『最近はどうでしょうね』
余り手の内を明かすつもりはなさそうです。趣味はポーカーやチェス。好きな食べ物はサリャンカ。
フギンのサポートを行ないます。フギン撤退時には撤退します。彼は『反転していない』ようですが……?
・『奔放の白刃』乱花
・『狡知の幻霧』魅咲
暴食の魅咲と怠惰の乱花。遊んでます。クラウィスが倒れるor片方が瀕死になると帰還します。
非常に享楽的な乱花は『人間が足掻く様子』が大好きです。魅咲以外の民は唯の玩具です。
乱花は剣を駆使し戦います。我流としか呼べぬ変幻自在な太刀筋は読みづらく強力なユニットと言えるでしょう。
一方の魅咲は知識に貪欲であり、フローズヴィトニルという伝承について知りたいとやって来たようです。
蒐集した知識を駆使した神秘アタッカー。物理的な破壊は知識の消失や欠損になると幻惑などの搦め手を得意とします。
・魔種『ビーストテイマー』クラウィス・カデナ中佐
鉄帝国軍。中佐。ビーストテイマーです。元々はアーカーシュアーカイブスの編纂にも関わっていました。
刀を獲物としていますが、本職は獣たちを駆使することであり卓越した技能を有します。
その性質が『行き過ぎた』のかモンスター達を生かすことばかりに注力します。
『要石』を駆使し、氷狼を使役しています。生命力を削っている様子であり非常に苦しげです。
・『氷狼』
フローズヴィトニルの要石の作り出す強大な精霊。暴れ回っています、が、要石のみの能力ですのでHard相応。
存在するだけで広く冷気を走らせます。BS付与。HPが0になると一度は倒れますが数ターン経過後復活します。
要石が破壊されると消え去ります。それ故に、要石を護るべく立ち回ります。
●要石
月白石を思わせる封珠。クラウィスが所持して生命力を利用して使役しています。
クラウィスが所持しているために氷狼はクラウィスを庇い立てます。狙うは氷狼撃破後のその僅かな隙です。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
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