シナリオ詳細
<被象の正義>美味い飯は不正義
オープニング
●醜い政治
天義は、蝕まれつつあった。
突如テセラ・ニバスの街を侵食するように現れた異空間、『異言都市(リンバス・シティ)』。そこでは影の魔物が闊歩して、わけのわからぬ異言を囁き合いもする。
得体の知れないものへの恐怖。それは人々のみならず、民を護るべき者たちへも伝播する。ここに、ヴァイスという村がある。テセラ・ニバスにほど近く、飛び地のように異空間に蝕まれはじめた村。
ところがかつての冠位強欲ベアトリーチェ・ラ・レーテとの戦い──おお神よ、思えばかの影どもも、冠位の操りし『汚泥の兵』どもと酷似しているではないか!──とその後のいざこざにより、現状、村の管轄権が曖昧になったままなのだ! 周辺の貴族らも神殿も、ローレットに任せきりにするわけにはゆかぬ、我々自身も立ち上がるのだと勇ましく主張こそする……しかし実際には誰もが自らは法的根拠の乏しさを理由に動こうとせず、他の者に影の対処を押し付けんとするばかり。
この体たらくを聞いて痺れを切らしたのが、本来は一帯とはさほど関わりを持たないクェルカ大聖堂であった。
「晩餐会の場でよく話し合いましょう。全員、ご出席いただけますね?」
その気になれば土地の管轄権くらいならいくらでも書き換える権力を持つ大聖堂からの直々のお誘い。欠席裁判になっては敵わんと、そりゃあ誰もが喜んで出席のお返事を書いた……わけなのだけれど。
●天義の選民思想の中でもやべーやつ
「……皆様、『聖匠派』をご存知ですこと?」
もし皆様の中に天義の美術史か幻想種迫害史に詳しい方がいらっしゃったならば、『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)の説明を聞くまでもなくご存知だろう。彼らは自然に手を加える知恵こそを神が人類に与えたもうた恩寵にして義務と尊び、工芸技術の研鑽に精を出す集団である。名高い聖堂・聖剣・宗教画・その他諸々の中には、聖匠派の手によるものも少なくはない。同時……自然を征服すべき対象と捉える彼らの思想は、森を切り開き幻想種を支配せんと目論む者たちに都合よく使われたもしたという負の側面もあるのだが。
「まあ、“そちらの”負の側面は今回はどうだって宜しいんですのよ」
……ということは、今回は何か別の負の側面が晩餐会を失敗に導かんとしているってことだ。
「各工芸分野で高く評価されている聖匠派ですけれど、これだけはすこぶる評判が悪いという分野がありますわ。皆様、お判りですこと?」
答えは……テレジアの見せた『聖匠派の至高かつ究極のレシピ』と基本的な料理知識さえあればすぐに理解するはずだ。すなわち……。
1.肉を、肉汁が出なくなるまで茹でます
2.野菜を、繊維を感じなくなるまで茹でます
3.魚を、小骨が自ずと抜け落ちるまで茹でます
4.上記を茹で汁から取り出して、丁寧に濾してペーストを作ります
5.4に調味料を加えつつ果汁等で着色し、様々な色を作ります
6.最後にペーストを使って粘土細工のように芸術的な彫刻を作って完成です
7.茹で汁は自然由来の野蛮な成分が溶け出たものなので、高貴な方々の目に触れない場所に捨てましょう
もはや食材の風味も栄養素も軒並み洗い流した残滓。テレジアの「見た目は綺麗なんですのよ見た目は」という精一杯のフォローが空しい。
もちろん、それだけならそんなのは、彼らがそれを有難がっていようが栄養失調で野垂れ死のうが全て自己責任、でいい話ではある。……のだが、そろそろ皆様もお解りの頃だろう。
「件の晩餐会を主催するマズメシウス司祭――いえ、かの方を派遣したクェルカ大聖堂そのものこそが、その聖匠派なのですわ!!!」
晩餐会でそんな代物を出されたら、本来は纏まるものも纏まるわけがない。
マズメシウス司祭が連れてきた料理役の侍祭たちにしばらくお眠りいただくか何かして代わりの料理を用立てないと、ヴァイス村の存否がヤバい。
- <被象の正義>美味い飯は不正義完了
- GM名るう
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年03月05日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●訪問者たちの祈り
食堂を彩る壮麗な装飾の数々に、一同は訪れた瞬間から圧倒されていた。
まず、誰もが目にすることになるものが、入口正面に堂々と掲げられた聖人の画。この献身のために後に列聖されることとなる少年が、左右に立つ人々を守り導くため中央で魔種の眼前に身を投げ出した印象的な光景である。左右の蒼白な人々と、中央の紅。悲劇的な場面を描きながらも、あるのは不快感や悲惨さではなく儚さと美しさ。そしてよく見れば至るところに『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)の得意とする青の表現が散りばめられている。
だが……出席者たちが圧倒されていたのはそれだけではなかった。
磨き上げられた銀食器はひとつひとつに聖印が刻み込まれており、折り畳まれたナプキンを広げればやはり同じものが刺繍されている。よもや一介の田舎修道院がこれほど手の込んだ品々を揃えているとは……この聖堂を借り上げたクェルカ大聖堂とて、ただ立地が都合よかったから手配しただけで備品を知ってそうしたのではない。もっとも、誰も備品までは知らなかったからこそ、これらベルナルドの仕掛けが訝しがられずに済んだわけではあるが。
そして、かくして出席者たちの心をまず掴んだ仕掛け人ベルナルドはと言えば、今、何食わぬ顔で控えの侍祭のような顔をしている。云わば、今回の会合にて雑務を担う使用人枠である……そして、誰もこの修道院の末端の修道士まで知らないのをいいことに使用人枠に潜り込んだのは、もう一人。
給仕役の、しれっとシスターに化けた『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)であった。
集うのが天義の貴族やら神殿関係者やらであるのなら、僧服で覆い隠した大人の女の魅力に惑わされる者はない――なんていうのが建前に過ぎないことを、悪女ことほぎはよく知っている。何せ奴らは、大聖堂が出張ってくるまで醜い責任の押しつけ合いを繰り広げた手合い。まあ、中には自分だけで何とかしようとしても部下を無駄死にさせるだけだから動きたくとも動けなかったという聖人君子みたいな出席者――晩餐会を成功に導くために身銭を切ってまでローレットに依頼した人物とか――も皆無とは言わないのだが……そうではない者も多いということはことほぎの僧服越しの胸元や太腿にチラチラと向けられる視線が物語っている。出席者同士の自己紹介タイム、ありがとさん。顔と名前は覚えたからな?
さて、そのエロティックシスターが、そりゃあまあ誰が貧乏クジ引くか決める場でマズいメシなんて出されたら最悪戦争だよなァ、まあ金が貰えて貴族サマの弱みも握れるなら微笑みくらいは大盤振る舞いしてやるさ、なんて内心を隠したままで最初に提供した前菜というものが、見事な冬野菜のテリーヌである。
魔物を征するという意味合いを込めた、『紫閃一刃』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)厳選のコカトリスコース。だが、いきなり本命のコカトリス肉をお出しするわけにはゆかない。見た目も肉質もニワトリに似たコカトリスではあるが、かの魔物の石化の呪いに抗いその肉を狩るには対策が必要。しかも魔物食ということで需要も多くない。つまりどうしても高価になるものをふんだんに用意するのはいかに大切な『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)のコネを総動員したといえども困難であったし……何より、いきなり本命では芸がない。
ゆえに。
「冬野菜のテリーヌでございます」
さしものことほぎも、今はまだ茹でた冬野菜とエビを固めるブイヨンゼリーがコカトリスのガラで取ったものだとは伏せてお出しした。
「このゼリーは普段いただくものよりも力強い味ですな」
「冬野菜は農民、エビは漁民の象徴ですかな? なるほど、民は大いなる力の中ではただうずくまり祈ることしかできず、ゆえに我々が導かねばならない……そう司祭様は仰るのですな?」
「……え? ええ……神の御心のままに」
おお神よお許しください。予定とは全く違った代物が出てきて困惑していたマズメシウス、思わず神のせいにして誤魔化した。でも紫電、多分そこまで考えて作ってないと思うよ。紫電が考えたのはいかに美味い料理を作るかを除くとコースの構成くらいである。
コースは、次はマズメシウス司祭も満足の、かぼちゃを丁寧に潰してじっくりと煮込んだスープ。もちろん、その味付けにも濃厚なコカトリスのブイヨンが用いられている。
そして……スープと同じ枠として供されるのがパスタ。すなわち、麺。
「焼き茹でた肉、骨で取った出汁、そして背脂。神のお与えになった恵みを余すところなく役立ててこそ、神の御心に適うと言えましょう」
……どうして突然豚骨ラーメンなんて統一性のないものを突っ込んでしまったんですか『合理的じゃない』佐藤 美咲(p3p009818)?
古来より神へと捧げられてきた小麦を粉にして、聖匠派も満足の粘土細工もとい麺にする。スープは豚骨だけでなく、同じく神聖な穀物たる大豆を聖なる塩と合わせて加工した醤油。さらに、魔を除けるニンニク。それから、もやし……ええとそろそろこじつけネタが浮かばなくなってきた。うん。山のように盛りつけることで、神の偉大さを表してるのだとでも言い張っておこう。
(反カロリー主義者め……その地位に相応しい、神の偉大さマシマシのもやしに喘いでいるといいでス、マズメシウス司祭)
美咲の中に突如として舞い降りた天啓の仕業によって、何かがおかしいので料理人と話をさせろとことほぎに詰め寄ろうとしたマズメシウス司祭の口は塞がった。いかに目の前にあるものが野菜の原型を盛大に残したもやしであったからと言って、司祭たる者が食べ残して神の偉大さを否定するなど、到底許されるはずもない。
幸いにしてマズメシウス司祭は、(聖匠派の食事の栄養が偏っていたのが原因か)恰幅の良いお方であるようだ。必死にラーメンを掻き込みはするものの、まだ主菜を胃に入れる余地くらいはある。時間はかかれどもあの量の“神の恵み”を余さずいただいた彼の姿は……信仰かくあるべしという規範そのものと言えよう!
●信仰料理道
本来、聖匠派がその技術にて表現したかった信仰は、今マズメシウス司祭が体現してしまっているように、何でもないものにさえ神を見いだして感謝することではなかったのだろうか? 『特異運命座標』陰房・一嘉(p3p010848)はそんな想像をして止まない。というのも、彼が付近の魚を求めて見て回った市場には、小骨ばかりだったり傷んでいたりといった、格安だが質の悪い品も少なくはなかったからだ。
こういったただ貧民が命を繋ぐための食材に対しても感謝を抱けと言われても、多くの者はそのままでは困難だろう。ところが聖匠派のレシピを用いれば、小骨を落として腐汁を抜き、これらが安全で感謝に足る料理へと変わる。
だが原点は歴史の彼方に埋もれ、聖匠派は『どれほど質の良い食材にも』同じ調理法を用いるようになった。技術ばかりが独り歩きしてしまった。ならば……彼らの冒涜の道を、本物の料理技術にて叩き直してみせよう。
「ほう……これが舟盛り。それも姿造りというものですな? これは美しい」
「左から、タイ・サーモン・ヒラメ。正面の画と同じ配置でございます。お好みで、そちらの岩塩をつけてお食べください」
一嘉の代わりに解説するのは、よく声を通すベルナルド。聖職者は人々を乗せた船の船頭であり、人々の祈り、そして殉教者の決意を自らの内に取り込まなければならないのだ……なんていう解釈は一嘉自身は全く思いつきもしなかったわけだが、そんなストーリーを用意されてしまったならば思わず背筋が伸びるというものだ。
緊張の一瞬。
出席者であったひとりの聖騎士がおそるおそる生魚――刺身をつまみ……丁寧に砕かれた岩塩を乗せて口へと運んだ。
「むむっ、この味は!」
その時……彼の脳裏に疾るイメージは、神の造りたもうた世界の悠久の時! はるか太古の時代に生まれた海が、大いなる神罰により大地に囚われて乾き。さらに、神の御言葉が残された塩さえもを呪う……塩には再び命が宿り、天然のゴーレムとしていつ水に溶け消えるとも判らぬ恐怖とともに生きることを強いるのだ。
そして、その罪人の眼前に……男とも女ともつかぬローブの人物が立ったではないか! 中性的、とはすなわち、男でもあって女でもあるということ。男女を問わぬ人間の象徴。光景を幻視した聖騎士自身とて、それが『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の姿であることなど知る由もない……が、この人物が不遜にも神の奇蹟へと立ち向かい、試練を乗り越える者であることまでは疑いもしない!
「おお……私には聞こえるようだ。最期まで人々のためにと祈りながらも、人々に裏切られし聖女の嘆きの歌が。数多の命を救わんと願い、しかし多くを取りこぼした聖者の未練の歌が。岩塩ゴーレムに立ち向かう人物は、これらの後悔を負って立っているのであろう……そして罪深きゴーレムをも長きに亘る神罰より解き放ち赦しを与えんがために、正面から当たれば命削られるばかりの相手に対しても、時には岩陰に隠れつつ、時には相手を欺き不意を打ちつつ、万策を用いて神の試練へと立ち向かう! そして……栄光あれ! 遂にゴーレムの魂は罪より解き放たれて、我らの下で故郷へと戻る……すなわち我々の手で海の幸たる魚らと再び一体化して、舌の上で極上のハーモニーを奏でるのだ!」
すると聖騎士の解説に触発されて、別の貴族もまた刺身を口に運び……。
「しかもこの魚の、どれほど新鮮なことかね! 岩塩をつけずともそのままでほんのりと海の味が染みている……新鮮な魚ならば生でも良いとは聞き及んでいたが、本当に新鮮なものは塩味が効いているとは我輩も初めて知った。これほどの品をご用意になれるとは、流石はクェルカ大聖堂だ」
「か……神の……御心のままに……」
マズメシウス司祭はもはや気を失わんばかりであったし、ことほぎは誰にも見えないところで、あらかさまに「何ワケのわからないこと言ってるんだ」という顔をしている。その塩味が海の味なわけあるか。全ては一嘉が、素材を丁寧に塩締めし、さらに薄い塩水で洗い……というひと手間を掛けたお蔭だ。この、解る人でなければ見過ごしてしまいがちなこの工程こそが……一嘉がこの刺身に込めた、真の聖匠派の魂だ!
「我々も万難を排して真に正義たる行ないを為せと、大聖堂は仰るのですな」
刺身で冷えた体を温めるためのあら汁(これも刺身に用いた魚それぞれに対してベストな具材を加えて3種の汁を作るというとんでもない手間を掛けているものではあるのだが、その細やかすぎる気配りは出席者たちが慮ることすらできぬほどであったし、何よりリプレイをレシピ集にするわけにもゆかないので詳細は泣く泣く割愛しよう)を啜りながら訊ねる貴族の表情からは、いつの間にか、最初にことほぎに対して隠しきれなかった卑しさが取り除かれていた。
マズメシウス司祭は今や何にでも神の御心のままにと答えるマシーンになってしまっているが、結果論的に丸く収まっているので万事ヨシ。
●信仰の在り方
そして紫電の『レモンソルベ~岩塩ゴーレムソルト仕立て~』が刺身の余韻を殺すことなく味覚をリセットし……ついにメインディッシュ、コカトリスのローストの時間がやって来るのであった。
「聖者イクネウモファゴスが退治して喰らい、力を得たという、とある地方の伝承にあやかっております」
出席者たちがドン引くより早く、しれっと適当な逸話をでっち上げたことほぎ。どうせ天義各地のローカル聖人なんざ、誰も把握してないからいーんだよ。
だがお蔭で魔物食に対する忌避は、自然と和らいでいった。先陣を切るのはやはりあの聖騎士だ。
「この魔物とは思えぬほど瑞々しい肉質は、魔物とて愛情を注げば応えてくれるという教訓を物語っているかのようだ! 私には見える……ひとりの娘がコカトリスと戯れる、牧歌的な姿が! コカトリスが逃げて、娘がそれを追いかける。娘は『マジ卍』やら『好きピ』やらよく解らぬ言葉を使いはするが、それらは全て彼女の善良さ、奔放さのあらわれであって、決して邪なる魔女の呪文ではない。彼女は呪毒のために魔物を育てているのではなく、本心から好いて愛情を注いでいるに違いないのだ。その証拠に……彼女は追いかけ回されすぎて怒ったコカトリスに石化の呪いを受けても、怒るどころか『もっとテンアゲでフェスろ!』と自分に言い聞かせるようにして、本当に楽しそうにコカトリスを追いつづけるのだ。コカトリスが鶏舎に飛び込めば、自分も飛び込んで麦藁の中に顔を突っ込み梁の上によじ登り探し。ようやく観念したコカトリスを捕まえたなら、また石化させられるのも構わず頬擦りし。戦果を誇るかのようにコカトリスを天へと掲げながら叫んだ『超ラビュい紫電ちゃんにラブピ!』とは……この愛情の詰まった獲物を、『紫電ちゃん』なる人物――この料理を作った料理人の名であろう――のために贈りたいという純真な願いだろうか」
別に秋奈は聖騎士が考えたように養コカトリス家の娘だったわけではないけれども、聖騎士の脳裏に浮かんだ光景は、彼女が自分でコカトリスを捕まえることにした時の出来事そのものである。
コカトリスに対する愛情と、シェフに対する愛情が込められた料理。少し前に彼らが魚の生食に対する忌避感を克服したこともあり、出席者たちの間でこれらの愛情に応えたいという願いが魔物食への忌避感を上回り……。
「……うまい」
他の参加者からもその一言を引き出した!
ここへ来てマズメシウス司祭は完全に理解することになる……この“異常”な料理の数々は、何者かが厨房を乗っ取ったことで生まれたものであったのだ、と。何故なら連れてきた料理人の中に、『紫電』なんて名前の者などいないと彼は知っているから。
だが……彼はその怒りを今は飲み込んだ。この場で偽料理人を糾弾し、ちょうど「誰かが貧乏クジを引くのではなく力を合わせて皆で対処しよう」という理想的な形で合意しようとしている空気に水を差してしまえば、はたして苦しむのは誰か? ヴァイス村の人々を救うという大義のためならば、たとえ自らの信仰を冒涜されたとしても耐えることができる……それは時にままならぬ工芸というものと常に向き合いつづけた聖匠派の、ひとつの覚悟とも呼ぶべき信仰の在り方であったのだろう。
とはいえ流石に鉢植えのトマトを「サラダでございます」と出された時には、さしものマズメシウス司祭も思わず「ふざけるな!」と叫びたくなるところだった。「大胆かつ極端な驚きを提供することでこだわりを表現したのじゃ」じゃあないんだよ『鉄帝うどん品評会2022『金賞』受賞』御子神・天狐(p3p009798)。いつもみたいにうどんの伝道師になってりゃまだ穏やかだったんだよこのフライングうどんモンスター教徒。ことほぎも上手い解説が咄嗟に思い浮かばなくて頭抑えてるじゃないか……ベルナルドはとりあえずスモークを炊いて、ただのトマトの株を神秘的な何かであるかのように装ったけど。
天狐が主張したところによれば、この“サラダ”は「鮮度に勝る旨味なし、もぎ取った瞬間こそが食べ頃」という真実をこそ味わうためのものだった。たとえば、出汁に用いる鰹節だけを変えた2つの味噌汁があったとして、どちらが普通の鰹節でどちらが特別な鰹節かを言い当てられる者など、よほどの食通に限られるだろう。だが……飲み比べの前にあらかじめ「こちらがどこそこ産の、特殊な製法で削り出した高級な鰹節を用いた味噌汁です」と伝えられていたのだとしたら? 多くはそちらこそが美味しいものだったと答えるはずだ。
「言われてみれば、普段のトマトよりも甘みが強く瑞々しい」
「なるほど、これは大自然の恵み……先程の岩塩との相性も抜群ですな。トマトの表面に農家の喜んだ顔が見えたような気さえしたほどだ」
その顔は本当は天狐のギフトで映った『うどんの神様』の顔だったのだが、そんなことは誰も知る由もなく。しかしながらこの場は何となく誤魔化せた感がある。
では……最後はデザートの、『塩バニラ風ショートケーキ』の出番。天義をイメージした白いショートニングを、金粉が壮麗に彩っている。乗るシュガークラフトは聖なる鐘であり、出席者たちがそれに触れようとした瞬間……。
「今じゃ! 聖夜ボンb……」
「では私はお邪魔にならぬようこれで」
●逃亡
天狐がさらにしでかしそうになったのに気づくや否や、ベルナルドは手短に食堂を辞して彼女の手からやかましいパーティーグッズをもぎ取った! 嫌な緊張に脂汗を浮かべる彼の様子を、今回の依頼の話を聞いて面白がった師匠――『七色Alex』小昏 泰助はどこかで面白おかしく眺めているのだろうが……今は自分を味覚音痴にさせて演出に注力せざるを得なくした張本人のことを気にしている場合なんかではない。
もっとも、仮にここで聖夜ボンバーが炸裂し、爆音ときらきら星が晩餐会の雰囲気を台無しにしてしまっても、困らないと言えば困らなかった。厨房の棚に置かれたガレット・デ・ロワは、いざ交渉が決裂した場合に備えてことほぎが用意させたもの。中には“アタリ”のフェーヴ――仕込んだ陶器人形が仕込まれていて、それを引いた人物が“神のご意思により”全権を委ねられることになる、という寸法だ。……それの出番になるということは、ことほぎが交渉の失敗という出席者の弱みを握れてしまうということでもあるけれど。
交渉の決裂が発生し、特異運命座標たちが犯人として槍玉に挙げられる危機が去ったのは確かであったが、じきに出席者たちが解散し、マズメシウス司祭が追手を差し向けてくる危険がまだ残っているのもまた事実。つまり特異運命座標たちにとっては……後の片付けなどほっといて、今のうちにとっととトンズラすることこそ正義!
そして……マズメシウス司祭の手の届かないところまで辿り着いた辺りでようやく、ずっと他人に提供するばかりでおあずけを食らっていた自分たちの胃袋を慰める時がやって来るのだ。
「打ち上げの賄い飯は任せろ!」
「紫電ちゃんのご飯ラビュ!」
よくよく考えればどこで学んだのか判らぬ紫電と、料理には一家言ある一嘉の力があれば、その宴は依頼の成功とヴァイス村の未来を祝福するに足るものになるだろう……ただし、決してベルナルドとアーマデルに調理器具を触らせてはならない。ベルナルドの料理はマズいだけで済むかもしれないが、アーマデルは病院送りにするどころか何故か食べた者をカラフルに光らせたりもするらしいから。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
これはちょっと久々にネタ監視出しときますね?
GMコメント
晩餐会の舞台はヴァイス村近隣の平凡な聖堂ですが、平凡であるがゆえに調理場の構造は容易く推測できました。リプレイは、皆様がその調理場を襲撃して侍祭たちを拘束して料理を作った後、晩餐会に料理が出される場面から始まる予定です。そして回想として皆様の料理の準備シーンが挿入されます。
つまり侵入等のシーンが描写されることはないので、そのためのプレイングも一切不要です。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『天義』における名声がマイナスされます。
また、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●本シナリオでできること
【1】創作料理を作る
出席者を満足させる料理を作ります。彼らは満足すればするほど士気が上がり、より積極的に人々を救うために動いてくれるようになります。コース料理なので様々な料理を作ってみてください。
ポイントは、『おいしさ』『芸術性』『信仰度』。前2つの上げかたは言うまでもないとして、信仰度はどの部分に神への礼賛や感謝を表現したかをプレイングで解説してあると上がります。参考までに、侍祭たちが作ろうとした宗教画ムースは、『おいしさ-10・芸術性10・信仰度10』でした。
【2】料理を演出する
自分で料理を作れない方でも、芸術性や信仰度に対する貢献ならば可能です……料理を聖なる感じにライトアップしたり、雰囲気のあるBGMを演奏したりすれば、同じ料理でもより出席者を感動させることは間違いありません。出席者たちの使命感を掻き立てる演出で、彼らの献身を引き出しましょう!
【3】食材を用意する
調理場には一般的な食材ならば十分に上等と言えるものが揃ってはいますが、もちろん自前の持ち込みも可能です。口にした時に思わず生産者の苦労が回想シーンとなって思い描かれてしまうような一品を用意できれば、おいしさ上昇はもちろんのこと、食材と生産者への感謝の念が神への感謝に繋がり信仰度アップも期待できます。
ところで晩餐会場近くにある洞窟は、天然の岩塩ゴーレムの生息地になっています。彼らは頑丈ですが、頑張って倒して体内のコアを砕くと特に素晴らしい風味の塩になるといいます。
各人にできる役割の数にも出せる料理の数にも制限はありませんが、行動を分散させるよりは集中させて最高到達点を高めるほうが、出席者たちの心証を稼ぎやすくなるでしょう。
なお、素材を活かした料理は当然ながらマズメシウス司祭の心証を損ねます。ただし、彼の心証なんていくら損ねても問題ないので、気にせず本当に美味しい料理を追い求めてください!
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