PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>純白の季節。或いは、咆哮する黄金の機械獣…。

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●冷たい雪が鉄帝を包む
 南部戦線、城塞バーデンドルフ・ラインに破壊の音が鳴り響く。
 城壁が砕け、銃声が鳴り響き、兵士たちの怒号が放たれ、それを獣の咆哮が掻き消した。
 城塞の前で吠え猛るのは、全身を鋼鉄の鎧に包んだ巨躯の男だ。関節や肩、背中から蒸気を噴き上げ、吠える男の名はレグリオン。
 新皇帝の組織した『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』の一員である。
 彼の纏う全身鎧……否、機械鎧とも呼ぶべきそれは、絶大な破壊力と頑強さを有したものだ。下半身を包む鎧は、ライオンの四肢に似て太く強靭。胴体から頭部にかけては、サイを模した鋼鉄の鎧に覆われている。その側頭部からは赤熱する牡鹿の角が伸びており、鉄板さえも容易く溶かし、貫いた。
 そして、最大の特徴は地面を引き摺るほどに長く、太い両腕。ゴリラを模した鋼の拳の肘部分には砲口が備わっており、射出する砲弾の勢いを乗せた大威力の殴打を繰り出した。
 先に響いた破砕音も、その拳によるものだ。
「いつまで城塞に引きこもってるつもりだ! 出て来い! 出て来て俺と、真向から勝負しやがれ! それともてめぇら、立派なのは鎧だけの軟弱者の集まりか!」
 嬉々として暴れるレグリオンには、矢も銃弾も通らない。
 城塞警備の兵士たちが持つ兵装では、機械鎧に通用しないのである。
「誰か! 破城砲を運んで来い!」
 眼下で暴れる異形の男を睨みながら、指揮官らしき兵士が部下へと指示を飛ばした。
 だが、部下から返って来るのは悲鳴や困惑の声ばかり。
 それもそのはず。現在、バーデンドルフ・ラインを襲う脅威は何もレグリオンだけではないのだ。
 バーデンドルフ・ラインだけではない。
 鉄帝国全土にて、皇帝バルナバスの号令の下、大規模な騒乱が起きていた。
 おそらくそれは、何らかの目的を遂行するため、意図して同時期に起こされたものだ。そのせいもあって、城塞の警備にあたる人員は、平時よりも格段に少ない。
 劣勢。
 その一言に尽きる。
 だが、反撃の目が無いわけでもない。先に指揮官が口にした破城砲……つまり、城や砦を破壊するために用いられる、大口径の移動砲台だ……があれば、いかに頑強な機械鎧と言えども破損は免れないだろう。
 その一撃でレグリオンを葬り去ることが可能か否かは、撃ってみなければ分からないが。
 とはいえ、しかし……。
「駄目です! 砲弾が届いていません! 加えて、城門が破損しており開閉が……破城砲を外に出すことが出来ません!」
 部下の1人……作業服に身を包んだ、兵装整備班の男が指揮官に向かって報告を上げた。
 破城砲の砲弾は無く、また破城砲を城塞外に出すための扉が破損しているという。破城砲の射程は長いが、命中精度は劣悪だ。連射が効かない構造のため、使用するなら“必ず当てる”必要があった。
 レグリオンから、直線距離にして50メートル。
 破城砲を命中させるには、最低でもそこまで近づく必要があった。
「砲弾は!?」
「それが……砲弾は、敵の後方200メートルの場所にあります。おそらく、運搬途中で襲撃に合ったのかと!」
 城塞手前で、大暴れするレグリオン。
 その遥か後方には、砲弾を積んだ荷馬車が停まっているのが見える。
「……取りに行きたいが、敵も増えて来たようだ」
 指揮官らしき男性が、眼下を見下ろしそう呟いた。
 レグリオンの後方、夜の闇に紛れるようにマスクを被った男たちの姿が見える。男たちの手には、爆薬の取り付けられたボウガンが握られていた。
「門を壊して雪崩れ込む気か。そんな真似をされては、破城砲を使うどころじゃなくなるぞ」
 悔しそうに歯噛みして、指揮官らしき男は腰の剣を抜く。
 高く、剣を掲げた男は背後に並ぶ部下たちへ告げた。
 つまり「死んで来い」と。
 命を賭して、門と破城砲を死守せよと。

●レグリオン
「そうして後を託されたが、イレギュラーズというわけっすね」
 門周辺は酷い有様だ。
 そこかしこに、敵と味方の遺体が折り重なるように倒れ、地面は抉れ、城壁は砕け、硝煙が辺りに立ち込めている。
 兵士たちの犠牲もあり、レグリオンと共に攻め込んで来たマスク部隊はほとんど壊滅状態だ。
「残存の黒マスクたちは闇に紛れて姿を晦ませています。きっと、こちらの動きを窺っているんじゃないっすかね? 数は……多分10人ぐらいっすかね」
 黒マスクたちのボウガンには、鏃の代わりに爆薬が取り付けられている。【炎獄】【ブレイク】を撒き散らす厄介なものだが、連射は効かず、弾数もそう多くない。
 だが、動かない兵器や城門を破壊しするにはそれで充分だ。
「まず第一に、黒マスクを警戒しながら破城砲を門から外に出すこと」
 それが作戦の第一段階。
 次いで、第二段階として破城砲の砲弾を、レグリオンの後方200メートルの場所から城壁付近まで運んでこなければならない。
 当然、レグリオンはその動きに気付くだろう。
「【炎獄】の角と、【飛】【ブレイク】【必殺】を有する殴打の2つがレグリオンの主な攻撃手段っす。装甲は頑丈、機動力も高く、そして何より好戦的な相手っすね。黙って砲弾を取りに行かせてくれるとは思えないっす」
 一般の兵士とはいえ、すでに数十人が戦闘不能に追い込まれている。城壁付近の破壊痕を見れば、レグリオンは1人の戦士ではなく、1つの攻城兵器であると判断した方がいいだろう。
「幸い、時刻は夜っすからね。夜闇に身を紛れさせれば、砲弾の運搬も多少は楽になるかと思うっす」
 まずは機械鎧を破壊しなければ、レグリオンを討つことは難しいだろう。
 何度めかの破壊の音を聞きながら、イフタフはため息を零す。
「時間的な猶予はあまり無さそうっすね。急いで仕事に移りましょう」

GMコメント

●ミッション
『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』レグリオンの討伐

●ターゲット
・レグリオン×1
機械仕掛けの全身鎧を身に纏う『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』の男性。
ライオンを模した下半身に、サイを模した上半身の鋼鉄鎧、側頭部に植え付けた赤熱する牡鹿の角と、ゴリラを模した鋼鉄の両腕。
好戦的な性格らしく、ひたすら怒りに身を任せ破壊活動を続けている。
鎧は非常に頑強であり、破城砲を使うなどして破壊しなければ有効なダメージは与えられないと見られている。

ワイルドハンマー:物近範に特大ダメージ、飛、ブレイク、必殺
 砲弾の威力を乗せて放たれる渾身の殴打。

ヒートアントラーズ:物近単に大ダメージ、炎獄
 赤熱する牡鹿の角による攻撃。

・黒マスクの工作員×10
黒いマスクを被った特殊作戦部隊。
遠距離から爆薬付きのボウガンを撃ち込み、兵器や城門を破壊することを目的としている。
ボウガンには【ブレイク】【炎獄】が付与されている。
現在、生存している10名は闇に紛れて潜伏中。

●ウェポン
・破城砲×1
大口径の砲弾を射出する移動砲台。
城門付近に停められているが、肝心の城門が歪んで開閉しないため外に出せない。
黒マスクたちを警戒しながら、破城砲をレグリオンの前に移動させることが作戦の第一段階となる。
精度が悪く、有効射程は50メートルほど。
連射は出来ないため、1発撃ったら20分は次弾が撃てない。

●フィールド
夜間。
城塞バーデンドルフ・ライン郊外。
荒野からの外敵侵入を阻む鉄門があるが、レグリオンの攻撃で歪んでおり開かない。鉄門を修理か破壊して破城砲を外に出す必要がある。
レグリオンの後方200メートルの位置には荷馬車が停まっている。
荷馬車の荷物は、破城砲の砲弾である。
砲弾を回収することが作戦の第二段階となる。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <クリスタル・ヴァイス>純白の季節。或いは、咆哮する黄金の機械獣…。完了
  • GM名病み月
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年02月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

志屍 志(p3p000416)
密偵頭兼誓願伝達業
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)
黒鉄守護
リスェン・マチダ(p3p010493)
救済の視座

リプレイ

●獣の咆哮
 鉄帝。
 南部戦線、城塞バーデンドルフ・ライン、門前。
 機械仕掛けの獣が吠えた。
 押し退けられた大気が震え、衝撃が砂埃を巻き上げる。
 ゴリラのごとき、丸太のような両椀を振り下ろすのは『新時代英雄隊』レグリオン。
対して、鋼の拳を纏う鎧と大盾……炊飯器の蓋に見えるが……で受け止めたのは、『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)である。
「見覚えがあるぞテメぇ! また随分と悪趣味なキメラになっちゃってまぁ!」
 響く轟音。
 吹き荒れる衝撃の波。
 両者は互いに1歩も退かない。
「全身鎧で機械仕掛けかね。これを壊すのもまた面白そうじゃな……このワシの鎧と勝負じゃよッ!」
 両手に握った手斧を大上段に振りかぶり、駆け寄っていくのは『黒鉄守護』オウェード=ランドマスター(p3p009184)だ。叩きつけるように振り下ろされた手斧が、レグリオンの肩を打つ。
 サイを模した上半身の鎧には、ほんの僅かな傷しかつかない。獣ような笑みを浮かべて、レグリオンが頭を振った。側頭部から伸びる赤熱する鋼の角が、オウェードの脇腹を深く抉る。
 
「あれが敵将か! 景気よく暴れておるな!」
 城壁の縁に片足を乗せて、『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は夜闇を睥睨。
「しかし、あの鎧……もうちょっとテーマを絞った方が良いのでは? 吾の美的感覚で言うとナシ! であるな!」
 状況を見る限り、敵の中でとくに注意を払うべき相手はレグリオンで間違いない。そんな相手に城門から2、30メートル離れた位置にまで接近を許しているのだから、状況はあまり良くないと言える。
 加えて、緒戦からこっち姿を見せない敵の工作部隊の存在も気がかりだ。
「ふむん? ……まぁ、今が夜間ってのが救いかな? こちらが騒がしくしない分には彼方も此方がいつ動くか分からないだろうしね?」
『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)は、先ほどから周囲の様子を窺っていた。工作員たちの居場所を探っているのである。
「希望的観測だけど。それじゃあ~お仕事開始としようか♪」
 工作員たちの目的に、およそ検討はついている。
 つまり、進行を阻む鋼扉の破壊である。

「暴れまわる鋼の塊とは、また鉄帝らしいといいますか。動物テーマで纏めていますが配置がこれでは人気も出ません。ライオンを使うなら胸部に顔をつけてなくては」
 暗がりの中、物見窓から外の様子を窺いながら『遺言代行業』志屍 瑠璃(p3p000416)は呟いた。
 彼女がいるのは、城壁に半ばほど埋め込む形で取り付けられた兵士たちの控室だ。
 城壁の外で行われている激闘から視線を逸らし、瑠璃は顔を控室の出入り口へと向ける。
 ドサリ、と重たい音を立てて部屋の中へ投げ込まれたのは、体に張り付く黒い衣服を纏った細身の男だ。
「だいぶ激しくやり合った様だな……こんな相手が“新時代の”それも“英雄”だと言うのだから、まったく嫌になる話だ」
 男はレグリオン配下の工作員だ。全身に裂傷や銃痕が目立つ。
 既に事切れた工作員を一瞥。瑠璃は『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)へ視線を向けた。ルーキスは無言のまま首を横に振る。
 ルーキスが工作員を発見した時、彼はすでに事切れていた。
 城塞の兵士たちと交戦し、重傷を負っていたのだろう。
「まあ、そんな事はなかったので彼らのヒーロータイムは始まらずに終わるのですが」
 およそ10名の工作員が、城塞の内部に身を潜めているらしい。
 レグリオンの相手をゴリョウとオウェードに任せ、瑠璃とルーキスは暗がりの中へと進んで行く。
 仕事の時間だ。

「オレの嫌いなものの一つはな。『強い力で、他者を傷つけ蔑ろにするヤツ』だ」
 城門の隙間から『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が外の様子を窺っていた。風牙の背後には、案内役を買って出た1人の兵士が控えている。
「新時代英雄隊? ご立派な名前だな。こんな連中のせいで、まともな人たちが割を食うんだ」
 考えるだけで腹が立つ、と風牙が奥歯を噛み締めた。
 ギリ、と歯の軋む音。怒りを顕わとする風牙へ、兵士は言葉を返せない。同意の言葉を返すことは簡単だ。彼とて同じ思いなのだ。
 だが、彼はその言葉を吐くは出来なかった。
 煤けた鎧に、包帯を巻いた腕、杖が無ければ歩くことも出来ない有様……意思だけで、国を、城塞を、民を守れるのならば苦労はしない。悔しいという想いはあれど、もはや盾の役にも立てぬ重症だ。
「とっとと片付けるぞ! 必ず砲弾を持ち帰ってくるから、砲と開門の準備は頼んだぜ!」
 そんな兵士を慰めることは無く、けれど責めることもなく。
 それだけ言って、風牙は夜闇の中へ向かって駆けだした。

 同時刻、城塞内。
 大きく歪んた鋼の扉を唖然と見上げ、『救済の視座』リスェン・マチダ(p3p010493)は哀しそうに目を伏せた。
「これはひどい……門も壁もぐちゃぐちゃで、きっと、たくさんの兵士さんも傷ついたんでしょうね」
 瓦礫の山に、焼け焦げた痕。兵士の流した血の痕跡。
 だが、流石はバーデンドルフ・ラインというべきか。敵の攻撃規模に対して、巨大扉の損傷は軽微とも言える。
 リスェンの足元には、修理器具がずらりと並べられている。
 その後ろには、鉄材や工具を持った兵士たちの姿もある。
「ゴリョウさんのおかげで力がみなぎってきます。修理はおまかせください」
 鋼扉の向こう側で鳴り響く、激しい戦闘の音に耳を傾けながらリスェンはそう呟いた。

●各々の戦場
 風牙の頭上でフクロウが鳴いた。
 瞬間、闇に身を潜ませていた風牙が地面に体を転がした。
 レグリオンより数十メートルほど後方。破城砲の砲弾が詰まれた荷馬車の手前付近での出来事である。
「……どこに行く?」
 暗がりの中から、囁くような男の声。
 先ほどまで風牙が立っていた場所には、黒く塗られた1本の矢が突き立っている。
「どこって、決まってるだろ。逃げるんだよ。命は惜しいからな」
 夜闇の中に工作員の姿を見つけ、風牙は背から槍を降ろした。
 直後、風を切る音。
 風牙が槍を旋回させれば、弾かれた矢が宙に舞う。気配も無く、戦意も無いまま、工作員が矢を放ったのだ。
「この状況で、それだけ腕の立つ者を逃がしてやる余裕が、城塞の奴らにあるとは思わん」
 淡々と工作員はそう告げた。
 風牙が城塞を出た直後から、彼は闇に身を潜め、後を追って来ていたのだろう。
 風牙は何も答えない。
 沈黙。
 やがて、工作員の視線が風牙の背後……荷馬車の方を向いた気がした。風牙の様子から、目的を探ろうとしたのだろう。一直線に走った先にある荷馬車へ目を付けたのは、流石に“勘がいい”と言える。
 けれど、彼は油断した。
 視線と意識がほんの一瞬、荷馬車へ向いた隙を突き、風牙は地面を蹴って駆け出した。
 まるで疾風。
 地面を這うような低い位置から、獲物を狙う蛇のような槍の一撃。穂先の鈍い輝きを視認した時には、すでに工作員の喉へ槍が突き刺さっていた。
「悟られるわけにも、時間をかけるわけにもいかないんでな」
 慎重に、そして迅速に。
 男の遺体をその場に残し、風牙は再び夜闇の中へ身を潜らせる。

 暗闇の中に火花が散った。
 それと同時に、鎚で金属を叩く音。
「なるほど、ここで歪んでしまっているのが原因みたいですね。ここさえ直せば開くようになるはず」
 リスェンおよび、少数の兵士が歪んだ扉を修しているのだ。
 時間的な猶予はそう長くない。多少強引でも、問題なく開閉できる状態へ持っていくことが目的だ。騒音や火花が目立つのも当然。つまり、潜伏している工作員に発見されることも当然と言えた。
 暗闇の中、瓦礫の影に身を隠しボウガンを構える男が1人。息を潜め、気配を殺し、構えたボウガンの狙いは、リスェンの頭部に定められている。
 黒く塗った目立たぬ矢だ。
 射撃の際に多少、弦の鳴る音が響くが、気づいたところでそう易々と回避できるものではない。
 加えてボウガンの先には爆薬が仕込まれているのだ。多少、狙いが外れても十分に被害を与えられるだろう。
 けれど、しかし……。
「潜伏しているのが、自分たちだけとお思いでしたか?」
 工作員の口元に、女性の小さな手が回される。
 腹部に熱。耐え難い激痛と、血の流れる感触。
 痛みに悲鳴をあげることもできない。血と一緒に、命が流れ出していく。
「これで2人……あと何人残っているんでしょうね?」
 なんて。
 男が最後に聞いたのは、囁くような瑠璃の声。
 それっきり彼は意識を……命を失った。
 息絶えた男の遺体から、ボウガンだけを取り上げて瑠璃は再び影の中へと身を沈ませる。

 暗い夜空を梟たちが旋回している。
 その眼下では、3人の工作員たちとルーキスが斬り結んでいた。
 否、正確には断続的に射掛けられる黒い矢を、ルーキスが刀で弾いているのだ。
 過ぎた時間は短い。
 腹と肩には1本ずつの矢が突き立っているし、ルーキスの周囲には火炎が燃え盛っていた。付近に兵士の姿が無いのが幸運か。
「ふぅ……」
 熱い吐息を吐き出して、ルーキスは1度、目を閉じた。呼気に混じる血の臭い。
 骨と筋肉が軋む激痛。
「もう一刻の猶予も無い。これ以上被害が広がる前に、全て終わらせる!」
 地面を蹴って、ルーキスが跳んだ。
 暗闇の中、飛来する矢を刀で2つに斬り裂いて、まっすぐに影の中へと駆け込んだのだ。
 ルーキスの目は工作員へ向いている。
 否、工作員が手にするボウガンか。ボウガンの位置や動きから、工作員の胴や首の位置がおよそ窺える。
「ここまで門と破城砲を守り通した兵士達の犠牲を無駄にする訳にはいかない。残り全員、ここで討つ!」
 ルーキスの目はボウガンが宿す“熱”を追っていた。
 一閃。
 肉体の限界を超えた神速の斬撃が、工作員の胴を2つに断ち切った。

 ラムダの声は密やかだ。
「右斜め前方、左後方、1秒後に正面……まっすぐ突っ込んでくれて構わないよ」
「うむ! 少し遠めのやつを狙うのであるな!」
 姿勢を低く、獣のように荒く、速く、疾走する百合子が右、左と連続して拳を繰り出した。闇中へ向け放たれた2発の殴打が黒塗りの矢を叩き落した。
 衝撃で矢に仕込まれた爆薬が起爆。
 夜闇に火炎の花が咲く。業火が百合子の肌を焼く。
 火炎の軌跡を描きながら、百合子は足を前に出す。
 火傷、裂傷、埃と煙で服は汚れて、されど百合子は可憐であった。
 黒い髪が闇夜に踊る。
 前方へ向け駆ける百合子が身を沈ませた。その頭上を矢が通過する。
「何だ!? 見えてるのか!」
 闇の中で男が叫んだ。
 その声で敵の居場所が知れる。
「いいや? 吾は隠密行動は苦手である故」
 百合子の声は懐から。
 一瞬のうちに、百合子は工作員の眼前にまで迫っていたのだ。距離を詰められた、と認識した時には既に手遅れ。工作員とて、何もボウガンだけを戦闘手段としているわけではないが、白兵戦となれば百合子に及ばない。
「ラムダ殿には見えているので問題ないがな!」
 近づかれた時点で“詰んでいる”のだ。
 百合子の拳が男の腹部に突き刺さる。内臓が破裂しただろう。骨はへし折れただろう。
 あまりにも惨い死に様に、近くに潜む工作員はきっと恐怖しただろう。
 状況が不利と判断すれば、即座に撤退を選ぶ。工作員たちは、そういう訓練を積んでいる。
 足音も無く、気配を殺して、夜闇の中に身を潜らせて……。
「闇に隠れての隠密行動は其れなりにボクは得意だからね?」
 ラムダの声を、その時、彼ははじめて聞いた。
 それがこの世で、最後に聞いた音だった。
「気づいたころにはもう遅いって感じかな?」
 視界がぐるりと反転する。
 工作員は空を見た。
 それから、頭部を失った自分の身体を視認した。
 見えない刃で首を落とされ、彼の命は露と散る。助けを求めるように伸ばした右の手が、最後に1度、虚空を引っ掻く光景を、高い位置からラムダはじっと見つめていた。

 カンカンカン、コンコンコン。
 夜の静寂を破る騒音。
 それから、ギギ、と金属製の扉が軋む。
 やがて、その音さえも収まった。リスェンと瑠璃は、無言のままに視線を交わす。
 金属扉の修理はこれで完了だ。
 本来の機能は取り戻せてはいないものの、問題なく開閉する程度の動作は可能となっただろう。
 同時に、破城砲の整備も済んでいる。
 後は肝心の砲弾が到着するのを待つばかり。修理に使った工具を片手に提げたまま、リスェンは扉へ目を向けた。
 1分が長い。
 1秒さえも、引き伸ばされたように感じる。
 その間も、扉の向こうからは激しい戦闘の音が響いた。ゴリョウとオウェードがレグリオンと打ち合っているのだ。知らず、リスェンの手に力が込められる。
 それから、どれだけの時間が過ぎたか。
 数十秒だったかもしれないし、数分は経ったかもしれない。
 少しだけ開いた鉄扉の隙間を潜り抜け、呼吸を乱した風牙がついに城塞へ帰還した。その両手には、ひと抱えほどもある巨大な砲弾。
 それを兵士に手渡して、風牙は笑った。
「砲弾、確かに渡したぜ。こいつをあの勘違い猿に叩き込んでやれ!」
「はい。機械鎧の人を許してはおけないですからね」
 準備は出来た。
 後は事を成すだけだ。
 握った拳をそっと開いて、リスェンはそこに火を灯す。ごう、と夜闇を紅色に染める火炎を投げるように頭上へ撒いた。
 火炎は意思を持つように、螺旋を描いて空高くへと立ち昇る。
 果たしてそれは“決戦の狼煙”に相違ない。

●レグリオン
 視界が煙るほどに大量の蒸気を噴き上げ、レグリオンは夜空へ吠えた。
 鋼の腕を頭上に掲げ、獅子を模した下半身で地面を引っ掻く。
「はは! 見ろよ、鎧には傷の1つも付いてねぇぞ、うん! それに対してお前らどうだ! 全身血塗れで、土を舐める気分はどうだ!」
 嬉々とした様子のレグリオンが見つめる先には、地面に伏したゴリョウとオウェードの姿があった。
 意識があるのかどうかさえも定かではない。2人の体は土と血に塗れ、見に纏う鎧にも大きな破損が見て取れる。
 満身創痍。
 その一言が、これほどに似合う姿も無い。
 ひとしきり、倒れ伏した2人を笑うとレグリオンは前進を開始した。重い足音を響かせながら、レグリオンは一路、城塞を目指す。
 だが、しかし……。
「おいおい、どこ行こうってんだ? もっと遊ぼうぜ!」
「待て。まだワシと戦っている途中じゃろう?」
 レグリオンの背後で、2人は立った。
 【パンドラ】を消費し意識を繋ぎ、血の雫を撒き散らしながら、立ち上がった。
「あぁ? しつけぇな、うん」
 レグリオンが拳を振るう。
 バックブローが、2人の顔面を殴打した。
 それで終わると思っただろう。
 鋼の拳と、機械によって強化された腕力に絶対の自信があったのだろう。
 けれど、2人は倒れない。
「フム……この鎧の硬さはこんな感じじゃな」
 交差した斧で、オウェードはレグリオンの殴打を受け止めた。
 ゴリョウの構えた鋼鉄の籠手を、レグリオンは撃ち砕けなかった。
「あん時の動物らとM2-56の無念、今ここで晴らしてやらぁ!」
 ゴリョウが何かを頭上に放る。

 爆音。そして、空を白く染める閃光。
 リスェンと瑠璃、風牙が鉄の扉を押し開ける。
 地響きを鳴らし、前進するのは鋼鉄の兵器だ。大口径の砲塔を前に突き出して、無限軌道で瓦礫の山を粉砕し、開いた門から破城砲が出撃する。
 破城砲の操縦席にはルーキスが乗っていた。
「なんだ、ありゃ……」
 茫然と破城砲を眺めながら、レグリオンは目を丸くする。
 砲口が自身の方を向いていることを確認し、彼は頬を引き攣らせた。
「さぁ、射線は通ったぜ!」
 負傷したオウェードを引き摺りながら、ゴリョウはレグリオンの前から離れた。
 声をかけられたのは、操縦席のルーキスだ。
「ここが好機、一気に決める!」
 ルーキスが叫ぶ。
 瞬間、夜空に咆哮が響いた。

 大気を押し退け、地面を抉り、地形さえも変えながら大口径の砲弾がレグリオンを撃ち抜いた。
 まともに喰らえば、形さえも留められぬほどの砲撃。だが、破壊そのものとも呼ぶべきそれの直撃を受けて、レグリオンは生きていた。
「……ぉお!」
 身にまとっていた機械仕掛けの鋼鉄鎧が、砕けてボロボロと零れ落ちていく。
 分厚い装甲を纏うにふさわしい屈強な体躯だ。全身には、鎧に繋がる幾つものコートが突き刺さっている。だが、肝心の鎧は既に失われた。
「良い恰好になったな! さっきよりも吾は好きだぞ!」
「立派なのは鎧だけの軟弱者の集まりか! とか吠えてたらしいけど……今の鎧を壊された状況で同じことを吠えることができるかな?」
 百合子とラムダがそう告げた。
 口から滂沱と血を吐きながらもレグリオンは拳を振るう。
 刃を弾き、拳を砕く鋼鉄の腕は既にない。地面を踏み締める獣の四肢も、肉を焼き断つ牡鹿の角も、絶対的な防御性能を誇るサイの鎧も存在しない。
「さあここからが本番じゃ! ここで一気に決めてやるワイ!」
 眼前には血に塗れた悪鬼。
 否……悪鬼のごとき形相で、斧を振りかぶるオウェードがいた。
「まて、待て待て、命だけは……!」
「そうやって命乞いをする者を、お主、見逃したことがあったのか!」
 一閃。
 レグリオンの脳天を、オウェードの斧が叩き割る。

成否

成功

MVP

新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの

状態異常

ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
黒豚系オーク
ルーキス・ファウン(p3p008870)[重傷]
蒼光双閃
オウェード=ランドマスター(p3p009184)[重傷]
黒鉄守護

あとがき

お疲れ様です。
工作員およびレグリオンは討伐されました。
破損していた城門の修理は完了し、危機的状況は一応の解決を見ています。
依頼は成功となります。

この度はご参加いただき、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼にてお会いしましょう。

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