PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<咬首六天>おもかげ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 難民キャンプに訪れる者達をリア・クォーツ (p3p004937)は献身的に世話をして居た。
 激しい冬の寒さに身を縮め困らせた幼子へ、湧かした湯を分け与えて暖を取らせる。唇を湿らせる白湯はそれだけでも憩いであった。
 大した施しを与えられるわけではない。青白い顔をしながらも日々を奔走するアミナやクラースナヤ・ズヴェズダーの者達を眺めるだけでリアは己も尽力せねばと思うのだ。
 それが聖職者の在り方だ。
 ――それでも、美しすぎる旋律を有するアミナからは少しだけ距離を取って、彼女は彼女なりに世話を焼く。
「おねえさん、あのね」
 もじもじと身を揺らした幼い少年は身重の母の為にもう少しだけ物資を分けて貰えないかと言った。
 己の食事を削っても良いからと乞うた彼は、母にこっぴどく叱られるのだろう。
 栄養を必要としながらも、愛おしい我が子にまで身を削らせる訳には行かぬからだ。
 そんな姿にリアは嘗て己が斬り捨てた命が重なって酷い吐き気がした。あれは、幻想王国の事だ。

 幻想王国の片田舎。盗賊団はある村を襲った。勿論、略奪略取のためである。
 だが、その情報は盗賊団から齎された。村を襲った不届き者がローレットに助けを求める。
 何故か――両親と子供一人の三人家族の家を襲った時、彼等は直ぐに盗賊団を壊滅させた。
 その理由はその両親が『魔種』であったからに他ならない。
 子供達を護る為に強欲にも力を欲した彼等。それを責められる謂れはない。
 幼い子供と、その当時は腹の中に居た生まれる間近の娘を護る為だった。
 そんな彼等の命をリアは奪った。産まれたばかりの赤子はリリアンと名付けられる筈だったと言う。
 名を与えられる前に、産声を上げた刹那に、赤子が反転している事に気付いた。縊り殺した訳ではない。だが、丁重にその命を手折ったのは確かだ。
 その場面を一人の少年が見ていた。夫婦の子供、リリアンの兄、レオーネ。

 魔種だから殺した。
 そんな家族が出産間近な母親の為に心を砕く少年に重なって見えたのだ。
「……ちょっとだけよ」
 リアは僅かな米と配給外の干し肉を手渡した。
「秘密にしておいてね」
 明るい笑顔で微笑んだ少年。レオーネにもそんなときが合ったと思えば――苦しくて堪らない。

 難民キャンプに受け入れを求める一行がやって来た。リアはそそくさと彼等の前へと顔を出す。
「いやあ、雪が深くて参った参った。ちょっとだけやっかいになっても?」
 へらへらと笑った男にリアは柳眉を動かしてから「ん?」と首を捻った。どうにも、彼の姿に面影が重なるのだ。
 浅黒い肌に暗褐色の髪。吊り上がった目許は意志が強そうである。
「あの……いきなりなのだけれど、聞いても?」
「はいはい?」
「子供とか、居たりする?」
 問うたリアに男はおとがいに手を当ててから「あー」と呟いた。
「あー、居たよ。今は、もう逸れてしまってね……」
 悲しげに呟いた彼の顔は確かに――リアの義弟『ドーレ・クォーツ』と似ていたのだ。


 義弟に父親が居た。当たり前の話しだが孤児院で生まれたからには『出会える確率』など低い。
 屹度、父親もドーレを探しているはずだ。リアはそう思い込み、先ずはドーレに確認を取ろうと考えた。
 男は自らをドルフと名乗った。彼の周りには無数の男達――難民だろう――が居た。
「いや、息子が世話になってる孤児院のシスターとは、有り難い。
 しかし、ほら……いきなり息子に会うのも緊張してしまいますからね。よければ、準備を手伝って貰っても?」
 男の旋律は『不思議と気持ち悪くはなかった』。
 リアは「ええ」と短く返す。感じる旋律は単調で、緊張しているのだろうと感じられる。
 革命派の保護を受ける事になったドルフの友人らしき者達はそそくさと何処かに姿を消す。
「良ければ、ここまで来て下さい」
 男の誘いにリアはやる気を漲らせながらその場に向かう事に決めた。

 ――屹度、ドーレも喜んでくれる。父親との再会だ。

 そればかりを考えて、足を向けた女は人気のなさに違和感を覚え――
「賞金があるんだってなぁ」
 ドルフの声に引き攣った声を漏した。
「何を」
「準備って言っただろう、準備って。酒と金さえありゃ……ついでに女もついてりゃ最高でしょうよ」
 リアは騙したのかと呻いた。周囲を取り囲んだ男達の下卑た笑顔に唇を噛み締めたのだった。


 ドルフと名乗った男の本名は不詳だ。男には一人息子が居た。ラド・バウ闘士に憧れる普通の少年だ。
 息子を産んだ女は困窮に喘いで居たが男は差して気にならなかった。
 女が病に苦しみ始めた頃、男はドーレと女を捨てた。興味を揺さぶることもなかったからだ。
 家族の愛がなんだ。くだらないと男は斬り捨てて以降、妻だったものと息子だったものがどうなったかは分からない。
 難民キャンプに居た女を適当に拐かした。難民の振りをすれば直ぐに受け入れてくれるのだから飯にも困らず身を寄せ合う女の摘まみ食いにだって困らない。
 男達はぬくぬくと庇護を受けて来たのだ。
 ……ああ、そう言えば。
 昨日はぶつかった子供が干し肉と僅かな米を持っていた。身重の母にやると言って居たか。
「おじちゃんが美味しく調理してやる」と嘘を吐いて引っ手繰り、縋る子供は蹴り倒して近くの荒ら屋に閉じ込めたが、さて、どうなったか。
 この寒さなら――まあ良い。どうせ、生きる為に誰も彼もが精一杯だからだ。

GMコメント

夏あかねです。
「家族は愛し合うものだ」と信じているリアさんにプレゼントです。

●目的
 囚人達を捕縛する(生死は問いません)

●ロケーション
 革命派の難民キャンプ近くです。難民の振りをして入り込んでいた男は好き勝手してきたようです。
 リアさん一人を人気のない場所に呼び出しました。
「ドーレの父です、あいつに再会するための手伝いをして欲しいのですが」などと言った方便でリアさんは呼び出されましたが……。

 到着時、リアさんは男から色々と聞くことでしょう。
 難民キャンプで他のものから飯を奪ったこと、適当な女を拐かし他国へ人売りをしようとしたこと、その身を汚したこと。
 幼い子供に誰かが分け与えた飯を奪い、子供に暴行を加えて放置したことなど。
 彼は悪びれず、リアさんを捕縛し賞金に変えるつもりなのでしょう。
 他参加者の皆さんは包囲されたリアさんを助けに行く形となります。

●ドルフ(本名不詳)
 ドーレ・クォーツ(リアさんの義弟)の父。本当に血縁者のようですがクソ野郎です。
 ラドバウ近くの酒場で働いていた女に子を産ませ、女が働けなくなったら捨てました。子供も役に立たないと判断したため放置しています。
 ドーレが生きていることは男にとって寝耳に水でしたが正直どうでも良いようです。
 罪状は殺人を始め様々な傷害事件です。囚人として恩赦を受けるまで牢の中に居ました。
 それなりに戦えます。素手です。武器に左右されないことが彼にとっての利点です。

●囚人達 5名
 ドルフの連れていた男達。『賞金(リアさん)を殺さなけりゃ何しても良い』と聞いています。
 ちょっと楽しませて貰おうか、げっへっへ!
 様々な武器を獲物に戦えます。ヒーラーも居るようです。人を殺すことを厭いません。
 放置しておくと難民キャンプを更に荒らしそうですのでこの辺りで倒しましょう。

●参考:ドーレ・クォーツ
 リアさんの義弟。クォーツ修道院の男の子。お年頃であり義姉の影響を色々と受けてゴニョゴニョ……。
 リアさんから頼りを受けて「あのクソ野郎と……?」と困惑していますが、きちんと修道院でお留守番して居ます。

●参考:レオーネ君
 嘗てリアさんが殺した少年。魔種になった両親と、生まれて直ぐ反転が判明した妹をイレギュラーズに殺された少年です。
 彼は魔種となり、イレギュラーズを恨みながら死んでいきました。


●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <咬首六天>おもかげ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年01月31日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
※参加確定済み※
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

リプレイ


 命は、秤を持った者によって簡単に価値を変えてしまう。目にも見えないものであるからこそ、それは簡単に揺らぐのだ。
 父よ、母よ。遍くその全てに価値を、順序を意味づけし者よ。
 ――果たして、誰が、その価値を間違いだと声を上げることが出来ようか。
 我々は皆、取捨選択を行ないながら生きているのだから。
 それでも、『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は、選ばなくてはならないことを知っていた。
「どうする? リア君」
 何かあれば、迷わずに手を下さないと行けない。
 信じることは、目を逸らすこととは違うという事に気付いてしまったから。
「……あた、しは――」


 難民に呼び出されたと告げた『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)の表情に何処か陰りを感じていた『竜剣』シラス(p3p004421)は「いってらっしゃい」とだけ彼女に声を掛けた。余所余所しく隠し事をしている彼女を見送りながらも天の視点よりキャンプ周囲を探ってみせる。
 頬杖を付いて詰まらなさそうにしていたシラスの傍では心配そうな表情のアレクシアが立っていた。
「リアの奴がゴロツキ程度に後れを取るとは思えないが一応急ごうか」
「そう、だね。けれど……『また』難民キャンプの中にこういう人が混ざってきてしまったんだね……」
 アレクシアは嘆息する。自身もつい最近、被害に遭ったばかりだ。根本的に何らかの対策を打つべきなのかも知れないが――『普通の難民』と凶行に手を染める者を事前に除外することは難しい。
(けれど、判断しなくちゃならないのかもしれないね。私達イレギュラーズじゃなくて力のない普通の難民の人達なんだから)
 キャンプ地より幾許か離れた人気のない場所は、襲撃にはもってこいだろう。その様な場所に呼び出されるなど先に待ち受ける未来は予想にも易いと『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は感じ入る。
「何やらリアさんの様子がおかしいな、とは思い探しに来ましたが……不用心でしたね。その懸賞金が支払われる保証もないのに」
 それでも、と言うことなのだろう。直ぐにでも加勢しに行きたい気持ちを堪えて『ラド・バウA級闘士』サンディ・カルタ(p3p000438)は陰日向に立つ。吹いた冬風の冷たさだけがその場のイレギュラーズを包み込んでいた。
 目の前には見慣れた色彩。義弟と同じ肌に、眦に感じた面影が確かな血の繋がりを感じさせる。ドーレ、リアにとっては大切な『弟』。
 彼のことを思い浮かべながらもリアは「あの、さあ」と引き攣った声を漏した。嘘みたいな現実が目の前に存在している。弟に父親が見つかったと喜び勇んで書いた文はもう届いただろうか。何かの手違いだというならば此処で、弟と同じように屈託なく笑って「嘘だよ、リア」と言って欲しい。
「あ、あなた達にも色々と事情はあるのでしょう? 追い詰められて、どうしようもなくなって……それでこんな事をしようとしたのでしょう?
 だったら大丈夫よ、革命派の難民キャンプならこんな事しなくてもちゃんと守るから。あ、あたしに出来る事だったら何でもするし……!」
 震える。唇が紡いだ甘ったるい理想論が毀れ落ちるようにじくじくと体に傷口を作った。どうしようもなく、旋律(こころ)が乱れる。
 目の前の、弟の面影は――ドルフと名乗った男はやれやれと肩を竦める。
「仲良しごっこは止めようぜ、シスターさんよ。今は耐えるときだ? 皆で乗り越えれば幸いが訪れる?
 ンな理想ばっかり塗り固められてどうやって飯が食えるんだろうよ。それに何だ、どうしようもなかったから『助けてくれる』んだろ?」
 その方法がリアとドルフ、両者にとって違うとでも言う様に。リアは後ずさる。普段の勇ましさは鳴りを潜めて恐怖と困惑だけが女の頭の中を混ぜっ返す。
「そうよ! あたし、ドーレに手紙を送ったの! あ、あの子がラド・バウに送られたのは、貴方にも止む無い事情があったのでしょう?
 ドーレは、とてもいい子に育ったの。貴方の事だって、きっと怒ってなんか無いわ。だって、貴方達は家族なのだから! ね!?」
「ドーレなあ……」
 ドルフがおとがいに手を当ててやれやれとでも言う様に嘆息する。リアはそれが『息子を思った父親の良心の呵責』であるように見えていた。
 嘘みたいに、信じていたかった家族という憧れ。幻想に塗れた有り得ざる幸福、己が暫くの間は持ち合わせて居なかった『血の繋がり』という尊い奇跡。
「だ、だからこんな事は止めましょう……?
 難民キャンプであたし達と一緒に過ごして、落ち着いたらあの子に会いに行きましょう! だから……だから……」
 地を這うような声だった。「馬鹿だなあ」と幼子を宥めるように告げられたその声だけでリアの理想が地に落ちる。
「ド、ドルフさん……」
「ほら、救ってくれよ、シスターさん。俺たちゃ『耐える』なんて嫌なんでなァ!」
 手が伸ばされた時――どこからか、聞き慣れた音色が聞こえた。
 鮮やかな蒼い魔力が弾けるように男とリアの間へと叩き込まれる。続き、影が落ちる。はためいた赤いマフラーと共にその影の主が姿を見せる。
「秋――」
 名を呼び掛けたリアに『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は何時もと変わらぬ笑顔を浮かべていた。
「ねぇ、なんかお父ちゃん見つかったってホント? しかもマジアウトローって話じゃん。
 どんな人なのかきになっちゃってさ! で、私ちゃんも会いに来たってわけ! ……おっとなんかみんなピリついてる?」
 ゆっくりと立ち上がった秋奈が二刀を構える。無骨な姉妹刀を手にまじまじとドルフを眺める柘榴の眸が揺れ動く。
「あっ、そ、そうよ。皆。あ、あの……ま、まって! この人、ドーレのお父さんなの!
 他の人達もきっと今の鉄帝を不安に思っているだけだから、きっと落ち着けば話し合えるはずだから……!」
「本当(マジ)で言ってるのか?」
 拳を固めた『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)はその姿勢を崩さぬままドルフを睨め付けた。囚人達がたじろぐ。
 相対した者の実力を見誤る程、彼等も世間知らずではない。最も、リアだけは『違う』のだろう。
「――らしぜ? まあ、どうでもいいのさ。なんちゃねえ、夢見がちな恋する乙女リア・クォーツを守る、それだけだろう?
 甘ちゃんさ、俺もそう思う。親父だから見逃せなんざ罷り通る訳もねぇ。
 だが、それを踏み躙るお前達のような連中を何と呼ぶか知ってるかい? 下衆って言うのさ、覚えておきな!」
「どうやら、シスターより『常識人』が来て仕舞ったみたいだなぁ」
 ドルフがくるりと囚人達を振り返った。己達が此処からさっさと撤退することも出来ない事を彼等は知っている。此処で見逃せば、誰ぞに不和が広がるのだ。睨め付けるアレクシアに、彼女の手を汚したくはないと感じているシラスは「リア」と呼び掛ける。
「シラ、ス」
「はは、モテるじゃねえか。隅に置けないぜ」
 揶揄う言葉と共に、魔力弾が炸裂する。囚人達の意識を刈り取るため、凶弾となったそれは眩く一直線に広がっていく。
「リア殿大丈夫? 間に合ったよね! 白馬の王子様なんて柄じゃないかもしれないけれど。お姫様を助けに来たわ。
 ――私の名はヴァイスドラッヘ! リア殿を助けに只今参上!」
 今まで、共に活動してきた。何度も修羅場――ああ、それは内容だけは控えておこうかと口を噤んで――を乗り越えてきたのだからこそ『ヴァイスドラッヘ』レイリー=シュタイン(p3p007270)にとっては彼女は大切な仲間だった。


 呆然とへたり込んだリアは戦ってはいけないとは言えなかった。仲間達は自身を助けに来てくれたのだ。
 男達の様子を眺めていたリアは嘆息する。表情を変えることなく「なあ、ドルフだっけ?」と声を掛けた。
「お前さ、『もうしくじって』んだぜ。優しいシスターがくれた懺悔の機会を自分で潰してさ」
「少年も泥水を啜って生きたタチなら分かるだろ。同情だけじゃ飯は食えねえ。愛だの何だのだけじゃ生きてやいけないってな」
 ドルフの笑い声にシラスは舌打ちをした。理解出来てしまうからこそ、苛立ってしまう。ただし、シラスはそれ以上の感情を曝け出すことはなかった。
 サンディもその様子を眺めながら、ふと、物思う。己の親という『モノ』はどの様な存在だったのだろうか。
(俺の『親』って呼ぶべきヤツはどんなロクデナシなんだろうな)
 両親との関係性など千差万別。貴道は家族にも恵まれているのだろう。どうしようもないものもそれなりに見てきたからこその感想だ。
 だからこそ、血の繋がりなんてそんなに大切なモノじゃないと感じずには要られない。少なくとも、目の前でへたりこんだリアは両親よりもシスターに育てられたと言うべきなのだ。だからこそ憧れたのか――あんな、甘ったれた嘘みたいな
ものに。
(……少年のことは敢て無視しておくしかないが、生きててくれよ)
 貴道は拳を固めた。少年は荒ら屋に打ち棄てられているという。この寒さだ『最悪』があるかもしれないが――だからといって戦場を離脱して様子を見に行くような素振り一つでも見せれば逆に命が危ない。
「ミーはシスターほど優しくはねえ。悪党が死んで善人が生かされるなら、上等ってもんだろう?
 さ、ヤろうぜ。俺の拳とお前達の腐った拳じゃあ、勝負にすらならねぇけどよ」
 貴道が地を踏み締めた。馬鹿にしやがって、男の叫ぶ声が木霊する。その声音など聞こえないとでも言う様に蒼き魔術礼装を剣へと固めてドラマは「リアさん」と名を呼んだ。
「今は心がぐちゃぐちゃで苦しいかもしれません。ですが、いつも通り後ろは任せましたよ!」
「え、あ――」
 せめて、回復で支えなくては。震えるリアが立ち上がればサンディは「お前もバカだなあ」と揶揄うようにその背を叩いた。
「憧れたんだろ? 分からなくはねぇよ。分からなくはさ。
 でも、現実が苦しいのも分かるだろ? サンディ様は実の親も育ての親もいねぇし? スラムにいりゃこんなの死ぬほど見てっけど?
 そんでもまぁ、親子は特別ってのは、信じたくなることもあるさ。リアみたいな環境なら、尚更さ」
 サンディの支えにリアは「そ、そう、ね」と未だ震える声を漏す。
 前線へと滑り込みドルフと相対するドラマは師の教えの通り無尽の刃を作り出す。存在の皇帝、己が高みに至れば至るほどに、その人の視線を乞うてしまう乙女心は眼差しに乗せた決意と共に魔力奔流を作り出す。
 打つかった拳の重さが、男が唯の半端物ではないと感じさせた。
(どうしようもないクズですが、徒手空拳での技量には学ぶべきところもありますね。
 私はコレを殺すことに特に躊躇はないのですが……リアさんの意向です)
 ――待って、と彼女が言ったから。これ以上勝手に誰かの命を奪う事は酷く辛いものになるだろう。


「あなたたち、自分さえ良ければそれでいいっていうの! 助け合おうとは思わないの!?」
 アレクシアはどんな人にだって可能性はあると信じていた。何があったって、綺麗事だと言われたって、救いがあると思って居たのだ。
 それでも、現実にはどうしようもなく頬って置けない人が居るのも事実だ。彼等がどうなのかを見極めねばならない。
 ドルフは更生の余地があるか――それとも。
 それを見極めるためにもアレクシアは前に立っていた。シラスや貴道、ドラマと同じように。
「さぁ、覚悟しなさい! 全員お縄にしてあげるわ!」
 レイリーは堂々と告げる。ドルフ達の攻撃全てを確実に受け止める。レイリーはリアを護るように立っていた。
 逃げようとするモノが居ないようにと包囲を固める。サンディが周辺警戒をしてくれている。此の儘畳み込めば簡単な仕事だ。
「良いのか? お仲間のシスターが困ってるぜ」
「ッ、いいのよ。貴方達を無力化してからだって話は出来る」
 レイリーが不安げにリアを眺めた。サンディは「まあ、さ、大事なヤツの父親ってやつなんだろうから戸惑うよなあ」とリアに笑いかけた。
「だからさ。この一連のは親子の絆の有無とは関係ない、ただの大捕物にしちまいたいんだな。
 親子の繋がりの有無、その答えは保留! ――実際人それぞれなんだ、嘘じゃないぜ」 
 サンディは笑った。愛情を貰った分だけ、幸せになる未来は何処かに存在しているはずだから。
 彼の優しい言葉にリアは涙が溢れそうだった。一方的に続く戦闘。そう呼ぶべきだったのだろう。囚人達の制圧は最早、終了も近い。
「今日の私は淑女的だぜ! 命拾いしたな!」
 刃はドルフの頸筋に宛がわれた。秋奈がへらへらと笑えば制圧が完了したとドラマも立ち上がる。
「……人の身体の理を学べば、何処を抑えれば動かなくなるのか分かるのです。これ以上の抵抗は無意味です」
 静かに呟いたドラマにリアは愕然とその様子を眺めていた。ドルフを殺す事なく貴道とて手加減していてくれた。
「どうするかはリアに任せるさ。……だがまあ、俺個人としては当人たるドーレに任せりゃ良いと思うぜ」
「ドーレに……? そんなの、勿論――」
 会いたいというに決まっているとリアが『決めつけた』言葉に貴道は何とも言えぬ表情を見せた。
 もしも、ドーレがこの現状を理解していたならば、屹度その言葉は出てこない。何せ、彼には母親も居たはずだ。その母の姿も見えず、父が子の有様であれば待ち受けている真実はリアにとっては有り得ざるものにもなろう。
「……まあ、任せるさ」
 貴道が肩を竦めれば、レイリーは「リア殿、大丈夫?」と優しく背を撫でる。
 膝を付いたドルフの前にシラスは立っていた。その傍らにはアレクシアの姿も見える。リアは呆然とその様子を眺めるだけだ。
 どうするの、と唇は戦慄いた。
「……ドルフ。ドーレに何か言うことは無いのか?」
 冷めた瞳でシラスは見下ろした。地へと転がった男に嫌になる程に何かが重なった。
 ――お前の父親は分からないからな、と欲に濡れた男が馬鹿にしたように指差してきた声だけがハウリングしている。
 余罪があればヴァルフォロメイに突き出せば良い、唯、そう感じていたというのに。『予想』は嫌なときだけあたる。
「今更ガキに用事があるかよ」
「……それ、は」
 震える声でアレクシアが問うた。リアは縋るように「ね、ねえ」とドルフに手を伸ばす。
「ド、ドーレも良い子に育ったのよ。優しい子なの。……ド、ドルフさんも、そうでしょう……?
 本当は、生きていたいから……あ、ああ、そうよね。犯罪者呼ばわりだもの。子供に迷惑が掛からないように……!」
 アレクシアは首を振ってから、幼い少年を探してくると一歩後退した。リアの肩を掴んだレイリーの指先がかたかたと震える。
「リアさん……あの、さー……これさー…感動の再会って展開じゃなさそうね?」
 秋奈は気を配るように、そう紡いだ。これは生き死に所ではない問題だ。屹度、リアは嬉しそうにドーレに手紙を書いたのだろう。

 ――アンタのお父さんが見つかった。今度、一緒に連れて帰るわね。

 なんて、楽しげな文字を並べて義弟に『家族という素晴らしさ』を問うたのだろう。再会のパーティーを開こうとでも声を掛けたか。
「……ドーレくんになんて言えばいいのかな」
 お土産でも買っていくかと問うた秋奈にレイリーは首を振る。屹度、どうしようもない問題が目の前に横たわっているのだ。
(私情で言えば、こんな親はどこかに消えてしまえばいいと思うわ。
 ……囚人として犯罪を行ったことはいけないけどさ、それ以上に家族を大事に思わないのは許せないもの)
 レイリーは声を震わせた。目の前の、リアが痛々しくて見ていられない。
「お前は自分の子供を大事に思わないの!」
「今になったら思うよ」
 やっぱり、とリアが顔を上げた。続く言葉に予測が出来てレイリーは彼女の耳を塞ぎたかった――シラスは怒気を孕んだ眸でドルフを睨め付ける。
 アレクシアに子供の保護を頼んで良かった。こんな所、見られたくはなかったからだ。
「売れば、金になったもんなァ!」
「お前みたいな親は大嫌いよ! ……ふぅ、はぁ。しかるべき所へ連れてくわ。ちゃんと罪を償ってもらうわよ!」
 叱り付けるレイリーの声を振り払いながら、シラスはドルフの前に立った。何かを焦がす不快感が湧く。苛立ちばかりだ。
 男の首に手を掛けた。ぐう、と男の呻く声がする。周囲の囚人を見ている貴道はシラスを止めることはない。ドラマでさえも眼を逸らした。
「―――が、はっ」
「ッ」
 言葉になどできない感情があった。強く自制していないと引き裂いてしまいそうだった。リアが「シラス」とか細く呼んだ声が聞こえシラスは動きを止めた。
「でも、お願いだから殺さないで……ドーレの、お父さんなの、家族なの……だから、お願い……」
 そんなになってまで家族を愛せるのか。当たり前のように、血の繋がり一つで愛し合えるなんて考えて居るのか。
 口から飛び出しそうになった感情をシラスは飲み込んで視線を下げる。
「……シラけた。ちっと頭冷やして来るわ」
 凍えるような風の中、シラスはアレクシアの下へと向かうと背を向けた。冬風が熱を冷ます。
 ドーレが希望するならあの男と遭わせて遣っても構わない。リアの言うような『美しい家族の形』はそこにはないだろうが、誰が何と云おうと、何れだけロクデナシでも親は親だ。
(もうドーレの中で全て整理がついてすっかり過去になっているならいい。
 もし何かがくすぶっているなら決着が必要だと思う……そうしないと何も前に進めないから)


「――くん」
 不安げに震える声音でアレクシアが少年を抱きかかえていた。
「シラ、スくん」
 表情が暗い。少年を抱き締める腕が震えている。アレクシアの蒼く白んでいく唇に、血の気の引いた気配にシラスは彼女を呼んだ。
 こんな季節に、こんな場所で放って置かれていた。『あの男達に善性など期待してはいけない』のだ。
「どう、しよう……も、もう、大丈夫……大丈夫だからね……怖い人もやっつけたよ、だから」

 ――だから、息をして。

 サンディからアレクシアとシラスの様子を聞いてリアはへたり込んだ。己が無意味に、『ドルフとドーレの親子関係』を信じなくては良かったのだろうか。
 痛い、痛い、痛い。頭が痛い。ドラマの、シラスの、アレクシアの、サンディの、レイリーや貴道、秋奈の旋律が。
「ッ……サンディもドラマもシラスも……皆の旋律が痛い。皆、あたしに怒っているの?
 わからない……わからないよ、シスター……母さん」
 母だから。
 貴女のことを愛していると彼女は笑った。命だって、擲ってもいい。それが『おかあさん』というものだと彼女は言った。
 父と母が愛し合い、子が幸せに笑っていることが家族の当たり前の形だと。寓話だと何時だって言われていた。
 けれど、これは――当たり前のように愛し合う何て、何処にもなかった。

 ……後日、ドーレから届いた手紙には父親との面会への拒絶だった。
 母が病に陥って金を稼ぐことが出来なくなったとき、あの男は母を捨てた。
 ドーレは熱病に苦しんだ母だけを抱き締めて男が去って行くその背中を見ていた。
 もしも――会ってしまえば、屹度、『ひとごろしになってしまう』

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 男達は決して、善人ではなかったのですから。

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