＜咬首六天＞絶凍の町、貴女が貴方であるうちに

オープニング

●絶凍の町
　鉄帝の冬を覆いつくす壮烈なる寒波はその猛威を未だに振るい続けていた。
　鉄帝の西部に存在するその村は穏やかな平野の中にある。
　平凡で美しい原風景。
「……あぁ、懐かしいのになぁ」
　小さくイルムガルトは呟いた。
　鉄帝の西部、そこにマールブルクと呼ばれる町がある。
　そこから少しばかり外に出て北に進んだ場所に、ケルベと呼ばれる小さな農村があった。
　よくある、どこにでもある小さな村だ。
　冬に満ちたその村は天衝種の死体によって穏やかさの鳴りを潜めている。
「イルムガルト隊長、あの氷柱は恐らく……」
「……あぁ、イザベル姉だろうな」
　鮮血に満ちた村の中を、イルムガルト隊は遠巻きに見ていた。
「――退くぞ。私達が行っても無駄だ。イレギュラーズの皆に伝えてこよう。
　やっと、イザベル姉を見つけたって――あぁ、でも……この村に戻ってたんだね、イザベル姉」
　寂しさすら乗せた声は風に攫われる。

●お休みを言うために
　鉄帝国西部、天を競いし帝政派が中心地サングロウブルク。
　庁舎の一室にイレギュラーズは訪れていた。
「……イザベル姉の居場所が判明したよ」
「……そう」
　イルムガルトの話にイーリン・ジョーンズ（p3p000854）は小さな呟きを漏らす。
　怒りにまみれた魔種イザベル。
　憤怒へと呑まれ、数多の物を忘れつつある姿はどこか印象的に映っていた。
「マールブルクには戻ってなかったのは私も確認したけど、どこにいたの？」
　そう首を傾げるのはスティア・エイル・ヴァークライト（p3p001034）だ。
　ボーデクトン攻防戦でのスティアはイザベルの仇であったヘルムートを抑える役目を担っていた。
　それはつまり、大なり小なりイザベルの矢を受けることでもあった。
　今にして思えば、彼女の矢は冷たい氷なのに、どこか熱を帯びているようで――でも少し悲しかった。
「ケルベって村がある。私やイザベル姉にとっては故郷にあたる場所だ。
　何の変哲もない、ただの田舎の農村だ」
「故郷へ……そうなんだね」
「イザベルはそこで何をしている？」
　オラボナ＝ヒールド＝テゴス（p3p000569）は打ち倒すべきかどうかという点から考えていた。
「分からない。でも、今はまだケルベにじっとしてるみたいだ」
　そういうイルムガルトの表情にはすこし複雑なものがみえる。
「奴がいつまでそこにいるのか分からぬか。
　なるほど、この名を失い、怒れる相手を失い、行き着く先は――」
「故郷　ナラ　マダ　子供ト　一緒？」
　　オラボナの言葉につなぐように、フリークライ（p3p008595）はそう問うものだ。
　イザベルにとって、その衝動の根幹は自らの子供を殺したヘルムートなる魔種であり、子供達を切り捨てる保護者たちである。
　だが、ヘルムートはボーデクトン攻略戦でイレギュラーズ達の活躍に討ち取られている。
　フリークライは今のイザベルがその怒りを彼女自身に向ける可能性を考えていた。
「……恐らくは、そうだと思いたい。
　私が部下と共に先遣隊を送ったが、中には入らなかったんだ。
　ただ、巨大な氷柱に貫かれた天衝種の死体が幾つもあった」
「マールブルクやボーデクトンで天衝種を撃ち抜いてた攻撃と同じ痕跡ってことかしら？」
「あぁ、まず間違いないだろう。
　外から幾つかの天衝種を見かけた故、
　全てイザベル姉に倒されたわけじゃなさそうだが……」
　イーリンが彼女との交戦時の事を振り返ればイルムガルトの肯定がある。
「私は、私の為すべきことを為しに向かいましょう……それで、構いませんか？」
　マリエッタ・エーレイン（p3p010534）はイルムガルトへと問うた。
　それは討伐の意思を露わにするものだ。
「あぁ――お願いしたい。イザベル姉を、どうか眠らせてやってほしい。
　私は、今回は一緒に行かないことにするよ」
「――良いのね?」
「……あぁ刃が曇るからとか、覚悟がないからとかじゃないんだ。
　姉さんが、私を忘れてしまっているかもしれないとか、
　足手まといになりたくないからとか……。
　ましてや、変わり果てた姿を見たくないからとかでもない」
　イーリンの問いかけにイルムガルトは静かにそう語り。
　そして、悔しささえ滲ませながらイレギュラーズを見る。
「むしろ逆だ――私は、姉さんの気持ちが、分からないでもない。
　だって、実の姉だ。実の甥だったんだ。
　それを、あんな風に利用されて――姉さんがあの子の名前さえ忘れさせる目に合わせられて。
　――それで、怒ってないわけがない。
　俺は、姉さんと会ってあの人に原罪の呼び声を受けたら答える自信がある」
　ぎゅっと握られた拳は、きっと怒りを抑え込むように。
「――それだけは、したくない。
　だって、そうなったらイザベル姉を弔う人間がいなくなっちまう」
　だからお願いだと――そういうイルムガルトは悔しそうにも見える笑みでイレギュラーズを見ていた。

●何も分からなくなる
　銀世界に菫色の髪が揺れている。
　小さな庭先にある菫色の木――その根元に捧げられたモノリスと墓石には、何もない。
「――――」
　それを、貴婦人はぼんやりと見下ろしていた。
　慈しむように、愛おしむように、その墓石を撫でながらも――その心は空虚だった。
　日を追うごとに広がっていく空虚な心を、代わるように埋めていくのは憎悪。
　親とは子供を守るべきものだ。
　ただ死ぬしかないだけの肉と皮の塊風情が、命よりも大切な我が子達を貶めるなど。
　あっていいはずがないのだから。
　憎い。憎い、憎いのは――なんだっけ。
「憎いのは――腹立たしいのは……私自身」
　私自身だ。
　あの日、あの時、私がもっと強ければこの子は死ななかったはずだ。
　あんなことを言う夫を殺してでも、もっと早くに対処するべきだった。
　そうだ、そうなんだ。全部、弱い奴らが悪い。
「大切な物を失わぬために強くならない人間は、どこまでも腹立たしいです」
　私を含めて、弱いもの全部――大嫌いだ。
　――全てが呑み込まれていくような感覚。
　失ってはいけない物さえも――もうわからなくなりつつある。

参加者 : 8 人

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参加者一覧（8人）

リプレイ

●
　その日は寒波が比較的穏やかな日であった。
　ほろり、ほろりとちらつく白い結晶は人の体に触れて溶けていく。
　閑静でありながらどこか強襲のようなものを感じさせる村の中。
　あまりにも似つかわしくない魔獣の惨状を突っ切った先、小さな家屋が姿を見せる。
　依頼人の――そして標的たる魔種の生家には、綺麗な木が立っていた。
「こんにちは」
　人の気配を感じて視線を上げ『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン（p3p010534）は声をかける。
「私の為すべきことを為しにまいりました。
　貴女が貴方としてあるうちに……その誇り高き想いをこれ以上汚さぬために」
「――こんにちは」
　婦人は微笑する。それは魔に堕ちた者とは思えぬ、穏やかな笑みだった。
「憤怒の意識から……貴方のその想いを血と共に奪い、そしてお送りしましょう」
　静かに告げたマリエッタがその瞳を金のヘリオドールへと変質し、美しく揺れた影が踊り魔種の背後へと迫るアンデットを切り拓く。
　貴婦人の全身から、苛烈なる熱を帯びた冷気が溢れ出す。
「それは……私を殺す、ということでしょうか」
　短く、小さな声でそういうとその手に氷の槍を形作る。
「うん、そうなるね……でも、最後の時を貴女らしく振る舞えるように全力を尽くすよ！
　それが殺すことでしか貴方を救えない私達にできることだから……」
　そう呟く『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト（p3p001034）の視線の先にいる婦人は一見すると正気のようにも見える。
　それが魔種となってから比較的浅いからか、葛藤を続けているからかまでは定かではない。
「そうですか、私を殺すために……そうでしたか……
　確かに、弱い私は殺されても仕方がないのでしょうけれど――」
　氷の槍を握る手が強さを持ったのが見て取れた。
「私はまだ殺されるわけにはいきません。
　強く、強くなって――私は、私は……」
　ミシミシと氷を握り締めた烈女は、その眼に炎を灯す。
　冷たい魔術とは正反対の激情がその目に宿っていた。
　魔獣を気にもせず、ぼんやりと立つイザベルを見て『聖奠聖騎士』サクラ（p3p005004）は思う。
（魔種になってしまった人を責める事は出来ない。
　正しい事とは思わないけどそうでもしなければ生きていられないほどの苦しみはあるんだろう）
　愛刀を静かに抜き放てば、淡く聖なる光が揺蕩っている。
（……それでも、その果てに自分を失って新たな悲しみを生み出してしまうのならば。
　私にしてあげられる止める事だけなんだろう）
　迫るアンデットたちを見据え、聖騎士は覚悟を示すように宣誓を告げる。
　鮮やかな光がアンデット達の目を焼いて、その注意を引きずり起こす。
『ヴァァァァアアアア！！！！』
「――さぁ、かかってきなさい！」
　聖光は２度。怒りに満ちたアンデット達の注意を全て引き付ける。
（嗚呼――貴方の痛みが、私はよくわかる）
　炎が燃え盛るようなその有様に『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ（p3p000854）は思うところがあった。
（……私も私の命をずっと燃やして戦っているから。
　……もう自分が最初に何を願ったかもわからないけれど）
　彼女には少なくとも１人はいるのだから。だから――
「大丈夫よ、もう覚えていないかもしれないけれど。貴方を想う男を一人知っている。
　それに貴方の遺言を伝えるから。――さあ、好きなだけ燃えなさい」
　風に靡く旗が大きく音を立て、魔眼は無粋にもイザベルへと攻めかからんとするアンデットを写し取った。
「何――我々の成すべき事柄は召喚時から、一切、微塵も変わらない。
　破滅を齎す魔種とやらを叩き、潰し、此方が滅ぼしてやるのだ。
　何処かの誰かは呼び声に応えた者を『死人』だと嘆いていた。
　嗚呼、物語性に尽きない貴様、貴様等め。碑には如何様に刻み込めば好い？」
　静かに、『同一奇譚』オラボナ＝ヒールド＝テゴス（p3p000569）はイザベルへと視線を向ける。
「貴女が貴方であるうちに、か……」
　『浮遊島の大使』マルク・シリング（p3p001309）はその言葉を独り言に呟くのだ。
（彼女はもう戻れないし、僕らは魔種は倒さねばならない）
　オラボナの言ではないが、魔種になるとは死にも等しく、イレギュラーズにとっては討つべき敵である。
　だからこそ、それでもと思うことがあり、成したいこともある。
（今僕らがイザベルさんにできる最大限を、せめて）
　充実した魔力を周囲へ張り巡らせ展開した結界はおおよそ村の三分の一ほどを包み込む。
　万が一にでも、この村が壊れることのないよう。億が一にでも、彼女の弔う我が子の眠る場所を荒らさぬように。
（キット　フリック　真ノ意味デハ　イザベル　心　分カラナイノダロウ）
　イザベルの前に立ち塞がった『水月花の墓守』フリークライ（p3p008595）は心の内に思う。
「我　最後マデ　主　護リ抜イタ。死後モ護ッテル。
　ソレハ　フリック　強イカラ　デキタ？　然リ。主クレタ　強サ」
「そうでしょう、貴方が強いことは、私も分かっています。
　あの日、私があの子を撃たずに済んだのは、貴方のおかげなのですから」
　流麗な軌跡を描いてフリークライを穿ったイザベルはそう告げる。
「あの子に、ほんの少しでも一緒にいられる時間をくれたのも、貴方です。
　――だから、貴方は強い。私と違う。私は、弱い。私が強かったら、あの時だって私は、そうだ。
　弱さは悪だ――私が、弱いから悪い！！」
「デモ。フリック　弱サ　悪イ　嫌イ　思ワナイ。
　――イザベル」
　激情を露わにするイザベルへ、フリークライは静かに告げる。
「――――ッ」
「弱イ　悪　違ウ。断固否定」
「いいえ、いいえ、弱いから――弱いから私は！」
「ソノ怒リ　行キ着ク果テ　分カッテル？」
「え――」
「ダッテ　子ヘノ怒リ　ナル。
　子ドモ死ンダ。自分　遺シテ。何故？　弱イカラ死ンダ。ソウナル」
　苛烈な猛攻が、緩んでいく。
「違ウ。君モ　子モ。悪イ違ウ。
　我　フリック。我　フリッケライ。我　墓守。
　君ノ怒リヲ知ル者。子ヘノ愛ヲ知ル者。母子護ッタ　知ル者」
　魔種の攻撃が震えていた。
「――君カラ君ヲ奪ワセナイ」
　真っすぐな言の葉に対して、言葉にならぬイザベルの絶叫が戦場を劈いた。
　壮絶なる魔力が暴発し、氷柱が彼女の周囲全てを貫くように撃ち抜かれる。
　それは壮絶な自己矛盾に発狂するようでさえあった。
　炸裂する氷の刃を受けて、それでもフリークライは真っすぐにイザベルを見据えていた。
「お前たちを倒すのに時間は掛けない」
　マルクがワールドリンカーに接続すれば、空へとキューブが走り世界に風穴を開ける。
　混沌とした世界の構造物が、どろりとこぼれ落ちて怒れるアンデットたちを侵していく。
　大いなる不吉を呼ぶ混沌の泥がアンデット達を絡めとり、沈めて行く。
（ずっと抗えとは言わない。
　せめて最後の時だけでも貴女らしくいてほしい。そう願うのは我儘なのかな？）
　そう願うスティアはセラフィムへと魔力を込めていく。
　願いを意志に、意志を力に、力を刃に。抱いた想いは天に穹を描く。
　引き絞られた弓のような、あるいは翼のようなしなりを帯びて放たれた魔弾がイザベルを包み込む。
　美しく過激なる閃光の癒える頃、イザベルの視線は静かにスティアを見据えている。
「随分と派手に騒いでいるが、貴様、もしや既に正気を失っているのか。
　いや、私が声を掛けている時点で、欠片ほどは残って異るのだろう。
　この会話がおそらく最後故、じっくりと戯れようではないか。
　――貴様が貴様として、登場人物として死ぬ手伝いをして魅せよう
　栞も折り目も不要だな？　文句はないとも」
　オラボナはその身を桜花の聖騎士を護る巨壁の如く晒している。
　その視線は今更アンデットなど相手になく、その攻撃など赤子に撫でられるかのようなもの。
（子を失い狂った親、か。……ああ、ちくしょう。嫌な話を思い出す）
　獲物を握る『紅矢の守護者』天之空・ミーナ（p3p005003）の視線の先で、戦いは既に始まっている。
　イレギュラーズの攻撃を受けた魔種は、冷めたい魔術とは正反対の苛烈なる猛攻を始めている。
　ミーナはそれから視線を外すと、アンデットの集団目がけて突っ込んでいく。
「悪いが、お前ら如きに手こずってる暇はないんだ。とっとと消えな！」
　振り下ろす大鎌が大きな弧を描いて戦場をめぐり、アンデットをまるまる削り取っていく。

●
　戦いは続いている。
　苛烈なる魔種の猛攻を掻い潜るようにして、ミーナは走る。
「子を失った苦しみ、痛いほどわかるぜ……何故なら、私もそうだった。
　状況は違えど、狂いそうになる気持ちはわかる」
　愛剣を振り抜いて振り降ろしたナイアガラデッドエンドが氷の魔女へ斬撃を見舞う。
「だけどな……その怒りを他人にぶつけちゃ弱い母のままなんだよ！」
　一歩踏み込んで、撃ち抜くは紅。
　手練手管を尽くした『母』なる彼女は自身の全霊を切り拓く。
「私はずっと弱い。私は、ずっと私自身が大嫌いなんですよ――えぇ、全く。
　私はずっと、私自身にこそ腹が立つ」
　激昂がミーナを穿ち、壮絶な氷の斬撃が連鎖した。
「はぁ……はぁ……はぁ……弱いことは、悪い事じゃない。
　えぇ、貴女の言う通りなのかもしれません……
　でも、私が弱くなかったら、あの子を救えた。
　それは、きっと間違いじゃないでしょう」
　フリークライへ、イザベルの視線が合った。
「ソウカモシレナイ　デモ　ダカラ　悪イ　違ウ」
「私は……私は……」
「僕らにはもう、貴女が失ったモノを取り戻すことはできないけれど……
　この国に暮らす人々が弱肉強食の犠牲にならないよう、
　新皇帝からこの国を取り戻すことを、誓うよ」
　イザベルが声を振るわせ始めるのを見て、マルクは静かに術式を起動する。
　その手には極限まで高められた魔力の剣。
　臨界点を突破して形を保つ限界まで高められた蒼穹の剣を手に、マルクは誓う。
　それは『アーカーシュの』マルク・シリングの誓い。
　振り払われたブラウベルクの剣は美しき空の軌跡を描き、痛烈なる一撃となってイザベルを穿ち貫く。
「――嗚呼。貴様の言の葉の通りだ
　弱者で在ったが故に淘汰される、自然的か超自然的かは関係ない
　故に、先ずは今の貴様の強さを確かめるべきだ。
　私を殴る事で、凍結させる事で、証と見做せば好い」
　苛烈なる凍土の槍を、矢をその身に受けるオラボナは笑っている。
　全てを受け止め、飲み干すように。
「私は、私はやはり弱い……！　あの子を守り抜けず、愚かな私は」
　激情に乗せて放たれた氷の刃がオラボナを貫いた。
　イザベルは怒り、泣いている。
「そんなに自分自身を責めないであげて。
　子供の立場からすると親が死んじゃうのも悲しいんだよ」
　真っすぐにイザベルを見据え、スティアは小さくそう言った。
「少なくとも私はそうだったよ……」
　目を瞠ったイザベルへ、スティアは続けていく。
　月光人形という形ではあったが、触れあった手を覚えている。
　魔種として生き延び、その死を見届けた父を覚えている。
　親を失ったことのある子供として――少女は言う。
「それに、親が自分を責めてる姿なんて、子供も見たくないと思う」
「私が私を責めることで……あの子が……？」
　魔種の声が震えていた。
「本当は……貴女を斬りたくはない」
　アンデットを切り払い終えたサクラはイザベルへと愛刀を構える。
「……どうして？　私も、私がおかしいことは分かっています。
　きっと、これが良くないことも……流石に分かってきてます」
　傷を増やす魔種が問えば。
「貴女が何をしたっていうの！　家族を殺されて！　それで怒るなっていうの！？」
　本音を絞り出すように、サクラは弱音を口に出す。
「――ありがとう」
「え？」
「いいえ、何でもありません。どうせもう、ほとんど覚えてませんから……
　実際、なんだかどんどんと分からなくなってるのです。
　こうして貴方たちと戦い始めた頃と比べてもなお……あぁ、それも腹が立つ」
　微笑みを浮かべていたイザベルが目を伏せ気味にそう言って。
　そんな微笑とは対照的に、その手に握られる槍は質量を増しているのが見えた。
「それなら――貴女が何もかも忘れて、もう一人の貴女を作り出さない為に……戦うよ」
　その手が震えている。
　声が揺れるのさえ力に変えて、サクラは全身全霊で太刀を振り払った。
「守れるなら、誰を守りたかった？」
「当然、あの子を」
　イーリンはイザベルと真っ向から向かい合っていた。
　その身を打つ壮絶なる氷の刃の一切を受け止め、剣を振るう。
　その手には薄暮の如き道標。
「倒せるなら、誰を倒したかった？」
「それは――守るべき子供を守らない大人達を……そうあって然るべき在り方を！」
　何かを探るように、彼女が答える。
「家族が居たら、何処に行きたかった？」
「――誰にも邪魔されない、平和な場所へ」
「あの子は大きくなったら、どんな子になった？」
「きっと、きっと利発で、優しいそんな子になったはずです！！」
　何も知らぬ私（イーリン）へ、イザベルはそう声を張る。
　イーリンは頬を綻ばせる。
　それはさながら花のように。
「大丈夫よ、イザベル。貴方を最後に照らす星は、ここにある。
　――神がそれを望まれる」
　美しい軌跡を描いて、紫苑の流星が空へと昇る。
「私は皆さんのように貴女を理解し、共感はできないけれど……
　だからこそ。その輝きが素晴らしいものだと、奪いたくなるほど……
　貴女は素敵な人だったと、それを証明するために貴方の血と輝きを、憤怒の怒りから奪い取りましょう」
　イーリンの、サクラの、スティアの――沢山の人へ言葉を返すイザベルをヘリオドールの瞳に映して、マリエッタは静かに血鎌を構えた。
　両手の血印から魔力を練り上げ、その渾身の魔力を籠めて構築するは血色の大鎌。
「人というのは弱いけど……私は弱いから強くなれると……貴女を見て思いました」
　握りしめた鎌が熱を持ったように感じながら、マリエッタは一気に飛びこんで行く。
　美しき軌跡を描く一撃は死神が迷える魂へと降ろす救いのように。

●
　やがて、イザベルが糸が切れたように崩れ落ちた。
「――結局、私は……弱かったのですね……でも、ふふ」
　酷く浅い呼吸を繰り返す女が立ち上がることなど最早ありえまい。
「イザベルさん。もう貴女のような人があらわれないように、私は戦い続けるから」
　そう言ったサクラにイザベルが微笑する。
　その鼻先に桜の花びらが落ちていた。
　満開の桜を見上げて、イザベルが目を瞠る。
「貴様の死屍は仔と共に」
　消えかけの炎のような揺らめきを感じながら、オラボナはイザベルへとそう告げれば。
　ゆっくりとその顔がオラボナを見た。
「ねぇ、イザベル。これ、見えるかしら？」
　その手には１冊の魔書。
　書き綴られた最新の一頁には、彼女との対話が書き留められている。
「……――」
「貴方はちゃんと、遺せたのよ」
「――ぁ」
　驚いたようにイザベルが目を瞠る。
「イザベル。君ノ血ハ　マダ温カイ」
　死にゆく婦人へと墓守は近づいていく。
　倒れたイザベルを覗き込むようにしてかがんだフリークライは、彼女と視線を合わせた。
「イルヤ。君ノ子供ノ名前。今ナラ　忘レナイ」
「イルヤ……イルヤ……イルヤ……」
　我が子の名を反芻しながら、彼女の声はやがて聞こえなくなっていく。
「……お休みなさい」
　脈をはかったスティアはそっと呟いて祈りを捧ぐ。

●
　張り巡らされていた結界もあって、家にあったモノリスも木も壊れていなかった。
　イザベルはその根元へと静かに埋葬された。
「貴女の血は、輝きは頂きました」
　モノリスの前に立ち、マリエッタは小さく呟いた。
　淡いエメラルドの瞳を細めてその最後を反芻しながら、ほう、と小さく呟いた。
　風に攫われた桜の花びらが空へと舞い上がっていく。
「……どうか花が彼女と家族の魂を天国に連れて行ってくれますように」
　サクラはそれを見上げて小さく呟いた。
「……お供え物っておはぎでいいのかしら」
　埋葬されたイザベルの墓標を見下ろしてイーリンが首をかしげる頃、桜と菫色の花が空へと伸びて行った。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

あとがき

大変お待たせしてしまいまして申し訳ありません。
お疲れさまでした、イレギュラーズ。