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シナリオ詳細

<腐実の王国>玄きエル・トゥルル

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 あなたがたはむなしい世界を生きてはならない。
 わたしのみことばには知恵と知識のいっさいがこめられている。
 偽りの言葉に惑わされることはなく、わたしの言葉を聞きなさい。
 あなたがたがゆるがず、わたしを信じるならば天の言葉が降ることだろう。

               ――アラト書テーモスへの手紙 第三章一節


 潮風が薫ったエル・トゥルルの街は混乱に満ち溢れていた。
 巡礼の道、その最中に立ち寄る港町にはガレサヤ・ピレア大聖堂が存在している。この地は、聖都フォン・ルーベルグに現物が存在する啓示の書の一片を保管し、聖遺物とされる首飾りなどが飾られていた。
 強き信仰者達は一目それを見ようと聖なる都より祈りの旅を続けて遣ってくるのだ。
 だが、此度ばかりは違っていた。エル・トゥルルを、そして望む幻想王国との国境であるヴィンテント海域をめざし進軍するのは影の天使達だ。
 ベアトリーチェ・ラ・レーテのグラン・ギニョールの如く。
 黒影は死の淵より蘇ったかのように形を帯びて天使の翼をも得た。禍々しき黒翼の天使も存在すれば色彩全てを忘れ去ったかのような真白き翼の者も居る。
 軍勢を引連れてやって来たのは聖女ルルと呼ばれた娘であった。純白を身に纏う彼女の傍には幾人もの姿が見える。
 口蓋に擦り切れた言葉は理解さえ覚束なかった。世界法則とする混沌肯定の一つである『崩れないバベル』さえも機能しない遺失言語で対話を繰り返し其れ等は進む。

 主は仰った――
 世界は滅びに向かうであろう。
 災厄の獣は唯一無二なる確定終局を齎し、世界を破滅へと導くだろう。それは遁れ得ぬものである。

 故に、その『確定未来』を遂行するべく聖女ルルは『歴史を繰り返す』。本等ならば有り得た筈の未来。
 特異運命座標が大量召喚されなければ有り得た筈の其れ等全て。
「ねえ、アドレ。エル・トゥルルはどうなっているの?」
「聖遺物は毒を吐いた。銀は腐り落ちて井戸水も濁っただろうね。
 聖女の凱旋には相応しい。『偽の預言者』達も『選ばれない存在』は苦しみ死にゆく確定未来が待っているはずだろうから」
 んふふ、と上擦った声で彼女は笑った。アドレと呼ばれた少年は影で出来た馬に跨がった。
「様子を見に行く?」
「いいえいいえ、すこぉしだけ待ってからにしましょう」
 うっとりと笑った後、聖女ルルは唇を吊り上げた。甘い、毒を孕んだ笑み。イレギュラーズ達の前に未だ姿を現さぬその人は巡礼者の背を叩いて『遺失言語(ゼノグロシア)』で囁きかける。

 ―――………。

 男は静かに頷いただけであった。


 エル・トゥルルの街の聖遺物が毒に蝕まれた。それは聖都で法王の下に降った神託を再現するかのようである。
 噂話のように駆け巡り、幻想王国にまでも及ぼうとするその狂気の波及。
 幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演が失敗に終わるなど合ってはならない、と。誰かが口にした。何故かは分からない。
 況してや、滅びを回避するために確定終局を回避しようなどと、可能性<パンドラ>が蓄積するなんて事あってはならないと。
 またも誰かが口にした。どうしてなのか、誰も分からない。
 だが、それこそが目的であるように国境線を影が蠢いた。
 終焉がせせら笑うようにエル・トゥルルを暗黒の淵へと叩き落とす。
「ひでぇな」
 ぼやいたのは『探偵』サントノーレであった。遙々国境線の調査に来た彼は煙草を適当に踏み躙り嘆息する。
 イレギュラーズへ連絡したのも幻想王国に早馬を出すように天義中枢に連絡したのもこの男だ。

 ――幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の公演は狂気を振り撒くことだろう。
   イレギュラーズが存在していなければ幻想はその狂気に飲み込まれ、国家滅亡の危機へ――

 そんな言葉を思い出す。可能性<パンドラ>は選ばれし特異点達の特権だ。
 特異運命座標(イレギュラーズ)なんて奇跡を齎す存在はサントノーレだって出会うまでは信じられなかったものだ。
 ぽつりぽつりとは存在していた旅人達。だが、大量召喚は奇跡を顕在化させ世界を滅亡の危機から救うように変化させたという。
(だからって、大量召喚が無かった未来ってのを正史って呼ぶか?)
 サントノーレは身を隠す。頭痛がする。酷い有様だ。街中に『呼び声』が響いている。
 何処かの家屋の聖書が黒き炎を上げて燃えたらしい。その後、住民達が包丁を持って隣人を襲い始めたという。
(あからさまな狂気の伝播ってか? ……『魔を不倶戴天の敵とする』天義で良くやるぜ)
 もしかすればアストリア枢機卿などが真実、神の意志の遂行者で自身等こそが異端だとでも言うのか。
 下らないことを考えたと振り返ったサントノーレは「やべ」と呻いた。
 背後に立っていたのは聖都でも目にした事のある『クソッタレ聖職者』だ。窪んだ眼窩に、何事か理解も出来ぬ譫言を繰り返したそいつはサントノーレにも分かる言葉で言った。
 神を愚弄するならば殺してやる、と。
 男は走り出した。イレギュラーズはそろそろ到着しているだろうか。
 探偵として調査協力はしてきたつもりだ。言うのも憚られるが詰まり――助けて欲しい。

GMコメント

夏あかねです。
<シビュラの託宣>シリーズその2。

●目的
 サントノーレの救出

●エル・トゥルル
 天義のヴィンテント海域に面している美しい白亜の街、エル・トゥルル。
 巡礼の旅で聖人が訪れたとされる由緒正しき場所です。中央部には『ガレサヤ・ピレア大聖堂』が存在し、聖遺物である『啓示の書の切れ端』が存在していました。
『啓示の書の切れ端』を中心に聖書や、それに連なるものが腐食、毒に侵され、腐り始めます。
 サントノーレはガレサヤ・ピレア大聖堂の近くに隠れていましたが聖職者ルーベレスに発見され追われて居るようです。
 街中は狂気が伝播しており住民達が暴走しているようです。急いで見付けて街から脱出してください。

●サントノーレ
 探偵。元は天義騎士でしたが、不良であったことから離反し探偵をして居ます。
 軽薄で信用ならない迷惑な人、ですがイレギュラーズのことは信頼しているのか危険な潜入任務などを引き受けます。
 今回も騎士団がアドラステイアに懸かりきりですので先んじて調査に赴いたようです。
 ガレサヤ・ピレア大聖堂についての調査を終えた様でもあり、結果を聖都に持ち帰る前に終われ始めた様子です。
 ある程度の自衛は出来ますが、何分数が多いことで苦戦しています。護ってあげてください。

●聖職者ルーベレス
 意味分からない言葉を繰り返している男です。元々は聖都のクソッタレ汚職系聖職者(と、サントノーレは言って居ます)
 眼窩が窪み、正気ではない状態で刃物を振り回しながら躙り寄ってきます。狂気に侵されているのでしょうか。
 それなりに悪人ではありました。秘密裏に人身売買などをして私腹を肥やしていた男ではあります。生死は問いません。
 聖女ルルを尊んでいる事は聞き取れます。どうやら彼女に言われて此処までやってきたようですが……。

●一般人達
 狂気に触れた者達。包丁で隣人を刺し殺した普通の主婦や暴れ回っている子供など。街には溢れかえっています。
 燃えた聖書や毒に侵された聖遺物などを大事そうに持っている人もそれなりに居そうですね。
 彼等は街の外までは追ってきません。また、不殺攻撃を行なう事で正気に戻せそうですが何分数が多いので逃げるに徹した方が良いでしょう。

●『影の天使』
 人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。
 ですが、これはベアトリーチェの断片ではないため不滅でもなく、倒す事で消滅をするようです。
 何故か街の中に居ます。<獣のしるし>の時と比べれば、人間味が溢れてきました。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <腐実の王国>玄きエル・トゥルル完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)
微笑みに悪を忍ばせ
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

リプレイ


 美しき白亜の港町エル・トゥルル。キャラック船が停泊し、貿易港としても栄えている。
 信仰者達は巡礼の最中、ガレサヤ・ピレア大聖堂へと訪れ祈りを捧げるらしい。その地が、今や大混乱に陥っている。
「一体、天義で何が起っているっていうんだ……!」
 前回は鉄帝国と天義の国境。そして、此度は幻想王国を正面に捉えたこの場所だ。『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は未だ見えぬ不安を胸に抱き思わず零した。
「元は美しい街だったんでしょうねここ……っとまぁ今は人探しの最中でしたね。
 はぁ……全く……ここまでひどい有様ですと骨が折れそうですね。
 できるだけ様子のおかしい方々に見つからないようにせねば……えぇ~ん……ゾンビ映画ですよこんなのぉ~……」
 げんなりとし肩を竦めた『北辰より来たる母神』水天宮 妙見子(p3p010644)は深く息を吐いた。エル・トゥルルの本来の姿を妙見子は良くは知らない。
 だが、話を聞くだけならばこの地は神聖なる光を受けた『神の国』が誇る入り口であったのだろう。信仰者たちの国、天義には有り得てはならぬ様子が妙見子の目の前に広がっている。女の髪を掴み引き摺る男、頭を掻き毟りながら壁へと頭突きを繰り返す者。泣き叫ぶ子供にナイフを手にする大人達。
「むぅ、どこもかしこも狂人ばかり。あの清廉で美しい街と謳われたエル・トゥルルとは思えぬ惨状でござる。この仕事、少々骨が折れそうでござるな」
 思わず呻いた『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)はナイフを振り風サントした男の意識を奪う。膝から崩れ落ちていくそれは狂気に駆られ、無我夢中に刃を振り回して居ただけなのだろう。
「何者かが良くない事を起こそうとしている? いえ、もう起きてる。それにあの影の魔物、前見た時より進化してない……?
 ああ、もう! 色々気になるけどまずはサントーレさんを見つけ出さないと」
 そう、此度のオーダーは『探偵』サントノーレの救出だった。『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は「何処に居るのよぉ」と呟く。
 祈る気持ちで琥珀刀を握りしめたタイムは密命を受けて潜入捜査でも行って居た探偵の失敗を思っては嘆息するしかない。
 その背中に、鈍器を振りかざす酷い形相の女の姿があった。「ひえ」と僅かに上擦った声を漏した『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が眩き光で女の意識を奪い去る。
「なんだかよくわからないことになっているみたいね。影の天使に腐る聖遺物、狂気に飲まれる人たち……。
 正気じゃない人達も可哀想だもの。サントノーレを助ける傍らで何か手がかりがつかめたらいいのだけど」
「そうだね……これは……街が大変なことになってるよ」
 やや怯え竦んだ様子を見せたのは『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)であった。余りに酷い形相であった女は街では穏やかな気質で知られるパン屋であったらしい。突如の豹変の全てが何を起因したものなのかは分からない――そう、全てが『変質してしまった』聖遺物の所為であるかもしれないとだけ、頭の端に追いやりながら。
「さてさて、汚職神官ならどうとでも利用して情報を吐かせる自信はありますが、錯乱していいてはねぇ……。
 ま、死んで構わない相手ですが、情報を得るために生け捕りにしますか
 ……本人としては、大人しく死んだほうが楽だったと言うことになるかもしれませんが」
 そう呟いた『微笑みに悪を忍ばせ』ウィルド=アルス=アーヴィン(p3p009380)の目的はサントノーレが調査に赴いていたガレサヤ・ピレア大聖堂の聖職者ルーベレスである。ルーベレスはサントノーレ曰くの『クソッタレ汚職系聖職者』であったそうだ。彼はエル・トゥルルに左遷され、ガレサヤ・ピレア大聖堂の責任者ではあるが――早馬曰く、正気ではない。
 何処を見たって人、人、人。それも狂った様に傷付け合う。暴力沙汰も、殺人までも合法と言わしめるような酷い有様ではないか。
『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)はその表情を変えることはなく紅玉髄の眸で街を眺めた。
「本当に」
 唇が動く。
「本当に、この状況は、なんなのでしょうか。
 亡き人の姿見を奪って動く、誰でもない誰か。影の何か。それを生み出し、今は日々を生きていただけの人の心を歪める、誰か。
 この街にあふれるこの感情の色は……今この状況でできることは多くありません。すべてを救うことは叶いません。まずは依頼の優先を」
 解決への糸口さえも見つからない。だが、捨て置くことも叶わぬこの状況に苦しみながらも飛び立った白梟はサントノーレを探すべく羽ばたいていくのであった。


 街の中に溢れている狂人達を横目に妙見子はサントノーレの位置を探る。これだけ人が溢れかえっているのだ。帰って目立った逃走劇は悲劇に繋がる筈だ。
「どこか近くにいらっしゃるような予感はするのですが……サントノーレ様、無事だと良いのですが……」
 唇を尖らす妙見子の傍で周囲を見回していた咲耶は高き視界で探し求める。グリーフの白梟たちは先に大聖堂に辿り着いたことだろう。
 自分自身を一番に活かすためにオデットは空を泳ぐように進みながら精霊達に声を掛けた。何処か精霊さえも怯えているように感じられたのは突然変異したこの場所の所為だろうか。
「私のお友達、空を駆ける風よ。そこにいるのなら力を貸してくれないかしら」
 精霊達は大聖堂の方で誰かが慌てていると教えてくれた。どうやらタイムの想像通り、遠く離れた場所には居ないようだ。
 大聖堂を起点に烏へと捜索を任せていたマルクは「人が集まっている場所がある。天使もだ」と呟いた。頷き、一行はその場所へと向かうこととする。
 天使、と呼ばれた影はその姿自身が人らしくなり、表情にも変化が見られた。咲耶はまじまじと眺めてから首を捻る。
「む、この影の者共、心なしか精度が上がっている様な。さっさと見つけ出さねば捜索どころではなくなるかもしれぬ」
 確かに、これは十分足を鈍らせる存在だ。影で出来たそれらは何者かを模倣して作られているのだろう。便利な影の兵士として立ち回る上に、個体ごとに能力が違う。捜索に手を割く上で一番に厄介な相手だ。
「妙見子さん、あっちの気配がサントーレさん……ですよね?」
「恐らく……もの凄く助けて欲しそうな感じがしますし……大聖堂付近ですし、ね……?」
 タイムと妙見子が顔を見合わせる。非戦闘スキルを強化し、出来る限り早期の発見を心掛けるグリーフとリュコスは、感覚をフルに使用していた。
 リュコスが鼻をすん、と鳴らしてから探し求める。正気を保っていると『仲間ハズレ』にされそうな可能性は重々承知の上田。
 なるべく頃左図を心掛けているリュコスは「おっかないひとに追われてるサントノーレは、どこかな……」と呟いた。
 足止めを喰らう可能性もあるが、捜索範囲が狭まっていけばこれだけでも十分に探しやすい。
 ウィルドは「霊魂達は皆怯えていますね」とそう言った。突然この場で殺害された者達は未だ困惑しているのだろう。怯え竦んで居る彼等は大聖堂には近付かない方が良いと何度も繰り返している。
「大聖堂は聖遺物が存在し、それが『この騒動の元凶』である、ということでしょうね」
「聖遺物に異変が起きるだなんて、なんとも神を愚弄していますよね。何ともいえませんけれど!」
 神様を愚弄しているのは何方か論がこの場で勃発しそうではあるが、妙見子は『人道に反する方が取りあえずは悪者』だという事で一度はその思考を端に置いておいた。狂った一般人たちは何度も繰り返すのだ。
 ――これこそが正しき歴史だ! と。正しき歴史、とは何か。この様な暴動が起る『べき』であるというならば、その歴史を定めた者は大馬鹿者ではなかろうか。
 大聖堂に程近い裏路地に入り込んだウィルドは人の気配を感じ取り、ぴりりとした空気をその身に惑った。奥で、躊躇いがちに顔を見せる人影がある。
「おっとォ! イレギュラーズか!」
 路地裏で両手を挙げて合図をしたサントノーレに「其方にいらっしゃったか」と咲耶はまずまずと頷いた。その無事を確認してほっと胸を撫で下ろしたのは妙見子。
 だが、安心しても居られないか、ここからが――「脱出、だね」
 リュティスは退路を探す様に大きく息を吐いてからグリーフと頷き合った。


「さて、仔細な報告は後ほど。急ぎこの町からおさらばいたそう」
 咲耶の提案にサントノーレは「本当にそうしてくれって、おっかねぇ」と呟いた。騎士訓練の経験も在る男ではあるが、アドラステイア然り、現在のエル・トゥルル然り、危ない橋ばかり渡っていれば心臓が何時破裂しても可笑しくないとジョークを繰り出している。
「さぁさぁお邪魔よ。妖精たちのお通りなんだから!」
「どうして?」
 人間味が溢れている――とオデットが称したのは『影の天使』。汚泥で塗り固めた張りぼての人形と言うよりも、その姿は天使その者だ。誰の声音を借りたのか、それともその様に問えとインプットされているのかは定かではないが天使は繰り返す。
「どうして? どうしてどうしてどうして」
「げ」
 思わずタイムが呻いた。壊れたレコーダーのように繰り返されては心も穏やかな心地で入られまい。
「どうして、どうしてどうしてどうしてどうして――!」
 咲耶の暗器がぎゅるりと音を立てる。影を切り裂けばそれは跡形もなく霧散して行く。
 脱出経路を探りながらも、一般人達を退けるグリーフは淡々と其れ等を眺めていた。背後ではげんなりした様子のサントノーレが「マジでいきなりなんだよ」と呻いている。
「いきなり、ですか?」
「ああ、そうだよ。異変が起きた初期段階じゃここまで酷くはなかった。持ち込まれた聖遺物を手にしたあのクソ聖職者達が表に顔を出してからだよ、一気に広まったのは」
 聖遺物が大きく人に影響を与えているのだろう。ウィルドは「持ち運べと指示でも為れたのでしょうかね」と『クソ聖職者』呼ばわり状態のルーベレスを眺めた。
「何にせよ、彼を捕縛せねばなりませんね。尋問は聖都の騎士に任せても良いでしょう。
 それを放置して逃亡も考え得る可能性ではありますが……どうやら逃がしては貰えなさそうですから」
「Uhh……いきおいが、すごい……」
 そろそろと周囲を見回すリュコスが思わず怯えたような表情を見せた。周囲の影達を受け止めたグリーフ。前線で出来るだけの支えを行なう妙見子に膂力を活かし、影共を退けるウィルドは「其の儘後方へ」と声を掛ける。
「来ます」
 グリーフはサントノーレを護衛しながらぽつりと呟いた。堅牢たるグリーフは己の身を盾にすることになれている。「レディを傷付けるのはなあ」とサントノーレがぼやいたがグリーフは静かに首を振って彼を納得させた後だった。
 来ます、の言葉通りずんずんと進んで来たのはルーベレスだ。彼は取り巻きのように狂人を連れ歩いている。
「偽の預言者の言葉を信じるか! 傲慢な者達よ。いつから、この国が『あの様な者達の者』であると錯覚した!」
 叫ぶルーベレスに妙見子は「いやいやいや」と首を振る。聖遺物からは明らかに良くない気配を感じる。その唯ならぬ存在に魅入られているのは果たして何方であろうか。
 ルーベレスを死なせるわけにはならないと咲耶はその周囲からの追っ手に狙いを付けた。街から脱出し、暫く距離を取れば彼等は居ってこないだろう。
「聖女ルルって子に随分入れ込んで居るみたいだけれど、助けに来ないじゃない!
 このままじゃ殺されるのが分かってて放っておけないわ。助けてあげる。
 その代わり知ってる事は話して貰うから! 聖女ルルとは何なの? あの魔物は?」
 問うたタイムにルーベレスは血走った目で睨め付けながら「聖女ルル様は『遂行者』だ! 正しき歴史を作るための――!」と恍惚に笑う。
 その言葉の端々から感じる狂気は聖遺物の影響を多分に受けていることを感じ取ることが出来る。周囲の取り巻きは粗方片付いたがまだ追っ手は来るだろう。
 ルーベレスと相対し、直ぐさまにその意識を奪わんと立ち回る。マルクは彼の持っている聖書が焼け焦げていることに気付いた。
(あれを奪取できれば――!)
 ルーベレスを引き寄せるタイム。その隙を付くようにマルクは咄嗟に手を伸ばした。
「わたし達が影響を受けない確証はまだないし、なるはやでお願いしますね!」
 奪い取った聖書。そこから感じた禍々しい気配にリュコスは既視感を覚える。まるで、そう、アドラステイアの――『ファルマコンでも目にしたような』……?
 タイムの言う通り何らかの影響を受ける可能性は強い。ルーベレスを抱えたグリーフは「脱出可能です」と仲間達を振り返る。
「ここから先は任せて、マルクさんももう行きましょう!」
 タイムにマルクとリュコスは頷いた。せっせと運ばれていくルーベレスを眺めてからタイムは一人、追っ手を惹き付ける。
 その間にマルク達が姿を隠すのだ。タイムは引き寄せながら出来るだけ時間を稼ぎ離脱をする算段だ。
(……それにしてもしつこい――けれど、街から離れる度に追っ手が減っていくわね。まるで聖遺物の傍に居ないと行けないみたい!)
 例えば、送電塔のようなものである。その電波が届く範囲には狂気が信号のように迸るが、距離を取ればそれも薄れさってしまうかのようである。
 擬似的な呼び声の発生装置と呼ぶべきなのだろうか。何にせよ『心地悪い』と感じながらタイムは影を霧散させ、マルク達の後を追うことにした。


「例の『神託』について何か判るかもしれない。多少の危険を冒してでも調査する必要がある」
 エル・トゥルル郊外にまでやって来たマルクはサントノーレへとそう告げた。「概ね同意」と頷く彼はイレギュラーズを眺め遣る。
 遅れ、タイムが合流するまではもう少し時間があるだろう。聖書や聖遺物を確認するがそれは天義では聖遺物と呼ばれている物品そのものに過ぎないようだ。まじまじと確認しても変質の原因は其れそのものでは無さそうである。
「……外部要因であるのは確かだろうね」
 マルクは焼け落ちた聖書を眺めた。突如として炎が上がったという聖書。その鮮やかな火の煌めきに魅入られた者達が無数に存在したという。
 聖書に聖遺物、其れ等に突如として異変が生じたが細かなことは読み取れない。まじまじと見詰めていたオデットは「ルーベレスは何か知っていると思う?」と簀巻きにした『汚職聖職者』を眺めた。
「俺は知らないと思うぜ」
「あら、サントノーレ。どうして?」
 サントノーレは足先でルーベレスを転がしながら「コイツァ、腐った野郎だが『聖遺物』に魅入られてたか、利用されてた程度だろうな。全容は分からんだろうし」と呻いた。
「おっかないこのひと、『聖女ルル』っていってたよ……?」
 リュコスが首を傾げれば、ウィルドは確かにと聖書の端でルーベレスを一度殴ってみた。口を割らせた所で『聖女ルルと呼ばれる者が本来の歴史の遂行の為に己に聖遺物を持って行くように頼んだ』程度の証言しか得られないだろうか。
「相手が狡猾なのか、それとも……『相手は滅びのアークを手繰る何らかであり、簡単に人など誘導できるか』ですね。
 まあ、この場合は後者ではありましょうが、厄介な相手ではある。騒霊達も『突然騒ぎが起った』程度の発言しかありませんでしたしね」
 ウィルドは苦々しげに汚職聖職者を見下ろした。この様な者であれば容易に口を割らせるだけの自身はあったが何も知らないならば割っても出てくる話はないか。
「滅びのアーク……ですか……ええ……本当に面妖な……」
 げんなりとした様子の妙見子にマルクは「タイムさんが来たみたいだ」と立ち上がった。サントノーレは「あ、これだけ耳に入れてくれ、タイム嬢ちゃんもセットで」と呼び止める。
「俺が調査した時、聖女ルルって呼ばれてる女の遣い? が向かってるだか何だかこのクソジジイが言ってた。
 聖女ルルは羽振りが良く、クズ人間にも優しいって話しだ。まあ、その配られた金も偽物だったのか聖遺物が毒を吐いた瞬間に腐り落ちてたがな」
 聖女ルルは『聖遺物』を人の手で配置させ、敢て何らかの事件を起こしている。
 この事件は魔種が最初に大規模な騒動を起こした幻想王国のサーカス事件――シルク・ドゥ・マントゥールの一件のようでもあった。
(サーカス事件に、幻想を狙った狂気の伝播か。まるで過去の再来だな)
 マルクは頭の片隅でそう思い当たった後首を振った。合流したタイムが疲弊を滲ませていることに気付いてからサントノーレは一先ずは箝口令の敷かれている聖都へ戻ろうと提案した。
 未だ未だ、エル・トゥルルは始まりに過ぎないのだろう。類似の事件が次々に勃発し、そして火種のように燻り続けるはずだ。
(……これが始まりだというならば『偽の預言者』というのは?)
 ――聖遺物は歪められてしまったのか。それとも、本来の姿こそが今であり、天義が歪めていたのか。
 それはグリーフには分からない。
 だが、あのルーベレスの言葉は妙に、頭にこびり付いていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
一体、何なのでしょうね……。

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