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シナリオ詳細

<フィクトゥスの聖餐>梢に作ったアタシの家

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 此処はね、樹の上に作った秘密基地のようなものなの。
 アタシは思う。このアドラステイアって人が呼ぶ場所は、アタシ達子どもにとって、誰にも壊されない秘密基地。
 大人たちに気付かれないように、そっとアタシ達の手で作る家。
 いつかマザーもファザーも、ティーチャーも……いなくなってしまっても。アタシ達の手でまた作って行けばいい。だから大人たちは速くいなくなってくれれば良い。
 ――そう思ってた。

 プリンシパル・アデリンは大人が嫌いだ。
 彼女は目を引く美貌を有していたが、そんなものはアデリンは要らない。ただ、友達が欲しくて、秘密を分け合ったり、パンを分け合ったりする仲間が欲しかっただけなのだ。
 そしてそんな仲間の為に、魔女を渓底へ落として。
 そうして気付けば上層にいた。其れだけの話だったのだ。
 スラム街で美貌を持つ者が辿る末路なんて、娼婦くらいだ。実際、アデリンは“そのような”扱いを受けてきた。
 彼女が心の梢に作ろうとした心の殻は、秘密基地は、作りかけたところでいつもいつもいつも、大人たちの手で壊されてきた。

 ――どうしてこんな目に遭わなければならないの?

 ――どうして世界は、こんなに残酷なの?

 ――じゃあ、アタシが世界に残酷になったって、……構わないわよね。



「随分な仕打ちをするね、ティーチャーも」

 かつん、と靴底が石畳を叩く。
 アデリンがティーチャーとの面会を終わらせて廊下を歩いていると、壁にもたれかかっている少年がこちらをみて笑っていた。
 ――彼もまた幹部候補生(プリンシパル)だ。名前はセグレタ。短い藍色の髪に金色の瞳。差し詰め、彼の鎧はアデリンと相性がいいからと呼ばれたのだろう。

 ――セグレタと共に上層階をお守りなさい。

 端的に言えば、ティーチャーの指示はそのようなものだった。はっきり言おう。捨て駒に等しい扱いだった。聖銃士はいない。聖獣も付けて貰えない。たった一人で侵入者を死ぬまで排除しろ、其れがティーチャーの指示だった。
 だがアデリンは、はいと頷いてみせた。己の剣は炎を扱う。下手な戦力なんているだけ無駄だ、一緒に焼き切ってしまうだけだから。

「アタシは強いもの。一人でも平気よ」
「一人じゃないでしょ、俺がいる。俺と君は相性が良いからね。性格は知らないけど」
「そうね、性格は知らないけど、あんたは有能よ。だから使い潰させて貰うわ」
「言うね。其れでこそプリンシパル・アデリンだ。じゃあ、俺も君を使い潰させて貰うよ。こういう時はお互い様だろ? 君がよく言ってた、なんだっけ……秘密基地を護る為にさ」
「……。アンタ、よくその話覚えてたわね」
「面白い例えだなって思ってね。其の後の“グラつけば直ぐに落ちてしまう”ってオチも含めてさ」
「――。任務場所へ行くわよ」

 無駄話は嫌いだ。
 アデリンは短い黒髪を揺らして、剣を抜きながら歩き出す。
 嗚呼、とセグレタは外を見て――待って、とアデリンを追う。

「見て、アデリン。外。雪が降ってるよ。寒そうだね」



「皆、この前は上層の攻略お疲れ様」

 グレモリー・グレモリー(p3n000074)はメモ帳をぱらぱらとめくり、随分と書き込みの多くなった地図を再び取り出す。其の地図は最初、外郭以外は空白だった。だが、オンネリネンの子どもだちの情報により下層が埋まり、情報屋の齎した情報により中層が埋まり、――そして、先日保護した聖銃士キサラギという少年のお陰で、上層の殆どが埋まろうとしていた。

「もうそろそろ決着を付けようと思う。冬が来る。其の前に終わらせて、子どもたちを保護するんだ。アドラステイアはこの年で――終わらせる」

 其れがローレットの総意だと、グレモリーは目の覚めるような金目を輝かせる。

「恐らく前回戦った“プリンシパル・アデリン”も出て来るだろう。いや、出て来ざるを得ない筈だ。そして今度は、相棒を連れてやってくると思われる。……彼女は本来、“セグレタ”という少年と二人セットで『運用』されるんだそうだ。これはキサラギからの情報。氷の魔法を操るセグレタという少年が、アデリンの傍に居る筈だ。……アデリンの剣と、セグレタの魔法。組み合わせれば決して見過ごせない脅威になるのは目に見えてる」

 上層は幸い、そんなに広くない。
 挑発すればアデリンが反応し、セグレタは追従して出て来てくれるだろうとグレモリーは言う。

「知ってると思うけど、上層で死んだ魂はファルマコンに吸収される。出来るだけ殺さずを心がけてほしい。特にアデリンは、――力づくでも」

 彼女の人となりは人づてにしか知らないけど、自害する可能性だってあるからね。
 グレモリーは冷静に、冷徹に、そう言って……イレギュラーズを送り出すのだった。

GMコメント

 こんにちは、奇古譚です。
 求めた事は罪はなかった筈なのに、
 気付けばこの手には罪ばかりが纏わりついて。

●目標
 『プリンシパル・アデリン』『プリンシパル・セグレタ』を撃破せよ

●立地
 アドラステイア『上層』です。
 小高い丘のような立地をしており、中層とは高い塀で隔たれています。非常に美しい街並みですが、なんとなく焦げ臭いような、生臭いような、嫌な香りが漂っています。
 海からの潮風が辛うじてその香気を薄めてくれています。
 街並みは幻想とそう変わらない印象ですが、矢張りぐるりと囲むような塀のせいで閉塞感を感じます。

 気候は吹雪。
 海は荒れ、寂しく――そして、“凍気を操るものにはうってつけの”天候です。


●エネミー
 プリンシパル・アデリンx1
 プリンシパル・セグレタx1

 幹部候補生の二人が相手です。聖銃士・聖獣の類はいません。
 アデリンは己の怒りに応じて赤熱し炎を放つ剣を、
 セグレタは氷を操る術をもってイレギュラーズに戦いを挑んでくるでしょう。
 考えられる弊害としては、熱と氷がぶつかって水蒸気が発生する事による視界不良です。他にもあるかもしれません。

 セグレタは後衛、アデリンは前衛です。
 アデリンはブロックされていても“セグレタに接近する敵”を最優先で攻撃し、妨害を試みます。そう簡単にセグレタに近付く事は出来ません。
 セグレタの魔術は後衛にまで届きます。其の魔法は超攻撃的であり、二人ともそもそも“生きて帰ることを計算に入れていません”。
 命を懸けた二人が相手です。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●EXプレイングについて
 心情など、想いの丈を綴って頂いても構いませんし、
 説得要因としてこれまで保護したアドラステイア関係者を連れて来て説得させても構いません。
 (当然リスクを伴いますが)


 此処まで読んで下さりありがとうございました。
 アドリブが多くなる傾向にあります。
 NGの方は明記して頂ければ、プレイング通りに描写致します。
 では、いってらっしゃい。

  • <フィクトゥスの聖餐>梢に作ったアタシの家Lv:10以上完了
  • GM名奇古譚
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年01月19日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)
神殺し
ファニー(p3p010255)
ライオリット・ベンダバール(p3p010380)
青の疾風譚

リプレイ


 アタシはいつだって、秘密基地を持ってた。
 実際の棲家だったり、心の中だったり。其処ではアタシはただの子どもでいられたの。
 ――でも。
 大人はいつも、其れを打ち壊す。
 現実の秘密基地ならまだ良かった。でも、大人はいつだってアタシの心の中も踏み荒らして、秘密基地をめちゃくちゃにして去って行く。
 護ってくれる人なんていない。
 だから大人は嫌い。
 だから、大人になんてなりたくなかった。

「だから、ファルマコンになら其の身を捧げられるって?」

 セグレタが問う。
 そうよ、とアタシは頷いた。大人になる前に、アタシはファルマコンと一つになる。
 そうすれば大人になる苦しみを知らないで済む。嫌いなものにならないで済む。

 アデリンは死ぬ気だった。
 命懸けで挑んでいるのではない。命を捨てるために、挑む。
 其の目線の先には、イレギュラーズがいた。



 ――アデリンは、元はあんな子じゃなかったんだ。

 静かに目を覚ましたキサラギが語った言葉を、『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は思い出していた。
 元は仲間を大事にする女の子だったのだと。だけれど、子どもの残酷さに触れて、何処かが“壊れてしまった”のだと。

「……キサラギから聞いたが、追ってる時に彼を“聖銃士キサラギ”と呼んだそうだな」
「だから何?」

 ぼう、とアデリンの持つ十字剣に焔が灯る。
 話なんてするつもりがないという意思表示のようだと、『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は思う。
 其の後ろにいるセグレタへ『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が視線を送ると、セグレタは意外な事に笑顔で答えてくれた。……ただ、笑顔を浮かべただけだ。アデリンを止めたりする様子はない。

「お前さんは皮肉のつもりで言ったのかもしれないが――まだ聖銃士でいて欲しいと、心の底では仲間だと思っているようにも思える。“罪人”とも“魔女”とも呼ばなかったのは、助けられなくてもどうにかしたいと思っていたからじゃないのか」
「ピーチクパーチクと五月蠅い大人ね。アタシは仲良くお話するためにいるんじゃないのよ!!」

 アデリンの怒りが燃える。
 吹雪く雪がじゅうと融けて、ぶわりと水蒸気が広がった。『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は其の向こうに加熱する体温と穏やかな体温を、アデリンとセグレタを見る。

「私に貴方の苦悩は想像できないし、苦しみが判るなんて軽々とは言えない」

 たん、と石畳を蹴る音がする。
 アデリンの剣を受け止めたのは『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)だった。燃え盛る剣はアデリンの怒りだ。ごうごうと燃えて雪を溶かし尽くして、サクラは間近で其の恐ろしいほどの熱気を感じる。

「其れでも……! 貴方が知らない道を、私は知っている!! 今からでも生きる道が在ることを、私が……天義の聖騎士、サクラ・ロウライトが!」
「聖騎士、ですって……!? 何が!! 何が聖騎士よ!! 大人なんて薄汚い、子どもを利用する事しか、他人を利用する事しか知らないクズばっかりじゃない!!! 何が、何が、アンタが……!!!!」
「まあまあ、落ち着きなよアデリン。熱くなったら大人の思うつぼだ」

 セグレタが持っていた書物に手を翳す。ぽうん、と青白い光が灯って――氷の槍が形成されると、“アデリンごと”蹂躙するように其の槍をばらまいた。
 アデリンは承知の上だった。
 だが。
 アデリンと槍の間に割って入った影が在る。『うそつき』リュコス・L08・ウェルロフ(p3p008529)だ。

「ッ……!!」

 想像通りアデリンを巻き込む範囲攻撃を仕掛けてきたセグレタ。
 アデリンを狙った氷槍から身を挺して彼女を庇ったリュコスは、そのままアデリンをマークして抑える。

「……な、」
「ぼくは、君たちを助けたい。死なせたくない。……今からでも良い、武器を下ろして。此処で戦って君たちが死んだとしても、喜ぶのはひきょうな大人たちだけだ」
「……! そんな事、出来る訳ないでしょ!! いいの!! アタシは、死んだって良い!! 死んでファルマコンと一つになれるなら、アタシは、いっそ其れが良い!!」

 ぶおん、とアデリンが焔剣を振るう。
 薄汚い大人になんてなりたくない。そんな心の叫びが聞こえるようだと、『スケルトンの』ファニー(p3p010255)は思う。
 『青の疾風譚』ライオリット・ベンダバール(p3p010380)も合わせて動く。ウェールが筆頭となって皆を群れの如く引っ張って行く。
 アデリンをリュコスが抑えている間に、セグレタへ向けて狙いすました一撃を放つ。雷霆の如く放たれた攻撃はセグレタを貫く。続けてファニーの凶星が、ライオリットの噛み合わぬ焔氷の息吹が、セグレタを傷付けていく。
 其れでも――セグレタは笑っていた。アデリンが怒りに囚われているように、セグレタは寧ろ楽しんで一生を終えたいとでも思っているかのように。

「僕から狙うんだ? へえ、良い趣味してるね、大人たち」
「卑怯者!! 狙うならアタシから狙いなさいよ!」
「随分と庇うのだな。そんなに気に入っているのか?」

 汰磨羈が動く。和魂、荒魂、この刀身へ集え。太極と成りて光を生み、――そしてこの子どもたちの戦意を薙ぎ払え。
 光がアデリンとセグレタを灼く。其の身体を傷付けず、戦意だけを確実にそぎ落としていく。

「世界は時に残酷で、試練を与える事がある。其れはとてもとても高い壁に見えるかもしれない」

 リュコスの隣に並ぶように、スティアが更にアデリンを引き付ける。

「でも、乗り越えられないような試練を与える事はないはずなんだ」
「何を……!」
「もし! この世界を恨んでいるというなら! 信じられるようにしたいって思う!」

 私は聖職者だから。
 其れがきっと、聖職者の役目であるはずだから。
 そして似た境遇で育った者に出来る事だから。――そう、スティアは思う。
 両親がいなくても幸せになれるんだって教えたい。
 世界には敵ばかりじゃなくて、手を差し伸べてくれる人だっているんだと教えたい。
 だって、私がそうやって救われたから!
 だからこの幼い少女と少年にも、差し伸べられる手が在る筈なんだ! 誰も手を伸ばさないなら、私が伸ばす! きっと此処にいる8人全員が、そうやって手を差し伸べる!

 けれども、対して――エイヴァンは、スティアのようにアデリンの気持ちを理解は出来ない。
 彼もまた孤児だったが、拾われて特に不満ない少年時代を育った。其れは目の前の子どもたちを見れば……破格の幸せを貰っていたのだろう。
 だから、彼にはアデリンの気持ちが判らない。判れるとも思わない。だって、アデリンの怒りはアデリンのもので。セグレタの諦念も、セグレタのものだからだ。其れを勝手に語るだなんて、きっと傲慢もいいところ。
 だけれど……

「なあ、このまま大人たちを見返せずにくたばるつもりなのか?」

 エイヴァンの肩にはセグレタの氷槍が突き刺さっている。
 其れでも動じずに彼は獣頭を二人に向け、冷静に告げるのだ。

「秘密基地を作り直さずに、壊されたままで良いのか」
「……!!」

 アデリンが刃を振るう。焔が波のようにのたうつけれども、スティアとリュコスが其れを受け止める。

「生きる愉しみなんて幾らでもある。其れを見出せずに終わるなんざ、もったいないと思うがな」
「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い……!!! 大人に何が判る!! アンタ達に何が判るのよ!!」
「判らん!!」

 ウェールが吼えた。其れは一瞬、アデリンを唖然とさせ……遠くで詠唱を重ねるセグレタをも驚かせた。

「俺には判らない、お前さん達がどういう生き方をしてきたのか、どういう仕打ちを受けて来たのか、俺には判らん!! だがな、知らないなら死なせても良いというのは違うだろう!! お前さんらは笑って俺達を利用すればいい! 信じられないなら“馬鹿な大人だ”と笑って利用しても良いんだ!」

 ――俺は、少なくとも俺は! お前さんらを殺すために来たんじゃない!

 ウェールが霹靂を放つ。
 アデリンが雷の如き一撃を受けて、かは、と意に反して息を吐きだした。

 ――この大人は、何を言っているのだろう?

 アデリンは、頭の隅で考えていた。
 どこか冷静な自分が、“もう良いんじゃないか”と訴えていた。

「オレも」

 ライオリットが言う。

「オレも、アデリンのことも、セグレタのことも対して知らないっス。でも……躊躇いもなく目の前で命を捨てられたら、凄く悲しいと思うんスよ。大人の言う事なんて信じられないと思うかもしれないし、直ぐに考えを改めるなんて出来ないと思うけど……でも。少なくともオレはこんな狭い場所じゃなくて、もっと広い世界を見て、知らないものをたくさん知って、いつか心の底から笑えるようになったら良いなって思うんス」

 世界は、憎悪や悲哀といった寒色だけで出来ている訳じゃない。
 色んな色に満ちている。暖色の感情だってある。森の翠も、夕暮れの紫も。
 悲しい事ばかりじゃないんだ。ねえ、嬉しいを知らないまま終わっても良いの?

 ライオリットの一撃がセグレタを狙う。
 アデリンが意地でも近付かせないとしているが、此処からなら良く届く。青い彗星が迸り、まるで星空が吹雪の下にあるかのようだった。

「……アデリン」

 其れまで何も言わずアデリンの怒りと大人たちの想いを聴くだけだったセグレタが、口を開いた。

「もう、いいよね」

 ……アデリンは、一度瞬きをする。
 涙なんて零れていない。そんなものを流したところで、何も状況は変わらない。
 結局自分たちは掌の上で踊らされて。
 ていよく犠牲にされて。
 そうして、終わるのだ。今、此処で。

「――良いわ」

 アデリンの手から、剣が落ちた。
 あっ、とリュコスが声を上げる前にスティアが其れを遠くへと蹴り飛ばしていたが、アデリンの意識はもう剣にはない。
 セグレタは唱える。其れは終わりを呼ぶ氷の息吹。
 其の異様な気配にいち早く気付けたのは――ウェールが“親”だったから、だろうか。

「セグレタを止めろ!!!」

 スピーカーボムで拡大された大音声が響き渡った其の刹那。
 セグレタは氷の魔力を遺憾なく解放し――其の狙った先は、“己とアデリン”。
 見えない凍気の剣が二人を貫かんと伸ばされて、

「ッの、馬鹿!!!」



 ――アデリンは、夢を見ていた。

 夢だと判っていた。
 顔も知らぬ母と、生きているかも知らぬ父。
 そしてセグレタ。
 四人で暖かな食卓を囲んで、シチューを食べていた。だからアデリンには、これが夢だと判るのだ。

「ねえ、アデリン」

 セグレタが言う。
 なあに、とアデリンは何処か諦めたような心地で返事をした。其の声色には幸せそうな色なんて一つもなくて。
 これからファルマコンの所へ行くのだろう、と。其れだけを想っていた。

「僕はね、君に謝らないといけない」
「……え?」

 セグレタを見た。セグレタはアデリンを見て、いつものように……いや。いつもより優しく笑っていた。
 其れはまるで、妹を見る兄のようだった。
 アデリンは其の時初めて、仕事の相棒としてではなく、ただ一人の仲間としてセグレタを見返した気がした。

「僕はね、少し信じてみたくなったよ」
「セグレタ?」
「大人たちのいう事。……大人たちのいう、知らない世界だとか、優しい言葉とか、そういうのを、信じてみたくなったんだ」
「……アンタ、何言って」
「生きてね、アデリン。君には責任があるよ。僕は卑怯者だからね、君に責任をおっかぶせようと思うんだ。僕の分まで生きるんだ、アデリン。僕の分まで世界を見回して、色んな人に会うんだ。そして、其れでもファルマコンと一つになりたいんだったら、……僕の所へおいでよ」

 ――まあ、気紛れな君の事だから。

 ――僕の事なんて、秒で忘れちゃうかもしれないけど?

 セグレタはそう言って、笑った。
 何もかも、何もかもを捨て去って心を裸にした、子どもの笑顔だった。

「今までありがとうね、アデリン」



 大人たちは、……見ていた。
 正確には、間に合わなかった。自害するのはアデリンの方だと思ってそちら側に注意を向けていたから。
 だから、まさかと思ったのだ。

 セグレタが放った凍気の槍はアデリンの手を貫くに留まり。

 セグレタ自身は一瞬で、――氷の中に其の身体を閉じ込めたのだ。

 ……もしかしたらアデリンよりもセグレタの方が、大人を信じていなかったのかもしれない。アデリンのように表に出す事をしなかっただけで、彼もまた――世界に裏切られ、、偽りの神に縋るしか出来なかった子どもなのだから。

「……まさか」

 誰かが言った。
 セグレタは拒んだ。大人の差し伸べられた手を取ることも、ファルマコと一つになる事も拒んで、……まるで柩のような氷の中に、己を閉じ込めて。

「くそっ……!!」

 ウェールが石畳を殴りつけた。何度も、何度も、殴りつけて……其の拳に血が滲む。
 よせ、とエイヴァンが其の肩に手を添える。其れでもウェールは己を責める事をやめなかった。

「……セグレタは、どうなるんスか」

 ライオリットが呟く。
 さあな、とファニーが応える。アデリンは張っていた気が緩んだのだろう、意識を失ってスティアとリュコス、そしてサクラに支えられていた。

「仮死状態の子どもの魂がどうなるのかは判らんが、死んでないなら贄にならないかもしれんし」

 どちらにしろ、俺達は間に合わなかったんだ。
 ファニーの何処か諦めたような声が、ライオリットの耳を寒風のようにすり抜けていく。

 汰磨羈は静かにセグレタへと歩み寄る。
 安らかな顔をしている、と何処か安堵している自分がいた。

「そのまま眠っておれ」

 命を落とすでないぞ、と呟く。

「御主等は似合いだった。良い連携だった。だから――アデリンにはきっと、御主が必要なのだ」

 少年は眠る。
 悪徳の都、其の中心部で一つの氷塊となって眠る。
 吹雪が全てを覆い隠すかのように降り注いでいた。冬は深まって行く。この季節に一人の少年を置き去りにして、――春は、来るのだろうか?

成否

成功

MVP

ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。
冬に、一人、置き去りに。

ご参加ありがとうございました。

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