シナリオ詳細
終わった夏のフィエスタ・ローズ
オープニング
●
澱んだ曇り空。その向こう側を染めるフィエスタ・ローズの別れ際。
もう九月なのだ。随分と日も短くなってきている。
内頬から滲む金属の臭いを吐き捨てた青年――ザムエルは、大振りの槌を支えに辛うじて仁王立ちの姿勢を保っていた。
「お前、強くなったな!」
見上げれば、目の前のソレが哄笑している。
「負けらんないんスよ、アニキ――!」
かろうじてそれだけを口にして。ザムエルは大槌を振り上げる。これがおそらく最後の一撃となろう。
青年が大きく息を吸い込む間ソレはただ彼を見据え、堂々と腕組みしたまま。
――村の自警団は、古くから武勇を競い合い、世代を重ね連綿と続いていた。
だが事の発端は数年ほど前の事になる。
ガルブロード・ガンズという青年は自警団を『ガンズ団』と改め、村の血気盛んな若者を取りまとめたのである。
集った若者同士で沢山の喧嘩をして、沢山の武勇を競った。誰もがライバルであり、仲間だった。
中でもリーダーのガルブロードは別格であり、アニキと慕われ若者達のカリスマとなっていた。
ともかくそんな訳でザムエルとガルブロードが戦ったのは、なにも今日が初めての事ではない。
筈だった――
疲労に歪み揺れる視界の中央。
「来な」
そう言った男に向かって。
青年は言葉にならぬ叫びと共に大地を蹴りつけ、大槌を力いっぱいに振り下ろす。
「なぁザム」
全身が総毛立つ。
地を抉る槌を、今すぐ振り上げねばならないというのに。
「世の中にはな」
肘打ちでも見舞うか。このまま跳び退るか。あるいは――
「どうやったって、越えられねえ壁ってもんがある」
頬に伝うものが、汗か血かも分からないままザムエルは硬直していた。
「俺にとっての、あの日――」
アニキが村一番の腕っぷしとして挑んだ、鉄帝大闘技場ラド・バウの初戦。
村のヒーローは幾度も打撃を受け、それでも闘志をむき出しにしたまま戦い続け。やがてぼろきれのように宙を舞った。
終わってみれば実に一方的な戦いだった。
「――お前にとっての、この俺だ」
ザムエルの両足が地に轍を刻み、大木に激突する。
肺の中の空気を全て吐き出し、明滅する意識の中で青年はソレを見た。
首に巻いたボロボロの長い布切れも。腕を組んだ姿勢も。ギラリとしたサングラスも。
どれもあの日のままに見えるのに。
「なぁザム。時が来たんだ」
昔のように颯爽と腕を組み。
「お前等、力が欲しくないか?」
あの時と同じ声音で。
――地元を立ち、越えられない壁に挑み打ちのめされ、抗い奮起した。
母国を離れ、冒険者として獣を斬り、魔獣を殺して腕を磨いた。けれど足りなかった。
砂漠の国で傭兵をやった。だけどちっとも足りなかった。
足りなかったのは自分の力であり、なによりも才能だった。
南洋の海を眺めてそれを悟り、絶望し、全てを呪い、嫉妬した。
嫉妬して、嫉妬して、嫉妬して――
「アニキは、本当に魂を売っちまったんスか」
かろうじてそれだけを呟いたザムエルに向けて。
「オヤジの剣も! オフクロのメシも! シャバ僧の小銭も!」
ガルブロードは嘯いた。
「俺達全部、貰えるモンは貰っとく」
けどな。最後にテッペン目指すのが俺達――
ザムエルが顔を上げた。
「「ガンズ団だ!」」
秋の風が吹いている。
九月の花は、あの日と同じ匂いがした。
●
「依頼だよ」
そう述べた『黒猫の』ショウ(p3n000005)が一枚の紙を差し出した。
「……魔種か」
どうやら各国で魔種の気配が揺らめいていると言う。
今回、魔種が現れたのは鉄帝にある開拓村らしい。
腕自慢の大人達に勝負を挑んで殺し、自警団に挑戦状を叩きつけたようだ。
けれど情報屋の調査ではどうも自警団は魔種と戦った後、従っている様子だと言う。
案件が案件だけに話は上へ行き、鉄帝国は実績のあるローレットに依頼を寄越したという流れだ。
「厄介だな」
「そう。調べた限り、まともにやればものすごく難しそうだね」
ショウは言葉を切る。
「カギは『嫉妬』だと思うよ」
なにやらそういう感情に突き動かされていると読んだと、ショウは続けた。
「嫉妬? 憤怒とかじゃなくてか?」
「そう、嫉妬なんだ」
敵はゼシュテル鉄帝国の元鉄騎種。今は魔種だ。
かつて村の青年達の兄貴分だったらしい。
数年前にラド・バウで敗北し、そのまま武者修行の旅に出たと言う。
そこまでならどこにでもありそうな話だ。
「それで、どうして魔種だと?」
「姿と、強さ。そして言動。あらゆる情報が示唆しているね。その点に関しての情報精度は『A』だ」
なるほど。確実そうだ。
強さに焦がれ、目指して、それでも届かなかった者が心の奥底に抱える嫉妬。
それがキーになるのではないかとショウは述べた。
「村は鉄帝らしく質実剛健が貴ばれる。そういった感情は嫌悪し、押し殺す気風が強いらしい」
「まあ。いい感情じゃないわな」
「それはそうなんだけどね。ともかく申し訳ないけど、こっちは確実じゃないんだ」
このあたりが情報精度を下げている要因であろう。
なにはともあれ、やるしかないのだ。
- 終わった夏のフィエスタ・ローズLv:8以上完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年09月17日 21時25分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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アルパイン・ブルーの空高く鳥の声が地上に落ちる。荒廃した石切場に吹く風は、ほんの少しだけ冷たさを帯びていた。
「高い壁に跳ね返されてすがったものは……か」
「打ちのめされて、強さを求めて……」
小さな爪が土を食み『聖なるトリ』トリーネ=セイントバード(p3p000957)の声に『落ちぶれ吸血鬼』クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573)が応える。
「わからないでもないけど」
絶望の縁、縋るモノがあれば手を伸ばしてしまうのもまた道理だ。
しかし、それは望むべきではないのも、また真理だろう。
「あれッスか……第三帝国もまぁビックリ」
皮肉気に呟くクローネの言はさもありなん。
「……ともかく、成りたくて成った化け物に加減も同情も無いッスよ……」
金の瞳を少し伏せる彼女に、トリーネも頷いた。
とは言え状況そのものは単純明快ではある。
「鉄帝なら鉄帝らしく正面から打ち破ってやるさ」
赤いマフラーを後ろへ払い『GEED』佐山・勇司(p3p001514)は石切場の巨体に視線を上げる。
――見せてやる、守る為の力を!
「こーんにーちわー!!!!」
元気な声が石切場に響き渡る。『戦神』御幣島 戦神 奏(p3p000216)は十字の瞳でニンマリと笑った。
人助けなど奏のガラではない。ただ、力を振るう事ができればいい。
魔種が居るなら上等。斬って斬って斬るだけである。
先陣を切って走り出す奏の耳に歌声が聞こえた。『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)の声は青き歌となりて若者の耳朶に木霊する。
むらいちばんの にんきもの
けんかの つよさも ぶっとぶほどさ
みんなが あいつを だいすきなのは
けんかが つよい からなのかい♪
「あ? グッ、何だ、テメェら!?」
脳髄に響く突然の歌声にガンズとザムエル達は顔をしかめ、いきり立つ。
次々と得物が鞘走る中、疾風のように――
「戦神が一騎、御幣島カナデ!」
――駆け抜け。
「陽が出ている間は倒せないと思え!」
引き抜かれた刀身――その白と黒。其は戦いの権化か。
「ぐ……がぁッ!」
戦神の猛攻はザムエル達が武器を取るより早く、その鈍重な身体を走る。
閃く刀身。咲いたアガットの赤。
「オイイィィ! やっばいんじゃねえの!?」
色めき立つ戦場の只中。
「手加減はできないから」
斬撃の嵐、その剣域は何人とて斬り伏せるのであろう。
「死にたくなければ降参しなー!」
肉を裂く感触に口の端が上がる。別れを告げたのは理性――止まることのない狂気が彼女を彼女足らしめる。
●
『七罪』なる者達の存在を考えれば――
紫瞳を薄く開いて戦場に入る『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)はガルブロード・ガンズを射程に収めるべく、ゆったりと歩を進めていた。
「様々な世界で同様の概念が有るらしい八つの枢要罪――『七つの大罪』――ですか」
アリシスには戦場の動きが手に取るように分かるのであろう。故にこの先陣を次の手に繋げる為、戦場の只中へと歩み続けるのだ。
狙うは――ガンズではなく若者たちの中で負傷度が大きい者。
「『感染元』が居るとしたら、幻想の一件とは別という事かもしれませんね」
鈴鳴りの如く美しい所作で蒼銀の槍を振れば、淡く輝く光の蝶が一斉に飛び立ち若者を包み込む。
「うわ!? 何だこれ!?」
振り払っても尚纏わりつく蝶に蝕まれていく青年。
「さあ、来いよ! 負けたく無いんだろ!?」
勇司の挑発的な声が戦場に響く。鋭利な目に黒髪黒目。特徴的な赤いマフラー。
敵陣に膨れ上がる怒気の中で。
「ほう。つまりテメェがローレットの佐山か――ッ!」
各国を渡り歩いていたガンズはギルドの中でも取り分け名の知れた彼の事を知っていたのだろう。
「イイゼ。相手にとって不足はネェってことだ」
巨大な人型機械の中央で、口角を片方だけ釣り上げたガンズが嘯く。
「オイ! テメェら! これが『ガンズ団』初めてのイクサだ! ブチのめすから着いてこい!」
ガンズのスラスターが轟音と共に火を噴き、それを合図とするかのように若者たちは熱り立ち勇司へと突進していく。
「クハハ!」
死神は嗤い。
「滑稽だな」
灰銀の髪が風に揺れる。『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)の薄い唇が三日月に歪んだ。
敵は乗った。故に予定通り。死神めいた大鎌を振り上げ、勇司に向かって走る若者達に死神が運ぶ花は蝕む悪意。
この状況。盤上の情報を紐解けば。リュグナーの采配は的確だ。
勇司へと向かう敵の数が多ければ、こすいて敵だけを狙い撃つように広範囲の術を放つことも出来る。
研ぎ澄まされた術式はここで数名の若者を捉えた。
「ぎ、あ」
包帯の下。毒と窒息に藻掻き苦しむ様を、彼はどんな瞳で見つめたのだろうか。
「……嫉妬は憧れからやって来る」
続くのはクローネの猛毒霧だ。
「貴方の言うアニキとやらもそうだったんじゃないッスかね?」
ザムエルに問いかける声。一瞬の迷いをクローネは逃さずに。
きっと、アプローチは間違っていない。ホワイト・レドの髪が揺れた隙間、黄金の瞳は『白銀の大狼』ルーミニス・アルトリウス(p3p002760)に頷いて見せる。
「アンタ達は諦めて……またアニキの背中を追いかけて一緒に魔種に魂を売るの?」
ガンズが居ない間、村を守ってきたのは自分たちでは無いのかと。それを擬物の強さを手に入れたガンズが帰ってきたからと言って、振り向いてくれたからと言って。尻尾を振る犬に成り下がるのか。
「知ったような口を聞きやがる……!」
若者達はいきり立ったが――その瞳に映る動揺をルーミニスは見逃さない。
揺らぐ心。その隙きを狙い、彼女は斬撃が如く鋭い回し蹴りを叩き込む。
「違うなら、死ぬ気でぶん殴って恨み言聞かせてやりなさいよ!!」
彼女の憤怒が戦場を覆う。自分の力で道を切り開いてきた白銀の狼だからこそ、擬物の力に縋ろうとする若き輝きを許すことが出来ない。
「壁なんて越えられないなら自分の全てでぶっ壊す勢いで突っ込みなさい!」
胴なぎの一撃に吹き飛んだ若者が崩れ落ち。
「吹いてくれんじゃねーか!」
ルーミニスの眼前に迫る巨体――
「キラキラしたお綺麗事は寒気がするぜ、嬢ちゃんよぉ!!!」
轟音と共に、天高く退く巨大な拳。
「来なさい!」
既に避けきるのは不可能な間合い。だが銀の戦士は怜悧な判断を歪めたりはしない。
「ギガ……トン――パァンチ!」
ならば受けるまで。大地に突き立てた巨剣ガルム諸共に。ルーミニスの身体を強烈な爆風と衝撃が襲う。
僅か一撃で人一人を容易に粉砕するであろう威力に彼女は倒れ――そんな訳には行かない。行かせない。
「ルーミニスさん!」
真正面から爆風を受けきった彼女――血で汚れた口元を拭う銀狼へ、トリーネはこけメガヒールを施す。
早くも激突が始まる中で。
紫の瞳を伏せた『泡沫の夢』シェリー(p3p000008)は思惟していた。
強い感情が、時として力になること自体は、彼女とて否定できない所ではある。
だが――戦場を駆ける蜃気楼の闘姫は一気に加速した。
美しい髪をなびかせ、眼前の戦士を舞うように斬り伏せて、彼女は敵の巨体を仰ぎ見る。
ルーミニスの言葉(せいろん)に、怒気で応じたガンズという人物は。
与えられた力で思い上がった小物でしかないのだと――
●
「魔種か。何とも直実な手段よなぁ。吾はそれもアリと思う!」
張りのある凛とした声音。他のイレギュラーズが否定を口にする中、肯定を口にしたのは『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)だった。
百合子の肯定は、ザムエル達にとって戸惑いを大きくさせるもの。
迷いある時、全てを否定されれば、反発が起きる。そこを肯定されれば、自己判断の余地が生まれる。
最も本能的な『本当にこのままで良いのか』という心に揺さぶりを掛けたのだ。
背後で爆風が吹き荒れる中、百合子は瑠璃色の真剣な眼差しでザムエル達を見据える。
「しかし、その嫉妬は永遠に晴れる事は無かろうよ」
ガンズの選択はより上の魔種の下についたという事。ガンズとザムエルの関係と同じ。
「決して敵わぬものの下について弱い己と戦うことを止めた臆病者め」
鉄帝において最も嫌われるであろう、臆病というレッテル。
それを、百合子は客観的に両者に突きつけたのだ。
――――
――
戦場は乱戦に縺れ込み、幾ばくかの時間が過ぎた。既に数人のパンドラの箱は輝きを放っている。
「きっと、シンプルな話だよね」
カタラァナは微笑みを浮かべザムエル達に語りかけていた。
嫉妬と呼ぶから、醜く見えるから。認めたくなくなるのだと。
「一緒にその気持ちを昇華してみよう」
もっと綺麗なもの。嫉妬は即ち憧れだと鈴が鳴る。
「みんなの憧れは、今、そこにある? 憧れを貫くなら――立ち位置はそこじゃないよね」
目の曇ったアニキをぶん殴るには踵を返す必要があるだろうとカタラァナは紡いだ。
「ヒーロー、なっちゃおう?」
「ゴチャゴチャ、うるせえよ! てめえら纏めて、ヤってやる! この俺の力でな!」
其の中にはきっと。ザムエル達も入っている。
「確認するけど貴方達がついてきた人は、強さに憧れたボスは。そんな力に縋るような男だったの?」
トリーネの言葉にブンブンと首を振るザムエル。
「違う!」
子供たちの羨望の眼差しに囲まれて照れた様に笑った顔も。村に入り込んだ魔物を血みどろに成りながらも倒したカッコいい背中も。
全て。全て。
「負けられないって言うなら最後まで足掻き続けてみせろよ!
アニキが間違った道を歩もうとしてる時こそ本当の意地を見せるモンなんじゃねーのか!?
意地を張って、ぶん殴って。
本当のアニキを取り戻す為に立ち上がるのが弟分ってモンだろ!」
勇司の魂の叫び。
その声と同時にガンズの腹部から炎が吹き荒れた。
ザムエル達をも巻き込んでメラメラと燃え広がる炎の渦。
その業火を受けても尚、立ち上がる影がある。
背を向けガンズの前へ立ちはだかるは10人のイレギュラーズ。
その身は満身創痍。自分たちが付けた傷もあるだろう。
しかし、彼らの瞳は輝きを失わない。
「何で、アンタら。其処まで!」
命を削ってまで。何故、立ち上がるのか。
「俺達は……」
――特異運命座標だから。
赤いマフラーが靡くその背を見上げたザムエルは、かつての佐山・勇司だ。
憧れの原風景を描いた、いつかの――
●
立ちはだかるは巨壁。
先陣を切るは――やはり奏であるのだろう。
「おーあーいむすかーりー。そーあーいむすかーりー」
上機嫌に鼻歌を歌いながら双剣を振るう。
狂い咲きの乙女は生死の狭間でこそ愉悦するのだ。
「まだ、まだー。もっとー」
強烈な一撃をその身に浴びようとも、肋骨が折れようとも。陽が彼女を照らす限り止まりはしない。
「あははは!」
奏の笑い声が響く戦場で、ガンズを見据えるは紫の瞳。
「そんな事だから貴方は弱いままなのですよ」
才能の壁は高く聳え立つものなのだろう。異世界を巡り知識を得続けたシェリーにとって、その程度の事は深く思考するべくもない知見。
「それに直面したとしてもそこで歩みを止め安直な手段に頼った時点で……貴方はそこ止まりなのですよ」
勇司のハイウォールは正しく機能していると判断したシェリーは背後に回り込み剣を舞う。
刻み込まれる無数の傷跡に血が滲んだ。
大鎌から放たれる光。
リュグナーのイドに色を付けるなら、きっとそれは曖昧な『灰』であるのだろう。
白でも黒でもない。魔と人の間の子。半魔の憐憫。
煙の様に揺蕩う彼女が紡ぐ言葉はどれも不確かで。他を寄せ付けぬそれを避ける者もいるのだろう。
しかし、きっと真実しか話さぬその金の瞳は。帰りを待つ妹分や花の少女に向けられているのだ。
「嫉妬……いえ。『羨望』というべきでしょうか、彼らを苛む感情は」
アメジスト・ヴァイオレットの光がアリシスの瞳に宿る。
見果てぬ先に、ガンズは縋ってしまった。
己を識ればこそ至れる極み、人が人として目指せる窮極を手にする事もできたろうに。
「残念な事ですね。人のまま逸脱するでもなく、人に非ざる物に成り果ててしまうなどと」
「何だと……、強さを求めて、何が悪い!」
アリシスの鈴音にギリリと怒りを顕にするガンズ。蒸気が立ち上がり、乾いた空気に湿気が乗る。
此処までアリシスの封印が効いていたお陰で被害を最小限に抑える事が出来た。
回復と攻撃を兼ねるクローネの手を攻に回せた事は僥倖といえるだろう。
しかして。相手は魔種である。
通常の一撃でさえ、重くイレギュラーズに伸し掛かかった。
――――
――
戦場は熾烈。乱戦。
既に数人が倒れ、疲弊している。
それでも叫ぶ声があった。
「越えられないかもしれない壁に立ち向かい続ける強さだって、かっこよさだってあるわ!」
小さな身体で張り上げるトリーネの声は戦場を駆ける。
ガンズに放つ言葉。それはザムエル達に響けよと託すものだ。
「でもそんな力に頼るのは間違いなく心が弱いのよ! アニキ? そんな呼び名、かっこ悪い貴方には不要だわ!」
「ウっせぇ!」
トリーネの挑発にその手を伸ばすガンズ。
しかし、それを止めたのは勇司だ。
「テッペンを目指すのは構わねぇさ。
だがな、テメーが何もかも奪い尽くす道を進もうってんなら此処で止める。俺がアンタの壁だ!」
これまでたった一人でガンズを留め続けた勇司。
ガンズの連打は彼の身体を蝕み。アガットの赤に染まりきったその身は、限界値など等に超えている。
明滅する視界。
魔種の力はそれ程までに強大。
しかし、しかしだ。
この戦場には。まだ、居るではないか。
最も、ガンズに戻って来てほしい、ガンズを超えたいと思う。彼らが。
「ここは、俺達に任せろ!」
「お前ら!」
彼らを突き動かしたのは、他でもない。イレギュラーズ達の背中。
強大な敵に立ち向かう勇気。仲間を信頼し背を任せる雄姿。
言葉と身を持って示したから。
「貴方もあの子たちと変わらないね。どうして強くなりたかったの?」
カタラァナの問いは剣戟の音に霧散していく。
氷の術式はガンズに凍てつく寒さを与えた。
「ああ、無理と無茶と無様の果ての散華。でも、人のまま果てた方が、きっともっと」
綺麗であっただろうと。
●
「白百合清楚殺戮拳、咲花百合子。参る!」
うつむき気味に戦場を歩く彼女の白い制服は、所々に赤い花が散り。
風に黒髪が舞っていた。
百合子の柳風崩しでガンズの巨体が翻り、地響きと共に土煙が上がる。
それでも、彼女の周りには煌めく光の粒が描かれていた。
シェリーの剣は背に着いたスラスターに狙いを定める。
軽やかに飛び上がれば、長い髪がゆらりと舞った。
途中から銀へと変わるその美しい髪を太陽が照らし、美しい色合いを見せる。
「私らはオシゴトでぶちのめしに来たんだけどー関係ないよねー所詮魔種だ。刺激的にやろうぜー」
陽気に。全力の剣で奏が打ち込む。
トリーネが高らかに鳴き声を上げれば神聖な光は、祝福を勇司に与えた。
「貴様はなぜ、努力を止めた?」
解けた包帯からリュグナーの金瞳がガンズを見上げる。
超えられない壁。誰よりも強い力。憧れ――
これほど他人を意識する罪も無いだろう。
他人と比べ、自己を軽んじて、努力を放棄し、責任を他人に押し付けた。
「魔種の強さに惹かれたのか、己に絶望したのかは知らぬが――」
そのねじくれた角に似た、赤黒い蛇がリュグナーの影から這い出る。
「その強い者を"超えよう"とするのではなく、努力無くしてその者に"成ろう"とした時点で」
声に呼応し、蛇は地を這いガンズの巨体に絡みついた。
「貴様の持つ心情は憧れに非ず! なぁ……"嫉妬の魔種"、ガンズよ!」
凍てつく氷、蝕む猛毒、絡みつく蛇、重なる状態異常に巨体の動きも鈍る。
アリシスの瞳はこの好機を逃しはしない。
手を広げ魔力を織り込んで。告死の光を解き放った。
最大限の呪いを込められた死はガンズの命を削り取る。
「まだ、ダァ!!! 俺は、おれはぁ!」
地に伏した身体が再び起き上がり、戦場に超弩級の砲撃が放たれた。
百合子に庇われたトリーネは彼女の下から這い出して視線を上げる。
焦げた匂いと、被さるように守られた二人の姿。
白い髪が風に揺れる。
「行くわよ!」
風を切ったルーミニスに続きクローネが駆けた。
この一手が。
最後だ。
「これで……! ……っ!」
瞬間。ルーミニスは捉えた。
一直線に並んだ、二人を捉える為に、放たれるであろう主砲の矛先を。
だから。
だから。
叫ぶ。
「クローネ!!! 乗れぇ!」
ガルムを握る手に力を込め。
クローネの足先が乗ったと同時に、空へと振り上げ――
光に包まれるルーミニス。
クローネは彼女が作った千載一遇の好機を逃さない。
巨体故の愚鈍さ。ならば。
見えぬ悪意。吸血鬼たるクローネの最も得意とする。
闇の魔術だ。
「これで、本当に最後ッスよ」
臆病だからこそ。
死ぬのが怖いからこそ。
頑張る場所は心得ている。
「とどめだ――!!」
クローネの声と共に鋼鉄を裂く音が戦場に響き渡り――
ゆっくりと、ゆっくりと。
巨体が傾いで、爆風のような土煙と共に戦いは終わりを告げた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
皆さんの熱い魂の叫び。受け取りました。
戦闘のネックであった若者達の戦闘参加。
その若者たちの心を掴む言葉は的確であったと思います。
また、きちんとビルトを組んでBS等を効果的に運用した事や
AP消費の兼ね合い等、戦術的にとても良かったです。
称号獲得
シェリー(p3p000008):『Record viola』
御幣島 戦神 奏(p3p000216):『黒陣白刃』
アリシス・シーアルジア(p3p000397):『慧眼の黒』
リュグナー(p3p000614):『戯言の灰』
トリーネ=セイントバード(p3p000957):『慈愛のペール・ホワイト』
咲花・百合子(p3p001385):『unicorn favor』
佐山・勇司(p3p001514):『赤の憧憬』
クローネ・グラウヴォルケ(p3p002573):『繊麗たるホワイト・レド』
ルーミニス・アルトリウス(p3p002760):『不屈の紫銀』
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390):『アクアマリンの旋律』
GMコメント
もみじです。熱い戦いをしましょう。
●目的
魔種の討伐。確実に仕留めてください。
後述する若者達の安否は問いませんが、出来れば助けたい所ですね。
●情報精度B
戦闘や目的に関する情報は問題なく揃っていますが、情緒的な部分について完全ではありません。
●ロケーション
鉄帝のとある村はずれ。廃棄された石切り場。
そこにあるガンズ団と呼ばれる自警団のアジト前に敵は居ます。
辺りは広く荒涼としています。足場や光源に問題はありません。
訪れて名乗りを上げれば正々堂々と勝負が出来るでしょう。
不意打ちが可能です。
こちらは(特に付き従う若者達から)卑劣な行いと見なされはします。
●敵
・魔種『アニキ』ガルブロード・ガンズ
攻撃力、耐久力、防御技術、HP、APが極めて高い。ちょっとヤバい強さです。
嫉妬に狂う強力な魔種です。
腕組みして仁王立ちする5メートル程の巨大な人型ロボットに見えます。
ガルブロードの上半身が胸部に溶け埋まっているような姿をしています。
元鉄騎種で、かつてこの自警団『ガンズ団』ではアニキと呼ばれ、慕われていたようです。
『行くぜメガビーム』(A):神遠貫、火炎、目から放つ大ダメージのビーム
『グレートガンズブラストォッ!』(A):神中域、火炎、腹部から放つ拡散ビームです
『ギガ……トン――パンチ!』(A):物中単、飛、乱れ、大ダメージの一撃
『オラオラオラ!』(A):物近単、連、大ダメージの乱打攻撃
『巨体』(P):ガルブロードをマーク、ブロックするには2名必要。
『スラスター』(P):機動力+1
『EXA30』(P):EXAが30です。
『EXF70』(P):EXFが70です。
・若者達8名
ガルブロードに従っている自警団『ガンズ団』の若者達です。
鉄帝の戦士らしく決して弱くはありませんので、非常に厄介です。
原罪の呼び声による狂気の影響を受けていますが、まだ戻ってこれる状態です。
おそらくアニキに対して、彼等にとって忌避すべき強烈な嫉妬心を、それと気づかぬまま抱いているものと思われます。
各々剣や盾、槌や斧等の至近攻撃武器で武装しています。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
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