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シナリオ詳細

<アルマスク攻勢>遠き雪粧のエト・ケテラ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 雪風巻に煽られようとも、独立島アーカーシュは目的地に向かうべくその舵を切る。
 ポラリス・ユニオンとの共同戦線で得た物流の要、不凍港ベデクト。その成果は光彩をも放つ。
 しかし、冬の訪れが全てを真白に閉ざした。帝国全土が見舞われた未曾有の大寒波『フローズヴィトニル』。屍を連ね、絶望と呼ぶべき影を落とす帝国内で独立島アーカーシュは方針を定めた。
 ポラリス・ユニオンとの協力体制を維持しながらも、帝国内の危機的状況にある都市の解放戦線である。
 眼窩に見下ろすは帝国中部に位置する山間の都市アルマスク。
 嘗ては帝国東部地域と南部地域を繋ぐ街道で栄えた小都市である。旅人達の訪れに、脚を武器とした商人の休息場でもあったアルマスクは現在では大鉄道網の完成で規模こそ縮小されたがルベンと帝都とを繋ぐ宿場町として栄えていた。
 現在においてもその役目は健在――出ある筈が、新皇帝派の跋扈により連絡の途絶した都市となったのだ。

 アルマノイス旧街道を彷徨く獣の影をクロム・スタークスは見ていた。
「――ンだ、あれ」
 悴んだ唇は、鉄騎種の過酷への体勢であれども流石に堪えた。寒さではなくひもじさが腹から上がり叫びを上げている。
 腹を撫で回してからクロムはまじまじと獣たちを眺める。この寒波で痩せ細った獣たちが多く『優秀なパーツ』になる者は居ない。
 男はアーカーシュが移動を行なう度に、降下し『部品』を探していた。
 その行為を咎める声があれど、アーカーシュに棲まうコピー体である四天王達を継ぎ接ぎし作り上げた兵隊達は歯車卿には受けが良かった。
 残虐な行ないに手を染めていない間は身を隠し、食にも困らぬ快適な暮らしを約束されていた。降りたことが、間違いだった。
「……いや、でも、あの獣はまだ肥えてるな。
 ひょっとして、あの奥に寒さと上を凌ぐ隠れ家でも持っている……?」
 肥えた目で観察をして居たクロムの背中へと「こんにちは」と声を掛けたのは新皇帝派閥軍人の――ふわふわとした髪をした少女であった。


「アルマスクは物資調達の多くを鉄道に頼っていたそう。流石に宿場町、鉄道の乗客の経由点でもあったのね。
 けれど……今、鉄道網は僅かに『解放』されたといえども未だ未だ敵の手中。物流が途絶えれば住民は物資不足に喘ぐばかりでしょうね」
 上空はアーカーシュ。島からアルマスクを認めたアーリア・スピリッツ(p3p004400)は「酷い事になっていなければ良いけれど」と呟いた。そのルージュで飾った唇が不安を揺らす。
「住民の救出以外にも、アルマスクには重要な意味があると聞きました。
 南部のノイスハウゼンとを繋ぐアルマノイス旧街道。これを復旧すれば帝都を経由せずルベン、アルマスク、ノイスハウゼンを始めとする南部地域の物流が回復するとも」
 それはポラリス・ユニオンの西進作戦『エウロスの進撃』と併せて考えれば南東部のフォローを可能とする。
 小金井・正純(p3p008000)は「多くの人民の命は、この街道復旧にも懸かっていると言っても過言ではありません」と言った。
 その江戸紫の髪に被さる払う華奢な乙女には不似合いな鋼鉄の腕はこの寒さで肌に触れるだけでもひりついた。
「アルマスクの現状は?」
 問うジェック・アーロン(p3p004755)の眸には真摯な色が乗せられていた。先程『歯車卿』よりとある噂を耳にしたと囁かれたのだ。

 ――向かって頂きたいのはアルマノイス旧街道沿いです。
 クソ寒ィ現場ですがアルマスク市街地よりやや外角に位置するその場所に獣の群れが見られたと聞きました。
 銀の森の精霊女王が口にした『地底に封ぜられた古の魔物』にも関連するやもしれません。
 地底に繋がる道がその辺りにないか、調査を願います。

「アルマスク市街地は解放前のベデクトそのものね。深雪に包まれちゃ、外出も出来ない。
 駅には誰も居ないし、広場も時計塔も閑散としているわ。けど、パーティーをしている新皇帝派は当局庁舎で物資を占有しているから――」
「許せないね」
 腰に下げたのは古傷、ガスマスク。無垢では居られなかった儚げな雪色の少女のかんばせを覆い隠す鉄の強かさ。
 許しては置けない。今すぐにでも雪が覆い隠した暴動の傷痕全てを暴き、いのちを愚弄せし全てに断罪を告げたいと願うのは人情だ。
「はい。許せませんが……歯車卿の懸念も解消するべきでしょう。
 地底の道が見つかったとするならば、それはアルマノイス旧街道で繋がるノイスハウゼンとルベン以外の他派閥とを繋げる可能性にもなります」
 正純の言う通り、南東部のみのフォローを拡大し帝国全土での連携を可能とするはずだ。
 それは空より来たりし『独立島アーカーシュ』のみに赦されたたった一つのやり方だ。

 人は餓えに苦しんだ。空より無尽蔵に降り積もる雪を食めども味はせず、栄養を得る事も出来ない。
 人体を動かす為のエネルギーは僅かな麦を分け合うことだけで成立していた。
 薪の備蓄も少なく今にも凍え死ぬと泣く幼子の声音に、老人を気遣う者の痩けた頬。
「アーカーシュ・ポータルから出撃を」
 要請へジェックは頷いた。長く伸ばした髪が風に煽られ揺らいだ。
『EAMD所長』ガスパー・オークソンがこんなこともあろうかとと軽騎兵隊が所有する軍用スノーモービルを量産していたと告げたのだ。
 アーカーシュ・ポータルよりワイバーンや軍用スノーモービルを駆って『アルマスク』を攻略せよ――

GMコメント

日下部あやめと申します。『穴』探しを仰せつかりました。

●成功条件
 新皇帝派より先に『地下道の入り口』を発見する。

●ロケーション『アルマノイス旧街道』~『アルマスク』
 地方都市アルマスク外郭部。アルマノイス旧街道の入り口~少し入り組んだ道付近です。
 現在のお天気は雪。吹雪により見通しも悪く、歩き辛さが調査の邪魔をします。
 アルマノイス旧街道前にて、クロム・スタークスが逃げ回っています。彼は新皇帝派に追われて居るようです。
 クロムは『肥えた獣』を見かけました。それが地下道へと繋がる道を根城にして居る獣だろうと新皇帝派は認識しました。
 クロムを一時的にでも保護し、彼の見た獣を共に追いましょう。
 歩きやすいような工夫や索敵に力を入れることをオススメ致します。

●クロム・スタークス
 マッドサイエンティスト。優秀な者を組み合わせればより優秀な者が出来上がると信じている。
 強さこそが全てな非人道的な研究者。優れたものを『パッチワーク』する事に情熱を捧げています。
 独立島アーカーシュに身を寄せ、四天王達をパッチワークして歯車卿を喜ばせつつ、潜伏していました。
 時折、アーカーシュの航行に合わせ地上へと降り立ち周辺で獲物を探しています。
 現在は、新皇帝派に地下道へのヒントを所有していると認識され、追い回されています。
 独立島アーカーシュのイレギュラーズのことは盗み見ていたので名前まで把握しているようです。
 腹が空いては戦は出来ぬ。自衛もそこそこ、衰弱気味で戦えません。

●新皇帝派『マドカ・ヒューストン少佐』
 新皇帝派に所属する軍人です。ぴんと背筋を伸ばした小柄な少女であり、カメラアイを思わせる眸を有する鉄騎種です。
 得意とする獲物はその背丈には似合わぬ大槍。長いリーチと俊敏に動き回る事の可能な小柄な体で戦う武闘派です。
 その実、可愛いものが大好き。リボンや桃色、ふわふわした可愛らしいものを愛して止まないようです。
 とある『可愛い女の子』に非常に入れ込んでおり、彼女のために地下道を見付けると躍起になっています。

●ヒューストン隊 15名
 マドカ・ヒューストン少佐を中心とした隊です。
 銃や剣で武装した軍人達です。
 男性が多い様子ですが、リボンなどミスマッチな衣装を身に着けられているのはヒューストン少佐の趣味でしょう。
「可愛くない者は死ね」と宣うヒューストン少佐に恐れ戦いている雰囲気さえ有します。
 雪国での活動に比較的慣れている様子ですが『フローズヴィトニル』の猛吹雪には苦労しているようです。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

  • <アルマスク攻勢>遠き雪粧のエト・ケテラ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月09日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
ルーキス・ファウン(p3p008870)
蒼光双閃
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ

リプレイ


 あの方が好きだった。綿菓子みたいに甘い髪色、空に透かした美しい瞳、ほっそりとした肢体。
 囀る声音だって、甘ったるい砂糖菓子のようだった。その声音が、言うのだ。「死んじゃえ、クズ」だなんて。
 嘸、苛立っているのだろうけれど。その姿よ、ああ、なんて――お可愛らしい。
 マドカ・ヒューストン少佐のカラメアアイがきゅるりと音を鳴らした。癖だらけの髪も雀斑の散る顔もその全てが彼女の理想には遠かった。
 理想に叶った娘が目の前に居たことをマドカは酷く歓喜した。進むアルマノイス旧街道の雪など気にもとめることなく小柄な女は兎を探す。
「みなさん、いいですね? 兎さんを捕縛しましょう。お姫様のためです!」
 手を叩いて微笑んだマドカは雪に紛れる様に姿を隠した『兎』を探していた。ワンダーランドへの穴を知ってる白兎――『時計兎の捕縛作戦』
 それが独立島のマッドサイエンティストの捕縛に向けたヒューストン隊の作戦指令であった。

「クソが」
 呻いたのは『社長』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)。身を縮こまらせて指先を擦り合わせる。悴んだ掌はこの雪粧では力も入りづらい。
「寒いのはもう御免だ。上手いことクロムと入口を見つけてさっさと帰ろうぜ! ゴブリンは身体が冷えやすくていけねェよ」
 クロム。その名前に『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)の柳の眉が吊り上がった。その名前には聞き覚えがあった。暫く姿を見ていないと思ったが、どうやら独立島で『よろしく』やっていた様子である。
「……いえ、歯車卿がそれを受け入れているのなら私も何も言いませんが。
 普段から好き勝手フラフラしてるからこういう時に発見が遅くなったりするんです。こほん。ちょっと説教臭くなりました」
 視線を送ればぱちくりと瞬く『陽だまりに佇んで』ニル(p3p009185)や『散華閃刀』ルーキス・ファウン(p3p008870)の姿が見えた。
「クロムさまはおともだちですか?」
「友人ではありませんが、顔見知りではあります。あのマッドも裏で画策していたようですが、この際それは端へ。
 どちらにせよあの街の調査は急務、合わせて彼が何かを見つけた可能性があるなら放っておけません。一石二鳥で済むうちに助けてしまいましょう」
 一石二鳥――男を捜すこと、そして地下への穴へと通じる道を得る事だ。地下道には二つの謂れがある。
 その一つが鉄帝国で寝物語として語られる『恐ろしき狼の遠吠え』。伝承になぞらえてフローズヴィトニルと呼ばれる吹雪の夜は、獣の雄叫びが響くという。雪深いくらい夜に外に出てはならないと先人達は幼子に教えたのだろう。その伝承をクロム・スタークスの耳元で延々教え込みたい衝動が正純にはある。
「フローズヴィトニル……魔物……新皇帝派に地下道を先に見つけられたら、大変なのですよね?
 クロム様を見つけること、地下道を見つけること、ニルはがんばります」
 指折り数えたニルに『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)は鮮やかな柘榴の眸を瞬かせた。色彩こそ雪へと解け消えてしまいそうな儚い軀。グリーフは寒さを気にする様子もなく被さる雪を払除ける。
「物流の回復と地下の活用ができたなら、多くの方にとって、この冬を越える一助となるでしょうね」
 もう一つこそが物流回復。北辰連合の行なう西部振興と遭わせれば街道の拠点回復はルベン、アルマスク、ノイスハウゼンの南部物流回復へ繋がる筈だ。そして、地下道の活用は帝都へと繋がり各地に点在する派閥との連携を強固なものとするだろう。
「この冬を越えられない命は一体どれくらいになるのかしら。
 予感は確かなのに今すぐ解決する方法なんかなくて……だから一つずつやるしかないの。すこし、歯痒いけれど」
 呟いて『この手を貴女に』タイム(p3p007854)は暖かな防寒具にすぽりと埋まった。最小限の装飾にふんわりとしたファーが頬を擽る。寒さを僅かにでも凌げれば、竦む脚も動き始めるだろう。
「それでは早速――とは思いましたが雪景色は見る分には綺麗ですが、その中で捜索となると骨が折れますね……」
 薄く青褪めた唇を僅かに食んでからルーキスは白い息を吐出した。人の体温さえも奪い去り震えを齎すほどの寒さ。マフラーに顔を埋めたルーキスは覆い隠す白魔の中でじいと耳を欹てた。
 びゅうびゅうと吹き荒れた風の音が全てを攫って終う前に。男が走り過ぎた足跡も雪はすべからく隠すべきだと言う様に沈黙を与えるのだ。
「酷い雪だね」
 雪へと埋まる脚を持ち上げる。残虐な毎日も、穏やかな愛情も、何もかもを隠す深雪を『天空の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)は見据えていた。
「ベデクトと同じような街がきっと多くあるのだろうと、思ってはいたけれど……一つずつ、解放していかなきゃね」
 ――彼女は英雄でも、全能者でもないけれど。誰かの為の奇跡になるべく生きている。
 胸の真ん中で臓がとくりと音立てる。錆び付いてしまわぬならば、撃鉄を起しスコープに標的を捉えることは厭わない。


 それは全てを追い隠してしまうから。白亜の景色は黒をも隠す。斑雪は白に覆い隠せば罪をも濯ぐというような、残忍に笑った神そのもの。
 故に『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)はその白が嫌いだった。深雪に埋もれた真実は神の一声のようで大嫌いだったから。
 ――けれど、独立島と名付けられたその場所から眼窩に見下ろす白は美しくて、ついつい見惚れてしまったのだ。
 共に仲間達が居る。綺麗だと笑いかけてくれる人が居るさいわいが心の蟠りを融かして行くように。
「……なぁんて、感傷に浸ってる場合じゃないわ。
 私達だからできること。自由に動き、何処にでも手を差し伸べる――貪欲で、燃えてきちゃうわ!」
 生きることは喰らうこと。生きることは何かを求めるという事。
 アルマノイス旧街道の詳細地図は存在していなかったがある程度の地形だけは帝国の全体地図より見て取ることが出来た。
「屋内に吹き曝しではないでしょうし、公共の施設か、倉庫のような場所か……」
 呟くアーリアは鮮やかな桃色の防寒具を着用して居た。地図を覗き込んだジェックは最悪のパターンではクロムを見付けなくても構わないことを知っている。だが、それはそれで目覚めも悪い。出来るだけ彼の保護も念頭に置いてやるべきだろう。
「ジェックちゃんも、いきなりばっさり行ったら首元寒いでしょう?」
「んん」
 目立つ色彩をと桃色のウール素材のマフラーをぐるりとジェックに巻き付けたアーリアは穏やかな笑みを浮かべた。鎖状かんじきを靴に巻いて歩行補助の対策をして居たジェックは「ありがと」と唇を動かした。過酷な環境課に適用すれど悴む唇は音をも奏でにくい。
「早速探しましょう。街道ですから何らかの無機物や霊魂が居れば嬉しいですが……」
 雪晒しの道を僅かに浮かび上がってから『おおきな動くもの』などと噛み砕いた情報を霊魂や、路肩の看板などへと問い掛ける。僅かな情報でも、雪の中では重要だ。
 体温を求めれば、雪の中ではそれはぼんやりとした色彩で見えるだろう。時折見られるのは野生動物の気配だろうか。それも雪で隠されてしまえば仕様が無いとルーキスは唇を尖らせた。
「この吹雪の中、長時間の捜索は流石に堪えるな……クロムさんの安否も心配だ。早く見つけなければ」
「動き回っていそうですからね」
 刺々しく呟いた正純は感情を探していた。新皇帝派との一度の接触、そして器用に逃げたであろう男が逃げ回っているならば僅かにでも痕跡が残っているはずだ。
 救う為の声を聞きながら、おまじないをする。風が少しでも病んでくれと悴みながらキドーは懐に仕舞い込んだフライドポテトが冷めてしまわぬようにだけ気を配った。
 地図の上では此の辺りに施設は何もない。だが、開けている場所だからこそ現地を見ればぽつぽつと納屋などが点在していることに気付いた。
 アーリアの赤いルージュが『Rowlet』とサインを描く。進むべき道の暗号は惑う雪白でも重要な目印となる。
「新皇帝派とかち合う前にクロムさんを見つけたいけど、向かう先が同じなら、うーん」
 呟くタイムの予感は的中する――「近い」と誰かが言った。痕跡がくっきりと残っている。男の気配。遠離って、近付いて。それは一度動きを止めて。
 その背後に物音を感じてルーキスは振り向いた。ざくざく、踏み締める音が次第に近く。何かを見付けたように嬉しそうな声までもが聞こえてきた。
「何かお探しですか?」
 熱源が近付いて来ていた事にルーキスは気付いていた。あちらも『兎』を追っている。
 何処かで出会う可能性は十分だった。特に獲物が穴を見失わないように周辺を囲むように逃げ回っていたならば――ある意味で必然で。
「獲物が同じじゃ、譲り合いってのも大事だろ。よう、かわいいお嬢さん。そのかわいくない男、俺らに譲って貰えねェかな」
 キドーが指差したのは木々の影に雪に埋もれるようにして隠れていたクロムであった。接触したのは彼が直ぐ近くに居たからだ。
「兎さんですか? 可愛く着飾れるので、それじゃ譲る理由にはなりませんよ」
 唇を尖らせる。ソバージュの髪に雀斑の娘。着用する軍服は冬仕様だが所々にリボンなどが飾られている。愛らしい幼い娘だ。
「新皇帝派の……えっ、なに、やたら可愛い恰好の集団!?」
「かわいい……そうでしょうとも!」
 きらりとその眸が輝いた。マドカは嬉しそうに手を叩き、屈強な軍人達が不似合いなリボンを付けている様子を眺めるタイムに「あなたもかわいいですね」と微笑んだ。
「あ、ありがとう……?」
 可愛らしい防寒具に、なんなら自分だって可愛いと自負していたから。マドカの視線を釘付けにすることは容易で。
「玩具の取り合いですね。いいですよ。こちらもお姫様の為の狩りですから退く理由がなければ帰れません!」


 甘いフリルを飾った無骨な剣に、首に巻かれたのは桃色のリボンタイ。刈り上げた髪にはカチューシャやリボンを飾って。プリンセスが突然男に転じてしまったかのような噛み合わない外見の兵士達は幼さを滲ませる『上司』に指揮されていた。
 可愛いものが大好きなその人は、可愛くない自分が大嫌いだったらしい。
 甘いフリルも、シルクのリボンも似合うことが無かったから、酷く焦れた。鉄のつめたい軀は愛くるしさとは遠く感じられたから。
「かわいいですね、もっとかわいくさせてもらっても?」
「ふふ、そういうのが好きなの?」
 ぱちりと瞬いて、タイムはマドカを惹き付ける。この雪だ。クロムは想像通り、納屋の影に隠れていた。納屋の扉は重く雪で覆われて開くことが出来なくなっていたようである。
 雪での行群になれていた彼等との接触を受け、ジェックは初手からマドカを狙った。切り揃えた髪が揺らぐ。長かった髪が隠す事無く擽った頸筋がざわりと触った。古傷を覆い隠すように慈悲を抱くこと無き強欲の銃が真っ正面から狙いを穿つ。
「リボンをつけたら何でも可愛くなるわけでは、ないと思うのです。ニルたちは可愛いですか?」
 首をこてりと傾いだニルはアメトリンの煌めきを握りしめる。シトリンが光を宿し魔力が踊るように広がって行く。
 漆黒の運命へと塗り替えるその気配。「んー、クールですねえ」と揶揄うようなマドカは手を叩き、兵士達に自己への支援を依頼した。
「美意識は人それぞれかと思いますので、否定はしません。
 誰かのためにと動くその気持ちも、素敵なものだと思います。けれどこちらも譲れませんので」
 幾つもの言葉を重ねても、美意識の違いにまでは踏み込めまい。
 傷付けども痛みの一つも感じることもないか、眉のひとつも動かさないグリーフは開けた場所での戦いで良かったと後方を振り返った。
 地下の入り口を選び、崩落を来した場合は台無しだ。外で出会ってしまったからには早期に撤退を促すべきだろう。
 離れた位置からキドーはワイルドハント達の牙を放った。魔法とは、その真名の体型と系列を学ぶこと。執拗に迫る牙は獲物を狩り取るために研ぎ澄まされる。
 鋭き一撃の中で響いたのは甘い囀り。魔女の呪いは睦言めいて地を這い耳朶を伝う。恋心は難解で、解き明かす頃には脚が掬われてしまうだろう。
 魔女の囁きに意識を奪われて板ならば、その上に降るのは鉛の狂奏曲。グラン・ギニョールは人の手によって引き起された。
 ジェックの弾丸の軌道の下で「かわいいですね」と愛でるように声を掛けられるタイムが困ったような表情で正純を見詰める。
「お可愛らしい者が本当にお好きなのですね」
「ええ。だから見てください。この槍だって、とっても可愛く――」
 ぎいん、と。鋭い音を立てて槍へと叩きつけられたのは星光の一射。マドカの眸が見開かれ、正純を見詰める。
「ひ、ひどい! 折角可愛くデコったのに。この可愛さが分からないんですか!?」
「可愛さをお話ししたいのはやまやまですが……この寒さでは楽しい談話会は開けそうにありませんから」
 正純の砂は執拗に兵士達を絡め取る。苛立ったように唇を尖らしたマドカの槍が周囲を蹂躙するように風を切った。
「酷い! 皆さん、可愛さレベルが低いです!」
「『可愛くない者は死ね』って結構無茶苦茶だな!?
 他の仲間に対してよりも、自分への攻撃に殺気が籠っているような気がするのは気のせいだろうか……?」
 リボンが付いてないから――なんて揶揄いの言葉を一つ告げるアーリアにマドカは大きく頷いた。
 彼女は武器を傷付けられて酷く苛立っている。元より、穴探しが目的でありイレギュラーズの撃破はそこまで重視していないのだろう。
「うう……本当に酷い! 兎さん、またお会いしましょうね。
 それから可愛いトランプ兵の皆さんも! また遊んでくださいね、次はとびきりに可愛いお洋服を用意して『お人形』にしてあげますから」
 トランプ兵とキドーは困ったように呟いた。どうにも、喰えない相手はふわふわとした幻想の中に生きている。
 にまりと笑ったマドカが手を挙げる。頷いたのは幾人か、残っていた兵隊だった。甘い白フリルのヘッドドレスの着用を義務付けられている屈強な青年が上長を支援するように射撃を行なう。足元に飛び込んだそれを避けるようにキドーは跳ね上がり「危ねぇな」と呻いた。
「それでは、また!」
 友人との別れを演出するように手を振るマドカの穏やかな撤退。雪は全てをしじまに返し、彼女の足取りをも分からなくする。
「何だか、嵐のようだった……」
 ぼやいたジェックは千切れて落ちていたリボンを拾い上げた。
『M.Houston』――不格好な刺繍が施されたリボンは兵士達に配られた彼女なりの下手な愛情だったのだろうか。


「ほら……此処だろ獣の隠れ家」
 げんなりとした表情のクロムはアーリアが用意した紅茶にたった一滴垂らしたブランデーを染み渡らせるかのように啜って息を吐いた。
 キドーの用意していたフライドポテトはアシストバッグに詰め込んだ火起こしの道具を駆使し暖を取るルーキスが温め治してくれる。
 グリーフは大樹からの贈り物を彼へと授け活力へと変化させる。穏やかなかんばせで見詰めるがマッドサイエンティストは「あざす」と短い返事を返すだけだ。
「しっかりと感謝してください。そうやって普段からふらふらしているからいざという時に困るんですよ」
 叱り付ける正純の声音にクロムは耳を押さえた。面倒だとでも言う様に唇を尖らせる様は幼い少年のようでもある。
 だが、青年の非道なる実験の内容を思えば、素直に好感を抱くことはタイムには難しかった。タイムにとっては理解出来ない分野が彼の研究対象である。詰まる所、歯車卿が彼が大手を振って闊歩することを許したのは『四天王達を組み合わせて作った生物』が目を惹いたからなのだろう。
「ここから先が『肥えた獣』が居そうな場所?」
 ジェックの問いにクロムは頷いた。肥えた獣とは即ち、この寒波の中でも食事を得、冬眠する必要が無かった者達のことなのだろう。
 これだけ寒波だ。当然のように誰も彼もが餓えを凌ぐ為に尽力している。クロムの見た獣は即ち、食糧なのだ。
 ふくよかな肢体のそれを手に入れることが出来れば肉にありつけると男は喜び、気を逸らせながら『穴』を探し当てたに違いない。
 納屋の傍に吹きさらしになっていたその場所は山の麓に位置し、隠されているが旧街道に乱雑に繋げられた横穴のようでもあった。
「どう言う見解を抱いていますか?」
「思うにだな、帝都から穴を掘ってきて偶然辿り着いたんだろうさ。周りは木で囲われてるから古い穴だ。
 ……獣の根城だろうな。他の場所にも出入り口がある。入ってみたいとは思った、が」
 そこまで言ってからルーキスを押し遣るようにクロムが背を押した。ぱちくりと瞬くニルはルーキスが咄嗟に鯉口を切ったことに気付く。
 ひゅ、と息を呑んだ青年を支援するようにジェックが銃口を昏き穴へと向けたが、何も起らない。
「酷い寒さだろ」
 クロムは言った。
「変な風が吹いてる。冷たすぎるくらいのさ」
 その先に――屹度何かが潜んでいる。予感は胸の奥から湧いて、確信めいて渦を巻いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 見付けた地下道の先に何があるのか、此処から期待ですね。

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