PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<LawTailors>FataBianca

完了

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 赤く燃える瞳がじっと僕を見つめる。
 それは憎悪や好奇の色ではなく、ただ僕を心配そうに気遣うような視線だった。
 優しい眼差しだと思った。
 そんな慈愛に満ちた瞳を向けられた事が無かったから嬉しかった。
 だから……縋ってしまった。傍に居て守って欲しいと願ってしまった。
 本当は願っちゃいけないことなのに。
 僕は悪魔の子だから幸せなんて願っちゃいけないのに――

「……ぅ、ん」
「ネイト、どうした。ネイト」
 身体を揺さぶられる感覚に『白き悪魔』ネイト・アルウィンは目を擦る。
 肌には柔らかなベッドの感触。それとネイトを心配そうに覗き込む『竜王』ディーン・ルーカス・ハートフィールドの顔が視界に映り込んだ。まだ薄暗いから夜明け前なのだろう。僅かに明るくなった空の色。
 広いベッドの上でディーンは隣で寝ている少年の様子を伺う。
「随分とうなされていたよ」
 ネイトの眦に溜った涙を掬おうと不意に近づいたディーンの手。
 瞬間、ネイトが頭を守るように防御態勢を取る。
「っ!」
 悪魔の子として長い間迫害を受けていたネイトは反射的に暴力から身体を守ろうとするのだ。
 特に、寝起きのような気を抜いている時間は身体が勝手に動く。
 それがディーンの『気遣う手』でも無意識に叩かれると思ってしまうのだ。
「ぁ、ごめん……違う。ディーンごめん、涙を拭いてくれようとしたのに」
「分かってるよ。すまないネイト。驚かせてしまったね」
「ディーンのせいじゃないのに……ごめんね」
 新しく溢れる涙と共に、身体中に刻まれた迫害の跡が疼き出す。
 思い出したくないのに忘れるなと言わんばかりにネイトの脳裏に記憶が降っては沸いて来た。
 震えだした少年をディーンは優しく抱きしめる。
 子供をあやすように背中をトントンと叩けば、次第に震えは収まり小さな寝息が聞こえた。

 ディーンはネイトの寝顔を見つめ憂う瞳を揺らす。
 この少年はディーンにとって怖がりで泣き虫な子供。守ってやらねばならない幼子だ。
 人との接し方を知らず、時にはヒステリックに癇癪を起こし簡単に他人を傷つける。
 普段は理性的であるのに、精神が乱れると暴力的になるのだ。
 それはネイトが他人から受けてきた仕打ちそのもの。他の接し方をしらぬが故の行動だ。
 だから、ディーンは彼の傍で支えてやりたいと思っていた。

 子供故の執着心でディーンを洗脳し『マールーシア』へと差し向けたネイトの心は晴れなかったようだ。
 ディーンが村人を殺す度に、彼自身が心に深い傷を負う事が辛かったからだ。
「――僕は君を傷つけたかったわけじゃない。僕を迫害したマールーシアの奴らに仕返しがしたかっただけなのに!」とネイトは泣きながらディーンに縋った。
 初めて見つけた『大切な人』を自らの願いによって傷つけてしまったことをネイトは酷く後悔していた。

 ――――
 ――

「だったら、今度は間違えないようにしないといけませんね?」
 ネイト達が所属するロウ・テイラーズの集会で、序列二位の『蒼き誓約(ブラオアイト)』が告げる。銀色の長い髪に黄金の瞳を持つ男は序列九位『白い妖精(ファータビアンカ)』――ネイトへ視線を向けた。
 この集会には序列十一位の『焔朱騎士(ヴァーミリオンナイト)』は出席していない。
「ヴァーミリオンナイトが傷付いたのは誰のせいですか?」
「ぼ、僕……?」
 ブラオアイトの言葉にネイトは苦しげに応える。
 泣きそうなネイトの頭にブラオアイトの手が優しく乗せられた。
「いいえ、貴方のせいじゃありませんよファータビアンカ……ヴァーミリオンナイトの洗脳を解いたイレギュラーズが悪いのです。彼らが邪魔をしなければ貴方の騎士は傷付かずにすんだのです」
 優しいディーンが苦しまないように施した洗脳を解いたイレギュラーズが悪いのだとブラオアイトはネイトに語りかける。ブラオアイトの声がネイトの脳内に何度も何度も響いた。
「イレギュラーズが、悪い……、イレギュラーズが、悪い……、……?」
「そうですよ。イレギュラーズのせいであなたの大切なヴァーミリオンナイトが傷付いたんです。
 だから、彼らを同じだけ傷つけてあげましょう。殺すのは最後まで取ってとっておいてもいいですが、貴方と貴方の騎士がどれだけ傷付いたのか思い知らせてあげないといけません。そうでしょう?」
 ブラオアイトの言葉にネイトはこくりと頷く。

「では、ファータビアンカには頑張って貰いましょう。ヴァーミリオンナイトの為に――」


 照りつける日差しと渇いた風の中に砂が混ざるラサの冬。
 肌を傷めないように被ったローブは日陰の寒さを和らげる効果もある。
『ワシャク』キアン(p3n000148)はローブのフードを後へやって酒場のドアを明けた。
 カウンターの奥に待ち合わせた人影を見つけ手を振る。ゴールドをカウンターに置いて飲み物――炭酸水を酒場のマスターから受け取りテーブルへと置いたキアン。
「今回はどういう状況だキアン?」
 キアンの正面からレイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の問いが投げられる。
「この前戦ったディーン……ディーン・ルーカス・ハートフィールド覚えてるだろ?」
「ええ、覚えてます」
 蓮杖 綾姫 (p3p008658)のさらりとした黒髪の間に見える瞳が憂いの色を見せた。
 ディーンは元の世界で綾姫と共に戦った盟友であり、後の敵対者でもあった。綾姫が人類の悪でディーンが正義の騎士として。
「以前の戦いの時は、洗脳されてたんだっけ?」
 ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は苦しげに戦うディーンの顔を思い出していた。
「うん……洗脳されてて苦しそうだった。ネイトの為に戦ってたのかな」
 キアンとディーンは旧知の仲だ。そのディーンがネイトという子供のために戦っていたことも前回の戦いの中で彼自身が語ったもの。

「それで、今回はその『ネイト』が出て来たというわけだな?」
 ルナール・グリムゲルデ (p3p002562)の言葉にキアンはこくりと頷く。
「マールーシアで、……『悪魔の子』と、迫害をうけていた子、だよね」
 悲しげな声でチック・シュテル(p3p000932)が視線を落した。
 傷だらけの身体、焼印の痕。口に出すのも悍ましい行為の数々。幼いネイトに酷い仕打ちをしたのだと。
 その発端は魔術師の男がネイトを悪魔の子だと言ったからなのだと村長一家はチック達に話した。

「ネイトは何かの術で自分そっくりの人形みたいなのを作ってるらしい。俺にはあんまり理解出来なかったんだけど……れんき? みたいなヤツ」
「錬金術か……ホムンクルスやゴーレムみたいなものかもしれないな」
 キアンが首を傾げ、レイチェルが思案する。
「それが何者かは分かりませんが住民に被害が出ないうちに私達で倒しましょう」
 綾姫が刀の鞘に手を置いた。ルーキスとルナールも綾姫に賛同するようにレイチェルを見つめる。
 街の住人に被害はまだ確認されていない。ご丁寧に自分達『イレギュラーズ』を呼び寄せているのだ。
「ネイトって子、気になる……ね」
 少年が何を考えているのかチックにはまだ分からない。けれど、それを知りたいと思うのだ。
 その為にも会って確かめねばならない。
「いこう……、ネイトにあいに」
 チックが立ち上がり、他の仲間もそれに続いた。

GMコメント

 もみじです。<LawTailors>第二曲。
 リクエストありがとうございます。

●目的
・ホムンクルスの討伐
・召喚石の破壊
・ネイト、ディーンの撃退

●ロケーション
 ラサと幻想の国境から内陸へ進んだ場所にある村『ナフードラ』近郊です。
 村とはある程度の距離がありますので、村人は安全です。
 遠くには荒野が広がり、村に近づくにつれて少しずつ植物があります。
 光源や足下などは戦闘に支障ありません。
 ホムンクルスが村に到達する前に倒しましょう。

●敵
○『白き悪魔』ネイト・アルウィン
 色欲の魔種。謎の組織『ロウ・テイラーズ』に所属する序列九位白い妖精(ファータビアンカ)。
 ラサの村マールーシアで悪魔の子として迫害されていた少年。
 傷だらけの身体、焼印の痕。口に出すのも悍ましい行為の数々を受けていました。
 その為、情緒が幼く泣き虫で癇癪を起こしやすいです。ひな鳥のようにディーンへ依存しています。

 序列二位の『蒼き誓約(ブラオアイト)』に血を媒体としたホムンクルスを作られています。
 後述の召喚石からホムンクルスが召喚される度に弱体化していきます。
 戦場の奥でディーンに守られながら苦しんでいます。
 遠距離魔法で攻撃してきます。

○『焔朱騎士』ディーン・ルーカス・ハートフィールド
 謎の組織『ロウ・テイラーズ』に所属する序列十一位焔朱騎士(ヴァーミリオンナイト)。
 前回の戦い時までは洗脳されていました。
 マールーシア襲撃事件の際、苦悩している姿が見られました。
 現在は正気のままネイトの傍に居るようです。ネイトが成したいことを手伝いたいと思っています。
 しかし、そこに苦悩が付き纏います。
 実はホムンクルスが召喚される度にネイトが弱体化することを知りません。

 鋭い剣技に加え、炎の魔法を操ります。
 オールラウンダーですので注意しましょう。

○ホムンクルス
 ネイトの血を媒体としたホムンクルスです。
 序列二位の『蒼き誓約(ブラオアイト)』によって作られています。
 戦闘開始時は三体、その後しばらくすると召喚石から一体ずつ出現します。
 遠近両方の魔法で攻撃を仕掛けて来ます。強さはそこそこです。

○召喚石
 ネイトが持っている召喚石です。
 戦闘開始後しばらくすると一体ずつネイトのホムンクルスを排出します。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <LawTailors>FataBianca完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年12月13日 22時05分
  • 参加人数5/5人
  • 相談7日
  • 参加費300RC

参加者 : 5 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(5人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
※参加確定済み※
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
※参加確定済み※
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
※参加確定済み※
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者
※参加確定済み※
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
※参加確定済み※

リプレイ


 渇いた風の音が耳を打ち、小さな砂が頬に張り付いた。
 何の目的で此処までやってきたのか、記憶が混濁している。
『白き悪魔』ネイト・アルウィンは朦朧とする意識の中で、ただ前に進んでいた。
 赤い召喚石から生まれ堕ちたホムンクルスは血を求めるようにゆっくりと歩き出す。
 ホムンクルスが出てくる度に、ネイトの体力は削られていた。
 肩で息をするのも億劫で、胃の中から迫り上がるものを押さえ込む。
「ネイト……どこか具合でも悪いのか?」
 心配そうに自分を見つめる『竜王』ディーン・ルーカス・ハートフィールドの手を掴んだネイト。
「ううん。大丈夫だよ。行かなきゃディーン。君が傷付く前に行かなきゃ」
 ネイトは思い出した。ディーンを傷つけたイレギュラーズへの報復。
 それがネイトを突き動かすものだった。

『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は金蒼の瞳を揺らす。
 ネイト・アルウィン――マールーシアで迫害を受けていた少年の名だ。
 彼は『とある魔術師』の言葉が発端で『悪魔の子』として蔑まれていた。
 銀の髪に黄金の瞳。レイチェルによく似た『ヨハネ=ベルンハルト』が恐らくその魔術師。
「……」
 レイチェルの脳裏に遠い過去の記憶が走る。
 復讐鬼となってヨハネを追いかけていた元の世界の記憶だ。
 自分がヨハネを仕留めていれば――ネイトは『悪魔の子』に仕立て上げられなかったのだろうか。
 仕留め損なっていなければ、犠牲は出なかったのだろうか。
 レイチェルの心に後悔が渦巻く。
「………今、悔いても仕方ねぇ。仕事の時間だ、オーダーは忠実にこなそう」
 金蒼の視線はネイトとディーンの姿を捉えた。
 目の下に隈を作ったネイトを『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は見つめる。
 元々白い肌なのだろうが、今は蒼白といった有様である。
 そのネイトの姿が己の過去に重なった。他人との関わりを諦め切れずもがき続けている。
 一人でいれば誰も傷つけず、傷付かずに済むのに……縋ってしまう心。
「……お互い、戦わなければならない相手……だとしても。彼らの事……ほっとけない、思う」
 分からないからこそ知りたいと思い、彼らを止めたいから此処に居るのだ。
 それでも――どうして、助けられないのか。チックは唇をかみしめる。
 ネイトの首に紅い宝石が輝いているのが見えた。恐らくあれが情報にあった『召喚石』なのだろう。
「ホムンクルス達を止める為には、あの石を壊さなくちゃ……だね。それに……ネイト自身への危険も、減らしてあげたい、思う」
 初めて会ったけれど、何処かその危うさが他人とは思えないから。
 チックは苦しげなネイトを見遣り眉を寄せた。

『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は赤い旗を翻すディーンを見つめる。
 彼に前回あった時は洗脳を受けている様子だった。
 しかし、今回は正気であるらしい。
 ふむ、と腰に手を当てたルーキスは僅かに首を傾げる。
「何を意図してキミが魔種に味方をするのか知らないけど。残念ながら私は容赦しないよ?」
「ネイトはこの手で守る……」
 腰に下げた剣を抜き去ったディーンがネイトを庇うように前に出た。
 ルーキスの隣で「やれやれ」と瞳を瞬かせた『紅獣』ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)はホムンクルスの数を数えたあと最後にディーンに視線を合わせる。
「また会うことになろうとはな?」
「……」
 ディーンが誰の味方をしようと彼の自由であり、行動理由にルナールは興味も無い。
 ここに来たのは仕事の依頼があったからだ。そして仕事というものは簡単な方がやりやすい。
 つまり彼らが大人しく引いてくれればこっちとしては損害も無く助かるという話しだ。
「まあ……そちらが黙って引くとも思ってない、戦闘は避けられない。仕方ないな?」
「意思疎通が出来たとしても魔種は魔種だ。叩けと言われたら叩くのさ。何事も効率よく合理的にね?」
 ルナールの言葉にルーキスは頷いて夜の魔典を開いた。
 黒き大剣を掲げ『厄斬奉演』蓮杖 綾姫(p3p008658)はかつての同志に視線を上げる。
「貴方はこの世界で護るものを定めたのですか、竜王よ」
「ああ。私はこの子を守る鎧であり牙だよ」
 渇いた風に赤い旗が煽られた。それは元の世界で綾姫と肩を並べていた頃の凜々しい姿に重なる。
「今の貴方の目は……微かに前の強さが垣間見えます」
 懐かしさと憧憬と怒りが交ざった焦げた感情がディーンと綾姫の胸中を乱した。
「ですが……この先は罪なき民の住む所。以前の村はともかく、此度は関係なき場」
 綾姫はこれ以上行かせまいと大剣を横に掲げる。
「発案はネイトでしょうか? ……子供の癇癪に付き合うとは、貴方もお人好しですね」
 ディーンはこんな挑発で心を乱すような男ではない。
「お前らが……! ディーンを傷つるから! 『蒼き誓約(ブラオアイト)』が復讐しろって!」
 綾姫の言葉に敵意を剥き出しにしたのはネイトの方だった。
 ネイトの心に呼応するようにホムンクルスが一斉に動き出す。
 やはりネイトは子供の精神性であるのだとルナールは冷静に分析をしていた。
 幼い情緒とそれに見合わぬ力は純粋に脅威となりうる。
「ダンスは得意かな? ルナール先生!」
「そんなに得意じゃないが……戦場でルーキスとペアで踊ることなら得意かもな……!」
 誘うようなルナールの手を取ったルーキスは宙に浮いた魔典から魔力を凝縮した剣を取り出す。
 結晶化した魔力石を核とした高密度の剣尖が陽光に煌めいた。
「いつも通り火力は私が担当するとも、お手伝いよろしくね」
「サポートは任せてガンガン行っていいぞ」
 戦場に弾ける青と赤の魔力。ルーキスの魔力剣にルナールの光輝が重なる。
 迸る二つの色はホムンクルスを両側から引き裂いた。
 胴の真ん中で真っ二つに裂けたホムンクルスは地面に血肉を這わせ再び結びつく。
「ほう、再生能力は高いんだな」
「だが無限ではない」
 零れた血や肉は元には戻らず、徐々に形を失っていくだろうとルナールは推察した。
「じゃあ、壊れるまで切れば解決だ?」
「ああ、その通りだルーキス。全力でいこう」
「了解だよ!」
 ルナールの言葉に笑みを零すルーキス。二人の寸分違わぬ連携はホムンクルスを早々に肉塊へと変える。


「敵が増え続けてジリ貧なんざ御免だからなァ」
 レイチェルの瞳にはネイトの首に嵌められた召喚石が映る。
 既に一体召喚石からホムンクルスが生まれていた。その代わりネイトの魔法の威力が落ちる。
「……やはりあの石が、元凶か」
 赤く輝く召喚石はネイトの血の色をしていた。
 命を削るような術である。レイチェルの身体の中で沸々と怒りがこみ上げた。
(――誰だ、あんなモンを仕組んだのは!!!!)
 光輝く片翼が背に顕現し、迸る赤い焔がレイチェルの周りを螺旋状に広がる。戦場を覆う復讐の炎は敵を巻き込み燃えあがった。
「さあ、私の一撃は重たいよ?」
 ルーキスが振るうは凝縮された魔力の刃。一撃ごとに眩いばかりの魔力の粒子が戦場に散らばる。
 それをフォローするルナールは、ホムンクルスの魔法から愛しき存在を守った。
 レイチェルの炎が晴れて映し出されるのはネイトを庇うディーンの姿。
「うちの奥さんは子供だろうが敵であれば手加減なんぞしてくれんぞ?」
 ルナールの言葉に眉を寄せるディーン。ルーキスの魔力剣をネイトが受ければかなりの傷を負う事は想像に難くない。高火力を持って戦場を制する、それがルーキス達の戦術だ。
 ルーキスとルナールの連携も然る事ながら、後に控える綾姫の威力は凄まじいものであった。
 的確に戦力を配置するのはルナール達の得意とするところである。
「折角の高火力、活かせないのは勿体ないからな」
「そうそう、キミは庇ってるだけで精一杯みたいだし。思う存分味わっておくれよ」

 子供(ネイト)を狙うことに躊躇なぞ。
「かつての世界で人類数億を虐殺した私に今更ですね!」
 綾姫は戦場を撃ち貫く巨大な黒い斬撃を振り下ろした。
 言葉では偉ぶっていても実際には子供を斬ることに対して綾姫の精神負荷は大きい。
 ディーンはその斬撃を戦旗で受け止め歯を噛みしめる。地面が割れ、ディーンの口から血が流れる。
「あの『竜王』サマが法を仕立てるだなんて驕ってると聞いたら、かつての戦友たちは腹を抱えて笑うでしょうね!」
「そうかもしれないな。だが……」
「しかもあの堅物朴念仁が子供連れですか。ロウテイラーズとやらは笑いを取るのがお上手ですね!」
「それでも、私は!」
 元の世界のように絶大なな威力は劣化してしまったが、それでもディーンは強かった。
 剣を合わせる度に綾姫の中に記憶が泡沫のように浮かび上がる。
 一閃と咆哮。
 背中を預け戦った日々、その手に何度助けられただろう。幾度その背を守っただろう。
 束の間の平穏にどれほど幸せをかみしめただろう。
 ……血に塗れた剣を向け合い憎悪をぶつけ合ったその瞬間が鮮明に蘇る。
「本当に、復讐なんて割に合いませんね」
 出力超過で綾姫の排熱は追いついていない。それでも戦いは止まらない。
「ネイト。貴方は甘い。復讐をするならもっと徹底しなさい」
 綾姫は苦しげに胸を押さえるネイトに叫んだ。
「復讐なんてものはね、する方もされる方も"悪い"んですよ。だから悪いのは、貴方もなんですよ!」
「僕は……悪く無い!」
 表情をくしゃりと歪めて、ネイトは一粒涙を零した。
「それを直視もせずに耳障りのいい言葉に従うだけとは笑止!」
 綾姫の言葉はネイトの心に深く突き刺さる。優しい言葉だけを信じてここまでやってきた。考える事を他人に肩代わりして貰って自分は『不幸』なのだと泣いてばかりいた。
 ディーンの優しさに縋るばかりで彼の気持ちに気付いてなかったのではないか。
「……う、うう、ディーン」
「ネイト、君は悪く無い。だから、泣かなくていい」
 優しいディーンの声にネイトは胸を押さえる――先程から苦しさが増している。

「うう……苦しい」
「ネイト? ネイトしっかりしろネイト!」
 とうとう蹲り膝を着いたネイトにディーンは駆け寄った。
「……その石を放して、ネイト」
 チックはネイトの首元に嵌められた召喚石を指し示す。
「君がホムンクルスを召喚し続けたら、きっと……苦しいの、大きくなるだけ」
「……そうなのかネイト。その石は『蒼き誓約(ブラオアイト)』に貰ったものだと言っていたじゃないか? それが君を苦しめているのか?」
 ディーンの言葉に首を振るネイト。されど、苦しげに胸を押さえて涙を零している。
「前にディーンと戦った時、おれは……彼の想いを聞いた。勿論、君の事も。
 もしネイトが苦しむ……続けたら。ディーンも、悲しいと……思う」
 チックは少年を諭す様に告げる。
(苦しい、辛い、ディーンが悲しいのはもっと辛い!)
 ネイトの瞳から涙が溢れ出した。駄々を捏ねる子供特有の癇癪で、ネイトは魔法を一気に放つ。
「ったく、世話が焼けるなあ」
 ルーキスは流石にガス欠だと肩を竦めた。それでも隣のルナールを見遣り口角を上げる。
「小休止ついでのお土産だ。黙って引き下がるだけの女じゃないよ」
 捩れた魔力の奔流がルーキスの魔典に重なる魔法陣から迸った。
「く……っ!」
 ルーキスの魔法はディーンを捉え深い傷をつける。

「……君が朱を振るわんとするのなら、おれは……それを打ち払おう」
 チックはネイトを庇うディーンに琥珀の双眸を上げた。
 ネイトを守るというティーンの意思は固くそれを打ち崩すことは難しいだろう。
 それでも、時間が経てばそれを失ってしまう。チックはそんな悲しい結末は望んでいない。
 だからチックは燈杖をディーンに向けた。
 解き放たれるのは攻撃に乗せた想い。彼らとわかり合いたいという祈りだ。
「レイチェル、後は……お願い」
「ああ!」
 チックの攻撃で戦場の隅へ追いやられたディーンが態勢を立て直し顔を上げる。
「止めろぉ――――ッ!!!!」
 レイチェルは制止の声も聞かず、ネイトへと紅蓮の炎を向けた。
「ぁ……!」
 煌々と燃え盛る焔は研ぎ澄まされた針となり、ネイトの首に嵌められた召喚石を割る。
 その衝撃で後へ転倒したネイトを駆けつけたディーンが起こした。
「洗脳が解けても尚、傍にいる事を選んだのは……ディーンがネイトの事を本当に、大切に思っているから。そう、でしょう?」
 許せないならこの身を攻撃すればいい。それで気が済むのならとチックはネイトに手を向けた。
「俺は、受け止めてみせる、よ」
 召喚石が外れた事により苦しさから解放されたネイトは軽く咳き込んだあと視線を落す。
 既にネイトの体内には魔力が残っておらず、陣を練ることも叶わなかった。

 レイチェルは二つに割れた赤い石を持ち上げる。
(俺と同じ、血を媒介にした術……)
 嫌な胸騒ぎが止まらない。どくどくと脈打つ心臓の音が妙に煩かった。
 レイチェルは赤い石を掌に乗せネイトに問いかける。
「その召喚石を渡して来たのは、俺と似ている男か?」
 彼女の言葉にチックや綾姫も顔を上げた。どういう事だと首を傾げる。
「……レイチェルは、何か知ってる?」
 マールーシアの村長が言っていた、長い銀髪と金眼の、レイチェルの顔によく似た悪魔──
 その男をレイチェルはよく知っている。
 ヨハネ=ベルンハルト。レイチェルの妹を殺し、事ある毎に彼女の前に現れた復讐すべき相手。
 あの男だったのではないか、と。
 ディーンに抱え上げられたネイトはレイチェルの顔を見上げ「似てる」と頷いた。
「そうだね……君は、序列二位『蒼き誓約(ブラオアイト)』にとてもよく似ている」
 ネイトの言葉にレイチェルは歯を噛みしめる。
「ふうん、それが上位序列の方ですか」
 綾姫が顎に手を宛てて『蒼き誓約(ブラオアイト)』の名を反芻した。
 何故とレイチェルは心の中で呟く。
『蒼き誓約(ブラオアイト)』――ヨハネ=ベルンハルトは何故ホムンクルスを作る術を学んだのだろう。一体何の為に。
「……誰かのコピー、紛い物を創るなんざ。馬鹿げてる。それは無一無二の本物にはなれないのに」
 胸を掻きむしる不安を押し殺すようにレイチェルは吐き捨てた。

 ディーンに抱えられ去っていくネイトが残した召喚石。
 二つに割れたそれをチックは拾い上げる。
「ロウ・テイラーズの動き……掴む手がかりになるかも、しれないし」
 それにしてもマールーシアにやってきた『魔術師』がヨハネ=ベルンハルトだったなんて。チックは赤い石を握り締める。ネイトを『悪魔の子』と定めた男。
 ネイトは知らずにヨハネと同じ組織に与していたのだろう。
 その事実を抱え、ディーンとネイトは戦場を去った。
 彼らが今後どうするのかチックには分からなかったが、それでもどうかほんの少しでもいい。幸せであってほしいと願ってしまうのだ。
「さて、この先……成すべきことのヒント位は見つかったか?」
 ルナールがレイチェル達に声を掛ける。
「やれやれ、後ろに引き籠ってばかりで覇気のないヤツだった。大事な相手ならせめて横に並び立つぐらいはするべきじゃないかな」
 ルーキスとルナールがそうであるように。守られてばかりではその隣に立つ意味すら無い。
「流石うちの奥さん、やられる前にやれとはよく言ったもんだよ」
「回復が出来ないならルナール先生が怪我する前に倒せばいい、ってね」
 ルナールはルーキスに顔を向け苦笑を零した。
「ともあれ、お疲れ様だ」
 うーんと伸びをしたルーキスは『娘』であるレイチェルの背をそっと撫でた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 其れ其れの真実を抱えて。
 リクエストありがとうございました。

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