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シナリオ詳細

<大乱のヴィルベルヴィント>黒百合のアイロニー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アリスティア・シェフィールド
 艶やかな黒髪に咲き誇るのは真白の百合。込めた恋情の純真は、儚くも花を落とす。
 舞う花片のひとひらは女にとっての良心であったのだろうか。
 愛を伝えることさえ儘ならぬ女の馬鹿なプライドが、雲のように尾を引いた。
 アリスティア・シェフィールドの愛情を彼は、『ジェイド』は分かって居たのだろう。
 一夜限りの細やかな感情の汲み合い。宿したかたちが失われた刹那に、女は壊れてしまった。

 ――大事な人を戦争に送ってしまった。一緒に戦争から離れなかった。

 出来る訳がなかった。シェフィールド家は国境に程近い場所に領地を賜うた一族だ。
 辺境に住まう貧乏な家門であった。もしも騎士であったジェイドの手を取って遠く、異国まで逃げ果せていたら。
 シェフィールドの父も、母も失っただろう。アリスティアには幼い弟が一人居た。
 其れ等を鉄の轍が蹂躙する様子など想像するだけで気が狂いそうだったのだ。

「アリス」
 出奔の際、ジェイドはアリスティアの栗色の髪を一房掬い上げた。
「アリスティア」
 アリスティアの鮮やかなエメラルドの瞳を覗き込んで、額へと口付けた。
 ささやかで、ひそやかな『恋人ごっこ』。愛している事さえも口に出来なかった高貴な娘は目を伏せてから唇を震わせた、だけだった。
 お帰りを待っています、などと。
 かわいらしさの欠片さえも残さずに。

 ――還らぬ人を待ち続けた女は、憤怒に身を委ねた。
 全てを奪った鉄帝国を恨み、慟哭をも枯らし、只、復讐(のろい)の花だけを咲かせ続けた。
 奪われたからには奪うが為に。
 臓腑が抜け落ちて行くように、からっぽになった女を満たしたのは『己と同じ地獄』へとすべてを誘うことだった。

 ――ジェイド様を奪ったのはこの国だ。

 ただ、その言葉だけが女の原動力であったのに。

「我が銘はヴェルグリーズ! 幻想騎士ジェイドが愛剣! ……そして、貴女の命脈を断ち切る剣なり!!」
 彼の姿を。ひとの形を取った『ジェイド様』のヴェルグリーズ(p3p008566)を。
 見てしまったときから女の歯車が、歪に動き出してしまった。

●ボーデクトン攻略作戦
 帝都スチールグラードから見て西側に位置する『鉄道都市ボーデクトン』。
 その地への奪還作戦へと動き始めたイレギュラーズの元へ、一人の男が訪れた。
 リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は「伯父上!」と驚いたように蜜色の瞳を向けた。
「ああ。居たか」
 軍馬を模したシルバーの杖でかつりと作戦室の床と叩いたヴディト・サリーシュガーは穏やかな声音で応える。
 鉄帝国軍人である彼も宰相に汲みし、此度のボーデクトン攻略に尽力するのだろう。
『麗帝』ヴェルス・ヴェルク・ヴェンゲルズが敗れ、バルナバス新皇帝の治政に苦しみ続けることとなった国家の有様は荒波と同じだ。
 吹き荒ぶ白き嵐が訪れる前に。切なる望みを有した者達は積もり来る恐怖の軽減策に動かずには居られなかった。
 本拠を追いやられ遙々と遠方にて苦汁を舐める事となった帝政派にとっての大きな一歩。
 転轍器を切り替えるが如く、攻勢に徹するのだ。
「調査に赴いたイレギュラーズの情報は我々にとっても重要なものだった。
 情報は生モノだからね。何時までも胡座を掻いて見守っては居られない。我々が進むのはボーデクトンだ」
 スチールグラードから西方に存在するボーデクトン。その地を有することが出来れば他派閥との協力体制もより強固に出来るとヴディドは考えていた。
「良いかい。相手が防衛戦を張る都市入り口で魔種の姿が観測されたんだ。恐らく、誰かを探している」
 ヴデォトの視線が作戦室内を舐め「ああ」と頷いた。
「『ヴェルグリーズ』は君だね」
「……はい」
 静かな声音で応えたヴェルグリーズは『誰が己を探しているのか』に気付いて居た。
 目を逸らすことの出来ないあの黒く染まり行く花の美貌。
 あの人は、此の儘放置しておけば殺戮としか称せぬ自分本位に身を任せることだろう。
「アリスティアと名乗る魔種が君を探していた」
 静かに告げたヴディドは共に来てくれないかと青年を見遣って。

 都市入り口に張られた防衛戦線。ヴディドにより指揮された兵士達は一人の女をその双眸へと映し混んだ。
 深き怨恨は黒き薔薇のように咲き誇る。美貌さえも霞む圧倒的な怒りは乙女の心を破壊するかのようで。

 ――『ヴェルグリーズ』は何処!?

 女は叫んだ。叫んでも、儘ならぬ思いが濁流のように溢れ出す。

 ――どうして、お前『だけ』!

 のうのうと生き延びてしまったの。続いた言葉は只の八つ当たりに過ぎなかった。分かたれた転轍の先。
 彼が居ただけで『その人を思い出せるのに』――どうしようもなく、女は苦しかった。

GMコメント

 日下部あやめと申します。宜しくお願いします。

●成功条件
 ・『黒百合姫』アリスティアの撃退
 ・上記を満たすことによる襲撃ラインの維持

●『ボーデクトン攻略作戦』とは?
 帝都スチールグラードから見て西側に位置する『鉄道都市ボーデクトン』に対する攻略作戦です。
 位置はこの地図を参考にしてみてください。
 この街は現在、新皇帝派・軍部特殊部隊『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』により制圧されています。
 彼らを排除し、街を解放する事が主目的となります。
 なお、帝政派において鉄道網奪還作戦は『トリグラフ作戦』と呼ばれています。

●防衛戦線
 ボーデクトン入り口付近にヴディドが引いた襲撃作戦『襲撃ライン』と、それを相手取る敵側の防衛戦線です。
 内部へとイレギュラーズが入り込まぬようにと新皇帝派閥を始めとした者達が迎撃を行なっています。
 ヴディドの率いる兵士と共に、この襲撃ラインを押し上げボーデクトン内部にイレギュラーズを送り込み都市奪還を狙うのだそうです。
 無法者や新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)の姿が多く見られる中に『黒百合姫』アリスティアの姿があります。

●『黒百合姫』アリスティア・シェフィールド
 元は幻想の貴族令嬢。同じく幻想貴族であったジェイドという青年と婚約していましたが、彼を南部戦線で亡くし腹の子を死産しました。
 ジェイドを殺した鉄帝国という国を恨んでおり反転。強い憎しみを抱き、国家そのものを破壊することを企んでいます。
 ジェイドを殺した軍人には一矢報いることに成功しましたが、その命を奪うには至りませんでした。
 今のアリスティアは『ジェイド』と『名付けることも出来なかった腹の子供』、それから『鉄帝国の人間』……
 更には『ヴェルグリーズ』を認識しています。『イレギュラーズ』を個では認識せず己の邪魔をする鉄帝国の人間だと穿った認識をしてしまうようです。
 ヴェルグリーズさんを殺そうとすることでしょう。ですが、アリスティアは『元々が戦いになれていない女』であったことから深手を負えば撤退する可能性が濃厚です。

●新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ) 兵士30名
 アリスティアと共に戦線を維持していた荒くれ者達です。兵士を気取っていますが、只のチンピラ紛いだとも言えます。
 彼等は現状の鉄帝国で碌な食い扶持が無かったことから兵士に志願したそうです。
 生きても地獄死んでも地獄。気持ちよくなるような『英雄』の呼び名に酔い痴れて攻撃を繰り返します。
 また、天衝種を無数に飼い慣らしているようです。戦線が押され始めると天衝種を放ちます。(現状ではどの様なモンスターであるかは把握されていません)

●味方戦力『ヴディト・サリーシュガー』
 鉄帝国軍人。リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー (p3p000371)さんの伯父さんであり養父。
 サリーシュガー家の当主。
 素早さを活かした戦い方を得意としており、ギフトで『人の悪意、嫌な気配が黒ずんだ霧のように見える』為、危機回避を得意としています。
 アリスティアに関しては非常にその霧が濃すぎて、相手をすることができないようです。

●サリーシュガー隊 10名
 帝政派の軍人達。ヴディドの指示に応じ、戦闘を行ないます。彼等と共に戦線を押し上げ防衛戦線を瓦解させましょう。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <大乱のヴィルベルヴィント>黒百合のアイロニー完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年12月07日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)
花でいっぱいの

リプレイ


 そうやって、愛するばかりでは何も得られなかった。
 ――こうやって、待っているばかりでは何も始まらなかった。

 喧噪に混じった冬の気配に白い吐息を漏らし『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は凶銃の名を欲しいものとした回転式拳銃を手にしていた。チャンバーには魔的な気配を籠めた弾丸を。
「オーダーは単純に見えるが複雑だ。実質的に魔種を退かせることにより襲撃ラインを押し上げることこそが目的。
 魔種を倒さなくても良いと言うことは、もたつけば此方がじり貧となる。作戦失敗の可能性は何時だって隣り合わせさ」
「その通りだ。魔種とは脅威に他ならないだろう」
 勝利のためには、勝ち筋を情報で得ておきたい。その思想を歪めることはないヴディト・サリーシュガーは彼の目の前に漂う暗澹たる黒ずんだ霧を不愉快そうに手で払除けた。
「伯父上。『此度の作戦』をお伝えします!」
 元気よく背筋を伸ばした『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)による伝令にヴディト及び、彼の兵達は大きく頷いた。リュカシスが後方を一瞥すれば、その視線に応えるように『オフィーリアの祝福』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)が笑う。
 友が自身の出兵に駆け付けてくれた。サリーシュガーの一員として国家守護は必須の目的だ。少年の黄金色に応えたイーハトーヴの陽の色の微笑みに「しっかりなさい」とぴょこんと跳ねたのは冬用のポンチョに身を包んだオフィーリア。
「うん。そうだね、オフィーリア。鉄帝は、俺のヒーローで大切な友達の、リュカシスが生まれ育った国だ。
 この国の素敵な場所だって、彼が、数えきれないくらい教えてくれた。俺は鉄帝の人間じゃないけど、この国を取り戻したい」
 何時だって共にある。すてきな花輪も、垂れた枝も、此処には必要はない。涙の川に落ちることは赦されず、共に向かうのは倖ある未来だけ。
「ここは友人の故郷で、俺にとってもとっくに、かけがえのない国だから!」
 決意と共に、やって来た。寒々しいボーデクトンに敷いた戦線。魔種や、敵の防衛線を壊し更にその向こうを制圧する為に。
「この作戦の成功が、都市の奪還――市民の解放に繋がるのよね?
 救うべき人民がこの先にいるのなら、剣を振るのを躊躇う理由は一つも無いわ。全力でいきましょう!」
 ぬばたまの眸。何時だって、『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)の眸にはうつくしい決意が宿されていると『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)は知っていた。
「行きましょう。珠緒さん」
 向かう先には、黒き百合が咲き誇る。本来ならば、萌える若木の眸に穏やかな愛情を讃えていたであろう幻想貴族の娘。その人が深き怨嗟に身を委ね、その身を黒く染め上げたことを『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は知っていた。
 その名を呼んだ唇から吐き捨てられる苦しみは『残された者同士』良く分かる。生き残ってしまったのは、何方も同じだった。

 ――どうして、お前『だけ』! のうのうと生き延びてしまったの。

「アリスティア様」
 主君の、愛しい姫君。彼女の名を呼んだあの人はしあわせそうに笑っていた。その名を呼ばれた姫君は頬に朱色を乗せていた。
 そのささやかな幸せが乞われてしまったのは己に纏わる因縁の所為だとでもいうのか。別れは、別つ身にも苦しみを与えるから。
「貴女にとって辛い別れであったのは事実でしょう、だからといって他者を巻き込んでいいはずがない。
 俺がこの手で必ず貴女を終わらせるから、その時までどうかしばしのご辛抱を」
 アリスティア・シェフィールドはヴェルグリーズを確かに見た。

 ――ヴェルグリーズ!

 名を呼ぶ声に纏わり付いた苛立ちが、棘の様に胸をちくりと刺した。
 どうして、生き残ってしまったの。どうして、生き延びてしまったの。どうして――『いかないで』と言えなかったの?


 フードを深く被れば、幼さも何処かへと取り払われた。愛玩されるままでは居られない『牙隠す赤ずきん』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)は紅き華咲かすが如く、息を潜める。
「アリスティア……」
 蛍がその名を呼んだ。魔種となった身の上であれど、単独で戦況の中心となる。彼女の存在がサリーシュガー隊の戦線を押し止めているのだ。
 それ程の悲嘆と絶望を抱いた。愛おしい人を喪った苦しみが彼女をそう変えた。
「……珠緒にできるのは、蛍さんに似た悲しみを味わわせないことのみです。そのためにもまずこの場は魔種撃退・戦線維持を務めあげますよ」
 己達は、彼女から見て『敵国の兵士』だ。その人は幻想王国に生まれ、国を護る為に出兵した愛しい人を喪ったのだという。
 その身は、この国にしがらみなど持ち合わせては居なかった。『繋ぐ者』シルキィ(p3p008115)はそれでも、今は帝政派に連なる者だと認識している。ならば、彼女の言葉は正しい。アリスティアのいとしいひとを奪った敵国に連なる自身は向き合わなければならない。
「……目を背けたりしない、受けて立つよぉ!」
 魔力の糸はきつく結ばれた。指先で紡いだ其れが縁だというならば、千切れて終わぬように固く固く。天衝種を連れた新時代英雄隊の姿を確認し、シルキィはすう、と息を吐いた。吐息が白く染まれど緊張に高揚が感ぜられる。アリスティア相手では演技の余裕も必要ない。全力でなければ、退くのはいずれか。
 勢い良く前線へと飛び込んで行くリュカシスの腕には我楽多の軋む腕があった。歯車が軋みを上げて、作り出した無敵の手。何だって掴めるような気配と共に、その拳が弾いた衝撃波が『英雄』を名乗る者達の目を眩ませる。
「どーーーだ!」
 えへんと胸を張った少年の背後から劣勢を演じるべく武器を振りかざす恩はサリーシュガー隊。
 先頭切って飛び掛かった蛍の純白の手甲は桜色の魔法陣を幾重にも描いた。展開したのは追憶の彼方、懐かしき桜の世界。彷彿とさせたのは過去の憧憬。花びら舞い散る中で立った蛍の背後より彼女を支えるべく可能性のかけらを零したのは珠緒。術式にリンクする並列思考補助具はかちん、かちんと次の策を冴えた頭へと知らしめる。
(珠緒は蛍さんを支えるべく前へと。此処で、あの方を抑えなくては悲しむのは珠緒であり、蛍さんなのですから……!)
 戦線維持は得意にしている。天衝種が放たれたのならば直ぐにでも対策を取るべきだと考える珠緒はその基準は非常に不明確であると認識していた。
 指揮官を持たず、その要になるのは魔種であるアリスティア。美しき娘は誰ぞへと思考を割く暇はない。
 個の軽率な判断が為される可能性にも留意しなくてはならない。天衝種による戦線への影響を鑑みればアリスティアの早期的撤退を狙うべきだろうか。
 オフィーリアに「頑張って」と囁かれ、イーハトーヴは頷いた。恐れている場合なんかじゃない。勇気をくれる格別なお守りが、今だって心を震わせるはずだから。
 ――此処でアリスティアを早期に撤退させる。
 その為に、敢ての劣勢を演じるリコリスは『可愛い子犬』の振りをする仲間達を一瞥していた。リコリスの紅き眼光が鋭くアリスティアを穿つ。牙を見せる。単純明快な行動。
 アリスティアへと肉薄するリコリスと、其れに続いたのはヴェルグリーズ。
 噛み千切れば、血が出るんだ。痛みこそが生ある証拠。命を狩り取るためならば、後ろの正面で笑ってみせる。
 しのびよる、気配。赤ずきん(フード)の向こうで狼が牙見せ笑う――「こっちだよ?」
「ああ、こっちです。アリスティア様!」
 終わらせてやりたかった。彼女の苦しみを己の傷のように理解出来たから。別離の苦しみが胸を締め付ける事を知っていた。
 彼女の視線を釘付けにヴェルグリーズはたった一つ理解していたことがある。
 新時代英雄隊に劣勢を演じながらも拮抗する事が出来ていれば。その間、自身がアリスティアに耐えることが出来ていれば。
「ヴェルグリーズ、どうしてあなたは」
 彼女は自分しか、見ていないのだと。
「……アリスティア様、確かに俺達は生き延びて……残されてしまった。
 ですが、だからといってこれ以上の惨禍を広げるわけにはいかない」
 ヴェルグリーズの言葉に答えるものは誰も居なかった。その苦しみも、その悲しみも、全てを理解しきることは出来なかったから。
 シルキィの糸が伸びる。ヴェルグリーズを見ている女の懐へと伸ばしたいとが絡まり合った。


 出来うる限りの拮抗を。その為には戦線の維持と『出来る限り倒さない事』を念頭に置かなくてはならなかった。
 結った黒髪が大袈裟なほどに揺らぐ。それは蛍が何れだけ戦線を維持できるかに懸かっている。珠緒が支え、蛍が膝を付かぬように、適切な範囲で敵を間引くのだ。
 ジェイクとリュカシス、そしてサリーシュガー隊の協力の下でアリスティア以外を管理する。それは早期に撃破するよりも負担は一人に重くのし掛かる。
(……ここで耐え続けなくちゃ)
 敵を引付け、痛みを返し、回復をする。天衝種の荒い息遣いや鳴き声が聞こえる。それらはまだ、この場所には来ていない。
「……この程度で『新時代英雄隊』だなんて、英雄の名が聞いて呆れるわね。英雄を名乗りたいなら、その手でボクを倒してみなさいよ!
 どれだけ多くの敵がかかってこようと、珠緒さんの支えの下で耐えきってみせるわ!」
 まるで空元気を見せる様に少女は眼鏡のブリッジへと指先を当て押し遣ってから叫んだ。蛍を支え続けることに特化している珠緒は上空で偵察を行なう二体のファミリアーとの連携を行って居た。
「蛍さんは倒れさせません」
 淡々と告げる少女の上背はない。だからこそ、男達は彼女を『舐める』事だろう。『ああ、ガキが気取っている』位に思って貰えれば良い。
「蛍さん! 大丈夫ですか! あたっく! イ、イテーーー! 腕折れたんですケド!!!」
 じたばたと脚を動かしたリュカシスの大袈裟すぎるほどの演技が男達の気を大きくさせる。アリスティアに相対しながらも深いため息が聞こえた気がしたイーハトーヴは友人の伯父――ヴディトが妙な表情をした事に気付いて唇を引き結んだ。
(リュカシスの伯父さんに会うのは初めてだから緊張する……なんて言ってる場合じゃないね。
 ヴディトさん、此処を無事に戦い切れたら、改めてご挨拶させてもらえたら嬉しいな!)
 その機会を得るために。此処を何としても食い止めなくてはならないから。ヴェルグリーズを支えましょうとオフィーリアのアドバイスに「ああ、そうだね」と柔らかな返答を。
 冬風に髪を煽られ、凍て付く風が指を悴ませる感覚がする。それでも尚もジェイクの照準は一糸も乱れない。シルキィの紡ぐ糸も同様に。
「英雄なんて自分で名乗る者じゃないでしょ? 自らの行いによって、自然と呼ばれるものなのよ!」
「英雄だよ。俺達は紛れもなく」
 荒くれ者の一人が声を上げた。囃し立てる男達の下品な声音に蛍が柳眉を逆立てる。珠緒の表情も曇り空、リュカシスは「どういうことですか!?」と大仰な反応で問うた。
「こんなに荒れた国だ。荒れたからには、誰かが統制しないと行けない。皇帝はそんなことしないだろ?
 だから『弱い奴を間引いて』求められる国家を作るんだ。力こそが国を富ませる。その為なら、あのお姫様と動くくらい朝飯前だろ」
 新時代英雄隊の男の堂々たる宣言に「よ、言うなあ!」「流石だ、ジュリー!」と手を叩く荒くれ者達。ジュリーと呼ばれた男は余り恵まれない体躯をして居たが振り下ろす斧の威力は一際痛烈なものであった。
「弱者を虐げて、何が英雄よ」
 蛍の言葉に頷くようにジェイクは撃鉄を落とす。「魔種なんざの力を借りて」と唇が苦い音を重ねた。
「――あんなやつの手を取って、何が英雄だ」
 空薬莢が弾け落ちる。照準は新時代英雄隊を越え、アリスティアに向いている。黒き怨嗟を漂わせた女の瞳がぎょろりとジェイクを見た。
「どうして、邪魔をするのですか!」
「それはお前が『魔種』だからだ」
 端的な結論は、単純とも言える直線的な弾丸の軌道にも似ていた。ぬばたまの瞳が見開かれる。右目を穿った弾丸は埋もれるようにして女のかんばせから黒き百合を咲かせた。血潮の代わりに花開いた怨嗟の花。「きれい」と口にしてからシルキィは息を呑む。
 きれい、だけれど。その花は彼女の恨みを顕わしているのだろうから。ジュリーと呼ばれた男はアリスティアを気にしているような素振りを見せた。
 統率はとられていない。けれど、リーダー格と言える男がアリスティアの負傷を確認しているのを見れば――彼は魔種の強さに魅入られたのだろうか。
 ジェイクが危惧した『魔に魅入られる恐ろしさ』を体現しているかのように。


 戦線の維持と、魔種の撃退。続ける混戦状態の中、負った傷は肉体よりも、心を酷く痛めた。
「アリスティア様。お願いです。どうか――どうか、今は退いて下さい」
 奥歯をぎりぎりと噛み締めた。体を得たからには肉体の痛みが良く分かる。肉体に感じる痛みがあるからこそ、生きていた。
 生きているからこそ、心が動く。

 ――ジェイド様。いつも飽きもせず愛を囁いて……お暇なんですの?

 ――いいや、アリス。本心だよ。君に伝えたいことがありすぎて、伝えられないんだ。

 愛を紡いだ唇が、貴女の名前を呼ぶ度に幸福だと笑みを含んでいたことを知っていた。主の思い人。別離を経ても尚も結ばれた縁のいと。
「どうか――!」
「どうして……?」
 アリスティアが呆然と零した声にリコリスは「え」と呟いた。どうして。何を、問うたのか。
「……どうして、わたくしだけ、失わなくてはならなかったの?」
 その響きにシルキィはきゅ、と唇を噛んだ。もしも、月明かりのような優しさが、遠く、遠く離れてしまったら。
 それは身を引き裂かれるような恐ろしさだろう。けれど、そうはなっていないからシルキィにはアリスティアを理解することは出来ない。
(……わたしには、きっとその憎しみは理解しきれない。それでも、わたしは戦う)
 糸の先が、解れてしまわぬように。
「あなたがこの国を壊したくて仕方がないように、ヴェルグリーズさんを殺したくて仕方がないように。
 ……わたし達にだって、守りたくて仕方がないものがあるんだから!」
 アリスティアへと追撃を仕掛ける狼の牙が深く女の肩を裂いた。誰もが、傷だらけになりながら『拮抗した戦場』と『魔種の撃退』を両立させる難しさを知っている。死に物狂いで、飛び込むしかなかった。
「ッ、アリスティア様――!」
 ヴェルグリーズの刃は。
 アリスティアの心の臓を狙ったはずだった。それでも、幾許かずれたのは女が真っ向から『ヴェルグリーズに似た剣』を青年に突き刺したからだ。
「んふ」
 唇が吊り上がった。それが隙だとイーハトーヴは感じた。「シルキィさん、リコリスさん」、その名を呼べば真っ先に動いたのはリコリス。
 牙を突き立てれば血が出る。一面の赫、赫、あかいいろ。その中に黒い花が咲き誇るなら構いやしない。
「ヴェルグリーズさん……!」
 走り寄るイーハトーヴに大丈夫だと青年は腕をひらりと上げた。それを甘んじて受けなくては女はその隙さえ見せやしなかったから。
 アリスティアの肩口に噛み付いたリコリスが勢い良く引っ張った。女の白磁の肌に残された傷口がぶちり、と音を立てた。シルキィの糸が縺れ、少女は刮目する。
「え――」
 腕が弾け飛んだかと思えば、黒き百合の花が溢れ始める。血潮の如く、花弁が落ち、女の表情がくぐもった。
「ッ、」
「お姫様、退きな!」
 声を上げたのはジュリーだった。男は勢い良くアリスティアとイレギュラーズの間に割って入る。女が後方に退けば戦況が変わる。
 珠緒は「皆さん、来ます!」と声を掛けた。
「オーケー、狙いは定めた」
 ジェイクの弾丸は、鋭くいのちを奪う。
「撃て――!」
 撃鉄を落とせ、弾丸を弾けとばせろ、空薬莢など落とせ。その数が誰かを傷付けた証となる。
 ジェイクの号令にサリーシュガー隊も徹底攻勢へと転じた。ふらり、と脚を縺れさせた蛍を支え、珠緒は戦線を押し上げるべく前進する。
「押せ! 其の儘、前へ!」
 ヴディトの声にリュカシスは拳を振り上げて飛び出してきた天衝種のかんばせへと殴りかかる。
「徹底抗戦だぁ――!」
 リュカシスが叫ぶ。現れた天衝種へと一斉抗戦を仕掛けるイレギュラーズに続き、サリーシュガー隊も一気に戦線を押し上げろ。
 可愛い子犬のままでは居られやしない。リコリスが叫ぶようにして牙を見せた。
 此処で、臆せば何も為せない。新時代英雄隊の男達はとっておきの天衝種を一体でも撃破された時点で命惜しさに逃げ出すことだろう。
 死ぬ覚悟が出来た者ほど、戦場では強い。行け、進め、勝利を得ろ。叫ばれた鬨の声。聞こえた響きと共に。
 イレギュラーズは戦線を一気に押し上げた。
「……ア、アリスティア様」
 霞む景色、意識はもう保てやしない。呆然と呟いたヴェルグリーズは落ちていた黒百合の花びらをひとひら拾い上げた。

 愛するばかりでは、何も得られなかった。
 待っているばかりでは、全てを失った。
 だから、もう――生きていることさえも、苦しかったのです。

成否

成功

MVP

藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護

状態異常

藤野 蛍(p3p003861)[重傷]
比翼連理・護
シルキィ(p3p008115)[重傷]
繋ぐ者
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)[重傷]
花でいっぱいの

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 辛い勝利にはなりましたが、アリスティアは逃げ果せ、新時代英雄隊達も其れを追う次第となりました。
 また、お会いできますことを楽しみにしております。

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