PandoraPartyProject

シナリオ詳細

星の間を泳ぐように

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「さ、さ、さ……」
「……?」

「寒い!!!!!」

 キルシェ=キルシュ(p3p009805)渾身の叫びに蜻蛉(p3p002599)がまあ、と目を丸くする。
 ぴゅうと外を吹く風は冷たくかさついて、肌を刺すようだ。乾燥は女の大敵。なので最近保湿もしっかりしているし、2人とももこもこに着ぶくれ――とまではいかずとも、それなりにしっかりと着こんでいる。今着ぶくれしたら、この先が耐えられない。まだまだ寒くなることは解り切っているのだから。
 窓の外を木の葉が舞っている。あと少しもしたら本格的な冬が来るのだ。
「キルシェちゃん、ココア飲む?」
「飲みます!」
 蜻蛉の提案にぱっとキルシェの表情が明るくなる。通りすがりにその言葉を聞いたらしい『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)が「私が持ってくるのですよ! 一緒に飲みたいのです!」と声をかけるなりぱたぱたと走っていってしまった。あっという間にいなくなったかと思えば、他の情報屋から走るなとお小言を言われつつココアを3つのマグカップに用意して戻ってくる。
「ユリーカちゃん、ありがとう」
「これくらいなんてことないのですよ」
「あったかいわ!」
 マグを受け取ったキルシェがほうと笑みを浮かべて。空いている席に座ったユリーカもココアを一口飲んだなら、ほうと表情を綻ばせる。そんな2人の様子へ優しい瞳を向けながら、蜻蛉もまたココアに口をつけた。
「ほんまに、寒ぅなったわ。急に冷え込んだやない」
「そうなのです。慌てて冬のコートを出したのですよ」
「ルシェはお布団から出にくくなりました。リチェがあったかいんだもの!」
 ねえ、リチェ?
 そう視線を向けたなら、傍らに丸まっていたジャイアントモルモットのリチェルカーレが「きゅ?」と小首をかしげる。かわいい。
「お2人とも、良かったらこの依頼を受けてみませんか? 温泉にも入れるのです」
 依頼として受領したばかりなのだというそれは、温泉旅館の道中に蔓延るモンスター退治ということだった。
「モンスターがいたら、見ながら温泉に来られなくなっちゃうわ!」
「そうなのです! だからえいえいって倒すか、もう近づかないように追い払う必要があるのです」
 こくこくと頷くユリーカ。それを聞いたキルシェは「頑張るわ!」と意気込む。依頼書に目を通していた蜻蛉は、あらと片眉を上げた。
「追い払えたら、この日は貸切になるん?」
「はい! 冬が客足のピークなので、今は貸切も問題ないみたいなのです。あとからお友達を呼んでも大丈夫ですって!」
 まだ紅葉の残っている季節。本格的に客が入るまで、しばしの期間があるらしい。一番混むのはシャイネンナハトだそうな。
「なら、シャイネンナハトにお客さんいっぱい来てほしいから、皆がちゃんと通れるように頑張るわ!」
「そうやねぇ。温泉も楽しみやし、他の子集めて頑張りましょ」
 さて、他に誰か来られそうなイレギュラーズはいるだろうか?
 2人とユリーカはぐるりとローレットを見回したのだった。



 温泉旅館は山中にあるらしい。蜻蛉とキルシェ、ローレットで募った仲間たちは比較的整っている山道を歩く。
「綺麗なもみじねぇ」
 はらりと散る紅。風でくるくると舞うようなそれに蜻蛉が目を細めれば、キルシェがその中へ飛び込むように走っていく。一緒にくるくる回ったなら、ふふ、楽しいわ!
「あ、リチェ」
「キュ?」
 きゅるりとした瞳をキルシェへ向けたリチェルカーレ。その頭に乗ったイチョウを摘んで、これが乗っていたのよと見せる。まだまだ道中は平和であった。
 しかしてこの先にはモンスターがいる筈なのだ。温泉旅館へ向かう客を襲うような、それはそれは恐ろしいヤツが。
(……ほんまにモンスターなんよね?)
 依頼書は『イレギュラーズなら大丈夫です!』と書いてあったが、文面通りに捉えては足元を掬われるかもしれない。見上げるほど大きいモンスターとか。そこまでではなくとも、辺りを埋め尽くすくらいの群れが激突しているとか――。
 頑張ろう、と蜻蛉は気合を入れ直す。この先に待ち受けている事態はまだ、知らない。

GMコメント

イレギュラーズなら大丈夫です!!!!!

●成功条件
 温泉旅館を楽しみましょう

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。イレギュラーズなら大丈夫です。

●エネミー?
・シカ?×5体
 多分シカ。山の中で食べ物を探す野生モンスターで、普通のシカより筋肉むきむきしてます。
 また、野生でありながら人懐っこく、人を見ると飛びついてきます。注意すべき点は"力加減を知らないこと"です。それ以外はイレギュラーズにとって脅威と思しきことはありません。
 倒しても良いですし、追っ払えば悲しそうな声をあげてどこか別の山に逃げていきます。何らかの方法で手懐けても良いです。

●宿『シュテルン』
 目的地(?)です。なかなか奥まった場所で交通の便も良くありません。加えて冬の星空を眺められる露天風呂が売りなので、今の時期はイレギュラーズ御一行で貸切OKでした。
 無料で一泊できます。以下のような設備があるようです。普通の温泉旅館にありそうなものはここに書いていなくてもあるでしょう。

・温泉
 源泉かけ流しの秘湯。これの位置に合わせて宿も建てられているので、この宿に着いた頃には皆さま大分ヘトヘトだと思います。さあ疲れを癒そうぜ!
 外の景色が眺められる露天風呂では、優しい光でライトアップされた紅葉を楽しむことが可能です。散り始めています。外は少し肌寒いです。
 また、多少歩くことになりますがさらに奥まった場所にある秘湯では空と温泉に映る星々を楽しむことができます。まるで星の中に浸かっているようだとか。道中は道が整備されていますが、暗いのでカンテラを借りて行ってください。秘湯は男女問わず入れますが、入る場合は湯着、あるいは水着が必要です。
 内風呂では普通の風呂の他、水風呂、サウナ、薬湯、寝転び湯、打たせ湯(滝のように湯が落ちてくる)があります。婚約はありません。性別不明もしくはなしの方は、男女どちらに入るか指定して頂くか、客室に備え付けの露天風呂を使用してください。
 湯は血行を良くする他、肌をもちもちにする効果が注目されています。場所が場所だけに、ここまでくる女性はなかなかいないようですが……。
 尚、売店でこの効能を持つ保湿液が販売されています。

・休憩室
 脱衣所を出てすぐの場所にある休憩場所。宿泊客は誰でも使えます。
 どこぞの旅人がこの文化を取り入れたようで、畳で座椅子に腰掛けたり、寝転がったりしながら読書を楽しんだり、ボードゲーム・カードゲームの類ができるようです。ゲームや本は客間にのみ持ち出し可能です。
 本棚に収められている本はやや古いものが多いですが、どれも丁寧に扱われているようで状態は良いでしょう。各国から集まってきているようで、雑多な印象を受けます。
 ボードゲーム・カードゲームはトランプや花札をはじめとして、人生勝ち組を目指すすごろくゲームだとか、一つの導入から質問を重ねて真実へ辿り着くウミガメのゲームとかあるみたいです。

・客間
 布団が敷かれています。夜になれば窓から紅葉と月が美しく見られることでしょう。
 夜更かししてお菓子を食べたり、お酒を飲み交わしたり、恋バナをしてみたり、枕投げをしてみたり……気づいたら朝焼けが差しているかもしれません。
 男女混合にするか、男女別にするかは参加者で決めてください。また、仲の良いグループで小さめの客間に移ることも可能です。

●サポート参加
 宿到着以降のタイミングに限定して、イベントシナリオ感覚でご参加頂けます。サポート参加者のみのグループでも可。
 なるべく描写致しますが、描写の確約はされないためご承知おきください。

●ご挨拶
 これは温泉旅館を楽しむシナリオです。プレイングいっぱいに遊びを詰め込んで良いです。むしろそうして。ご飯を食べたり、庭の散策も可能です。
 施設ごと貸切なので騒いでも怒る人はいませんが、常識的な行動は心がけてください。
 どうぞよろしくお願いいたします。

  • 星の間を泳ぐように完了
  • GM名
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年11月23日 21時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
※参加確定済み※
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)
月想の雫花
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
※参加確定済み※
フロイント ハイン(p3p010570)
謳う死神

リプレイ


「結構登ったかな?」
「うん。カンちゃんは大丈夫?」
 気遣う『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)に『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)が微笑みかける。多少の疲労はあっても、天気の良い空に紅葉が映える様を見れば心は安らぐというもの。歩いてポカポカした体に少し冷たい風が気持ち良い。
 混浴はできないらしいので残念だが、他にも娯楽はあるようだ。個室でのんびり過ごすとしよう。皆との交流も悪くないが、夫婦の時間も大切にしたい。
「寒くなってきた頃合いやし、ちょうど良い依頼ね」
「ええ、夜は特に冷えますし」
 『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)の言葉に『千紫万考』ジョシュア・セス・セルウィン(p3p009462)が頷けば、間からにょっきり顔を出した『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)が「とっても楽しみです!」と笑顔を咲かせる。
「ニルは知っています。温泉にゆっくり浸かりながら飲むお酒も、湯上がりに腰に手を当てて飲むコーヒー牛乳も、それから温泉卵も、温泉まんじゅうも」
 意外といっぱいある。ニルは指折り数えて、それからパッと仲間たちの方へ顔を向けて。
「どれもとってもとっても『おいしい』のです!」
「あら、わかってるじゃない」
 『狐です』長月・イナリ(p3p008096)は持ってきた――持ち込みOKと聞いたから――酒瓶を軽く掲げて見せる。最も、泥酔対策に呑めるのはほんの少しらしいが。
「気合い入れて頑張りましょ」
「はい。……あ、モンスターってあれでしょうか」
 ジョシュアの言葉に蜻蛉が振り向く。……が、いかんせんハイセンスで見えているものを普通の視力で捉えるのは難しい。少し歩くと他の面々にもようやく見えてきた。
「……シカ?」
「え、あれシカかな……?」
「普通のシカより筋肉質じゃありませんか?」
「すごく、むきむきなのよ……!」
 その全貌が見えて来ると同時、イレギュラーズたちに困惑の色が滲み広がる。
「……何やったらあんな逞しいシカになれるんやろね?」
 蜻蛉の呟きに答えられるものはいない。が、シカも待ってはくれないのでこちらへ向けて飛び出してきた。それはもう全力で。むきむきマッチョなシカが、全力で。
「キルシェ様、こちらへ!」
 ジョシュアがシカの動線から外れるよう、咄嗟に『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)の手を引く。代わりにそこへ立ったのは『友人/死神』フロイント ハイン(p3p010570)だ。
「大丈夫、僕達は決してあなた方を傷つけはしまsおぼふっ!?」
 衝突の勢いで飛んでいくハイン。こんなに筋骨逞しいシカなんていたっけ。シカの名前を冠した別種では?
(いや、なんだとしても僕はこの鹿(?)を食い止める役目を全うしましょう……!)
 向こうは力が強いが、こちらとてタフさでは負けない。悪意ないじゃれつき程度なら――程度が既に一般的なじゃれあいを超えているのは置いておいて――仲間達がなんとかする間、凌げるはずだ。
「なんだか、楽しそうですか……?」
 イレギュラーズたちへ次々と突進を仕掛け、そのたびにハインや史之が吹っ飛ばされる中、ニルはシカを観察して首を傾げる。むきむきで驚異的な体を持っているものの、その様子はどこか――子供っぽい、というべきか。
(あ、もしかして……ニルたちを攻撃してきてるんじゃなくて、遊びたくてどーんってしてる?)
 そんな気がする。遊びたくて色々な人に構って攻撃をしているのか。
 史之もそう考えたのか、遊び疲れるまで遊んでやろうという心算らしい。飛びつかれたら勢いを利用して、器用に受け流していく。
「さあおいで! まだまだ遊べるよ!」
 ……とはいえ、むきむきなシカが5体もいれば相当に疲れるものである。そしてシカ圧の強いこと。睦月は史之へクェーサーアナライズで応援する。
「しーちゃん、だいじょうぶ?」
「うん!」
 あともう少しだろう、と史之は踏んでいた。そこまで長い戦いにはならない。
「シカさん! シカさんたちすっごく強いから、もっと優しくそーっと近寄ってきてくれる?」
 キルシェがそう声をかけるも、まだシカたちは遊んでくれといった様子である。そのままイレギュラーズと遊んでいてほしい。普通の人は彼らが思い切り遊ぶには役不足だ。
(安全にたのしく遊べるようにするのよ……!)
 ある程度はしゃいだ後なら触れ合うこともできるはず。キルシェたちだって、喜んで彼らを追い払いたいわけではない。
 そのために――そう、そのために必要なのだと蜻蛉はシカたちをねめつける。
「今日はない、負けられへんのよ」
 この先には秘湯のある温泉旅館が待っている。好意的であるのは大変結構、しかし旅館を続けてもらうためにも今のままでは困るのだ!
「そろそろ大人しゅうしてもらいます」
 蜻蛉から眩い光が放たれる。未だに遊んでもらっている――もとい、暴れているシカたちは視界を焼く光に鳴き声を上げた。
「すごいわ!」
 キルシェが大人しくなったシカたちに感嘆の声をあげる。その間に蜻蛉は水鏡でシカたちの傷を癒す。
「ごめんなさいね。アナタ達の力は強いから、ずっと遊んどるとうちらも大怪我してしまうんよ」
 見れば、史之はようやく止まったシカ達にやれやれと座り込み、睦月が駆け寄っている。シカ達はそれを見ると互いの顔を見合わせた。そんな様子はどこか人間らしくも感じさせ、蜻蛉はくすりと笑う。
「うちら、アナタ達と仲良おしたいんよ。きっと、これまでの人は逃げてしまったんよね?」
 一般人には脅威であり、まさにモンスターと呼ぶべき存在だっただろう。逃げて当然であり、怪我をしないためにも逃げたほうが賢明だったと思う。
「人との距離感……距離感? ええと、近づき方? そういうは大事なんよ」
 距離感だとしっくりこない、と伝わるように言葉を重ねつつ。蜻蛉は内心首を傾げながらもシカ達を説得する。
「ニンゲンはシカさんと違って、体が脆いんです。だからシカさんが思いっきり暴れたりすると、すぐに怪我をしてしまうんですよ」
 衝撃を受けたようにシカの耳がピーンっと立ち、それから落ち着きなくウロウロし始める。どうもこれまでの行いを振り返っているらしい。
「シカさんたちが力加減を覚えれば、逃げていったニンゲンも触れ合えるようになりますよ。ね、しーちゃん?」
「まあ、全員が全員とは限らないけれど。その加減を覚えるための俺だからね、力加減の練習なら付き合うよ」
 この言葉に5体のシカが一斉に史之を見る。史之は口端を引き攣らせた。
「ま、待って、まさか皆一斉に来る!?」
「しーちゃん頑張れ〜」
 くすくすと笑う睦月。しかし状況を理解したからか、シカ達も先程より格段に勢いは抑えている。多少の加減間違いで史之が尻もちをつく程度なら、怪我はしないだろう。
「シカさん、何を食べるのでしょう。野生の生き物にはごはんをあげちゃ、いけないのでしたっけ」
「あら。半野生くらいならいいんじゃないかしら」
 そのために準備しないとね、とイナリはニルに返す。シカ達が力加減を覚えたとしても『この道中にモンスターが出る』という話はなかなか立ち消えないだろうし、完全野生のシカではいくら好意的でも逃げる者は多いはずだ。
 イナリは商業知識を駆使して効果的なチラシを作り、旅館へといち早く持ち込む。
「シカと入れる温泉?」
「ええ。道中に現れていたシカは人間にとても好意的で、襲いたかったわけではないそうよ」
 力加減の調教はイレギュラーズが行っており、温泉内で触れ合えるようになれば名物にもなるだろう。シカたちは純粋に人と触れ合いたいわけだが、それを利用させてもらって旅館を宣伝するのだ。
「もちろん、大勢が集まると困るでしょうから、少しずつ広げていくわ。良かったら私の情報網で宣伝するけれど」
 イナリの提案に良い考えだと頷いた旅館の女将。しかしシカを温泉に入れるならば、通れるルートの整備や出入り口の不審者対策など、諸々の準備が必要になる。その準備ができたら声をかけさせてもらう、という女将の言葉にイナリは頷いた。



 入口の開く音に史之が振り返る。湯に浸かって肌を上気させた睦月が、良い湯だったよと微笑んだ。
「わあ、もうおふとん敷いてあるんだね」
「うん。……忙しくてあまり構えなくてごめんね、睦月」
 史之の言葉に睦月はふるふると首を振る。そりゃあ、構ってもらえないのは寂しいけれど。想ってくれていることは知っているもの。ただ、想う相手に表現することは苦手なようだけれど。
「今からたくさん、素敵な思い出を作ればいいんだよ。あの頃できなかったことも含めて、ね?」
 ごろんと睦月が布団に転がる。元の世界に良い思い出は、あまり。けれどあそこにいなかったら、睦月と史之は出会えていない。そればかりは非常に幸運なことだったのだ。あるいは――運命だった、のかもしれない。
「ベッドもいいけどやっぱり布団だよね」
「違う寝心地だね……そうだ、手始めに枕投げをしない?」
 実は憧れだったのだと言う睦月へ史之は軽く頷く。昔の彼はこういった遊びに付き合ってくれなかったけれど、随分変わったものだと思う。
(昔のしーちゃんも嫌いじゃないけど……今のしーちゃんはもっと好き。だいすき)

 ――だがしかし、勝負は勝負。

「うわっ!?」
「しーちゃん、手加減なんてダメですよ」
 史之の顔面めがけ、思い切り枕が飛んでくる。咄嗟に屈んで避けるも、既に睦月は枕を両手に一つずつ持っていた。本気だ。
「そっちがその気なら俺も本気で行くからな!?」
「望むところですよ! 最後までつきあってね!」
 あるだけ出した枕を次々と投げる2人。眠る者の頭を支えるくらいなのだから、見た目に反してそれなりに重量はある。長続きすることはなく、暫ししたならば楽しそうな声は静まって、布団に転がる2人の姿があった。
「あーあ、ぐったり疲れてら」
「しーちゃんこそ」
「俺はまだいけるよ。それより……その姿、だれにも見せちゃだめだよ」
 睦月の姿を見た史之が瞳をすがめる。どうして? とでも言いたげな瞳がこちらを見るから、彼はむっとして視線を逸らした。
「そのくらいはさ、考えたっていいだろ。夫婦なんだから」
「……嫉妬?」
 答えは返ってこないけれど、色づいた耳を見れば答えは自ずとわかるものだった。



 カンテラの光がゆらゆら揺れる。暗い夜道は整備されているものの、先の見えない闇がどことなく怖い。
 ジョシュアはなるべく広い範囲に光が差すようカンテラを掲げながら、足を休めることなく視線を後ろへ移した。
「大丈夫ですか?」
「ニルは大丈夫です。先にぽかぽか、あたたまってきました!」
 あとに続くニルは、秘湯へ向かうより先に内湯で温まってきたらしい。露天風呂の紅葉も楽しんできたようで、その話を聞いていると暗闇も気にならなくなる。
「暖まってくるのはええねえ。暑いんも苦手やけど、冷えるのも辛いわ」
 蜻蛉が手を擦りながら苦笑いを浮かべる。山中の夜はいつも以上によく冷えていた。その分、この後の秘湯が楽しみでもあるのだが。
「リチェがぬくいわ……」
「キュ!」
 リチェルカーレが自慢そうに鳴くと、皆の視線がもふもふへと集まる。その毛皮があれば、それはもう暖かいだろう。
「あ、見えてきましたよ」
 ハインが指を差す。着替えるための小屋と、その先に見えるのが秘湯のようだ。皆は寒さに震えながら服を脱ぎ、あらかじめ下に着てあった水着だけになる。……のはあまりにも寒いので、肩からタオルをかけて、いざ。
「んっ」
「ふああ」
「ふふ。皆さん、お疲れ様でした。ここまで来た分の疲れもまとめて癒しましょ」
 湯に浸かって思わず声が出た面々にくすりと笑って、蜻蛉もまた猫のように背伸びする。
「リチェは……熱そうで嫌? 足湯にする?」
 キルシェはリチェルカーレのために桶へ湯を張ってあげる。ちゃぷんと足下だけ浸かったリチェルカーレはご機嫌だ。
「お湯に全身を浸らせるというのは変わった風習ですが、悪くないですね」
「はい。それに、星の中にいるみたいなの、不思議な感じです」
 上を見ても、下を見ても、星が広がっている。湯の中を漂っているのか、それとも星の中を漂っているのか。
(どちらにしても、実に良い)
 ハインは湯の浮遊感に身を任せる。ほう、と息が漏れた。
 ニルやハインにとって、あくまでもコアが本体だ。人間が体と呼ぶ部分はあくまでコアを収める器に過ぎない。けれど、それでも悪くないと思える時間である。
「この湯はもちもちなお肌にもなるのですよね。ニルもおもちになりますか?」
「なるかもしれんよ?」
 悪戯っぽく蜻蛉が告げれば、本当ですかとニルが目を丸くする。そして真剣に顎の下まで浸かる様は、見ていて少し面白い。
(けれど、こんなに素敵な場所のお湯やもの。もしかしたら星がそういう願いを叶えてくれるかもしれんね)
 空を見上げる。満点の星が瞬いて、湯に映り込む。
「温泉……あったかいわ……」
 むにゃ。なんて言いそうな声音に視線を滑らせれば、湯に浸かってまったりしているキルシェの姿が――いや、若干眠そうか。
「キルシェちゃん、眠いなら上がらんと」
「んー……あっ! 蜻蛉ママ、背中を洗いたいわ!」
「えっ? せ、背中?」
 唐突なキルシェに目を丸くする。先ほどまでの眠気は何処へやら、温泉といえば背中を洗いっこすると教えてもらったらしいキルシェは蜻蛉へおねだりの眼差しを向ける。可愛い。
 秘湯だけでなく、旅館の温泉にも足を運べば、乳白色に染まった温泉に浸かるイナリの姿。硫黄泉らしい。
「温泉分析書もあるから、見てみると良いわよ」
 示されてよく見れば、確かに壁へ板が掛けてある。それなりに細かく書いてあるようだ。お酒を飲んでご機嫌なイナリは、グラスのそれを飲み切ると『源泉が近くに無いか聞きに行ってくるわ』と風呂から上がる。
「岩を囲んで野風呂ってのもいいでしょ?」
 ぱちりとウィンクをしたイナリ。彼女は酔いを感じさせない足取りで、脱衣所へと向かったのだった。

「あら、いい景色やねえ」
 蜻蛉が窓の外を見て感嘆の声をあげる。その後ろでキルシェはお布団へダイブ!
「ふかふかだわ!」
 きゃいきゃいと喜んでごろごろしていたキルシェは、ふと自分の頬に触れて気づいた。なんだかお肌がモチモチしているような。蜻蛉にそう告げれば、ぷにりと頬を触られる。
「あら、ほんま……すべすべの苺大福さんみたいやわ」
「ルシェ苺大福じゃないわー!」
「ふふ、赤くなった」
 笑う蜻蛉に、お返しで頬をぷにぷにするキルシェ。蜻蛉の頬ももちもちすべすべだ。もしかしてとリチェルカーレの足も触ると、こちらもいつもよりぷにぷにしているような。
「ええ温泉やったものね」
「キュ!」
 熱いのが嫌だと足湯をしていたリチェルカーレもまんざらではないらしい。あとは布団でぐっすり眠ればきっといい夢が――。

 ――コンコン。

「誰かしら?」
 首を傾げるキルシェ。客間から顔を出すと、ハインがゲームをやりませんか、と告げる。
「他の皆さんにも声をかける予定です!」
「ゲーム!」
「夜更かしして遊ぶのもええものよね」
 3人は別の客間で布団を堪能してニコニコしていたニルを誘い、休憩室の座椅子で本を読んでいたジョシュアの元へ向かう。
「むずかしい本を読んでるわ……!」
「まだ知らない事が沢山ありますからね」
 各国から集められたらしい書物は、娯楽もあれば歴史書のような真面目な内容も存在する。読んでいた1冊に栞を挟んだジョシュアは、どんなゲームがあるのかと興味を見せる。
「ほとんどわからないので、教えて頂ければ助かります」
「ニルも、教えてもらいながらがんばります!」
 これはまだまだ、今日という日の終わりは見えなさそうだ。寝るのが勿体ないなんて思う暇もないだろうとジョシュアはゲーム選びで盛り上がる仲間たちを見て淡く笑みを浮かべたのだった。

成否

成功

MVP

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結

状態異常

寒櫻院・史之(p3p002233)[重傷]
冬結

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 お楽しみいただけましたら幸いです。

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