PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<蒼穹のハルモニア>穢嵐の朋

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 瑞、瑞――

 名を呼べば笑み綻ばせて応えを返すこの国の神霊。国産みにて一の娘として顕現した黄泉津の大精霊。
 永劫とも呼ぶべき刻を過ごし給うた美しき瑞兆の。
 この地は神威神楽――遠つ御祖の神の命を別つ場所。神の威光を戴き、神へ奉納すべき命脈を紡ぐ地。
 その守護者たる白き娘が微笑めば、天に虹が架かりて蓮華は車輪が如く花咲かす。
 平穏なるその人は、黄泉津の精霊を束ねる頂点で平穏を願い続けた。

「瑞、眠ったのかの」
 膝上に感じた心地良い重さを撫で付ける。大精霊と謂えども再誕を果たし、永きを生きる『神』にとっては赤子同然の黄泉津瑞神。
 随分と力を取り戻し、本来の姿を形取ることが出来ようともそれも永く保つことは未だ出来ない。
「いいえ、起きていますよ。……少し、考え事をしていたのです」
「偲雪じゃろう」
「……可愛い娘ですから」
 幾ら、幼い姿をしていても人とは違う軸に立っている神霊は人の世を眺むるばかりで過ぎ去る時の感覚さえ違う。
 黄泉津を生きた者達全てが瑞神にとっては愛おしい子供に他ならない。名を呼んだ、かの娘だけではない。他の者達も、今を生きる賀澄も。
 黄泉津瑞神は母のように愛している。慈愛を宿し、その名を呼んで懐かしむ。幼子が自らの脚で歩いたあの日を思い浮かべるように。
「黄龍。……もう少ししたら、晴明を呼んで下さい。三言(みこと)の事を話さなくてはなりません」
 黄龍は瑞神の頭を撫でながら呟いた。彼女の『もう少し』は人の世に当て嵌めればその言葉の通りではない。
 蟠る、『偲雪』の事を思い浮かべる内にはまだ――三言の事を口にはできないのだろう。
「三言か。懐かしい名前だな。晴明は『父親』を覚えて居るか。どうだろうな。
 さて、其れは兎も角だ。……瑞神、黄龍を借り受けても構わぬだろうか。
『鶏嵐』が目覚め、その力が暴走しているという旨の報告を受けた。神使と共に鎮めてきて欲しいのだ」
 縁側で転た寝をしていた瑞神は黄龍の膝より体を起こし「鶏嵐が、ですか」と息を呑んだ。
 それは瑞神と黄龍にとっての古い友人である。瑞神は報告を行なった『霞帝』今園 賀澄へと頷いた。
「賀澄、友を呼んでいただけますか。シキと、ウォリア……あのやさしい子達です」


「よくぞ、参られました」
 高天御所にて一行を待ち受けていたのは黄泉津瑞神である。幼子の姿を取った瑞神を膝に乗せていた黄龍は「吾も居るぞ」と手を振った。
「吾らの友に『鶏嵐』と名付けられた神霊がおる。そやつが長き眠りより覚め、力を暴走させて居るそうでな。
 ……まあ、十中八九は『自凝島』より溢れたけがれに感化されたに違いはあるまい。
 本拠たる『自凝島』攻略も賀澄と計画して居るが、各地でその様な影響を受けている神霊を放置してはおれんのが実情なのだ」
「……わたしの気が漫ろで『自凝島』に注力できぬのが悪いのです。
 神使よ、今暫くは黄泉津各地のけがれ払いに力を貸しては下さいませぬか」
 しょんぼりと耳を折った瑞神に黄龍は「と、謂うわけじゃ」と瑞神の頭を撫で繰り回す。
 自凝島――それは肉腫共が溢れかえった黄泉津の『穢れ』の地である。本来ならば其れ等を祓うべき双子巫女が『機能』出来ていなかったことで蓄積したけがれはその地で毒の泉のように溢れ続ける。
 現状の黄泉津では各地に溢れたけがれが神霊や獣共に悪さをする程度に回復しており、逆に『けがれ全て』を自凝島に閉じ込める施策を講じているのだそうだ。最期には自凝島そのものを叩き黄泉津に平穏をもたらす準備の最中である。

 ――二人が頼んだのは鶏嵐と名付けられた神霊を鎮める事であった。
 鶏嵐を祀っているのは八百万達の住まう村である。稲穂の美しいその場所は涼やかな風が吹くことで知られているが、目覚めた鶏嵐がけがれの影響で『風』の力を鎮めきれず暴走しているらしい。
「鶏嵐はその名の通り鶏の姿をしている神霊です。村人を愛し、尊んでいる彼が己の力で民を傷付けることなど望んでは居りません」
「それにヤツの力に感化され、けがれが実体化して居るじゃろうしな。それらも払除けて貰えると助かるのう。
 吾が道案内してやろう。なに、久方振りに鶏嵐に遭うのも悪くはない。瑞神は御所で留守番しておれ」
「……わ、わたしも」
 一緒にはと耳を折った瑞神に黄龍は「土産は用意してくる」と告げた。何分彼女は此処最近、気が漫ろで茶を零し、ぼんやりと庭を眺めてばかりなのだ。
 その様な瑞神を連れては行けぬと黄龍は肩を竦め、彼女を膝から降ろしてからウォリア (p3p001789)とシキ・ナイトアッシュ (p3p000229)の元へと近付いた。
「む、伴を連れてきたのか」
 黄龍がリア・クォーツ (p3p004937)とサンディ・カルタ (p3p000438)を見遣ってから「伴は多ければ多い方が良いな、もっと呼べ」と堂々と言い放った。
「鶏嵐も人が好きだ。伴連れは多ければ喜ぶだろう。それにけがれについて知る者が多ければ多い方が助かるというもの」
「そんなもの?」
 問うたシキに黄龍は頷いてから、ウォリアとシキを見比べた。随分と、『あの時から』変わったようにも思えてならない――
「のう、御主等は命を奪うことに対してどう思う?
 本来の鶏嵐は人を好いて居る。その風は命を運ぶと逸話に読まれるほどであったのだ」

 ――吹き荒れる薫風、其れは命の兆しを運ぶ。命を救う、恵みの雨を。命を運ぶ、兆しの風を。
   朝を告げる喇叭の如く高らかに鳴く瑞兆に連なる者へと名を与えよ。その名を、鶏嵐と。

「吾は問いたい。狂ってしまった存在を殺さずに済むならば御主等はどうしたい?」

GMコメント

リクエスト有り難うございます

●目的
 ・『鶏嵐』を鎮める
 ・村人の保護(周辺の穢獣の撃破)

●『鶏嵐』
 けいら、と呼みます。黄泉津の神霊の一柱。大神霊として祀られる瑞神にとっては可愛い我が子のような存在です。
 穢れの影響で暴走しています。今まで眠っていたので神使については知りません。
 最初は武器を有し、己を殺しに来たものだと勘違いするかも知れませんね。

 ――儂が狂った故、殺しに参ったのか。
 ――儂を殺してこの穢れを鎮めんとするのか、異邦の者よ。

 そう、問い掛けてくるかも知れません。殺して無に返す事も出来ますが黄龍は可能であれば『不殺』で鎮めて欲しいと願っています。
 広範囲に吹き荒れる風を駆使して攻撃を行ないます。その風の殺傷力は其れなりに高めです。
 風が【棘】となり、風が【防壁】とし、近寄らねば鶏嵐を傷付けることは叶いません。
 住民達を殺したくはないのでしょう。遠方に向かうに連れて風の威力は和らぎます。
 つまり、鶏嵐を倒すには己が傷付いても構わぬと謂う度胸が必要です。そして、彼の心を解き不殺で鎮めてあげて下さい。

●穢獣 15体
 黒きひよこたち。鶏嵐より溢れ出した穢れが実体化して村人を襲おうとしています。
 此方は不殺を使用する必要はありません。個体ごとにバラバラの能力を有しています。

●『嵐の村』
 風を愛する八百万達の村です。稲穂が美しく、秋実の地とも称されます。
 鶏嵐を祀っていますが、鶏嵐が暴れ始めたことで家屋が薙ぎ倒されています。
 住民達は出来る限りの避難を行って居ますが、敬愛する鶏嵐を心配して逃げ切れていないようです。

●同行NPC『黄龍』
 黄泉津の大神霊の一柱。自凝島に自身の分身体である『麒麟』を放っており、その地のけがれの蓄積を感じ取っています。
 国・自凝島の結界を維持しているため、戦闘で力を貸すことはあまりできません。
 あくまでも賑やかし&現場への案内役です。
 姿は「賀澄(霞帝※神威神楽の国家元首)が好きそうなおなごにしておいたぞ!」と妙齢の女性を象っています。
 非情に気易く誰に対しても友人のように話しかけます。とっても気紛れな神霊です。

(参考:黄泉津瑞神
 黄泉津の大神霊。全ての始まりの一柱。イレギュラーズによる神逐により、再誕をし幼い姿と妙齢の女性の姿を行き来しています。
 やっと本領を取り戻しつつありますが、それでも万全ではないので幼い姿で居る事が多いようです。
 鶏嵐を心配しています。その他にも黄泉津で起る全てのことを心配して気も漫ろのようです。余り多くを語りません)

  • <蒼穹のハルモニア>穢嵐の朋完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年11月19日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
※参加確定済み※
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
※参加確定済み※
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
※参加確定済み※
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
※参加確定済み※
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)
紫煙揺らし
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫

リプレイ


 吹き荒ぶ――乱れ吹くは神の息吹か。神威神楽は神霊の一角。黄泉津瑞神の朋なるその獣は穢嵐に身を窶す。
 頬を掠める気配に細めたのはアクアマリン。握る刃は直向きに宵闇の気配を宿す。
『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は立っていた。『嵐の村』に吹き荒れた秋風の悍ましい気配に包まれながら。

 ――約束しただろう。瑞、黄龍。

 その言葉は何時かの日、大切に抱き締めた。人間は勝手なヤツだから、無理くり飛び込んで友達になりに来たのだと笑ったあの穢れの夜。
 その日から約束を違えぬようにシキは歩いてきた。『抗う者』サンディ・カルタ(p3p000438)と『玲瓏の旋律』リア・クォーツ(p3p004937)の二人と共に。
「黄龍にとって、鶏嵐は大事なんだろう? だったら助けるよ。たとえ好みが傷付いたって構わない」
「そうだな。……ちょっと手の込んだ依頼だが、しょーじき、ホッとしてるところもあってさ。
 悪いことしたら即刻首落とす! みたいな神サマじゃなくてよかったというか。別に『瑞ちゃん』に迷惑かける予定があるわけじゃねーけど」
 頬を掻いたサンディを見詰めてから黄龍はくすりと唇に笑みを乗せた。美しい女人の姿を取った神霊はシキの頬を突いてからサンディにずいと迫る。
「そんな神であったなればこの国は疾うに滅んで居るだろうな」
 からからと笑う声に「ぞっとしない」とサンディが首を振る。嵐の気配に立っていた『紫煙揺らし』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)が葉巻の火を消した。煙は遠く、攫われる。香り楽しむ暇もないほどに吹き荒れた嵐がそうせよと告げるかのように。
「狂ってしまった存在を、殺さずに対処する。
 手間や犠牲が大きければ、生死と犠牲を天秤で測る事になるが……今回は天秤を用いるまでも無さそうだね。
 村人も守る、鶏嵐も救う。二兎を追って、一挙両得と行こうか」
 青年にこくこくと頷いたのは『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)。風に煽られた髪を抑えて青空の眸に期待を乗せる。
「鶏嵐殿の御心を鎮めるために、キサ達はここに参上したであります。
 眠りから覚めた神霊であらせられる存在を悪戯に傷つけたくはないでありますな」
「はい。わたしの、想いも同じ、です。奪わずに済むのであれば、やるしかないです、よね。
 ……あの時の、瑞さまのように。救うことが出来る、と信じています。いえ、いいえ。救って、みせます」
 あの日の怯えも、あの日の苦しみも。『ひつじぱわー』メイメイ・ルー(p3p004460)は受け止めることができればと願っていた。
 青褪めた月をも隠す穢神。その悍ましさと痛烈なる苦しみを『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)のその身も覚えて居た。
 ――友を救う、と魂に賭け『誓った』
 屈託なく約束と笑った彼女は眩しくて。堅苦しく朗々と紡ぐ誓いは変わらず。共に見据えた未来がある事をウォリアは知っていた。 
 未だ、ヒト未満であると己を位置づけて辿った路では生死と転生を識った。輪廻転生こそが正しき世界の有様、その存在意義であるのだから。
 衝動。根拠無き自身。遠い誓約は語りかけてくる。戦うために作られ、滅ぼすために産み出され、己の意義を転じさせる運命(であい)がそこにある。
「どうかしたのかい?」
「……いや」
 シキの声かけにウォリアは首を振った。
「――『助けて欲しい』と顔に書いてある。心配するな……狂っていようと、必ず救って見せるさ」
 眼前に見据えた神霊の鳴く声一つさえ苦しみに塗れていて。ウォリアの言葉を反芻する。そうあるべきがイレギュラーズであるのだと『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)も知っていたから。
「苦しいんだね。鶏嵐」
 その名を呼ぶ者は久しく。神霊様と尊ばれてしまえば、真名さえも遠離り存在が薄れ行くかのよう。
 史之は穏やかな声音で呼びかけ、愛しき人の祈りを込めた指輪をそっとなぞった。
「だいじょうぶだよ、俺たちが来た。……イレギュラーズっていうんだ。
 あなたを救いに来た――だから少しだけ待っていて、絶対にあなたを見捨てたりしないから」
 特異運命座標はこの地では『神使』と呼ばれている。神託の使徒、或いは、世を救う神が如き所業を成す者として。


 ――ア。
 呼ぶ声がする。酷い頭痛だ。頭が割れそうになる。
「リア――!」
 はっと顔を上げてからリアは「ああ、ごめん」と首を振った。
「……最近ちょっと疲れていて。大丈夫、ちゃんと集中するわ。
 貴女の『お友達』のお願い、しっかり叶えてあげましょうね。ほら、サンディ! あんたも気合入れなさいよ!」
「ぼーっとしてたやつが言うか?」
「何よ!」
 リアが尻を蹴り上げれば「痛ぇって」とサンディは笑う。共に過ごした時間の長さは気易さを勝らせ言葉なくとも連携を可能にするかのよう。
 穢獣が暴れ回ることは誰にとっても不幸の種だ。サンディは銃身を切り詰めたショットガンを振り回す。
「村の住民がそこらに残っている様子。キサは穢獣達を倒すことで住民を守るでありますよ」
 鬼渡ノ太刀に手を添え、希沙良の傍を飛び立った小鳥が合図を送る。救いの声音が聞こえたならば直ぐにでも住民達の安全を確保せねばならない。
 黄龍が言って居た。民は鶏嵐を愛している。故、狂乱の渦にあれど見捨てることが出来なかったのだと。
「アッシュ殿!」
「……ああ!」
 希沙良の合図に頷いて、物陰へと身を滑らせたアッシュは掌を宙に伸ばす。その中に収まったのは熱砂の精霊の作り上げた武器。葉巻の焔が宿した刃は迫らんとする穢獣の翼を弾く。
 ひ、と叫んだ住民を背負うように庇った青年の紫苑の眸が細められた。
「鶏嵐を心配する気持ちはわかる……が、それで怪我をすれば悲しむのは鶏嵐だろう?」
 神霊(かれ)が村人達を大切にしていたと知っているからコソの言葉であった。アッシュに頷いた村人達は距離を取るように離れて行く。
 そう言葉を掛けてくれたからには、神使が不用意に神霊を害する事が無いと分かるからだ。斃してしまう事ならば容易だった。
「あたし達は特異……えっと、神使よ! 黄龍のお願いで、鶏嵐を鎮めに来たわ!」
 酷い頭痛を感じながらもリアは叫ぶ。荒ぶる神を見て逃げ出さぬ村人達の愛情に応えてやれるようにと、星鍵(せいけん)は玲瓏の煌めきと共に穢獣を呼び寄せる。
 風に煽られながらも凜と立つ玲瓏の娘の傍より飛び出したのは熱砂の嵐。タクトに絡みついたそれは穢獣たちの小さな翼をも封じ込める。
 メイメイはぎゅ、とタクトを握りしめた。たった一つの罰、罪の前に存在した『生きるという』枷を少女は知っていた。
「鶏嵐さまにこの村の人達を傷つけさせるわけには、いきません。きっと、悲しみます、から。なので、早く、ここから離れて……」
 穏やかな少女に任せて良いものかと目尻に乗せられた困惑を拭い去るように史之の声は凛と響いた。「イレギュラーズだ」と。
「……哀れだな、こいつらも。自凝島から出たけがれが形を取ったものか。
 普段ならおいしく料理しちゃうかもしれないけどさ。さすがにけがれの塊を食べる気にはなれないや」
 産まれながらにしての憎まれ役。そう呼びかけてから史之は眦に切なさを滲ませた。何て悲しい生き物だろうか。それが、飛び立つ翼も得られぬまま地に縛り付けられ嵐に煽られる。
「来いよ、俺がお前たちを生まれ変わらせてやる!」
 斥力による打撃。シンプル・イズ・ベスト。史之の攻撃により発生した赤いプラズマが散った。
 その気配に村人達が一歩後退すれば両手を開き庇うように立っていたメイメイが穏やかに微笑む。しかし、その声音は凜として。
「鶏嵐さまは、わたし達に任せて、ください」
 任せて欲しいと告げる少女の決意は『殺さず』を滲ませる。だからこそ、少女は共にと走ることを決めていた。
 雨は、慈しみだ。シキ・ナイトアッシュという少女は其れを知っている。恵みを与え命を芽吹かせる――故に、己の武器は『奇跡を呼ぶ』と擬えるのだ。
 走ったシキとすれ違うように地を蹴った。無窮の空の色を凝縮した藍。まるでシキと、リアと、サンディの眸のような『蒼穹』
 その気配を手にショットガンを暴力的な威力で叩きつけたサンディは「シキ!」と名を呼んだ。
「ああ!」
 傷付いたって走って行く。その人の姿にウォリアは感じ入るものがあった。
 勇ましい。それは、神使の誰もにも当てはまる言葉だった。其れだけでは無かった。
 蒼穹が掻き立てる。あの鮮やかな青は鮮烈に光を灯す――!
 羨ましくて、眩くて、嬉しかったのだ。無邪気な笑顔が「君にも笑って欲しい」と告げる。
 尽く滅ぼすがだけの道。分岐して行くその先を「探しに行こう」と。儘ならず悩み続けた己に「背中を預けた」と。 信じ、繋がり、結ばれた縁の先。

 ――わたしは、まだ、『わたしのままで居られた』のですね。

 瑞獣の『あの日の言葉』を思い出す。黒き穢れの雨の向こうを見据えるようにウォリアの『絲』は縁を縒った。


「アッシュ殿。此度も中々に大変な状況でありますが、最善を尽くしましょうぞ」
「そうだねぇ……まぁ、その分良い経験になるという物だ」
 交す言葉など、ただその一言だけでよいと希沙良は知っていた。アッシュは軽口を返し、剣を振り下ろすだけだ。
 曇る紫煙の熱を手繰り寄せる精霊は彼の剣に罅走ろうとも熱で鉄を打つ。その強かさを知っているからこそ希沙良は背を任せることが出来た。
 言葉など交さず、互いの剣閃で語らうのみである。神威神楽に住まうた娘は地を蹴った。抜き身の刃を翻す。
 ヒュ――と風切る音と共に結い上げた髪が揺らいだ。斬った感触は余り残らない。だが、掌は確かに重く刃を振るった気配を宿す。
「希沙良ちゃん」
 呼ばれた名に希沙良は頷いた。アッシュと希沙良。二人はリアと史之の元へと集うた穢れを打ち払い、ウォリアとシキに前へ行くようにと視線を送る。
 シキは、ただ、ゆっくりと歩き出した。ひゅうひゅうと音を立てた風が、頬を裂く。白い頬に傷が走れども気にとめることなど無かった。
「……待たせたね、これで君が村人を傷つける心配はもうない」
 奇跡は、置いてきた。与えたいのは『瑞(よきこと)』――それが、瑞神の気配を纏うからこそ彼女の心を連れてきたのだ。

 ――寄るでない、娘……!

「ううん。私はね、友達からどんなに傷を貰ってもノーカウントってやつなの。だから、傷付いて何てないさ」
 へっちゃらだと笑う眩いその人をウォリアは追掛けた。風は鎧をも切り裂く強さであった。走るのは痛みだ。揺らぐ者かと決意すれば、自然と脚は動くモノである。
 縁を織り、輝きを感じ、心を通わせ……終焉を灼く炎は煌々と燃え盛るのだ。
 其れを教えて呉れたのは此の蒼穹だった。見詰めていたからこそ、体はどうしようもなく動いたのだ。

 ――我はもう……!

「……真に狂うたならば、住民を厭わずその風を吹かせるはず。
 風は人の頬を優しく撫でることも、諸共薙ぎ払う事もできるもの。鶏嵐殿の風は、優しいものであってほしいでありますよ」
 だからこそ――殺さじの剣を選んだ。
「穢れは鎮めさせてもらうが、別にあんたを殺しに来たわけじゃない」
 希沙良は剣を翻し、アッシュは手数に懸ける。命を薙ぎ払う為の刃ではないのだと知っているから。
「元の優しい鶏嵐へ戻ってほしい。そんなになっても村を守るなんて、本音ではもとに戻りたいって思ってるんじゃないの?
 何度でも言うよ。あなたを殺しに来たんじゃない。救いに来たんだ。
 ……傲慢かもしれないけれど、これが俺にできることすべてだ! 受け取ってくれ!」
 史之は叫ぶ。何れだけ風が強くったって、構いやしなかった。
「この痛みは、こわくない」
 メイメイは願うように告げる。命を運ぶ恵みの風。それが何れだけ傷付ける刃と化そうとも。
「瑞さまの、黄龍さまの、この村の人達の、そして、わたしがそうしたいと、願いました。
 鶏嵐さまと戦いにきました。命を奪うためではなく、お救いする為に。命を運ぶその風を、再び、この地に吹いて下さい、ませ」

 ――瑞。

 鶏嵐はシキを見た。彼女の手にした刃から祖たる娘の気配がする。ウォリアの宿した手繰る糸の先にも兆しが見えた。
「けがれ、が、湧く限り、瑞さまは苦しまれるのでしょう、ね。
 ……瑞さまが、心穏やかでいられるように、わたしももっと頑張らなくては」
 そうだ。己は『けがれ』を祓い、黄泉津を愛する心の儘に民を護らねばならないのだ。それでも言うことの聞かぬ体は嵐を産み出した。
 うう、ううと唸る鶏嵐は思い詰めている。よもや、愛しき黄泉津を傷付けるとは。面目も立たず。
「瑞神と黄龍からの依頼でね……あんたを殺さず、悲しませないようにしてほしい、との事だ」
 その言葉一つで、どうにもならぬろ鶏嵐の風が吹き荒んだ。シガーは「おっと」と身構え、希沙良は瞼を降ろす。余りの風がちかりと痛い。
「大丈夫、まだ取り返しは付く。ホントに。
 何ならサンディ様が一緒に怒られてやってもいい。よくリアに怒られてるからな。だからさ、こっち向いてくんねーかな。鶏嵐」
「何だって?」
「何でもねぇって」
 からからと笑うサンディは「聞いてやってくれよ」とシキとウォリアの背を押した。
 押されたならば、前へと体が動いた。初めましてと手を『最初』に伸ばすのは何時だって彼女だった。
「初めまして。私はシキだよ! 私たちは君を殺しに来たんじゃない。
 ねえ鶏嵐、君は心までも狂ったわけじゃないだろう――だから、君の心に会いに来たんだ!」
 ウォリアの焔が宿した気配が変わった。黙したのは言葉などなくとも己の焔が全てを伝えると知っているからだ。
 あの日の再来。穢れの雨は降らず、見えた晴天は眩いまま。

 ――自分勝手だって、笑ってくれ。私は、私の為に君の心に会いに来たんだよ。
 ――そのときやっと、私は私の心と向き合える気がするんだ。人間ってやつは自分勝手、……だろう?

 ウォリアの言葉に出来ぬその心は力に変わる。手繰り寄せたからこそ、神滅剣は『全ての攻撃』に慈悲を与えた。
 滅するだけが全てであった己の変化がウォリアには痛いほど分かった。自分だって心に逢いに来た。

「君の心を見つけるまで、君が落ち着くまで、私が絶対そばにいる。抱き締めて、心を伝えて、…友達になってくれないかな」

 ――シキの刃もウォリアくんの炎も、とても優しいのね。
 囁いたリアはだからこそ、『心優しい神様』は彼女達を好いているのだろうと感じていた。
 わざわざ朋と呼んだ神霊を「どうしたいのか」と問う意地の悪い質問も、二人がどの様な結末を望むか分かってのことだったのだろう。
 後方を見遣れば黄龍が鼻を鳴らして自慢げに笑っている。そんな顔をして神使達を見守っているのだ――己の分霊が『自凝島』を抑えきれなかったという苦い思いを抱えながら。
「ほら、感謝しなさいよ鶏嵐! 神サマのあんた達に優しくビンタしてくれる人はそうそう居ないんだからね!」
 優しいビンタだと称されたその一撃は、直向きだった。
 シキの刃が神獣の心を深く刺した。ウォリアの鮮やかな焔が終焉(けがれ)を灼いた。
 吹いた風が、止む。停滞の僅かな隙間。吹いた風より縺れて溢れた穢れを払除けるようにサンディの『風』が音を立て凪いだ。


「あんたを心配するあまり、逃げ切れなかった村人が大勢いるんだ」
 頭を垂れた鶏というのも案外可愛らしいものだと煙草へと火を付けてアッシュは笑った。
 鶏嵐は「しかし」と呟き遠巻きに眺め遣る村人達を一瞥する。リアは頭を抑えながらその背を撫でた。
「戦いながらも、この村へのあなたの愛情はしっかり感じていたわ。
 そして、村人達のあなたへの敬意もね。とても美しい旋律だったわ。本当に、とても……」
「リア」
 呼ぶサンディにリアは奥歯を噛み締め『何事も無かったような顔』をした。シキもウォリアも、どちらの『旋律』も美しかったから。
「ごめんなさい、あたしは先にローレットに戻って報告しておくね。久しぶりに『お友達』とゆっくりしていくといいわ」
 シキに手を振ったリアはそそくさとその場を後にした。何かを察したように黄龍は間に割り込み「よくやったのう」とウォリアの鎧をがしゃりと触る。
「――!?」
「吾、神霊だから障っても許して呉れ。御主も吾にとっては可愛い朋であるからの。……問いによくぞ答えてくれた」
 狂ってしまった。そう告げられても尚も救うことを選んだ神使を黄龍は愛おしいというように両手を広げ抱き締めたいと願う。
 その腕にすぽりと収まってからシキがにんまりと笑った。「おいで」と呼ぶ黄龍にウォリアは何とも言えずがしゃりと鎧を鳴らした。
「鶏嵐、良ければ又呼んでくれないか? 次は村の再興へ力を貸したいね。
 だってこんなにすてきな村なんだしさ。村の守り神のおわすべき場所を守りたいじゃない?」
 にんまりと笑った史之に鶏嵐はぐぬ、と唸った。自身が傷付けた場所だ。少しずつでも元の通りに戻って欲しいと願わずには居られない。
「これで瑞さまも、元気になってくれると、いいな……。あ、お土産……! 嵐の村の名物、ってありますか?」
 にこりと微笑んだメイメイに黄龍は「饅頭」と呟いた。希沙良は「黄龍殿が食べたいだけでは」と揶揄うように笑って。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。カムイグラの決戦から丸々二年。
 2020年11月19日のあなたから、2022年11月19日のあなたへ。
 糸は繋がっていますか。

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