PandoraPartyProject

シナリオ詳細

家畜の安寧。或いは、虚構塗れの偽善的繁栄…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●養殖場
 幻想。
 どこかの小さな街だ。
 街の大きさに対して、住人たちの数は少ない。そのせいか、メンテナンスも不十分だ。薄汚れた家屋に、ゴミの散らかった街路、割れたまま放置された窓ガラスと、道の隅に残った誰かの血液痕。荒廃した街の様子によく合った、荒廃的な空気が漂っているようでさえある。
 よくよく見れば、露店に並んだ野菜は少し萎びているし、肉屋の軒先にぶら下げられた燻製肉にはうっすら黴が生えていた。
「はぁー? どうにも陰気な街ですねー。誰も彼も、明日に希望なんて抱けないって顔をして……まぁ、教会の子供たちほどじゃぁ無いですがー」
 街路に面したバーの隅で、人気の少ない通りを見渡す白い女の姿があった。長い脚をだらんと床へ投げ出して、手慰みに皿に盛られたビスケットを指で潰して崩しているのだ。名をピリム・リオト・エーディ (p3p007348)という彼女は、とある任務のためにこの街を訪れていた。
「あははー。あそこの子供たちったら、きっと“明日”って言葉の意味さえ知らないんじゃないのー?」
 へらへたと嗤うような口調でもって紲 酒鏡 (p3p010453)がそう言った。テーブルの上には空のワインボトルが2本。酒鏡の手には半分ほど中身が減ったウィスキーの瓶が握られている。
 なお、この店の酒はセルフサービスの飲み放題だ。何しろ店主はカウンターの裏側で、鼻から血を流して気絶している。
「管理者の能力に甚だ疑問はありますが、こんな街でも国家の一部ですからね。当然、私たちが攻め込む予定の孤児院も、国の認可を受けたもの……酷い有様ですが、正式な手続きを踏んでいない以上はこちらが“悪”と言わざるを得ません」
 花瓶に刺さった枯れた花を一瞥しハンナ・フォン・ルーデル (p3p010234)はため息を零す。
 
 “ハンナモニカ孤児院”。
 これからイレギュラーズが攻め込む予定の大きな孤児院だ。もっとも、孤児院とは名ばかりで、外観はまるで収容施設か監獄である。灰色の壁に周囲を囲われ、中の様子を外から窺うことは出来ない。
「先ほど少し見てきましたが、壁の向こうは芥子畑でした。痩せ細って、暗い目をした子供たちが大人の監視下で畑仕事に従事していたのを確認しています」
 テーブルの上にマッチを並べ、ハンナは施設の見取り図を作った。
 施設の敷地を“形”で現すのなら長方形。
 正面入り口を抜けた先には客人を迎えるための小さな部屋がある。その奥には“庭”と名称された芥子畑があり、子供たちの宿舎と管理人の住む部屋は畑の向こう側。そして、施設の最奥には子供たちを埋葬するための墓地がある。
 施設は高い石壁に囲まれていて、当然のように見張りが立っているようだ。
「子供たちはある程度の年齢になると、奴隷として売りに出されているみたいです。売れ残ったら……そのための墓地なのでしょうね」
 そう言ってハンナは肩を竦めた。
「私たちはただ与えられた任務をこなすだけです。子供たちを根こそぎ攫ってしまいましょう」
 それが今回、イレギュラーズに与えられた任務であった。
 依頼人はミス・ジェーンと名乗る貴族らしき女性だ。顔は布で隠していたし、名前もきっと偽名だろう。何しろ国の認可を受けた孤児院から子供を攫って来いというのだ。子供たちの身を守るためとはいえ、犯罪には違いない。正体がバレないように備えておくのは当然とも言える。
「子供たちは、ジェーンさんの伝手で信頼できる施設へ移送するそうですよ。貴族とはいえ、そんなことをして足がつかないはずはないと思いますが」
「はぁん? まぁ、何かあるんでしょ。ちょっと訳ありっぽい雰囲気の人だったしねー。それに、子供を売りさばくのはいけないからねー?」
 4本目のボトルに手をかけながら酒鏡は言った。
「あ、大人は始末して良いんですよねー」
 皿に盛られたチーズに串を突き刺しながら、ピリムはにぃと口角をあげる。
 
●“人喰い”ゾーヤー
 くすんだ金のウルフカットに、白と黒の毛皮のコート。女性にしては背が高く、身体付きも筋肉質だ。年齢は40を超えているというのに、そうは見えないほどに若々しい容貌をしている。
「名前はゾーヤー。他人を食い物にして生きて来たという経緯から“人喰い”の異名を取っています。なんでも若い頃は、地下闘技場で暴れ回った喧嘩屋だったとか」
 画質の悪い写真を一枚、ハンナはテーブル上に置く。
 数瞬さえも間を空けず、ピリムが写真に串を突き刺した。
「あはぁー、よく引き締まったいい脚をしていますねー。これ、斬っちゃっていいんですかー?」
「……依頼内容を聞いていないのですか? 斬っても、斬らなくってもいいです。施設の状態や経営者たちの安否については、依頼に含まれていませんから」
 そう言ってハンナは2枚目の写真をテーブルに置いた。
 そちらに映っていたのは、顔色の悪い痩せた男性である。その視線はどこか虚ろで、焦点が定まっていないようにも見えた。
「こちらはグール。渾名ですね。普段は墓地の方にいて、死体の処理や薬物の精製といった仕事をしているみたいですね」
 【滂沱】や【ブレイク】を伴う肉弾戦を得意とするゾーヤーとは反対に、グールは【恍惚】や【狂気】【窒息】を付与する薬物を使う。
 そしてもう1人、黒い翼を有した男が施設に所属しているという。
「あり? そいつの写真は?」
「ありません。滅多に人前に姿を現すことは無いそうです。担当している業務は警備主任だそうですが……実際に逢ったことの無い警備スタッフも大勢いると聞きました」
 呼び名が無いと不便なので仮に“ガードマン”と呼称することにする。
 人前に姿を現さないのは、それだけ警戒心が強いからか、或いは潜伏系のスキルを有しているのだろう。
「って言うか、その情報はどこから?」
 酒鏡は問うた。
 ハンナは「あぁ」と言葉を零して、酒場の奥の部屋を指さす。
「警備員の1人を捕まえて、少々お話を聞かせていただきました。生きていますが、どうします?」
「せっかくなんで、ちょっと遊んできますねー」
 壁に立てかけていた太刀を手に取り、ピリムは部屋の奥へと向かう。
 その背中を見送ってから、ハンナは酒鏡に視線を向けた。
「子供の数は20人。警備員はゾーヤー、グール、ガードマンを含めて18名ほど。武装は銃やナイフぐらいだと思いますが、3人では少し人手が足りませんよね?」
「そうねー。備蓄の酒も持ち出さないとだしねぇ?」
「酒類に関しては特に……ですが、やはり人手不足ですね。信用できる人員を数名ほど呼びましょう」
 目的はあくまで子供20名の誘拐。
 とはいえ、攻め込む先は監獄のような孤児院だ。
 相応に準備を整えなければ、痛い目を見ることもある。

GMコメント

●ミッション
子供20名の誘拐

●ターゲット
・“人喰い”ゾーヤー
“ハンナモニカ孤児院”の院長を務める中年女性。
長身で筋肉質。若いころは地下闘技場で戦っていたという経歴を持つ。
【滂沱】や【ブレイク】を伴う格闘戦を得意とする。

・グール
顔色の悪い痩せた男。墓地の管理と薬物の精製担当。
普段は墓地の方にいて、表に出て来ることは無い。
【恍惚】【狂気】【窒息】を付与する薬物の扱いに長けている。

・ガードマン
黒翼を有した男性。施設の警備責任者を務める。
人前に姿を現すことはほとんどない。
潜伏系のスキルと、遠距離からの攻撃手段を有しているものと予想される。

・警備員×15
ならず者に毛が生えたような警備員たち。
素行は悪く、暴力的。外壁の上から施設全体を監視している者たちと、庭の辺りで子供たちの管理を行っている者たちがいる。
武器として銃やナイフを所持している。

・子供たち×20
痩せ細り、死んだ目をした子供たち。
日中は庭で芥子の世話を、夜間は宿舎で過ごしている。
栄養状態が悪く体力が無い。

●フィールド
“ハンナモニカ孤児院”
幻想の荒廃した街の、さらに片隅にある孤児院。
高い外壁に囲まれており、外観はまるで収容施設か監獄のよう。
正面入り口を抜けた先には来客に対応するための部屋、その先には芥子畑のある庭が広がっている。庭の奥には人が生活するための宿舎が2つ。片方が子供棟、もう片方が管理棟である。
宿舎の奥は墓地となっており、管理者小屋ではグールが薬物の精製に勤しんでいる。

出入口は正面以外に無い……とされているが、子供たちや薬物の売買に使うための出入り口があるはずだ。また、商品を運び出すための馬車なども数台、所有しているはずである。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
 また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。

  • 家畜の安寧。或いは、虚構塗れの偽善的繁栄…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年11月12日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)
復讐者
※参加確定済み※
マリカ・ハウ(p3p009233)
冥府への導き手
ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)
天空の魔王
※参加確定済み※
紲 酒鏡(p3p010453)
奢りで一杯
※参加確定済み※
ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)
瀉血する灼血の魔女

リプレイ

●ハンナモニカ孤児院
 夜も遅く。
 招かれていない客人たちが、孤児院へと近づいていく。
 どこか剣呑な空気を纏った一行だ。先頭を歩く長身の女は、片手に持った煙管を口からそっと離すと、ふぅ、と紫煙を細く唇から吐き出した。
「駆逐じゃなくて誘拐なのかよ……しかもガキとか!」
 『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は、孤児院の門を睨みつけてほんの小さな舌打ちを零す。
「手間取りそー」
 そう呟いたことほぎは、『呑兵衛』紲 酒鏡(p3p010453)の肩を叩いた。
「いやー、酒鏡さん別に善人じゃないから抵抗なんてないけど、仕事で誘拐に加担するとは思ってなかったねえ」
 酒鏡は両の腕を前方へ伸ばす。
 広げた左右の五指の間に、ごうと魔力が渦を巻く。
 魔力の奔流に落ち葉や埃が巻き上げられた。
「よぉし、撃っちまいな!」
 にぃ、と口角をあげたことほぎが、正門を指してそう言った。

 魔力の砲が、孤児院の門を木っ端みじんに撃ち砕く。
 轟音と衝撃に、孤児院の奥で悲鳴があがった。
「うおっ! な、なんだ!? 何か突っ込んで来たか!」
 孤児院の外周、高くそびえる壁の上で男が叫ぶ。
 孤児院の夜間警備を任されていた従業員だ。
「このような惨状にもかかわらず、これが国の認可を得た孤児院だとは」
 男の背後で声がした。
 肩から下げた狙撃銃を構えた男が、慌てて後ろを振り返る。
 そこにいたのは灰色の翼を広げた小柄な女性……『天空の魔王』ハンナ・フォン・ルーデル(p3p010234)だ。まっすぐに突きつけられた指先に、青白い魔力の光が灯っている。
「この国の国営能力と管理能力に疑問を感じずにはいられませんね」
 空気が震えた。
 放たれた魔力の弾丸が、男の喉を撃ち抜いた。

 鮮血が散った。
 ところは馬房。繋がれた馬の首元に鋭い鎌が突き刺さる。
「こうすればすぐには逃げられないよね♪」
 鎌をひと振り。刃を濡らす血を払い、『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)は視線を巡らす。
 と、その時だ。
 何かを察して、マリカは地面に体を投げた。
「っ……あはっ、マリカちゃんのイタズラに驚いてくれた?」
 空気を切り裂く音がした。
 頭上より飛来した“何か”が、マリカの脇を撃ち抜いた。血の滲む腹を押さえて、マリカは建物の影へと逃げ込む。
 その後を追って、2発目の“何か”が撃ち込まれる。

 夜闇に紛れて翼を広げる黒衣の男。
 通称“ガードマン”と呼ばれる彼は、スコープ越しに白い影を視認した。
 無言のまま、銃を降ろして翼を畳む。ほんの僅かに高度を下げたガードマンの頭の上を、血濡れた刃が通過する。
「あー……勘がいいですねぇ。貴方がガードマンたそで間違いないですかー?」
 虚空を蹴って『A級賞金首・地這』ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)は体を反転。大太刀を肩に担いで、彼女は自分の脚を叩いた。にやにやと笑うピリムを見て黒衣の男……ガードマンはため息を零す。
「狙いは俺か? 賞金稼ぎの類には見えないが」
 ピリムの腰には、白銀色の男の脚が下げられている。空に立つのは、その脚の持つ能力か。
 ガードマンは翼を広げ、急激に高度を上げていく。
 空中戦は、上を取った方が有利になるからだ。

 ハンナモニカ孤児院敷地後方……宿舎と墓地の中間あたりにある小さな扉を潜り抜け、『金色凛然』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は孤児院内へと立ち入った。
「この国ならよくあることで、いつものこと、だが……唾棄すべきことには、変わりない、な」
 扉の外には1台の黒い馬車が停車していた。
 馬車の荷台に積まれていたのは、非合法の薬物だ。売人が商品を受け取りに来ているのだろう。なるほど、日中の間に仕入れた情報とも合致している。
「全く、こんな汚い空間で、子供たちを飼い殺しだなんて……人間の飼い方がなってないったらありゃしない」
 エクスマリアの後に続いて『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)が敷地に入った。湿気た墓地と、墓地の近くの粗末な小屋。宿舎の壁は白く塗られているけれど、そちらはどうやら大人用の宿舎のようだ。
「人間は健康に育ってこそ美味しい血を作り上げて……というのは、瀉血の魔女故の思考ですねこれ」
 宿舎は2つ。子供たちが暮らしているのは、石造りの堅牢な宿舎の方だ。小さな窓があるだけで、日当たりはきっと良くないはずだ。

●子供たちの誘拐
 畑を焼いて、施設を壊し、追手の相手をハンナに任せ、ことほぎと酒鏡は大人用の宿舎へ駆け込んでいた。
「こんだけ警備が厳重なら金目のモンが山ほどあんだろ!」
「美味そうなお酒あるといいなー」
 本来の目的は“子供たちの誘拐”だが、ことほぎと酒鏡の役目はあくまで陽動である。押し込み強盗のフリをして、宿舎へ襲撃をかけたのである。
 魔力の砲で正面扉を吹き飛ばし、ついでに見張りの男を蹴り倒した2人は建物の中へ踏み込んだ。
 瞬間、ことほぎの腹部に衝撃が走る。
「っ……っあぁ!?」
 血と苦悶の声を一緒に吐き出し、ことほぎは床に転がった。
 酒鏡は即座に彼女の襟首を掴むと、後方へ向かって転がるように退避する。直後、先ほどまでことほぎの頭があった位置の床が砕けた。
 踏みつけ……或いは、踵落としのような技だろう。それを放ったのは、背の高い筋肉質の中年女性だ。
「おやぁ? 扉ごと吹き飛ばせたと思ったんだけどねえ?」
 そう言って酒鏡が首を傾げる。
 口元を濡らす血を拭い、ことほぎは煙管を唇に挟んだ。
「ほどほどに距離は取っといたはずだが、随分と速ぇオバサンだな」
 ことほぎを殴打したのは“人喰い”ゾーヤーと呼ばれる孤児院の院長である。彼女は短く刈り込んだ髪を掻きあげて、かかって来いと手招きをした。
「オバサンとは随分な言い草だね。歳はそう変わんないだろ」
「いや、ひと回りは若ぇわ」
 吐き出した紫煙で髑髏を作ったことほぎは、声を潜めて酒鏡へと話しかける。
「あんまヤバそーならほどほどで逃げよう。命あっての物種だ」
「同感。酒鏡さん防御面がペラッペラだからねえ」
 ゾーヤーを相手に1対1は避けたいところだ。
 けれど、敵の一大戦力を引き付けておけるのは悪くない。問題は、ことほぎと酒鏡が意識保っていられるかという点だろう。殴打された腹を押さえて、ことほぎは冷や汗を流す。

 空に鳥が飛んでいた。
 エクスマリアとルトヴィリアの使役している鳥類たちだ。
「鴉か……屍肉でも啄みに来たか? お前、奴らの餌になってみるか?」
「えぇ、きっとそうでしょう。餌なんてこれからできますからね」
 墓地の手前で相対するのは、ルトヴィリアとグールである。
 薄気味悪い笑みを浮かべて、グールは懐から紫に染まった紙片を取り出した。片手でマッチに火を着けて、紙を燃やすと辺りに煙と異臭が漂う。
 口元を手で覆ったルトヴィリアは、眉を潜めて数歩ほど後ろへ下がった。
「察しがいいな」
「それはどうも。とっとと挽き潰されてください」
 指先に灯した魔力の弾丸を撃ち出して、ルトヴィリアはしゃがみ込む。薬物を染み込ませた紙片だ。燃やせば薬効を伴う煙が辺りに立ち込める。当然、煙を吸い込めば悪い影響を受けるだろう。押さえた口元から、一筋の血が零れた。
「おっと……危ない。酷いことをするな、墓石が割れたぞ。子供たちもあの世で泣いているかもしれん」
「謝罪は後でしておきますよ。花の代わりにあなたの首でも供えておけば、きっと喜んでくれるはず」
 ルトヴィリアの放った魔弾が、古い墓石を欠けさせる。グールはくっくと不気味に笑って、ガラスの小瓶を転がした。

 それは悲鳴か嘶きか。
 馬の首が地面に落ちる。広がった血を踏みつけて、マリカはふと背後を見やる。
「あれ? 見つかっちゃった?」
 剣や斧を手にした男が全部で9人。
 マリカの担いだ大鎌を見て、訝し気な顔をした。
「仲間を撃ったのはお前じゃねぇのか?」
「撃つ? ……あぁ」
 なるほど、と。
 マリカは視線を虚空に走らす。建物の外壁付近を飛翔しているハンナの姿を見つけると、くすりと小さな笑みを零した。
 警備員たちの仲間を撃ったのはきっとハンナだ。
 なにしろマリカは、今のところ馬以外を殺めてはいない。
「どちらにせよ、侵入者は排除させてもらうがな。いい腕をしているみたいだが、なまじ実力がある分、お前は楽に死ねねぇよ?」
「だろうね♪ この人数に嬲られちゃったら、肉味噌みたいになるかもね?」
 マリカは低く腰を落とすと、大鎌を後方へ振りかぶる。
 それから瞳を細めると、囁くように彼女は言った。
「でも……あなた達にはサイコロステーキみたいになってもらうけど♪」

 夜闇に白が瞬いた。
 至近距離から閃光を浴びて、男が絶叫をあげる。目を押さえて踏鞴を踏んだ男の腹部を、1発の銃弾が撃ち抜いた。
 防壁の上から転落し、男の悲鳴はしばらくして止まる。きっと絶命したのだろう。男の死体を壁の上から見下ろして、ハンナは視線を左右へ巡らす。
「畑に2人……逃げようとしているみたいですね。それから子供たちの宿舎に1人……エクスマリアさんの邪魔になりそう」
 銃声が鳴り響く。
 次いで、男の悲鳴が響く。
 ハンナの放った銃弾が、男の脚を撃ち抜いたのだ。致命傷には至らないが、敵の意識はハンナの方に向いただろう。
 姿の見えない狙撃手に怯えているのか、男は這うようにして廃材の影に姿を隠す。
「仕留めておきますか……どうせ訳ありのならず者でしょう。まぁ、依頼人の方も何かしら訳ありのようでしたが」
 翼を広げて、ハンナが壁から飛び立った。
 音を立てずに風に乗り、ゆっくりと高度を下げていく。
「……それらは私たちが気にすることではありませんね。ただ確実に任務を遂行できるよう万全を期すまでです」
 そう呟いて、ハンナは視線を頭上へ向けた。
 遥か上空で、何度も響く銃声と剣戟の音。姿はさっぱり見えないが、ピリムとガードマンは今も激闘を繰り広げているようだった。

 金色の軌跡が闇の中に走る。
 姿勢を低くしたエクスマリアの頭の上を、錆びた刃が通過した。
 場所は子供用の宿舎の1階だ。見張り役か。詰めていたのは男が1人。懐に潜り込んだエクスマリアは、男の胸部に鋭い掌打を叩き込む。
 衝撃が皮膚を突き抜け内臓へ。
 血を吐いた男は、白目を剥いて意識を失う。
「……少しうるさくし過ぎたかと思ったんだが、な」
 男の身体を物陰へと放り込み、エクスマリアは2階を見上げた。相応に大きな音がしたはずだが、子供たちが起きて来るような気配は無い。
 ぐっすりと眠っているのか、それとも「夜間は部屋から出ないように」と躾けられているのかもしれない。
「起こす手間が省ければいいが」
 そう呟いたエクスマリアは、急ぎ足で2階へ向かった。

 白銀の足跡が虚空に散った。
 這うように姿勢を低く駆けずるピリムの額を狙って、ガードマンが銃弾を放つ。
 銃声が鳴るより速く、ピリムは転がるように体を横へ投げた。
 マットブラックの弾丸がピリムの肩で赤い花を咲かせる。銃痕はこれで5つ目だ。白い肌は、汗と鮮血ですっかり濡れそぼっている。
 担ぐように刀を構えて、ピリムは再び走り出す。
 近寄られまいとガードマンは高度を下げるが、瞬間ピリムの身体もガクンと降下した。飛行を止めて、重力に引かれるままに急降下。地面に転落する前に、再び飛べば問題ないのだ。
「無茶苦茶な真似を」
 飛行を止めた瞬間に、銃弾を受ければきっとそのまま地面に落ちる。
 そうなれば、およそ無事では済まないだろう。自分の命を賭け金として差し出すような真似をする。イカれた奴だと舌打ちを零して、ガードマンは牽制のために銃弾を放った。
 狙いなど碌に付けていない。
 僅かでも回避が防御の姿勢を取れば、その間に距離を開けられる。
 けれど、しかし……。
「殺気が籠ってないですねー?」
 ピリムは回避も防御もせずに、あろうことか加速した。
 長い手足を限界まで伸ばし、担いでいた太刀を大上段から振り下ろす。
 銃弾はピリムの鎖骨付近に食い込んだ。
 ピリムの刀が、ガードマンの翼を落とす。
 もつれあうように姿勢を崩して、2人は空から落ちていく。

●誘拐
 地響き。そして崩落する宿舎の屋根と、濛々と舞い散る粉塵。
 粉塵を突っ切って駆け出して来たのは青あざだらけのことほぎと酒鏡だ。宿舎1階でゾーヤーを抑えていたのだが、限界を感じ、屋根を壊して逃げ出したのである。
「うあー、すっかり酔いが覚めちゃったよお。お酒持ってない? 酔ってないと……調子が出ないっていうか」
「酒があるならオレが飲んでるよ。それより、さっさと逃げ……あ? ありゃピリムか?」
 ことほぎが指差した先。黒衣の男を下敷きにして、ピリムが地面に転がっている。
「息は……あるな」
「こっちの男がクッションになったのかなあ? まぁ、連れて帰ろう」
 ことほぎと酒鏡は迷うことなくピリムの脚首を掴む。何しろピリムは背が高い。背負って運ぶのは無理だ。
「あーしぃー」
 地面に爪を突き立てて、うわごとみたいにピリムが呟く。
「脚ぃ? 諦めた方がいいんじゃないのお?」
「脚獲らないとかー、なにしに来たか分かりませんよー」
「ガキを誘拐しに来たんだよ!」
 血の痕を地面に残しながら、ピリムは引きずられていった。

 裂傷、打撲、擦過傷。
 全身に無数の傷を負い、すっかり血塗れのマリカは大鎌を頭上へ振り上げている。
 視線の先には2頭の馬。
 マリカが大鎌を振り下ろそうとした直前、背後から「待った」の声がかかった。
「その馬には馬車を引かせる。子供たちを連れて、裏門の外の馬車に乗せてくれ」
 振り返った先にいたのはエクスマリアだ。その後ろには20人の子供たちの姿もある。
「いいけど。あなたはどうするの?」
 馬の手綱を手に取ってマリカはそう問いかけた。
 裏門へ向かうマリカと子供たちを見送り、エクスマリアはその場で背後へ視線を向ける。
「足止め、だな。鉄の星が降り注ぐ中で追えるなら、やってみるが、いい」
 エクスマリアが頭上に手を挙げ、空に大きな魔法陣を展開させた。

 地面に手足を投げ出して、ルトヴィリアは空を見上げていた。
 空には金色色に輝く魔法陣。
 ルトヴィリアから少し離れた位置には鴉の集団がいて、地面に落ちた何かを啄んでいる。
 それから、彼女の胸の上には1匹の黒猫。にゃぁ、と鳴いてルトヴィリアの薄い胸を前脚で踏んでいるではないか。
「あぁ、撤退ですね。う……頭がぐらぐらする」
 黒猫に先導されながら、這うようにして裏門へ向かった。

 孤児院近くの森の中に、依頼人が待っていた。
 顔を布で隠した貴族らしき女性で、自身をミス・ジェーンと名乗る。彼女は子供の乗った馬車を部下に渡すと、嬉しそうにくすりと微笑む。
「よくやってくれました。わたくし、子供が大好きなの」
 子供たちの乗った馬車を一瞥し、ミス・ジェーンはそう言った。
「子供たちうちの院で引き取らせてもらうわね? きっと素敵な未来が待っているわ」
 それっきり自身も馬車に乗り込むと、どこかへ去って行ったのだった。
 その背中を見送って、ピリムは「はて?」と首を傾げる。
「あの人―、どこかで見たことあるようなー?」
「まあ、この後のことについては彼女にお任せして、私たちは基本考えない、関わらないほうがいいでしょう。藪蛇になりたくはないですよ」
 なんて。
 ハンナは言って自分の手を見下ろした。
 知らずのうちに手をきつく握りしめていたのだろう。ハンナの手は汗でびっしょりと濡れていた。



成否

成功

MVP

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘

状態異常

極楽院 ことほぎ(p3p002087)[重傷]
悪しき魔女
ピリム・リオト・エーディ(p3p007348)[重傷]
復讐者
マリカ・ハウ(p3p009233)[重傷]
冥府への導き手
紲 酒鏡(p3p010453)[重傷]
奢りで一杯
ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)[重傷]
瀉血する灼血の魔女

あとがき

お疲れ様です。
誘拐された子供たちは無事に依頼人に引き渡されました。
以降の消息は不明です。
依頼は成功となります。

なおガードマンおよびグールは死亡。ゾーヤーは逃亡した模様です。

この度はシナリオのリクエストおよびご参加ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。

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