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シナリオ詳細

<総軍鏖殺>鉄道城塞都市ボーデクトン

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ボーデクトン強攻
「トリグラフ作戦ンンンン~~~?」
 奇妙なものをきくように、その男は言った。
 些か肌の白い男である。華奢なように見えたその身体は、しかし引き締まった無駄のない筋肉を持った体であるともいえる。
 その身を飾るのは複数の勲章を携えた軍服であり、相応の称賛の上に指揮者として立つ――詰まる所、元軍部の将軍位であることは容易にうかがわせた。
「まぁ、そういう事だ」
 と、もう一人の男は質の良いソファに腰かける。着崩したラフなシャツ。優男の色男たる風貌の彼は、しかし剣呑な雰囲気を隠そうとはしない。
「アンチ・皇帝派たちによる一連の作戦……やってるのは、南部のザーバ派と、サングロウブルクに逃げたバイルの一派かな? 他の連中も何やらやってるようだが、俺たちに関連しそうなのは、バイルの方だ」
 色男は言う。提供されたコーヒーに、躊躇なく口をつけた。
「魔種になってよかったと思う事の一つは、出されたコーヒーを躊躇なく飲めるようになったことだ。
 魔種を毒殺しようなんて馬鹿はいないし、人間に気づかれない程度の毒ならば、魔種には効かない」
「それは、同意するよ。僕もワインを気兼ねなく飲めるようになったからねぇ」
 ふん、と将軍の男が言う。
「おっと、天下の『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』を率いるレフ・レフレギノ将軍にも、恐ろしいものが?
 というか、毒殺なんてのは鉄帝のカラーじゃないと思うけれどね?」
 そういう色男に、将軍=レフ・レフレギノが鼻を鳴らす。
「いーやぁ? 僕はビビりなだけさ。『英雄』なんぞにはなりたくないからね。卑怯だなんだといわれながら、僕は生きていきたいタイプだ」
「英雄の在り方に齟齬がありそうだが、さておいて」
 色男がコーヒーを飲んだ。毒などはない。馥郁たる豆の香りが、口中を満たす。
「バイル一派の動きはつかめている……いや、嘘だ。奴らが鉄道網を確保するうえで、避けて通れないのがここ、ボーデクトンだ。だから、これは気づいたとかつかめたとかじゃなくて、消去法でここを狙うしかないってだけだな。
 で、此処は、『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』の管轄だ。あんただ、将軍」
「アラクランとしての忠告かいぃ? ヴェルンヘル=クンツ殿」
「別に俺は」
 色男=ヴェルンヘルが頭を振った。
「ギュルヴィの手下とかそういうんじゃないんだ。そういう奴も多いんじゃないか? 独自の目的に、ちょうどよかっただけだ。俺も、あんたも、そうだろう? むしろ、目的という点なら、俺とあんたは仲良くできると思う。何せ俺は――」
「まっさらな世界か」
 レフは頷いた。
「素敵だねぇ~~~~~そういうの! 嫌いじゃない……ま、手段は違いそうだし、目的の『言い方』も違いそうだ!
 僕はすべての人間が『英雄』になるべきだと思っているッ!
 『誰かが』『英雄に』『される』ならッ!
 『誰もが』『英雄に』『されなきゃ』嘘だッ!」
 ハハハッ! とレフは笑う。
「そういうわけだから君のことも気に入っている……協力は惜しまないし、是非僕にも協力もしてほしいなぁ~~~~!」
「それはもちろん」
 ヴェルンヘルは笑った。
「そのために此処にいる。ボーデクトンの警備は任せてほしい。あんたは首都に戻るんだろう?」
「ああ、ああ。『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』も拡大してるからねぇ。
 選りすぐりの『英雄』を見繕って、こっちに派遣するつもりさ!
 ボーデクトンは、重要拠点。こういう所を守ってこそ、『英雄」ってもんだろぉ?」
「歪んでるなぁ」
 ヴェルンヘルが楽しげに笑った。
「そういうもんさ……この世界が真っすぐであるのなら、僕らは歪まずにはいられなかっただろう?
 いいや、違うな。僕らは真っすぐなのさ。世界が歪んでいるから、真っすぐな僕らは歪んで見える」
「かもな」
 ヴェルンヘルが言った。
「世界は歪んでいるよ。だからまっさらにしないとな……」
 そう言って、窓の外を見た。広大な鉄道都市が、そこにはあった。蒸気と機械に満ち、あちこちに小線路の走る、巨大な鉄道都市。ボーデクトン。その中央を走る複数のラインが、サングロウブルクとスチールグラードを繋ぐ、大型中央線路だった。
「さて……こっちには来るなよ、コニー。俺はお前には会いたくない……」
 ヴェルンヘルはそう呟いて、コーヒーを口にした。苦みが増したような気がしていた。

●ボーデクトン潜入
「ボーデクトンを奪還(と)りたい」
 そう言ったのは、バイル・バイオンだ。
 先般、イレギュラーズ達による投票を経て、鉄道網奪還作戦の採択がなされた。サングロウブルクより東に延びる主要鉄道網、それはいくつかの小さな集落に続く『小枝』と、首都方面に続く主要幹線、『幹』で構成されている。『小枝』の確保による周辺集落へのアクセス、および確保は必要であり、実際にその作戦に帝政派は従事を開始しているが、それとは別に、この主要幹線『幹』も確保したい。
「そのためには――どうしても、此処。鉄道城塞都市ボーデクトンを確保する必要がある」
 首都に続くためのライン――そこにはどうしても避けて通れぬ場所がある。それが、主要幹線の集まるハブ、鉄道城塞都市ボーデクトンである。巨大な主要幹線を真ん中に、南北に街の構成された此処は、西部からの敵の流入を防ぐための城塞都市でもある。
「欲を言えば、ゲヴィド・ウェスタンの方がとりたかった所じゃが。あっちには列車砲があるが……ありゃ南部方が狙っとるじゃろうな。ま、それはさておき。
 ボーデクトンを接収できれば、我々には一つ、動脈と、盾ができることになる」
「ご存じの通り、ボーデクトンは城塞都市でもあります」
 帝政派の作戦秘書にあたる、眼鏡の女性、アイリーヌが言った。
「この点の物流を確保できるほか、首都側からの攻撃に対しての、防衛線を構築できるという事です。ボーデクトンから繋がる、西部方面の集落や都市、そこへのアクセスも簡易になりますので」
「我らに非常に有利という事じゃな」
 バイルが言う。
「と言っても、これをとるなら一大作戦になる。此処にいるのは、十名。少数精鋭じゃ。これで奪還(と)ってこい、酷なことは言えんよ。
 まずは内部偵察と行きたい。確認したいのは、内部的戦力。或いは、現政府へのアンチ活動を行っている集団への接触。もしかしたら、此方に与してくれる軍人などが抵抗を続けている可能性がある」
「そう言った現地勢力と協力できれば、内部から突き崩すこともできる可能性があります」
 アイリーヌの言葉に、あなた達は頷いた。
「偵察だけ、なら、皆さんなら容易な任務でしょう。それ以上を望むなら、困難が待ち構えている可能性はあります。
 現地での判断はお任せします。ですが、どうか、無理はなさらないでください」
 その言葉に、あなた達は再度、力強く頷いた。
 鉄道城塞都市ボーデクトン。奪還への第一歩が、始まろうとしていた。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 鉄道城塞都市ボーデクトンへの潜入偵察を行います。

●成功条件
 ボーデクトン中央駅の『市庁舎』に向かい、現状況と敵戦力の確認を行う。
  オプション1――町内部の調査を行う。
  オプション2――町内部反皇帝勢力の調査と接触。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●状況
 鉄道城塞都市ボーデクトン内部に潜入、調査を行います。
 ボーデクトンは街の中央を巨大な線路が走り、その南北に市街地の形成された鉄道都市です。
 中央の駅に役場などの政治施設を集約し、中央の線路から小さな路線が町内部に張り巡らされています。
 鉄道網が大小の血管のように稼動し、物と人を運ぶにぎやかな街でした。
 しかし今は、中央の『駅舎』はスチールグラードから派遣された現政権シンパの軍人たちが占拠し、駅周辺や、列車に乗るものは検問や、苛烈な尋問が行われている様子です。また、サングロウブルクへ向かう列車はこの地点で止められ、サングロウブルクへ向かう事もありません。が、一応、『開かれている』名目ですので、潜入そのものは、多少の我慢をすれば難しくはありません。
 現在は、街の活気はなく、ヒトもほとんどで歩いていません。人と接触するには、相応の苦労が必要となるでしょう。
 大目標としては、駅周辺の『市庁舎』を調査し、敵の戦力や、現『駅長(市長)』を確認することにあります。
 市庁舎周辺には現皇帝派の兵士、特に『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』のごろつきどもが闊歩している可能性があります。街にも、そう言ったごろつきが歩き回っていることは想像するに難くありません。
 意味もなく因縁を吹っ掛けられる可能性は十分にありますので、潜入作戦ですが、戦闘の準備はしっかりしていってください。
 また、魔種の気配も感じます。くれぐれも油断はしないでください。

●エネミーデータ
 『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』 ×???
  新皇帝派の軍特殊部隊たちです。強さは様々ですが、基本的に市庁舎に近づくほど、強力な敵が配置されています。
  あまり神秘攻撃系統を使ってくるものは多くありません。多くは、力に任せたインファイターになるでしょう。
 
 想定外のエネミー ×???
  いる可能性があります。特に魔種の気配がします。
  魔種の討伐は作戦目標に含まれていません。倒そうとせずに、撤退を優先してください。
  もし倒そうとするならば、作戦の難易度は跳ね上がる可能性があります。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <総軍鏖殺>鉄道城塞都市ボーデクトン完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月07日 23時00分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)
キミと、手を繋ぐ
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ウォリア(p3p001789)
生命に焦がれて
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
朔(p3p009861)
旅人と魔種の三重奏

リプレイ

●ボーデクトン
 灰色の大空を、一羽のカラスが飛んでいる。
 見下ろす大地には、巨大な都市の姿があった。
 その町の中心には、大きな線路が走っている。街を分断するように奔るその線路は、そのまま街の内部に小さな枝を繋いでいって、血管のように町中に張り巡らされている。
 街のあちこちから噴き出る蒸気は、鉄帝では良く視られる光景だろう。だが、その噴き出る蒸気も、普段より勢いというか、数が少ないような気がしていた。稼働する蒸気機関の数が、本来あるべき数より少ないのだろうか。それは街の活動と活気に直結している。つまり、この街は、本来の活気がない、ということの証左ともいえた。
 街の中心に、蒸気列車が入り込んできた。大きなその腹の内うから、まばらに人が下りてくる。その表情はさまざまであるが、おおむね二つに区分される。強者と弱者である。強者に位置するものは、おおむね『現皇帝派』に属しているものと言っても差し支えはない。改札で待ち構える軍人たちも、彼らに何かを口出ししようとは思っていないようだった。現皇帝派という事もそうだが、それ以上に『強きは正義』である現在の鉄帝において、その強者に難癖をつけようというものなど居るはずがないのである。
 では、後者の、弱者に位置する人たちはどうか。おどおどと改札を抜けようとした男が、早速兵士たちに何らかの因縁をつけられているようだった。警棒で小突かれた男は、弱弱しく財布から現金を取り出した。それを受け取った兵士が、男を蹴りだすように改札から放り出す。正規の運賃ではない。適当に兵士が定めた『通行料』だ。男はため息をつきながら、広大な街の中へと消えていく。
 線路の付近には、大きな建物がいくつも並んでいた。監視塔のようなものを構える、軍人たちの軍事施設。そして真っ白な市庁舎。これは、元来この街が線路のすぐ近くに建物と生活圏が作られ、その後徐々に外へ外へと拡大していったことに由来する。
 線路と共に生き、蒸気列車と共に生きる都市。
 その名と、鉄道城塞都市ボーデクトン。
 灰色の空の下にそびえたつ、今は活気無き楽園である。

 イレギュラーズ達は、南部から内部への侵入を行うことにした。侵入とは言うが、建前上は『開かれた都市』である。入り口に検問は存在していたが、それはそれとして、入ることは容易である。『多少我慢すれば』。
「通行料」
 そう言って兵士が手を出すので、『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)はうんざりした様子で懐から現金をテーブルの上に放り出した。兵士が満足げに頷く。
「次」
 『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)がすました顔で検問に入り込んで、懐からコルネリアと同じだけの現金を取り出して、テーブルの上に置く。それからゆっくりと先に進もうとすると、行く手を警棒によって遮られた。
「足りねぇよ」
 兵士が言う。スティアがすました顔を崩さずに行った。
「さっきの人と同じはずだけれど」
「今この時間、一秒前に値上げしたんだ」
 兵士が小馬鹿にするように言った。
「随分と金を持ってるんだろう? ま、金がないなら、別の支払い方法もある」
 スティアがわずかに口元をひきつらせた刹那、
「その子は自分の連れです」
 『酔狂者』バルガル・ミフィスト(p3p007978)が言った。
「失礼。『特務の』バルガル・ミフィストと申します。皇都からの極秘任務でしてね。よろしければ通行を願いたい」
「何人?」
「自分とその子、それからさっき出ていった人を含めて、5名」
「これだけ」
 兵士が指を5本たてた。
「通行料」
「自分も払うので?」
「規則でね」
 兵士が言った。
「特務ですか。『うちはレフレギノ将軍の直轄』でね……」
 (なるほど、この下っ端どもは、『派閥にも強弱をつけている』のですかね。つまり、所属が得体のしれない特務である自分たちは、下っ端だと思い込んでいる)
 ふぅむ、と唸ったバルガルは、懐から現金を取り出した。ただ、スティアが余計に絡まれるという事態は避けられたことは事実だ。
「後ろの」
 朔(p3p009861)と『戮神・第四席』ウォリア(p3p001789)をさして、兵士が言った。
「お前らの分も今貰った。通っていい」
「どうも」
 朔がそういって、ぺこりと頭を下げた。ウォリアは静かに頷くと、バルガルと共に先に進んでいく。
「クソ野郎が」
 出口で待っていたコルネリアが毒づいた。
「あの目は――ああ、いや、ごめん。終わった事ね」
「うん」
 スティアが苦笑した。
「ありがと、バルガルさん。ちょっとムカってとしてたから、助かったよ」
「ま、バイルさんからもらった費用です。自分の懐は痛みませんし」
 肩をすくめた。
「流れで俺たちも払ってもらっちまった」
 朔が苦笑する。
「その分、町中の費用は出すよ。こっちもバイルから経費としてもらってるし」
「バイル様々だな」
 ウォリアが鼻を鳴らす
「実際に必要経費だ。ちゃんと使わせてもらおう。
 あちらのチームはどうだ、コルネリア」
「ああ、あっちの検問所も通れたみたいよ」
 そう言って、コルネリアは『視る』。視界を空、カラスのそれに映して。眼下に広がるもう一つの検問所。南部東側から入り込んでいたのは、残るメンバー、『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)、『空の守護者』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)、『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)、『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)、『竜交』笹木 花丸(p3p008689)、以上の五名だ。
「はは、相当吹っ掛けられたみたいねぇ。レイチェルが肩をすくめてるわ」
「どこも同じですか」
 バルガルが言う。
「一応、向こうも現皇帝派という事で潜入しているはずですがね」
「現皇帝がバルナバスだからね」
 スティアが苦笑した。
「皆で仲良くがんばろ~、なんてタイプじゃないよ」
「むしろ、軍内部でも食い合いをさせるタイプだろうな」
 朔が唸った。
「派閥の大きさでマウント取られるようじゃな……」
「くだらん争いだ」
 流石のウォリアも呆れた様子を隠そうとしない。
「さて、どうする。まずは潜入成功として――」
「とりあえず、南都市の広場の方で合流としましょうか」
 バルガルが言った。
「一応、向こうとはあまり離れ離れにならないように、という方針だからな。
 合流を目指しつつ、まずは皆に都市の様子を探ろう」
 朔の言葉に、皆は頷いた。
「コルネリア、ファミリアーで合図を頼む。予定通り、広場に向かう」
「あいよー」
 コルネリアがファミリアーのカラスに指示を出す。向こうにも伝わった事だろう。ウォリアが再び、鼻を鳴らした。
「いこう。あまりここで長話をして、また兵士どもに難癖をつけられても厄介だ。
 今度は三倍吹っ掛けられるかもしれん」
「帝政派の財源が吹っ飛ぶくらいに豪遊してみせますか」
 バルガルが肩をすくめるのへ、スティアが苦笑した。
「もう。冗談もほどほどにね」
 それは余裕の表れからくるジョークであったし、事実彼らは警戒はしていても過度の緊張はしていない。ピリピリした空気は、潜入する側としては避けたいものだ。あくまで、ただの一般市民――今回は現皇帝派の特殊部隊として潜入だが――を振る舞うのなら、自然体が望ましい。
「さて、まずは『観光』と行きましょう。丁度この通りは一つ目の商店街のようですから、生活感が確認できるでしょう」
 バルガルの言葉に、皆は頷いた。

「ここは」
 レイチェルがそういう。
「寒いな」
 率直な感想だった。寒々とした空に、あまりにも寒さを感じさせる光景。それは、あまりにも『人出が少ない』という事から感じられるものだった。
 別部隊。南部東側からの侵入を果たした一行は、南東側の商店街を歩いていた。店はぽつぽつと開いているが、大半は締まっている。打ち付けられた板や釘は、侵入防止のための策だろう。何が侵入するのか……考えたくはない。賊か、或いは天衝種か。
「バイルの話によれば、ここは賑やかな場所だったはずだぜ? 大都市だ」
「それはこの道の構成からもわかります」
 迅が言った。ばっ、と手を左右に伸ばす。
「見てください。僕が多分、あと四人は並べる道の幅です。道というのは、『通行量によって大きさが決まる』。つまりここは本来、それだけの通行量が認められ、そしてそれだけ実際に人が行き交いしていたという事です」
「レイチェル殿が寒いと感じるのも当然でありましょう」
 ハイデマリーが言った。
「あまりにも……そうでありますね。寂しい。心が寒くなる光景であります」
「うん。本当は、すごくにぎやかだったんだと思う」
 サクラが言う。道の端に、汚れた人形が落ちている。本当は、小さな子供が、その人形を抱えて走り回っていたのだろう。その子はどうしてるのだろう。今は、家で静かに暮らしているのだろうか。或いは――最悪の想像が浮かんで、サクラはそれを打ち消した。人形から視線をそらした。が、ねばつく未練が、そこに意識の端を送る様に要請する。
「今は、どうすることもできない。情報を仕入れないとね」
 そう言って、未練を断ち切った。ゆっくりと商店街を歩きだす。この風景は、別チームも全く同じものを感じているのだろう……寒々とした風景。
「花丸殿、大丈夫ですか?
 その、人助けセンサーを解除しても」
 迅が、花丸へとそう告げた。わずかに顔をしかめていた花丸は、ふと笑顔を浮かべて見せる。
「ん。大丈夫。大丈夫だよ」
 そう言って、センサーは解除しなかった。あちこちから、暗澹たる助けを求めるような声が聞こえてきた。雑踏に放り込まれたかのようなノイズ。だが、その雑踏に響くすべてが、それがどのような内容であれ、助けを求めるそれなのだとしたら、その雑踏を歩くものは耐えられるのだろうか。
 少なくとも今、花丸は耐えていた……助けてほしい、例えば、お腹がすいた、何日もろくに食べていない、というそれを、振り切らなければならない。今すぐ駆け寄って、スープでも与えてやるか。だが、それは一時しのぎになっても、何の解決にもならないのだ……。
「もうすぐ冬が来るんだね」
 花丸が言った。お腹がすいた、という声でふと思い出した。冬が来る。鉄帝はもともと、食糧生産に難を抱えている国であった。今ですら、弱者には満足に食料などは渡されない。今は、強者がすべてを奪ってしまう時代だ。
「ねぇ、このまま冬が来たら」
 どうなるんだろう、と、花丸は言えなかった。ハイデマリーが、「冬は」と、息を吸った。吸って、止まって。そこから先は言えなかった。ハイデマリーも、鉄帝の民だった。鉄帝の冬が、どれほど厳しいかを知っていた。冬は、楽しめるものが来る一方で、明確な死をイメージさせる季節でもあった。
「……」
 とくに迅などは、何も言うことはできなかった。ヴィーザル地方の出である迅である。冬の恐ろしさ、強大さは、鉄帝中心部に住むもの以上に、よくよく体に叩き込まれているだろう。
 今ですら、弱者は食糧難に襲われている。
 冬が、来れば。
 彼らは……今身近にいるものであれば、ボーデクトンに住むもの達は、どうなる。
「……ふっ」
 サクラが、その想い雰囲気を吹き飛ばすように、強く息を吐いた。ぱしん、と頬を叩く。
「今は、情報収集を頑張ろうか」
 そう言って、僅かに微笑んだ。
「そうだな」
 レイチェルが頷く。
「それしか……今の俺たちにできることは、ねぇなァ……」
 無力さを感じる気持だった。自分たちが伝説の英雄であれば、今すぐこの街を解放して、すべてをハッピーエンドに持って行けるのだろう。
「英雄か。この街の英雄様は何をしてるのかねぇ……」
 レイチェルが唾棄するように言った。入り口で検問をしていた兵士たちは、仰々しくも『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』を名乗るような集団だった。英雄は何もしてくれない。ただ奪うだけだった。今の国に認められた英雄たちは。
 寂しい商店街を、暗澹たる気持ちで進んでいく。やがてその灰色の風景がわずかに変わる。都市南部の中央に置かれた公園広場(パーク)だった。
 ボーデクトンは、例えるなら線路で分断された大きな円の形をしている。その下側半円の中央に存在する大きな丸が、このパークである。沈んだ太陽、或いは月を思わせるそのパークは、対照的に北部都市にも存在する。まさに、追いかけっこをする月と太陽と言えただろう。本来ならばこの比喩は、それぞれの天体に集う笑顔の人々でまさに輝く星と言えたが、今は寒々とした風景の中に、怪しいゴロツキがたむろしているようなものばかりが見えた。
「スティアちゃん!」
 サクラが手を振る。前方に、別チームの面々が見えた。
「あ、サクラちゃん!」
 スティアが手を振り返す。お互いが少しだけ速度を上げて歩き出した。そのまま合流する。
「よかった、スティアちゃん。なんともないみたいだね」
 サクラが微笑むのへ、スティアが苦笑した。
「もう、まだ入ったばかりじゃない。でも、ありがとう」
「状況は」
 コルネリアが言った。
「ま、ファミリアーで観察してたけど。そっちも同じみたいね」
「どこもひでぇもんだ」
 朔が言う。
「がらがらの店舗。寒々とした風景……」
「本来は、とても良い都市であったのでありますよ」
 ハイデマリーが言った。
「このパークも……年中、イベントが催されていたのであります。今度、あの子と遊びに行こうと約束していたのに……」
「……気持ちは察する」
 レイチェルが慰めるようにそう言いながら、近くにあったブランコに座ってみせた。
「改めて状況を確認するか。南部はごらんのありさまだ。北部は市街地が中心だったな?」
 バイルから得た情報を思い出すように言うレイチェルに、ウォリアが頷いた。
「ああ。ついでに、裏町……まぁ、言ってしまえばスラムもあると聞いている」
「もし『テロリスト』が潜伏するとしたら、そこです」
 バルガルが、隣のブランコに座ってそう言ってみせた。
「その分、接触するとしたら危険も増しますね。何せスラムですから、何がいるかわからない」
「魔種でもいる?」
 花丸が言った。
「ううん、冗談じゃないよ。すごく感じる。厭な気配」
「狂気をばらまこうって程じゃなあいみたいだけど」
 コルネリアが言う。
「ま、厄介なのには変わりないわねぇ。でも、いるとしたら市庁舎じゃないの?」
「現皇帝派の、この街本拠地はそこだね」
 スティアが言う。
「現皇帝は冠位魔種……間違いなく、魔種も力を貸していると思うよ」
「そこは覚悟しないといけないね」
 サクラが言う。
「私たちの目的としては、街の偵察……これはもう、すんだようなものだよね。それから、テロリスト……ううん、現地で抵抗を続けているらしい、反現皇帝派の人達との接触と、協力を取り付けること。それから、市庁舎への潜入」
「少なくとも、何らかの情報を得なければなりません」
 迅が言う。
「もちろん、威力偵察として、此方が攻撃を仕掛ければ、敵は相応の戦力をこちらに向けてくるでしょう。それだけでも、十分な情報と言えます。
 それ以上を望むなら――」
「かなりの危険を覚悟しないといけないね」
 花丸が言った。
「引っかかれるのをビビってたら子猫は触れないわよ?」
 コルネリアが言う。
「触るのは虎かライオンだけどね」
「毒蛇かもしれませんがね」
 バルガルが地面を蹴ってブランコを揺らした。きぃ、と音が鳴る。
「敵の正体はさておき。やることは以上です」
「とにかく北部に向かうかぁ」
 朔が言った。
「なぁ、迅。確か、街に知り合いがいるんだろう?」
「ええ。以前知り合った商人でして。今は都市北部で、小さな喫茶店を開いているそうです」
「そこで現地の情報を得よう」
 ウォリアが言う。
「それをもとに、俺たちでスラムに移動する。どうだ」
「そうでありますね。良いと思うであります」
 ハイデマリーが頷く。
「よし、じゃあそれで行くか。ひとまず北部都市に向かおう」
 レイチェルが立ち上がった。がちゃん、とブランコの鎖が音を鳴らしていた。

●バーデクトン北部
「お久しぶりですね、迅さん」
 喫茶店のマスターが、そういう。バーデクトン北部。北部は住宅地が多かったが、こうした小さな店もよく存在する。街を走る小汽車を利用して、南部から移動したイレギュラーズ達は、早速迅の既知の友の店へと向かう事にした。
「ええ。しかし、良いお店ですね。敵からの襲撃によく備えています。窓はワイヤー入りですが。銃弾も防げますね」
 そう言って笑う迅に、マスターは苦笑した。
「今のご時世でなければ、こんな改装をしなくて済んだのですがね。弱みを握られて業者に相当吹っ掛けられましてね。資金もだいぶ目減りしました」
「察するよ」
 レイチェルが言う。
「市民間でも、そうなっちまってるのか」
「どこも生き残りに必死ですからねぇ。どうぞ」
 そう言って、コーヒーを差し出した。五人分。湯気を立てた、薄く香りもないコーヒー。
「ありがと」
 花丸がそう言って、コーヒーを飲んだ。何の味もしない、色のついたお湯のようなコーヒーだった。
「不味いでしょう」
「えっと」
 花丸が苦笑するのへ、マスターが笑った。
「いや、まずいですよ。分かっていて出しています……ごめんなさい。
 今は、良い豆は強者のものだ。金、暴力、コネ……なんでもいい、あらゆる力が無ければ、何も得ることができない。
 私も一応、昔の商人としてのコネを持っています。それは力ともいえますね。ですが、わたしの力では、薄いコーヒーを作る粗悪な豆を手に入れるのが精一杯ですよ」
「それでも、何とかお客さんが来ているのは」
 ハイデマリーが言った。
「……マスターの一杯が、人々の心の支えになっているからでありましょう」
「ありがたいお言葉ですねぇ。それで、皆さん、今日は……観光ではないのでしょう?」
「正直を言えば、これから怖い事を聞きたいのだけれど」
 サクラが言った。
「……現皇帝に抵抗するような人たち。そんな噂、聞いたことないかな?」
 その言葉に、マスターはしばし、逡巡するような様子を見せた。
「居ますよ。たくさん……現皇帝は、そう言った混沌をお望みだ」
「俺たちが期待しているのは」
 レイチェルが言った。
「そんなひと山いくらのチンピラじゃないんだ。味方が欲しい」
 マスターは、イレギュラーズ達を見た。今この混沌を生き残るだけの力と才覚を持ったものだ。此方を値踏みしているのは事実だろう。そして、その眼鏡にかなうだけの交渉や活動を、彼らはしてきたはずである。
「……これは噂ですがね」
 マスターが言った。
「北部の裏通り、まぁ、スラムのような場所なのですが。
 そこに、旧軍のメンバーが集まって色々やっている……という話は聞きましたがね……」
「なるほど……」
 花丸が頷く。
(レイチェルさん、連絡)
(了解)
 ファミリアーに意識と視線を移し、合図。そうしている間に、花丸は微笑んだ。
「ありがとう。コーヒー、もう一杯いただけるかな」

「だ、そうだ」
 コルネリアがそういうのへ、バルガルが頷いた。
「やはり、スラム地区でしたか。まぁ、武装勢力が隠れるにはちょうど良いでしょう」
「市庁舎の方の目も欺けるからね」
 スティアが言う。
「まぁ、今の鉄帝に、スラムに目を向ける、なんてことができるとは思えないけれど」
「それも有り難いと言えば有り難いな。すきに動ける」
 朔がいう。そのまま、付近の精霊に視線を移した。付与付与と漂うそれは、自然界によくいるものだろう。会話は難しいかもしれないが、断片的な情報は得られる。
「やっぱり、武器を持った奴らはここにいるらしい」
「ふむ。特筆すべきほどに覚えているなら、何か意味はありそうだ」
 ウォリアが言った。
「問題は、どうやって接触するかだが」
「俺たち、今は『特務』らしいし。ぶらついてたら襲撃してくれないかな?」
 朔が言うのへ、スティアが苦笑する。
「うーん、むずかしいかも」
「逆を言えば、その程度の判断力しかないのなら、味方にしても足を引っ張るだけですね」
 バルガルが言う。朔が苦笑した。
「まぁ、確かにその通りだ。用心深いのは歓迎だけど、それだと接触が難しい……」
「うーん、地道に話しかけてみようか」
 スティアが言う。
「大丈夫か?」
 ウォリアが言うのへ、スティアが頷いた。
「うん。よさそうな人に声をかけるからね。それに、朔さんの精霊からの情報も合わせれば、何とかなると思う」
「ここにきて地道ですね……ですが、そうするしかないでしょう」
 そういうのへ、バルガルが頷く。
「よし、じゃあ、俺も聞き込みするか」
 朔がそう言って、頷いた。さて、そう言ったわけで、ここからは地道な聞き込みが始まったわけである。
 とはいえ、それは簡単なものではない。やはり状況的に、反皇帝勢力は慎重に潜伏していたし、そんなことを聞いて回るイレギュラーズ達に攻撃を仕掛ける現皇帝派のメンバーも確かに存在した。
 この聞き込みには、両チームが合同で当たっていたが、それでも時間と体力を削る行為であることは確かだった。とはいえ、多少の犠牲を払っても、ここで現地勢力と合流することは、労力に見合った見返りを与えてくれるはずだった。

「お姉ちゃん」
 と、スティアに幼い少女から声がかかったのは、頂点にあった太陽が、だいぶ傾いた時であった。
「さっきおじちゃんがね、お姉ちゃんにこれを渡してほしいって」
「そうなんだ。ありがと!」
 スティアが微笑む。少女からそれを受け取ってから、
「何かお礼しないとね」
「大丈夫、おじちゃんからもらってるから」
 そう言って、金貨を一枚、見せてくれた。
「そっか。じゃ、これは私から」
 そう言って、スティアが少女の頭を撫でてあげた。少女は嬉しそうに笑うと走り去っていく。
「よろしければ?」
 バルガルが言うのへ、スティアは頷いて、受け取ったものを手渡した。それは、しおりの挟まった、一冊の本だった。本自体は、ありきたりなベストセラー本だ。しおりが挟まれたページを開くと、そこに一枚のメモがひらかれていた。
『お前の後ろ、三番目の柱。そこから奥へ』
 それだけのシンプルなメモ。振り向いてみると、一人の不審な男が、その三番目の柱の所に立っている。目が合うと、その奥へ消えていった。
「行ってみるか」
 朔がそういうのへ、
「ああ。罠なら、ぶち壊せばいい」
 ウォリアが言う。その言葉に頷き、一行は先に進んでいった。

●地下組織
「成程、バイル殿の」
 そういうのは、精悍な顔つきの男だった。年のころは40手前か。年季の入った軍人然とした男。
 合流したイレギュラーズ達が自らの身分を明かせば、彼らは素直に納得した。
「なので、この銃口、外してくれるかなー?」
 花丸がそういうのへ、イレギュラーズ達に銃口を突きつけていた兵士が、そのポイントを外す。
「申し訳ありません。今はこういう状態なので」
 兵士が言うのへ、
「ううん、事情は理解してるから」
 花丸が苦笑する。
「で、俺たちとしては、このボーデクトンをとりたいわけだ」
 レイチェルが言った。
「我々もです。この街を解放したい」
「こちらからは、信じてくれ、としか言えないのですが……」
 バルガルが言うのへ、男が頷く。
「実際、あなた達の行動は注視していました。この街にいてから確認を続けさせてもらっていました。
 信頼できると認識しています」
「ああ、あんたらだったのね。たまに妙な視線を感じていたけど、敵かと思ってた」
 コルネリアが言うのへ、男は苦笑した。
「ええ、不快にさせてしまって申し訳ありません。
 私はイズルード・イズダンズ。旧軍では大尉でした」
「よろしく、イズルード大尉」
 サクラが手を差し出すのへ、イズルードはその手を握り返す。
「天義のレディですね、サクラ様。ロウライトの。
 そちらのお嬢様は、ヴァークライトのお嬢様と見える」
「ええ。申し訳ないけど、国家のわだかまりは」
 サクラがそういうのへ、
「ええ、今は何も申し上げません。むしろ、ローレットに属してのことは言え、力を貸してくださることに感謝を」
 イズルードは頷く。
「こちらの情報開示します。まず、此方の部隊総数ですが、申し訳ありませんが、多いとは言えない状況です」
「それはそうだろうな」
 ウォリアが言った。
「俺たちがお前達に期待するとしたら、内部からのかくらんだ」
「大部隊による攻撃をするとしても、外で止められてしまう事は目に見えています」
 迅が言った。
「そこで、内部から、皆さんによる疑似的な挟み撃ちが期待できます。そうすれば、より優位に立てる。
 ……皆さんに強い負担を強いることは申し訳なく思いますが」
「いえ、それは覚悟していますよ」
 イズルードが頷いた。
「正確にはどのような作戦になるかは、持ち帰ってからになるでありますが」
 ハイデマリーが言った。
「協力を取り付けられたのならば心強いであります」
「ありがとうございます、ハイデマリー殿。
 いや、鉄帝魔法少女ハイデマリーが味方となれば、此方も心強い。
 部隊にファンもいます。後でサインなどしてやってくださると喜ぶでしょう」
「あ、うん。はい」
 ハイデマリーが死んだ目をした。
「さておき、後は情報よね」
 コルネリアが言った。
「正直、今から市庁舎内に乗り込んで……ってのは困難だわ。となると、今の市長の名前くらいはきいておきたいわね」
「ああ。確か、首都から着た男です。顔を見たことがないので、おそらくバルナバスに与する、外から来た者でしょう。
 名前は……確か、ヴェルンヘル=クンツ――」
「あ?」
 コルネリアが声をあげた。
「聞き間違えじゃなければ、ヴェルンヘル=クンツって言ったか?」
「はい。お知り合いで?」
「いや……」
 コルネリアが口元に手をやった。
「……多分、知らない奴よ」
 そうとだけ答えた。

●市庁舎前哨戦、そして撤退
 市庁舎入り口――すでに多くの敵に囲まれた此処で、イレギュラーズ達の激戦はくりひろげられていた。
 街内の偵察、および反皇帝勢力との接触により、結構な時間を消費したことは事実だ。その為、内部調査までの時間は少々難しい。が、威力偵察による、敵勢力の確認自体はまだ可能であったし、それをやらない理由もない。
「とは言え! 花丸ちゃんもびっくりなくらいに敵が多いね!」
 振り下ろされた英雄隊の男の刃を、花丸はその手の甲で受け止めた。もちろん、そのままではなく、魔力障壁による防御を重ねたうえである。とはいえ、それでも充分に衝撃を殺せたのは、花丸の鍛錬の成果であろう。
「――っていっ!」
 気合と共に、掲げた手を振り払った。体勢を崩した男の腹部に、思いっきり蹴りをぶち込んでやる。うげぁ、と悲鳴を上げて、男が吹っ飛んで倒れた。
「流石に、今回で奪還(お)とすのは無理だね……!」
「それは、そう!」
 朔が叫ぶ。長剣で、英雄隊の女の持つ剣を振りあ払った。そのまま返す刀でトドメの一撃を放つ。
「敵は市庁舎、それから、近くの軍事施設からわんさか来る……!」
「大体の動員数ははかれた。敵の駐屯地も確認できた。俺たちが次に目指すべきは、中央区の制圧だ」
 ウォリアが言った。次につなげるべき情報は得たといえるだろう。細かいことまでは分からなかったが、繋ぐべきものは得た。
「このまま撤退するか、可能な限り数を減らすか、だ」
「ここで頑張れば、次は楽になるだろうけど……!」
 サクラが言う。
「これ以上は、結構辛いと思うよ。街中でも、何度か衝突はしてるから!」
「天衝種が少ないのは良いけど、街には兵士が結構うろついてたからね!」
 スティアが花弁を花吹雪のように散らす。花弁に伝わる温かさが、サクラに力をもたらしてくれる。襲い掛かってきた英雄隊の男の斬撃ごと、サクラは刃を振るってそれを切り裂いた。男が地面に倒れ伏すが、すぐに新たな『英雄』が補充される。
「次々と使い捨てられる英雄か……」
 レイチェルが忌々しい様子でそう言ってみせた。敵の数は多い、その多くは『新時代英雄隊(ジェルヴォプリノシェーニエ)』である。
「やれやれ、結成した奴の思想が透けて見えるな」
「随分と皮肉気な奴のようで」
 バルガルが相槌を打つ。
「ですが、使い捨てに付き合ってやるいわれもありません。後方を!」
「了解でありますっ!」
 ハイデマリーが白銀のライフルを構える。放たれた銃弾は、まずは狙いを定めずに乱雑に放たれた。それはまさに、ハチの巣をつついたかのような弾幕だ。手近の敵を一掃すると、続いてハイデマリーは『狙う』方向へとシフトする。的確に、撃てるやつを墜としていく。
「道を開きました! 撤退しましょう!」
 ハイデマリーがそういうのへ、迅が頷く――。
「了解です、すぐに――!」
 そうした刹那、その身体にとてつもない、触りとした寒気が走った。狂気に誘う気配。呼び声。そういうものの気配。直接ぶつけられたわけでなくてもわかる、それだけでも分かる、悍ましい、人類の敵の気配。
「魔種です! 近くに――!」
 叫んだ刹那、その身体が跳ねた。強烈な衝撃が、迅の身体をぶち抜いていた。撃たれたのだ、と気づいた刹那、
「う、お、あああああ!」
 迅は雄叫びと共に、無理矢理に身体をひねった。脚を、下に。下に。とにかく体勢を立て直して、ダメージを最小限に着地しろ。それだけを脳裏に浮かべて、身体を地面にたたきつけた。
「狙撃――いや、砲撃です!」
 迅が警戒を促す叫びをあげる。だが、その警戒は、戦場に不釣り合いなほどに冷ややかな声で否定された。
「いいや、ただの銃撃さ」
 声が響く。かつん、と、革靴が床を叩く音か聞こえた。
「市長……」
 英雄隊の男が言うのへ、市長と呼ばれた男が、片手をあげた。
「市長……あれが」
 花丸が声をあげる。
「ヴェルンヘル=クンツ……?」
 構える。恐ろしい気配が、イレギュラーズ達の背筋を恐怖に撫でさせた。間違いない、魔種。魔なるもの。反転した世界の敵。それが市長として、今目の前に立ちはだかっている。
「どうする……やれるか……?」
 朔が言うのへ、ウォリアが言った。
「やれる、と言いたい所だが、消耗が激しい」
 ちらり、とあたりを見やる。すでに相当の戦闘を繰り広げている。この上で魔種と当たれば、ただではすむまい。
「撤退を進言しよう。オレが殿を担う。コルネリア、お前は道を……コルネリア?」 
 ウォリアが、もう一度名前を呼んだ。
 聞こえないように、コルネリアは震えていた。
 目を見開いていた。
 銃口は地面を向いていた。
「なんで」
 コルネリアが声をあげた。
「何であんたがいるのよ……!」
 コルネリアが言った。
 その視線は、ヴェルンヘル=クンツを見つめていた。
「俺たちがどこに流されるかなんて、俺たち自身には決められない。前からそうだっただろ、コニー」
 ヴェルンヘルがそういう。
「来るなって言ったのにな……いや、お前は帝政派にはいないって聞いていた。だから、少し安心してたんだ……。
 でも、そうだな。俺たちがどこに流されるかは、俺たち自身には決められない。そうだったな、コニー」
「知り合い?」
 スティアが尋ねるのへ、しかしコルネリアは答えない。答えられない。
「しっかりして」
 サクラが言った。
「お願い、今は、しっかりして。逃げるんだ!」
「同感です」
 バルガルが言った。
「あいつは強い。消耗した私達では、皆殺しにされる可能性もあります」
「逃げるぞ、コルネリア」
 レイチェルが言った。コルネリアは動かない。動けない。その時、コルネリアの頭の中は、ただ一言だけで埋め尽くされていた。
 どうして。
「コルネリアさん! 今は逃げないと!」
 サクラが、コルネリアの手を引いた。それだけで、僅かにコルネリアは現実へと引き戻された。
「ああ、ああ……くそっ!」
 コルネリアが叫んだ。サクラに視線を移す。すまない、と視線で伝えた。サクラが頷く。
「行くぞ! 撤退だ!」
 朔が叫んだ。銃弾と魔術の音が鳴り響き、英雄たちを吹き飛ばした。そのまま、それが遠ざかっていくのを、魔種は観察していた。
「追いますか、市長」
 英雄隊の兵士が言うのへ、魔種は頭を振った。
「いいや。それより今後は警戒を厳にする。直に帝政派の大部隊が攻撃してくるだろう。それに備えるんだ」
「はっ……」
「もうじき、帝都からレフレギノ将軍と、補充部隊も来る。新人にもしっかり教育しといてくれ。決戦近し、だ」
「了解いたしました」
 魔種は兵士が去っていくのを確認すると、未だ騒がしい市庁舎近くの柱にもたれかかって、静かに煙草に火をつけた。
「ままならねぇなぁ……コニー……」
 呟く魔種。その唇から紫煙が零れ落ちた。
 それは世界を分断するみたいに、夕焼けと夜空の重なり合った空に消えていった。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。

 得られた情報は以下の通りです――。

・町は基本的に敵兵士がうろついている、住民たちは息をひそめて暮らしている。
・スラムを中心に、旧軍の反バルナバス部隊がいる。接触し、協力を取り付けた。ボーデクトン奪還には力を貸してくれるだろう。
・線路自体は使える。サングロウブルク行きの汽車はここで止められているので、解放したらサングロウブルクにも物資などは届けられるかもしれない。
・敵は街中央の市庁舎と軍事施設にいる。戦力も大体はかれた。大規模攻撃を行えば落とせるかもしれない。
・現市長=敵部隊指揮官の名はヴェルンヘル=クンツ。魔種。

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