シナリオ詳細
<総軍鏖殺>夢うつつの闘士。或いは、ある薬師の謀…。
オープニング
●ある闘士の死
「俺の治世(ルール)は簡単だ。この国の警察機構を全て解体する。奪おうと、殺そうと、これからはてめぇ等の自由だぜ」
新皇帝バルナバスの放った勅令が、鉄帝全土を騒乱の渦へ叩き込む。
そんな中、帝都スチールグラードにおいて独自の法を、己が力で貫き通す者たちがいた。
名をラド・バウ独立区。
武勇に秀でた闘士たちを有する独立組織であり、また民衆からの支持も厚い。
何かあっても、闘士たちが守ってくれる。
そんな希望に魅せられてか、ゆっくりと、けれど着実に闘技場は勢力を増していったのだった。
1人の闘士が殴殺された。
夜間の見張りに立っていたアーノルドという名前の闘士だ。
アーノルドの遺体を発見したのは、朝早くからの鍛錬を習慣としている別の闘士である。
手足は明後日の方向にへし折れ、頭部が半壊した無残な遺体だ。アーノルドの実力はまだまだ未熟であったものの、それでもラド・バウの誇る闘士の1人。鍛え上げられた巌のような剛体を、まるで小枝か何かのように破壊し絶命させたとなれば、果たして下手人はいかほどの猛者か。
「さて、事態の深刻さを受けローレットおよびラド・バウの闘士たちで事件の調査を進めて見たっス。調査の結果、新たに判明した事実は3つ」
イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)が3本の指を立てて掲げた。
「1つ、アーノルドを絶命させた凶器は素手。2つ、アーノルドと同室だった闘士が1人、姿を消している。そして3つ、アーノルドと消えた闘士は流れの薬師からもらった睡眠薬をここ最近の間ずっと常用していたこと」
朗々と調査結果を語り終えると、イフタフはテーブルの上にガラスの小瓶を置いた。
小瓶の中身は、うっすら青く染まった液体。心なしか、ほのかに甘い香りがしている。
「アーノルドの部屋にあった睡眠薬がこれっす。確かに睡眠薬ではあるっすけど、成分分析の結果、強力な幻覚作用があることが分かったっす。まぁ、要するに使い続けると夢遊病に似た状態になるってことっすね」
なお、睡眠薬の存在が明るみになった頃には、既に流れの薬師とやらは行方を晦ませていた。
「まぁ、別の派閥から寄越された工作員か、ラド・バウに恨みを抱く何者かってところっすかね」
●行方不明の闘士
闘士ガガラ。
闘士アーノルド殺害の容疑者であり、現在は行方を晦ませている。
元々は流れるような動きと、鉄骨を仕込んだ四肢で放つ素早く重たい一撃が持ち味の、トリッキーな闘士であった。闘士としては比較的細身かつ長身。長い腕と脚は、鉄骨を仕込むにあたって延長手術を施したという話である。
「睡眠薬の副作用により、正常な判断力を失っているものと思われるっす。ともすると、常時夢み心地って具合かもですが……まぁ、つまり厄介ごとってことっすね」
ガガラの試合は、いつも短い。
流れるような動きで対戦相手の攻撃を回避し、隙を見つけて急所に重い一撃を入れる。顎に受けて一撃で意識を奪われた者もいれば、喉や鳩尾を殴打されてKOされた者もいる。顎や喉などの急所をガードしている相手と試合う際には、肩や肘の関節を狙って壊すというのだから、きっと目がいいのだろう。
「クリティカル率の高い攻撃に、【致命】や【懊悩】【ブレイク】ってところっすかね?」
ガガラの行方が分かれば良し。
行方不明のままであっても、どこか遠くへ行ってくれているのならば、それもまた良し。
行き倒れて命を落としているのならば上々と言える。
しかし、万が一にもガガラが闘技場の周辺に潜伏しているとすれば……。
「今の闘技場には、闘士以外にも逃げ込んで来た一般人が大勢いるっす。その辺で暴れまわられちゃ、けっこうまずいことになるっすよ」
なんて。
イフタフはそんなことを言う。
果たして、悪い予感というものは得てして良く当たるのだ。
事件から数日後、行方不明のガガラの居場所が発見された。
ラド・バウ独立区の外れには、住人たちと闘士たちが築き上げたバリケードがある。難民たちや、浮浪者などが住みついているその区画にガガラは逃げ込んでいたらしい。
「話を聞く限りだと、逃げ込んできてから数日の間はずっと眠っていたそうです。でも、薬師とやらがやって来て、ガガラに何かを注射したとか」
注射を打たれたガガラは覚醒。
既に正気とは言えない有様で、目に付く人や物を相手に暴れ回っているそうだ。
かと思えば、夢の中で何かと戦っているのだろう。時折、撤退を選ぶなどの不規則な動きをしていると報告が上がっている。
頭を掻いて、溜め息を零して、イフタフは困ったように言う。
「【怒り】や【魅了】【恍惚】なんかは効かないっすね。眠ったまま起きてるみたいな感じっす」
まずはガガラを止めなければならない。
それから、件の薬師の存在もある。
「黒いコートに黒いマスク。素顔を隠した細身の人物で、性別も不明。分かっているのは薬品の匂いを漂わせていることぐらい」
【致死毒】【恍惚】【麻痺】を付与する薬物を所持しているだろう、とイフタフは言う。ガガラとアーノルドが服用していた睡眠薬の源材料が、そういう効果のものだったのだ。
「近くにいるかもしれないし、どこか遠くへ逃げた後かもしれないっす。可能であればそちらも捕まえるなり、始末するなりしたいっすね」
と、言うわけで。
イレギュラーズの出動と相成ったのである。
- <総軍鏖殺>夢うつつの闘士。或いは、ある薬師の謀…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年10月18日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●夢うつつの破壊者
鉄帝。ラド・バウ独立区。
高く積まれた木材と土嚢が、轟音と共に崩れ落ちる。
それは、近隣の住人たちが組み立てたバリケードだった。
濛々と粉塵が巻き上がる。頭から土砂を被った長身が、ゆらりと姿を現した。
長い腕は、誰かの血で赤く濡れている。
焦点の合わない虚ろな瞳に、口の端から流れる唾液。夢でも見ているみたいな顔で、男は肩を震わせ笑う。
男の名はガガラ。
違法な薬物によって“どうかしてしまった”ラド・バウの闘士である。
「やれやれ、おかしな薬が出回り始めたな」
そう言ったのは『竜剣』シラス(p3p004421)であった。
暴走するガガラを見つけ出すのは簡単だった。何しろ彼は、目的も無く人やバリケード、建物を手あたり次第に殴り壊していたのだから。
「“薬物を使って他者を暴れさせる”というのはなんだか鉄帝民らしからぬやり口だね、怖い怖い」
引き攣ったような笑みを零して『闇之雲』武器商人(p3p001107)はそう呟いた。
「"まともな"医師の処方する薬品程度では効かぬ強い悩みを持つ人の類ですかね」
「……興味あるかな? 薬の残りが手に入れば、用意できると思うけど?」
隣に並んだ『雨宿りの雨宮利香』リカ・サキュバス(p3p001254)へ、武器商人は問いかけた。リカは顎に指を触れ、視線を宙へ彷徨わせる。
「どうでしょう。夢魔として悪夢ならば喰らいたい物ですが……さて、かの夢を支配できるかどうか」
いかに鉄骨を仕込んだ拳であっても、岩や鉄を殴れば当然に痛みもあるはずだ。しかし、今のガガラはまるで痛みを感じていないようにも見える。
肉体の機能を凌駕するほどの薬効と、それによって見る夢は、果たしていかほどのものだろう。
慌てふためく人々を、誘導している少年が3人。
「ここ、これから、戦いになる。離れて」
暴れるガガラからの距離は、およそ100メートルほどか。それなりに遠く離れているが、相手はラド・バウの闘士である。たった100メートル程度、その気になればほんの僅かの間に詰めてしまえるはずだ。
「あんな風に暴れまわって、一般人が狙われたらひとたまりもありませんからね」
少しでもガガラの移動を妨害するために『新たな可能性』シャノ・アラ・シタシディ(p3p008554)と『深き森の冒険者』ルカ・リアム・ロンズデール(p3p008462)は瓦礫を道に積み上げる。
住人たちの非難はおよそ完了している。
残っているのは、ガガラの暴走により怪我をした者が十数名ほど。『(自称)将来有望な騎士』シルト・リースフェルト(p3p010711)の治療を受けて、近くの民家で横になっている。
「怪我人、すぐには、動かせない。これ以上、被害出る前に、止める、薬師、捕まえる、一件落着、目指す」
ポツリとシャノが呟いた。
治療を終えたシルトを迎え、これで3人。
「操られて戦わされてるのは気の毒ですがそれはそれですね!やっつけましょう!」
先陣を切った仲間を追って、3人は前線へと向かう。
ガガラに薬を処方したのは、黒いマスクに黒いコートの薬師らしい。
難民を装いラド・バウ独立区へと潜り込み、不眠に悩む闘士数名に睡眠薬を手渡した。結果がこれだ。1人は命を落とし、ガガラは夢心地のまま暴走している。
「もし、こんなお薬がもっと広まったらラド・バウが大変なことになっちゃう! 食べ物とかも増えてきて安定し始めてるところなのに……なんとかして今のうちに止めないと!」
額に浮いた汗を拭って『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が吠え猛る。感情の昂りに合わせて、チリと火炎が飛び散った。
「うん。こういうのは根っこから叩かないといつまで経ってもジリ貧だしね」
岩を……否、岩のような大鎚を引き摺りながら『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)が歩を進める。
長い髪が風に踊った。
歯を剥き出しにして、唸るように上体を倒した。
獲物に跳びかかる直前の獣にも似た体勢で、青筋を浮かせた朋子は堪えきれぬと言うように、忌々し気に言葉を紡ぐ。
「……ぶっ飛ばしてやる!」
罪には罰を。
悪意には暴力を。
悪党には石鎚を。
つまり、戦争である。
●がむしゃら
流れるような動きで敵を翻弄し、隙を見つけて急所に殴打を叩き込む。
本来、ガガラはそんな風な戦い方をする闘士である。
そしてそれは、夢うつつとなり正気を失した今であっても変わらない。
「っ……なんです? 壁を……?」
「あれは、何か狙って……いや、跳べ! 竜剣の旦那!」
初めは、敵と建物の区別がついていないだけかのようにも思えた。
けれど、違う。
ガガラは正確に、建物の支柱となる箇所を鉄骨入りの拳で殴打していたのだ。
柱がへし折れ、煉瓦の壁に亀裂が走る。
武器商人が叫ぶと同時に、シラスが姿勢を低く走った。
武器商人とリカが、家屋の残骸を身体で受ける。3人を纏めて飲み込むはずだった瓦礫は、2人の献身によってわずかばかり勢いを減らした。
「我を失って暴れる闘士を殺さずにか、なかなか骨だぜ」
瓦礫の雨の中を潜って、シラスは腕を一閃させる。
閃光が迸る。
放たれた熱閃が、ガガラの肩を切り裂いた。
直撃の寸前、ガガラが身体を沈ませたのだ。
「勘がいいな。だが、動きは鈍っただろう?」
傷口に紫電が走る。
ガガラが身体を跳ねさせた。
一瞬、動きが止まったガガラの胴を稲妻が斬り裂く。
「おはようでしょうか、おやすみなさいでしょうか……さて、こいつを一発目覚ましにどうですかね!」
リカの放った斬撃である。
一撃、ガガラの拳がシラスの腹部を打ち抜いた。
あばら骨の軋む音。
肺を打たれて呼吸が止まる。
次いで、左の拳が振るわれた。狙いはシラスの側頭部。脳を揺らして、意識を奪うつもりだろうか。
けれど、しかし……。
「飛行種の速さ、舐める、間違い」
空より落ちた1本の矢が、ガガラの手首を貫いた。
瓦礫の山を飛び超えて、誰より速くシャノは最前線へと至る。ガガラが視線を空へと向けた。その刹那、シラスの手刀がガガラの喉を打ち据えた。
出鱈目に拳を振るうガガラから、シラスは後ろへ跳び退ることで距離を取る。
代わりにシルトが、シラスの横を駆け抜けた。
手にした刀の切っ先が、地面に細い傷を付ける。
「みんなで連携して足止めをして逃走できないようにしましょう!」
肉薄するシルトの存在に、ガガラは気づいていないようだ。
否……ガガラの視界にシルトは映っていないのだろう。
剥き出しの背に、シルトの刀が裂傷を刻んだ。
ガガラは地面を蹴飛ばして、瓦礫を1つ、宙へと放る。
「っ!?」
シャノが目を見開いたのと、ガガラが瓦礫を拳で打つのはほぼ同時。
まるで砲弾のような威力と速度でもって、瓦礫が空へと撃ちだされた。それはシャノの脇を掠めて、翼の付け根を殴打する。
姿勢制御を失って、落下するシャノの眼前にガガラの拳が迫り来る。
風を切って、唸る拳が顔面へ。
シャノの身体が地面を転がる。
壁に叩きつけられる寸前、武器商人がシャノを抱えて受け止めた。
その眼前をルカが駆け抜ける。
その手に纏う冷気が周囲を凍えさせる。
そして、一撃……。
「ガガラさん、落ちついて下さい! 僕たちの言うことが分かりますか?」
撃ちだされた冷気の魔弾が、ガガラに当たる、その寸前……彼は再び、近くの家屋を殴打する。
家が崩れた。
舞い上がる粉塵を突き破って、シャノが空へと飛び上がる。
凍り付いた柱の下にはシラスの姿。家屋の倒壊に巻き込まれたのだ。
周囲を警戒しながらも、シルトが救助を試みていた。
次いで、粉塵の中から現れたのはルカだ。
視線をキョロキョロとさせているのは、ガガラを探しているからだろう。
「い、いない! お話は通じない状態のまま逃がしてしまっては……っ!」
悲鳴のようなルカの声。
正気を失した今のガガラを逃がしては、何が起きるか分からない。
けれど、しかし……。
「いない、2人、どこ?」
姿を消したのはガガラだけではない。
武器商人とリカの姿も、すっかりどこかに消えている。
倒壊する家屋と、隣の家屋の間にあった細い隙間に駆け込んだ。
闘士としての本能か。囲まれると言う状況を、脱しようとしたらしい。夢うつつの状態であっても、身体に染み込んだ“戦い方”までは失っていないようだ。
肩で息をするガガラは、通りを抜けた先でふと足を止めた。
「キミも被害者でもあるからねぇ……できることなら捕らえるだけで済ませたいが」
「私のコトがどう見えてます? 雷を放つ魔獣とかでしょうかね?」
目の前に2人。
片や長い金髪の怪人。
片や黒剣を携えた女性。
武器商人とリカである。
悠々と、歩き去っていく女が1人。
金の髪に白い服、肩から2つ、大きな鞄を下げた女だ。
「~♪ はは……単純な奴にはよく効くもんだわ」
なんて。
上機嫌に鼻歌を歌いながら、女はすいっと路地へ入った。
直後、女の眼前に重たい何かが降って来る。
「っ!? っぶね!」
降って来たのは岩の塊。
否、岩を削りだしたみたいな大鎚である。
「匂う……匂うなぁ。まぁ、薬師なんだから当然薬の匂いはぷんぷんさせてるはずだよね」
一瞬、鬼と見紛うた。
紅い髪に、赤い角、獣の皮を剥いで作った黒い服。
大鎚に片足をかけた朋子が薬師の進路を塞ぐ。
「あれ? あっちで暴れている人を止めに行かなくていいんですかぁ?」
頬に冷や汗を流しながら、金髪の女はにやりと笑う。
肩からかけた鞄を背中に庇うようにして、通りの向こう……ガガラの暴れている辺りを指さす。
だが、朋子は何も答えない。
代わりに、女の背後で火炎の柱が立ち上がる。
ごう、と空気を押し退けて、熱波が鞄のベルトを焼いた。
「暴れてる人を大人しくさせるのも大事だけど、これ以上同じようなことを起こさないためにも元から絶たないとね」
落ちた鞄から、薬の瓶と黒いマントが転がり出て来た。
それから、ひと際強い薬剤特有の刺激臭が漂う。
「睡眠薬……決まりだね。こんなことをして皆を混乱させるなんて、許さないよ!」
「しらを切るつもりならそれでいいよ。殴って確かめるしかないかもだけどだけだからね」
前方には朋子。
後方には焔。
進退極まった薬師の女は、舌打ちを零して両の腕を振り抜いた。
1つは地面へ。
もう1つは右方向の壁へ。
投擲された小瓶が2つ砕け散り、辺りに異臭を放つ煙をばら撒いた。
煙を吸った焔が口から血を吐いた。
朋子は鎚を一閃させて、濛々と立ち込める煙を払う。
その間に薬師は疾走を開始していた。向かう先は、血を吐きよろめく焔である。
「私、正義感って大っ嫌い」
なんて、言って。
焔の腹へ、薬師は薬瓶を押し付ける。
掌と焔の腹の間で薬瓶が砕けて、薬液が辺りに飛び散った。それは焔の皮膚を焼き、じわりと身体へ染み込んでいく。
ピリ、と一瞬、焔の手に痺れが走る。
片手に灯した火炎を投げる寸前に、薬師は焔の手を払い、頬へ拳を叩き込む。
薬師の手は薬液で濡れている。
薬が目に入ったのか、焔は短い悲鳴を上げた。目元から煙を上げながら、数歩、焔は後ろへ下がる。
逃げるべきだ。
不意を打って、焔を怯ませることに成功した。
しかし、薬師の意識は目の前の焔から離せない。今なら倒せる。ここで倒しておかなければならない。
不思議とそんな思いが溢れて止まらない。
だから彼女は、新たな薬瓶を手に取った。
大きく腕を振りかぶり、薬瓶を焔の顔へ投げつける。
刹那、枝の砕ける音がした。
「あぇ?」
砕けたのは枝ではない。
薬師の腕だ。
朋子の振るった大鎚が、腕をへし折り、家屋の壁に大穴を開ける。
「決めてたんだよね」
石鎚をその場に放りだし、朋子が駆けた。
血走った眼で、獣のような形相で。
「ぶっ飛ばすって!」
体勢を崩した今の薬師に、朋子のタックルを回避できるはずは無い。
腕の折れた激痛に、悲鳴を上げる暇もない。
衝撃。
まるで、岩の塊にぶつかったかのような衝撃。
内臓が、骨が激しく痛む。
自分が宙を舞っているのだと、気づくまでに数瞬の間が必要だった。
そして……。
「ここで逃がすわけにはいかないよっ!」
焔の声。
眼前に迫る紅。
蛇のようにうねる業火に飲み込まれ、薬師の放つ絶叫さえもあっという間に焼け焦げた。
●目を覚ます時
ガガラの脚が石化する。
その背中には、白い霜が張り付いていた。
「これで動きはかなり抑えられるはずです」
呻くようにそう言って、ルカは地面に倒れ込む。
ルカの足元には血混じりの吐瀉物が広がっていた。ガガラの殴打を腹に受け、胃の中身をぶちまけたのだ。
負傷は決して軽くない。
けれど、ルカは役目を果たした。
「こ……根、競べの……喧嘩なら、負けませんよ!」
刀を支えに立つシルトは、未だ戦意を失っていない。額を割られたのか、その顔面は真っ赤に濡れているけれど、血走った眼に宿る闘志は未だに熱く燃えている。
シルトだけではない。
その場の誰もが、多かれ少なかれ傷を負っている。
先に盾役を務めた武器商人とリカは元より、追いついてきたシラスやシャノとて無傷ではない。
そして、ガガラも。
左腕は折れ、右足は石化し、背中から首にかけては凍り付いている。
身体を震えさせながら、ガガラは前へ。
振りかぶった右腕で、シルトの顔面を殴打した。
シルトが倒れた。
意識を失った彼の頭へ、ガガラは足を振り下ろす。
頭蓋を踏み砕こうと言うのだ。
けれど、しかし……。
「あー……ここから先は我が相手を務めようか。リースフェルトの旦那と選手交代ってことで」
ガガラの足を腕で受け止め、武器商人はそう告げた。
飄々とした顔で、悠々とした口調で、なんてことでも無いようにガガラの踏みつけを受け止めて見せたのである。
「傷ついているし、鈍ってもいますね……どついて気絶させてあげれないか試してみましょう」
一閃。
武器商人の背後から、鋭い刺突がガガラを襲う。
紫電を纏った黒剣が、ガガラの肩を貫いた。
「っし!」
右上もこれで動きを止めた。
腕に仕込んだ鉄骨は、きっと電気をよく通す。
両腕はもう上がらない。
片足は石になっている。
それでもガガラは前へ進んだ。
肩からぶつかるようにして、武器商人の顔面を打った。
リカの剣が、ガガラの頬を深く斬り裂く。
満身創痍というのなら、ガガラこそがそうだろう。正気であれば、痛みで動けなくなっていたっておかしくはない。
だと言うのに、ガガラは悲鳴の1つさえも零さない。
夢を見ているのだ。
長い夢を、今も、ずっと。
「薬師なら、人助け、出来る。何故、こんなことを」
痛みも恐怖もないままに、怪我さえ無視して、暴れ続ける。
あぁ、なんて……。
なんて惨い有様なのか。
だから、シャノは弓を構えた。
キリリ、と弦を引き絞り……。
シャノが矢を射るよりも一瞬だけ早く、無数の魔弾がガガラの全身を撃ち抜いた。
「これでノックアウトだ、審判のカウントの必要は無いだろう?」
掌から煙を燻らし、シラスは言った。
それから彼は、ルカを連れてガガラへ近づいていく。
気絶したガガラを調べ、彼を苦しめる薬の調査をするつもりなのだ。ルカの助力があれば、ガガラの意識を混濁させる睡眠薬をすっかり取り除けるかもしれない。
「……俺も闘士の1人だ、こんな舐めた真似をしてくれた奴らには思い知らせないと気が済まない」
件の薬師は、焔と朋子が捕えただろう。
ガガラの暴走が、単なる悪戯や薬の実験によるものだとは思えない。
果たして、誰の差し金か。
誰が裏で糸を引いているのか。
「どこのどいつか知らないが、覚悟してろよ」
罪には罰を。
悪意には報復を。
握りしめたシラスの手から、ぽとりと1滴、血が滴った。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
ガガラおよび薬師の捕縛が完了しました。
しばらく動け無さそうですが、命に別状はありません。
依頼は成功となります。
この度はご参加いただきありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
闘士ガガラの討伐
●ターゲット
・ガガラ
ラド・バウの闘士。
流れるような動きと、急所を正確に狙う打撃が持ち味だった。
長い手足には、鉄骨が仕込まれているようだ。
夢遊病のような状態にあり、手近な人や物を攻撃するなどしている。ただがむしゃらに暴れているわけではないようで、急に撤退したり、急に猛攻に移ったりと行動が安定しない。
【怒り】や【魅了】【恍惚】が効かない。
パイルバンカー:物近単に大ダメージ、致命、懊悩、ブレイク
ガガラのフェイバリットホールド。
・流れの薬師
黒いコートに黒いマスク。
素顔を隠した細身の人物で、性別も不明。
薬品の香りを身に纏っている。
近くにいるかもしれないし、既に遠くに逃げ出しているかもしれない。
薬品散布:神中範に小ダメージ、致死毒、恍惚、麻痺
●フィールド
ラド・バウ独立区の外れ。
浮浪者や犯罪者が住みついている区画。
独立区を守るように家屋の残骸などでバリケードが築かれている。
残骸などが大量に散らばっているため、足場はあまり良く無さそう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
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