シナリオ詳細
再現性東京202X:深夜0時に劇場で。或いは、それはきっと傍にいる…。
オープニング
●深夜0時の邂逅
深夜0時。
密かで、静かな、月の無い夜。
耳が痛いほどの静寂の中、明かりの灯らぬ劇場ロビーにスーツ姿の男が1人佇む。
物音の1つも立てないで“ただ初めからそこにいた”とでも言うかのように彼は立っていた。
否、彼と呼ぶのもおそらく確かでは無いのだろう。
それはきっと、平均を抽出した男性を模した形をしている“何か”だ。
「さて、怪奇な事件が多発すると聞いていましたが」
シャーラッシュ=ホー (p3p009832)が、影の中へ言葉を吐いた。
数瞬の沈黙。
ぞぞ、と柱の影の中から白が滲んだ。
白い衣服に、白い髪、鳥の頭蓋を模したみたいな白い仮面。名をルブラット・メルクライン (p3p009557)という。
「少し調べてまわったが、夜妖の仕業というわけでも無さそうだ」
服に着いた埃を払ってルブラットはそう言った。
「——、——♪ ——!」
ルブラットの後に続いて現れたのは、マスクを着けた灰色髪の少年だ。笛の音みたいな音を鳴らして、何かしらの意図を仲間へ伝えようとしているらしい。
クー・クティノス・ツァラレーヴ (p3p010187)とはそういうものだ。人の子に似た姿をしているが、果たしてその本性がいかなものかはきっと本人にしか分からない。
クーの言葉に耳を傾け、こてん、とホーが首を傾げる。
“疑問を感じた時に人はそうする”ものだから、ポーズだけ真似したみたいな角度とタイミングだ。
いかにも自然で、自然だからこそ、不自然な。
「生き物の気配はするのですがね」
どういうことでしょう? なんて。
ホーはそう呟いた。
練達。
再現性東京。
都市の外れの廃墟ビルが此度の舞台だ。
かつてはホテルと劇場が併設された施設であったらしい。荘厳な正面扉を潜った先には、すっかりと荒れ果てた広い中庭。中庭を挟むように左右にはホテルが建っていて、中庭の真正面にある平たく大きな建物が、今やかつての劇場である。
真上から建物を俯瞰すれば、門とホテルと劇場で、真円を描いているように見えるだろう。
そういったスポットとなれば、当然に肝試しにちょうどいいと思うのが人の性である。正面の門には、膨大な量の落書きがあった。
「怪シク巨大ナ影ヲ見タト聞イテイタガ、ドコニモ見当タラナイデハナイカ」
「いやはや、まったく。ガセネタを掴まされましたかな? 折よく近くに来ていたからと、物見遊山に足を運んだだけですので、構わないといえば構わないのですが」
中庭の中央。
枯れた花壇と噴水を前に、言葉を交わす影が2つ。
片や頭にプリンを被った鋼の巨漢。
片や動く骸骨だ。随分と流暢に喋るが、舌も肺も無いはずだ。
マッチョ ☆ プリン (p3p008503)とヴェルミリオ=スケルトン=ファロ (p3p010147)は、中庭の調査を担当していたようである。
噴水前で顔を合わせて、さて次はどうするか? と思案を巡らす2人の背後で、がさりと小さな足音がした。
「あ……あれ? ここは中庭、ですかね? あたし、ついさっきまで門の外で駐車場を調べていたはずなんですけど」
そこにいたのは小柄な魔女だ。
三角錐の鍔広帽子に黒いローブ。死体みたいに悪い顔色と、夜道では決して会いたくないタイプと言えば、幾らか分かりやすいか。もっとも、プリン頭の鋼の巨漢も、歌って踊れるだろう骸骨も、夜道で出会えば絶叫必至ではあるが。
魔女……ルトヴィリア・シュルフツ (p3p010843)が困惑した様子で帽子に触れる。
話に“怪しく巨大な影”とやらは見当たらないが、どうにも不可思議な出来事事態は起きていることに間違いないらしい。
と、その時だ。
「出たぞ! くそっ、しつこいな、何だこれ!? 魚類か!?」
「こっちも出ました! わわっ! え、これ、お饅頭!?」
中庭の左右にあるホテルから赤羽・大地 (p3p004151)と水月・鏡禍 (p3p008354)が飛び出してくる。
大地の後ろを追いかけるのは、巨大な魚の怪物だ。ぎょろりとした飛び出した目に尖った口先、口腔に並ぶ乱杭歯、背びれはなぜか赤いトサカの化け物だ。
そして、鏡禍の後ろにいるのは、見上げるほどの饅頭だった。ご丁寧に、ほかほかと湯気など上げている。
一瞬、あまりにも珍奇な光景にルトヴィリアは目を見開いて……。
「出タナ! カイブツ!」
「成敗ですぞ!」
プリンとヴェルミリオは、2体の怪物を殴打した。
●いつでも我らがきっとそばにいる
たぬきであった。
羽織りを身につけ、2本の足で立ってはいるが、紛うことなきたぬきであった。
「へぇ、申しわけござんせん。てっきりいつもの悪ガキどもか、地上げ屋の先ぶれかと思いまして」
しきりに頭を下げるのは、紅い羽織の老たぬき。
本人曰く、名を“颱風”の龍というらしい。龍ではなくたぬきだが、何でも昔は紅龍に変化し暴風を呼ぶ術を何より得意としたとかで、老いた今なお、そのように呼ばれているそうだ。
龍の頬は赤黒く腫れている。プリンの殴打を受けたせいである。
「地上げ屋の先ぶれ? あー……つまり、俺はそいつと間違われて襲われたわけだ?」
詳しい話を聞いてもいいか? と、頭を掻いて大地は問うた。
先ほど、大地を襲った魚類の化け物は龍が変化したものである。龍曰く、現代人が恐れおののく鮭の怪物に化けたとか。もう片方の饅頭は、それまた古来より人の畏れるものであると狸の間で有名らしい。
「へぇ、詳しいお話ですね。なに、さほど難しいことはありません。この劇場とホテル一帯の地主様……隣に住んでいた山田殿という老人ですがね、それが暫く前に亡くなりまして。あれはウグイスの鳴く季節のことでありましたかねぇ」
劇場が潰れたのは随分と昔のことだ。
しかし、山田という老人は劇場跡地に手を付けることなく、長く放置していたらしい。それというのも、劇場跡地には昔から狸たちが住んでいたからだ。
「宅地開発で山を追われたワシら一族を、山田殿が匿ってくだすったわけですわ。しかし、亡くなられてからこっち、土地を奪おうと地上げ屋どもがやって来るようになりまして」
すん、と鼻を鳴らす音がした。
龍の背後に並ぶ無数のたぬきたちが泣いているのだ。
「ここを追われては、もう死に絶えるしかない。だもんで、驚かせて追い払って……そういうことをしておりました。初めは成果も上々でしたが、次第に慣れて来たようで。さて、あとどれぐらい持つことやら」
「……住む場所であれば、こちらで紹介してやることもできるだろうが」
仮面の嘴に手を触れて、ルブラットはそう言った。
「——♪」
同調するようにクーが鳴く。
けれど、龍は静かに首を横へと振った。
「山田殿に恩もあります。私の妻などは、今も山田殿のよく座っていた席にすがりついて泣いております。泣きつかれては眠って、夢から覚めては、またお前に会いたいと……それを見ていると、どうにもここを見ず知らずの者に明け渡したくはないのですな」
目尻に浮かんだ涙を拭って、龍は肩を震わせた。
つられて今にも泣きだしそうな顔をして、鏡禍は席を立ちあがる。なお、一行の背もたれ役は若いたぬきが担っていた。沈み込むように柔らかなクッション付きである。
「だったら、地上げ屋たちをこてんぱんに驚かせてあげましょう! 怪我をさせないで、怖がらせるんです! 二度とここに手出しをしようなんて考えないように!」
古来より、人が手を入れてはいけないとされる土地は各地に多くある。
つまり鏡禍は、この劇場とホテルをそういう場所にしてしまおうと言っているのだ。
「やや、それは良い考えですぞ! スケさんも手を貸しましょう!」
「乗リカカッタ船トイウヤツダナ」
ヴェルミリオとプリンも、鏡禍の策に賛同のようだ。
「やるのは別に構いませんが、向こうも仕事なのだろうし、怪我はさせないようにしないと」
「——!! ——!!」
ルトヴィリアが懸念する通り、相手は数こそ揃えているが単なる一般人である。
たぬきたちに土地の所有権が無い以上、あくまで穏便かつ自主的に劇場跡地から手を引いてもらう必要がある。
「おぉ、おぉ! 何と慈悲深いことでしょう! 聞いたか、皆の衆! 親切で、少々風変わりな方たちが、我らに手を貸してくださるという!」
立ち上がった龍は、拳を天へと突きあげた。
「地上げ屋どもが何するものぞ! 今こそ、決戦の時である! 覚悟はいいか? 新鮮な葉を搔き集めてくる準備はOK! いざやいざ、袋に妖気を滾らせて、目に物みせてくれようぞ!」
龍の放つ大音声に、たぬき達が唱和する。
『そいやっさ!!!』
こうして、たぬきとイレギュラーズの一団による、劇場跡地奪還作戦が始動した。
広い中庭。
真正面には大劇場。
右と左にはホテル棟。
かなり広い施設である。件の地上げ屋どもを追い払うには、相応の準備が必要だ。怪我をさせるのは得意だが、無傷のままに追い返すとなると話が変わる。
地上げ屋に手を引かせるためには、相応に立場の高い者が来てくれなければいけない。
そして、非現実的な出来事があったからと、少し怖い思いをしたからと、人死になく地上げ屋は手を引くだろうか。
「少々、人の欲を甘く見過ぎているかもしれませんね」
なんて。
暗い夜空へ視線を向けて、ホーはそう呟いた。
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- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年10月17日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●宵
暗くて静かな夜だった。
人の手を離れ、すっかり寂れた古い劇場。その門前に男が4人立っている。
「本当に今夜、ここで話し合いをするってことで合ってるのか? 電話受けたのは誰だ? 高畑か?」
咥えた煙草を携帯灰皿でもみ消して、黒いスーツの男が言った。年のころは40代の後半ぐらいか。瘦せ型で、鋭い目つきをした男だ。
「えぇ、昼間に電話がありまして。うちがこの土地を欲しがっているってのは公にはしてない話なんで、まぁ山田の爺の息子ってのは間違いじゃないと思いますよ」
高畑と呼ばれた男は、懐中電灯で辺りを照らしながら答える。
彼らは劇場の土地を欲する土建屋だ。日中のうちに『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)から連絡を受けて、交渉のために夜も遅くに廃墟へ足を運んだのである。
「この時間じゃないと忙しいとか。って言うか、宮さんは残っててくれても良かったんすよ。交渉は俺らに任せてくれりゃいいんだから」
「お前らに任せて、いいように言いくるめられちゃ適わねぇからな。なるべく急いで、ここを平らにしてーんだ、俺ぁ。そのために今夜は俺が直接出向いたし、作業員も呼びつけてある」
そう言って宮と呼ばれた男性は、背後の通りを指さした。
ヘルメットに青い作業着といった姿の男性が5人、夜道を歩いて近づいてきた。
かくして9人になった男たちは、おそるおそるといった様子で明かりの消えた劇場の門を潜っていった。
——、——♪ ——♪
風の音に、幽かな笛の音が混じる。
スーツを着た若い男が2人、青白い顔を見合わせた。
「おい、笛の音が聞こえて来てるよ。俺だけか?」
「いや、僕にも聞こえてます。聞こえてますけど、何なんすかね、これ?」
「何ってお前……前からあったろ、ここ“出る”って噂。お決まりだろうが、幽霊が出る前には笛の音が聴こえてくるってのはよ」
「……そういう時のは篠笛じゃないんすか? これ、だって……フルート」
風に混じった『悪夢の断片』クー・クティノス・ツァラレーヴ(p3p010187)の声を聴き、男2人は怯えた気持ちを隠せない。
廃墟ホテルのエントランス。
立ち入って来た男たちを見下ろして、『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)は劇場見取り図に幾つかの印を書き込んだ。
「大切な思い出の場所を守りたい…その思いにスケさん感激ですぞ!! 微力ではございますが、スケさんも一肌脱がせていただきますぞ!」
ヴェルミリオの背後には闘志燃ゆる狸たち。その中に混じる、気だるい様子の『瀉血する灼血の魔女』ルトヴィリア・シュルフツ(p3p010843)は手の平の上に、極小サイズのゾンビの幻影を浮き上がらせる。
「劇場の仕込みも上々。連中が座席に座らせた遺体に気付くかは分からないけどね」
「演技指導もしておいた。なかなか真に迫る死体を演じられていると思うよ」
『61分目の針』ルブラット・メルクライン(p3p009557)の指導によって狸たちは立派な死体に化けられた。それを狸と知らなければ、絶叫必至の出来栄えだ。
劇場の何処か。
埃の漂う暗い廊下に、人並み外れて巨大な影が立っている。
「来タヨウダゾ。マッタク、プリンの如シ他人ノ思イ出ニ手ヲ出ストハ……何トモイケナイ奴ラダ! タップリオ灸ヲ据エテヤラネバ!」
プリンを被った巨躯のそれは、aPhoneを手に後ろを見やる。名を『ゼリーのライバル』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)。振り返った先にいるのは『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)だ。
「えぇ、狸さんたちの大切な場所を明け渡すわけにはいきません。元の世界での経験を生かして追い払ってみせますよ!」
拳を頭上へ掲げた鏡禍が、改めて意気込みを口にする。
鏡禍の姿は近くの窓ガラスに映っていない。
たしかに彼はそこにいるのに、実態を持ってそこにいるのに、一体どういう理屈だろうか。しかし、そのようなことを気にもせず『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)は赤々とした血のような色のインクでもって、ガラスに文字を書き込んでいる。
「立ち去れ……っと。メッセージ、あまり多すぎても滑稽なだけか? このぐらいでいいかな」
ペンをポケットにしまった大地は、自分の目元に手を触れる。
それから、トン、と床を蹴って大地の身体は宙へと浮いた。
「それじゃあ、そろそろ“録画”を開始するとしよう」
マッチョ☆プリンと鏡禍に軽く手を振って、大地はふわりと飛び去っていく。
●怪
山田 凪。
そう名乗ったのは、特徴のない男性だった。貼り付けたような、例えば“微笑む男”という名前の仮面でも被っているような男性は、丁寧な態度で宮崎組の一行を迎えた。
不気味な男だ。
前を歩く山田 凪……もとい、ホーの背を眺めながら、高畑は内心で舌打ちを零す。
十分すぎる金額を提示し、土地の権利を譲り受ける。それだけで済む話だと思っていたのに、ホーはそれを断った。
まずは実際に劇場を見ていただきたい。
そう言って、彼は先に立って歩き始めた。そうなれば、招かれた側である宮崎組の面々は後について行かざるを得ない。
「……あぁ、そう言えば」
ホテルを抜けて、劇場へ。
劇場ホールの真ん中で足を止めて、ホーは背後を振り返る。
夜の闇より黒い瞳が、高畑を見やる。内心の怖れを見抜かれたような不快感に、背筋を悪寒が駆け抜けた。
「ここは経営中に宿泊客の中から行方不明者が続出して、廃業せざるを得なかった場所なのです」
囁くように、しかしハッキリと聴こえる声でホーは言う。
「そしてその現象は今も続いている」
僅かにホーの口角が上がった。
「おや? 7人……でしたかね?」
7人。
否、作業員を含めて9人で劇場を訪れたはずだ。
「2人消えてるじゃねぇか。おい、はぐれたのか?」
「……ど、どうします? 放っておくわけにもいかないと思いますけど?」
苦虫を嚙み潰したような顔をした宮崎は、視線を若い2人に移した。顎をしゃくって「探してこい」と無言で促す。
「悪いんだが、少し待ってもらえるか? 2人、はぐれちまっ……あん?」
それから、もう1人。
気づけばホーも消えていた。
若い2人は、宮崎組の新入りだ。
入社時期も年齢も近いこの2人、堪え性が無く何事も長続きしないという人としての性質も近いものがある。
上司の指示に、理由を付けて不満を垂れる。要するに不真面目な2人は、宮崎の指示を受けてはぐれた作業員を探しに出かけた。そして早々に、ホテルと劇場の渡り廊下で足を止めると、ポケットから出した煙草を口に咥えたのである。
「人使い荒いよな。宮さん」
「上の人間は、下の者の苦労なんてわかんねーんだよ」
紫煙を吹かして、愚痴を口にする2人の耳に、フルートの音が届く。
「またかよ。どっか近くの家で吹いてるのか?」
なんて。
そう呟いた2人の耳に、トトトと微かな足音が聞こえた。宮崎か誰かが様子を見に来たのか? それにしては、足音が小さい。
慌てて煙草を消した2人の視界の隅を、白い影が横切った。
「っ!?」
中庭の方向だ。
それが、びっしょりと濡れた子供の影であることはひと目でわかった。心臓が跳ねる。喉の奥から悲鳴が零れた。
次いで、絶叫。
2人は煙草を投げ出して、一目散に逃げ出した。
どこを、どう走ったのか分からない。
気づけば2人は、ホテルの2階に立っていた。
それからもう1人。ホテルの2階には、窓の方を向いて立っている男の姿がある。
「お、おぉい! おたくさん、どっから入った! なぁ、ちょっと人を探しているんだが見なかったか? こう、青い作業着を着た……」
人がいた。
2人の声に気が付いたのか、人影はゆっくり振り返る。
「青い作業着の男……それは、もしかしてこんな顔でしたかな?」
男の顔には肉が無かった。
眼も、鼻も、唇も、耳も……何も存在しない白骨が、言葉を発しているのである。
そんな顔した生者がどこにいるものか。
何度目かの絶叫。
逃げ出していく男たちは、ルトヴィリアの作った幻想の壁に誘導されて劇場の方へ走って逃げた。
「——♪」
「おや、クー殿。上手くいきましたな」
「——! ——!」
「ヘイッ! ハイタッチ!」
イエーッ!
腰をかがめたヴェルミリオと、少し背伸びしたクーは、暗い廊下でパンと両手を打ち合わす。
それは巨大な人骨だった。
本来、虚ろであるべき眼窩にはぎょろりとした血走った眼球が嵌っている。地響きとともに現れたそれは、埃に塗れた窓越しに宮崎たちをじぃと睨んで、カカカと歯を打ち鳴らした。
嗤っているのだ。
ところは劇場の2階。窓際に設けられた喫煙所である。
「宮さん!」
「なんだ!」
「と、扉……消えてます!」
動揺する高畑に対し、宮崎は幾らか冷静だった。先に消えた作業員2人のこともある。音もなく消えたホーのこともある。今更、扉の1つや2つ消えたところで、何ら不思議は無いとさえ思えたのだ。
「逃げるぞ。とにかく、何が起こってるか知らねぇが、あんなもんの近くにいられるか!」
唾を飛ばし、こめかみに血管を浮かばせて、声の限りに宮崎は怒鳴った。
と、その時だ。
廊下の奥から、人の声が聞こえて来たのは。
「な、なんか来ます!」
「聞こえてるよ! なんだ、あの2人がもど……」
違う。
廊下の奥から走って来たのは、白い髪の小柄な老爺だ。
「おどろおどろしいがしゃどくろが現れたなら、志を同じくするプリンと狸は先陣を務めあげろ! フルートを鳴らせ! 骸骨の歌に耳を傾けるのだ! 納骨堂にて魔女と食屍鬼の神と踊れ! 御覧あれかし、殺人鬼の見た臓物の色を! さぁ、鏡の中の怪童は今も貴様らを見ているぞ! これこそ狸の真骨頂にして、幽霊の撮る今世紀最大の喜劇なり! 進め! 逃げ惑え! 私こそがチャップリン! すぐに! いますぐに!」
絶叫しながら、廊下を疾走する老爺。
その顔には、喜色溢れる笑みが張り付いていた。
宮崎と高畑の間を駆け抜け、老爺は窓へ。
「私も仲間に入れるのだ!」
ガシャンと。
顔面から窓ガラスに激突し、老爺はそのまま暗い中庭へ姿を消した。
『立ち去れ』
『消えろ』
『ここから出て行け』
窓ガラスに書かれた文字は、誰かの悪戯だろうか。
それとも……。
「嫌なこと考えちゃうよな」
「あ、あぁ……こんな状況だとな」
言葉を交わす男は3人。置いてけぼりにされた作業員たちだ。
右も左も分からず、さっきまであったはずの扉もいつの間にか消えている。進むことも、退くことも出来ないでいる3人の背に「あの」と小さな声がかけられた。
「皆さんこんなところで何をしているんですか?」
そこにいたのは子供である。
夜遅い時間に、廃墟に子供がいるという異常事態。それも恐怖するでも慌てるでもなく落ち着いている。
「……な、なんだ君? こんな時間になにやってる?」
知らず、1歩後ろに下がった。
きょとん、とした顔で少年は足を止めた。
それから彼は……にぃ、と薄く笑ったのだ。
「それじゃあ仕方ないなぁ……鏡にご注意くださいね。鏡に捕まった人もいるらしいですよ?」
なんて。
彼が指差したのは、部屋の壁に取り付けられた姿見だ。
映っているのは青い作業着の男が3人。
少年……鏡禍の姿は何処にもなかった。
「さて、そろそろ2人が劇場に来るころですね。皆さん、悍ましくできますか?」
舞台のうえで、ルトヴィリアはそう言った。
観客席には十数体の死体が座っている。変化した狸たちである。
『そいやっさー!』
明るく、元気の良い返事だ。
うぅん、と難しい顔をしたルトヴィリアだが敢えて何も言わないことにした。
「演技指導も、遺体の真似も問題ない」
コツン、と足音を鳴らして現れたのはルブラットだ。
「あら? もう役目は終わりですか?」
「あぁ、少し脅かして来た。ふふ。あぁも愉快な反応を見せられると、本当に殺したくなってきてしまうのでな……後は私も観劇と洒落込むとするよ」
くっくと肩を揺らして笑う。
我先にと逃げ出した宮崎と高畑の2人を、影から少し脅かして来たのだ。すっかり怯えて逃げ惑う2人は、大地とホー、ヴェルミリオの誘導に従って、直に劇場へと訪れるだろう。
「そうですか。では……最前席で、愉しんでいってね」
なんて。
ルトヴィリアの言葉は、果たして誰にかけられたものか。
無言のまま、2人は手と手を打ち鳴らす。
細く震えるフルートの音色。
青白く光る骸骨に、時折感じる誰かの視線。
窓の外には巨大な骸骨。
逃げて、逃げて、逃げ惑い、男が2人劇場へと駆け込んだ。
舞台上の2人を照らすように、ぱっ、とステージライトが灯る。
「ひっ……あ“ぁ”!?」
「し、死体!?」
パチパチと疎らな拍手。
客席に座った幾つもの死体が、ゆらりと身を起き上がらせる。
死体だけじゃない。
壁をすり抜け、床から滲みだすようにして、青白い人影が現れた。
「あ……あぁ、あ」
ガシャン、と重たい足音がする。
客席の間を割って、現れたのは黒い鎧だ。劇場に辿り着くまでの間にも、あの鎧は何度か見かけた。
「良クキタナ兄弟!」
反響する大音声。
叩きつけられた大声に、宮崎と高畑は震えあがった。
霊体が2人を取り囲む。
起き上がった死体たちが、ゆっくりとステージへ近づいて来る。
歩く鎧に、どこからか現れた歩くカエルの人形に、スマホ頭のサラリーマン、笑顔のまま空から降って来て、床にぶつかり弾ける男と、男の顔をした市松人形。バーテン服を着た男が2人、横断幕を手に走る。横断幕には古い女優とアイドルの写真。そして声高らかに歌う細身の中年男性。視界を横切る紅い髪の美女。
観客席は血と肉の通りに変わった。
異臭が漂う。異臭を放ち、それらは迫る。
幻想的。しかし、悪夢のようでさえある。
まさしくこれはパレードだ。
百鬼夜行のパレードだ。
恐怖の、狂気のパレードだ。
「オマエモ“アレ”ニヤラレタノカ兄弟!」
「歓迎スルゼ兄弟!」
「火車ニ乗ルノハ始メテカ兄弟?」
地の底から響くような悍ましい声。
重なり合って、語り掛けられる声が2人の心臓を鷲掴みにする。血管に直接冷水を流し込まれたみたいに、身体が芯から冷えていく。
「以外ト乗リ心地イイダロ兄弟!」
「腹ガ空イテタラプリンモアルゼ兄弟!」
「死ヌホド美味イゾ兄弟!」「心配スルナ兄弟!」「オレ達ハモウ“仲間”ダゼ兄弟!」「地球ネコダゼ、兄弟!」「救済ノ技法ヲ知リタイカ、兄弟!」
「サァ、迎エニ来タゾ、兄弟!」
●畏
赤い瞳でそれを見ていた。
驚き、怖れ、慄く哀れな男が2人。マッチョ☆プリンのプリン仲間という奇妙な霊たちに囲まれて、今にも気を失いそうな有様である。
「おイ、出番だゾ、龍の爺さン?」
観客席の隅で、大地は言った。
彼の隣には、すっかり毛の白くなった老狸の姿がある。
「ここが誰の住処カ、連中の魂に教えてやレ」
老狸……“颱風”の異名をとるという彼は、胸の前で印を組むと滝のような汗を流して口の中で呪文を唱えた。
「伊予松山に鎮座召します隠神刑部に奉り申す。山口霊神、八百八狸の長の御力、久万山よりお貸しくだされ」
喝!
と、気勢を吐きだせば途端に暴風が吹き荒れた。
ごう、と渦巻く大嵐。空気を震わす大稲妻に、どこからともなく漂う叢雲。
ぐぉぉ、と吠える声がした。
紫電を纏い、雲を引き裂き、暴風と共に現れたのは天を飲み込むほどの大龍。
赤い口腔に人の胴ほどもある鋭い牙が、男2人を飲み込んだ。
気絶した男たちを、表の通りへ投げ捨てた。
目を覚ますのは暫く先か。
今日の出来事は、彼らの記憶に深く刻まれたことだろう。
「このホテル跡地は魑魅魍魎の魔境……相手がそう信じ込んだなラ、二度と手を出そうと思わんだロ」
録画した一部始終は、高畑の手に持たせてきた。
後日、改めてルトヴィリアのメッセージ付きで、もう1本のビデオテープを贈る予定だ。ついでに、クーが調べた宮崎組の悪行も文字に起こして送り付ける手はずである。
これにて、任務は完了だ。
狸の群れと、疲労困憊といった様子の龍に囲まれイレギュラーズは顔を見合わす。
最初に手を挙げたのは誰だったか。
1人、2人、3人と、次々と手が伸ばされる。
「——♪」
ハイタッチ。
パン、と渇いた音が鳴る。
「上手くいったものだな。ところで、途中で出て来たあの老爺……発狂した老爺は誰の仕込みだね?」
夜明け間際にそう問うたのはルブラットだ。
場所は劇場。狸たちは打ち上げと称してプリンを楽しんでいる。
なお、プリンを給したマッチョ☆プリンは再現性新宿駅へと向かった。何でも「駅構内で大勢のプリンが柱に刺されていると聞いた」のだそうだ。きっとプリンを助けに行ったのである。
「さて……? aPhoneで皆さんと連絡を取り合っていましたが、あのような仕込みは聞いていませんね」
「てっきりホー殿のアドリブかと思っておりましたぞ?」
ホーとヴェルミリオが首を傾げる。
「龍のお爺さんか、狸の誰かじゃないの?」
鏡禍が視線を龍へと向ける。
龍は狸たちを見た。
揃って首を横に振る。
「どうやら我らではないようですな」
「ッテ、ことハ……何だったんだ、あの爺さん?」
なんて。
大地の零した呟きに、答える者は誰もいない。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
地上げ屋たちは、トラウマを抱えて帰っていきました。
依頼は成功となります。
この度は、シナリオのリクエストありがとうございました。
縁があればまた別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
たぬき達と協力して、地上げ屋たちを追い払う
※地上げ屋たちに怪我をさせると任務は失敗となる。なお、なぬきの負傷は問題ない。
●ターゲット
・地上げ屋たち×大勢
劇場跡地の土地を狙う地上げ屋たち。
ヘルメットに作業着が基本装備。度重なる怪現象を警戒してか、簡単な武器を持参している。
何時に、何人が、劇場を訪れるのかは作戦による。
とくに何の策も講じない場合は、日中に下っ端たちだけがやって来ることになる。
●NPC
・“颱風”の龍×1
たぬき達の長。
当代随一の変化の術の使い手。
かなりの年月を生きた老たぬきである。
・たぬき達×沢山
変化の術が使えるたぬき達。
平和主義者で、人と戦争や喧嘩がしたいわけではない。彼らはただ、恩人の残してくれた土地を守りながら、平穏な日々を送りたいだけだ。
●フィールド
再現性東京。
廃墟とかした劇場跡地。
劇場1つと、ホテル2棟の複合施設。
落書きだらけの豪奢な門を潜った先には広い中庭がある。
中庭から見て真正面には2階建ての大劇場。
右と左には8階建てのホテル棟。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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