再現性アーカム20XX：育成シミュレーションゲーム『だんうぃっち』

オープニング

●再現性アーカム――東京都
　とある旅人が呆然と其処に突っ立っていた。これが本当に現実の出来事なのかと首を傾げる他にない。しかし――いや、まさか。再現性アーカムの事は知っている。とある創作の舞台を再現した伝統的かつ冒涜的な場所だ。そんなアイスクリームたっぷりな街に『東京都』が収まっているなんて滅茶苦茶ではないのか。この再現性アーカムを作り出したものはまったく『統一性』など考えていないらしい。ぐるりと目玉をさまよわせた先には異常なまでの行列、彼等或いは彼女等は何を求めているのか。
　店の看板にはGAMEの文字、でかでかと掲げられているポスターには……。
　だんうぃっち――それは再現性アーカム、東京都をひどく騒がせた育成シミュレーションゲーム。怪物の赤ちゃんのお世話をし、立派な邪神にする名状し難い電子ゲームとも謂えよう。老若男女が話題性に沸き一家に一台は存在しているという代物。おう、俺のだんうぃっちよぐそとーとに進化したぜ。いいなぁ、私のだんうぃっちお父さんに任せてたら死んじゃったんだよね。そりゃ親父が悪い、あーあ、学校でゲーム出来たら好いんだけどな。
　そんな会話がざわざわと流れていく、実に平和な光景だ……。

●再現性アーカム東京都、とあるマンション
　イレギュラーズが呼び出されたのは再現性アーカム東京都のとあるマンション、その最上階であった。戸を開けた先で待っていたのはオラボナ＝ヒールド＝テゴス、その生徒である赤城ゆい。天井で垂れさがっていたのは『だんうぃっち育てきるまで帰れません』の一文。嫌な予感がしたイレギュラーズは戸を開けようとしたが――。
「Nyahahahahahaha!!!　貴様等、この一文は冗談だ。この再現性アーカム東京都から離れなければ依頼は達成出来る。今回は文字通り『ゲーム』で遊ぶのだよ。貴様等には一人ひとつ『だんうぃっち』を渡そう！　見事、ゲームキャラを育て、天寿を全うさせるのが『シナリオクリア』の鍵だ」
「ねーねー、せんせー。私もう育てきったから学校戻っていい？　今日までの宿題が終わってないのよ。あっ、この子は確かピックマンに進化したわ」
「育て方は簡単だ。生贄を用意する、祭壇を綺麗にする、玩具を与えるetc、万が一放置していると死んでしまうから注意し給えよ！　Nyahahahahahaha!!!」
　だんうぃっちを貰ったイレギュラーズは無事に邪神を育てる事が出来るのか。
　ふんぐるいふんぐるい……。

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第1章

第1章 第1節

　邪神育成ゲームと耳にして「面白そう」だと思ったのは何者かのプログラミングの所為に違いない。内臓を乱すかの如くに有原、ありもしない虚ろな孔。
　ウロボロスの種を蒔き忘れたのだ、毒牙にやられた人生観め。
　人間が必要なのだ。
　飽和している赤茶色を『私』だと認識してくれたならば、現実、或いは幻想の涎にも行き渡るだろうか。生かされたかのような、もしくは活かされた心地で面白さを優先してみよう。魅せるような展開に如何様な枝分かれを紡ぐのか、成程、帰った私に飽きた私に来なかった私、そぐわない私どもを肉団子にしてしまえば自己の飽和の時間だ。おっと、それにしても『わたし』この世界には余白が多すぎると思わないか――何が本物で何が贋作かを原作者に再確認してくれ給え。いやいや、わっかんないけど。これが『作者はそんなこと考えていないよ』ってやつだ。私の意思を離れて二次創作が育まれていく……。
　私に因んだ祭壇でおままごとを行ってくれないか、素敵な素敵な邪神のお子様に乾杯だ。その泥濘はナパームを燃やしながら理想を詰め込んでくれたのだ。素晴らしい！　創り出された光景にはたくさんの化身、これが決心した主人公の末路か。
　――それじゃあ私のやってるこの『だんうぃっち』をあげよう。
　イグの仔はイグなのだと誰かが宣っていたとおりだ、オマエもオマエを餌にしているらしい。ふーん。マトリョーシカの戯れだと謂うワケ、本当おめでたい。

成否

成功

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第1章 第2節

　タイトルに映っているのはおそらく『メイン邪神』だろう。最も人気なのではなく最も名前が知られている個体だ。だんうぃっちではなく『るるいえ』に改名した方が良いのでは？　製作者の脳味噌は奇怪である。
　邪神育成に必要なのは根気と愛情だ、しかし、それが可能なのは一部の狂信者だけに違いない。育成ゲームが得意ではない岩倉・鈴音はハンドブックを開いて『初心者オススメ』な一柱を選んだ。そりゃクトゥルーとかいうタコ助にきまっとるわ。グルメ本によると心臓のステーキが最高だという点も決め手だ、万が一の時でも処理が簡単なものが悦ばしい。それで？　まず必要なのは雑巾と箒なのだろう。放棄してはいけないのはどの邪神も同じだった――水棲らしいから水で濡らしとくか。えっ、ダメなんか？
　海底に封印されていたから逆効果、友好度マイナス、ほうほう。
　ンッフッフ♪　四大なんたらもあてにならんね。ご機嫌直しに人間与えとくか。んで玩具は樽っぽいやつにしよう。一緒に遊んだほうが強くなるかもな。
　なんだかんだ謂ってオマエは嵌ってしまったらしい。寝食ともにクトゥルーと一緒だ。今日は人間の屍で太鼓でも作るか、あと眷属が持ってきた鉱物で笛も拵えよう。さいきょーの邪神に育てて練達のヤツラビックリさせなきゃな。そういやこのゲーム次回作は出るのだろうか「だんうぃっち　妻の誘惑編」とかだったらやらせてもらいまっ。
　邪神はオトコ臭さあるからの～。

成否

成功

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第1章 第3節

　昔流行した玩具箱をパンドラが如くにひっくり返すのも悪くはないのか。いや、極楽院の手中からすれば何もかもが『悪』の導に違いなく、改めてしまえば勿体ないとも思える。リメイクすりゃ売れんじゃね？　つまりは遊びとしてではなくビジネスとしての貢献だ。ちょっと触ってみっかなー。障られてみるが正解か、祭壇は森の奥がよろしい。生贄は何が相応しいだろう、清らかな乙女よ、定番の儘に発狂し給え。
　一桁程度のガキの紡いだ手記を戯言と謂うには『リアリティ』が凄まじかった。清掃や玩具はあえて適度が悦ばしい。何故かって赤子だとしても邪神は邪神だ、自分で勝手に『起き上がる』だろう。寧ろ、構い過ぎると人間味が増えて面白さが半減してしまう。不意にけたたましいブザー、これは流石に危ういだろうか。おっと、特殊イベント？　なるほど、確かに10月と謂えば収穫祭、サバトが近くても可笑しくはないか。
　ユッグゴトフとかいう甲殻類が粘液を撒き散らしている。
　なんか最終的に黒い山羊になったな？　メス？　ああ、たぶん雌山羊だ。
　わたがしめいた外見は、成程、ハンドブック曰く『デフォルメ』とやらだ。復活する際に本来の姿になるらしいがプレイヤーは確認出来ないという。まー、よくわかんねーが『なんとなく』仕組みはわかった。あとはこれを元にコピー品を売りさばくだけだ。
　ヴェールの纏い方を忘れていないか。
　しゅぶにぐらすの鳴き声が松果体をいじめる。

成否

成功

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第1章 第4節

　キザイア・メイスン、つまりはお節介なおばさんがお見合いの話を持ってきた。あら、このゲーム、成長させると子供を産めたりもするんですね。ころころと可愛らしい宝珠みたいな子に育ったのでお節介おばさんの謂う通り結婚させてあげましょう。たとえばチャペルに立派な環状列石を拵えて盛大な式を挙げると好い。それとも――この廃れた村を丸々借りるのは如何だろうか。ハンドブックによると森の黒山羊さんがデフォルトらしい。
　でもまあ可愛い我が子の為、そんな当たり前な相手を選んでいいのだろうか。よくない。ノーマル邪神としての生だなんて面白さの欠片もないでしょう。あ、そういえば生贄に『使っていない』人間種の女性が残ってましたね。殺してしまうのは可哀想ですから――この方を奥さんにしてあげましょう。お節介おばさんの笑い声が聞こえた。お幸せに。
　なんて素敵な双子なんでしょう。生贄から一転、アルビノ肌な人間さんも幸せそうで何よりです。おっきな建物なんか作っちゃってきっと将来は『おおきな子供』になるのでしょう。でも、如何してでしょうか。いつも画面に一人しか映らないのですよね、バグでしょうか？　それともそういう仕様……？　あ、オラボナさん、何かご存じですか？
　それはエルシア・クレンオータ、オマエ自身、理解している筈だ。
　ふぅ、と粉末を吹き掛けたなら視える、ええ、視えています。
　私にはしっかりと双子が、視えているのです……。

成否

成功

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第1章 第5節

　狂気の沙汰に投身したのは何度目だったのか、互いの精神を、星辰を弄り合って今現在に至る。添えられた円筒の意味を今更、伝授されても困るのだ。見知らぬ言語をそのままに口遊んでみた。
　ブゥゥゥン――電源を入れる。

　プレゼント・ボックスに投げ込まれた、脳味噌のような形状の電子ゲーム。これを思考回路に使うのは如何なものかと寒櫻院・史之はアハハとせせらった。あー、流行ってたね。なつかしさすら想わせるやかましいブザー音に掌を伸ばしてみる。カンちゃんにひとつ買って帰ろうか。まるで『あの日』のように、誰かにねだられるような感覚で……。

　しーちゃんから貰った卵みたいな『それ』は再現性アーカム、東京都で流行っているお遊びだそうだ。僕、冬宮・寒櫻院・睦月はそのたぐいにまったく触れてこなかったと謂っても良い。でも、これならカンちゃんでも出来るだろうって『いただいた』ものだ。貰ったからには一生懸命がんばらないと。ぴこぴこ、ちいさなボタンをつついていく。
　えっ……？　右へ左へと視線をさまよわせていたら、仰天、餌のマークが人型ではないか。この天使の輪っかはきっと歓喜を称えた信者の成れの果てだろう。いやいや、そんなものはあげられません、冒涜的です。それなら他の餌は如何だろうか。目玉、耳朶、腸、名状し難い種子……なんだかろくなものがありませんね。挙句に脳味噌ときたもんだ。と、とりあえずこのアルビノペンギンを与えてみましょう、ぎぃぎぃ。
　あとは糞尿を片付けて、祭壇を磨いて、お見合いの準備をして……延々、ポチポチするだけなんですね。もっと刺激的なものかと想ってました。でも、一匹くらい育て上げたいですね。なんとも眠気を齎す作業だろうか、頭蓋内、霞むような、とけるような――すやり。

　飽食の時代と謂うには些か『早いのではないか』とオマエは枕元に『あたま』をのっける。まあゲーム性なんて在って無きがごとしだししようがない、これが仕様。かわいいお姫様をぬくぬくまで運んだなら『ひまつぶし』でも始めてしまえ。さーて――最短何分で死ぬかな。ヤグサハ、本当に冒涜的な所業を！　腕時計片手に病的なタイム・アタックだ。餌？　霞でも喰ってろ贅沢な奴め。世話するワケないだろ『邪神』なんだぜ此奴。ああ、糞まみれにでもなってろよ、キタナラシイ、ソウゾウシイ――オーケー、10分。長いな。
　液晶の彼方側の無価値な、痰壺のような地獄。不定形には案外お似合いかもね。べつに崇拝する必要はこれっぽっちもないし。なあ、見下したっていいじゃないか、そうだろ。プログラムとドット絵の混沌だ、この仮想生命体……あれ？
　なんか、背後に気配――電源が切れた。

　ああ、死なせちゃった！
　どうしようしーちゃん、しーちゃん？
　まだ羊羹でも切ってるのかな？
　またやりなおしだよ、無間地獄。
　あっ、今度の仔はなんだか視たことあるよ。
　なんだったかな。アノマロカリス……。

成否

成功

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第1章 第6節

　強烈な腹痛に苛まれたのだと貌の知らない神様とやらが訴えてくる、狂う寸前だった天使が喇叭の音で元に戻り、成程、これは不死者の戯言とでも謂うべきだろうか。ああ、何故だろうか。何故に神様は勝手に育って勝手に人間を支配しないのだろうか。これを育てないと帰れないし、しょーがないなぁ――積み重ねるべきは確かな信仰、しかし、ペッカート、極まった夜を神様は認識出来ているのか。
　生贄はアルビノペンギンから人間までありとあらゆる冒涜が詰め込まれていた。それなら玩具と兼用で充分ではないのか。素晴らしい、オマエはゲームの裏技を感覚で『咀嚼』していたのだ。遊んで壊れたら生贄として食べればいい。けど――渋る所以を教えてくれと幼体な神様が首を傾げる。食べ方が汚ねぇ。ぐちゃぐちゃとこぼれた肉片、腸、地面の脳味噌を舌で舐るやかましさ。掃除するのがダルい。やっぱりやめだ。
　スクリーンの彼方側で化け物面をした『オマエの仔』がぶぅぶぅ鳴いている。玩具で汚れるのは仕方ねぇが、料理は俺が作ってやろう。捧げものとして考えたら『それ』の方が良さそうだ。手間暇かけて、愛情を注いで、こねこね、ハンバーグをジュウジュウ……。
　カトラリーが上手だ、お行儀よく食べろよ。
　拭い取った祭壇が光輝を放っている、集る信者の中心で『神様』は旅立ちの日を迎えた。好きなところに行ってくれ。美味しかった――。
　蟾蜍は嗤い、四次元の断面へと身を躍らせた。

成否

成功

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第1章 第7節

　懐かしさと同時に沸き立っていた、画面の背景に幾匹かのねこ、ねこ、ねこ。苛めてはいけないのだと気付いた頃には手遅れで、成程、名前も知らないモブキャラが絶えて逝った。何処かで聞いた事のあるジャンル問答に触れられて、障られた気分にでも陥ったのか。兎も角、玄野・壱和にとっての眩暈、現代日本の再現性に過ぎない。オレ、こういうゲームは得意だったゼ？　狙うべきはストレートではなくフォークだ、落ちる、墜ちる、誰かが虚空へと消失していく――やりまス、縛りプレイ。いや、変な意味じゃないっすヨ？
　先生が耳にしたらきっと発狂しただろう内容だ、ニマニマ動画のタイトルに、デカデカ『邪神を水のみで育ててみた件』と垂れ流してみる。これではまったく植物栽培ではないか。コンクリート・ブロックを突き破った所為で祭壇が悲鳴を上げている。かわく、かわくのだ、土が乾いている――カーソルを動かして視れば、火星、首を傾げて『個別ルート』へ。
　玩具代わりのロケットが不揃いな星辰を嫌悪していたが『此方が』向かうので有れば問題などない。ぷっくらと、スクスクと育まれた蕾の中身はおそらく、開花宣言の兆しだろう。おっしゃ、咲かせるカ。だばだばこぼれた水、はじめまして千年花……。
　一人称を定めたのは製作者だ、我慢してくれ。
　恍惚とした、蜜のような香りが鼻孔を擽る、この筐体そういう機能でもあんのカ？　戯れるかの如くに、たま、マタタビ酔っ払う。

成否

成功

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第1章 第8節

　邪神育成シミュレーションゲーム『だんうぃっち』、イレギュラーズの活躍もあってか複数の邪神がその『在り方』を辿れた。再現性アーカム、東京都に放たれた数多の恐怖は何れ新たな物語として世界を騒がせる事だろう。素晴らしい、正気ではない現実に乾杯し、この黄金色の蜜を滴らせ給え――。