PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<デジールの呼び声>堆きスピラ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ネイビーブルーに包まれたその場所は、人知れず存在していた。
 竜を思わす角や鱗、尾を有するその者達は亜竜種と呼ばれているらしい。覇竜領域の、彼等の遠き同胞なのだという。
 大海を隔て、絶望の渦中より逃れるように神威神楽に寄り添ったその者達は猛き竜に祈りを捧ぐ。安寧か、それとも畏怖か。
 ことのはを重ね合わせて指折り祈る姿は、ひとが神に縋る姿と何ら変わりはない。
 碧色の水面の水面は彼等を護る薄い膜の様であった。其れを抜け、地へと踏み出した者達の誘いが世界を開く。

 ――助けてくださいませ。

 亜竜種の少女は縋るように、そう言った。里を包み込んだ違和は少女の喉元近くに漂い、研ぎ澄まされたナイフを突きつけるようでもあった。
 薄汚れた白襦袢を衣の中から覗かせ、開けることも頓着せぬ彼女は傷だらけの素足で声を届けにやって来た。
「とてもおそろしいのです。
 竜神様の祠のそばに、其れに良く似たばけものがいるのです。それと、共にあの子が……」
 水竜リヴァイアサン。彼女達がそう呼んで尊んだ其れを思わせる、インディゴの肢体を有する獣。
 それは虚滅種と呼ばれたものだろう。
 濃紺の竜――スピラ・カエルレウムは複数の竜の幻影と共にその場所で蜷局を巻いて佇んでいた。
 その傍らには目を伏せて居眠りでもするように竜に寄り添った一人の亜竜種の少女。
 助けを求めてきた亜竜種の娘のいもうとなのだという。
 海嘯の気配、漣としじまの傍らに寄り添ったそれは滅海竜を宿すようにして己が敵に牙を立てる。

「すぴら、すぴら」
 少女の声音が深海に響く。
「おひぃさまはいっていらしたわ。あなたはもっと、つよくなれるって」
 まるで微睡むようにうっとりと囁いた少女はふらつく脚を折り畳み、祠に凭れ掛かるように眠りについて。


 地上の楽園。華やかなるは海原と共にある憩いの地シレンツィオリゾート。吹く風に秋を孕めども、喧噪は衰えることもなく人々の娯楽に混ざり合った欲深きてのひらは何物かを掴もうとする。急成長を遂げたその場所は各国の思惑を混ざり合わせながらも人々の心を潤わせていた――だが。
「『深怪魔(ディープ・テラーズ)』と『虚滅種(ホロウクレスト)』というそうです」
 困惑滲ませる『聖女の殻』エルピス (p3n000080)はその空色の瞳に憂いのいろを滲ませる。人々の憩いたり得るその場所に暗い影が伸び上がり輪郭を帯びてきたからだ。
「みなさんが、調査をして下さった結果をローレットから頂戴しています。
『深怪魔』は『悪神ダガヌ』によって生み出される怪物で、代々『竜宮』の乙姫がその封印を担ってきていたのだそうです」
「乙姫様はおとぎばなしの役割と言うよりも、封印の巫女――神威神楽の双子巫女やらと立場が近いのかしら?」
 そういえば神威神楽の双子巫女の一方も行方知らずになったのだったかと『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)も苦い表情を浮かべた。
「天浮の里の調査もあるし、悪神ダガヌが姿を見せたってなると放置もしておけないわよね。
 まだ行ったことない場所も多いし……エルピスとアイスクリームを食べたり、イレギュラーズ君達と先輩とドッグランにも行ってない」
 唇を尖らす万葉にエルピスは頷いた。
 人々のいとなみは、娯楽が傍らに存在している。だと、いうのにその娯楽さえもを壊し日常に暗い影を落とす者がいるのだ。
「いとしき日々は、簡単にこわれるものだと聞いています。
 この地はひとが得た勝利の証。二度とは傷付けさせてはなりません」
「そうね。イレギュラーズ君達が頑張った場所だもんね。……って事はダガヌ海域に攻め入ってダガヌとかいうやつを倒さなくっちゃならないのね。
 乙姫から救援要請があったの。
 インス島周辺への一斉攻撃をしてダガヌを消耗させることで、玉匣による再封印をより強固なものにして、未来永劫の完全封印を行うっていう」
 打てる手は早々に打っておこう。クライアントの願い出がこちらの思惑と合致したのならば足並み揃え深き海へと潜ることが出来る。
 暗澹たる海の中に存在するのは煌びやかなせかい。
 人の欲求を閉じ込める玉手箱は開いてはならぬと囁かれた『海中のひみつ』であったか。
 そんな場所で、過ごす者達に異変が見られた。眠りながらもゆるやかに歩を進め、地を闊歩するのだという。
 それは竜宮だけではない。天浮の里と呼ばれた亜竜種の居所にも変化が起り――
「エルピス。どうしましょうね……」
「『虚滅種(ホロウクレスト)』を倒しに、天浮の里へ参りましょう。
 それは祠をお守りになっていると言います。ならば、その場所こそがそれらにとって何か力を与える部位であるかもしれません」
 折角、共にせかいを見ることとなった亜竜種たち。その同胞が住まう場所だというならば見捨てられやしないとエルピスは祈るように指を折り畳み。
「その地に悪しきものを祀るならば、かみさまはお許しにはなりません。
 きっと、ひとを傷付ける力はでたらめな気配だけを宿しているでしょうから」

GMコメント

 日下部あやめと申します。どうぞ、宜しくお願い致します。

●成功条件
 ・祠の破壊
 ・『虚滅種』スピラ・カエルレウムの『撃退』&『虚滅種』ちいさき泡竜の撃破

●フィールド情報『天浮の里』近辺の祠
 『深海にある亜竜種達の隠れ里』です。その近辺に存在する竜信仰の祠にスピラ・カエルレウムと名の付けられたモンスターが佇んでいます。
 周辺には祠を護る為の家屋がぽつりぽつりと点在し、里に無数ある出口のような場所でしょう。
 祠の傍には亜竜種の少女『雪菜』が佇んでいます。
 祠にはスピラ・カエルレウム達に力を与える何らかの加護があるようで、それらを護りに来ているようです。

●エネミー
 ・『虚滅種』スピラ・カエルレウム
  水で出来たかのように思える肢体の竜。小さなリヴァイアサンを想起させます。
  雪菜と祠を護るように動き、海嘯を武器に攻撃をしかけます。祠が存在しているととても強化されます。
  EXFが高く、攻撃力にも優れて居ます。言葉を理解しますが、言語を発することはありません。

 ・『虚滅種』ちいさき泡竜 20体
  スピラ・カエルレウムに付き従う小さな泡で出来たワイバーン達です。数体で寄り添って大きな竜を模して行動します。
  1体ずつはそれほど強くはありませんが纏まって動く事で複数の攻撃が特定対象に同時に飛び込むためダメージが大きくなります。

●???『雪菜』
 雪菜(せつな)。依頼人の亜竜種の少女『舞奈(まいな)』の妹の亜竜種です。
 巫女を思わす装束に身を包み、祠に凭れ掛かっています。
 ぼんやりとしており、すぴらに楽しげに話しかけています。詳細不明。

●同行NPC
 ・エルピス (p3n000080)
 エルピスがお供します。ヒーラー、戦闘には不慣れです。皆さんの指示に頑張って従います。
 万葉と面白山高原先輩&蛸地蔵くんが舞奈と共にシレンツィオで待って居てくれるのでがんばります。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

  • <デジールの呼び声>堆きスピラ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年10月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)
希うアザラシ
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
一条 夢心地(p3p008344)
殿
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
結月 沙耶(p3p009126)
少女融解
エーレン・キリエ(p3p009844)
特異運命座標

サポートNPC一覧(1人)

エルピス(p3n000080)
聖女の殻

リプレイ


 うたうように、あなたをまっている――

「……それにしても、様子のおかしい住人がちょいちょいいるのはどうしたものかな」
 それが邪神ダガンと呼ばれる存在の企てた事であるのか、それとも。射干玉の眸に不安を浮かべていた『特異運命座標』エーレン・キリエ(p3p009844)は首を捻る。海上の楽園たるシレンツィオのつつ闇は未だ手探りで、何とも居心地が悪い。
 絶望に隔てられた海に齎された静寂を乱すのはダガンだけではない。天浮の里と呼ばれた亜竜種達の隠れ里にも暗雲は立ちこめていた。
「深怪魔やら虚滅種やら、面倒臭いものがごろごろ湧いてきやがるな。
 この海にはまだ未知が溢れているってことではあるんだが……俺はリゾートでゴロゴロしてるだけで十分なんだがな」
 嘆息した『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は巨大な斧を担ぎ上げた。優雅なバカンスを楽しみたかった手前、呼びかけられた少女の悲痛なる声は『虚滅種(ホロウクレスト)』と呼ばれた存在との不和によるものだったか。
 深く足を踏み入れたその場所には祠が存在している「すぴら、すぴら」と詠うような声音で呼びかけているのは嫋やかな指先で傍らの虚滅種の鱗を撫でる。ささやきに含まれたのは正気ではない奇妙な気配だ。
「破壊と撃退、か。嫌な感覚だな」
 一先ずはオーダーの通りに為すべき事をと呟いた『威風戦柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は白金色の豊かな髪を海中に遊ばせた。吐いた呼気は陸上とは何らか変わらず、奇跡と悲哀に濡れた宝玉を埋め込んだ扇を緩やかに開く。
「虚滅種とかいうのはよくわからない、が……それと祠が疚しいことを考えているのならば、生かしておくような価値はないな。
 あの祠が少女に影響を与えているのだろう? ――申し訳ないが、討滅させてもらう」
 睨め付けるように、長く伸びたナイトブルーの前髪の隙間から紅玉の眸が覗く。愛らしいワンピースに身を包みながらも、『表裏一体、怪盗/報道部』結月 沙耶(p3p009126)は自身の本質たり得る『リンネ』を隠すことなく言い放った。
「きゅっ……竜神の祠のそばに、よく似た化け物。その傍らで眠る妹さん。
 レーさんとグリュックみたいっきゅ?分かりやすく言うなら祀られる者と巫女って感じの。とりあえずハイテレパスの念話でお話ししてみるっきゅ」
 ぱちぱちと瞬いた『希うアザラシ』レーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)――レーゲンは自身をぎゅっと抱き締めるグリュックを見上げた。素足の儘で祠に凭れ掛かった少女と虚滅種を遠ざけたかったからだ。
 スピラ・カエルレウム。その名を持った虚滅種の周辺には小さな泡竜達がふわりと泳ぎ回っている。
「あれが虚滅種? 虚滅種が、祠を守るのは、自分たちにとって、都合が、いいから……?
 じゃあ、あの祠は、壊しちゃっても、いいんだね。何も悪くないひとに、悪さする存在なんて、みんな、消えちゃえばいいの……!」
 唇を尖らせた『憎悪の澱』アクア・フィーリス(p3p006784)に『殿』一条 夢心地(p3p008344)は「相分かった」と扇で己を仰いだ。
「――とは言え、スピラとか申す水竜は一筋縄ではいかぬ相手の様子。
 祠がきゃつに何らかの力を与えておるというのも、どうやら間違いないようじゃ。闇雲に突っ込むよりは、弱体化させつつ叩くのが良いかとな」
「ふむ……虚滅種。以前戦ったものとは別のものだと言うのはわかるが、それにしても謎の多い存在だな。
 とにかく、更なる混乱を防ぐためにここで倒しておこう。これ以上の狼藉、許してなるものか」
 厄刀『魔応』。『ティブロン海賊団“海音裁ち”』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)はするりと曰く付きの刀を鞘より抜き去った。
 詠うように、眠るように。恍惚に満ち溢れる眸がスピラ・カエルレウムを眺めてから閉ざされる。
 その刹那を見逃すことなくエイヴァンの声音は響いた。


 ふわりと浮かぶ泡竜達は無数に連なり列を成す。巨竜の影、滅海竜を思わすフォルムを象るのは淡き水か。
 絶望の飛沫をその身に受けたことのあるエイヴァンは懐かしさに嘆息しながらも、それを惹き付けた。出来うる限り祠より引き剥がし『すぴら』と少女が呼んだこの紛いものの竜をこの地より却けなくてはならないのだから。
 轟、と。息を呑むように口を開いたその竜にエイヴァンは身構えた。睨め付けた眸は決意を乗せ、握る凍波の大盾は彼の決意のように固い。

 ――初めましてこんにちわ、レーさんとグリュックっきゅ!
 聖獣・森アザラシとその巫子っきゅ。そちら側も同じ感じに見えるっきゅけど、スピランは雪菜さん好きっきゅ?
 後で生贄としてガブガブするとかじゃないっきゅ?

 レーゲンとグリュックは共存の関係にある。森アザラシと呼ばれた守護神とその世話役の犬獣人。
 その関係にも似ているとレーゲンはフランクに声を掛けた。互いに敵対しあえども大切な存在は失いたくない筈だから。
 スピラは応えやしない。念話を理解しているのだろう、吐かれた吐息はエイヴァンの盾を柔く叩いた。
 天浮の里は確かにあの巨大なる絶望を冠した滅海の主――リヴァイアサン達を信仰していたのだろう。だからこそ、レーゲンの感じた似通ったという感覚に間違いは無い。間違いは、なくとも。
「とりあえず雪菜さんのお姉さんがスピランを怖がってるっきゅ。
 スピランが雪菜さんを嫌いじゃないなら、一時的に撤退して後日花束とかサンゴをプレゼントしてごめんなさいする事をおすすめするっきゅ!」
 仲良しであればそれでいいと提案するレーゲンにスピラ・カエルレウムではなく、傍らの雪菜が立ち上がる。
「何を言っているの?」
「……っきゅ?」
「すぴらをいじめるくせに。去りなさい。去りなさい。わたしはわたしの意志で此処に居るのに」
 レーゲンはたじろいだ。微睡むように佇んでいた少女が酷く悍ましい表情をしたからだ。
 見開かれた眸はまるで仇敵を憎むかのように、毒を孕む。
「雪菜、すぐに彼(エーレン)の手を取ってここから離れるんだ!」
 声を荒げたシューヴェルトに雪菜は渦巻くような眸を向けてから鼻先に呼気を乗せた。
「わたしがいなくなったら、あなたたちはここを荒らすのでしょう? すぴらをいじめるのでしょ?」
 覚束ない足取りで、少女が立ち上がる。只ならぬ様子に「やはり正気ではないか」とエイヴァンは呻いた。
 祠を壊し、スピラを撃破すれば彼女は元に戻るのか。それとも。声を掛ける事のみしか出来ない歯痒さがイレギュラーズ達の間に漂った。
 レーゲンの言う通り姉の舞奈は恐れていた。それが、変わってしまった妹か。それとも里そのものにかは分からない。
「どうするの」
 静かな声音は、地を叩いた雨垂のように響いていた。スピラを惹き付けるエイヴァンと同様に、スピラにその声を届かせんよした沙耶は顔を上げる。
(泡竜は何処へ……?)
 うたかたのようなその姿。スピラに集中する沙耶の傍らを通り過ぎた泡竜は固まりシューヴェルトに狙いを定める。
 相対する青年の切っ先は剣舞の型とし、悪しきものを切り裂く鋭さへと転じた。エーレンを一瞥するシューヴェルトは気付く。
 声を掛けるレーゲンに、誰ぞの対処を待つエーレン。現状の雪菜はフリーであり殺さずの剣を振り上げ、その意識を奪わねばならないのは確かだ。
「だいじょうぶ、ですか」
「……ああ!」
 うたかたの竜を睨め付ける青年の行動を阻害するように無数の泡竜が襲い来る。
 しじまの海の中でも、尚も黒き焔を揺らがせてアクアの唇は音を為す。理性と暴走のボーダーライン、憎悪は烈火の如く氾濫し洪水の如く堤防を壊す。
 胡乱な眸は泡竜を見詰めていた。小さなそれらを幾つも壊せば、雪菜の対応に向かわんとする仲間の支援となる筈なのだから。
「こっち……!」
 集う泡竜を霧氷魔で纏めてしまえば良い。冷ややかな気配の中を走り抜けて、スピラとある程度の距離をとった夢心地。
「ふむ、その祠も少女もそなたにとっては重要な意味を成すのかの?
 この手の霊的な加護は、完全に破壊しきることで対象への力の供給をストップさせるものと、破壊度合いに応じて、徐々に力が弱まっていくタイプ、大きく2種類があるかと思うのじゃ」
 果たして何方か。推察するように細められた眸に海嘯が迫り来る。その波はイレギュラーズを飲み込まんと大口を開く。
 それは獣の牙の如く鋭く。渦巻くその内側より夢心地は一歩後退し東村山を両腕に構えて見せた。
「麿達は祠そのものを壊すのみ! ――覚悟せよ、水竜」
 海嘯の気配。全てを飲み込まんとする大渦より逃れるように地を蹴るのは獣の本能。マニエラは煌々たる星のまたたきを夢心地へと授ける。
 魔力放出を得意としない彼女は、機能性よりも不完全な防御システムを自身専用の武器としていた。不可侵領域を越え、高見へと手を伸ばす魔を求めたひとのかたち。
 夢心地の放つ一撃の鋭さが失われぬようにと星々を閃かせ、レーゲンへと目配せをした。
「3枚回復であれば多少予定外が重なっても死にはしないだろう。たぶん」
 その内に、雪菜を確保出来ればと願うが、其れは未だ届かない。急くこころを抱いていたシューヴェルトに行動を待機していたエーレンはスピラを睨め付ける。
「鳴神抜刀流、霧江詠蓮だ。……お前たちが何を狙っているか知らんが、企みは全て潰させてもらうぞ」
 少女が何を為したいのか。どうしてその様な行動をしているのか。
 ――何故、うっとりと微笑みスピラの側から離れないのか。それはまだ、誰にも分からない。


 後方で戦闘に巻込まれないようにと言いつけられていたエルピスの回復の気配を感じながらエイヴァンは頑なに離れようとはしない雪菜を見遣った。
 腕を掴み無理矢理にでも遠ざけるべきか、それとも正気ではない少女の確保に手をもっと割くべきであったか。
 考え得ることは多いが、親しげに「スピラ」と呼びかける彼女の只ならぬ様子には何かが含まれているように感じてならない。
「祠を壊さないとスピランの力が弱まらないっきゅ! 人を傷つける者に力を与える祠なんてぶっ壊れろっきゅ!!」
「だめ。この祠は、すぴらに力を与えるの。おひぃさまはいっていたわ。
 すぴらは強くなれるの。すぴらはすごいのよ。すぴらは、遍く水を愛し、それらのそばで竜のかたちを得たものだもの」
「……話しにならないな」
 マニエラは呻く。対話だけでスピラが雪菜を離すわけもないが、手を拱いている実情ではどうしようもない。
 前線を押し上げるようにシューヴェルトがその意識を奪わんとするが、それも仲間の動向を確認してからのみという考えであったため後手に回ってしまった。
 泳ぐ泡竜諸友を巻込むエイヴァンは集中攻撃に眉を顰めている。レーゲンとマニエラ、エルピスの支援にまだ、彼はその肉体を保っていた。
「キェェ――――イ!」
 東村山を振り上げ、繰り出すのは魔性。夢心地が叩きつけた其れが祠を軋ませる。雪菜の存在などこの際、意識の外にやり兎にも角にもスピラを弱体化させねばならないのだ。
 神聖なる場所か。それとも、曰くのある場所か。そんなことなど関係はないとネイビーブルーのカーテンの内側で懸命に成せることをと求め続ける。
 祠を庇う用に立っている少女はまるで糸を繰られたかのように奇怪な動きをしていた。その体は奇妙に捻られ、持ち上げられるようにぐりん、と方向を変える。
(――傀儡のような動きをしおる。
 ……雪菜が可笑しい、助けて欲しいと舞奈は言って居ったが、真に気を配るは少女の方であったか)
 夢心地は無数の泡竜が天より襲い来る様をまじまじと眺めていた。叩き込まれた断ちきりの一撃。華麗なるその一撃を投ずる沙耶は唇を噛み締めて。
「……君の魂は奪わせて貰うぞ、スピラ。予告状の宛先は君だ」
 怨嗟の炎は、おのれを焼き尽くす。泡竜を受け止めるエイヴァンの傍でアクアは傷付くことを恐れることなく、泡竜を受け止めた。
 傷付けば傷付くほどに憎悪と共に意趣返しを行う少女の眸。明確な悪意と破滅の気配に、ワンピースを揺らがせて、殃禍は泡竜へと迫る。
 絶転のヌーベル・リュヌ。闇に蠢く牙を剥き出しにした少女のいたみは、敵を穿つ刃となって。
「泡竜の数は減ってきたの……! 消えちゃえ――!」
 凶暴性を増した少女の声音は慟哭のように天を打つ。泡竜全てを振り除けて、直ぐにでも雪菜を確保したいと願っていたエーレンは歯噛みした。
 少女は何かの影響を受けている。エーレンが想定したとおりダガンの影響を受けてその精神に何らかの影響が存在していたのだろう。
 ならば、肉体は。まるで傀儡のように動いた少女は多少の攻撃程度では倒れることはしなかった。対応に追われるシューヴェルトひとりでは、未だ彼女を引き剥がせていないのだ。
「雪菜、キミは『何』なんだ」
 エーレンの言葉に、壊れた傀儡のような少女は丸い眸を向けて首を傾いだ。
「わたし、は、」
 言葉は紡がれない。己が何であるかさえ、彼女は知らず。夢見るように体を動かし続けて居る。生きた人形を眺めるような恐怖心がイレギュラーズの中には漂った。
 彼女を容易に保護できると想定したイレギュラーズ達は誰かが対応するだろうと最初に雪菜の対処を行う役割分担を成せていなかった。
「エーレン」
「……雪菜が気絶すれば直ぐに安全域へと運ぼう……ッ」
 呼ぶシューヴェルトが雪菜を相手にするが、祠に張り付くように存在する少女は予想以上にその意識を保っている。
 夢遊病のように身を動かす彼女は本来の意志も、本来の肉体の強さも関係なく、死をかたわらに感じながら殺さずの剣を受け止めていたのだろう。
 初動を立て直せども、強大なる波は、ざあざあと音を立て距離を詰める。
 一重に全てを引き受けているエイヴァンとて、その膝で一度は強かに地を叩いた後だ。余力を出し切り、対処に追われるしかない。
 怪盗として、彼女を拐かし、平穏無事な場所に届けたいと沙耶も願う。祠を狙う夢心地に憤慨する少女の様子は悍ましさしか存在していなかった。
「ダガンの影響か。詳細は分からないが、普通の少女がここまで抵抗する事は有り得ない。
 痛みさえも感じていないような異常さは確かに何らかに取り憑かれでもしてるんだろうよ」
「それが神性によるものか、何らかのウイルスか、はたまた植付けられた何かでるかは分からんが……」
 スピラ・カエルレウムが自ら雪菜を捕えているわけではないというならばまた別の理由がそこには存在しているはずだ。
 エイヴァンは泡竜を押し退け荒く息を零す。マニエラは灯火を揺らがせて、明日を映すための力と為した。
「……竜種には借りがあるとは言え、この小さいのは流石に別種、目標には遠いか」
 それは悍ましき海嘯の気配。竜には及ばぬ存在であれど、方向が定まらぬままの現状を打破するには後一歩が足りない。
 マニエラの呟きに、レーゲンは「きゅう」と小さな声を漏した。支え続け、長引く戦闘の中で、確かに泡竜はその数を減らした。
 祠は半壊し、スピラ・カエルレウムは少しずつ衰えていく。それでも、確保し切れていない雪菜という存在がネックであった。
「雪菜さん、こっちにくるっきゅ!」
「いやよ」
 正気ではない雪菜は祠を撫でる。かわいそうだと幼子にでもするような仕草で、虚ろな瞳は焦点さえ合わさずにぐるりぐるりと渦を巻く。
「すぴらのためだもの」
 其れがどう言う意味なのかは分からない。エルピスが「みなさん、波が」と呼ぶ声にエーレンは顔を上げた。
「大波が来るぞ!」
 エーレンの声かけに身構えたのは沙耶とエイヴァン。防御の姿勢を崩すこと無き彼と彼女の後方で、アクアが息を呑んだ。
 それは黒き波濤。絶望の再来を模した存在。この地の民達が愛した水竜の模倣は衰えながらもスピラ・カエルレウムの力として叩きつけられた。
「雪菜さん!」
 呼んだレーゲンに眠たげな眸をした雪菜の唇がつい、と吊り上がった。
 渦巻く眸に、正気と呼べるものはなく。ただ、彼女は傍らの水竜の傍付きである事だけを目的にするように傷だらけの体を動かした。
「すぴらが、いっしょにいてくれるの。それだけでなにもいらない」
 くすくすと潜めた笑い声にアクアは息を呑む。覚束ない足取りに、微睡むような少女の様子はシレンツィオの異変と同じ。
「……まるで、夢遊病みたいなの」
 知らず知らずのうちに、その体を動かしている。眠っているような姿で、異常性をその身に宿して。
 怨嗟の焔の只中に立っていた少女はスピラを抱き締めた雪菜を眺めていた。それが、彼女の本心であるかさえ分からない。
 糸に絡め取られたマリオネットのようにイレギュラーズを深みへと誘うためだけに存在しているのかさえ分からない。
「雪菜……舞奈が待って居るぞ」
 姉の名を出せども、少女は「すぴら、すぴら」と呼ぶばかり。ただ、夢のまにまに、うつつに漂う彼女はスピラの鱗を撫でて微笑んだ。

「おひぃさまが、呼んでる――」

 海嘯の気配に一歩、マニエラが後退するように叫ぶ。無数の水泡の向こう側に、少女の姿はもはやなかった。

成否

失敗

MVP

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾

状態異常

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
結月 沙耶(p3p009126)[重傷]
少女融解

あとがき

 お疲れ様でした。
 雪菜は一度皆さんの前から姿を消しましたが、また、現れるかと思われます。

 またご縁がございますことをお祈りして。日下部あやめでした。

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