PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<デジールの呼び声>燃える花は枯れることすらできず

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●かくれんぼ
「いいかい、お利口さん。おとなしくしておくんだ」
 しい、とおじさんが指を立てる。それから、リコにこっそりあめ玉をくれた。レモン味。
 しゅわしゅわするあめ玉をコロコロ口の中で転がしながら、リコはどうしてこうなったんだっけって考える。
 ……。ええと、ええと。
 おかーさんとおとーさんがいなくなっちゃって。
 そこから、思い出せない。
 ここは海の上。お船の中。しらないひとたちといっしょ。

 いっこまえは、リコは、ふぇでりあ、っていうところにいた。急にてんきが悪くなったと思ったら。悪い人たちがやってきたの。
 海岸で、つかまって、おとなしくしろっていわれて……。
 へやのなかには、おにいさんとおねえさんと、おとなの……たくさんのひとがいた。
 だれか泣いてたけど、でも、おとなのひとはだいじょうぶだっていって、リコをなぐさめてくれた。おかーさんともおとーさんも、ちゃんと会えるっていわれて、うれしかった。
 かくれんぼしようかっておねえさんが言って、リコはいやだったけど。でも。かくれることになった。
……。
 銃声が聞こえる。もみ合う声が聞こえる。何かブヨブヨしたモノをぶつけるような音がする。変な音。うめき声。人じゃない音。リコは海のにおいはきらい。
 リコはおっかなくておっかなくて、いやだなって思った。でも、もういいよって言われるまで出ちゃいけないよって……。
……赤ん坊の声がした。
「……ねぇ、もういい? かくれんぼおわり?」
「ああ? まだいたのか」
 おじさんと、さっきやさしくしてくれたひとたち。リコにハンカチをくれたおねえさんもいない。みんなゆかにねていて、血が流れていた。
 しんでる。
 しんじゃってる。
 おねえさんの抱いていた赤ちゃんの声。ゆかに放り出されて泣いてる。
 リコは思い切りなき出した。だめ、ほんとうはないちゃダメだけど。だめ。
 だってないたら、全部、燃えてしまうから。ダメなの。
 それでもなくのはやめられなかった。ぽたり、落ちたところから火が燃え広がる。

 ああ、思い出した。おかーさん、おかーさんはリコがもやしちゃったの。おとーさんも……。

●はじまりとおわらず
「おかーさん、おかーさん?」
 海の上。誰もいない霧深い海域で、不意に、子どもの声がした錯覚を覚える。
 こちらよ、と誰かが応える。こちらも幻だ。
 魔が呼ぶ。……そういう海域なのだ。
 帰りたい。帰りたい。――還りたい。海の上で散った船乗りの声。あるいは、海賊のものもあっただろう。嵐に迷い込んだ商船の声。反響する意味のない声を、大きな波が打ち消すのだった。
「おとーさん、おとーさん」
 また、誰かが呼んでいる。
 全員が幸せになればいいのに。
 こころから、インパーチェンスはそう思う。
 けれども、世界のリソースは有限で、みんなの願いを叶えるほどは残っていない。ダガヌチ……そう呼ばれる泥が、フリーパレットをひきつぶしていく。
――誰も争いのない世界を、いつも夢見ていたように思う。

 もうすぐ、戦いが始まる。
「今回は、『悪神ダガヌ』が悪い子で、『竜宮』の乙姫が良い子、なんですね」
 幽霊船の甲板に腰掛けた魔種インパーチェンスは、夢見るように呟いた。
 今回のイレギュラーズの作戦は、インス島海底領域。『悪神ダガヌ』を、力を合わせて封印する、そういうものである。
 イレギュラーズの手によって、今回はダガヌが封じられる。あるいは負けるのはイレギュラーズか……。ううん、でもきっと。世界の運命というものがあるなら……きっと、良い子の方に天秤を傾ける。
「どうして、全員がしあわせになれないのかしら」
 魔種インパーチェンスは、夢見るように呟いた。
「どうして、誰も、しあわせになれないのかしら」
 炎が上がる。

●不明の炎
「海賊が何者かによって襲撃されているようなのです!」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)はぱたぱたと羽を震わせた。今回の依頼は、海乱鬼衆・濁悪海軍……の、討伐のはずであった。しかしながら海賊の船には異形の泥がひしめいている。
「海賊どもの中に、『何か』強力な敵がいるようなのです……!」
 子どもの泣き声が聞こえる。
『おかーさん、おかーさん? どこにいるのおお、おいていかないでよおおおぉ』

GMコメント

●目標
・『紅い花の』リコの退散
リコの正体は現状で不明ですが、魔種である可能性が高いとされています。

●敵
『紅い花の』リコ
「おとーさん、おかーさん?」
見た目は迷子かのようにも思えるほどの子どもです。
しかし、周りは絶えず燃え上がっています。
極めて高いEXFを持ち、かなりしつこく何度倒しても起き上がってきます。また、【業炎】【足止】といったBSを持っているようです。他にもいくつか能力を持っているようですが、不明です。
己の力を制御できていないようです。攻撃を弱めることは難しいですが、おそらく呼びかけて惹き付けることはできます。

来歴は不明ですが、言動から、誕生時に何かあったようです。

無形の怪物(ノーフェイス)✕20
 黒い泥のような怪物です。様々な海の生物に変じては泥に戻ります。比較的弱いです。

影形の悪魔(ダークフェイス)
 黒い泥のような怪物ですが、こちらは無形の怪物がターン経過に応じて変化するようです。無形の怪物の強化版です。

●状況
 海賊船が少女リコにより壊滅しています。
 インス島の作戦水域に近く、危険です。接敵してなんとか退散させる必要があります。

 海賊たちは殲滅されたようで、深海魔のみが漂っています。
 民間人の生存者は絶望的ですが、もしいれば……。

 船にはフリーパレットら、「帰りたい」の声たちが漂っています。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 竜宮幣を使用すると当シリーズ内で使える携行品アイテムと交換できます。
 https://rev1.reversion.jp/page/dragtip_yasasigyaru

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

  • <デジールの呼び声>燃える花は枯れることすらできず完了
  • GM名布川
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年10月09日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

フルール プリュニエ(p3p002501)
夢語る李花
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)
永遠の少女
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
カイン・レジスト(p3p008357)
数多異世界の冒険者
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)
太陽の少年

リプレイ

●それは、まるで、蝕む夕陽のような
 水の上で海が燃える。
 炎がゆらゆらと揺れている。
 息をすれば焼けつくように熱い。ただ、熱い。
 まるで大きな怪物のように、泥がのたうち回っている。

(泣いてるみてーだ)
『ドキドキの躍動』エドワード・S・アリゼ(p3p009403)は悲鳴に似た泣き声に拳を握りしめた。
「あいつがたぶん、情報にあった「強力な敵」って奴なのかな」
 場合によっては、倒さなくちゃならない敵。
(……けど、オレにはどうも悪い奴にゃ見えねえ。あいつは、ただの迷子だ。オレのギフトもあるからわかんだ)
 心臓が高鳴る。
 まだ、助けられると信じられる。
「状況は酷いね……いや、今は善は急げだ」
……何が起こったのか全く分からない。けれども、『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)は、こんな状況にあっても畏れてはいなかった。いや、畏れはあるのかもしれない。けれども、ごく当たり前の冒険でもするかのように、カインは飛んでくるがれきをひょいとかわし、器用に船に乗り込んでいく。
「まずはやれる事に全力を尽くさなきゃね!」

(もう、あそこには命はないの。希望はないの。
 誰かを、助け出すことはできない?
――いいえ。そうは思えない)
『決死行の立役者』ルチア・アフラニア(p3p006865)は、小型船Concordiaに乗り込んだ。精霊たちに呼びかける。
「何があったのか、教えて欲しいわ」
 水の精霊達が、ざわめいて口々に悲劇を語った。同情的な淡い光もあるが、海の底には悪意が渦巻いている。お前もこちらに来い、と言わんばかりに手を伸ばしたが――薄紫の霧が、それを払った。
『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)だった。
「ルチアさんは僕が護りますから安心してくださいね」
「ありがとう、信じてるわ」
 鏡禍になら、ルチアは安心して背を任せることができる。
 ルチアはひるまず、凛として良く通る声を響かせた。
「海の上では、緊急事態なら敵も味方もないでしょう。確かに貴方たちはもう死んでしまったかも知れないけれど、お仲間が助けられるかもしれないのよ。海の男なら、話してくれると嬉しいわ」

「独りで、不安で、怖くて……そういう気持ちしか、あいつからは感じねえ。
尋常じゃねえ様子だから、もしかしたら魔種って可能性もあっけど……そんなことは関係ねえ」
 まだ少女を助けられると信じているエドワードを、『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)はまぶしそうに見た。
「誰もが幸せになれる事は無いんだがよ」
 カイトの頬に降り注ぐ火の粉は雨のようだった。それでも、目は逸らさない。
(それでも幸せに限りなく近いものを模索するのが人間って奴だ。
今回のはある意味じゃ『悪足掻き』。スマートにクールに子供を転がす話じゃあ、断じて、無い)
「彼女の感情は、私にはどう見えるのでしょうね」
『紅矢の守護者』グリーフ・ロス(p3p008615)は、カイトの手助けを得て、静かに感覚を研ぎ澄ませた。……助けを求める声が聞こえる。
「皆さん、お願いします」
 自分の目は何色に染まっているのだろう。

「あらあら、小さな子が泣いていますね。可哀想に、ご両親とはぐれてしまったのでしょうか。それともご両親はもういないのかしら?」
『夢語る李花』フルール プリュニエ(p3p002501)は、小さな炎に語りかける。
「いずれにせよ、泣き止ませないと。名前は何て言うの?」
リコ。
 リコ。
 悪意のある声と、それから、同情的なさざなみが名前を呼んだ。
 ルチアの呼びかけた精霊たちからの反響。
 可哀想な女の子。――彼女の名前は、リコ。
「そう、リコって言うのね」
 名前がないと、迷子だって探してあげられないものね。
「助けてあげて欲しい」、という優しい声が、恐ろしい声にかき消される。
『アレは危険だ、殺せ』――『そうだ、俺たちだって、あいつに』――。
 フリーパレットは何も語らない。
 アスピドケロンの幼子は、『永遠の少女』ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)の求めに従って滑るように水面を泳いでいた。
「……いい子ね」
 ルミエールはそっと幼子を撫でる。
 罪のない少女。
(あの子に、なんの罪があるというの?)

●戦場に降り注ぐ雨
「……魔種になりかけてるのか、そのものなのかは、分かりたくねぇが、時期に分かっちまうことだ」
 術式を準備しながら、カイトは言った。
「ええ。泣いている幼子を倒すというのは抵抗がないわけじゃないけれど、大きな力を振りかざしている以上は手を抜く事もできないわね」
 ルチアは黒革張りのコデックスの背表紙をなぞった。
「説得がうまく行けばいいけれど、無理なら刃を向けるしかないのでしょうね」
(どちらにせよ、リコがこうして泣いてるなら、苦しませないのが一番である、筈だ)
 カイトはそう自分自身に言い聞かせる。
「時間は稼いでみせます。目一杯、あがいてみましょう」
 鏡禍が言った。

 ルミエールは物語のかけらを紐解いた。
 魔法使いのムスメが呼び出した神秘。洪水のようなタイダルウェイヴが雨のように降り注いで炎を押しとどめる。
 もうもうとあがる蒸気が、あたりを白く染めた。そのすきに、グリーフはカインとともに船の横から救助へと乗り込んでいった。
「たいした度胸だな」
 いつ、崩れるか分からないというのに……。
 せめて、と、カイトは結界を結んだ。
 ここは舞台だ。用意された舞台。
 退場は役割を追えてから、だ。
 混沌とした戦場は、いつしか、音を閉じ込めて静かな雨にさらされる。
……アプサラスが歌を口ずさんでいる。

 果たして、生存者はいるだろうか?
 精霊の証言は断片にすぎない。けれども淡く吐き出される泡の位置を指し示す。グリーフが何かを感じ取ったのを見るに、誰か、いるのだろうか。……救いは、欠片でもあって欲しい。
「一人ぼっちで寂しかったのね。
もう怯えなくて大丈夫。
私はあなたを助けにきたのよ」
 ルミエールがリコに手を差しのばすと、リコが動きを止める。しゃくりあげて、泣いて。そのたびに炎が揺れる。
『おかあ、さん、おかあ――』
 手を伸ばす。炎が鞭のようにしなり、ルミエールに迫る。けれども、フルールがそこにいる。
 大丈夫。あなたがいれば。おねーさんがいれば。みんながいれば。
「フルールちゃん」
「ええ、大丈夫よ、おねーさん」
「……この子はただ不安で泣いているだけの可哀想な女の子。
罪なんてないわ。そうでしょう?」
 襲いかかってくる異形の化け物に、フルールは冷たい目を向ける。
「あれは邪魔ね。あれが、フリーパレットを留まらせている原因かしら? あれは駄目ね。可能な限り早めに討ちましょう。リコが泣いているし、早く」
 早く。
 フルールの手足が、美しい髪が炎と一体となる。
 それを見たリコは、目を丸くする。
 きれい、じぶんの炎とそっくりで――。でも、違う。
 自分の炎は、だれかを――。
 フルールの手から放たれた紅蓮の鳳凰は、容赦なく泥を薙ぎ払う。
「今は、忘れて。こっちを見て」
 ルミエールの目を見たリコは、一瞬だけ痛みを忘れた。
 それはおまじない。
 一時しのぎの、砂糖漬けのスミレのおまじない。
 ルミエールは、絆創膏を貼るように、そっと人差し指を立てる。
 力の制御できない少女の口を塞ぐ、僅かなピューピルシール。

 炎上は押しとどめることができたが、フェイスレスのうごめきで、つぶてのような水が降り注いでいる。息が詰まる。地上で溺れそうな波が当たる。
 けれども、――Ave MarisStella。ルチアの歌声が、加護として響き渡っていた。
「ルチアさん、ありがとう。敵は任せてください」
 竜宮の国の喜びは、フリーパレットには懐かしいものであっただろう。鏡禍が一斉に無形の怪物を引きつける。
 群がる敵を、有象無用よりもはるかに強い呪いがむしばんだ。カイトのアンジュ・デシュだ。
「そのやり方じゃ上手くはいかないな。ま、手本にでもするんだな」
 もっとも、生きていればの話だが――泥は泥のままに、カイトの術で土塊になる。
 抑えられたかに思えたリコの力は、器が一杯になったようにあふれ出す。
『リコ、リコが、もやして、ぜんぶ――』
「熱くない!」
 エドワードが駆けつけて、まっすぐに叫んだ。
 炎の中に、エドワードは踏み込んでいく。踏みしめ、まっすぐに歩いて行った。両手は炎で燃えているのに、それでも、エドワードはリコを安心させるように笑って見せた。
「大丈夫、熱くない。オレ、根性には自信あんだっ! 簡単には倒れねー」
(それでも痛くはあるだろうにな)
 カイトの呪いのほうがフェイスレスよりも遙かに上を行っていた。目的と意思を帯び、なおかつ冷静に研ぎ澄まされた技術。
 そのへんの、有象無象に負けるわけはない。
『でも、でも……』
「おーい、なに泣いてんだ?
こんなとこで泣いてるからなにかと思ったぞー?」
 明るく話しかけるエドワードの言葉は、かすかな日常を思い起こさせるものだった。しゃくりあげながら、リコはなんとか言葉を紡ぐ。
『……っリコのせいで、みんなが……』
「……オレ達が来たからにはもう大丈夫だ。お前みたいに小さい子供が一人で、辛かったな。
大丈夫だ。オレはお前の炎でも死んだりしねーから」
 敗れざる英霊をまとったエドワードは、まっすぐ手を伸ばした。
(ひどいケガでしょうに。……ええ、手伝うわ)
 降り注ぐ陽光と、暖かなる風光が、一瞬だけこの地獄のような光景を塗りつぶす。
 ルチアの祈りが、雲間からのぞいた空から降り注ぐ。うめき、すがりつく異形を、カイトの剣が貫いた。

●微かな希望
 船室に滑り込んだグリーフとカインは生存者を探していた。
『帰りたい――』
 ふわふわとういたフリーパレットたちがあとをついてくる。
 人々が倒れて死んでいる。海賊も、それから、海賊にとらえられた市民……。……今は生存者が第一だ。手を伸ばすことは出来ない。
 一人、見つかったと思ったが、息をしていなかった。落胆する暇もなく、カインはただ目を閉じさせてやった。
「……帰りたい、と言うならば帰してあげたいよね」
「わかりました。進みましょう」
 グリーフが頷いた。

 重苦しい鎖をうたれ、鍵のかけられた船室の前に来た。……人が閉じ込められていた場所だろうか。
(悪いけど、人の命には代えられない)
 緊急事態だ。
 マスターキー……という名の研ぎ澄まされたカインの一撃で、焦げ付いた鉄扉はあっけもなく吹き飛んだ。
 頭上から泥が降り注ぐ。
(フェイスレス!)
 異形の泥の奇襲……だったが、グリーフの自律する盾は、見事に攻撃を防いでいた。大逆転の『嘲笑』は、そう何度も起こりえないような奇跡を何度もたぐり寄せる。それを可能にするのは、グリーフの卓越した技術でもあるのだが……。
「ここですね」
「いる?」
「かすかです。息があるかどうかもわからない。けれども微かに聞こえます。たどり着いたときに生きている保証もありません、でも、行くのでしょう?」
 目の前を塞ぐ異形の泥は、3体。しかしそれは、船の上でリコを足止めしている仲間たちのおかげでずいぶん少ないのだろう。
「行く!」
「……そのつもりでした。私と、まとめてどうぞ。頑丈さはそれなりに誇れるものかと思います」
 見た目にも、グリーフは細く見える。けれども、信じるに足りるものを感じ取っている。
 グリーフは死なない。カインは確信する。
「わかった」
 カインは特殊な術式を編んだ。なつかしい剣がその手にあった。
「はい、遠慮せずに」
「薙ぎ払う!」
 信頼を手に。
 一歩踏み込んで、大きく薙ぎ払った。

 カインが敵をなぎ倒したのと、船が大きく揺れたのは同時だった。
 小さな泣き声。
 子供の声に紛れる呼吸音。
 果たして、希望の欠片はあった。意識を失って投げ出されている赤ん坊。死体に守られるようにして、……生きている。
 呼吸も浅いけれど。
 生きている。
 グリーフがクェーサーアナライズを奏でると、静かに目を閉じた。生きている。ぬくもりがある。
「おそらく捕まっていた方でしょう。リコさんも、その中の一人だったのかもしれません。
であれば。もし生存者がリコさんを知っていれば。その方の生存が、今、また一人になったと嘆く彼女の心をぎりぎり繋ぎとめる切片になるかもしれません」
「……できるかな」
「あるいは、逆効果かもしれませんが」
「とりあえず、ワイバーンに乗って貰おう」

●まるで夢のような飛沫
 ここはどこだろう、と、リコは思った。
 おはなばたけ……。
 それは錯覚だ。花弁のように、燃えさかる炎がそういう錯覚を見せただけ。一直線、美しいフルールの紅蓮穿凰に手を伸ばした。熱い。――あたたかい。
 すがりついて助けてと言いたいのに、よく分からない異形がリコの邪魔をする。
 どいて――。
 リコが怒りをぶつける前に、鏡禍がまたまっすぐに両手を広げ、立っている。
 それで、リコはほっとした。
 ほんとうはこわかったのだ。戦うのも怖い。
「防戦一方というわけにもいきませんからね。幸いにも数が減ってきたようです」
 鏡禍の覇竜穿撃が、また異形の泥を土塊に帰した。
 鏡面は暗い湖の底のように黒く、そして炎すらも呑み込んでゆく。
 割れない。

 だめだ。倒さないと。
 リコは息を吸い込んだ。あたりが燃え上がる。
「リコはどうして泣いているの? どこから来たの?」
 泣き叫んでも、燃えない。お花畑は消えない。
 けれども、リコの両肩に手を置いて、エドワードは言った。
「いいか? よーく聞くんだ。
もしかしたらお前のお父さんやお母さんに会わしてやれるかもしんねー」
『……ほんと?』
「この世界にはいろんなところがあってな。
そこには色んな世界が繋がってて……たまに自分の会いたい人と会える世界、なんてのもあんだ」
 でもな、と、エドワードは続ける。
「炎が燃え上がったらみんな困っちまうから、お父さんとお母さんに会えるまでは、頑張って泣くのを我慢するんだ。
リコ、オレと約束、してくれるか?」
『おにいちゃん?』
「ああ、おにいちゃんな」
 ルミエールの呼び出した魔法が、泥をそそいでなぎ倒す。タイダルウェイヴは波のよう。
『わからない、行くところがないよ』
「あなたが良ければ、私達と来る? 私と、ルミエールおねーさんなら、きっとあなたを愛してあげられる」
「ええ、帰る場所がないなら私とフルールちゃんの所へおいで。
仲良く一緒に暮らしましょう?」
 甘いささやき。
 オーロラが空には輝いていて、可愛らしいウサギさんが跳ね回っていて。アプラサスは歌い、踊っている。
『――』
 リコが言えなかった言葉を、ルミエールは汲み取ってくれる。
「貴女を置いて遠くへ行ったりなんてしないわ。
叶うなら、抱きしめて頭を撫でてあげましょう。
怖い事は何も考えなくていいわ。
楽しいお話をしましょうね」
『だいじょうぶ、なの?』
「ねぇ、リコ。しばらくは私達がおかーさんよ。大丈夫、幸せにしてあげますよ」
「ねぇ、リコ。一緒にいましょう」
「リコ、大丈夫」
 彼らは優しい。
「どうか笑って。
いいえ、泣いてしまっても構わない。
絶望を招く炎は何度だって、水で流してしまえばいいのだから。
喪われた命は戻らなくても、新しく家族になることは出来るわ」
 世界の敵を、包み込むように、笑う。
(例えこの子が魔種だとしても、罪なんてあるわけがない。
どうか愛させて、愛しい子)

●泣き止んだリコ
 もう、リコは泣かない。
 リコは微笑んで、静かに動きを止めた。
……けれども炎は止まなかった。
「っ!」
 エドワードは、それでもリコの手を離さなかった。
「しっかりしろ、リコ! 頑張って……連れて行くから! きっと大丈夫だ!」

「だめです。危ない!」
 危険だ。
 鏡禍の直感が働いた。
 リコは、自分を制御できていない。このままでは海賊船が沈む。
「やっぱり、『魔種』なのか」
 カイトは唇をきつく噛んだ。
 覆せない、不条理な理。
「リコ!」
『おかあさん。おかあさん――おにいちゃん』
 それでもリコは、幸せそうだった。
『ありがとう』
 たぶん、そのとき、人としてのリコは動きを止めようとしていたのはないだろうか。
 けれども魔種は、まだそこにいる。底知れない悪意はリコの意識を乗っ取って笑い出すのだ。
「立ち止まるわけにはいきません、手を止めるわけにも」
 鏡禍はひび割れない、塞がっていく。
 抜け殻のようになった魔種は、純粋な悪意のみが残っていた。けれども苦しむ声はもうない。勢いも減っていた。
(リコ、頑張ってるんだな……)
 エドワードとの約束を、必死に守ろうとしているのだろうか。
「リコ、大丈夫よ、大丈夫」
 フルールはリコを抱きしめた。
(リコの攻撃は炎は私には効かない)
 だから、大丈夫。
(リコには悪い人以外を殺させない。もう殺して欲しくないから、皆が被害を被らないように、私が守る。ルミエールおねーさんのことも私が守る)
 少女は、とっても、欲張りだ。
 だから夢見てしまうのだ。
『あのね、おかーさん』
「なあに、リコ」
「おかーさん? ……ふふ、違うと思うのだけれど、それで気持ちが落ち着くならそれで良いわ。
リコは精霊天花の焔を見たことあるの? 
ねぇ、あなたが良ければうちに来ない? そうでなければ、あなたが誰の目にも触れられないところ。私と、ルミエールおねーさんが一緒なら、きっと寂しくないでしょう。
そうしたら、焔の扱いを教えてあげる。ほら……蒼星真火、こんなこともできるようになるのですよ。ねぇ、可愛いリコ」
『きれい』
 真なる焔は静かに揺らめいて、それはリコがきっとさいごに見たものだった。
『とってもきれいね』
 はっとして、フルールは泣き叫ぶ。
「ねぇ、きっとおねーさんはこれを見ているのでしょう? リコはどうやったら止められるか、知っている?」
 どうしたらいいの、どうしたら……。
 楽園というものがあるのなら、連れて行って欲しい。誰にも迷惑をかけずに、幸せに暮らせる世界があるのなら、そこで一緒に暮らして……仲良く暮らせるはずだ。
……そうであれば、よかったのに。
「それは、……」
 カインはそっと首を横に振った。
 カインだって思っている。もしも被害を出さないなら……。
 でも、この状況では無理だ。
 炎を帯びて倒れてきたマストが戦場をなぎ倒す。
(誰を敵に回すことになったとしても、私にこの子は殺せない。
けれど、これは本当に正しいこと?
嗚呼、父様……)
 ルミエールが崩れ落ちる。
(世界がそれを許さないなら、この子を連れて身を隠しましょう)
 それはね、楽園なら出来ること。夢の中だけで出来ること。
……きっとリコを生み出した魔種は笑った。
「あなたたちは悪くないんですよ。最初から、手遅れだったのですから」

●炎のダンス
 けれども、その時間で助かったものは、あった。
 まだ、彼女は夢を見ている。
 封印が口を塞いでいる。
 ルチアが福音を奏でれば、鏡禍の傷口が塞がった。
 愛に穢れし天使の口づけは、幾重にも恋人を癒やす。
「耐え、消火している間に、立て直しを」
 グリーフとカインが駆けつけてきた。カインの神気閃光が、無形の怪物を討ち滅ぼす。
「ああ、彼女は魔種だったのですね」
 グリーフは淡々と、現実を見つめていた。
「違う、まだ戦ってて、だから」
 エドワードは言った。
 そうだというならそうというだけ。ただ事実があるだけ。
(リコさんには、本当の感情などわからない造り物の私よりも、皆さんの声の方が届くはず。
それでも届かなかったならば、私には何も)
 そう、全力を尽くした。全てを救おうとして、救える者は全て救った。
(……でも、何故でしょう。親を求めて泣く彼女を見ると、抱きしめてあげたい。そう、思いました)
 悲痛な声は止んでいる。リコはもう苦しくはない。

「大丈夫、私は簡単には壊れませんよ」
 炎を浴びて、グリーフは耐え抜いた。
「奥の手だ、先に行ってろ」
 カイトの夜葬儀鳳花。
 海賊船は炎に包まれていた。離脱せざるを得なかった……しかし、助かるはずのない命をもぎ取った。
 燃え上がる炎はずっと火柱となり、燃え続けている。
 しかし、あがき、もぎとったのだ。救えるはずのなかった命を。
(海賊船がリコをひっ捕らえた連中の船だとするなら、リコを利用する気だった、とでも?
……リコを魔種にしたのは、誰だ?)

成否

失敗

MVP

カイト(p3p007128)
雨夜の映し身

状態異常

フルール プリュニエ(p3p002501)[重傷]
夢語る李花
ルミエール・ローズブレイド(p3p002902)[重傷]
永遠の少女
鏡禍・A・水月(p3p008354)[重傷]
鏡花の盾
エドワード・S・アリゼ(p3p009403)[重傷]
太陽の少年

あとがき

船の上の攻防、お疲れ様でした!
拾い上げられるものはずいぶん拾えた……と思います。

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