シナリオ詳細
<総軍鏖殺>Is he "-el" or "-ro" ?
オープニング
●彼は『悪役』か。
生きることが難しい、寂れた農村で生まれました。
一日の殆どを農作業や家族の世話に費やし、得られたほんの僅かな恵みを最低限の食事へと変える日々。
贅沢ではなく、豪奢ではなく。それでも、農作業の手伝いをしてくれる幼い家族や、何でも無い会話を何時も交わしてくれる村の住人達が居るだけで、私はこの貧しい毎日に満足していたのです。
――――――ああ。嗚呼、だのに。
「どうか、お助け下さい」
自らの身体は、今では地に伏していて。
僅か横には手元を離れた粗末な槍。それと、私と同様に地に転がされた同じ村の仲間たちが。
「身勝手とは承知しています。それでも、私たちはこうしなければならなかったのです」
語る言葉の意味を、今この時、私を見下ろしている者たちは理解しているでしょう――ここが『鉄帝』であるのだから。
新王が定めた法によって、私たちの生活は一変してしまいました。
あらゆる暴徒が村を襲い、為す術もなく打ち負かされ、妻を、子供を囚われた私たちは、そうして他の町村から食料を略奪しろと命じられました。
拒否すれば、それは私のみならず、妻子を殺されると言うこと。それを理解していた私達に、否やも言えようはずがなく。
……そうして、現在。私達は地に転がされていました。
分かっていたことです。戦う術を持たず、策を講じる能も無い農民である我々に、そもそも勝てるはずが無いと分かりきっていながらも。
――お願いします。お願いします。お願いします。
命を助けて欲しい。逃がしてほしい。叶う筈も無いその願いを、けれど私たちは乞うことしか出来なかったのです。
「――――――、――!!」
襲った村の人間が何かを叫び、転がっていた槍を拾い上げ。
その穂先が私に向かった瞬間までが、記憶に残っている最後の光景でした。
●若しくは、
新皇帝バルナバスを戴いたゼシュテル鉄帝国が真っ先に定めた新たな法。警察機構の撤廃という「秩序の無力化」が為された国内では、既に様々な勢力が台頭を果たそうとしている最中にある。
暴力の限りを尽くし覇権を狙う者。それらに虐げられざるを得ない者や、若しくはそれらに抗うことを選んだ者たち。自らの欲に、或いは望みに尽力する人々が、ゆえに此度。
「……小町の防衛、でありますか?」
「左様だ。場所はサングロウブルク……現在帝政派と呼ばれる、前皇帝の復権を望む者たちの拠点のほど近くに在る」
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)を始めとした特異運命座標達にすら助けを求めるのは、寧ろ必定と言えよう。
ましてや、その依頼は先述したうち『抗う者』達――暴力への服従を望まず、だが力及ばぬ者たちからの依頼であるのなら。
「鉄帝の現状は理解しているだろう。今やあの地は力ある者たちによる略奪によって、多くの町村では物資、及び其処の住民たちの精神に於いても疲弊を極めている。
この状況を少しでも改善すべく、帝政派やザーバ派などは付近の小都市を『傘下に入れる』と言う名目で連携し、暴徒や悪漢などからの襲撃を防ぐ手立てを考えているらしい」
単純に言ってしまえば、「此方に属する町村を襲うなら反撃する」と言う名分を他の町村に与えていると言うことだ。見返りとして兵站の確保などを求めることは有るかもしれないが、それとて穏便に済む分襲撃者よりは遥かにマシと言える。
「貴様らの任務は、件の小町にサングロウブルクからの駐屯兵が到着するまでの期間、町を襲撃する者から防衛することだ。
既にその町は何度か襲撃を受けているらしい。これ以上独力で身を守ることが難しいと考えた末、此方にお鉢が回ってきたというわけだな」
「襲撃している敵についての情報は?」
特異運命座標の一人が挙手して問う。これに対し情報屋の少女は一瞬だけ瞑目した後、淡々と自身が書き記した資料の情報を提示した。
「……防衛対象の町の付近には、二、三の小村が存在して『いた』」
「それは――――――」
「察しの通りだ。それらは既に暴徒の集団によって占拠されている。
彼奴等は自身らが支配した村の住民を尖兵代わりに利用し、防衛対象の町を襲わせているようだ」
耳にしたくもない情報。実際それを理解した者は小さな舌打ちを漏らし、また同様に不快感を隠せぬ表情を作る。
「『防衛』の方法は任せる。来た者たちを単純に追い払っても、殺害しても構わん」
「……迎え入れる、って選択肢は無いのか?」
「暴漢共は力を恃みとする単純な奴らだが、馬鹿ではない。
現在に至るまで、彼奴等は妻子を持つ男たちのみを小町へと襲わせているのさ。その家族を人質として村に残させた状態でな」
説得に応じる可能性は極めて低い。己の家族を見捨てて自分一人が助かりたいと考えるような者が居ない限りは。
「こちらから打って出て、その悪党を倒しに行くのは……出来ないのでありますか」
気鬱げなムサシの言葉に対しても、情報屋はかぶりを振って答える。
「『現在小町を襲撃しているのは』その暴漢たちではあるが、それ以外に町を狙っている者が居ないとも限らん。
折角呼び寄せた防衛戦力である貴様らが町を離れた瞬間、自警団が疲弊し、隙を見せているその町を他の者に襲われたら目も当てられんだろう」
先に言った帝政派の駐屯兵が到着した以降ならその望みも見込めるが、それは今回の依頼目標とは関わりないものである。
「思うところはあるだろう。だが、今は与えらえた依頼の完遂のみに集中しろ。
……そうでなくとも、あの地で地獄を見ることは、貴様らには避けられないだろうしな」
死んだ目の少女は、その言葉を最後に特異運命座標達の元を去っていく。
彼女が最期に残した言葉の意味。それを理解したのは、冒険者たちが彼の小町に辿り着いた後のことだった。
●彼は『英雄』か。
「……何で邪魔をする?」
即席で作ったであろう槍は、ムサシの光剣によって中ほどから断ち折られた。
血走った眼を向ける町民を前に、忸怩たる表情を浮かべたままのムサシは、それでも町民に言葉を発する。
「彼らは……自分たちにとって脅威にはなり得ないであります。
帝政派からの駐屯兵が来るまでの間なら、確実に自分たちが町を守れるでありますよ。ですから――」
「『ですから、逃がしてあげてください』か?」
目を爛爛と光らせる町民は、折れた槍の柄を捨て、自身の懐から小さな包みを取り出した。
包みの中には、髪の毛が入っていた。
「……娘の髪だ。こいつらのように、襲ってきた奴らに殺された」
「――――――!!」
俯いた町民に、終ぞ抗する言葉を失ったのは、ムサシだけではない。
「食料を盗もうとしてたコイツらを見つけた。ただそれだけだ。俺達に知らせないよう殺したんだってよ」
「それ、は」
「ああ。確かに本当に悪いのはコイツらじゃないだろうさ。それを命じたクズ共だ。
だけどな。『責任』が他に在ると言うなら、実際にその手を汚したコイツらには何の罰も無いのか? 守るべき妻子が居て、ただ凶行に走らされただけの人間は、俺達の受けた被害に対して罪を負わなくても良いって言うのか?」
――あの地で地獄を見ることは、貴様らには避けられないだろうしな。
情報屋の少女の言葉が、漸くこの時、特異運命座標達にも理解できた。
ああ、確かに――――――
「なあ、イレギュラーズ。世界を救えるヒーロー達、答えてくれよ」
――力無き者たちにとって、今のこの地は、互いを呪い合う地獄そのものであるのだと。
「奪われないための凶行と、奪われた者の応報。お前にとってはどっちが正義なんだ?」
- <総軍鏖殺>Is he "-el" or "-ro" ?完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年10月03日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「奪われないための凶行と、奪われた者の応報。お前にとってはどっちが正義なんだ?」
――時刻は、村人がその言葉を発する少し前に遡る。
「……自慢の爪も、雷も。今日はお休みかしら」
太陽が中天に差し掛かった頃。駆けながらも独り言ちた『雷虎』ソア(p3p007025)の視線の先には、か細き鬨の声が聞こえた町の入り口が見える。
依頼対象であった町は既に襲撃を受けているようであった。それを目の当たりにした特異運命座標達は、『町の内側』から北側の門で前線を張る町人たちに代わって前に出る。
「ったく、トップが変わりゃ下も変わる、か。……最悪な方向に進んじまってるけどな」
「……色々あります。やらねばならないこと。考えねばならないこと。ですが――」
――今は、この町の人たちを守るために。
「余計な騒動」を持ち込んだ新皇帝に僅か毒づく『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)の言葉に対し、自らの気を引き締め直した『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)が左腕のアーマーから特殊警棒を取り出す。
敵方の数は「少ない」。尤もそれとて部隊を割いた特異運命座標達とほぼ同数……四、五人ほどは居るが、双方の練度の差を見ればそう形容するのが妥当と言えるだろう。
「あああああああっ!!」
削るか、割るかして先端を尖らせた、恐らくは元々鍬であったような農具を振り回す敵の男性。
「通せっ、退けよ! 通してくれぇ!」
「…………」
それを――変わらぬ表情をして尚、憐憫を湛えた瞳で望む『金色凛然』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)に、一切の返答はない。その必要を持たないために。
(人質で従えた村人を兵隊として、略奪に用い、自分達は安全圏で待つ、か)
今、眼前で慣れない略奪に身を投じる男性がそのようにする理由……情報屋に与えられた背景を理解しているエクスマリアは、ただ淡々と繊手を振るうのみ。
(全く以て合理的、だ。反吐が出るほどに)
次いで、飛んだのは光条。
人がアルキメデスレーザーと呼ぶそれが、意図的に襲撃者である男性を避け、その頬を掠めた。只でさえ怯懦に折れかけた心が、その攻撃で一層屈服を訴えているだろう。
「……は」
だが、それでも。
「退いてくれ。通してくれ」
襲撃者は。男達は退かない。屈さない。
「妻が居るんだ。息子が。今頃あいつ等に嬲られてる。守ってやらなきゃ、いけないんだ」
「成果を手に戻って」と。涙と鼻水で顔を目いっぱい歪めながらも、彼らは進む足を止めはしなかった。
「お気の毒だけれど、帰せないわ。この町の防衛が此方に託された依頼だもの。それに――」
途中で言葉を切ったソアが、一足で男性の懐に飛び込んだ。片腕と両足で彼の両腕を封じ、痛みによってその動きを制した彼女は、淡々と言葉を続ける。
「分かっているでしょう。あなた達が人質を取られたうえでの凶行だとしても、其処に罪が無いとは言えないことを」
「………………っ」
その言葉こそが、彼の抵抗を止めさせた。
実力で無理やり屈服させる方法も在っただろう。だがそれは特異運命座標が此度定めた方針とは相反するものであった。
一人が倒れれば、その後も早かった。ムサシの格闘術でまた一人が倒れ、ミーナの攻撃で残る者たちも――不殺属性を伴わない攻撃であったため――重傷ながら一命は取り留めた。
軈て、倒れた者たちは自らの命乞いを始め、それを見て激怒した町の住人たちが彼らを殺そうとする。
それを止めようとしたムサシへと、始まりの言葉は投げかけられるのだ。
……そして、それは『他方』に於いても。
●
何時町を襲う暴徒が来るかもわからない現状を鑑みて、現在の町は周囲を即席の塁壁で囲い、北と南にそれぞれ道を残したのみの状態となっている。
これは村の人間が万一の際に逃げられるようにと言う懸念を基に設計されたものだが、それは当然先述のような襲撃者たちが町に侵入する経路にもなり得る。
此度、「町を襲撃者から防衛する」と言う依頼を承った特異運命座標達は、それ故に自身らを四名ずつの二班に分けて北南それぞれの道を守ることにした。昼を過ぎて幾らかが経った頃、少なくとも現在までの襲撃は北側、南側双方ともに少数名での一回ずつしか無い。
襲撃がそれで終わるはずが無い以上、警戒を解くわけにはいかないが――それよりも、差し当たっての問題にもう一班のメンバーが声を上げる。
「奪われないための凶行も、奪われた者の応報もオレはどちらも是としない。帝位を取り返してから法に従って贖うべきだ」
既に拘束し終えた襲撃者たちを庇うように前に立ち、町の南側の経路の防衛班のうちの一人……『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)が自らの意思をはっきりと口にする。
「ミンナが納得できる解決法なんてない。それでもオレは勝った方が相手を殺すって図式をセイリツさせるワケには行かないんだ。
それを許す国は新皇帝の示した鉄帝国そのもので、オレが目指して行きたい未来とは絶対に相容れないモノだからね!」
イグナートのその言葉は重い。それが帝政派と言う、現皇帝を否定する勢力に与することを選択した町の住人たちにとっては殊に。
「そ、それに! この人達も元は無理矢理やらされてるだけだから。
ルシアとしては罰を与えるべきはこの人達じゃなくて、その後ろにいる大本の襲撃者だって思うのでして!」
たどたどしくも続けて声を発したのは『にじいろ一番星』ルシア・アイリス・アップルトン(p3p009869)であった。
平時、明るく勧善懲悪を良しとする彼女にして、今回の依頼は正しく苦手な部類そのものであったろう。それでも自らが発せる思いの丈を精いっぱい口にする姿は、同年代の娘や息子を持つ街の住人たちを狼狽させるには十分と言えた。
「……それは、『前提』だ」
けれど、それをして納得できぬ者もまた存在する。
「論点をすり替えるな。この暴徒共に略奪を指示したクズ共を死ぬよりも凄惨な目に合わせてやる。それは当然の話に過ぎない。
俺達が話しているのは『その上で』この暴徒たちにも責任の一端があると言ってるんだ!」
意気荒く返された町人たちの言葉に、ルシアの気勢が衰える。
襲撃者たちに投降を促し、一先ずは然るべき場所に労働力として送る。本来はそれを提案しようとしていた彼女ではあるが、町人たちに死者と言う明確な損害が出ている以上、それを承諾させるには恨みつらみが積もりすぎている。
「当然の道理。それに異を唱える方が居ることは承知しております。
それでも――『それ』を許せば、皆様が醜悪な畜生と成り果ててしまう。わたくしはそれを容認したくありません」
たっ、と言う音と共に、媒体飛行での上空偵察を一時切り上げた『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)が地に降り立ち、告げた。
「成る程わたくしたちは外様でありましょう。大切な家族を喪い、悲しみ、後に憤ったあなた方の心根にはきっと近づくことすら出来ませんわ。
けれど、だからこそ。この道理が罷り通る世の中こそが、貴方達が取り戻したい『日常』ではありませんか?」
最早、町の住人たちに異を唱える者は少なくなっている。
其処へ、更に畳みかけるように言葉を発したのは『カーバンクル(元人間)』ライ・ガネット(p3p008854)だった。
「勿論、コイツらをそのまま解放するのはリスキーだよな。
だから、帝政派になり引き渡して労働に服役させる。多分これが最もいい解決法だと思う」
「ま、待ってくれ!」
それに、縋るような声を上げたのは既に拘束されている襲撃者たちの一人だ。
「頼む。二度と町を襲わないと約束する。だから解放してくれ! 一人息子が居るんだ。アイツにはもう俺しか頼れる人間が……!」
「……心配なのは分かるけれど、それを含めての『罰』だ。この町の人間を殺しておいて、それはムシが良すぎるだろ」
ライのにべもない返答に、襲撃者たちが絶望そのものの顔で涙を零す。
実際のところ、ライは何とかしてこの後襲撃者たちの元締めから人質を助け出そうと考えていたし、玉兎の方も彼らの死を偽装して少しでも襲撃者たちの家族に累が及ばないようにと考えていたが、先にも言ったようにこの町の住人に被害を出した彼らにそれを教えて安堵させてやるほど、特異運命座標達は寛容にはなれなかった。
話に取り敢えずの目途がつき、襲撃者たちを町内にある即席の牢屋に閉じ込めるために町人たちが連行する。
――――――事態は、その時に起きた。
「………………っ!」
再度の哨戒の為、上空にふわりと浮かび上がった玉兎の表情が、その時明確に焦燥へと変化した。
「北側、が――!!」
●
確かに、情報屋は事前に敵である襲撃者たちを「戦力足り得ない」と評していた。
だからこそ慢心した。如何に不殺を以て制するか。また万一の苦戦の際にどの程度の威力の業を解禁するか。特異運命座標達は作戦の焦点を其処に当て、最も警戒すべき部分を見落としていた。
――即ち。重要なのは力量ではなく、数の差であるのだと言うことを。
「なんっ……!?」
瞠目するソア。それもそのはず。数人程度しか広がれない幅の道を埋め尽くして尚町内に吶喊してきた襲撃者の数は、少なく見積もっても50人を下らない。
猪の一番に飛び出してきた村人の一人を組技で伏せる。だがしかし、それがこの数に対してどれほどの功を奏そうか。
「……しくじった!!」
指を弾き、巨大なゴーレムの幻影を創造して僅かにでも襲撃者たちの足止めに役立てようとするミーナの言葉こそが、凡そこの場に於ける一同の総意そのものであっただろう。
情報屋は同時にこうも言っていた。複数の村から徴収された襲撃者たちは、その数が少ないなどと言うことは無いだろうと。
恐らく、襲撃者たちの目的は最初から『これ』だったのだ。最初に北と南の侵入経路へと倒される前提の斥候を送り込み、その後にあたるに易いと判断した片一方のルートに総力を送り込むと言う手法が。
侵入ルートが多少狭いとは言っても、それとて守る者たちの数が僅か四名であれば一斉に押し寄せてくる多くの敵は明確な脅威だ。加えて言えば、北側を防衛する者たちはその大半が攻撃方法を単体攻撃に限定しているうえ、マークやブロックの考慮も外していた。
「エクスマリア、さん……!!」
「……駄目だ。撃ち漏らしが多すぎる」
祈るようなムサシの言葉に、かぶりを振るエクスマリア。
この場に於いて、唯一複数対象を狙える彼女のアルキメデスレーザーとて、あくまでも範囲ではなく貫通対象である。全てを捉えるには少しばかり足りない。
「……帰る」
刹那、ムサシの傍らを過ぎ、町への侵入を果たした襲撃者の一人が、呟く。
「食料を持って。水を持って。
帰る。帰るんだ。あの子たちの元に、俺達の村に!」
――――――!!!
その声が、大切な者を想うが故の凶った意思が、伝播する。
広がる声。ミーナが一人を倒した隙に二人が抜け、ソアが一人を組み伏せた隙に三人が抜け、エクスマリアが三人を灼き穿った隙に四人が抜けた。
「待つで、あります……!」
叫ぶムサシの言葉は、悲鳴のそれにも似ていた。
四人の間を抜けていく襲撃者たちへと彼が振り返ったとき、視界に映ったのは、町の住人と思しき少年が必死でそれを止めようとしている姿。
襲撃者たちの叫声によって、その子供が何を言っていたかは分からない。開いた口の形からは「やめろよ」とも「かえれ」とも言っているように思えた。
しがみつく少年へと、痩せ細った襲撃者が舌打ちをしたかと思えば、手にした凶器が子供の頭蓋を叩き割る。
「……!!」
頽れる姿を見ていた。年若い幼子が血を流し、地面に倒れ伏す姿を見ていた。
ムサシの心に慟哭が満ちるのを待つまでも無い。既に町の方々では襲撃者たちによって同様の被害が生じ始めていた。悲鳴。煙、血の匂いが守るべき場所から流れて来る様は、それが誰にとっても最悪の事態であることを示している。
「……ぁ…………」
力を絶対視した鉄帝と言う国を、少しでも変えたいと願った。
奪われる人を守りたいと。奪う人に正しさを今一度取り戻してほしいと。この依頼に臨んだ特異運命座標達は確かにそう望んでいた。
……けれど、しかし、嗚呼。
その正しさを説くための力すら、彼らが届くことは無かったと言うのは、何と滑稽なものであろうか。
●
正午から夕刻までと言う比較的長期にわたるリミットの間に、敵がどれほどの量で、どのようなタイミングに何度襲ってくるか。
その全てを網羅することは不可能にしても、危惧すべき可能性を少しでも多く潰すことは、今の特異運命座標達なら可能な筈であった。
「――――――」
襲撃者たちへの対処を終えた冒険者たちに、言葉はない。
幾つかの家屋から煙が上がっていた。そこかしこに傷ついた町人や、或いは命を失った町人が居て。その傍らに寄り添い、涙する家族や友人、恋人の姿も同じほどに存在していた。
「……っ、触るな!」
目を見開いた老婆の目蓋を閉ざそうと近寄ったエクスマリアに対し、その家族と思しき男性が手を払いのける。
見た目が幼いエクスマリアに対してだろうと、その男性は明確な敵意そのもので彼女を見ていた。それは、他の者たちへも同様に。
「……暴徒の大半は、改めて此方で捕えた。
一人か二人、逃げ果せた奴も居たみたいだけど……少なくとも奪われた『物資は』依頼失敗のラインには抵触しない程度だったよ」
言葉と共に、仲間たちに言葉を投げかけたのは憔悴した様子のライであった。
襲撃者たちが侵入する方法に関しては確かに彼らが遅れを取ったが、その後……即ち物資を収奪して町の外に出るまでの間に再び特異運命座標達と相対する必要があることを、果たして彼らが理解していたのかは定かではない。
結果として、再度北側の経路に出た襲撃者たちは、改めて特異運命座標達にその多くが捕らえられた。エクスマリアの複数対象攻撃が無ければ、或いはそれすらも多くを取り逃がし、依頼が失敗していたかも知れない。
……尤も、「成功した」と言うのは、あくまで奪われた物資に対して向けられた言葉である。
(どんな結果になろうとそこから逃げたりはしない。……確かに、そう決めてはいたけれど)
胸中に無念を抱くライ。その結果が少しでもより良いものになることを願っていたのも、また事実であったために。
「………………」
町人たちを遠巻きに眺めるルシアからも、言葉が発されることは無い。
「彼らは従わされていただけ」「罰を与えるべきはこの人たちではない」「より大きな悪意の糧が生まれてしまうだけ」。今改めてこの言葉を発そうが、それが今の町人たちにどれほどの慰めになろうものかと、漸くルシアは理解する。
「この感情」こそが、町人たちの抱き続けていた思いだったのだ。道理の正しさを知り、しかし現実に多くを奪われ、抑えきれぬ感情に彼ら自身が苦しみながら、しかしそのようにしか進めない地獄の如き憤怒こそが。
ルシアはただ、一人泣く。一時は自分たちの説得によって、其処から抜け出そうとしてくれていた彼らを、自分たちの失敗によって再び絶望の底に堕としてしまった自らの不甲斐なさに。
「……殺すんだよな?」
ふと、声が聞こえた。
玉兎が、ミーナが頭を上げる。その眼前には、今や町人の大半が感情の抜け落ちた顔で彼らに淡々と問うている。
「殺させて、くれるんだよな?」
「……それは」
苦渋の表情を浮かべながらも、イグナートが手を広げて言葉を返す。
「それは、ケモノの道理だよ。オレはみんなに、ヒトの国の住民として生きていて欲しい」
「『それが』?」
――その道理が、何だと言うのか。言葉の真意に、イグナートが両腕を下ろす。
分かっている、彼ら町人は只人なのだ。奪われることを耐え、奪った者たちを許すような聖人の集まりではない。
「……ねえ。一応聞くのだけれど、サングロウブルクまで大人しくついてくる気はあるかしら?」
町人たちから一旦視線を離し、拘束されている襲撃者へと問うたのはソア。彼らの内の一人は、その言葉に一瞬だけ視線を合わせ、そのすぐ後に廃人のように口を開けたまま項垂れた。
「……自分が」
一方には奪われたが故の純然たる殺意が。一方には奪い損ねたが故の完全な無が。
静寂とすら思える街の只中で、終ぞ声を上げたムサシが、両者の間に立って静かに呟いた。
「その怒り、自分にぶつけてください。
抑えろなんて言わない。ただ、ぶつけるなら自分だけに――」
言い切るまでも無かった。
町人の誰かが殴りかかる。それを追うようにして、残る者たちが殴り、叩き、引っ掻き、石や農具や包丁などをぶつけ、瞬く間に彼の身体が血と泥で塗れていく。
「よくも守り損ねた身で――!」
「特異運命座標だからってヒーロー気取りか!?」
「死んじゃったんだ! 兄ちゃんは死んじゃったんだぞ!」
数多の暴力を一身に受けようとするムサシを、仲間たちと、この直ぐ後に現れた帝政派の駐屯兵が必死に庇い、町人たちから退けようとする。
それが、此度の依頼の結末――力のみの世界を否定する者たちが、力によってそれを否定されたと言う、残酷な結果であった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。この度はリクエスト有難う御座いました。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『暴徒』からの小町の防衛(一定数以上の『暴徒』が小町からの略奪を成功させた場合、依頼は失敗となります)
●場所
ゼシュテル鉄帝国、現帝政派の拠点であるサングロウブルクからほど近い町です。時間帯は昼から夕刻まで。
現皇帝バルナバスが公布した新法によって悪漢による略奪が広まりつつある中、この町は現在に至るまで自警団を組織し、襲撃してきた者たちからかろうじで町を守ることに成功していました。
が、それも遂に限界を迎え始めたため、帝政派との連携を取る見返りに駐屯兵を要請すると言った取引を行ったのがここ最近の事です。
『限界を迎えた』と言う言葉の通り、現在町内では数多くの負傷者が居り、更に少数ながら死者も発生しています。
本依頼の参加者様は先述した駐屯兵が到着するまでの間、町を防衛することが依頼目的となります。
戦場としての町の説明ですが、現在町の周囲は家屋の戸板や土嚢などで構築した即席の壁により、周囲を囲まれております。
多少なりとも戦闘の心得がある物ならこれを破壊することも出来るでしょうが、基本的に本依頼で襲撃してくるのは戦闘を知らない農民たちであるため、これを攻略することが出来ず、残された北側か、或いは南側の道の何方かしか侵入することができません。(それぞれの道の幅は大人2、3人が並べる程度です)
経路が限定されている以上敵は見つけやすいですが、万一町民が逃げる際の経路としても使う以上、これらの道に罠を用意することは認められておりません。ご注意ください。
●敵
『暴徒』
近隣の村の住民です。基本的には成人男性のみ。
小さくとも複数の村から『徴兵』されたために数は多いと予想されます。襲撃するタイミングも「参加者の皆さんが町に到着する昼頃~駐屯兵が到着する夕刻」までの何れかであるため、状況が悪い方向に合致すると突破される可能性も出てきます。
スペックについては、元々ただの農民であったため戦力として数える程度ではありません。
が、それでも成人男性であり、尚且つ日々の農作業で最低限鍛えられている膂力からなる攻撃は、幾度も受ければ脅威足り得るとも推測できます。
また、彼らを戦闘不能状態にした後、その後の処遇は基本的には参加者の皆様に委ねられますが、無事な状態で「逃がす」選択肢を選んだ場合、再度襲撃者として現れる可能性は考慮しておいてください。
因みに町民たちの意見は基本的には「殺傷を以て応報すべし」と言う考えです。
この考えに寄り添うか、無視するか、或いは自身らの意見を以て昇華してもらうかは皆様の判断にお任せいたします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
それでは、リクエストいただきました方々、そうでない方々も、参加をお待ちしております。
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