シナリオ詳細
深夜0時に劇場で。或いは、君の友達…。
オープニング
●深夜0時の集い
深夜0時。
開催は決まって、空の暗い夜ばかり。
とある山の中腹にある、“劇場”のステージがその集いの会場であった。
ぱ、っとライトが客席を照らした。
そこにいたのは、ピンクの髪の女である。その口元は皮のマスクで覆われているが、長く伸ばした前髪の隙間からはトンボか蠅のような瞳が覗いている。
2つ目のライトが客席を照らした。
そこにいたのは、シルクハットを被った小柄な中年の男だ。でっぷりと太った腹を抱える男の手には心臓のように脈打つ石が握られている。その石から伸びたコードか血管のような紐は、男の喉元へ続いていた。
3つ目のライトが照らしたのは赤と青の髪をした双子だ。ニコニコと笑う双子は視線を交わし、コツンと頭を打ち付けた。繋いだその手は、どうやら指の辺りで癒着しており2人は離れられないらしい。
4つ、5つ、6つ……ライトが客席を次々に照らす。
そうしてすっかり客席全体が明るくなると、最後にステージへひと際強い光が降り注ぐ。
「皆様、今宵はお足元の“暗い”中、ようこそお越しくださりました。どうぞお楽しみくださいますよう」
コツン、と。
小さな足音を鳴らしステージ上へ現れたのは、いかにも“凡庸”といった風情の男性だ。黒いスーツに身を包んだ長身に、ピクリとも表情の動かない“どこかで見た気がする”顔。特徴が無いのが特徴とでもいうような、いわば“ただの男性”と評することしかできないような彼の名はシャーラッシュ=ホー (p3p009832)。
深夜0時の集いにおいて、今宵の仕切りを担う男だ。
「よォ、今日はどんな話をするんだァ?」
客席からどこか陽気な声が響く。
声の主は、紫髪のゴーストだ。
クウハ (p3p010695)の問いに、ホーは僅かに思案する。もっとも、それは“思案している仕草”を取る人形のように、自然な……自然であるがゆえにひどく不自然な動作であった。
「どのような話でも」
淡々とホーは答えを返した。
その回答を聞いて浅黒い肌のグリムアザース、リースヒース (p3p009207)は肩を竦める。
「当然だな。何しろ我々に目的など無いのだから」
「然り。ただ何となく“人の立ち寄らぬ劇場”を見つけ、ただ何となく月の無い夜に、気が向いた者が集まっているだけでありますからな!」
かんら、と巫女が笑い声をあげて身を捩らせた。
突如、その体が輪郭を崩し無数の目玉と指を持つ肉塊へと形を変える。
「っとと。ここだと気が抜けてしまいますな。気を付けねば」
肉塊から突き出した指を蠢かせる肉塊は、自分の身体をこねるようにして元の姿……仮初ではあるが……角のある巫女の姿を作り直す。なお、先ほどより幾分背丈が伸びた気もする。
「そーだったんだねー」
ごぼごぼと泡音を響かせながらそう言ったのは、人型をした水の塊……名をス (p3p004318)という“何か”であった。
スは椅子から立ち上がると、まるで滑るようにして客席の間を移動して、適当な他の参加者たちに視線を向けたり、挨拶をしたり……自由に楽しんでいるようだった。
そんなスの様子を見て、リースヒースはひとつ頷く。
目的の無い集いであるなら、集まった者が何をしようと、どのように過ごそうと問題ない。スの行動こそ、この集まりの“たった1つの目的”であるとも言えるだろう。
「はァん? そういうもんかね? “時間は有限であり、有効に使うべきものだ”なんて言う奴もいるが、目的の無い集まりに時間を割いていていいのかァ?」
「——、——♪ ——!」
クウハの言葉に同意するように、灰色髪の少年がフルートのような音を鳴らす。
クー・クティノス・ツァラレーヴ (p3p010187)の外見は、ぱっと見、小柄な少年のようだが、きっと本性は違っているのだ。
彼が言葉を発することはなく、常にフルートの音に似た発声或いは発音でもって意思の伝達を行う。
「にゃぁは? 時間は有限だにゃんて、どこの誰のお話にゃ?」
身体を丸めて、座席に寝ころぶ杜里 ちぐさ (p3p010035)は、さも楽し気に目を細める。
見た目は小柄な少年であるが、その年齢は100を少し超えたところだというから驚きだ。そして、おそらくではあるがちぐさはこの集いにおいて、年若い部類に入るはずである。
「とはいっても、退屈過ぎるのもアレだにゃ。仕切り役なら、何か興を寄越すにゃぁ」
「——! ——!」
「おォ、そりゃいいなァ。なんかねェのかよ、ホーの旦那ァ」
「だんなー。だんなー」
ちぐさの言葉尻に乗って、クー、クウハ、スが同意を示した。
やれやれと言った態度を見せたホーは、それならとばかりにステージの奥へ視線を向ける。
「そういうことでしたら丁度いいですね。ローレットから、彼女のことを頼まれました」
ステージに新たなライトが灯る。
けれど、しかし……。
そこにはただ、べったりとした“影”があるだけだ。
●君の名は?
影である。
名前は無いし、記憶も無い。
声はどうやら女性のようだ。
どのようにして発音しているかは不明だが、オルゴールの音色にも似た綺麗な声で謡うように喋るのだ。
「私には名前もありません。私には記憶もありません。ですが私には声があります。そして私には願いがあります」
朗々と。
ステージライトを浴びながら、床に張り付く影は言う。
「私はお友達が欲しいのです。私は“人間”のお友達が欲しいのです。私に記憶はありませんが、この願いだけは、どうしても叶えたいのです。あぁ、狂おしいほどに人間が好きなのです。人間のお友達がいないことが、悲しくて悲しくて仕方ないのです。きっと人間のお友達が出来たのなら、私はきっととてもとても、えぇ、とてもとてもとてもとても幸せなのです!」
彼女の感情の昂りに合わせ、ぞわりと影が蠢いた。
「そうはいっても、人間は“影”とお友達になろうとは思いませぬぞ? 人間は異物を、異形を、バケモノを恐れるものなのですな」
どこか物悲し気な声音で、縁は影へそう告げる。
それから縁は、巫女の姿を捨てて本性を……禍々しき肉塊の姿を晒して見せた。
「それでもお友達が欲しいのです。なぜかは分かりません。でも、欲しくて欲しくて仕方が無いのです」
「そのお友達ってのは、俺らじゃァダメなのかァ? こういっちゃ何だが、俺らならアンタの姿なんて気にしねェし、いい“お友達”になってやれるんじゃねぇの?」
難しい顔をしてクウハは言った。
クウハはゴーストであり、姿形やおよその思考は生きている人間のそれに近い。それでも彼が“ゴースト”であるという1点だけで、人はクウハを恐れるのである。
「あぁ、ありがとうございます。お優しい方。でも、そうではないのです。貴方は“ゴースト”であり、それゆえ私の願いを叶えるに至らないのです」
生きている人間のお友達。
定命の理解者。
影が求めているのはそれだ。
それ以外は、彼女の欲求を満たすに足りないと、そう言っているのだ。
「影……ではな。せめて、もう少し、こう……どうにかならないか?」
リースヒースが視線を向けた先にはスの姿がある。
スの体は水であり、言語を介しての意思の疎通も困難だ。
もっとも、人の姿をしていても“友人”として付き合えるかと言われると些か微妙なものもいるのだが……例えばホーやクー、リースヒース自身が人の世に馴染むには多大な労力と時間が必要になるだろう。
そして、それだけの労と時間を費やしてなお、排斥される未来は十分にあり得る話だ。
「姿はあります。姿はあります。お見せします」
どろり、と。
影が蠢いて、伸びて来たのは腕だった。
1本、2本、3本、4本……次々の影から突き出した腕がステージの床に付き、影の中から“体”にあたる部分を引き摺り出す。
それは鎖で絡めとられた胎児のような姿をしていた。
胎児の頭から背中にかけてから、無数の手が伸びているのだ。
目や鼻や口に当たる気管は無い。
人になりかけたまま廃棄されたかのような姿の異形である。
「この姿が私です。私たちなのです。でもきっと人は怖がります。怖がるから、影の中に潜るのです」
とぷん、と。
胎児は影の中へ身を沈め、悲し気に身を震わせる。
「——!」
「まちがあるよー。むらもあるよー」
古びた地図を引き摺って来たクーの隣で、スが声をあげた。
幻想の片隅。
現在、一行のいる劇場周辺の地図である。
山の上の方には小さな村。どうやら狩猟と採取で暮らしているような、古い文化の村らしい。
山の麓には、中規模の街。商業の中間地点として栄える街で、治安はいいが、小規模な荒事は絶えない街だ。
そして、地図に載っていない山の反対側……谷の底には、人里に住めなくなった“訳あり”たちの集落がある。
「彼女の願いを叶えるには、まずどこへコンタクトを取るのがいいか。どのようにアプローチをかけるのがいいのかを考える必要がありますね」
地図を見下ろしホーは言う。
両の手はまっすぐ体の横に添えたまま……視線だけを、ホーは地図へ落としているのだ。
そんな彼の様子を見て、ちぐさはぴょんと席から降りる。
「この面子でかにゃ? にゃー前途多にゃんだにゃぁ」
とはいえ、これは依頼である。
つまり、やるしか無いのである。
- 深夜0時に劇場で。或いは、君の友達…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年09月10日 22時00分
- 参加人数7/7人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 7 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(7人)
リプレイ
●午前6:00に麓の街で
朝日が空に昇る頃。
名もなき山の麓の街に、1台の馬車がやって来た。
門番を務めるアレクは槍を手に取ると、控室から外に出る。見慣れない馬車だ。御者台に座る者の顔にも見覚えが無い。白い髪に褐色の肌、性別が男か女かも分からないが、どこか冷たい印象を与える整った顔立ちをしている。
御者……『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)が門の前で馬車を止めた。
「やぁ、おはよう」
にこり、と薄い笑みを浮かべてリースヒースはそう言った。男性のような、女性のような、中性的な声音である。深みを見通すような瞳や、服装も相まって、なおさら性別が判然としない。
「あぁ、おはよう。えぇっと、こんな朝早くからご苦労さんだな。アンタは何者で、どんな目的でこの街へ? こんな早朝じゃ市場ぐらいしか開いてないぞ?」
「旅の占い師だ。冒険者たちが集まる場所へ行きたいのだが」
「それと教会があれば、場所を教えていただけますか?」
リースヒースの言葉を継いで、ひどく存在感の希薄な男が言った。男の名は『納骨堂の神』シャーラッシュ=ホー(p3p009832)。最初からずっと、リースヒースの横に座っていたのだが、ついこの瞬間までアレクは、彼のことを意識の端にも留めてはいなかったのである。
どこにでもいそうな背丈、顔立ち、声……1度、人混みに紛れてしまえば、一瞬で見失ってしまうだろう。
「っ……!?」
「? 私の顔に何かついていますか?」
「あ、あぁいや。目と鼻と口が付いてるな」
大きくも小さくもない目に、高くも低くもない鼻と、厚くも薄くもない唇……見本のような平均的な顔立ちだ。
「えぇっと、教会はあるが……占い師が何のようだ?」
「少し“目の見えない”方などについて聞きたいことがありまして」
そう言ってホーは視線を馬車の荷台へ向ける。
アレクはきっと「馬車の荷台には視力を失ったか、眼病を患っている者が乗っている」とでも思ったのだろう。きっと、強い日光が目に毒で、こんな早朝に馬車を走らせていたのだと、そんな風に考えたに違いない。
「あぁ、簡単な地図を描くよ。疲れてるとこ悪いけど、少しだけ待っててくれ」
そう言い残してアレクは1度、控室へと引き返していく。
「——♪————♪」
「あァ。平和な街なのか何なのか、随分と親切な門番だなァ?」
荷台の幌を少し開いて『悪夢の断片』クー・クティノス・ツァラレーヴ(p3p010187)と『悪戯幽霊』クウハ(p3p010695)が顔を覗かせる。
荷台の中を検めることもなかったアレクに呆れはするが、好都合と言えば好都合。作戦開始の初っ端から、トラブルが起きずに済んで何よりだ。
ゴトゴトと馬車が揺れている。
暗い荷台の中には5つの影がある。そのうち1人、丑三 縁(p3p010789)は胸の前で手を組んで呵々と笑った。
「人の本性を理解していても愚かしくも愛らしい人の子と友になりたいと……ンフフフ!その心構えや良し!」
「ありがとうございます! 協力うれしいです! 人間、隙です! お友達、欲しいです!」
「——♪————♪————♪————♪」
「ともだちー。ともだちー? ともだちー♪」
縁の眼前で、床に張り付く影が震えた。
影を覗き込むクーが笛の音を吐き出して、『混じらぬ水』ス(p3p004318)は影の真似をして身を震わせた。
けれど、それも一時のこと。
少しだけ困った顔で、クーは首を傾げて見せる。
「——♪」
「ん? 混沌での商売には不都合と知り得て『クー様』となったァ? ……あァ名前かァ」
「名はコミュニケーションを円滑にする為に……何よりその人物を形作る為に必要な要素。1つ、小生たちからプレゼントさせてはいただけませぬかな?」
「なまえー! なまえー!」
クウハと縁が影を見やって言葉を交わす。
2人の言葉をスが繰り返し、当の影はと言えば激しく身体を震わせているではないか。
「名前、大事です。名前、必要です。名前、欲しいです!」
なんて、言って。
どこか嬉しそうな様子で、影は名づけを受け入れた。
“オンブル”。
影を意味する単語を己の名にもらい、歓喜に体を震わせる。
それから、暫く走ったところで馬車がピタリと停車した。
「ぬいぐるみを買って来たにゃ。でも、にゃんだか変な連中がずっとこっちを見てて気分が悪いのにゃ」
2本の尻尾を躍らせながら『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)がぴょんと馬車へ跳び乗った。
腕の中には、黒い猫のぬいぐるみ。
オンブルを潜ませるための、いわば“義体”のようなものだ。
街に付いた。
影には“オンブル”の名を与えた。
ぬいぐるみも用意した。
こうして人外たちによる、“影の怪物に人の友達を作る”という奇妙な仕事が始まった。
●賑やかな午前の作戦
教会裏手の墓地の片隅。
崩れかけた家屋の窓からは、薬草臭い煙が濛々と立ち昇っていた。
家屋の主は、腰の曲がった若い女だ。乾燥した肌に白濁した目、罅割れた唇と艶のない真っ白な髪。
聞けば彼女は、墓守兼埋葬人として街に雇われているらしい。
「ってもまぁ、ここに運ばれてくる連中なんて流行り病で死んだか、身寄りが無いか、罪人か……そう言う連中ばっかりだけどね。つまりまぁ、私なんてのはこの街の最底辺なのさ」
コトン、と粗末なテーブルに女性はコップを置いて言う。
コップの中身は、薬草臭い茶のようだ。死体に触れる仕事であるため、日ごろから薬湯を飲んで免疫力の強化を図っているらしい。
「それで、そんな私に何のようかな? 私の目が確かなら、あんた死人じゃないかしら?」
白濁した目でクウハを見やって、女はヒッヒと肩を揺らして笑っている。
「いやなに、そこら辺のゴーストたちに“人外、怪異と馴染みがある者”はいないか聞いたら、オマエを紹介されたもんでな。ついでに、山の上の村と、訳ありたちの集落についても知っていたら教えてほしい」
「人外や怪異? いっとくけど、お祓いとかはできないよ? こっちが相手してるのは、死体ばっかさ」
「偏見とかある方か?」
「……相手によるね。私に危害を加えないなら、人でも何でも仲良くできる。私に危害を加えるってんなら、人でもバケモノでも仲良く出来ない。そんなものでしょ?」
薬湯入りのコップを宙へと浮かせながら、クウハは黙って女の話を聞いていた。なるほど確かに、彼女の言うことはきっと間違ってはいない。
同族だからと無条件で仲良くできると言うのなら、この世に戦争は存在しない。
「そう言う意味なら、アレだ。谷底の集落は近づかない方がいいかもね。聞くところによると、行き場を無くした犯罪者とか、流行り病に侵されて捨てられた老人、子供の行きつく先だって話だよ。最近この辺りで幅を利かせている人攫いも、そこの住人だって噂もあるぐらいだ」
「はァん? 集落の方はともかく……まァ、オマエは悪くねェかもなァ」
オンブルの友人候補として、彼女の顔を記憶の端へと刻み込む。
ざわりと人混みが揺れた。
往来の端に集まっている人の群れ。その中央では、水の塊が踊る。
「まちー。まちー? ひと、ひと、たくさん!」
覗き込む人の真似をして、手を振ったり、仰け反ったりする水の正体はスであった。
「な、なんだ? 魔物か?」
「水だろ? どう見たって水じゃないか」
「水の魔物じゃないのか? どうする? 冒険者を呼ぶか?」
「呼んでどうする? 討伐してもらうのか? 水を討伐できるのか?」
「そもそも冒険者たちは、人攫いとやらを探すのに忙しいって話じゃなかったか?」
困ったように顔を見合わせ、住人たちが言葉を交わす。悪意や敵意を感じ取れないスに対し、どういう対応を取ればいいのか分からないのだ。
だからと言って、一定の距離を保ったまま、それ以上近づいて来るような真似はしない。
自分たちと違う姿の何かに対して、警戒心が拭えないのだ。
「なーにー? スはスだよ」
意図をくみ取りづらいスという存在を、そう易々とは受け入れられないのだろう。
そんなスと、スを取り巻く人の群れを遠目に眺めてリースヒースは小首を傾げる。
「今のところ、人々の反応は微妙だな。だが、アプローチによっては面白いことになるかもしれぬ」
「いけますかね? 彼らが人以外との友誼を結ぶことを是とするようには見えませんが?」
ホーの言うことももっともだ。
往来へ足を運ぶ前に、ホーは教会で話を聞いた。ホーがコンタクトを取ろうとしたのは“人間関係に飢えている人物”だが、そちらは結果、空振りに終わっている。
そもそもの話、人間関係に飢えている者の情報を、他人が知ることは滅多に無いのだ。なぜならその人物は、滅多に人前に姿を現さないはずだから。
「リースヒース殿の言うアプローチとは?」
「ええと何といったか……あぁ“ホラー系ゆるきゃら”だ。それはそれとしてある種の層に人気を集めるかもしれぬ」
「……友人、と言えるのでしょうか?」
なんて。
人混みの外で言葉を交わす2人の視界で、スが体を傾ける。
「なーにー? どーしたの?」
一体、何に気が付いたのか。
集まる人の足元を潜り、スはどこかへと移動を始めた。
ホーとリースヒースは顔を見合わせ、スの後ろを追いかける。
信仰は時に人を狂わせる。
山の上の集落では、あらゆる生命体の上位に“神”なる存在がいると信じられていた。
神とはつまり、人より優れた“何か”の名前だ。
それは“人”の形をしておらず、けれど人の言葉を理解し、時に声を媒体に神託を授けるとされていた。
「————♪————♪」
クーの言葉を、人のそれに訳すなら『わざわざ益も無い地雷原を進む愚は犯さぬように』といったところか。
麓の街と、山上の村にはほとんど交流がないそうだ。
しかし『いかに不干渉を貫こうと線は繋がるもの』というクーの読み通り、山上の村について知る者が街にいた。
その者は街の市場で露店を開き、獣の肉や山菜を売っているという。おそらくは、山上の村の住人だろう。
「オンちゃんは信仰対象となり得るでしょうなぁ。……ですが、これはある種の地雷ではありますまいか?」
神と崇める存在を、友人とする者が果たしてどこにいる。
露店を開く男を遠くから眺め、縁はそう呟いた。
とはいえ、ただ眺めているだけでは事態が好転しないことは確実だ。
「まあ、信仰対象として奉り上げる場合のことも考えて、話を聞いておこうかの」
手早く身なりを整えて、縁は男へ近づいていく。
その後ろに続くクーが、そこでピタリと動きを止めた。
「————!? ————♪————♪」
一目散に何処かへ向かう、スの姿を見たからだ。
時刻は少し巻き戻る。
街の外れの空き地の真ん中。
響く幼子たちの歓声。
その中心には、ぬいぐるみを抱えたちぐさの姿。
「この人形も僕の友達だから一緒に遊んでにゃ! あのね、歌ったりしてすごいのにゃ!」
ちぐさが抱えたぬいぐるみには……正確には、ぬいぐるみの影には……オンブルが姿を潜ませていた。
興味津々といった様子でぬいぐるみを覗き込む子供たち。
純粋無垢な視線を受けたオンブルが、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「よろしく、よろしく! 子供、好きです! 友達、なりたいです! 私たち、きっと子供です! 生まれることの出来なかった子供です!」
どこからともなく聞こえた声に子供たちは驚いた。
目を丸くして、きょろきょろと辺りを見回して、それから視線をぬいぐるみへと集中させる。ぬいぐるみの影が一瞬、ざわりと波打った。
「オンブルです! オンブルが名前です!」
「オンちゃんって呼んであげてほしいにゃ」
ちぐさがぬいぐるみを差し出すと、子供の1人が手を伸ばしてそれを受け取った。
「あなた、オンブルって言うの?」
「オンブルです! オンちゃんです!」
しゃべるぬいぐるみが珍しいのか、子供たちは次々とオンブルへと質問を投げかける。
やはり子供は純粋だ。
人外の存在に対して、妙な偏見を持たない子供とならばオンブルも仲良くなれるかもしれない。
「……さて、お次は」
体の後ろに手を回し、ちぐさは指先に微かな紫電を走らせた。
瘴気を失ったフリをして、子供たちを驚かせるのだ。そこでオンブルが正体を現し、暴走するちぐさから子供たちを助ける。
そうすれば、きっとオンブルと子供たちは仲良くなれる。
ちぐさは笑みを浮かべて少しだけ腰を浮かせて……。
「にゃっ!?」
直後、何者かによって背後から殴りつけられた。
●喧噪による午後の始まり
脳を揺らされ、視界がぼやける。
地面に倒れたちぐさの頭を、誰かが強く踏みつける。
「ガキどもを逃がすなよ」
「分かってるよ。高く売れるからな」
「冒険者たちが帰って来るまでに、仕事を済ませてズらかろう」
男たちの声が聞こえる。
それとなく子供ばかりを集めたことが仇となったか。
どうやら最初から、人攫いたちに目を付けられていたらしい。
「どーしたの? どーしたの?」
「————♪————♪」
「どうしたもこうしたもあるまい。人攫いじゃろ、あれ」
空き地を遠目に眺めているのは、スとクー、そして縁の3人だ。
背後からの一撃を受け、ちぐさが地面に倒れている。近くには10人近い男の姿。手には剣や斧を持ち、背中には麻の大袋を背負っていた。
「……街の大人たちを呼ぶかの? それとも助けに入るべきかの?」
男10人とは言え、イレギュラーズが出張れば鎮圧は容易だろう。
そう呟いた縁は、自身の手へと視線を落とした。
縁の目には赤い糸が見えている。
それは縁と、助けを求める誰かを繋ぐ糸である。
縁は赤い目を細め、糸の辿る先へとゆっくり視線を走らせて……。
「おや?」
プツン、と。
途中で、糸が切れて地面に落ちた。
バチ、と空気の爆ぜる音。
男の1人が肩を跳ね上げ、地面に倒れた。
「にゃぁ……痛いにゃぁ」
ちぐさの爪が、男の脚を引っ掻いたのだ。
ざわ、と影が揺れている。
ぬいぐるみの影の中から、長い腕が突き出した。
子供たちを守ろうと、オンブルが腕を伸ばしたのだ。しかし、そこでオンブルは動きを止めた。無数の腕が生えた胎児という正体を、子供たちに晒すことを躊躇ったのだ。
人は異形を恐れるものだ。
正体を晒してしまえば、子供たちに嫌われてしまうかもしれない。
そんな恐怖が、生まれてはじめて感じる恐怖が、オンブルの行動を鈍らせる。
けれど、しかし……。
「オンちゃん殿、貴殿は綺麗な声をお持ちです。子供たちに歌を聴かせたり、御本を読んであげるとよろしい」
抑揚のない男の声。
オンブルや子供たちの背後に、いつの間にかホーが立っているではないか。
「嫌われないですか? 怖がられないですか?」
オンブルは問うた。
ホーが薄い笑みを浮かべて、答えを返す。
「大丈夫です、自信を持って参りましょう」
根拠はない。
根拠はないが。
「きっと上手くいきますよ」
その一言が、オンブルの迷いを断ち切った。
無数の腕を生やした胎児。
ぬいぐるみの影から這い出して来たそれを見て、子供たちが悲鳴をあげた。
「……何だ!? 魔物か?」
「斬れ! 斬れ!」
殺気とともに、男たちが剣を薙ぐ。
一閃。
振り下ろされる錆びた刃を、オンブルは無数の腕で掴んで止めた。
刃を握ったオンブルの手から、黒く濁った血が零れる。
「守ります。子供たち、守ります!」
澄んだ声で。
歌うように、オンブルは告げた。
それから……。
「悪ぃな。ソイツァ、人に姿を見せるのが恥ずかしいって性分でな」
「失敬、紳士諸君。我が妹に何か用事でも?」
大鎌を手にしたクウハと、剣を手にしたリースヒースが男たちの前に立つ。
「————♪」
「つかまえる! やっつける!」
灰色髪の少年に、ごぼりと粟立つ水の塊。
子供を攫いに来たはずが、いつの間にやら囲まれているという状況に、男たちは恐怖した。
踵を返して男たちが逃げ出した。
騒ぎが大きくなればなるほど、誘拐は成功しにくくなるのだ。
逃げる男たちの後を、クウハとリースヒースが追った。これ見よがしに大鎌と剣を閃かせ、男たちに恐怖を植え付けようという心算なのだろう。
さらに……。
「ンフフフフ! 汝らは、オンちゃんの友達に相応しくはないじゃろう!」
男たちの眼前に、立ちはだかるのは無数の目玉を生やした肉塊。
血を流しながら、びくびくと痙攣するそれを見て、男たちは足を止めた。
自分たちが、一体なにと敵対したのか。
理解する間も無いままに、彼らは意識を失った。
もうじき夜がやって来る。
子供たちが、家に帰る時間になった。
「また遊びましょう! 明日も遊びましょう!」
手を振って、立ち去っていく子供たちへオンブルはそう言葉を投げる。
かくして友誼は結ばれた。
姿形こそ違えども、子供たちとオンブルは確かに友人となったのだ。
「かえるじかん? どこへかえるの?」
そう問うて、スがぬいぐるみを抱き上げた。
ふわり、と。
スの手の中から、ぬいぐるみが浮き上がる。
「————♪————♪」
「あァ? いや、別にぬいぐるみは持って帰らねェよ? 預かってくれそうな奴に心当たりがあるからなァ」
なんて。
そう言ってクウハは、オンブルを連れて墓地の方へと歩いて行った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
影の怪物“オンブル”は、人間の子供という友人を得ました。
子供たちとオンブルは、これから徐々に友誼を深めていくでしょう。
依頼は成功となります。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
GMコメント
●ミッション
“影”に友“人”を作る
●ターゲット
・“影”
依頼人。
おそらく女性。或いは、女性的な性格。
名前は無い。
記憶も無い。
影の中に本体はあるが、その形は鎖に絡めとられた未熟な胎児のようだ。
頭部や背から生えた腕で、地面を這って歩くらしい。
彼女は生きた人間の友達を作りたいらしい。
なお、性格は優しく、人に害をなす性質も有してはいない。
●フィールド
幻想の片隅。
名前の無い山の周辺。
中腹にある劇場を拠点に、以下のいずれかで“影”の友人候補を見つけ、影と友誼を結ばせる必要がある。
候補は以下。
①山の上の小さな村。
狩猟と採取で暮らしているような、古い文化の村らしい。信仰に関しても古い時代のそれに近しい。比較的排他的な様子。
②山の麓の中規模の街。
商業の中間地点として栄える街で、治安はいいが、小規模な荒事は絶えない街。情報を得るのも容易だろう。
③地図に載っていない山の反対側の谷底。
人里に住めなくなった“訳あり”たちの集落がある。それ以外の情報は不明瞭。何があってもいいし、何が起きても不思議ではない。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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