シナリオ詳細
マズロー城塞。或いは、お宝強奪大作戦…。
オープニング
●堅牢なる
幻想のある山岳地帯。
小高い丘に建つ城塞を遠目に見やりアルヴァ=ラドスラフ (p3p007360)は口元を隠す布をそっと引き下げた。
溜め息を1つ零したアルヴァは、手元の地図にいくつかの数字を書き記す。
「練度は当然として、装備がいいな。随分と金を溜め込んでいるらしい……それに、幻想じゃ見かけない城の造りをしているが、豊穣の城を参考にしたのか?」
丘の麓から、丘上の城に至るまでには曲がりくねった道がある。急カーブを4度繰り返す坂道には、都合3つの門が設置されていた。
「丘の周辺には濠か……濠に離されているのはワニか? 濠や門で足止めをしている隙に、矢を射かけるって寸法だろうが……あ?」
濠の防衛性能について思案していたアルヴァだが、そこでふと異変に気付いて首を傾げる。
にわかに第1の門と、濠の一角が騒がしくなり始めたのだ。
「……んん? 門のところにいるのはサンディか? 濠の方はチェレンチィ?」
遠目には分かりづらいが、全力疾走で追手を振り切っているのはサンディ・カルタ (p3p000438)ではないか? 矢を避けながら空高くへと舞い上がっていくのはチェレンチィでないだろうか?
「同業者と言えば同業者だが……まずいな。これ以上、警備が厳重になると俺の目的が果たせなくなる」
参ったな……と、頭を掻いて。
「とりあえず2人を見つけるか。こっちの仕事もやりにくくなる」
なんて。
そう呟いて、アルヴァは移動を開始した。
幻想辺境、マズロー城塞。
山岳や平野から都市へと流れ込んでくる、魔物や盗賊を抑えるために設けられた城塞である。
貴族、マズローを筆頭に、荒くれ者のような兵士が多く詰めている城だ。
いざ実戦となれば、城の兵だけでなく傭兵なども搔き集め、武力でもって幻想の平穏維持に貢献している。
城主であるマズローは騎士家系の出身であり、義に厚く武勇に優れていると名高い男であった。
「……と、表向きの評価は上々、だ。だが、実際はそうじゃない」
表があれば裏も当然あるものだ。
そう言ってエクスマリア=カリブルヌス (p3p000787)は、長い金髪をうねらせた。
廃村の中央。
集会場として使われていたらしい家屋の中には、都合8人の男女の姿。
なお、マズロー城塞から遠くない位置にある村は、つい数ヵ月前にマズローの手により滅ぼされている。表向きの理由としては「村人たちが盗賊化していたから」となっているが、実際のところは村の畑から財宝が見つかったためだ。
「悪事を知って、黙って見過ごすわけにはいきません」
そう呟いて、ライ・リューゲ・マンソンジュ (p3p008702)は静かに目を閉じた。胸の前で手を組んで、既に亡き村人たちへの祈りを捧げる。
祈ったところで、死者が蘇るわけではない。
マズローを討ったところで、死者の気が張れるわけでもない。
だが、次の犠牲者を無くすことは出来るかもしれない。
「というわけで、普通に考えればマズローを討って終わり……だと思うんだけど」
「噂じゃ、マズローや兵士たちの強さの秘密は“宝剣”と呼ばれる魔道具のおかげなんだって」
黎明院・ゼフィラ (p3p002101)は肩を竦め、ソア (p3p007025)は深い溜め息を零した。
2人とも、すっかり疲れた顔をしているし、身体中に細かい傷を負っていた。
エクスマリアが首を傾げて、2人の傷へ視線を送る。大して深い傷では無いが、すぐに治療をすれば今のように痕など残らない程度のものばかりである。
「2人は傭兵として、城に忍び込んでいたんだった、か?」
「あぁ……少しの間だけ調査のためにね。魔物の討伐にも参加したけど、碌な治療も受けられなくてこの有様だ」
「調べられそうなことはあらかた調べたし、そろそろお暇しようかな……って思ってたんだ。サンディさんとチェレンチィさんが襲撃をかけてくれたから助かったよ」
「正規兵以外の扱いなど、そんなものなのでしょうか? えぇっと、そちらの方も?」
傭兵ですか?
そう言ってライが視線を向けた先にいたのは、美味そうに紫煙を燻らす極楽院 ことほぎ (p3p002087)である。
薄汚れた格好をしており、額から鼻にかけては乾いた血が張り付いていた。
「ん? あぁ、いや……オレは傭兵じゃねぇよ。兵士と喧嘩して牢に叩き込まれてたんだ」
ゼフィラとソアが逃げる際、ついでに助け出してもらったらしい。
それぞれ、この地に集った経緯こそ異なるものの、目的はおよそ一致している。
戦力としては申し分ないが、果たして無事に金目のものを盗み出すことはできるだろうか。
なんて。
アルヴァはそんなことを思案した。
●目的
悪徳貴族の誅殺。
サンディとチェレンチィの目的は、およそそう言ったものだった。
傭兵として城に忍び込んでいたゼフィラとソアにしても、周囲の村や地形について調べていたエクスマリアやライにしても、最終的な目的は同じ。
悪事の証拠を掴み、マズローを排除すること。
辺境の地で苦しむ人々を解放するには、それ以外に術はない。
だが、アルヴァの目的は上記の6名とは些か趣が異なっていた。
(俺の目的は、どちらかと言えば金なんだが……さて、どうしたものかな)
アルヴァの目的は、マズローが溜め込んだ汚い金だ。
困窮した孤児院を救済するのに、悪徳貴族の首なんてものは必要ない。
必要なのは、結局のところ今日や明日の食糧で……それを得るには金がいる。
だが、しかし……。
(結局、金を奪うには城へ忍び込む必要がある)
調べによれば、城に詰めている戦力は20名ほどの傭兵と、50名の正規兵からなる混成軍であるらしい。そのうち、昼夜を問わず30名ほどが城や門の警備にあたっているという。
ちなみに残る半分は、休暇や訓練のため城の隣の兵舎で待機しているそうだ。
「剣に槍、それから弓。正規兵どもの練度は高かったな。当たれば【流血】や【ブレイク】ぐらいは受けるかもしれねぇ」
「“宝剣”とやらのバフを受けてこその高い戦闘力でしょうが……マズローを討った程度では、城塞の方針は変わりません」
サンディとチェレンチィが、すぐに発見・迎撃されたところを見るに、兵たちの中には索敵に優れた者が混じっているのだろう。
わざわざ外部から雇っているという傭兵たちがそうかもしれない。
「……少しいいか? だったらその“宝剣”とやらを奪ってしまえば、それで解決するんじゃないか? わざわざマズローを討たなくても、それほどの物を賊に奪われたとあっては失脚は免れないだろう」
作戦会議の途中で、アルヴァはそのような提案をする。
ついでに、金目の物を奪ってしまえばアルヴァの目的も達成できるはずだ。
「あぁ? そうはいっても“宝剣”は金庫の中って話だぜ?」
アルヴァの提案に異を唱えたのはことほぎだった。
どうやら彼女は彼女なりに、牢の中で幾らかの情報を収集していたようである。
「どういうこと、だ?」
「あぁ、まぁ簡単な話だ。マズローの野郎、宝剣を奪われたくねぇそうで、わざわざ宝物庫を鉄板で覆っちまったらしい。宝物庫の開け方を知ってんのはマズローだけだそうだぜ? もっとも、宝物庫ごと持ち去ろうってんなら話は別だがよ」
肺に溜めた紫煙を吐き出し、ことほぎはくっくと肩を揺らした。
マズローと兵士たちを出し抜いて、金庫ごと持ち去るなんて真似ができるだろうか。
普通に考えれば不可能だ。
「いいんじゃねぇか? そうすりゃついでに金も手に入る。ゼフィラとソアも、傭兵稼業の給金をまだ貰ってねぇんだろ?」
だが、その不可能とも思われる計画にアルヴァは好機を見出した。
かくして一行は、マズロー城塞を壊滅させるための作戦会議に移る。
(さて……俺の目的について、正直に言うかどうか……悩み所だな)
なんて。
アルヴァは1人、そんなことを考える。
- マズロー城塞。或いは、お宝強奪大作戦…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●マズロー城塞
幻想。
とある山岳地帯。
つづら折りの坂に3つの城門と、丘の上の城塞を見上げる女が都合4人。
1人は粛々としたシスターで、もう1人は豊かな金髪を靡かせる幼い少女。そしてもう1人は、探検家然とした小柄な女。
マズロー城塞は、基本的に外部の者の立ち入りを許可していない。
探検家……『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が傭兵としてマズロー城塞に雇われていたことに加えて、シスター、『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)の説得もあり3人は“特別に”入城の許可を得たのである。
「ところで、貴方の装備はしっかり手入れがされているように見え、る。城からの補助や給金の支払いが、滞ったりはしていない、か?」
城まで数十メートルというところに至って『宝玉眼の決意』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は案内の兵士へ問いかける。
「うん? どういうことだ? 見ての通り、私たちは職務を全うするに足るだけの装備と食事、休暇を与えられているが」
幼い見た目のエクスマリアの問いかけを、兵士は無視しなかった。
訝し気な顔をしながらも、問いに対して事実を答えとして返した。
「ここだけの話……マズロー様が、傭兵さん達のお給料を渋ってるらしい」
エクスマリアは、いかにも憂いているといった表情を作って、兵士へとそう言葉を返す。
チラ、と兵士の視線がゼフィラへと向いた。
「あぁ、はは……ひどい目にあったよ。ロクに治療もされないものだから」
手首に残った傷痕を見せて、困ったようにゼフィラが笑う。
一瞬、兵士の表情が曇った。
マズロー城塞にいる人員は大きく分けて2種類だ。片方は、マズロー配下の兵士たち、もう片方は、外部から雇い入れられた傭兵たちだ。
兵士と傭兵が協力してことに当たることは滅多に無いが、それでも同じ城で生活をしているのなら、お互いの姿を視界の隅に捉える機会も多くある。
「確かにな……傭兵たちの健康状態や、損耗率の高さは気になっていたが」
「兵士には関係ない、か? 今は良くても……」
「あーあー、お嬢ちゃん。それ以上は無しにしてくれ。マズロー様の悪口を言っているのが知れたら、俺ぁ職を失い兼ねない」
耳を両手で塞ぐようにして、兵士は首を横に振る。
「……ん?」
と、そこで兵士はいつの間にかライが足を止めていることに気が付いた。
坂の途中から近くの森へと視線を向けて、ライが顔を曇らせているのだ。
「どうかしたか?」
「はい。あの……あちらの森に武装した集団の姿が見えた気がしたのですが?」
あれは城の兵ですか?
ライがそう口にした瞬間、兵士は顔色を青くする。
「悪いが案内はここまでだ。城の横の赤い屋根の家屋が傭兵宿舎だから、とりあえずそこへ行ってくれ」
なんて。
簡単な指示を下した兵士は、慌てて坂を駆け下りていく。
マズロー城塞周辺。
濠に身を潜めているのは2人の男だ。
(まずったな……宝剣入ってる金庫まるまる奪ったとして、目標金額に届くかなこれ)
(……アルヴァが何をする気かは知らんが、ま、今気にすることじゃねーやな)
無言のまま黙々と2人は作業を進める。
そうしながら、陽動部隊が混乱を起こす時を待っているのである。
『航空猟兵』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)は視線をチラとサンディへ向けた。『ゴミ山の英雄』サンディ・カルタ(p3p000438)は、川に潜んだワニを見ながらアルヴァの視線を背に感じている。
気まずい沈黙は、作戦開始の瞬間までこの先暫く続くのだった。
マズロー城塞から少し離れた林の影に、2人の女性が身を潜めていた。
「しかし、アルヴァさんはそんなにお金が必要なんですかねぇ?」
「さぁ? ボクはお金に興味が無いから、欲しいなら全部あげちゃってもいいんだけどね」
声を潜めて『夜を斬る』チェレンチィ(p3p008318)と『猛獣』ソア(p3p007025)は言葉を交わす。
そうしながらも、2人の視線は第一の城門へと向いていた。
陽動班が城へ入って、数十分ほどが経っただろうか。順調に事が進んでいるのなら、そろそろ城の兵士に動きがあるはずだ。
「っと、門が開きましたね」
「数は5人? 反対側の森の方へ向かって行くね」
異変の調査へ出立したのは、第一城門に詰めていた兵士たちだろう。
きっと陽動班が上手く兵士たちを城から外へと追い出したのだ。
となれば、作戦の開始は近い。
調査隊が城を出立して数分後。
「あれは、ことほぎ? アイツ、牢にいたんじゃないのか? おい、誰かアイツが釈放されたって話を聞いた奴はいるか?」
第一城門の見張り台で、傭兵が声を張り上げる。
泥と血に汚れた着物に、口に咥えた長煙管。門の影に身を潜め、周囲の様子を窺っているその女の名は『悪しき魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)という大罪人だ。
「おい! 罪人を勝手に逃がした何て知れたら、マズロー様に叱責されるぞ! 兵士はいねぇのか! 誰かアイツを捕まえ直してこい!」
傭兵の声を聞きつけたのか、第一城門がにわかに騒がしくなった。
ギぃ、と重たい音を立てて城門が開く。
出て来たのは鎧を纏った4人の兵士だ。
「っと、見つかっちまった……この国ならカオ知ってるヤツがいてもおかしくねェのか? 素顔晒して歩けもしねェなんて、オレも有名になったモンだなァ」
なんて。
獣のような笑みを浮かべたことほぎは、ふぅと紫煙を空へ向かって燻らせる。
●マズロー城塞の争乱
爛々と目を光らせながら、ことほぎは紫煙を吐き出した。
禍々しい魔力を孕んだ紫煙が、ふわりと空気に漂うように辺りへ広がる。
直後、ことほぎを囲んでいた兵士たちが頭を押さえて悲鳴をあげた。
「よぉ、随分と苦しそうだな? 脳を錆釘で引っ掻かれたような悲鳴をあげちまってよう」
嘲るようにことほぎは言った。
自信の扱う魔術によって、相手がどのように苦しむかぐらいは熟知している。
数人の兵士程度であれば、ことほぎ1人でどうにでもなる。その間に、チェレンチィとソアは第一城門を抜けて、城へ向かって駆けて行ったはずだ。
チラ、と視線を開きっぱなしの門の向こうへと向ける。
第二城門が開き、10名ほどの兵士が現れた。
「っと、やべぇ。逃げるか?」
第二、第三城門を合わせれば兵士の数は30を超える。
きっともうじき、森へ調査へ出向いていた兵士たちも、騒ぎを聞きつけ戻って来るだろう。
額を割られた痛みを思い出しながら、ことほぎは慌てて踵を返す。
けたたましく警鐘が鳴り響く。
宿舎に待機していた兵士が、慌ただしく動き始めた。
そんな中、雇われの傭兵たちは動かない。
「君たちはどうする? ……ココだけの話、当面の戦いが終われば城主は私達を始末する気らしい。キミ達も、待遇が悪いなんてものじゃない現状に疑問はあっただろう?」
テーブルに腰を下ろしたまま、ゼフィラはそう問いかけた。
傭兵たちの顔に疑念が浮かぶ。
ゼフィラの言う通り、城の兵士に比べると傭兵たちの扱いは非常に悪かったからだ。
「ってもよう、アンタどうするんだ? 数日前に逃げ出したのに、わざわざ戻って来たのには何か理由があるんだろう?」
年嵩の傭兵がゼフィラへ問う。
ゼフィラは呆れた顔をして、わざとらしく肩を落とした。
「貰い損ねた給金を貰いに来たんだけど……この状況じゃ望みは薄いね。命あっての物種だし、いい機会だからまた逃げ出すことにするよ」
城塞西側。
濠の周囲に鋼鉄の星が降り注ぐ。
「敵襲、だ! 濠から攻めて来るつもりだぞ! 表の騒ぎは陽動に、違いない!」
物見櫓の上に登ったエクスマリアが声を張る。
降り注いだ鋼鉄の星は、エクスマリアが落としたものだが、城の兵士にはそんなこと分かるはずもない。訓練を積んだ兵士たちは、即座に気を引き締めると武器を手に移動を開始。
濠の警戒をするための陣形を展開し始めた。
「……一部は動きが悪い、な。撒いた噂が広まった、か」
エクスマリアの豊かな髪を掻き分けて、1匹の鼠が顔を覗かせる。
チチ、と鳴いた鼠の声に満足そうに頷いて、エクスマリアは次の目的地へと向かう。
アルヴァとサンディは既に城へ侵入している。
金庫を奪った後の逃走経路を用意するためには、もう1手ほど必要だろう。
2人の兵士に守られながら、ライは城内を移動していた。
「城の中なら安全ですよ、シスター。マズロー様の許可なく入れるのは、1階のホールまでですが、ここにいれば賊も入っては来ないでしょう」
「えぇ、えぇ。ありがとうございます。しかし、もっと奥の方へ匿っていただくわけにはいきませんか?」
不安そうに胸の前で手を組んで、ライは視線をホールの奥へと向けている。
重厚な金属の扉が2つ。
片方は装飾も豊かな金の扉。もう片方は、質実剛健といった様子の銀の扉だ。
「あぁ、いえ……あちらは宝物庫と地下牢への扉です。地下牢はともかく、宝物庫の方へは鍵が無ければ進めません」
「鍵……内側からなら開けられそうですね。すり抜ければ問題ないでしょう」
「うん? 何を……」
プツン、と。
兵士の言葉が途切れた。
その体が床に倒れ伏す。
「は? な……貴様!」
倒れた兵士の首には穴が空いている。
ライの放った魔弾が急所を撃ち抜いて、その命を終わらせたのだ。
“汝平和を欲さば、戦への備えをせよ”
つまり、油断させて、情報を抜いて、証拠を隠滅せよ、である。
「ぬぅっ! 謀ったな!」
兵士の判断は速かった。
腰の剣を抜き、強化された身体能力を活かして一閃。ライの額から頬にかけてを引き裂いた。
「……ってぇなちくしょう」
顔を押さえた指の隙間から血が滴る。
血走った目で兵士を見つめ、ライは低く唸るようにそう言った。
床に転がる兵士の死体。
中途半端に開いた扉。
アルヴァとサンディ、少し遅れてソアとチェレンチィの4人は既に先へ進んだ。
ホールに1人、残ったライはそっと兵士の遺体の隣にしゃがみ込み、開いたままの目を閉じさせた。
それから、懐をまさぐり財布や時計を奪い盗ると、自身のポケットへと仕舞う。
なお、兵士の装備はアルヴァとサンディが剥ぎ取った後だ。何でも兵士に変装して宝物庫へ向かうらしい。
「宝物庫の中身は山分けですが……このポケットはノーカン、そうですよね?」
兵士からの返事は無い。
木の扉を蹴り壊し、1匹の獣が執務室に飛び込んだ。
「こんにちは、マズローさん」
金の髪に、金の瞳。
一見すると愛らしい少女のようでもあるが、その手足は獣のそれだ。
「見張りはどうした? あちこちで騒ぎが起きているが、何が起きている?」
執務室の主、マズローは壁にかけていた剣を手に取り問いかける。
マズローの鼻腔をくすぐる濃い血の臭い。
兵士たちが無事ではないことは、聞かなくても分かる。
「見つかってしまったので……致し方ありませんでした」
影の中から滲むように、ナイフを手にしたチェレンチィが現れる。
ナイフの刃やチェレンチィの頬は赤く濡れていた。見張りに付けていた兵士2人は、きっと戦うことも許されないままに命を奪われたのだろう。
しかし、おかげでマズローは侵入者の存在に気付けた。
そう言う意味では、兵士の犠牲は無駄では無かったとも言える。
「狙いは俺の命か? それとも“宝剣”か?」
「ううん、そんな剣はどうでもいいの。ボクが知りたいのは貴方のことよ、マズローさん」
いただきます。
そう呟いて、ソアが床を蹴り飛ばす。
弾丸のような急加速。
鋭い爪をマズローの肩へと向けて放った。
しかし、マズローは剣を傾け爪を弾くと、そのまま身を沈めて身体ごと剣を旋回させる。
背後へ迫ったチェレンチィの腹部が裂かれ、部屋の中を書類の束が舞い散った。
「とりあえず“喋れるだけ”の状態にしたいですね」
腹部を押さえ、チェレンチィはそう告げる。
正面にソアを、右側方にチェレンチィの姿を捉えたマズローは、ふぅ、と熱い吐息を零した。
一方、その頃。
宝物庫にて。
「間近で見るとやっぱり大きいな。運ぶには骨が折れそうだ」
1辺2.5メートル。
巨大な金庫を前にして、アルヴァは思わず言葉を零す。
城の各所で見かけた飾りや観賞品には、どれも金がかけられていた。貧しい民を食い物にして、権力と暴力を翳して集めた金で買い揃えたものだ。
腹を空かして、痩せた野菜を齧る孤児のことを思えば、ほんの少しでも分けてやれなかったのか、と強い怒りがアルヴァの胸に去来する。
そんな彼の様子を、サンディは黙って見つめていた。
しかし、いつまでも金庫の前で時間を消費してはいられない。
「とりあえずまずは“宝剣”からかな? 出来れば宝剣の研究がしたいんで、後で貸してはくれないかな?」
そんなゼフィラの一言をきっかけに、サンディとアルヴァは宝物庫の中へと潜っていった。
●金庫強奪作戦
リィン、と空気が激しく揺れた。
途端、マズローの剣が鈍くなる。
「……やはり狙いは“宝剣”か」
ソアの爪を受け損ね、マズローの肩が抉られる。
「宝物庫の開き方は訊きだす必要はないかな?」
「そんな余裕は無いかもですね」
サンディたちは、きっとうまくやったのだろう。“宝剣”の影響範囲からマズローたちを外すことに成功したのだ。しかし、ソアもチェレンチィも傷だらけだ。“宝剣”の強化を無くしたとしても、戦力は拮抗している。
だが、それも時間の問題だ……ソアとチェレンチィは手数に勝る。
長期戦は不利になると読んだのか、マズローは剣を大上段に振りかぶると、強く床を踏み締めた。
叩きつけるような一撃が、ソアの爪をへし折って腕から肩にかけてを切り裂く。
「っ……!? このっ」
腕を裂かれながらも、ソアはマズローの手首へ爪を突き立てる。
「ぐっ」
前蹴りを1発。
ソアの腹へと叩き込み、剣を後ろへ振り抜くが……。
「これで依頼は達成ですね」
マズローの喉に、チェレンチィのナイフが突き立てられる。
ごぼ、と血の泡を吹いて、それっきりマズローは呼吸を止めた。
「ちっ……傷が深いですね。あぁ、あちらは大丈夫ですかねぇ……?」
腹部に負った傷を押さえて、チェレンチィはそう呟く。
高速で放つ殴打のラッシュが、城の壁を撃ち砕く。
「これで動かせるようにはなったが……動くだけで、運び出せるかって言われると微妙だな」
「壁の破壊に思ったよりも時間がかかったな。マズローって奴、城自体にもかなりの金をかけてやがる」
サンディが全力で引っ張っても、金庫は僅かしか動かない。
サンディ、アルヴァ、ゼフィラの3人がかりでも運び出すには時間がかかる。
壁の破壊に要した時間も加味すると、そうのんびりもしていられない。
「馬車に括りつけよう。俺が全力で押して初速を出させれば、後は何とかなるだろう」
そう言ってアルヴァは、マズロー城塞から奪った馬車を金庫室へと運び入れた。
荷台と金庫を付け替えれば、不格好ながらも“引っ張って”動かすことは出来る計算だ。
足元を払うように、兵士が剣を横へ薙ぐ。
エクスマリアは地面を蹴って、身体を横へ回転させながら跳躍。一拍遅れて、金の髪が弧を描くように虚空を舞った。
剣を回避しながらも、がら空きになった兵士の頭部へ掌打を撃ち込み昏倒させた。
「さて、そろそろ、か?」
サンディたちが城へと入ってから暫く。
順調にいけば、そろそろ金庫を運び出す算段も付いたころだろう。
城の周囲に兵士は少ない。
きっと、ことほぎが表で大暴れしているのだ。
「さて」
エクスマリアが背後を見やる。
直後、城の正面扉が真っ二つにへし折れた。
「……随分と派手だ、な」
割れた扉を吹き飛ばし、現れたのは4頭の馬。馬の背に乗るサンディとゼフィラ、そしてライの姿も見えた。
「扉が邪魔だからな。こうするしかねぇ。エクスマリアも乗ってくれ!」
木っ端を拳で弾きながらサンディは叫んだ。
サンディの指示に従って、エクスマリアが馬の背に乗る。
「アルヴァは?」
「金庫を押してるよ。どうにも金貨の1つ足りとも盗り逃したくはないらしい」
アルヴァの真意は見えないが、サンディとしても金の重要さは分かる。とくにスラムでは、銀貨の1枚で命の奪い合いさえ起るのだ。
見張りの兵士を蹴散らしながら、一行はマズロー城塞から逃げ出した。
ことほぎやソア、チェレンチィはどうやら独自に逃走を成功させたらしい。
暫くの後、廃村で合流した一行の前には4頭の馬と金庫が1つ。
「……なぁ、ゼフィラ」
山分けにした金貨を前に、アルヴァはポツリと声を零した。
「うん?」
“宝剣”を抱えて愉しそうにしているゼフィラは、アルヴァの声に視線をあげる。
一瞬、アルヴァは言葉を詰まらせた。
アルヴァには金が必要だ。分け前を放棄したソアの分の金貨を加えても、目標額に届くかどうかは分からない。
「“宝剣”をくれてやるから、分け前を放棄しろって言ったらどうする?」
そうすればゼフィラは研究用に“宝剣”を確保できる。
アルヴァを含めた仲間たちの分け前は増える。
この場合、損をするのはゼフィラだろうが……。
「ふむ……そうだね」
顎に手をあて、ゼフィラは思案を巡らせる。
果たして、彼女が何と答えを返したのか。
それはまた、別の話である。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
金庫の奪取と、マズローの誅殺は完了しました。
マズロー城塞は1時的に閉鎖。
後日、組織が再編される予定となっています。
この度はシナリオのリクエスト、ありがとうございました。
縁があれば、また別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
城主マズローおよび兵士たちの全滅or宝物庫の奪取
●ターゲット
・マズロー×1
筋骨隆々とした城主。
幻想辺境を武力で治める武闘派。
表向きは盗賊や魔物、他国からの侵略を武力で抑え込む実力派ということになっているが、裏では配下の兵たちに盗賊まがいの真似をさせて膨大な財を成している。
【滂沱】【ブレイク】【致命】の付与された武技を修めている。
・マズロー城塞混成兵団×60
正規兵50、傭兵20からなるマズロー城塞の戦力。
剣や槍、弓などで武装している。
表に出ているのは内30名ほど。
第1~第3の門および城の周辺を警護している。
残る40名は休暇中だったり、訓練中だったりで城の隣にある兵舎にいる。
攻撃には【流血】【ブレイク】が付与される。
・宝物庫
城の1階、最奥の部屋にある宝物庫。
開け方を知っているのはマズローのみ。
宝物庫内には膨大な量の金や宝、そして“宝剣” と呼ばれる魔道具が仕舞われているらしい。
1辺2.5メートルほどの立方体。
非常に重たいが、工夫次第ではそのまま運び出せないこともなさそうだ。
●フィールド
幻想。
マズロー城塞。
丘の麓から伸びる曲がりくねった1本道。
合計3つも門が設置されている。
丘の上にはマズロー城と兵舎や訓練所などが設置されている。
また、マズロー城周辺は濠に囲まれており、濠の中にはワニが泳いでいるようだ。
マズロー城の敷地内は“宝剣”の影響下にある。
兵士やマズローは、宝剣の効果により身体能力が幾らか強化された状態にある。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
また、成功した場合は多少Goldが多く貰えます。
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