シナリオ詳細
VDMランドSaga。或いは、フェリスSOS…。
オープニング
●不穏
帝都スチールグラード某所。
VDMランド内の飲食店で、3人の男女が静かに酒を酌み交わす。
薄明りの中、赤い髪の女性は「はぁ」と疲れたような溜め息を零した。
「最近、とらぁ君の様子が少しおかしいんだ」
ミードのボトルを傾けて、小さなグラスに琥珀色の酒精を注ぐ。グラスは2つ。マリア・レイシス (p3p006685)は片方を自分の手元に、酒は飲まぬオウェード=ランドマスター (p3p009184)にはメロンソーダと言ったジュースを差し出し、ミードの残りはボトルごとヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ (p3p001837)へと手渡した。
「うむ。馳走になる。……して、様子がおかしいとはどういうことじゃね?」
オウェードの問いに、マリアは少し口ごもる。
「どういう風におかしいか」と聞かれれば、具体的な答えを口にするのは難しい。
「何かを隠している風……と言えばいいのかしら。違和感程度のものだけれど、普段よりもこそこそとしていたり、わざわざ食事をどこかへ持ち帰ってから食べようとしたり……そういう年頃と言われてしまえばそれまでですけれど」
答えに窮するマリアに助け舟を出したのはヴァレーリヤだ。
ミードに濡れた唇を、上品な所作で拭いながら視線を壁際へと向ける。
壁に飾られていたのは、VDMランドのマスコットであるとらぁ君のパネルであった。
白い体毛に丸っこいフォルムをした、虎のような何か……といった姿からは愛嬌と威厳を感じずにはいられない。
「食事をどこかへ? ふむ……1人で静かに食事をしたい気分だった、ということもあると思うが」
顎髭に手を添え、オウェードは唸る。
周囲の者に対して妙によそよそしく振舞い、食事をこっそりとどこかへ運ぶ。
そういった行動に覚えが無いわけではない。
「子どもが野良猫や野良犬を親に隠して拾って来た時なんかに、そう言う行動を取ることがあるのぅ。VDMランドは広いから、どこかにそう言ったのが迷い込んだのではないかね?」
「そうかしら? でも、野良猫や野良犬を拾って来た程度なら、マリィもそう口うるさくは言わないだろうし……とらぁ君も正直にそのことを教えてくれると思いますわよ」
「そうだね。流石に大隊規模の野良猫や野良犬を飼っているわけでは無いだろうし、数匹ぐらいならどうとでもなる。追い出したりはしないし、とらぁ君もそれは分かってくれている……と、思うよ」
マリアととらぁ君の間には、しっかりとした信頼関係が築かれている。
その上で、とらぁ君はマリアに隠し事をしているのだ。
「話してくれるのを待っていてあげたいけど、もし何らかのトラブルに見舞われているとして……時間を空けた結果、事態が悪化するということもあり得るんだ」
軍属時代にそういったことは散々と言えるほど経験して来た。
失態を隠そうと秘密裏に事を進めた結果、事態を悪化させる者の多いことと言ったらないのだ。元同僚にこのような評価を下すことを申し訳なく思うものの“無能な身内”は“有能な敵”と同じぐらいに厄介なのだ。
「では、とらぁ君には悪いが、どこで何を隠しているのか確認するしかあるまいて。杞憂であれば良し、隠し事が何か分かれば対処のしようもあるじゃろう」
「そうですわね。私もそれがいいと思うわ……とらぁ君を信じてあげたいマリィの気持ちも分かるけれど、この辺りも最近物騒になって来ていますもの」
ミードのボトルをテーブルに置いて、ヴァレーリヤはマリアの肩に手を添える。ボトルの中身は、いつの間にかすっかり空になっていた。
「……そうだね。うん、とらぁ君が何を隠しているのか突き止めよう。ところで、オウェード君は何でこんな時間にここへ?」
「おぉ、そうじゃった! お前さんが何やら浮かない顔をしておったので、すっかりそっちに気を取られてしまったわ」
グラスの中身をひと口飲んで、オウェードは懐から地図を取り出す。
VDMランド周辺の地図だ。赤いインクで、幾つかの印が書き込まれている。
「この印は?」
マリアが問うた。
「アンデッドの目撃地点じゃよ。元は盗賊や農夫じゃろうが……どうやらVDMランドを目指して進行しておるようでのう。なんで一言、注意喚起を……と思ったのじゃが」
手遅れだったかもしれんのう。
そう言ってオウェードは、手斧を掴んで立ち上がる。
窓の外へ目を向ければ、そこには1体のアンデッドの姿。
白濁した目で、室内を睨みつけている。
●“墓掘り”フェリス
「ワシはフェリスという少女を追ってこの辺りまでやって来たんじゃ」
手斧の一撃でアンデッドを粉砕し、オウェードは言う。
アンデッドにしては動きが早く、その攻撃には【猛毒】【懊悩】【不発】の効果を備えていた。数で囲まれれば厄介だが、こうして少数を相手にする分にはさほどに苦戦することもない。
「以前、依頼で知り合った少女でな。墓堀り……要するに墓泥棒を生業としておる少女なのだが、しばらく前から足取りが追えぬようになっておった」
しかし、つい最近になってフェリスの足取りを掴み、こうして様子を見に来たのだと言う。
フェリスはスナネコの特徴を備えた獣種の少女だ。
スコップと棺桶を背負い、鉄帝各所を放浪している。そんな彼女の目的は死体を繋ぎ合わせて造った“お友達”を完成させることだと言う。
「死体を? それはアンデッドなのではなくて?」
明かりの消えたVDMランド内を疾走しながら、ヴァレーリヤが問い返す。
しかし、オウェードは首を傾げて難しい顔をしていた。
「んー……元々“お友達”は単なる繋ぎ合わされた死体じゃった。それが、暫く前に命らしきものを得たようでの。自発的に言葉を話すこともない、ただ目を開けてぼうっとしておるだけのアンデッドじゃよ」
有害か無害かで言えば後者だ。
しかし、一般的にアンデッドと言えば忌むべき魔物の類である。フェリスもそれを理解しているのか、物を言わぬアンデッドの“お友達”を連れ、人里から離れて旅をしていた。
その結果、行方知れずとなっていたのだが……。
「無事でいてくれるといいが……さて、どうなることやら」
VDMランド正面ゲートに辿り着き、3人は思わず足を止めた。
ゲート周辺には数体のアンデッドが散らばっている。
「この戦闘の痕跡は、とらぁ君だね。侵入して来たアンデッドを倒してくれていたんだ」
「でも、おかしいですわ。それならどうして、報告に来なかったのかしら?」
ランドに侵入していたアンデッドの数は多くない。
それこそ、とらぁ君1人で討伐を完了できる程度の数しかいない。
だが、討伐できるからといって報告が不要なわけではない。
とらぁ君も、そのことはしっかり理解しているはずだ。
「……報告よりも優先したい“何か”があったのではないか?」
「そしてそれは、最近とらぁ君の様子がおかしいことと関係している? オウェード君の予想は正しいかもしれない」
地面に目を凝らし、マリアは視線をVDMランドの奥へと向けた。
とらぁ君の足跡は、そちらへ向かっているようだ。
「とらぁ君を追いかけよう。えぇっと、とりあえず正面ゲートを封鎖して……あぁ! アンデッドに壊されてる!?」
「待って、マリィ! 遠くにアンデッドの群れと……それから人の姿が見えますわ! 見知った顔も……近くで作戦行動中だったイレギュラーズみたいね」
「っ……ヴァリューシャはここに残って逃げている皆の誘導を。アンデッドが攻めて来たのなら、きっと戦力になってくれる。その後はバリケードを張れば、少しの間はアンデッドの侵入を防げるはずだよ」
速やかに作戦を立てて、マリアとオウェードはとらぁ君の後を追う。
一方、ヴァレーリヤは正面ゲートに1人残ると、逃げて来る仲間たちの誘導へ移った。
VDMランド内、資材倉庫。
その片隅にあったのは、粗末な毛布と水の入ったボトルが数本、脱ぎ捨てられたカエルの着ぐるみ。アンデッドによって荒らされた痕跡も残っている。
それから、壁に立てかけられたスコップと、血の滲んだ包帯だった。
「このスコップは……まさか、フェリス?」
「とらぁ君が匿っていたのかな? でも、姿が見当たらないね」
押し寄せて来るアンデッドへの対応と、とらぁ君およびフェリスの捜索。
イレギュラーズの長い長い夜が始まる。
- VDMランドSaga。或いは、フェリスSOS…。完了
- GM名病み月
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2022年08月17日 22時21分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●VDM・of・the・DEAD
深夜0時。
夜闇の中に、無数の人影が見える。
ランドの明かりか、或いは人の息吹に惹かれてアンデッドたちが集まって来たのだ。
「それでは、マリィ、オウェード、探索はお願いしますわね。戻ってくるまでのことは、私達にお任せ下さいまし!」
門の前に、テーブルや椅子、遊具の部品を積み上げながら『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)はそう言った。
VDMランドへアンデッドが押し寄せているとの報を受けてから数時間。
アンデッドの到着まで、あと僅かしか時間の余裕は残されていない。
「ボクはアンデッドの相手をしてるから、皆はその間にとらぁくんを探してくるといいよ!うん!」
積み上げたテーブルに跳び乗って『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が荒野を見やる。アンデッドの群れ。その数は10や20では利かないだろう。
「まっすぐにこっちへ向かって来るわね。なんて無謀な……いやえっと違うの今のは忘れて」
手にした書物の頁を捲り『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)は呆れたような吐息を零すのだった。
それからタイムは『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)へ窺うように視線を向ける。バリケードの準備を進めながらも、マリアは浮かない顔をしている。
とらぁ君の行方が気になって仕方ないのだ。
ランド内で行方を晦ましたとらぁ君。そして、とらぁ君に保護されているらしい、1人の少女の安否について。
既知の虎(?)が無事なのか、タイムちゃんも心配している。
「とらぁ君は特定の人に横暴なくらいで常にそういう訳じゃないけど……でも様子が変なのは気になるわね」
「とらぁ君て、改めて何のフレンズなんでありますかねあれ」
鋼鉄の拳を打ち合わせながら『鋼の咆哮作戦総司令官』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は臨戦態勢を整えた。
アンデッドの群れと相対するにあたっての気負いや緊張、不安は見受けられない。歴戦のイレギュラーズともなれば、この程度の修羅場は慣れたものだ。
「くそー負けるか。出所不明のゆるキャラの座は自分のものであります!」
目下のライバルは、アンデッドよりとらぁ君の方らしい。
「ヴァリューシャ! 皆! ここは任せたよ! 私たちはとらぁ君たちを探してくる!」
目下の脅威であるアンデッドへの対応は、頼れる仲間たちへと託した。
「うむ。手間をかけるがよろしく頼む。さて、ついでにVDMランドの視察と行こうかね」
両手に斧を、背中にスコップを担いだ『巻き返す為の賭け』オウェード=ランドマスター(p3p009184)は、マリアと並んでランドの奥へと走って行った。
見渡す限りのアンデッド。
津波のように押し寄せて来る死者の群れ。
「これほど多くのアンデッドがここを目指すなんて、いったいどうしてなのかしらね? まるで何かに引き寄せられているかのような……」
しゃらり、と。
涼やかな音を鳴らして『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は細剣を抜き放つ。
「これは何オブ・ザ・デッド的な? ぶははははっ! VDMランドってのはオモシロ現象に愛されてんな!?」
腹を抱えて呵々大笑。『音呂木の巫女見習い』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が、バリケードを跳び越え門の前へと飛び出した。
「秋奈さん、突出してはアンデッドの群れに飲み込まれるわよ?」
「止めないで! 私のとらぁくんが外にいるの!! ……ってのは、冗談だけどさ。あー、エッダ大隊指揮官殿、開戦でありますか!」
「そうでありますな。ゴー・フォワード!」
エッダの号令に合わせ、秋奈が姿勢を低くした。
とらぁ君を模したパネルを眼前に抱え、地面をしっかり踏み締める。
「さぁ、宴の始まりだぜっ! 今夜は寝られると思うなよ!?」
ゾンビとの距離は10数メートル。
秋奈の突撃によって、戦端は開かれたのである。
●VDMランドの長い夜
ランドの通りを紫電が走る。
低く宙を舞うマリアの前に、アンデッドが現れた。
「二人を早く見つけてあげないと! 皆ならなんとか持ちこたえてくれるはず!」
地面を蹴って急加速。
腰を捻って繰り出す蹴りが、アンデッドの側頭部を打ち抜いた。
「その間に二人を見つけて安全な場所へ!」
ミシ、と骨の軋む音。
落雷の速度で放たれた蹴りが、アンデッドの首骨をへし折ったのだ。
「とらぁ君! どこだい!? 返事をしておくれ!」
「ぬぅ、知らぬ間に随分と入り込まれておるな! マリア殿、そこの連中の相手は任せて、建物の中を確認してくれい!」
戦闘の音に誘き寄せられ、さらに数体のアンデッドが現れた。
そちらへ駆け寄るオウェードは、大上段に手斧を掲げて吠え猛る。
アンデッドがオウェードの接近に気付いた。
だが、遅い……。
「ぬぅっおぉっ!」
1撃。
オウェードの斧が脳天を割った。
飛び散る脳漿と骨の破片が鎧を濡らす。構うことなく、オウェードはさらに1歩、前へと踏み込んだ。肩からの体当たりで、次のアンデッドを弾き飛ばすと、腰を低くして手斧を横へ一閃させる。
伸ばされた腕を斬り落とし、大きく開かれた顎へ向けてヘッドバットを叩き込む。
ぱっと飛び散る鮮血に、地面に倒れる死人の体。
アンデッドの群れの真ん中を、両手に刀を構えた秋奈が疾駆する。
「アゲてこーぜ!!! うぇーい!」
群れの一部が、秋奈へ群がる。
伸ばされた腕を回避するべく、秋奈はその場に身を伏せた。長い黒髪が宙を泳いだ。
空ぶった腕へかち上げるように刀を一閃。
切断された腕がくるくると虚空を舞った。
しかし、腕の喪失程度でアンデッドは止まらない。
限界まで顎を開き、倒れ込むように秋奈へ襲い掛かったのである。
白濁した目が秋奈を捕えた。
秋奈はにぃと口角を吊り上げ笑ってみせた。
「雑魚めらが!! 大したことないでありますなあ!!」
アンデッドの歯が秋奈に届くその寸前……横合いより叩き込まれた鋼の拳が、腐敗した頬骨を砕き割る。
糸の切れたようにアンデッドが倒れ込む。
その腹を蹴り飛ばして、秋奈は素早く立ち上がった。
拳を構えるエッダと背中合わせになると、顔の前に逆手に握った短刀を翳す。
「どう戦っても背後には護るべきもの。最高でありますね。騎士(メイド)の本懐であります」
「おーけーおーけー! んじゃ、今日はラストまで私ちゃんらでカマしていこーぜっ!」
襲い来るアンデッドの群れを、2人は次々となぎ倒す。
秋奈とエッダの2人だけでは手が足りない。
防衛線から零れたアンデッドたちが、バリケードへと押し寄せる。
「ゾンビが来る前に終わらせますわよ!そっち持って下さいまし、せーのっ!」
「うぉぉおっ! って軽い! これ、酒樽? 空っぽじゃない!」
「だって中身があるのをバリケードにするのは勿体ないでしょう!」
バリケードを補強すべく、ヴァレーリヤと焔の2人は酒樽を運ぶ。
空の酒樽とはいえ、サイズが大きい。重さもそれなりであるのなら、バリケードの補強には十分だ。
「よろしくて? みだりにバリケードから出てはいけませんわよ! ここを守って少しでも時間を稼ぐのが私たちの……あっ!」
「っ!? ヴァレーリヤちゃん、どこに行くの!?」
突如、ヴァレーリヤが酒樽を跳び越えた。
メイスを振り上げ、アンデッドの群れへと頭から飛び込んでいく。
焔が悲鳴を上げるが、ヴァレーリヤは止まらない。
「私としたことが休憩中に飲んでいたお酒を忘れああ゛ーーー!!!」
「えっ!? ヴァ、ヴァレーリヤさん何してるんですか!?」
懸命にメイスを振るうヴァレーリヤが、ついにアンデッドに捕まった。多勢に無勢……いかにヴァレーリヤと言えど、数に押されてはどうにもならない。
落ちていた酒のボトルを拾った隙に、その腕や首へアンデッドが食らいつく。
「む! 今行くであります」
アンデッドをなぎ倒し、エッダは一路、ヴァレーリヤの救助へ向かった。
襲い来るアンデッドの顎を拳で粉砕し、背骨をへし折り、膝を蹴り抜く。最後には転がっていたトラコフスカヤちゃんのパネルを投擲し、ヴァレーリヤの襟を掴んだ。
背負い投げの要領で、小柄な女をバリケードの向こうへ放る。そうしてエッダは、次の獲物を誘き寄せるべく、腰を落として拳を前へ突き出した。
ぐったりと、横たわったヴァレーリヤへタイムが慌てて駆け寄った。
「無茶をしないで! お酒はまだ倉庫にあるから!」
「オ……サケ……」
“酒”という単語に惹かれたのか、ヴァレーリヤが起き上がる。
ゆらり、と。
まるで、人形のようにだらんと両手を地面に垂らして、ゆっくりと周囲を見回した。
「そんな……正気にもdイダダダっ!?」
「サケ……ウマ……」
アルテミアへと狙いを定め、ヴァレーリヤが跳びかかる。
その白い歯で、アルテミアの腕に噛みつくヴァレーリヤ。どうしたことか、その体は燃えるように熱く、吐く息には強いアルコールの匂いが混じる。
「噛むんじゃないわよ!?」
ころん、とアルテミアの足元に空のボトルが転がり落ちた。
先ほど、ヴァレーリヤが拾っていたものだ。いつの間に、中身が空になったのだろう。
「あれって噛まれたせい? 酔ってるだけ?」
火炎を片手に灯した焔が、困惑した視線をアルテミアへと向けていた。
「構わないわ。燃やしてちょうだい」
「え、うん……ごめんね、ヴァレーリヤちゃん。マリアちゃんには、勇敢に戦ったと伝えておくからね」
焔が頭上へ手を翳す。
ごう、と業火が渦を巻き、夜の闇を緋色に染めた。
「はっ、私は何を!? あ、ちょっとお待ちくださいまし! 冗談、冗談ですわ!」
ヴァレーリヤの弁解は、炎の燃える音に消されて誰の耳にも届かない。
ただ1人……タイムだけが、呆れた顔で囁くように祝詞を唱えた。
金の髪が風に舞う。
吹きすさぶ暖かな風に運ばれ、淡い魔力の燐光が散った。
降り注ぐ燐光を浴びて、ヴァレーリヤの頬から赤みが抜けていく。
急性アルコール中毒。
アンデッドに襲われながら、強い酒精を飲み干したことによるものだ。
「あ~、ゾンビウィルスじゃなくてアルコール抜けただけかも」
「とにかく正気に戻ってくれて良かったわ。お説教は後にして、今は此処を守り切るのが先決ね!」
タタン、と軽いステップを踏んで、アルテミアはバリケードの上へと昇った。
手にした細剣を横薙ぎに一閃。
群がるアンデッドの腕や首を一太刀のもとに斬り捨てる。
ぽたり、と。
地面に血が落ちた。
「……虎さん。怪我は平気なの?」
砂色の髪をした少女が、大きな耳をぺたんと寝かせて不安そうにそう問うた。
「とらぁ!」
見上げるほどに白い巨体が「問題ない」と頷いている。
とらぁ君の体には、幾らかの引っかき傷がある。
傷は痛むが、後悔は無い。
VDMランドに迷い込んだ少女を、無事に守り通せたのだから。きっと雇用主であるマリア・レイシスも同じ状況に置かれれば、身命を賭して砂色髪の少女……フェリスを守り通しただろう。
「とらぁ!! とららぁ!」
アンデッドの群れが観覧車へと押し寄せる。
きっと、フェリスの連れている“お友達”に呼ばれているのだ。
腹を空かせたフェリスを匿ったのは、とらぁ君の自己判断。アンデッドを連れた少女を相手に、マリアやその仲間たちが、どういう行動に出るか分からなかったからだ。
心境としては、拾って来た犬や猫を親に隠して飼育している子どもに近い。
けれど、それももう終わりだ。
「とらぁ」
フェリスの背を押し、観覧車へと押し込んだ。
それから、観覧車の稼働スイッチを押してフェリスと“お友達”をアンデッドの手が届かない上空へと逃がす。
「虎さん! 虎さんもこっちに逃げないと!」
「とらぁ」
安心しろ、と。
アンデッドがVDMランドへ押し寄せることになった原因の一端は、とらぁ君の独断にある。ゆえにとらぁ君は、1人でアンデッドを殲滅するつもりなのだ。
観覧車が1周するのに、かかる時間はおよそ20分程度だろうか。
それまでに、見える範囲のアンデッドたちを殲滅せねば、フェリスが安全に逃げられない。
「とらっ!」
かかってこい!
そう告げて、腕を高くへ振り上げる。
●DEAD・or・ALCOHOL
鋭い爪がアンデッドの眉間を穿つ。
ストレート・トラクローと呼ばれるとらぁ君のフェイバリット・ホールドだ。
次いで、一閃。
アンデッドの胸を、爪が深く斬り裂いた。
血飛沫を散らし、アンデッドが地面に倒れる。
雨のように降り注ぐ鮮血……通称“VDMランドの赤い雨”と呼ばれるとらぁ君の手刀であった。
「と、とらら」
よろり、と。
とらぁ君が足を縺れさせた。
戦闘開始から暫く……もうじき観覧車が一周する。
アンデッドの数が多い。
しかし、とらぁ君の体力は限界だった。
震える脚に力を込めて、とらぁ君が立ち上がる。
視界がぼやけた。
音が遠い。
意識を失いかけるとらぁ君の眼前に、アンデッドが押し寄せる。
身体が動かない。
痛みと死を覚悟し、とらぁ君は両腕を広げた。
せめて、一瞬でも長くフェリスを守るために。
だが、しかし……。
「待たせたね! よく戦ってくれた!」
紫電が……マリアが疾駆する。
跳躍からの膝蹴りが、アンデッドを吹き飛ばす。
転がるように、観覧車から飛び降りる。
フェリスの視界に移ったのは、傷つき疲弊したとらぁ君と、地面に倒れたアンデッドの群れ。それから縦横に駆けまわる紫電と、斧を振るう髭の男性。
「とらぁ君! フェリス君を守ってあげてね! フェリス君! もう大丈夫、安心しておくれ!」
「久し振りじゃなフェリス殿……お友達は元気かね?」
とらぁ君を伴って、フェリスの前にオウェードがやって来た。背に負っていたスコップを差し出し、うむ、とひとつ頷いてみせる。
「あ、わたしのスコップ……持って来てくれたの?」
「自衛手段は必要じゃからのう。とはいえ、ワシの防御技術は渓谷の墓場で知っているじゃろう……まぁ、盾として使うがいいのう」
「とらぁ!」
アンデッドは残り僅かだ。
先陣を切って駆けるマリアの後を追い、オウェードととらぁ君が疾走を開始。
オウェードの振るった斧が、アンデッドの腰を断ち切る。
一行は、正面ゲートへ駆けていく。
秋奈の喉をアンデッドが掴む。
倒れたエッダを抑え込むのは、アンデッドの群れである。
崩壊したバリケードの前では、ヴァレーリヤが必死の形相でメイスを振るう。
一閃。アルテミアの細剣がアンデッドの腕を落とした。
「2人とも、今助けるよっ!」
焔の投げた業火の槍が、アンデッドを数体まとめて貫いた。燃えるアンデッドを押し退けて、エッダと秋奈がバリケードの内側へと撤退を開始。
それを援護するように、次々と焔の炎弾が飛んだ。
「うう、でもゾンビはほんとビジュアルが無理、苦手~!」
タイムが腕を一閃させた。
魔力を孕んだ燐光が、エッダと秋奈へ降り注ぐ。
バリケードのおかげか、戦況は拮抗していると言えた。だが、敵の数が多すぎる。そう長い時間は持たないだろう。
額に汗を浮かべた焔が、熱い吐息を吐き出した。
「うぅ……酸素が薄い。燃やしすぎたかな?」
「とらぁ!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! ねぇ放して!」
焔を援護するためか、いつの間にかとらぁ君が隣に並んだ。
焔の頭上を跳び越えて、マリアとオウェードが前進を開始。
安堵の吐息を吐くより先に、焔の表情が引き攣った。
「お手伝いするか、するからせめてとらぁくんとは別の場所に!」
彼女の悲鳴は、誰の耳にも届かない。
「ねぇ……お願い。貴女がアンデットを呼んだの?」
「……」
フェリスは動かぬ“友達”へ問うた。
ガラスのような冷たい瞳で“友達”はフェリスを見返した。
「サミシイ、イッテタ」
掠れた声で“友達”は言う。
幾つもの死体を繋ぎ合わせたアンデッドが、己の意思で言葉を発した。
「寂しくないよ。もう大丈夫」
とらぁ君のクッションと、トリヤデのぬいぐるみを抱え、フェリスは笑みを浮かべて見せた。笑い慣れていないのか、酷く不格好な笑みだ。
けれど、フェリスの意思は伝わったのだろう。
ゆっくりと。
“友達”は浅く頷いて……口の中で何かを唱える。
囁くような歌声は、まるで聖歌のようだった。
「とらぁくん! フェリっち! 無事だったかい!?」
「ほぉ、これが噂のゾンビィ少女。とらぁ君も隅に置けないでありますなぁ」
“お友達”の歌声を聞いて、アンデッドたちはどこかへ立ち去って行った。
それから暫く、ランドの清掃を進めながら秋奈とエッダは、フェリスの元へとやって来ていた。照れているのか、フェリスは体を硬くして、ぬいぐるみで顔を覆い隠している。
「…………」
ぺこり、と。
フェリスの代わりに“お友達”が頭を下げた。
そんなフェリスと“お友達”の様子を、オウェードととらぁ君は肩を並べて眺めている。
「無事に見つかってよかったですわねー! 後は、倒したゾンビのお片付け……かしら」
「それにしても、随分と酷い有様になったわね……これは掃除が大変そうだわ」
ヴァレーリヤとアルテミアの眼前には、身元も知れぬ無数の遺体。
ランドの片隅へ横たえられたそれを見て、2人は肩を落とすのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
アンデッドの群れは、どこかへ去っていきました。
フェリスととらぁ君は無事に保護されました。
皆さんの尽力により、フェリスは幾らか人に慣れた模様です。
依頼は成功となります。
この度は、シナリオのリクエストありがとうございました。
GMコメント
●ミッション
アンデッドの撃退&とらぁ君の確保
●ターゲット
・アンデッド×??
大量のアンデッド。
VDMランドを目指して進行中。
アンデッドにしては動きが早い。
その攻撃には【猛毒】【懊悩】【不発】が付与されている。
・フェリス・マルガリータ&“お友達”×1
スナネコの特徴を備えた獣種の少女。
ボロ布を繋ぎ合わせたような服。
砂色の髪。
痩せた体躯。
スコップと棺桶を携えた少女。
墓泥棒を生業としている。
物言わぬアンデッドの“お友達”と一緒に旅をしていたが、どうやらとらぁ君に匿われていたようだ。アンデッドに追われているのか、現在はとらぁ君ともども行方知れず。
ランド内のどこかにいるはずだ。
●フィールド
帝都スチールグラード某所。VDMランド内。
施設詳細は以下を参考。
https://rev1.reversion.jp/territory/area/detail/534
※フェリスはマップ左上の「家屋」の辺りに隠れていたようだ。
※故障により正面ゲートが封鎖出来ない状態にある。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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